東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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第零幕 懐かしき東方の血~始まりの幻想記憶
プロローグ~ハクタクの王様のはなし


 

─────いつの頃からだったろう。

 

 

 

私がこうして、満月の夜に歴史を編纂するようになったのは。

 

 

 

─────それは、()が為か。

 

 

 

幻想郷のため?

いや、人間のためか?

それとも、教え子たちのため?

 

 

 

─────いや…………

 

 

 

それは、■■の為だったのかもしれない。

 

 

声は上がらない。

目は見えない。

耳は聞こえない。

鼻は嗅ぎ付けない。

舌は苦みを感じない。

この手も、なんの手ざわりも憶えやしない。

 

 

 

もしかしたら、この作業自体、幻想郷には何の意味もないのかもしれない。人間にとっては、どうでもいいことなのかもしれない。

 

 

けれど、私はそれでも歴史を喰らう。

私は引き続き歴史を創る。

 

 

 

そうしなければ─────

 

 

 

「私は────────」

 

 

 

その続きを言おうとしたところでふと目を下ろせば、最後の一文字は書き終わっていて、(すずり)にたまっていた墨はなくなっていた。

 

 

 

そうしていま。

 

 

 

今月の歴史が、刻まれたのだった。

 

 

 

私は、後世に正しい歴史を遺すために、誤った歴史を創らぬために、この文書に向かう。

 

 

そうだ。私はそのために歴史を紡いでいるのだ。

 

 

 

何かを濫用したり、間違った為政者が生まれることのないよう。

私は強く正しい道徳を教え続ける。永く正しい歴史を伝え続ける。堅く正しい倫理を説き続ける。

 

そのため寺子屋を開いたのだから。

 

人が為す(まつりごと)が、ただ一人の身勝手に覆されて、そこで袋小路に滞ることのないように。

 

 

 

あぁ、私はそのためにこの力を使っているのだ。

 

 

なのにどうしてだろう。私は、正しいことを言っているのに、この行いは間違っていないのに。

 

 

自然と──────

 

 

 

「───────────」

 

 

 

目が痒くもないのに、眠たくもないのに涙が出るのは何故だろう。

 

 

あぁ、もしかしたら……………

 

 

「私は、自分の人生(れきし)を偽っているのかもしれない」

 

 

 

私は、自分自身に嘘を付いているとも言えるわけだ。

 

 

 

空が濁った藍色に染まっている。

 

 

 

今日の満月は、涙で霞んで、よく見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷─────9月15日、夕方。

 

 

 

「えーと…………次はこっち…………かな」

 

やっべ、道に迷ってしまったよ……………三度笠をずらして頭をかきむしりながら、俺は呆けて空を見上げた。

人間の里に戻るのは久しぶりだから、あんまり道を覚えてないんだよなぁ。

なんとか里には出てこれたんだけど、自分の家の場所を忘れかけた。

 

 

─────嘘です、完全に忘れました。

 

 

 

「あっちゃあ…………こうなったら」

 

街行く誰かに道を聞くしかないかな。

基本、俺はコミュ障だから、初対面の人とは話せないんだよ。

でも、この場所ははじめてだ。ここから出るためには誰かに話しかけるしかないのだ。

仕方ない、物でうまく釣れる人がいたら嬉しいな。さっき買った胡瓜と交換で…………

 

 

 

「あ」

 

すぐそこの一軒家に見慣れた、人………?まぁ、人でいいか。人影が歩いているを見た。

見慣れたというか、腐れ縁というか、知り合いというか。

名前があんまりにも長すぎて覚えていないんだが、薬売りをやっている兎耳(うさみみ)の子だ。

俺も里で仕事するので、薬売りしている中で怪しまれてしょんぼりしている現場をよく見かけたことがあった。

 

ここ最近はちょっとした理由で里を一月ほど離れていたが、あの人に話しかけるのは問題ない。

向こうが覚えているかはアレだが。

まぁ、俺は数少ないお得意だし、顔だけでも覚えてくれていると思う。

 

────残念ながら、俺は彼女の名前を忘れたが。

 

まぁ、何はともあれ。さっさとここから出たいので、話しかけるとしよう。

 

「久しぶりだね、永遠亭の」

 

勇気を振り絞って再会の挨拶をする。

忘れかけた相手に最初は戸惑いがちだった少女だが、三度笠を見て俺のことを思い出すと、一気に顔を明るくしてくれた。

 

「はい!お久しぶりです、オオバさん」

 

 

オオバというのは俺のあだ名みたいなものだ。まぁ、こっちのほうがよく浸透しているし、基本的には俺はオオバと呼ばれている。

 

─────そうそう!名前を思い出した。

 

彼女は鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバだった。

そうそう…………名前が幻想郷の中でもトップ級に長いから本当に忘れかけていたよ。

 

「ウドンゲさん、こんなところでも薬売ってるの?」

 

昔、里で度々すれ違ううちにウドンゲさんの顔を覚えてきたところ、ちょっとした大怪我をして永琳さんのところで療養していたときに永琳さんが「ウドンゲ」と呼んでいたから、俺もウドンゲと呼ぶようになった。

鈴仙と呼ぶ人が多いらしいが、俺はウドンゲで知ったので、ウドンゲで定着してしまっている。

 

「はい、基本的に、里は一週しないといけませんからね。…………ところでオオバさん、いつ帰ってきたんですか?」

 

「ついさっき。一月前から、ちょっとした理由で里を出ていたんだ。それで(ここ)帰ってきて、家がわからなくてうろうろしていたら薬売りしていたウドンゲさんを見つけちゃったってワケ」

 

「そうなんですか。一月も掛かる用事なんて、すごく大変なんですね…………ひょっとして、何かとんでもない大仕事を任された感じですか~?」

 

このこの~、とウドンゲさんがつっついてくる。

 

「そんなことないよ、俺んちはいつもお金ないから。確かにここ数年は借金ナシをキープできるようになったけどね。まぁ、新種の病が流行ったりでもしたら即破産だよ」

 

まぁ、永遠亭がある限り、そんなことにはならないだろうけど。

 

「ちょっと魔法の森や紅魔館の付近をうろうろした後に友達に会いに行ってたんだ」

 

「友達ですか…………それはとそれとして、幻想郷の危険地帯ベスト2ですよ!?そんなところに足を踏み入れて無事だったんですか!?」

 

第二位はお宅の竹林じゃないかな。

 

「人里であんまり大きい声出さないの。そこらへんの話はナイショってことで」

 

瘴気の濃い魔法の森や色々と危険度MAXの紅魔館付近を彷徨(うろつ)いて何故俺が無事なのかというとまぁ、いろいろあるがそこの説明は、今回は割愛するとしよう。

 

「それでだね、ウドンゲさん。俺、家の場所忘れちゃったからさ、薬売りが一通り終わったら鈴奈庵付近まで案内してくれないかなぁ…………薬売りのお手伝いするからさ」

 

おねがーい、と手を合わせて頼む。

 

「はい!もちろん、お安いご用です!その代わり、きちんとお手伝いはしてもらいますからね!」

 

ウドンゲさんは快くオーケーしてくれた。

いやー、ありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、俺はウドンゲさんに続いて里じゅうを周った。

ウドンゲさんは相当手慣れているのか、その見事なプロポーションで男性を(とりこ)にして、次々と薬を売っていく。

ウドンゲさんの薬売りは売店でも、移動式でもなく、薬箱を持っての突撃訪問スタイルなので、迷惑に思う人はいなくはない。

その場合は俺の交渉スキルでなんとかなだめて、妥協で買ってもらったり、何かと俺もウドンゲさんに負けじと女性からのウケが良く、結構里のお姉さんが良く薬をじゃんじゃん買ってくれたりした。

 

──────こういうスタイルの商売ってアリなのかな?

 

……………まぁ、いいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、俺とウドンゲさんはあっという間に里を一周できた。

そして、約束通り、ウドンゲさんは俺を鈴奈庵付近の道路まで案内してくれた。

 

「今日は本当にありがとうございました、お陰でたくさんお薬が売れました!これでお師匠様もきっと大喜びですよ」

 

「いやいや、お礼を言いたいのはこっちだよ。わざわざ迷子を助けてくれるなんて」

 

「いいえ、ご心配なく。困ったときはいつでも頼ってくださいね。できる範囲で頑張りますから。…………ところで、オオバさん、手際よかったですよね?これからもうちで薬売りやりませんか?」

 

「いいや、そういうわけには行かないよ。うちはうちでやることがあるんだし、何より、永琳さんにこれ以上扶養を作ってやりたくないからね」

 

無職を養うのは一人でも大変なのに、ギリギリで生きている俺みたいなのが扶養に入ってきたら、今度こそ永琳さんが過労死する。

ウドンゲさんのお手伝いという形では、ただのアルバイトだ。そんなものを養わせるわけにはいかない。

 

「一本取られましたねぇ…………それでは、私はこれで。オオバさん、改めまして今日は本当にありがとうございました!」

 

ウドンゲさんの耳が真上にピーンと伸びていた。相当上機嫌なみたいでよかった。

 

「うん。じゃあね~ウドンゲさん」

 

浮き足でるんるんと帰っていくウドンゲさんを見送ってから、俺は家の玄関に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、これとこれが…………こうで…………」

 

俺は、神門 青葉(みかど あおは)

まぁ、(ちまた)では知名度低いが、とある線では著名な名門、神門家の末裔。

今は人間の里にあるこの道具屋、「いぬゐ(やど)」で一人暮らして色々なことをしている。亡き父が唯一遺してくれた遺産であり、俺の誇り。

名前は「あおは」だが、発音が妙に難しいそうで、ウドンゲさんたちからは「オオバ」と呼ばれている。

 

雑談として、なんでいぬゐ舎という名前なのかというとだ。

俺の苗字、「神門」とは陰陽道において北西を指す。北西の神門は商売繁盛を司ると言われており、昔からさまざまな商人が舎に神棚を置いた方角。

北西といえば十二支における(いぬ)(いのしし)

人間にある、「(いぬい)」という苗字はこの戌亥(いぬい)から来ている。

そんなわけで、神門家の道具屋はいぬゐ舎という名前なのだ。

 

 

 

「さて、今日のご飯は…………」

 

どうしようかなと迷っていたところだった。

 

「ん~?」

 

唐突に、空が気になって障子を透かして空を見る。

 

「おぉ、今日は満月の日なのか」

 

空には大きな金色の月がひとりきり。

餅をつく兎の姿がよく見える。月光に照らされて、灯り無しでも里が明るい。

 

「満月…………ねぇ…………」

 

ふと、壁にかけてあった父さんの写真に目を通す。

 

「────────」

 

 

 

 

 

そういえば────俺の故郷には、こんな言い伝えがあった。

 

アレは、俺がまだ子供だった頃か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、お前たち~。暗くなったから、そろそろ帰る時間だぞ~」

 

野山を駆けていたら、大人たちが帰るように子供たちに言うのだ。

それは子を思う親としての責任というものだろう。

 

「はーい!」

 

皆はあの頃の俺よりも聞き分けがよかったから、すんなり帰っていっていた。

 

「今日は満月だよ?明るいからボクはまだ遊んでるよ~」

 

だが、俺はあの頃はやんちゃな子供だったから、大人しく帰るようなことはしなかった。

一秒でも長く遊んでいたかった少年時代だ。

そんなとき、父さんはよくこんな話をしてくれた。

 

「満月の夜になっても悪い子は、消えてしまうんだぞ~?」

 

「なんで満月の日はダメなの?明るいからいつもより遅くなっても家に帰れるよ?」

 

「ハクタクの王様が出てくるからな」

 

「王様…………?」

 

「ハクタクの王様」というのは、俺の故郷に伝わる怪談だ。

 

「満月の夜はな、ハクタクの王様が、歴史を紡ぐ夜なんだ。ハクタクの王様は歴史を食べて、必要な歴史を遺し、要らない歴史を消してしまう」

 

「どーいうこと?」

 

当時の俺にはそんなことはまったくわからなかった。

 

「つまり、悪い子はハクタクの王様にとって、残すべきではない歴史と思われてしまったら消されてしまうんだよ。ある日突然…………ぽつり、とな」

 

「消えちゃった人はどうなるの?」

 

「どうにもならない。二度と目は覚めないし、消えた者を覚えている者はいなくなる。昨日まで話していた友達も、家族も。王様によって歴史から消された者は、誰も彼もが忘れてしまう」

 

「それって、悲しいことなの?」

 

「あぁ、死ぬことよりもずっと悲しいことだ。生きていたこと、やっていたことがなかったことにされてしまう。そして、その存在と幸せを分かち合った者たちは、次の日になったらすべてを忘れてしまうのだからな。何事もなかったかのように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には母さんがいない。

幼い頃に知ったのだが、子供には親として「父」と「母」がいるらしい。

子は、父と母が交わることで、母の身体から産まれる。

そして、生まれた赤ん坊は母の母乳を飲んで栄養を摂取する。

 

────ならば、俺にも、俺を産んでくれた、母乳を与えてくれた母さんがいるはずなのだ。

 

だが、俺は、母さんの顔を覚えていない。

父さんも、母さんという存在を覚えてはいなかった。

「自分の妻なんてものは知らない」と言われた。

 

その時に、俺は幼い頃に父さんに聞かされたことの意味がようやくわかった。

本当に、すべての人の記憶から消されるのだ。

歴史から消されるということは、後世には何も残らないということ。

時の流れから追放された事象は、どこへ行くこともできない。あらゆる時間軸からキックされたその存在は、すべて、今は昔のものとなる。

忘れ去られた記憶、つまらないゴミのひとつとして、誰も覚えていない狭い深い果てしない、暗闇へと落とされる。

存在しない記憶は思い出されることもない。

 

────生きていないゆえに、活きてもいない。

 

そんなもののどこに、そこに有る意味が在るというのだろう?

俺の母さんは、ハクタクの王様に消されたのだ。ハクタクの王様が歴史を食べた時に、母さんの歴史は、在ってはならない歴史だと、記録用紙ごとゴミ箱に捨てられたのだ。

歴史(ファイル)に残されたのは、彼女の記憶のすべてを失った夫と息子のみ。

母さんが着ていたかもしれない服なんてない。母さんが寝ていたのかもしれない部屋もない。あらゆる遺物ごと、母さんが歴史の中に生きていたという痕跡は消失した。

レポート用紙が、火に炙られて燃えるように。

 

 

 

「─────────」

 

なのに、俺はハクタクの王様が憎いと思えない。

だって、なんの思い出もないのに、なんの記憶もないのに、どうして、消されてしまったことに恨みを持てるのだろう。

母さんとの思い出がないから、なんで母さんが消されたのかわからない。

母さんが1000年ほど大昔の、ただの一般人にしか思えないから、俺はまったく母さんに対して感情を持てない。

消されたことに同情できないし、永遠の別れに涙も流せない。

俺の母さんが消されたという事実だけは、明らかだというのに。

 

─────あぁ、ほんとうに悲しい。

 

その消滅すら悲しまれないなんて、あんまりだ。

生命ばかりか、意味までもが死んでしまった魂に、なんの価値も感じられないことがどれほど悲しいことなのか、想像もつかない。

 

あぁ、今宵の満月の日も、誰かが消えていくのだろう。

もしかしたら、俺が明日起きたら、ウドンゲさんのことは忘れているのかもしれない。

もしかしたら、俺は二度と目覚められないのかもしれない。

ハクタクの王様は誰にでも平等、ハクタクの王様は自分勝手に歴史を消したりしないと父さんから聞いた。

ならば、その歴史の消滅は、正当な物として判断されるしかないのだろうか?

 

本当は正しかったかもしれないものが、その歴史と規格が合わないからという理由でなかったことになるのは、ほんとうに正しいのだろうか?

 

そもそも、正しい歴史とはなんなんだ?

 

 

 

 

 

「─────母さん」

 

 

 

 

 

俺は、存在するはずのない、顔も名前も知らない虚無の概念に向かって呟いて、今日という夜を終わらせた。

 

 

 

 

 

突然に吹き込んだ夜風が、涼しかったようで、それはどこか乾いていた。

 

 

 

 

 

────あぁ、今月の俺たちは、何を忘れ去ったのだろうか。

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