東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
時は今から1000年以上前のこと。
紺色の空に星々の瞬く綺麗な天空の下。
灰色の岩肌に数多の妖怪たちが脚を踏み入れ歩いていた。
彼らの数は数千から数万以上。
化獣から付喪神、天狗や河童など妖怪はすべて様々。その壮観な景色は百鬼夜行のよう。
多種多様な妖怪たち。そのまるで記録に記されたすべての妖怪を集わせたかのような軍隊は揃って同じ方向を向いている。
その先にあるのは巨大な都。
ここよりもずっと先だが、目を凝らせば少し先に見える。
周囲に木々も獣も鳥もないこの無の荒野、死の大地、生き物の存在しない岩肌の中で動くものはその都に向かい合う妖怪たちだけだった。
その先にいる、強者揃いな妖怪たちの中でも特に妖しい気配を漂わせる導士のような女が一人。
「さて…………いよいよ始まるわ。私は月の都の結界を調べます。しかし、少しの間時間がかかるでしょう。それまでに皆は時間稼ぎをしなさい。私たちの侵入は既に気づかれている。すぐに月の都から兵がこちらへ送り込まれます。来ない限りは手を出す必要はありません。ただ、もしこちらへ襲いかかってくるようであれば、容赦なく滅ぼしなさい」
「なあなあ
「ええ。私たちを巻き込まない程度に自由に貴女の力を行使しなさい。これだけ広い敷地なら巨大化の術も自由自在よ」
「そうかそうか!なら、来たやつだけ叩き潰してやろう!」
「萃香、幽々子、勇儀、華扇、隠岐奈。貴女たちは特に力のあるもの。いざという時は…………頼んだわよ」
「あぁ、もちろん任せておきな!どんなやつがでてきたって倒してやるさ!久しぶりの大暴れ、腕が鳴るってもんだ!」
「右に同じくだ。好きなだけ力が発揮できると思うと心躍る」
「もう紫ったら、何を言うのよ。貴女にもしものことなんてないじゃない」
そこには、幻想郷でも特に力の強い妖怪たちが集まっていた。
「ところで紫よ。鞍馬天狗の軍勢はどこへやった。常盤百鬼丸は我々が月侵攻の案を持ち出して軍勢を募った時、最初に名乗りを上げた勇敢な戦士たちだ。その力は天狗の中でも最強とされており、戦闘力だけであれば天魔を超えるというぞ。奇跡的に常盤一族は権力も支配も欲さない協調的な指導者の血統であったために天狗社会の上下関係は維持されてきているが………その力は天狗社会の力関係をひっくり返すほどだ」
「えぇ。もちろん百鬼丸にも来てもらったわよ、隠岐奈。彼女らには最前線での戦闘を命じている。つまりこっちの切り札に近いわ。その恐るべき能力に関しては私はずっと前から知っているわ。アレだけの力があれば百鬼丸単騎でもおそらく月を陥落させるには十分すぎる…………月の軍勢の指揮官を削るために利用させてもらうわ」
そしてその軍勢から少し離れたところにその軍勢はいた。
「百鬼丸様、大丈夫かねぇ………?」
「大丈夫だよ武蔵。不安なのは皆一緒だ。私も緊張して満足に動けそうにない…………だが、私は信じている。私についてきてくれた仲間たちを」
百鬼丸という女は武蔵に向かって微笑む。
「…………………あんたら、ホントにいいんだね?こりゃ戦争なんだよ…………?何かあっても、あたしらは助けてやれる保証がない。もちろん、生きて帰れるかも分からないってんだよ」
武蔵は後ろを向いて問いかける。
それに対して天狗たちは頷いた。
中には女子供も含まれていた。
「みな、私が行くと言った途端に「自分も行く」と聞かなかったんだ。これほどにまで民に支えられ、任され、信じてもらえた私なんだ。少しはその想いに応えなくてはならないさ。それに、地上からめぐみんも私たちを見守ってくれているはずだ」
「百鬼丸様、ホントに大丈夫なんだね?」
「あはは。武蔵、お前はほんとうに私のことが心配なんだな。…………そうだな、私が鞍馬天狗の長になると決まったときからお前はずっと私の面倒を見続けてくれた。私にとってもお前にとってもお互いが家族のようなものなのだろうね。でも安心して欲しい。私はお前の心配をしていない。それは武蔵、お前が嫌いだからではない、お前のことを信じているからだ」
「信じる……………」
「あぁ。信じる心が人を強くする。そんな事を聞いたことがあるんだ。もっとも私たちは天狗だがね。でも心とは知性であり、人間の心と妖怪の心にはそこまで大差はないと思っている。同じ言語を話し、同じ幻想郷に住まうのならばすべての種族はきっと同じ心を持っている。信じればきっとうまくいく、それは私たちだって同じのはずだ。こんなにも強く優しい仲間たちに恵まれたのだ。どんな時だってみんなで力を合わせて乗り越えてきたじゃないか。なら、今回もきっとうまくいく」
信じる…………そうさ、あの時からずっと百鬼丸様は…………
心の底から「仲間を信じれば上手くいく」ということを言っていた。
「百鬼丸様!八雲殿より伝言を預かりました!月の都から兵がやってきました。こちらへとゆっくり歩み寄っているようです」
「わかった、ありがとう。数は?」
「目視で見る限り、50は切っています」
「なっ、50未満だぁ?」
「なぁんだ。たったそれだけか?ならばもしかしたら話し合いがしたいのかもしれない。使者が来るまで待とう」
「し、しかし……………」
「私だってできることなら戦争なんてしたくないさ。話し合える仲間ができればそれでいい。この戦いは月の土地を侵略するためのものではない。その技術を学ぶためのものだ。ならば、奪い去るよりも幻想郷とで手を取り合い、互いに共存していくのが一番いいではないか」
あんときの百鬼丸様は、今とぜんぜん違ったよ。
「百鬼丸様!あれ見るんだ!」
「……………………なっ…………」
彼女は戦いを避けようとしたが、すでに戦いは始まってしまっていた。
「いっくぞー!おりゃぁぁぁぁぁっ!!!!!」
兵が現れた瞬間、鬼の角を生やした少女が敵の軍勢に突入していったのだ。
その強烈な拳によって地盤が沈下し、大爆発が起きた。
「なっ、そんな…………そこまでしなくてもいいのに!」
「百鬼丸様!前方を!!!」
「なにぃっ!?」
─────────そうだ…………百鬼丸様は、
その時、あたしたちの軍勢の前から兵士が駆けてきた。
柄から赤い光の刃を生やした剣を持った連中が突撃してきたんだ。
「もう奴さんやる気だよ。百鬼丸様、もうあたしは行く!いいね?」
「くぅ…………やむを得ない、」
渋々とGOサインを出した百鬼丸様に頷いてあたしは兵士の波に突入していった。
「いくぞぉぉぉぉぉ!!!!」
あたしはお得意の大太刀を振り回し、襲ってきた兵士たちの光の剣をはじき返した。
大勢であたしを取り囲んだって無駄だ。あたしは全方位に攻撃できる。このあたしに隙はないさ。
「おぉぉぉらぁぁぁぁ!!!くらいな!『武蔵の七宝具』!!!」
あたしの背中に取り付けた武器が一直線に兵士に飛んでいって、そいつらを薙ぎ倒した。
後ろから続く鞍馬天狗の兵士たちも月の兵士たちと互角に鍔迫り合いをしている。
とはいえこちらが優勢。熾烈な争いの末に、月の兵士たちはつぎつぎと倒されていく。
「やった!案外たいしたことないな!だろう、百鬼丸様!」
「あぁ。これならみな無事に帰ることができそうだ。信じる力が、お前たちを強くしたんだよ」
「そうだねぇ!この調子でドンドン…………」
そして、その時は来てしまった。
「武蔵、向こうから誰か来るぞ!」
「お?誰だぁ?」
私が見たもの、それは────────
他の兵士たちとは全然違う、鎧すら身にまとわず…………光線の出ない、普通の刀を手にしてこちらへ走り寄ってくる、【たったひとり】の女兵士に。
男ばかりの兵士の中に、ひとりだけ若い女が混じっていた。
「細身の女だよ?どうするよ、助けてやったほうが良いか?」
「油断しないで………!あの女、物凄い気配が────」
百鬼丸様が言い終わる前に、その女は刀を振りかざした。
その一閃で、あっという間に前衛に出て兵士たちと戦っていた鞍馬天狗の戦士が全滅した。
「は?」
「は?」
あたしと百鬼丸様は、何が起きたか全くわからなかった。
ただ一つ分かったのは…………味方がやられた、ということだけさ。
「何してんだあんたぁぁぁぁぁ!!!!」
あたしは味方をやられた怒りで敵に突入していった。
「おぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
あたしの本気の振り下ろしが炸裂する。
その一撃は大地をかち割り、周囲にいた余りの月兵士を振動で薙ぎ倒した。
地面に巨大な亀裂と大穴を開けたその必殺の一撃を──────
「────────なんだ、それは」
「はあぇっ!?」
女は直立状態で受けた。腰を落とすでもなく、片手で握る刀だけで受け止めた。
その女の周囲だけ切り取られたかのように穴がなくなっている。
いや……………消えたというより…………できなかった。
「ハァぁぁぁっ!!!!!」
その直後、女の剣から雷土が昇り始めた。
「ぐぅぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
私は再び弾き返され、私が作った地面の亀裂はさらに巨大なものに上書きされてしまった。
「武蔵!!!」
「ぐぅぅぉ…………なんだ、今の…………神の攻撃か…………」
ぶっ飛ばされた私の代わりに次々と突撃していく兵士たち。鞍馬天狗の軍勢の多くが舞う。
「やめるんだ…………!お前たちでは……………!」
しかし、百鬼丸様の必死の叫びもむなしく、
「穢れ多き地上の羽虫ども、この地より消え去るがいい!!!」
今度は巨大な炎の渦が巻き起こり、
鞍馬天狗の兵士たちは一人残さず焼き払われてしまった。
その様子を見ていた百鬼丸様の顔が徐々に青くなっていく。
幻想郷最強と謳われた自分たちの兵力が、これほどの無慈悲な暴力の前になすすべもなく、一人残らず一斉に消し炭にされていくその様子を見ていた鞍馬の長はどのような気持ちだったか。
「まだまだ…………!!!!」
あたしは全力で女に斬りかかる。
凄まじい剣戟の嵐が巻き起こる。
20回ほど太刀を振るったが一発も当たらず刀で鮮やかに受け流される。
この受けの流水のような綺麗さはまだ覚えている。
青葉…………あんたの太刀筋はこれだよ。
忘れるはずもない、あの時の剣だ。
今まで見てきた数々の強者の中で…………これだけは忘れられないよ。
そして前方に立つ無敵の女は刃を空高くに向ける。
直後、あたしたちの軍勢の真上から光の柱が降り注いだ。
「百鬼丸様、避けなぁぁぁ!!!!」
「──────────────」
百鬼丸様は反応が遅れた。
「百鬼丸様!!!!!!」
その時、後ろで待っていた鞍馬天狗の民たちが一斉に竜巻を起こし、百鬼丸様を柱の圏外へと吹き飛ばした。
「──────────お、おまえた…………」
青白い光が数百の鞍馬天狗たちの命を一斉に浄化した。
光の刃が落ちたその真横で百鬼丸様は尻もちをついて座り込んでいた。
この瞬間に、幻想郷最強の種族であった鞍馬天狗の軍勢はたったひとりの女の前に全滅した。
「み……………な……………」
この一瞬に、あたしは悪夢を見た…………
青葉、あんたとこうして切り合っていると、その光景を思い出すんだ。
「百鬼丸様!」
放心に俯きながらヨロヨロと立ち上がる百鬼丸様の背中を押さえながらあたしは目の前の、桃紫の髪の女剣士を見つめる。
「──────────────」
冷たくこちらを見下ろすかのように、生気も興味の一つもない目で見つめてくる女に、あたしはとても勝てないと思った。
どう考えても力の差が離れすぎている…………
そう思ったその時──────
─────あたしの識る世界が歪みを見せた。
「貴様ァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
百鬼丸様は突然顔を上げ、絶叫と共に身体の周囲360度に大嵐を纏い始めた。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
あたしは数百年以上百鬼丸様の事をみてきたが、こんなことは初めてだった。
百鬼丸様が…………これほどの力で激昂するということが。
これほどの力は初めて見た。
これほどの怒りを初めて目の当たりにした。
「百鬼丸様!ここはマズい!1回逃げるんだよ!賢者のところまで引いて後で対策をすればいい!こんなの、正面からやっても勝てないさ!」
今にも突っ込んでいきそうな百鬼丸様を必死に羽交い締めにして抑えるあたし。
「黙れ!!!私の邪魔をするな!!!」
しかし百鬼丸様はするりとその拘束を抜けた。
百鬼丸様とじゃれるとき、遊びで捕まえたときはいつまでも逃げられなかったのに。
そして百鬼丸様は脚であたしを蹴り飛ばした。
「ぐっふっ!」
「邪魔するのなら、貴様も首を絶つぞ武蔵………!今の私を、絶対に邪魔するでない!!!」
生きてきて初めて百鬼丸様に暴力を振るわれた。
「フぅッ…………フぅッ……………ヴッ…………」
百鬼丸様の眼は血眼に染まり、眼球から緑色の眼光が迸り、左眼からは翠の焔が上がる。
百鬼丸様が握る薙刀の刃も翠色に光り始め、百鬼丸様の周囲に見えない嵐の渦が取り囲んであるのを感じた。
(むさしー!だっこしてー!)
(うーん…………!うぅ………むさしー、とどかなーい!あれとってよー)
(うわーんむさしー!めぐみんとケンカしちゃったのー…………!どうやってあやまったらいいのー!)
あれほど小さくて弱かった子が。
(武蔵ー、例の手続きの紙なくしてちゃった………どこ行ったか一緒に探してくれるー?)
(なぁ武蔵ー、めぐみんがお饅頭をくれたんだ。一緒に食べようよー!)
(武蔵…………ほんとに私が次の鞍馬天狗のリーダーが務まるのか……………?)
あれほど元気で邪気のない人が。
(武蔵、まためぐみんが土産を持ってきてくれたぞ。ありがたくいただくとしようじゃあないか)
(月に行くということらしいが…………お前も一緒に、来るか?)
(私はお前の心配をしていない。それは武蔵、お前が嫌いだからではない、お前のことを信じているからだ)
あれほど情熱的で優しいお方が……………
「殺す…………必ず殺す…………貴様はおろか、月の都とやら自体…………私一人の手で必ず滅ぼす…………!貴様は、骨も残さず破壊し尽くす…………!そこで待っておれ、今…………この手で…………!!!」
まるで別人のように変わってしまった。
あの時の明朗快活さと混じり気のない穏やかな姫は消え失せ…………厳格で直情的な、怒り狂う無情な戦士長となった。
行ったことのない地での理由のわからない戦争により、見たこともない敵に無敵と思っていた兵力をいっせいに失い、民を失い、その他のものも破壊された彼女は、まさに鬼となって生まれ変わった。
この時からあたしはかつての百鬼丸様の面影は二度と見ていない。
「オオォォォォォォォォ!!!!!」
百鬼丸様は翼を生やして目にも留まらない高速で敵に向かっていく。
「去ねぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」
強烈な薙刀振り下ろしが炸裂する。
それを受け流そうと刀で防御耐性を取った敵が、
「くっ……………!」
なんと、百鬼丸様の一撃を防ぎきれず吹き飛ばされた。
地面で3回ほどバウンドしてトータルで600メートルは飛ぶ。
バウンドするたびに着弾地点が爆発を起こし、亀裂とともに石が舞う。
「─────────────」
煙を切り裂くようにして飛んできたのは敵の刀から放たれた青白い剣気。
「はぁぁぁぁぁぁっ……………!!!」
百鬼丸様が薙刀をするたびに停滞する、天まで届くほどの巨大な竜巻が巻き起こる。
そしてそれらは飛来した剣気を巻き取るとその全てを押しつぶしてなかったことにする。
そうしながら竜巻は進み続け、周囲にいる月の兵士たちや戦っていた妖怪たちを巻き込んで吹き飛ばし、さらにその勢力を強めていく。
あたしは本気の百鬼丸様を初めて目の当たりにした。
あれほどの心優しく、すこし気弱なお方のうちに眠っていた、【本当の百鬼丸様】。
私に遠慮していたのか、有り余る力を抑えるためか、それとも優しき指導者として振る舞おうとしたからか………彼女が一人で抑さえていた自分自身がこの場所で仲間たちの仇という怒りで解き放たれてしまった。
「うぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
百鬼丸様はこれほどの勢力を持つ竜巻の中を平気で通り抜けて攻めに行く。
かくいう敵は巨大な竜巻すらも一刀両断し、百鬼丸様と激しく斬りあう。
「───────────!!!」
その時あたしはびっくりしたよ。
なんてったって…………あの月の民と、百鬼丸様がまったく互角に戦ってるんだから。
本気を出した時の百鬼丸様は月の民と戦える………相性や盤面の次第では勝てるかもしれないほど。
百鬼丸様が操れるのはせいぜい嵐と波だけ。だから炎や雷や原子力を自在に操る相手と比べて能力ではかなり劣っているが、筋力と素早さでは百鬼丸様のほうが…………月の民の倍以上を上回っていた。
「うぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「ぬぐっ……………!!!」
激しい斬りあいを制したのはなんと百鬼丸様のほう。
刀を弾き飛ばし、薙刀を振るう。
それを紙一重で躱した敵に、渾身の両脚蹴りをぶつけた。
そのまま百鬼丸様は薙刀を逆手に持ち、槍投げのように構える。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
この時に放った術が、あたしたち鞍馬天狗の最終兵器である『膝切』の元になった禁忌の術、周囲一帯を一瞬にして粉砕する禁断の破壊兵器。
常盤一族に伝わる秘術、『薄緑』。
「───────ふん!!!!!」
百鬼丸様が緑色に光る薙刀を投げた瞬間、少し遅れて爆発的な光が投げられた薙刀の軌道状に空に舞い上がり一頭の龍のような、巨大な雷となって宇宙の彼方から月の都と敵の間に着弾した。
さながら流星が地表に降り注いだよう。
その瞬間に、周囲にいた妖怪と月の兵士が無差別に緑色の光に飲み込まれ消滅していった。
「───────────」
体力を使い果たした百鬼丸様は膝をつく。
その先から、
「……………………………………………………」
無言で現れたのは、あの刀の女。
まさか薄緑を躱されるとは思わなかった。
いや…………躱せる位置にはいなかったね絶対に。つまり薄緑が効かなかったってことだ。なんらかの術を用いて防いだってこと。
女は無言で刀を振り上げ、百鬼丸様を斬りつけた。
「おい紫!あれはなんだ!?」
「ごめんなさい隠岐奈、今は集中している。邪魔はしないで欲しいの」
「いや、それどころではない…………!どうなっている、あの光…………」
「……………………ッ!?月の都の結界が、割れてないのに………」
「お前も感じたか。結界を越えて月の都に着弾した一発の流星の存在を。エネルギーの放出で月の都の外壁を破壊したようだ。この術も長くはもつまい」
「やったわね…………これで月の都へ、」
「とはいえ…………ここまでだな。月の兵士たちの攻勢と…………なにより、先の流星によって
「う、そ……………でしょ?」
「よもや結界を破る必要もあるまい。その目で見てみよ。我らの決定的敗北の光景をな」
月面戦争は幻想郷側の完敗。
その原因は主に2つ。
ひとつは、月の都の兵士……………とくに刀を持ったあの女ともう一人また別の女と兵部隊の隊長格の月の民の圧倒的に戦闘能力。
そしてもう一つは──────百鬼丸様の薄緑投擲による両軍の決定的壊滅。
あたしは、背を向けて去っていった女を見る暇もなく目覚めなくなった百鬼丸様を抱えて逃走した。
紆余曲折あって地上の集落に返ってきた頃に百鬼丸様は目覚めたが……………
「武蔵、國を作り直すぞ。民の一人も犠牲の危機にさらされる事の起こり得ない國を…………月の都を滅ぼせるほどの力ある國を…………」
結局あの時と何も変わらなかった。
あたしの知る百鬼丸様へは二度と戻らなかった。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
「はぁーっ!!!」
「ぐぅぅぅっ!!!」
百鬼丸様は、まだ月の都を激しく恨んでいる。
「文さん!敵の動きが鈍くなったよ!」
「えぇ!私が高速で死角に周りながら弾幕を放ち、青葉さんが正面から華麗に戦う戦法が上手く行っています!」
だから……………青葉……………あんたは、
「八霖儚月流…………顎割り!!!」
「ぐぅぉぉああっ!!!」
だからこそあんたは……………百鬼丸様に会っちゃいけねぇ。
あんたがその太刀筋をあのお方に見せた瞬間に…………
………………幻想郷は間違いなく滅ぶことになる。
百鬼丸様が1000年前の戦争の記憶を思い出せば、間違いなく彼女の本気が再び放たれる。
あぁなっちまえばあたしにも止められない。
どんな妖怪だって、あれには敵わない。
たとえ止められたとしても、その戦いが飛び火して幻想郷は壊滅する。
逃げ遅れた人々は全員焼き払われ、妖怪も消され、山々も木々もすべて破壊される。
それは、あんたやあたしだけじゃない、幻想郷のすべての住民が、そして百鬼丸様もそんなこと望んじゃあいない。
あんたが百鬼丸様に会わないだけで、幻想郷の危機が変わるんだ。
それを、なんであんたは分かってくれないんだ。
「……………やめるんだぁ…………!百鬼丸様と………あんたは…………会っちゃならないんだ!!!」
武蔵の叫びとともに武蔵の背負った武器が動き出した。
「文さん!」
「えぇ、覚悟してました!あれはどうするんですか?」
『文!青葉!聞こえるか!?』
「大天狗様!?どこから喋ってるんです!?」
『文に持たせた、河童から意味不明な値段で買い取った緊急用の連絡装置からさ。こっちは今兵士に取り囲まれていてまるでそっちに行けそうにない。だから1回しか言わないぞ、奴が膝切を発動させようとしているのが遠目に偵察していた椛から連絡入った!』
「椛さんは安曇のほうにいるんですよね!?」
『そのへんはどうでもいい後だ!過去に知り合いだったこともあって武蔵のことは知っている。【膝切は奴の武装を全て合わせて作り出す至高の一刀】、つまり…………ぐあっ!!!』
通信は途絶えてしまった。
「────────文さん、」
「────────はい、」
2人は示し合わせように頷く。
考えていることは同じのようだ。
「文さん、全速力で頼む!」
「はい!幻想郷イチの俊足で、決め抜きます!」
(チャンスは─────)
(1回だけだ─────!)
青葉は文に後ろから抱えられた状態で空高くに昇る。
「この幻想郷を、民を守るために…………あんたを百鬼丸様に会わせはしない…………!膝切よ、幻想郷を守れ!────『宝剣膝切之色識』!!!」
武蔵の薙刀が勢いよく投げつけられる。
「今だ!!!!」
「どっ………びゅーーーーーーん!!!!!」
対するは空気を切り裂く文の突進。
速度はほぼ互角。
しかし、薙刀の刃に向かって突進する青葉と文は無惨に巻き込まれて消えるだけ。
──────だが、無策ではない。
「はたてさん!お願い!」
「もうこっちは、貴女がいることは知ってたんですよ!」
次の瞬間、文と青葉の姿が霞に消えるように消滅した。
「なんだと!?」
膝切は空気を切り裂いて空へと消えていった。
青葉と文が撃たれた手応えはない。当たっているのならエネルギーの爆発が起きるはずだ。
「こっちだぁぁぁぁ!!!」
「うっぐ…………!?」
背後からシャッター音とともに青葉と文が出現した。
そのまま武蔵に向かって突撃していく。
「くっ!」
武蔵はあわてて飛び退いてそれをかわす。
(やっぱりそうだ……………膝切を使うには全ての武装の解除と合体が必要…………!)
(つまり、膝切発動中の相手はこちらに攻撃するための武器がない!)
(背中の武器と隠し持った刀が武器の武蔵から膝切誘発で武装を剥ぎ取れば、)
(膝切発動の直後は、こちらの攻撃を防ぐ手立てはなくなります!)
そう、これが最後のチャンスだったのだ。
そして、同じようにドッキングした文と青葉は連続のシャッター音と共に瞬間移動を繰り返しては四方八方から武蔵に連続で突進していく。
もちろんそれを防ぐ術は武蔵にはない。
だが武蔵も月面戦争を生き残ったやり手。
武器がなくとも身軽に突進をかわしていく。
「そんな一直線の突進、当たるわけないよッ!戻れ、我が剣たちよ!」
膝切が分解され、猛スピードで武蔵の元に舞い戻る。
武蔵の周囲を無数の武具が取り囲む。
「時間切れだ、作戦は完璧だが、もう無理だよ!」
「いや───まだ俺たち番は終わってないぞ!」
「なに……………!?」
天空から青葉は刃を振り上げる。
その瞬間、
「なっ……………これは…………………!?う……………うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
武蔵を中心に巨大な紅の竜巻が巻き起こる。
連続の突進はダミー。
その間に文は風を操り、武蔵の全方位の気流を統一し、一つの竜巻の中に武蔵を閉じ込めたのだ。
竜巻の強力さは一瞬とは言え武蔵の拘束に成功した。
姫海棠はたては、撮影した空間に遅れて弾幕を出現させるという特性がある。
それを利用して、青葉たちの突進をシャッターで【切る】ことによって一時的に停止保存し、数十回にわたる突進が終了してから全ての突進を同時に再生した。
それにより、数多の角度からの斬撃が同時に発動する手はずが整った。
いくら防御力に長けた武蔵であっても、全方位からの同時攻撃は絶対に防ぐことも躱すこともできない。
これが青葉たちの狙い。
ただの突進ならばはたての能力の適応外。しかし、
「しかし、青葉…………彼もやるもんね…………まさか、突進攻撃をスペルカード化させるなんて。スペルカード限定で使う事が出来るとは聞いたけど…………それってあらゆる攻撃を弾幕化させられるってことよね…………」
そう、この攻撃自体青葉にとっては弾幕扱い。スペルカードという超必殺技の扱いだ。
ならば分類は弾幕の内に入る。
あとは青葉がスペルカードを切ればこれまぇの小細工やトリックはすべて成立するという話。
成立すれば当然、発動するのだ。
「文さん!」
「はい!」
青葉の刀と文の扇が合わせて振り上げられる。
その一対の間に作り出される直線を描いて作り出される風の刃。
「────
「────巻扇剣『紅葉螺旋斬』!!!」
同時に振り下ろされた風の刃と、連続突進のディレイのかかった同時発動による、見切りも防御もできない回避不能の一撃が武蔵を襲う。
「うごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
強烈な一撃は確実に武蔵を直撃し、必殺の攻撃を受けた武蔵は斬撃と突風の嵐に巻き込まれて武具をバラバラに撒き散らしながら外壁に叩きつけられて倒れた。
文と青葉の初めての共闘は月面戦争に出た強者ですらも一泡吹かせるほどの優れた連携だった。
文の目にも留まらぬ神速と青葉の近距離からの強烈な一撃。
文の突風弾幕と青葉による打撃の弾幕化。
そして大天狗の機転とはたての協力。
これら全てが合わさったことにより生み出された、文字通りの神技であった。