東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
「はい、ここだよ。どうする?俺もついていく?」
オオバは度々、私のことを気にかけてくれるやつだった。
私は黙って彼の声に首を横に振った。
良くわからないけど、今だけは一人にしてほしかった。
わかった、とオオバは扉だけ開けて入り口で突っ立ったまま本を読み始めてしまった。
「─────────」
そこまで存在感薄めなくてもいいのに、と思いつつ、私は病室に入っていった。
「───────ふぅ……………」
ぴしゃりと引き戸を閉めて、私は窓際にあるベッドを見た。
そこに居るのは、青いシャツにくるまれた、ありふれた怪我人だった。
「────────」
その人は白髪の女性だった。背が高く、いかにも堅物といった印象を思わせる人物だった。
「───────よ、よう」
あまりの緊張に、私はぎこちない挨拶をしてしまう。
そりゃそうだ。私が殺してしまったと思っていた相手は、ギリギリで生きていたのだ。
身体を包帯で巻いているし、寝たきりになっているから、当然重症だし、かといって知らない他人を殺し掛けた私の罪が軽くなることもないが、とにかく、生きていてくれてよかったと、私は目に涙を溜めていた。
「────────────」
だが、この人は私を嫌っているにちがいない。そうだ、私はどこからどう見ても、焔の怪物。白銀の髪に紅いモンペ、一目で火の鳥とわかる、まさに災害獣といった風体の私を見て、警戒心を出さないはずがない。
そもそも、向こうは私になど会いたくないはずだ。いや、合ったのならもっと酷い目に遭わせて私を殺そうと恨んでいたに違いない。
そんな相手に対しての申し訳なさと恐怖にも似た感情で、私はロクに声をかけてやれなかった。人間との関わりなんて、オオバが初めてだったし。
「──────どうしたんだ、そんなに苦しそうな顔をして。悩みがあるのなら、聞いてやるぞ」
だが。私の予想に反して、彼女は私のことを気遣うほどの人間だった。
「──────なんで、そんな事を言うんだ。私は、あんたを殺し掛けた、あんたの仇敵みたいなもんだ。そんなのを目の当たりにして、なんで相手の心配ができる」
安心してしまった私は、いつもの性格に戻ってしまう。なんて失礼なことを言ってしまったのだろう。だが、今の私は、自分を恨むことすらしなかったこの女に腹が立っていた。理由は、わからない。
けれど、私は彼女に恨まれなければならないはずなのだ。
「──────知れたことだ。私は医師の診断を受けるまで焼かれたことを知らなかったし、意識もなかったから何時何処で誰が何をしたのかなど覚えてもいない。突然病室に入ってきたのが見るからに医療従事者でないという理由だけで、それを私の仇敵と判断して怨み言を吐く、なんてことはしない」
なんだ、初対面の人間に講釈垂れるのか。
コイツは、教師か何かなのか。
「そうかよ。なら、残念だったな。お前を燃やし尽くしたのはこの私。さぁ、私は逃げも隠れもしない。お前が満足に動けるようになるまでここに居てやるから、起き上がれたら好きなだけ殴ってくれ」
対して私は憎まれ口を叩くことしかできない。
「ほう、犯人が被害者に対して「早く元気になれ」と指図するのか、滅茶苦茶だな……………そんなことはしないよ。お前を殴ったところで私の怪我が完治するわけでもないのだろう。お前は殴られたら相手の怪我を治せる能力でも持っているのか?違うだろう、ならば余計な贖罪は止せ。そんな事をされても、こちら側が不愉快になるばかりだ」
「なんだ、お前は怨めしくないのかよ、この私のことを。お前を焼き尽くして殺そうとした、この殺人鬼を…………!!」
「相手を殴ってしまったから自分は殴られるべきだ、というのは間違っているぞ。そんな事をしても、お前の罪は償われない。私はお前を恨むことはしないし、許すつもりもない。起きた事は変わらないし、過去を恨んでも何も起こらない。仮に、ここで私が怨み深いお前を100発殴って気が晴れたとしても、そこにあるのは私がお前を殴ったという事実だけであって、何も生まれない。解決にならないようなことを言うのは感心できない、それは反省でもなければ、その行為は償いにもならない」
なんだよそれ、私がまるで、申し訳ないと思っていないみたいで…………!!
「ふざけるな!!お前は、どうしてそんな平気な顔をしていられるんだ!!なぜ、お前は私を許せる!!」
つい、病室で大声を出してしまった。
「─────なるほど、お前がずっと怒っているのはそれが原因か。簡単なことだ、「助かったからもういい」というだけだ」
「……………は?」
「生きているか死んでいるかで結果が揺らぐこともないさ。死んでしまったのなら、私はお前を裁くことができなくなるのだからな。ならばもう、一命を取り留めたということだけで十分だ。別に、私は後遺症を患ったわけでもないのだし。きっちり休めば復帰できるのだし。私自身、怪我で済んで良かったっていうことでお前への感情なんて二の次のことにしか思えないだけだ」
「──────────」
「お前のような感情的で正直な者だ、反省はしているのは分かっているさ。それでも私に大口を叩けるということは、お前も心のどこかで思っていたんだろう?「生きてくれていてよかった」、とな。そう思われていただけでも、私には救いだよ。改心のひとつもしない極悪犯でなくてホッとした。過失による事故であれば、多少受け入れられる部分も多い。今回は私に運がなかったというだけだよ」
生きてくれていてよかった、
それは………………
「───────ごめん」
「うん?」
「───────ごめん、ほんとうに…………ごめん。私は、自分で犯した罪を棚に上げて、自分の納得の行かないことに怒って、あんたに酷いこと言った…………!!」
俯いて涙を流すしかできなかった。
「────うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「まったく…………謝る時ぐらいは相手の顔を見なさい。だいたい、どんな生き方をすればそんなに不安定な情緒で生きていけるんだ」
こんな時ですら、講釈ばっかり垂れやがる……………
ひとしきり泣き止んだ後、私は相手の顔を見つめ直す。
「だが、一つ助かったことにだな、お前、自ら種を蒔いてくれたな」
「種………………?」
「あぁ。私が元気になるまで居てやる、って最初に言っていただろう?なら、言った通りに私が復帰できるまでここに居てもらおうか。ここ、たまに巡回してくる兎か女医しか話し相手が居ないのでな。かといって彼女らも他の患者の事で精一杯だから、退屈な時間ができるんだ」
退屈………………私が一番、嫌いな物。
──────千の時を生きる私たち蓬莱人にとっての最大の敵は、終わらない退屈だ。常に新鮮で、楽しい体験がないから、この虚無が辛くて仕方がないんだ。
限られた寿命だからこそ、すべてに輝きがある人間に、この退屈は耐え難い物だろう。
「──────わかったよ、でも後悔するなよ?お前が元気になろうとしなかったら永遠にこのバカを飼うハメになるんだからな」
「ふふっ、加害者が被害者に向ける皮肉にしてはタチが悪いぞ。滑稽な冗談もほどほどにな」
これまでの緊張が私から失くなったからか、面白そうがって女は笑ってくれた。
「──────なんだよ…………それ」
これが、私とあいつの、物語の始まりだった。
女の名は、上白沢慧音。
幻想郷の歴史を編纂している半人半獣なんだそう。種族はワーハクタク。ハクタクと人間の両方の血を引くそうだ。
ハクタク…………幻獣の血を引いているからかな、慧音はかなり回復が早かった。
数日程度経っただけで、私の補助付きで病棟の中を歩けるようになってしまった。
暇をもて余すと、慧音は私に付き合ってくれ、と言って、二人で話しながら廊下を歩いていた。
さらに数週間経てば、ついに私の助けも要らず、一人で外にも出れるようになってしまったのだ。
「う~ん……………やっぱり外の空気が一番美味しいんだな」
慧音は元気に背伸びしながら、両腕を大きく広げて、地面に仰向けに倒れてしまった。
「け、慧音!?大丈夫か!?」
慌てて駆け寄る私だったが、空を見た瞬間に、脚を止めてしまった。
それは、私が何百年と見ていなかった光景だった。
すじ雲がわずかに見えるだけの、真っ青な空。眩しすぎる太陽。
そして…………いつも真っ黒の竹林が…………今だけは若竹色だ…………!!
「────────なんて、綺麗」
「妹紅は夜行性なのか?昼間の空なんて、そこまで感動できるかな?まぁ、久しぶりに浴びる太陽の光は気持ちがいいが」
「私、こんな綺麗な世界、見たことがない」
「──────はぁ………?」
慧音が首を傾げる。
そうか、昼の世界に生きている慧音には、私の感動は伝わらないのか。
「──────妹紅、こんな人気のないところまで連れてきてどうする気だ?あまり病棟から離れすぎないほうが…………」
慧音を連れて私は竹林の奥に出てきた。
滝の前というだけあって、気持ちがいい。
「悪いな。病棟でできるような話じゃあないからさ」
「そんなに大事な話なのか…………?それにしては、なかなかな絶景でするんだな」
「ここは、私が知っている中でも、一番好きな場所なんだ。最悪な話をするんだから、せめて景色だけでも良くないと」
そこに座って川を流れる葉っぱを見ながら呟く。
「───────────」
「これは、慧音だからできる話だ。誰にも言ったことがないから、私はすごく緊張している。信じて貰えないかもしれないから」
「───────────」
私の独白を、慧音は黙って聞いていた。
あぁ、それで助かる。下手に相づち打たれたりしたら、困ってしまうから。
「信じるかは慧音に託すよ。ただ一つだけお願いしたいのは、笑ってくれるなよってことだけさ」
「わかった」
───────私は、今から約1000年ほど前。すごい大昔だな。
まだ人間が機械も使わないような時代、詩を詠むのが上手い人ほど偉かった時代に私は生まれた。
あの時は信じられないことにまだ私も黒髪でさ、今よりずっと小さかった。
世間の腹黒さも知らない、いわゆる処女ってやつさ。世界の裏も、良くないことも、泥沼も何も知らない。ただ、自分の周囲の人間すべてが、無条件に自分を愛してくれているのだと思っていた。
父上も母上も兄上も、私のことを大切にしてくれていた。
ただ私は、管絃が好きだっただけの、どこにでもいる、ありふれた貴族の少女だった。
──────それが変わったのは、あの日だった。
その当時、貴族世界はとてつもない、絶世の美女「姫」の話で持ちきりだった。
私たちとは格の違う有力な貴族たちが恋文を送ったほどの華そのもの。
華は高嶺に咲くもの。高嶺には花が咲く、姫は簡単に手に入るようなシロモノではなかったそうだ。
なんでも、惚れた男に「難題」を吹っ掛けるそうで、その難題を攻略できた者と結婚するんだとか。
難題を吹っ掛けて達成できた者と結婚する、っていうのは昔からよくある話だよね。外の世界の文化でも、生まれてから一度も笑ったことのないお姫様を笑わせた者と結婚を許す童話だとか。ほかにも、徒競走をして勝ったら結婚、負けたら死、なんていう神話も。
そのすべてにおいて、絶世の美女っていうのは、無理難題を吹っ掛けて男を惑わす運命にあるんだ。
だが、そいつは格が違った。
なんせ、この世に無いものを持ってこいって言うんだから。
仏の御石の鉢、竜の頸の玉、火鼠の皮衣、燕の子安貝、そして………………
蓬莱の弾(珠)の枝。
いわゆる、【五つの難題】というもの。
そして、私の父上は例の難題に苦しめられた結果──────
一族の恥をかかされた私はその女を恨んだ。憎んだ。妬んだ。ただ怨めしくて、
なのに、こんな弱い自分だから、なにもできなくて。
余計に、悔しくて。
そんな中、耳寄りな話を私は聞いた。
あの姫とやらが月の世界に帰っていったそうだ。
月の世界に住まう姫は従者に連れられて帰ったとのことだが、その姫を誰よりも愛していたという、帝にまつわる話だ。
姫は月に帰る際、帝へ手紙と壺を置いていったという話だった。後で知ることになったんだが、壺に入っていたのは「蓬莱の薬」というもので、飲むと不老不死になるんだってさ。
帝はせっかくの貴重な貰い物を燃やすんだそう。なんでも、一番高い山で薬と手紙を燃やして、その煙を天に向けるのだとか。
まぁ、その高い山が「不死の薬」にちなんで「富士の山」って名前が付けられたっていうのは有名な話だよな。
ともかく、そうする予定だった帝の従者たち。
まぁ、長ったらしく語っても仕方ないから簡単に。
──────私は、そいつらを殺したんだ。
山の道中の崖のところでさ。こう、ダンッと背中を蹴って突き落としたんだ。
まだ小さかった私にはわからないから。
そして、蓬莱の薬の入った壺を強奪。そして飲んだ。
─────以上が、私が
「まさか、お前の仇敵が…………あのかぐや姫だったとはな」
慧音は誰もが期待しているような感想を真っ先に述べてくれた。
「歴史編纂者からすれば、興味深い身の上話だったろう。つまり、私は武士の時代よりもさらに昔から生きている、ってことになるんだよ。人との関わりは経ったし、虚無に等しかっただけあって、結局の経験の総量は慧音と大差ないけど。要は私は、身体の成長がこの少女の姿のまま停止した、時の止まった千年婆さんってことさ。冗談もいいところだがな」
「────────いや、その歴史は興味深い。確かに、にわかには信じがたいさ。けれど、それほどにまで壮絶な過去があったというのなら、それは私にとって、頭の中でも繰り返されるような、とてつもない物語だ」
「すごいな、嘘かと指摘してくるのかと思ったら案外信じ込んじゃうんだ」
「あぁ。一部辻褄の合うような部分も多かった。嘘にしては完成度が高すぎるし、何よりお前のその焔に、燃える物を感じた。純粋に考えて、人間が1000年の時を生きて正気を保っていられるわけがない。それでも妹紅は、私の前でこうして昔話ができている。それはつまり、お前を1000年もの間生かし続けたモノがあるっていうことだろう」
慧音の目はかつてないほどにキラキラと輝いている。
「お前の焔が、1000年も消えることなく燃えている理由がよくわかるよ。お前は死なないゆえに、生きてもいない。けれど、」
慧音は満足するまで大きく息を吸う。
「けれど、貴女は【活きている】んだ。その焔を、不死の一生かけてでも、成し得たい何かが、心の内で燃えているから。…………まるで、太陽みたいだ!!」
「まいったなぁ…………こういうのを期待していたわけじゃないんだけど…………」
「もし、私がその過去を…………いや、違う。今の貴女そのものを救うことができるのなら、私も喜んで、お前の力になりたいと思ったんだ、妹紅。おかしいかな?おかしいだろうな。けれど、私はこれほどにまで歓喜するほど、今の話には胸を打たれたんだ!」
「─────そ、そうか。それはよかった」
ただ、一つだけ私には疑問が残った。
「これはどうでもいい質問だけど、じゃあなんで、慧音は能力を使って私の過去を書き換えないんだ?」
慧音が歴史を書き換える能力があるのなら、そして私のことを救いたいのなら、慧音が一番最初にやりたいことは、私の
「生きてきた、というだけでは歴史とはならない。私の能力は、過去に遡って事実を書き換える能力ではない。歴史とは一重に「語り継がれるもの」のことだ。歴史とは真実ではなく、あくまでそれを見た、聞いた、感じた、触った、嗅ぎ付けた、味わった観測者が後世に遺していく記録のことだ。歴史を創る能力は、現実の因果律を狂わせて事象を引き起こす、書き換える能力ではなく、「ソレ」を「見えること」にする能力だ。決して、事実自体は揺らがない。無かったことを有ったかのようにしたり、有ったことを無かったことにできる程度の能力なんだ。今を活きている、しかもこれまでに人との関わりを持たなかった妹紅には、妹紅を覚えている者がいないから、歴史にはならない」
「なるほど、歴史っていうのは、あくまで【紡がれる概念】なんだな」
「あぁ、その通りだ。歴史とは、誰かの手によって「歴史」にして貰ってから語り継がれるものなんだ。まぁ、そもそも────」
慧音は立ち上がって病棟に向かって歩き出す。
私もそれに続く。
「─────私は他人の人生を書き換える事はしたくないし、するつもりはない」
「ほうほう…………?」
「──────いいか、妹紅。【過去があるから、今がある】んだ。その人に歴史があったから、その人は歴史を紡いでいける。誰かに歴史として語り継がれる。それを人は人生と言うんだ。私が仮に妹紅の人生を自由に作り替えることができたとしても。私は、【貴女の過去】があったからこそ、ここにある【今の貴女】が、何よりも大切で、そして愛おしいんだ。大切な親友の起源を、原点を、そして現在を否定するようなことは、私はしたくないんだよ。辛い過去も、苦しい思い出も。すべてがあったからこそ今の貴女なのだから」
……………ずるいや。
そんな、満面の笑顔で、そんな嬉しいこと言われたら。
「私だって、慧音のことは誰よりも大切にしているんだからな!」
青い白沢が帰る様子に並んで、紅い不死鳥も、帰っていった。
あぁ、あの思い出があるからこそ、今の私がここにあるのかもしれない。
────もしかしたら、きっと慧音を殺しかけた【あの日】があったからこそ、【今の私たち】があるのかもしれないね。
この日の夕暮れは、私にとって、不死の千年、いや、万年、億年単位でもいい。私が不死の一生尽きるまで、忘れられない
火の鳥の、活きて燃え滾る、この焔に、この心に刻まれることとなった。
歴史は、誰かの手によって、紡がれていく概念だからな──────