その男――間田幸生(まだゆきお)は、かつて不良だった。本人は否定しているが、どう足搔いても不良でしかなかった。
中学卒業と同時に不覚にも関東を制圧してしまった幸生。入学前の春休みに、不良に絡まれている少女を救う。
その少女、どうやら秀知院学園中等部に通うお嬢様のようで……。
不良。
またの名を不良行為少年。人倫に背き、自己と他人の徳性を害する非行行為に走る少年と少女を指す俗語。
未成年の身で飲酒や喫煙、夜遊びに喧嘩。果てにはより取り返しのつかない犯罪行為に手を染めて――世間が不良に対し、悪いイメージを持つのはしかたのないことなのである。
一度不良のレッテルを貼られてしまったが最後、いつまでも白い目で見られてしまう。本人はもちろん、家族までもがその視線を向けられてしまうのだ。
しかし、かの名門――秀知院学園においては違った!
両手をポケットに突っ込んで、二百年の歴史を刻んだ広く長い廊下を歩く男がいた。
なんのプランもなく伸ばした黒い髪はそろそろ肩に触りそうだ。細いフレームの丸眼鏡は、やはり長い前髪に隠されている。前が見えにくくないのだろうか
186センチの高身長と、学ランの上からでも見て取れる体格の良さも相まって、醸し出す不気味さをより強いものにしている。
「ほら、あの人」
「あの方が例の……」
下級生らしき二人の女生徒が幸生を認め、視線を逸らす。廊下を行く男に悟られぬよう、通り去ったあとに忍び言を交わす。
幸生には二人の行動を鋭い聴覚で感じ取れていたが、いつものことなので特に何も感じなかった。
「中学卒業のときには関東中の不良を一人残さず締め上げてたらしいぜ」
「うわマジかよっ」
「絶対に敵に回したくねぇ。いや回す気もないけれどさ」
また、一部の生徒からはある種の尊敬と、同じかそれ以上の畏怖を集めている。
色々な感情が乗った視線を背中に受ける男――なにを隠そう、かつて不良界のトップに君臨していた、生ける伝説なのだ!
秀知院学園という箱庭のなかで、幸生の噂はインターネットよりも迅速に伝わった。幸生の話は入学してすぐに学校中に広まり、これまでの学校生活、どこであろうと後ろ指を指されていた。
普通、自分のあずかり知らぬところで広まった噂によって、行く先々で遠巻きに嫌悪と好奇心丸出しの態度を取られたら――次第に心も体も疲弊し、憔悴し、そのうち精神の病を抱える破目になる。人間の心は、嫌悪にはもちろん、過度な好奇心にも弱く、脆いものなのだ。
だが、しかし。この男、間田幸生は違った。
「……そういやジャンプ読んでねぇな」
ノーダメージ! 幸生は生まれながらにして鋼鉄の精神を持っていた。本人を前にしての内緒話の一つ、言われようがどうってことないのだ。
「まっ仕事後回しでいいか」
さて、話は変わるが間田幸生はかつて不良だった。本人は不良であるのを否定しているが、事実上不良としか言いようがなかった。
生活態度は石を投げれば当たるような、その辺にいる男子高校生となんら変わりない、極々平均的なものだ。誰かと不仲でいがみ合っているわけでもなく、教師との仲も至って良好だ。
なら何故、幸生は不良と呼ばれているのか。
それは、かつて不良と呼ばれても仕方のない状況に陥ってしまったからだ。
幸生は強い。メンタルはもちろんだが、それ以上にフィジカルが強い。とんでもなく強いのだ。
実家は奥多摩にある。家を出ればすぐに山の中という環境で育ち、遊ぶ場所は山や森林が基本。日常の外遊びで山を全速力で走ったり、猿のように木々を跳び回るなどして極めて激しい上下運動をしていたら、その環境に適応できるよう肉体が特別なものに成長していったのだ。
幸生が自身の強さに気付いたのは、小学五年生のこと。学年で一番の腕っぷし――便宜的にガキ大将と呼ぶが、それは幸生に些細なことで喧嘩を売った。席替えで、ガキ大将が好きだったクラスの女子と席が隣になった幸生が許せなかったという、まあなんとも可愛らしい理由だった。
幸生は平和を愛する。喧嘩はその時点で、一度もしたことがなかった。昼休み、席に座って本日分の算数の宿題を片していた幸生の腕をかなり強い力でむんずと摑み、廊下のほうへ引きずっていこうとして――しかしそれは叶わなかった。
やめろよ、と連れていかれそうで嫌になった幸生が、摑まれている腕を上に引いて、ガキ大将の手を振り払おうとしたら――ガキ大将が宙を舞った。上に引いた瞬間、ゴキリと小気味のいい音さえ聞こえたような気もした。体格差はかなりあり、誰が見ても幸生が不利だと考える状況で、幸生は自身すらよく分からない内にガキ大将を投げ飛ばしていたのだ。
結果的にガキ大将は周囲の机と椅子を薙ぎ倒して――右肩を脱臼、体の随所に打撲と擦り傷を作った。
そういうこともあり、幸生の話は学校のクラスや学年に留まらず、学校全体に広まった。それから少しも間を開けず、学校を越え、学区を越え、街を越え、東京を越え――終いには関東中の不良たちに幸生の話が波及してしまった。
いい迷惑である。自分の平穏な日々を無茶苦茶にした席替えのクジを心底憎んだし、自信喪失状態のガキ大将を睨めつけずにはいられなかったし、なにより山での生活がこうも自分の肉体に影響を与えるとは思いもしなかった。
もはやこれは成長というよりも進化だった。話を聞いた曾祖父が幸生に「平和島静雄みたいだな!」と言っていたが、当時の幸生には意味が分からず、首を傾げるしかなかった。
それからというものの、どこからともなくやってきた不良たちに連れ去られては全力で叩きのめして家に逃げ帰る日々を送っていた。平和を尊ぶ幸生にとって、この状況は由々しき事態だった。
不良との喧嘩のピークを迎えたのは、中学生も半ば。二年生の夏休みだ。
喧嘩しないようにするためには、まず不良と会わないことが重要だ。そう考えた幸生は伊達メガネとマスクを着けて不良の目を欺くことでエンカウントを未然に防ごうとしたり、スパイよろしく物陰に隠れて周囲を警戒しながら登下校したりと、いくつかの対策をとっていた。
効果はあったようで、中学校の周囲をうろつく血の気が盛んな不良たちは幸生を見つけられずにいた。
そこまではよかった。幸生の計画通りだった。
幸生を見つけられない不良たちは――矛先を他の生徒に向け始めた。
間田幸生を知っているか。どこに住んでいるかは知っているか。そういえばお前金持ってるか。貸してくれや。
カツアゲが学校の近辺で横行している事実を知り、原因が自分であるのを理解した幸生は――みんなに迷惑を書けるぐらいならと、不良たちの喧嘩を全て買うことにしたのだ。
不良、喧嘩自慢、ドンと来い。
山での超自然トレーニングに適応した肉体に、父に勧められて始めた筋トレが合わされば、幸生はもはや無敵だった。
迫る不良を千切っては投げ、千切っては投げ、まさに奥多摩無双といった有様だった。
全ては、平穏に暮らすため。
中学校卒業の時点で、関東に敵はいなかった。本人のあずかり知らぬ内に、たった一人で関東制圧を果たした伝説の不良として、不本意ながらその手の界隈で名を馳せることとなってしまったのである。
で、現在。
「おいーっす」
「あっ幸ちゃん! こんにち殺法!」
幸生は秀知院学園生徒会の一員として、平穏な学校生活を謳歌していた。
もともと幸生は、秀知院学園に進学するつもりはなかった。実家がある奥多摩から通える、適当な普通科高校で学び、都心の大学に進学して一人暮らしを始める。そういう計画を練っていたのだが、あるとき久々に実家に帰ってきた母の「貴方の成績なら秀知院も余裕ね。受けなさいね」の一声により、半ば強制的に秀知院を受ける破目になったのだ。
結果、合格。しかも首席だった。幸生による新入生代表挨拶は、そのあまりの雑っぷりに学校全体で話題になり――秀知院二百年の歴史に残る、最大級に負の記憶となったのだった。
そういうわけで幸生は、まあ箔が付くからいいかという極めて軽い気持ちで、現在まで秀知院学園高等部を楽しんでいる。
生徒会室に入ると、高等部生徒会書記の二年生――藤原千花が出迎えた。意味不明な挨拶をする後輩に首を傾げた幸生は、取り敢えずそれっぽい単語を挨拶の言葉にくっ付けて返す。
「こんにち剛掌波」
「なにそれ強そう!?」
漫画に出てくるキャラクターの技名に反応して目を輝かせる千花を横目に、ローテーブルを囲むソファに腰を下ろす。幸生からは生徒会長が仕事をするのに使う大きな席が佇んでいるのが見える。
「さて、仕事の前にジャンプでも……」
右肩に担いだリュックサックをソファの脇に置き、学ランの内ポケットに入れてあるスマホを取り出した。スマホ使用に係る校則など最初からなかったかのような、流れる動作だった。
「幸ちゃん、ちょっと謎解きしませんか?」
千花に上下関係皆無なあだ名で呼ばれているのは、部活動での賭け事が原因だ。。
幸生は
もともと幸生は千花から“幸生先輩”と呼ばれていたが、三年に進級してからのTG部入部の際、三年生であり留年生である寺島の提案であだ名が言い渡された。それも人間の尊厳を破壊しかねない酷い渾名で、幸生はこれを拒否。一年の槇原こずえの妥協案“幸にゃん”が挙がり、これも幸生は却下したが、しかし千花はこの妥協案に強い賛成の意を示した。
その後、幸生の渾名“幸にゃん”を賭けてゲームが行われた。何をやったかと言えば、人生ゲーム。市販されている極々普通の人生ゲームで、特に何の捻りもないチョイス。幸生は本気で挑み、ボコボコに負けた。約束手形の束を片手に、最下位でゴールしたのだ。
結果、あだ名は“幸にゃん”に決定。部活外の連中の前でにゃんはさすがにやめてほしいと思った幸生は懇願し、TG部外では“幸ちゃん”に落ち着いた。
「謎解き? ……ああなぞなぞね」
「はい!」
幸生が昨日読了したミステリー小説は叙述トリックを用いた大どんでん返しの名作だった。トリックを見破れずまんまと騙された幸生は、そのようなトリックを見破れと言うのかと千花に思ったが、千花が手に持つ懸賞雑誌を見て察した。
向かいのソファに座った千花は、意気揚々に雑誌を開き、幸生に出す問いを選ぶ。
あっじゃあこれ! と数秒と経たず決めたものを、千花が幸生に問う。
「『深い衝撃』『貴婦人』『金細工師』『アカハワイミツスイ』『夢のような旅路』――この五つの中で、仲間外れが一つあります。それは何?」
「それなぞなぞか?」
問題文を聞き、答えはすぐに分かった。だからこそ、その問題に疑問を抱かずにはいられず、思わず目の前の後輩に訊ねた。千花は先輩の言葉に首を傾げる。その仕草を見て、こういうところがズルいよなぁと思いつつ、仲間外れを口にする。
「答えは『夢のような旅路』だけれど」
「最後のですね……おおっ正解です! なるほど、競走馬の名前の由来で、『夢のような旅路』ことドリームジャーニー号以外の馬は全て三冠馬である、と……」
「これ競馬知ってないと答えられないし。なぞなぞじゃなくねえか」
「確かになぞなぞかと言われると、違う気がしますね。……あっ見てたのなぞなぞじゃなくて知識問題のところでした」
「ああ」
やっぱりか、と幸生が呆れると、すみませーんと千花は舌を出した。
というかネットで調べたらすぐに出てくるような情報を用いるのは、懸賞雑誌の問題としてはどうなのか、と幸生は首を捻った。
次なるなぞなぞを探して千花がページをめくっているのを横目に、ふと思いついた幸生は、部屋の棚に置かれた裏紙の束から一枚取り、リュックの中の筆箱からボールペンを取り出した。
「どうしたんですか?」
「なぞなぞを思いついた」
幸生はまず、A4の裏紙を縦に谷折りにする。角と角がピッタリ合うようにし、しっかり折り目を付ける。それを開いたら、折り目の左側に問題文を書き、折り目の上に同じ大きさの円を四つ、縦に並べて描く。右側には問題の続きを書き、幸生特性なぞなぞが完成した。
「できた。解いてみな」
「幸にゃんのなぞなぞだからにゃぞにゃぞですね!」
「やめろアホ」
軽口を叩き合いつつ、千花はなぞなぞの問題文に目を通す。
「……『四つの円に入る平仮名は何? 例外はS、K』」
書かれているなぞなぞの問題文を読み上げ、千花は顔を上げる。
二人の目がバチッと合う。幸生はその目線を動かさない。空色の大きな瞳を、真っすぐ見据える。千花も逸らさず、合った目線をそのままにした。
時間にして、三秒。短いようでとても長く感じた時間は、しかし千花のウィンクで終わりを告げる。
その後再び、出されたなぞなぞの紙をまじまじと見やる。
「平仮名なのに、例外はアルファベット……さ行とか行? それにどうして、丸は縦に?」
うーん、なんでしょうかこれ。問いに頭を悩ます千花の姿を横目に、リュックから取った水筒を開けてお茶を飲む。入っているのは緑茶。静岡産。
千花はしばらく、なぞなぞに頭を悩ますだろう。そう思い、スマホでジャンプのアプリを開き、定期購読しているジャンプの今週号を読み始めた。
10分経過。千花はというと、
「すみません、ヒントください」
まだ頭を悩ませていた。
「まだまだ」
「えぇーっ! この調子じゃ日が暮れちゃいますよぉ」
千花の姿にTG部での仕返しは十分できたかなと思い、千花が求めるヒントの順番を考えていたところ、幸生の背後で音が鳴った。
ドアノブの音だ。生徒会室の重厚な扉がぎぃっと音を立てて開き、生徒が二人入ってきた。
「もう来てましたか」
「こんにちは、藤原さん、幸生さん」
秀知院学園高等部生徒会、会長の白銀御行と、副会長の四宮かぐや。日本の将来を担う高校生たちを取り仕切る、高等部のトップたちだ。
代々受け継がれる、生徒会長の象徴たる純金飾緒が電灯の光を反射させて鈍く煌めく。表面が経年劣化でがさつき、金属光沢が十分に働いていなかった。二百年の重みを思わせるそれはいつだったか、地味に重くて肩が凝ると白銀は言っていた。
幸生は振り向いて、挨拶を返す。
「おう」
「あっ二人とも、これ解くの手伝ってください!」
二人の姿を認めるや否や、千花は立ち上がって手に持っている紙を掲げて助けを求めた。
何ですかそれ、と千花から紙を受け取り、ボールペンで書かれた内容を読む。
「なるほど……謎解きですか。幸生さん特製ですね?」
「おう。字で分かったか」
「ええ」
「これが全然分からないんですよー! 難しすぎますよ幸ちゃん!」
「そうかぁ? この学校の生徒ならちょっと考えれば解けると思ったんだけど」
「あっ馬鹿にしましたね! 今私のことを馬鹿にしましたね!」
「してないしてないこらやめなさい脳揺れる」
うきゃー! 幸生の背後に走り、幸生の頭を横から両手で摑んでぐりぐりと前へ後ろへ。幸生は千花のなすがままだった。
かぐやが見ている紙を横から見ている白銀が、書かれた問いの謎について口にする。
「どうしてこの丸は、中央に縦に並んでいるんだ? 問題文は横なのに」
「半分に折られた紙の中央に丸――これは折り目が対象軸の線対称を表しているのでしょう」
おっ近づいてきたな。今だ幸生の頭を摑んで揺さぶっている千花の手を摑んで動きを止め、口端を上げた。
「例外はSとK。これはすなわち、丸に入る四つの平仮名をローマ字にした時、SとK以外は全て線対称のアルファベットが使われているのを示しているのかと」
「な、なるほど……。つまり、A、H、I、M、O、T、U、V、W、X、Yのなかのいずれかと、例外の二つを組み合わせることで、答えができる……ということか」
「あくまで予想、ですけれどね」
指を折って線対称のアルファベットを数える白銀。さすが学年トップの秀才たちだ、と幸生は感心する。特に、かぐやには感心に加えてある種の畏怖も感じていた。ヒントというヒントを書いていないにも係わらず、問題と紙の折れ目を見ただけですぐ核心に辿り着く。白銀と比べて、発想力についてはかぐやに軍配が上がったな、と幸生は薄く笑った。
「その十一個のアルファベットの中に、母音となるのが四つ。子音が六つ。捨て仮名のXを含めた上で考えますと……だいぶ時間かかりますね」
かぐやが頤に手を当てて言う。
よし、じゃあそろそろヒントを言おうか、と摑んだ千花の手を放す。
「かぐやの推理は正解」
「おおおー! さすがかぐやさん!」
「で、ヒント。四文字の内、捨て仮名はない」
「となるとXは完全に除外できますね。Vは“ゔ”、Wは“わ”と“を”が残ります」
「それでも……まだまだ絞り切れないな」
「せめてどの母音がどう使われている、みたいな情報がないと分かりませんね」
かぐやが言うと、白銀は胸ポケットから手帳とシャーペンを出した。なぞなぞについて判明している情報を書き込んでいるのだろう。
ここで、ヒントを追加する。
「SとKは子音として使われている。それと、四つの平仮名はいずれも子音と母音が被らない」
「子音と母音が被らない……」
「これ、意外と大ヒントだぜ。なあ?」
「はい。幸生さんの言う通り、大ヒントです。私はもう分かりましたよ」
「おっ」
「何ィ!?」
「もう分かったんですか!?」
大ヒント。子音としてSとK使われていて、平仮名は四つとも子音と母音が被らない。今までに判明している情報と照らし合わせ、かぐやは謎を解き明かした。
白銀と千花はまだ導き出せていないようで、かぐやが「どうぞ」となぞなぞの紙を白銀に渡し、戸棚に向かった。紅茶を淹れるのだろう。かぐやの淹れる紅茶は絶品だ。
「では、私からヒントを」
ポットに水道から水を入れつつ、かぐやが言う。
「ローマ字はヘボン式です。四文字のうち、ヘボン式特有のローマ字で書ける平仮名が一つあります。また、四文字に濁点はありません」
「ヘボン式か! なるほど、判明しているアルファベットの中で、捨て仮名のないヘボン式のローマ字は……Sは“
「近づいてきた近づいてきた」
「幸ちゃん! ヒントもう一声!」
「四文字にさ行はない。また、最後の一文字は母音だけ」
「となると“し”は入っていない。最後の一文字はあ、い、う、おのどれか……逆に言うと前の三文字は子音が入っている」
口元に手を当て、学年一位の頭脳を全力で働かせている。手帳に書いた答えの条件と問題文を見比べて、思い当たる言葉を言葉をリストアップする。
「候補がいくつかあるが……先輩が選びそうな言葉はこれしか見当がつかない!」
「おっ分かったか」
これだぁ! と手帳にリストアップした単語の中で、確実に正解だろうという言葉を丸で囲いまくる。何重にも丸を描く様子から、なぞなぞを解けた喜びが見て取れた。
「ヒントがないと解けないですよこれ……!」
「そんなに難しい?」
「難しいとか優しいとか、それ以前の問題ですね。なぞなぞの問題文はいいのですが、なぞなぞの答えを導くために必要な要素がほとんど抜け落ちています。これではなぞなぞと言うよりも、暗号と形容したほうが正しいかと。……いずれにしろ、なぞなぞとしては不十分ですね」
「マジですかい」
かぐやからの痛烈な指摘に思わず舌を巻く。なぞなぞではなく暗号――言い得て妙だな、と幸生は深く唸った。
一番にかぐやが、その次に白銀が解いた。最後に残ったのは千花だが、眉間にしわを寄せ、両方のこめかみに両方の人差し指を押し付けてぐりぐりと円を描き、暗号じみたなぞなぞの答えを必死に考えている。
このままだと日が暮れてしまいそうだな、と思った幸生が、いよいよほとんど答えを言ってしまっているようなヒントを出そうとしたところで、
「あれ……会長、幸ちゃんが選びそうな言葉はこれしか見当がつかないって言いましたか?」
ピタリと動きを止めて、白銀に訊ねる千花。
突然の変わりようにいささか面食らった白銀は「え、ああ」と歯切れ悪く反応し、続ける。
「まあ、言ったが。その愛称では呼んでいないけれどな」
「あっじゃあ私も分かりました!」
なぞなぞの解を導く最後のピースは、白銀の文句だったようだ。先ほどまでアルファベットとローマ字と平仮名に脳を支配され、悶々としていたであろう千花の表情は、非常に清々しく、晴れ晴れとしていた。
少々意地悪な笑みを浮かべ、幸生に言う。
「やっぱり幸ちゃんはロマンチックですねぇ」
「夢を見てこそ高校生だぜ。現実には適度に目を逸らして生きている」
「いただけませんね」
「いいじゃねぇか。なあ?」
「もちろんですよ! さて、答えですけれど――」
突然だが、幸生がよく本を読む。読む本は気に入れば漫画や小説、ジャンルを問わないが、幸生の本棚を覗いてみるとある共通点が見えてくる。
それらフィクションの基軸が、恋愛であるということだ。
生徒会の面々は全員知っている、幸生の特徴――無類の恋愛・ラブコメ好き。
「――
大正解である。
「さすがに初動のヒントが少なすぎたか」
「あの紙と文だけじゃ分かんないですよぉ」
「そうですね。適切なヒントを付け加えれば、なかなか歯応えのあるなぞなぞに仕上がると思います」
「ここ一番頭を働かせましたよ」
かぐやが入れたダージリンを飲みつつ、幸生のなぞなぞの感想を共有する生徒会。白銀は生徒会長として、学園運営のための事務作業に取り掛かっていた。かぐやも同様。千花と幸生は仕事せずソファで寛いでいる。
薄いゴールデンリングが美しい茜色の茶が入ったカップとソーサーをテーブルに置き、上履きを履いたままソファに横になる。
頭に手を組み、眼を閉じる。このまま寝るつもりだろうか。
「寝ちゃうんですかー?」
千花が聞いてくる。少しだけね、と力が入っていない声で返した。
「仕事はしたんですか?」
「あとでやるよ」
「そう言ったあと、まともになにかしたことないと記憶していますけれど」
かぐやの声に冷たさが孕んでいる。白銀の仕事の邪魔をする奴には容赦しない、とでも思っているのだろう。この想像は、恐らく正しい。
「じゃあ幸ちゃん、ちょっと雑用しましょうよ」
「んー?」
「これですっ」
片目を開けて千花を見る。
紙の大きな筒を抱えていた。どこから取り出したか、カラー印刷されたそれは数枚重ねて筒状に丸められている。廊下や職員室前の掲示板に掲示される学園通信だろう。まともに読んだことはないが、見たことぐらいはある。
(幸生から見たら)華奢な体格の千花。手が届かない場合があるかもしれない。幸生が帯同したら万全だろう。
「オーケイ、行こうか」
ソファから身を起こし、乱れた髪を整える。
「じゃあこれからお仕事に行ってきますね!」
「ああ、頼んだ」
「はい、行ってらっしゃい」
千花が持つ学園通信の筒を何も言わずに自然的な動作で受け取ると、幸生は千花と生徒会室を出ていく。
二人の本日の職務は雑用――秀知院学園高等部生徒会、書記の千花と、
「やっぱ藤原と幸生先輩って、仲良いよな」
「出会い方が、それはそれはロマンチックだったと聞きましたよ」
誤字ありましたら報告オナシャス。