「これを考えた奴はマジ死ねばいいと思う」
俺は今日も愚痴をこぼしながらそれを手に取る。
そんな時、不意に後ろから声を掛けられたんだ。
「お兄さん、その願い叶えてあげようか?」


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暑苦しい夏には暑苦しいネタを。



あれをこの世に生み出した人間がマジ許せない

今日も朝がやってくる。

この時期は暑くてたまらない。

起きると汗がじっとりしていて、朝から嫌な気分になる。

とりあえずクーラーをつけて部屋を涼しくしながら、着替えを持ってシャワーを浴びに行く。

多少低めの温度で汗を流し、終わったら朝食を摂って涼しくなっている部屋に戻る。

社会人に夏休みなんてロクにありはしない。

仕事によるのかもしれないけど。

まぁ、他人の事は分からないし興味もない。

ただ肝心なのは今日も俺は仕事があるということだ。

憂鬱な気分になりながらスーツのズボンを穿き、ワイシャツを着る。

そしてトドメに、気分をより一層憂鬱にさせる「それ」を手に取る。

 

「はぁ・・・・・・」

 

思わずため息をついてしまう。

俺が手に取った「それ」は現代社会において欠かせない洋装の一つである。

 

首に巻き付けて喉元で結び目を作り、余った部分を前面に下げることでワイシャツを彩るそれは「ネクタイ」と呼ばれる。

 

現存する結び方は80通りを超えると言われているらしいネクタイ。

これが非常にうざい、うざくてたまらない。

きちっとした場では喉元が少し苦しいくらいにしなければだらしがないと言われるネクタイ。

同じ色のものを連続して身に着けていくと「それしか持って無いの? 社会人としてそれはどうよ?」とか言われるネクタイ。

 

さらに夏の暑い日が最悪だ。

首元を締め付け風の通りを悪くして、何故わざわざ襟元を汗でびっしょりにしなければならないのか。

多少緩めたところでまったく風通りが良くならない。

堅苦しくて暑さの敵で、何故こんなものを首元に巻いていなければならないのか。

誰だこんなルールを作ったのは。

というかもはやそもそも、このネクタイという存在したいが鬱陶しくてたまらない。

 

「あー、マジでこれうざい。

 考えた奴はマジ死ねばいいと思う」

 

夏が来る度、そして暑い中仕事に向かわなければならないという憂鬱な気分になる度に俺はそう愚痴をこぼしてしまう。

もはや日課だ。

こんなものを日課にはしたくないが、口から勝手にこぼれてしまう以上どうしようもない。

 

「こんなもの、この世から消えてなくなればいいのに」

 

今日もぐちぐち言いながらネクタイを手に取り首にかけた。

 

そんな時だった。

不意に後ろから声を掛けられたのは。

 

 

「お兄さん、その願い叶えてあげようか?」

 

 

ピタッと俺は動きを止める。

何だ今の声は?

有り得ない、ここは俺の家だ。

そして俺は今、一人暮らしをしている。

後ろから声を掛けられることなどありえない。

ましてや今の声は・・・・・・女の子の声だ。

声から察するに中々若い、そしておそらく美少女。

何故そんな子が俺の家の中に?

そして何故俺に声を掛けている?

 

とっさにバッと飛び退きながら身構えた。

 

 

逆様になって宙に浮いている女と目があった。

 

 

「なっ・・・・・・!?」

 

さすがに驚いて声を失う。

何だこいつは!?

 

「あははははは、いい反応だね」

 

女は胡坐をかきながら鈴の音のような笑い声を上げた。

 

予想していた通り、年齢的にはまだ十代くらい。

露出の高いシャツと半ズボン、長いブーツ。

ふわっとしたロングヘア。

紫のアイシャドウと口紅が良く似合う半目の美人。

 

いや、それよりももっと注目するべきところはある。

 

 

その手に握られた、長い長い鎌。

 

 

「・・・・・・な、なんだお前・・・・・・?

 死神か何かか?」

「お、正解。

 おっしゃるとおり、あたしは死神だよー」

 

くるっと身を翻し、彼女は床に降り立った。

 

「って靴履いたまま床に立つんじゃねぇ!」

「え? 何が? この国には「靴履いたまま家に上がっちゃいけない」っていうルールでもあるの? まさかねぇ」

「あるに決まってんだろ!」

「え!? あるの!? ご、ごめん!」

 

慌てた様子で彼女はブーツを脱ぎ、横倒しにして床に置いた。

 

「ごめん、後で綺麗にするから一先ずこれで」

「・・・・・・まぁ、それはいいとしてだ」

 

そう、思わず大声をあげてしまったがそこは重要ではない。

重要なのはッ!

 

「・・・・・・君、何者なのさ。

 死神って言ったけど、マジで?」

「うん、マジで、あたしは死神だよ。

 人間に力を与えたり、人間の願い事を叶える代わりに寿命とか魂とか貰う死神だよー」

「死神にそんな伝承あったっけ?

 人間の魂を刈り取るってところはおんなじっぽいけど。

 悪魔の取引とかそんな感じ?」

「悪魔なんかと一緒にしないでよ。

 まぁ、確かに死期を迎えた人間の元に現れて魂を刈り取るだけの死神もいるけど。

 あたしはほら、そう言うの似合わないじゃない?

 性格的にもビジュアル的にもさ」

「知らねぇよ、死神の基準なんか」

 

そんなやり取りをしたり、実際に彼女がふわふわ宙に浮いたりするところを見るとなんとなく信憑性が湧いてきてしまう。

死神かぁ・・・・・・そうか、そうしてみると本当にどことなく死神に見えてくる気がする。

 

で、何とか落ち着きを取り戻した俺は改めて彼女に向き直った。

そして肝心の要件を聞く。

 

「その死神が俺に何の用?

 そう言えばさっき「願い事を叶えてあげようか?」とか言われた気がするけど」

「あ、そうそう、それが重要なんだった、ごめんごめん」

 

彼女はそう言うとビシッとこちらを指さした。

正確には俺の手元、手に持っているネクタイのようだ。

 

「これがどうかしたか?」

「お兄さん、さっきそれが消えてなくなればいいのにってお願いしたじゃない?

 もしよかったら本当にそれ叶えてあげようか?って言いに来たの」

「本当か!?」

 

思わず身を乗り出す。

夏になる度に憂鬱になり、そうでなくても堅苦しく・・・・・・という愚痴はさっきさんざん零したからいいとして。

それだけの要素を持つこのネクタイをこの世から消してくれるというのか!?

 

「ただし」

 

彼女は少しばかり真剣な表情で言葉を続けてくる。

 

「個人の中で何かを変えるだけならまだしも世界規模で変革を起こすとなると、それに必要な代償も大きくなるの。

 だから、お兄さんも相応のリスクを払うことになるよ」

「だ、代償・・・・・・」

 

くっ、さすが死神、やはりただ願いを叶えるだけではなく取引になるという訳か。

 

「で、その代償とは?」

 

死神の定番と言うと死後の魂とかだろうか?

別に現世でこれ以上ネクタイに関わらなくて済むのなら、死後の事はどうでもいい気がするけど。

そう思っていた俺に対し、彼女は右手を開いて向けてくる。

パー、ではない。

 

「あなたの寿命5年」

「ぐぬっ!」

 

じゅ、寿命か! それも定番と言えば定番!

しかし寿命はきついぞ、俺があと何年生きるのか知らないけど。

 

「・・・・・・ちなみに俺は何歳まで生きるんだ?」

「言う訳ないでしょ、そんなこと。

 終わりが分からない自分の人生を掛けるからこそ5年でいいのよ。

 もし寿命を知った上で支払いたいって言うなら、5年じゃなくて残りの寿命の半分貰うよ」

「そ、そっちのほうが嫌だ」

 

当然だ。

俺があと50年生きるとして、45年生きるのと25年生きるのとでは差が大きすぎる。

うーむ・・・・・・他に何か俺がこの提案を受けるか受けないか決め手になるような質問を・・・・・・。

 

「・・・・・・この世からネクタイが無くなったら、その世界ってのは、どういう世界なんだ?

 いや、どういう世界って言うか、なんか、こう・・・・・・」

 

上手くまとまらない。

だが彼女もそうやって戸惑う人間を何人か相手にしているのだろう。

こちらの意図を汲み取ってくれた様子で話してくれた。

 

「まぁ、簡単に話すと、そうねぇ・・・・・・。

 契約してくれたら、あなたは今日また目が覚めるところから始まるの。

 その世界ではもうネクタイがこの世に存在しないわ。

 世界中の人も、もちろんあなた自身も、ネクタイという存在があったことすら忘れてしまうの」

「え、じゃあ俺は自分が何に寿命を支払ったか・・・・・・っていうかもしかして、寿命を支払った事すら忘れるのか?」

「そうなるね。

 自分の寿命が減ったことも分からず、あたしと出会ったことも忘れてネクタイの事も忘れる」

 

くっ、それは辛いぞ。

確かにこれ以上ネクタイの呪縛を味わわなくて済むのはいいが・・・・・・。

思いっきり揺らいでしまった俺に対し、しかし彼女は宥めるように声を掛けてくる。

 

「でも、世の中にはあなたと同じようにネクタイで苦しんでいる人達がいるかもしれない。

 そういう人達をまとめて救ってあげることが出来るようになるのよ。

 もちろん誰にも知られず、自分自身でも忘れてしまうというのは悲しいことかもしれないけれど。

 でもそう言う決断をした人も何人かいたわ。

 「誰にも感謝されなくても、苦しんでいる人を救うことが出来るならそれはそれでいい」ってね。

 それに少なくとも、契約を交わしたあたしはあなたの事を忘れないわ。

 お兄さんはそういう自己犠牲とか嫌いなタイプ?

 自分に酔っているだけでそういう契約しちゃった人もいるけど、ちゃんと冷静に考えた上で契約するのなら、新しくなった世界でも後悔は無いんじゃないかな?」

 

・・・・・・・・・・・・。

 

彼女の言葉を俺は自分の中で反芻する。

 

いや、正直その必要も無く、俺は彼女の言葉で決断してしまっていたんだ。

だから正確には、俺は彼女の言葉をしっかりと噛み締めていたんだ。

 

仮に俺が寿命を5年使わなかったとして、その5年で何が出来る?

世界に革命をもたらすような発明が出来るわけでも無いだろう。

ならその5年を、例え「ネクタイを消滅させる」という人によってはバカらしいとしか思えないような願いを叶える為に費やすのも、悪くは無いんじゃないだろうか。

それで俺自身も、同じようにネクタイに苦しめられている人達も救われるというのなら・・・・・・。

 

「・・・・・・分かった、契約しよう」

 

俺はしっかりと彼女を見つめながら告げた。

 

「うん、契約成立ね」

 

そう言うと彼女は立ち上がり、鎌をヒュルンと振るう。

直後、目の前の空間に裂け目が出来た。

そこから徐々に光が溢れてくる。

 

「あなたの寿命5年と引き換えに、この世界に革命をもたらす。

 

 ようこそ、ネクタイの無い世界へ」

 

溢れた光が周囲を包み、辺りが見えなくなっていく。

 

 

ああ、こういう決断も悪くない。

 

人によっては些細な事、だけど人によってはどうしても苦しいこと。

 

そういう事を無くすため、誰の記憶にも残らないところで俺は自分の寿命を支払ってそれを成し遂げるのだ。

 

ふと、そうすると逆に不幸になる人もいるのではないかと思った。

例えばそう、ネクタイを作っている会社の人とか。

いやいや、とすぐにその考えを否定する。

ネクタイがそもそも存在しない世界だったら、そもそもネクタイを作る仕事も存在しない。

ならその人たちもネクタイを作る仕事ではなく、最初から別の仕事に・・・・・・。

 

「ん?」

 

なんか引っ掛かった気がする。

だがそんな俺の思考も徐々に薄れて行った。

 

世界が書き換えられ、一時的に俺の意識も消滅するのだろう。

 

光が俺の視界を埋め尽くした。

 

正面に立つ死神、彼女が俺の願いを叶えてくれたから。

 

最後に見た彼女は笑顔だった。

 

きっと俺の決断は正しいものだったのだろう。

 

仮に正しくなかったとしても、この決断は彼女が誇りに思ってくれるような決断だったのだろう。

 

 

だから最後に小さく、

 

「まいどあり~」

 

なんて声が聞こえた気が・・・・・・したの・・・・・・も・・・・・・多分・・・・・・・・・・・・気のせ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

今日も朝がやってくる。

この時期は暑くてたまらない。

起きると汗がじっとりしていて、朝から嫌な気分になる。

とりあえずクーラーをつけて部屋を涼しくしながら、着替えを持ってシャワーを浴びに行く。

多少低めの温度で汗を流し、終わったら朝食を摂って涼しくなっている部屋に戻る。

社会人に夏休みなんてロクにありはしない。

仕事によるのかもしれないけど。

まぁ、他人の事は分からないし興味もない。

ただ肝心なのは今日も俺は仕事があるということだ。

憂鬱な気分になりながらスーツのズボンを穿き、ワイシャツを着る。

そしてトドメに、気分をより一層憂鬱にさせる「それ」を手に取る。

 

「はぁ・・・・・・」

 

思わずため息をついてしまう。

俺が手に取った「それ」は現代社会において欠かせない洋装の一つである。

 

首に巻き付けて喉元で結び目を作り、余った短い二つの部分を前面に下げることでワイシャツを彩るそれは

 

 

「リボン」

 

 

と呼ばれる。

 

 

 

「あー、マジでこれうざい。

 こんなもの、この世から消えてなくなればいいのに」

 

今日もぐちぐち言いながら俺はリボンを手に取り首にかけた。

 

そんな時だった。

不意に後ろから声を掛けられたのは。

 

 

「お兄さん、その願い叶えてあげようか?」

 




この後スカーフとかに続く。
無限ループって怖くね?(
だからちゃんと冷静に考えた上で契約しろとあれほど・・・・・・。

こいつの辛さは夏の暑い日にネクタイを締めて外を歩き回った社会人(大体22歳以上)にしか分からないと思います(偏見
クールビズとかいう最近の風潮マジ最高!

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