東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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ナスビがあらわれた!!!

 

 

「失礼します〜」

 

 

一方その頃、龍の部下である菅巻典は、単独である場所を訪れていた。

 

暗くてジメジメとした空間に、蒸し蒸しとした熱気漂う洞窟のような場所だ。

 

 

 

──────ここは新地獄。

旧地獄という土地から切り離されて作られたある種の異界。

幻想郷からは切り離されて造り出された、罪人を閉じ込め、無帰(かえらず)とする終末の地である。

 

 

 

屋根もない質素な部屋に典はやってきた。

 

そしてそこには、せめてものと言わんばかりのゴザの上に一人の女が座っていた。

赤い締紐のついた、深緑色のゆったりとした服に青いズボン。

 

典ほどではないが飯綱丸と比べると小さい背丈と焦茶の髪から覗く小さな角が子供の鬼のようで印象的だが、その目つきと余裕にありふれた、くだけきった姿勢は明らかに強者で長生きな妖怪であることを示している。

 

 

「飯綱丸から話は聞いておるよ、久しいのう、典」

 

 

歓迎の眼差しで女は典と2人きりで話す。

 

 

「えぇえぇ。こちらこそあなた様のご健勝であらせられる事をお喜び申し上げます」

 

「そう畏まらずともよいじゃろう。(わし)とお主の(なか)じゃ。いやしかし、その節は世話になったのぉ」

 

 

どうやらこの2人は面識があるようだ。

 

その時、襖がバターンと荒々しく開かれた。

 

 

「あらまぁ!こちらにいらっしゃったのですね残無(ざんむ)様〜っ!」

 

日挟美(ひさみ)か。今の儂は忙しい。邪魔してくれるなよ」

 

「そんな!いつも私はあなた様のお邪魔をしたことはございませんよ!」

 

「…………儂が来てくれと言ってないのにずっと付いてくることが邪魔と言っておる」

 

 

襖を開いて現れたのは葡萄のような色合いの妖艶な女。長い前髪のせいで素顔がほとんど見えない。

 

 

「そうじゃ日挟美。茶を淹れに行ってくれんかの?」

 

「はい!喜んで〜!お味は濃いほうのご気分でしょうか、それとも薄い方が…………」

 

「ほぉれ行った行った。味の加減は任せる」

 

 

半分蹴る勢いで爪先でコンコンと部下をつついて、胡座をかいて座る女は邪魔者を部屋の外へと追いやった。

 

 

「この日挟美、残無様をハート目にするほどの素敵なお茶を淹れて参りますわぁ〜!待っていてください残無様〜!!!」

 

 

声が遠ざかったのを確認した瞬間に、残無という女は立ち上がり、急いで襖の前に巨大な棚を置いて入り口をふさいだ。

 

 

「さて。何の話だったか…………あぁそうか。鞍馬天狗の事だったかな?」

 

「はい。飯綱丸様がそのように仰っていましたゆえ、私はあなた様の所へ参りました」

 

 

典は飯綱丸から特殊任務を授かっていた。

この新地獄で彼女…………残無という摩訶不思議な空気を纏う女から鞍馬天狗の内情を聞いてこいということだ。

 

 

その旨を典は残無に伝えた。

すると残無は典から顔をそらし、懐かしむように窓の外を一瞬だけ眺めて、典のところへ顔を戻して薄く笑いながら話し始めた。

 

 

「百鬼丸か、懐かしいのぉ。昔は良いやつじゃった」

 

 

典は百鬼丸という名前を挙げてないのに残無は百鬼丸という名前を確かに口にした。

 

 

「あら残無様。百鬼丸様をご存じなのですね」

 

「おう、それはもちろんだ。なにせ、百鬼丸は儂の元上司、というのは語弊があるかもじゃが…………儂は一時だがあの百鬼丸と盃を交わしたことがあるのじゃぞ?」

 

「ほほう…………それはどれほどの距離で」

 

「ふふっ、少なくとも当時の鞍馬天狗で儂を知らぬものは居ないとも。つまるところは百鬼丸の第一の腹心よ。百鬼丸が幼い頃から仕えていた武蔵という女がおるのじゃが、それと並んで儂は鞍馬天狗のナンバーツーじゃった」

 

「ええ……………っ?」

 

 

典ですら、驚きの色を隠せなかった。

なぜならこの残無が鞍馬天狗と密接な関係を持っていたのだから。

 

 

「ということは、残無様は鞍馬天狗…………?」

 

「いいや?儂は鞍馬天狗ではない。じゃが、当時の儂は統率者のノウハウというものを身につけたくてのぉ。それで、幻想郷のあらゆる種族の中でも優れた指導者であった百鬼丸に仕えることにしたのじゃ」

 

「百鬼丸様が…………優れた指導者…………?」

 

 

典は少し首を傾げる。

典が飯綱丸から聞く情報の限りでは、百鬼丸とは暴虐の限りを尽くす恐るべき鬼畜の王のような存在だった。

 

 

「やはり最近の若いもんは百鬼丸とは名の通りの百鬼を連想するか。まぁそれも無理はないか。儂らの世代の妖怪はみな、かつての百鬼丸を知る者たちばかりなのじゃが、当時の百鬼丸ほど優れた指導者は他におらんかったわ。あの歳で、あれほどの結束力の高く力ある統率者は見たことがない」

 

「と、言いますと?」

 

「百鬼丸はのぉ。まず民を第一に思う姫じゃった。百鬼丸の血筋である常磐一族は代々鞍馬天狗の長の座を続けてきた名家なのじゃが、幼くして当主に立てられた百鬼丸も歳を重ねるうちにまだ世も知らぬ少女の段階ですでに常磐国を治めるに不足ない一人前の王となっていた。常磐一族はの、厳しい家訓とは対照的に、住まう民への慈愛に満ちておるのだ。彼らは富を欲さず、権力に溺れず、名声に拘ることもない。ただ単に鞍馬天狗の代表として立つ…………まぁある意味、王ではないな。そのぶん当然民からの信頼は厚く、周辺の他種族とも仲良くしておったわ。とりわけ飯綱丸とは大親友じゃったな。幼い頃は野山を駆けて遊び回り、(まつりごと)以外に対してはなかなか頭がきれない百鬼丸には、聡明な飯綱丸が物の道理を説いていた。烏天狗が悪霊などによって危機に脅かされるような時は、鞍馬天狗が全力で彼らの脅威を撃滅しておった」

 

 

「これほど仲の良かったお二人がなぜ…………飯綱丸様は教えてくださいませんでした」

 

 

残無は少し黙って考え込むとゆっくり口を開く。

 

 

「…………遠くの地で戦いがあったのじゃ。月面戦争と呼ばれるその戦いで、百鬼丸は仲間たちを大勢失ってしまった。幻想郷において無敵の種族であった鞍馬天狗は敗北というものを知らない。戦に負ければ仲間は失われるという事、そしてそれのなんと恐ろしき事かを分かっておらんかったのだ。百鬼丸は突然に、信頼していた仲間たちを理不尽にも失ったことにひどく心を痛めおった」

 

 

壁の向こうからズコン、と音がした。

何かが襖を開き、中へ入ろうとした時タンスに激突したのだろう。

 

 

「そしてその時じゃった。百鬼丸に鬼が宿ったのは。彼奴はこれまでに一族が積み上げた歴史ある統治体制を全て撤廃し、極端な民の保護に執着するようになった。民の脅威となりうる周囲のありとあらゆる物を処分するべく、あらゆる種族との関わりを絶ち、近寄るものは全て脅威とみなし全てを滅ぼそうとする。儂が百鬼丸から離れたのもその時期じゃったのぉ………どこの骨かもわからんものが鞍馬天狗に混じっていればいつ滅ぼされるか分かったもんではないからな」

 

「その全てというのは鴉天……」

 

「いや、そりゃやるよ。飯綱丸来てもあいつはやるおるぞ。儂が来ても襲ってくるじゃろう」

 

「まぁ!たいへん………!!!」

 

 

典は頭をかかえる。

 

残無は嫌な予感を察知して、冷や汗を流しながらまさかと思いながら典に事情を問いかける。

 

そして案の定、典からは飯綱丸は常磐国へ向かったという話を聞いて今度は残無が腰を抜かす。

 

 

「おい嘘じゃろ!?なにをしておるんじゃ飯綱丸は!典よ、こんなところで油を売っている場合ではないぞ!今すぐ飯綱丸を連れ戻さんか!」

 

「は、はい〜っ………!!!」

 

 

典は慌てて立ち上がって部屋を飛び出す。

 

タンスをぶっ飛ばして入り口にお茶を乗せて立ちつくしていた日挟美をぶっ飛ばして廊下を駆け抜けて消えていった。

 

 

「典よ!鞍馬天狗で特に気をつけるべき3人の名を教えておくぞ!正面から戦っても勝ち目のない最強の天狗である百鬼丸…………圧倒的なパワーで数々の猛将を薙ぎ倒した鞍馬天狗の2番手である武蔵…………それから……………」

 

 

 

 

「残無さまぁぁぁぁ…………!!!お茶をこぼしてしまいましたぁぁぁぁ…………!!!申し訳ございません…………!!残無様のためにお淹れした、私の全生涯を費やした至高の一杯をお渡しできず、私、涙が止まりません…………!」

 

 

「茶などまた淹れれば良い、かわらん。…………典!!!最後の一人じゃ、こやつは二人と違い、一度見かけた獲物は常磐国の外まで追いかけてくるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────そやつは、天狗の中でも頭一つ抜けた弓の名手…………

 

 

 

 

 

 

「慧音!あっちから何か来たぞ!」

 

「あれは……………!!!」

 

 

 

そして部隊は妖怪の山へと切り替わる。

山城たかねの用意した装甲車で鞍馬天狗の軍勢から何とか逃れようとする慧音と妹紅のところへついに軍勢が追いついてきた。

 

青葉は戦闘不能の状態だったが、化野安曇と犬走椛の協力でなんとか第一波を押し止めることに成功した。

 

 

だがしかし、それからまもなくまた新たな兵が追いついてきたのだ。

 

 

 

「ちくしょう、もう第二陣が追いついてきたってのか?…………ちょっ、おわぁぁぁぁっ!?」

 

 

妹紅は慌てて飛び退いて慧音を突き飛ばす。

 

 

慧音と妹紅は甲板の上で転がる。

 

 

そして2人の元の立っていた場所には光の矢が降り注いだ。

甲板に深々と突き刺さる光の矢。

 

 

それは上空から放たれていた。

 

 

2人は視線を上げて姿を捉えようとする。

 

 

すると、2人の目には、木々の間を飛びついで移動し、こちらへと矢を放つ1人の少女の姿を見た。

 

 

 

「あれか!」

 

「慧音、撃ち落とそう!」

 

「あぁ!」

 

 

妹紅の赤く光る弾幕と慧音の白くまばゆい光が折り重なって放たれる。

 

 

2人分の弾幕に対して正面から無数の矢を放つ人影。

 

 

矢は弾幕の隙間を、グレイズするかのように潜り抜けて甲板へと着弾していく。

 

 

「うおっ…………!?」

 

 

慧音がバランスを崩したところを、妹紅がすかさず手を握る。

 

 

「慧音!」

 

 

そして妹紅は慧音を抱きかかえて持ち上げた。

 

 

すると、すぐさま慧音の真下にあったコックピットの天井が蹴破られる。

 

 

 

 

 

「また来やがったのかてめぇらぁぁぁ!!!」

 

 

出てきたのは化野安曇。

 

安曇は拳大の石を握りしめて勢いよく投げつけた。

 

 

人影に命中する直前、その影は空中で方向転換して石を躱した。

石は木に命中し、木の幹の一部を砕いた。

 

 

 

「よっと!慧音先生、妹紅ちゃん!なんか出てきたか?」

 

「お二人とも、お怪我はありませんか!?」

 

 

椛と安曇の二人も甲板の上に出てくる。

 

 

 

 

 

そしてそんなところ、甲板の上にようやく人影かずどんと飛び降りてきた。

 

 

「味方がやられたと思ったら奇襲して煙幕ばらまいて尻尾を巻いて逃げる。そしてそれで追いつかれているなんて……………」

 

 

その女は赤茶色の着物に紫の袴、そして結った紅の髪に天狗らしい頭巾を被った女。

 

 

「お前たち。卑怯者な上に取り柄もなくなったな」

 

 

背中に矢筒をつけており、鋭い銀の弓を持っていた。

間違いない、この女が光の矢を放った元。

 

 

「卑怯者だと?話し合いに行こうとした私たちを真っ先に襲っておいてどの口が言うか」

 

 

慧音は間髪入れず抗議の声を上げる。

 

 

「だから慧音先生、そういうのいいって。卑怯とかねぇよ。邪魔なやつはぶっ飛ばすだけだ。コイツも他の雑魚と同じように消そうぜ」

 

 

安曇は指の関節をボキボキと鳴らすと、水道管を手にとって構える。

 

 

「我こそは那須備(なすび)壱与(いよ)。百鬼丸様の命により、この車両に乗る全ての者の命貰い受ける!」

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

  百発百中系アーチャー

 

   那須備 壱与

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「フッ……………」

 

 

妹紅はそれを笑う。

 

 

「貴様、何がおかしい」

 

 

「ふん。そりゃそうだ。そんな厨二病こじらせたバカみてぇな自己紹介、誰だって笑うだろ。妹紅ちゃんの笑いも当然ってやつだ」

 

「あぁ。私に至ってはもはや笑いを通り越して呆れになる。この期に及んでまだ命の取り合いをする気か。私たちは完膚なきまでに敗北したから逃亡を図ったのだ。逃げる背中を射るなど、武将として恥をしれ!」

 

「どうあれこれ以上の攻撃は見過ごせません」

 

 

「フフフ…………くくっ…………ぷくくくぅ、」

 

 

妹紅の笑いがどんどん深くなっていく。

次第にお腹を押さえ始めていった。

 

 

「妹紅?」

 

 

慧音が心配して声を掛ける。

 

 

「あっはっはっは!うひひひっ!へへへっ!」

 

 

すると妹紅は耐えきれなくなって大笑いしてしまった。

 

 

「貴様…………私の実力がそれほどにも疑わしいか!」

 

 

 

 

 

「いや?別にそういうわけじゃない。いやさ………だって…………ふふっ、」

 

 

妹紅は半分笑いながら声を震えさせて言う。

 

 

 

 

 

「登場の仕方すげぇかっこよかったのに………名前…………ナスビなんだなーって…………ぷくくくくく…………うぁぁははははははっ!!!あーっははははーっはっはっ!ひぃっ、ひいー!いたいたいたい、しぬしぬしぬ、おなかいたい!!あはははははーっ!」

 

 

 

「「「ずこーっ!!!!」」」

 

 

 

慧音と安曇と椛は甲板の上で転げる。

 

 

 

当のナスビは俯いて身体を震わせている。

 

これは相当の怒りだ。

 

 

 

「おい、妹紅!それぐらいにしろ!相手超怒ってるぞ!」

 

「これ以上刺激してしまえば、ほんとうに地獄の果てまで追いかけてきます!」

 

「キレさせるのはめんどいからやめてくれ妹紅ちゃん」

 

 

 

 

「うぅっ……………!バカ!もう知らない!!!」

 

 

 

突然ナスビが叫び声を上げた。

 

 

 

 

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 

 

 

さっきの誇り高い口調が消滅したことに4人は固まる。

 

 

 

見れば、ナスビは目に涙を浮かべてぷるぷる震えていた。

 

 

 

「ずびっ………ううっ、名前のこと………ずっと気にしてるから言わないでほしかったのにぃ………!」

 

 

 

 

 

「・」

 

「・」

 

「・」

 

「・」

 

 

 

 

ちーーーーーーーーん。

 

 

周囲に安っぽい風が吹く。

 

 

 

 

 

 

 

「もう知らないもん!全員、やっつけてやるんだもーん!!!」

 

 

 

そう言うとナスビは弓を引く。

 

矢に赤雷が宿る。

放たれると、まっすぐ射ったつもりが風とともに急上昇し天を貫き、雷雲を生み出す。

 

 

 

 

「おいおいおいおいおいまじかよ!?」

 

「泣きながら撃つ技じゃないだろこれ!」

 

「ど、どうすればいい!?」

 

「あ、頭を守るとかでしょうか!?」

 

 

 

「やだー!!!!みんなしんじゃえー!!!!」

 

 

 

 

ズドォォォォォォォォン、と赤い雷が大地を切り裂く。

 

 

 

「うぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

あまりの衝撃に車両が空を舞って一回転した。

 

甲板に乗る4人は当然1回転に煽られて空に投げ出される。

 

言ってしまえばまさに天変地異。

 

 

 

「バカだろコイツ───────!!!」

 

 

 

新たなる強敵との対峙に、再び命を危機を迫られる一行なのであった…………!!!

 

 

 

ある意味、絶体絶命………………

 

 

 

 

 

 

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