東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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哀は悲死き、ナスビイヨ

 

 

─────私は常盤国の下民として生を受けた。

 

かつて山の妖怪たちがそれぞれの種族どうしで争いあっていた時代。

父上と母上は他種族との戦乱に巻き込まれて私よりも早くに逝ってしまった。

当時まだ幼き私は、親も家もない下民として、今日という日を生きることすら簡単ではない日々を生きてきた。

 

 

私はあてもなくさまよった。

配給される食糧などなく。寝る場所もなく。

常盤を収める上流の天狗たちが酒に酔う中で、私たちは泥水を分け合って生きていた。

 

私は、掃き溜めの民を無視する大天狗達よりも、この檻の中で何もできない自分が許せなかった。

 

私は拾い食いで生きてきた。

他種族の侵略でこの上ない貧しさを味わってきた。

この手にはなにもなく、一日を生きるための資源はすべて道端で拾って使うしかなかった。

痩せ細って弱った己の身を危険にさらして傷を負いながらも盗むか、拾うしかなかった。

それか、道行く上流の天狗たちに物乞いをするしか。その惨めさときたら、誰にもわかるはずがない。

私は、今を生きるためだけに笑い者にされ、踏みつけにされ、すべての天狗に頭を下げ続けて生きてきた。

 

破壊された我が家の中から見つかった、ただ一つ残った母の形見………金の月が描かれた首飾りだけを持って。

 

私は自分がどれだけ汚れようとも、この母の形見だけは毎日磨き続けた。

この輝きだけは、私よりも永くあって欲しかった。私の命よりも大切なものであった。

売ればそれなりの金に変わっただろうが、それだけは私自身が許さなかった。

 

 

ある日の事、

 

 

「オイオイ見ろよ。また下民のガキが歩いているぜ、」

 

 

私はトボトボとその日も食糧を探し求めて道を歩いていた。

 

 

「おらっ!」

 

「うっ…………!」

 

 

この国の底辺として生きている間、何度も追い剥ぎに遭った。弱者に追い打ちをかけるなんてほとほと神経のしれない連中だったが、これが私にとっては当たり前だった。

弱者とは強者に支配され、蹂躙されるものであるということはわかっていた。

 

これに遭うと、せっかく苦労して拾った手持ちの道具や小銭などもすべて奪われてしまうので困った話だった。

何度も理不尽な暴力に遭ってきた。

何度も理不尽な差別を受けてきた。

 

 

「チッ、きったねぇガキだ。なんも持ってねぇぞこいつ。ガラクタばっかり持ち歩きやがって」

 

「カラの果物の缶詰めとゴミ袋なんざ何に使うんだよ、全身ゴミ装備ってなんだそりゃ、期待して損したぜ」

 

 

彼らにはわかるわけがない。

その空き缶とが、一番大事な道具だと言うことを。

用水路からいつでも水を引っ張り出せるような一般以上の天狗には…………

 

 

泥水や雨水の溜まった地面を見つけたら手で丸い穴を掘る。

その状態で中央に缶詰を置き、穴の上にゴミ袋をかぶせ、ちょうど缶詰の真上にある位置に重石を置いて日のあるところに放置するのだ。

そうすると、泥水の水分が蒸発して水滴となってゴミ袋の裏に付着し、重石の置いた方向に向かって下り、やがて中央で缶詰の中に垂れていく。

こうすることで私は泥水を濾過して飲んでいた。連日雨が降らない日などは、穴を掘って小便を垂らして無理やり水たまりを作ってそれを濾過していた。

用水路に近づこうものなら、瞬く間に追い返されるからこうするしか無かった。

 

私は追い剥ぎに遭ったら抵抗はせず、手持ちのものをすべて差し出すようにしていた。

渋るようにすれば袋叩きにされるし、何より大事な首飾りの存在を知られれば、必ず盗まれるからだ。

ゴミを見せつけて失望させ、引き下がらせる。

底辺なりの対策だった。

…………たまにそのゴミすら取り上げられてしまうことも多々あったが。

 

 

今回の暴漢たちは憂さ晴らしもあったのか、私に対してかなり容赦なく襲いかかってきた。

ただ無性に誰かを殴りたかっただけなのかもしれない。

 

ぶっ飛ばされた私の口から、何かが出てくる。

それは口の中に隠し持っていた首飾りが落ちる。

 

 

「お?なんだこりゃ、金の装飾品だぜ」

 

「おうほんとか。売れそうか?」

 

「おぅ、こりゃ下手すりゃ純金じゃねぇか?なんでこんな奴が持ってんだ?」

 

「か………かえし………て………」

 

「返すかよバーカ!」

 

 

男たちから首飾りを取り返そうとした私はまた蹴り飛ばされる。

倒れ伏す私に対して何発か蹴りを入れたあと、男のうちのひとりは哀れむような目で私を見る。

 

 

「なぁ………もう返してやろうぜ。可哀想だろうがよ、」

 

「あっ、ちょってめ………!」

 

 

首飾りをひったくると、私の前に差し出してきた。

 

 

「ほらよ。悪かったな、返してやるからさ」

 

「………………………………」

 

 

私は首飾りを受け取ろうとした。

しかし、

 

 

「なぁんて…………嘘だよ!下民がこんなもん持ってんじゃねーよって話!!!」

 

 

男は私の目の前で大事な首飾りを遠くに向かって投げ飛ばしてしまった。

 

 

「あ……あっ…………!」

 

 

私は飛んでいった方向を向く。

 

 

「ぎゃははははは!!」

 

「うっ………!!」

 

 

私が背中を見せた隙に男は私を蹴り飛ばしてきた。

私はふっとばされて近くにあった泥水の中に突っ込む。

 

 

「決まったぁ!!!ぴったり狙い通り入ったぜ!!!」

 

 

男たちは私で遊んで楽しそうだった。

もう泣くことは忘れてしまった。泣いたら負けだし、泣いたらかえって相手をその気にさせてしまう。反応せず、飽きさせるしかない。

 

そうして今日も同じように泥の中から立ち上がろうとした時、

 

 

「はー!!!」

 

「うぎゃぁぁぁぁっ!!!」

 

 

後ろから少女の叫び声が聞こえてきた。

 

 

「おまえたち、なにをしているんだ!」

 

 

その少女は、私が生まれて一度も、他人の着ているものからですら見たことのないほどに良質な生地で作られた着物を着ていた。

 

 

「な、なんだ………!?」

 

「痛って………痛って………!このガキ、いきなり俺の足を蹴りやがった………!」

 

「オイオイ待てよ、あの着物の色と柄………まさか、王族の百鬼丸姫か………?」

 

「おまえたち、大人が子どもをいじめてなにが楽しいんだ!私の友をいじめようなんて、ゆるさんぞ!」

 

 

その少女は大人の男に対しても覇気のある口調で立ち向かっていった。

 

 

「な………何を言ってるんですか………王宮に籠る姫様に下民のご友人はいらっしゃらないでしょう………?それに、この下民はガラクタを集めて、拾い食いして行きているんですよ。こんな下民をご友人だなんて他の民に知られれば、常盤家の名折れというのではありませんか………!」

 

 

その少女は常盤国の姫だった。

姫は男たちの声を聞いて、さらに一歩前に出て声を荒げる。

 

 

「たしかに私の友人は武蔵だけだ。だが、その子も同じ常盤國の民だ。『ぶじょく』することは許さんぞ、決して」

 

「百鬼丸様!まったく、急に走り出すからどこいったんだかと思ったよもう………!」

 

 

姫の後ろからもう一人やってきた。

 

 

「げ……げぇぇぇっ!!!むむむ、武蔵様!?」

 

「な、なぜ武蔵様がここに!?」

 

 

「なんでって………あたしは百鬼丸様のお散歩についてきただけだよ。そういうお前たちこそここで何してんのさ」

 

「…………武蔵、こいつら、子供をいじめたんだ。どうしたらいいと思う?」

 

「な………なぁにやってんだお前たち!あたしの率いる兵士の部隊の身で………!」

 

「ひっ、ひぃぃぃぃ!!!」

 

「ごめんなさぁぁぁぁい!!!」

 

 

男たちは逃げ出した。

相手は百鬼丸様と武蔵だったからだ。

 

百鬼丸様は当時貧乏で学びなんてできなかった私ですら知っている。

 

 

「あとであいつらには思い知らせてやらないとねぇ」

 

「うむ…………武蔵、少しこの子の面倒を見てやってほしい。少し私はこの場を離れる」

 

「はっ、」

 

 

そう言うと百鬼丸様はどこかへ走り出した。

 

 

しばらくしたあと…………

 

 

「あったぞむさしー!」

 

 

百鬼丸様は突然、着物と全身を泥まみれにして帰ってきた。

私でもここまでになる事はあまりない。

 

 

「百鬼丸様!?どどどどうしたんだい!?こんなよごれて!!!」

 

「いいからいいから。着物や身体なんて、帰ってから洗えばいい。それよりも、」

 

 

百鬼丸様は私に駆け寄って、何かを手渡してくれた。

それは、さっき男に投げ捨てられた首飾りだった。

 

 

「すまない………投げられた方向からして貯水池に落ちていることまではわかったんだが、なにせ池の中だったから探すのに時間がかかったんだ。綺麗な首飾りが汚れてしまったね、申し訳ない………」

 

 

百鬼丸様は私なんかのために、自ら池に飛び込んで首飾りを取ってきてくれたのだ。

たしかに良い首飾りではあるが、せいぜい庶民の贅沢品程度だ。王族からしたらこんなもの取るに足らない品だ。

 

なんとお礼を申し上げたらいいのか。

だが、私が真っ先に口から出た言葉はお礼などではなかった。

 

 

「まさか、私みたいな下民のために池に飛び込む姫がいるなんて」

 

 

私は自分とそこまで歳が離れていないとはいえ、空のはるか彼方、天の上にいるお方に敬語も使えなかった。

いや、私は敬語なんてものを学んだこともなかったのだ。

 

 

─────だが私は心のどこかで、王族に妬みや憎しみを持っていたのかもしれない。

王が国を管理しなかったから両親は戦死し、私たち貧民は生きることもままらならず…………

 

そのくせ、私たちが泥水を分け合う中で自分たちだけいい暮らしをしている王族に良い気持ちを抱かないはずがなかった。

 

 

「しかしおまえ、大丈夫か?ひどく汚れ、痩せ細っている。最後に食べたのはいつだ?」

 

「昨日はちゃんと食べた。大市場の日だったから、芯の周りを食べ残した果物が3つも見つかった」

 

「………………………………………………」

 

 

百鬼丸様は口を開けたままそれを聞いていた。

 

私は百鬼丸様に背を向けて、落ちたガラクタを使ってさっき飛び込んだ泥水をすくい始めた。

 

 

「それは何をしているんだ?」

 

「泥水を集めないと水が作れない。水たまりを見つけたら絶対に集めるようにしている」

 

「……………知らなかった。お前たちはこんな風にして今日まで生きてきたのだな………」

 

 

百鬼丸様は悲しそうな顔で私に言った。

 

 

「お前、名はなんという?」

 

「……………………イヨ、だが」

 

「イヨか。私は百鬼丸。まだまだ若いが、この常盤國の王だ。…………長年、私たち常盤一族は民との絆を大切にしてきた。だからこそ、この國にはまだ救われない民がいないと思っていたが、現実とは、こうもむごい物なのか………この事はすぐに対処する。この國にこんな辛い暮らしをする民が一人もいなくなるようにな…………」

 

「…………………………………………」

 

「武蔵。ひとまずこの子を王宮で保護してほしい。それから、家臣を全員集めるぞ。すぐにこの事について対策を…………」

 

「はいさ。でも、下民救済なんてそんなこと、家臣の連中、そうやすやす飲んでくれるかな………」

 

「なぁに。私はもう姫ではなく王だ。民の事すら想えない臣などいらん。片っ端から宮より追い出してしまえばいい」

 

「めっちゃ独裁者っ………!!!」

 

「王の独裁も時には薬となるぞ。そんな事より早く彼女を保護するんだ。綺麗な水と美味い飯。足りないなら私の晩ご飯が減っても構わんから早くしろ」

 

「了解。任しといて百鬼丸様!」

 

「…………………………………………」

 

 

その時私は知った。この王は…………私の想像と全く違うということを。

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗な水を入れる缶詰以外にも水を運ぶ容器が必要なのだが、ない時はこのように、口に含んで掘った穴に吐き出して泥水を運んでいた」

 

「……………ぶっふっ……!!!おげぇほっ、げぇ……!!」

 

「大丈夫か百鬼丸様!まさか泥水そのまま飲んだのか!?」

 

 

不思議な人だった。

自身は一生裕福なまま過ごせるというのに、あえて私と同じ苦痛を体験してきた。

 

 

「な………これだけ………?」

 

「そう落ち込むな。私の景気の良い時ぐらい集められたじゃないか。百鬼丸様、拾い食いの才能があるぞ」

 

「それ………褒めてるの………?」

 

 

だが、そうしているうちに不思議と私の見ている世界が変わってきた。

この人と苦痛を分け合えば、なんだか自分のこれまでの過ごし方も悪くはないと感じた。

 

いや、もちろん最悪ではある。

だが、なんだか。うまく言葉に表せないが………百鬼丸様が私と同じ事をしていた間は、あの日々と比べてだいぶ苦痛が柔らかかった。

私が一番辛かったのは泥水をすする事ではなかった。金もなく、追い剥ぎに合ったり、病気になればどうしようもなかった、飲み水を手にすることも簡単ではなく、食糧がない日もある、そんなことよりも…………誰もこの苦痛を、この痛みを理解し、分かち合ってくれない事への孤独感だった事に気づいた。

 

私の場合はまだ学のない子供だったということもあって酷い場合だったものの、私と同じく家のない民はいた。

その後、百鬼丸様は國の在り方を変え、私たち下民に最低限の生活を保障してくださった。

何よりありがたかったのはなんだろうな………武蔵が毎晩炊き出しに来てくれたことだった。

 

 

「悪いねぇイヨ。うちで食べるような豪勢な食事は出ないもんなのさ」

 

 

私は時間になると真っ先にそこに飛び込んでいた。

もちろん腹が減るのもそうだが、何より百鬼丸様が必ず来ているからだ。

 

 

「何を言う武蔵。お前にはまっとうな食べ物を食べる事のいかに幸せな事か分かるか?私はここ数日イヨと過ごして、自分がどれほどの貧しき民をよそに自分だけ恵まれた育ちをしてきたか思い知って悲しくなったぞ」

 

「そうかい。ま、こんなんで喜んでもらえてうれしいよ」

 

「ときに百鬼丸様、なぜ急に炊き出しが実施されるようになったのだ?毎晩こんな美味しいもの、それもこんな大人数に振る舞っていれば、この國の食糧が尽きそうだが………」

 

 

私の質問に対して百鬼丸様は当たり前のように答えた。

 

 

「あぁ。それはだな、この度王宮での食事について見直しを行ったんだ。そうしたら食材の浪費や余分が激しかった。魚の鮮度の厳選などからでも浪費が生まれるからな。そういった飽食を完全に撤廃し、廃棄される予定の食糧も全回収して使うようにしたんだ。廃棄されるといってもゴミではないぞ。たとえば形や大きさが商品の規定に合わず売り物にならずに廃棄されるだろう食糧を商人から安価で買い取ったりしてな。それから王宮の食事をちょっと質素にすれば、炊き出しを毎晩実施する程度のことは予算的にも楽な話だったんだ」

 

「…………難しすぎて何言ってるのかよくわからんが、私たちのためにすごく頑張ってくれたんだな。ありがとう、百鬼丸様」

 

「あぁ。どういたしまして…………それにしてもお前、泣くほど美味しかったか?」

 

「泣く……………?」

 

「あぁ。涙を流すほど嬉しかったのかなと思ったんだ」

 

「…………ほんとだ。私、泣いている」

 

 

下民になってからどれだけの間、泣いていないのか。

泣かないようにしてきたのに、この瞬間だけは幸せで涙がいっぱいだったことはよく覚えている。

 

 

「しかし百鬼丸様、いいのか?王様はもっと美味いものを食いたいはずだ。お前、もともとはその豪勢な食事で生きてきたんだろう。なら、急に食事の格を落とすのは耐えがたいだろうに。私は明日からまた拾い食い生活になれば発狂しそうだ」

 

「私はお前から最大の貧しさを教わった。あれに比べたらぜんぜんマシだ。………それに、食材が多少質素になって量が減ろうとも、武蔵のご飯は天狗で一番さ!」

 

「百鬼丸様よぉ………そりゃあ褒め過ぎだって、」

 

「それと、みんなで集まって同じものを分かち合って食えるなんて………こんなにも美味しいことだとは知らなかった。共食は最大の味付けとはよく言うが、まさか実体験することになるとは」

 

 

分かち合う…………百鬼丸様はやけにその言葉が好きだった。

苦痛も、食糧も、幸せも分かち合う。

全員が等倍の幸福を得られるような、そんな国を目指しておられた。

その時私は初めて気づいた。

みんな、幸せそうだ。

自分が生存することで精一杯だった私は、他人の幸せなんて考えたこともない。

 

なのに、わかる。

みんな、幸せそうだ…………私も、幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在に至る。

 

 

「私はあの人に、人生を丸ごと救われた。この恩は百鬼丸様に一生お付きして返さねばならないものだ、」

 

 

 

 

「ナスビ……………」

 

 

妹紅はナスビの顔を見て感極まる。

それは興奮ではなく、何か哀愁にも似た思い。

別に妹紅がナスビの過去を見たわけではない。どんな過去を歩んだかなんて分からないし興味もないだろう。

だがそれでも妹紅にはわかる。その人が苦しい思いをしてきたかどうか、それぐらいのことは。

 

 

「百鬼丸様は私の苦しみを分かち合って一緒にいてくれた。そして、自分の幸せを私に分けてくれた。だから私も、百鬼丸様の苦しみを理解し、共に立ち向かわなければならない」

 

 

ナスビは顔を上げる。

その時、ナスビの眼球に炎のような輝きが宿った。

その顔に刻まれた数多くの傷と隈が、その苦労を物語る。

 

 

「百鬼丸様の苦しみが、あのお方を苦しめているのがお前たちであるというのならば………私は、鬼になってでもあの人の苦しみを分かつ。そして何度でも泥水をすすってやる………!この弓は、あのお方の為の弓だ………!」

 

 

ナスビの背後から暴風が吹き荒れる。

 

 

「どわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

風圧で全員が吹き飛ばされそうになる。

だが、鴉側も折れない。ただの根性で耐え抜く。

 

 

「オイオイオイオイ!!!ぜんぜん違うじゃねぇかさっきまでと…………!!!」

 

「闘気の上がり方が尋常じゃない………なんか………さっきの倍以上強くなってる─────!?いや、まだ上がるぞ………げっ………私の作った闘気計測スコープが壊れた………!」

 

「強さ限界突破してんじゃねぇか!!!」

 

 

ナスビの周囲に吹き荒れる嵐がやがて稲妻すらも呼び寄せた。

その中でナスビは妹紅たちを睨むように見下ろす。

 

 

「富………権力………名声………全て持たざる者であれど、この命に代えても百鬼丸様に恩義を返すために………!!!」

 

 

ナスビは弓を解体し、双剣の姿に分離させた。

 

 

「私は他でもないあのお方のために、お前たちを………討つ!!!他でもない………常盤百鬼丸繰経の弓としてな………!!!」

 

「ど、どうなってんだ!?」

 

「妹紅ちゃん!俺もう帰っていいか!?」

 

「ダメだよ安曇!!!」

 

「もう逃げられませんよ、流石に………」

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

ナスビが溜めた力が放出される。

 

 

「『神矢雷(かんやらい)』!!!」

 

 

なんと今度はナスビの周囲に現れた妖力の渦がまるで弓のように光の矢を放ち始めた。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ弓キャラだぁぁぁぁ!!!」

 

「なんだありゃ過去最速だぞあの光の矢……!」

 

「さすが自分を弓って言っただけはあるぜ……!」

 

 

妹紅たちは間一髪で光の矢を躱す。

まだ飛び慣れない安曇だけは右足を負傷してしまった。

 

 

「ぐっ………!!なんだこの威力………!脛の肉、丸ごと吹き飛んでいきやがったぞ………!」

 

「なんだこの威力………さっきとはまるで別人………」

 

「妹紅!!後ろ!!」

 

 

その時、妹紅の背後から光の矢が戻ってきた。

 

 

「どわぁぁぁぁっ!!!」

 

 

妹紅は頭部を撃ち抜かれて即死した。

妹紅の首から上が丸ごと消滅した。

 

 

「わ…………わわわわわわわ…………!!」

 

「にとり。逃げよう」

 

「うん」

 

「オイオイオイオイ待てコラ」

 

 

安曇が逃げようとするたかねとにとり二人の襟をつかんで止める。

 

 

「おー………逝った逝った。けっこうがっつり死ねるわ、あの矢」

 

「さも当たり前のように生き返るなよ」

 

 

撃墜された妹紅は不老不死なのですぐに生き返る。

安曇は事前に青葉から妹紅は死なないということを聞かされているのである程度すでに受け入れているが、まさか本当に死から蘇るとは思っていなかったようだ。

 

 

「………………やはりあの赤いやつは不死性がある………これは厄介なことになった………だがッ!」

 

 

ナスビは夜空へ向けて光の矢を無数に散りばめる。

 

 

「貴様ひとりでは何もできまい、ならば他の者から落とすのが先決!」

 

 

なんとナスビは妹紅への警戒をゼロにした。

放たれる光の矢はすべて、妹紅以外の方向へと飛んでいく。

 

 

「あーっ!野郎、私を無視しやがったな!?」

 

 

たしかに妹紅を狙うメリットはないが、まさか妹紅への関心をゼロにするなど。

妹紅は当然、この班の切り札中の切り札だ。

妹紅の行動一つで戦況を変えうる力がある。

それはナスビも理解しているが、それでもナスビは妹紅を取るに足らないものと認識した。

 

 

「き、きたぁぁぁぁっ!!!」

 

「だから私は逃げろとあれほど………!」

 

「どけ、にとりたかね!」

 

 

横から安曇の叫びが響く。

 

 

「おわぉぉっと!?」

 

「危なーいっ!!!」

 

「オラァ!!!」

 

 

安曇は光の矢を水道管で受け流した。

 

 

「ぐふっあっ…………!!!」

 

 

しかし、光の矢は防がれてもまるで防いだ感覚がしない。今の一撃で水道管がへし折れ、光の矢が安曇の脇腹を抉った。

 

 

「安曇────!!!」

 

「ぐおっ…………」

 

 

安曇は葉を食いしばる。

口元から血が流れてくる。

 

 

「嫌らしい戦い方しやがってよ………」

 

 

水道管を破壊された安曇は丸腰のままにとりとたかねの前にいる。

以前に負った重傷も重なって、すでに動くことは厳しい状況である。

 

 

「……………ハッ!!!」

 

 

それでもお構い無しにナスビは光の矢を放つ。

向こうだって容赦できるわけではない。

百鬼丸のために彼女も本気だ。

 

 

「やれやれ………コイツはちと、骨が折れるぜ………!」

 

 

安曇が手を伸ばすとその先に巨大な戦斧が現れた。

 

 

「お、斧!?」

 

「どっから出した!?」

 

「どぉぉぉらぁぁぁぁっ!!!」

 

 

安曇は斧を勢いよく振り上げる。

光の矢は斧の峰に直撃し、光の粒子を撒き散らしながら爆発霧散していく。

 

 

「がぁっ………!!!」

 

 

斧は一発で粉砕された。

安曇は体勢を大きく崩して弾かれる。

 

 

「っしゃ………凌いでやったぜこの野郎………!」

 

 

安曇は新たに槍と大剣を取り出す。

 

 

「土いじりは誰よりも得意なんだよ………」

 

「まさかあいつ、山の土から武器を作ってるのか?」

 

「なんてこった、即席で作ってあの造形美と機能性………それから刃渡りの長さに対して彼の筋肉量に適した大きさの錬成…………鍛冶師でも簡単にはできない芸当だ………!」

 

「いや、まだまだこれからだぜ!!!」

 

 

安曇は槍を地面に向かって投げつけた。

 

 

「なんだ………?」

 

 

ナスビは今の行動に疑問符を浮かべる。

 

 

「オォォォォラッ!!!」

 

 

その時、背後から妹紅が突撃してきた。

 

 

「……………それは読めている!!!」

 

「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

燃え盛る妹紅の爪とナスビの双剣が交差する。

そのまま剣戟の嵐になだれ込んだ。

 

 

「せぇぇぇぇぇぇぇりやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「なんだコイツ………こんなに剣も速いのか!?」

 

 

妹紅の爪を相手に、なんとナスビの剣圧が圧倒していた。

敵のない弓の技量、底なしの妖力、高い筋力と身体能力、さらには白兵戦における戦闘能力まで。まさに攻守一体の隙のない強敵。

 

 

「無駄だ!!!貴様一人でこの私を相手に、何ができる!!!」

 

 

妹紅の背後から光の矢が束になって襲いかかる。

 

 

(……………いやこれ、追尾とか速射とかの次元じゃないぞ。ついにこいつ、矢の軌道を自由自在に操ってやがる)

 

「百発百中………百発撃って、百回当たる弓………一撃たりとも外さんわ!!!」

 

 

ナスビは妹紅の両腕を、純粋な剣圧で強引に弾き返した。あまりの衝撃で妹紅の体勢が後ろに倒れそうになるほどに反り返る。

 

 

「うおぉぉぉっ!?ごはぁぁ、ぁぁっ!!!」

 

 

妹紅はそのまま矢の雨に打たれていった。

 

 

「妹紅ちゃん!くそったれが………!!!」

 

 

安曇も剣を両手にナスビへと斬りかかる。

 

 

「無駄!!貴様では私に近づくことすらもできん!!」

 

 

ナスビは自身の身体に纏う風を爆発させる。

 

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

安曇の身体が真空波で切り刻まれた。

 

 

「なんだよまじで…………防御力まで桁違いってか?ムカつく野郎だ…………」

 

「ついでに、鞍馬天狗の風のごとし素早さも味わっていけ!」

 

 

ナスビは双剣を持って安曇に斬りかかる。

その速度は妹紅たちの飛行の倍以上の速度。

文………ほどとは言わないが、凡人には目視することも叶わない。

 

 

「安曇さん!!気をつけて!!」

 

 

その横から千亦の援護射撃が飛んでくる。

カードの弾幕が安曇とナスビの間を通り抜ける。

 

千亦は一度の射撃で二人を分断しようとした。

 

 

「ふっ!!」

 

 

しかし、カードはナスビに近づくと突然減速し、力を失って落とされた。

 

 

「まさか、風で射撃を防いで…………?うそ、そんなはずは…………!」

 

「信じがたいなら、見せてやる!!!」

 

 

ナスビは空中で双剣を激しく乱舞させる。

刀身を目視することができない。まるで扇風機の羽のように回転して、円盤のようになっている。

その刃から緑色の真空波が暴れ出す。

 

 

「緑とか紫とか赤とか青とか黄色とかよぉ………てめぇの飛び道具目がチカチカすんだよこの野郎!!!気色悪い色しやがってよ!!!」

 

「きゃっ!!!」

 

 

安曇は千亦のマントをつかんで引っ張る。

千亦の足元を間一髪で真空波が通り抜ける。

 

 

「しっかり前見ろ!俺が行かなかったら両足飛んでたぜ」

 

「ありがとう、助かったわ。ところで、今の色の話については後で伺うわ」

 

 

千亦は赤とか青とか黄色とか紫とか緑とかが混ざった不可思議な見た目の服を見せびらかしながら言った。

 

 

「一度避けた程度で躱したと思うなよ、」

 

「どっちも同じ意味だろ」

 

「私の百発百中の名は、外れないからこそ必中なのだ!」

 

 

次の瞬間、なんとナスビの剣から放たれた真空波がいつの間に放たれた赤や青や紫色の通常矢を弾き返していた。

 

 

「しまった………!」

 

 

真空波にあおられた矢は自由自在に空中を支配する光の矢に紛れ、複雑怪奇に反射を繰り返す。

 

 

「クソ、早すぎて目で追えない………!!!」

 

「…………………………」

 

 

千亦は諦めない。

 

 

「ならば、これはどうかしら?」

 

 

カードを手に取り、周囲に無作為にばらまく。

 

 

「無駄だ!!!そんな紙くずで私の矢を止められると思うな!!!」

 

 

「止める………ッ!!そうか!!サンキュー、千亦!!わかったぜ!」

 

「テンキュー千亦とお呼びください!」

 

 

安曇は腕を上げる。

その腕めがけて矢が通り抜ける。

 

 

「ぐぅ…………っ!!!いや、いい。光の矢じゃねぇなら多少食らっても問題はねぇッ!!!」

 

 

安曇は千亦を抱きかかえるようにして守る。

 

 

反射した矢が千亦めがけて何度も降り注ぐ。

それでも安曇は千亦の身代わりになって矢を受け続ける。

 

 

「バカか貴様は………その傷、もう死ぬぞ!」

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

安曇の身体に矢が何度も突き刺さり、ハリネズミのような姿に変わる。

全身から激しく出血するがそれでも安曇は耐え続ける。

 

 

「どうしたナスビ野郎!!!そんなもんか!!!千亦には当たってねぇ………マントしか切り裂いてねぇぞ…………俺には見えるんだよ…………テメェのおっせぇ弓矢がよぉ!!!」

 

「きっ………きさまぁ………!!!」

 

「俺はまだ死んでねぇぞ………!!!俺が守りきれねぇぐらい速いやつ、出してみろよ!!!ボケナスがよぉぉぉぉぉ!!!」

 

「うるさい!その根性ごと、矢で貫く!!!」

 

 

ナスビは安曇の強がっただけの挑発を間に受けて、紫色の矢を次々と放つ。

もはやナスビは弓がなくても指先一つで矢を放てるのだ。

だがその弾速は弓から放たれたものと比較してまるで衰えを知らない。

むしろ速くなっている。

 

 

「無茶だ安曇!!!あんな速度の矢が刺されば…………」

 

「骨や内臓をまるごと貫通されて死ぬぞ!!!」

 

「安曇!!!千亦を離して逃げろ!!!」

 

 

にとりとたかね、そして妹紅は安曇に叫びかけるが安曇は頑なに言うことを聞かない。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

安曇の身体の肉が削れていく。

 

 

「まず一人、確実に射殺(いと)める!!!」

 

 

ナスビはトドメの矢を放つ。

最速で飛んできた矢は真空波に連続的に反射していく。

 

矢が真空波に当たることよって押し出されるように加速の力を得る。

空気抵抗がない状態で加速すれば無限に速度は速くなる。

 

 

ついにナスビの矢は誰の目にも負えない速度になった。あまりの速度に、弓を射ったナスビ自身にも見えない。

だがナスビの狙いは正確だ。

真空波に連続反射させて、安曇の身体を狙うために微調整をしている。

弾を見ることはできなくても、弾道はナスビの想定通りだ。

ナスビには見る必要がない。

 

戦闘者でないにとりやたかね、千亦には何が起きているのかわからない。安曇や妹紅ですら、見えるのは真空波に反射される瞬間に散る火花のようなものだけ。

 

 

(……………………まだまだ…………機会は必ず来る………)

 

「安曇!!!避けろ!!!」

 

「あんなのが当たれば………間違いなく死ぬぞ!!!」

 

「安曇──────!!!!!!」

 

 

「もう遅い!!!撃たれたことにも気がつくことなく死ぬがいい!!!」

 

 

ナスビの全力の一矢が安曇の脳天に炸裂する。

目視の領域を越えた、空気抵抗の物理法則を無視した超自然的速度で放たれる究極の一射。

誰にも見えるはずがない。

千亦を抱えている安曇には避けられるはずもない。直撃は不可避。多少頭をずらせたとしても、かすっただけで100%脳は吹き飛ぶ。

生きて帰れるわけがない。

 

 

「くっ…………千亦!!!」

 

「はいっ!!!」

 

 

千亦がカードの弾幕を周囲にばらまく。

 

 

「無駄だと言っているだろう!!!」

 

 

無造作に空へとばらまかれたカードの間を矢が通り抜ける。

なんのガードにもなっていない。

なんの制御もできていない。

矢はカードを貫いても尚、全く減速の様子を見せない。

 

 

「安曇!!!!」

 

「─────────────」

 

 

流石に全員が終わったと思った。

 

 

その時だった─────!!!

 

 

「ぐがぁぁぁぁっ!?」

 

 

なんと、貫かれたのは安曇の頭ではなく、ナスビの脇腹だった!!!

 

 

「な…………にィッ…………!!!」

 

 

安曇の頭は全く傷を負っていない。

 

 

「へっ…………たしかにてめぇの言う通り、撃たれた事にも気が付かずにやられたなァ」

 

 

安曇の周囲には小さな土の塊が浮かんでいた。

 

 

「そ、それは…………!!!!」

 

「さっき俺が槍を真下に投げたろ?あれ、地面を壊して土だけを取り出す布石だったんだよ。俺の能力、土がないと使えないからな」

 

 

 

 

 

(土いじりは誰よりも得意なんだよ………)

 

(まさかあいつ、山の土から武器を作ってるのか?)

 

(なんてこった、即席で作ってあの造形美と機能性………それから刃渡りの長さに対して彼の筋肉量に適した大きさの錬成…………鍛冶師でも簡単にはできない芸当だ………!)

 

(いや、まだまだこれからだぜ!!!)

 

(なんだ………?)

 

 

この時に安曇が投げた槍は地面に巨大な亀裂を生み出し、地盤を破壊して小さな土の塊を無数に生み出した。

 

 

「さすがに俺の能力では地面をまるごと操ることはできねぇ。だが、小さな土の塊なら操れるんだよ………!」

 

 

「そうか!安曇のやつ、土の塊に矢を反射させたのか!」

 

「反射させた矢がうまいことナスビに命中したんだな!」

 

 

ナスビは矢を見ていない。初めから矢の軌道を考えて、『そうなる』ように弓を射っていた。

つまり、ナスビは想定した矢の軌道しか見えていない。

そこに予想外の反射を挟むことで、ナスビの全く読んでいない反撃を可能とした。

まさかナスビも自分の矢が自分に返ってくるとは思わず、避ける体勢も防御も取らなかった。

間違いなく今のは深手となった。

 

 

「ぐぅっ…………バカな…………なぜ私の矢の速度を見切った…………!!!」

 

 

ナスビの前を、矢で破られた千亦のカードが横切る。

 

 

「…………ッ!!まさか、」

 

「あぁそうさ。そのための千亦のカードだろうが」

 

 

安曇が千亦に無造作にばらまかせたカード。彼らの周囲360°、全立体角4πステラジアンに敷き詰められたカード、それが矢に貫かれる。

貫かれたカードを一直線に並べれば、どの角度と方向と座標から矢が襲いかかるか手に取るようにわかる。

 

不意を突くためにあえてナスビの矢を連続で受ける。すべてがこの一発のための布石であった。

安曇の身を挺した一撃は見事、ナスビに大きなダメージを与えた。

 

 

「てめぇ自身を攻撃する、そんな哀れな弓兵いてたまるかよ」

 

「お………おのれぇ…………!!!」

 

 

ナスビは再度弓を構える。

 

 

「さぁどうするよ。速い矢はやめときな。てめぇがリスクを負うだけだぜ」

 

「ぐっ……………」

(まずい…………我ながらなんという剛射だ…………傷があまりにも重すぎる…………力が入らん…………)

 

 

ナスビが受けたダメージは、安曇や妹紅に見えている以上に大きなものだった。

普通の妖怪なら即座に再起不能になるほどのダメージを負ってもなお耐え続けられるのは鞍馬天狗の類まれな生命力と彼女の貧しさの中で生きるうちに生まれたとてつもない精神力のおかげだった。

 

 

「だが………まだだ………!!!」

 

 

ナスビはまだ諦めない。

追尾矢をばらまきながら、双剣で斬りかかる。

 

 

「百鬼丸様のためにも………!!!」

 

 

ナスビの双剣が襲いかかる。

 

 

「妹紅ちゃん!来い!」

 

「わかってるよ!!!」

 

 

安曇とナスビの前に妹紅が飛び込んできた。

追尾矢が妹紅の身体に連続で突き刺さる。

 

 

「うぐっ…………いや………やられるのは………お前のほうだ………!!」

 

 

安曇は後ろに叫ぶ。

 

 

「おいにとり、たかね!!!もう手筈通りになってんじゃねぇのかァ!?」

 

「ま………まだだ………!あとちょっとのはずなんだけど………!」

 

「もう少しだけ耐えてくれ!!」

 

「妹紅ちゃん!!!頼む………!!!」

 

「しょうがねぇぇ…………なぁぁぁぁっ!!!」

 

 

妹紅は自身の身体を灼熱に包み、その場一帯を火柱で焼き尽くした。

 

 

「ぬ…………っ!!!」

 

 

さすがに火を前にナスビは後退する。

 

 

「さぁて……………耐久の時間だ……………」

 

 

妹紅の身体から紅の焔が噴き出る。

翼のように広がるそれは、月を背に美しく彼女の身体を輝かせる。

 

 

「お前の肝を試してやる!『パゼストバイフェニックス』!!!」

 

 

瞬間、妹紅の身体が炎に包まれ、その姿が消えた。

 

 

「自身の身体を自分で焼き尽くしたのか!?」

 

『いっくぜぇぇぇ!!!覚悟しろ!!!』

 

文字通り火の鳥になった妹紅は炎の弾幕を散らしながらナスビに突っ込んでいく。

 

 

「厄介だ…………!」

 

実体がないのならば妹紅を攻撃することもできない。

妹紅の翼がナスビの身体を取り囲む。

 

 

「…………何が起きて………!」

 

『さぁ…………耐えろ耐えろ耐えろ!!!』

 

 

すると、ナスビの身体を覆う炎の翼と、その近くに出現した魔法陣から轟炎が噴き出した。

 

 

「まさか私に憑依したのか…………!!!」

 

 

パゼストバイフェニックスは妹紅が自身の肉体を焼き尽くし、魂だけとなった姿で相手に憑依するスペルカード。

よって、相手は妹紅となる。

 

 

『そうさ…………常に燃え続ける蓬莱人である私そのものの業火…………『私』を味わいな!!!』

 

 

翼と魔法陣から放たれる炎は、ナスビ自身を讃えるようにつきまとってくる。

 

 

「まったく…………汚い手ばかりを…………!!!」

 

『知ったことか!勝てばよかろうってんだ!』

 

 

ナスビは天狗の翼を生やし、高速で空を泳ぐ。

しかし、妹紅の魂はナスビの中。どれだけ逃げようともナスビと同じ速度で無限に追いかけてくる。

 

 

「はぁ………ハァ………結構時間稼いだな…………」

 

 

安曇は千亦を離すと息を切らせる。

 

 

「貴方に感謝します。私を守ってくれたのですね…………」

 

 

千亦は愛らしい笑顔で安曇の手を取る。

 

 

「お、おぅ………!!お前、なかなか別嬪さんだな………!!」

 

「助けてもらったからには返礼に何かお返しをしなければなりませんね。私にできることでしたらなんでも言ってくださいね」

 

「な、なんでもだと…………!?」

 

 

重傷のはずなのに安曇の顔が明るくなる。

 

安曇の背中を蹴っ飛ばし、にとりがやってきた。

 

 

「ほんとか!なら、頼みがある!」

 

「あっ………テメェにとり!!!」

 

「私からも頼みたいことがある!アイツをやっつけるために必要なんだ!いいか………!」

 

「ええっと…………私は中立と言うか…………しかもあなたたち、関係ないわよね…………」

 

 

千亦はあまり首を突っ込みたくないのか苦笑いだ。

 

 

「安曇!」

 

「安曇!」

 

「………………はぁ。俺の願いは『その二人の言うことを聞いてやれ』って事だ」

 

 

安曇はにとりとたかねを信じた。

 

 

「安曇!!!ありがとう!!!」

 

「おまえ、やっぱいい奴だ!!!」

 

 

 

 

 

そんな事をしている間に、妹紅とナスビは激しい弾幕戦を繰り広げていた。

 

 

『オラオラオラオラ!!!どうした?耐久する予定だったが、ここで倒せてしまうかもな!!!』

 

「思い上がるな…………身の丈に合わないことを言うなよ…………」

 

 

ナスビは双剣を振りかざし、周囲に真空波をまき散らす。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

 

『オイ!ちょっ、何をしてんだ………!!!』

 

 

その結果、真空波によって魔法陣が切り裂かれ、妹紅の羽根が消失した。

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

ナスビの身体から妹紅の魂が追い出された。

妹紅は肉体を再構成しながらナスビの身体から離脱する。

 

 

「嘘だろ…………憑依して追い出されるとか初めてだ…………どんな精神力してんだこいつ…………!しかも、パゼストバイフェニックスの結界を弾幕でこんなあっさりと破壊しやがった…………博麗の巫女ですらこんなに早くには破壊できなかったのに…………!」

 

「我が魂を弄ぼうとは…………貴様らはどこまで私を愚弄する気だ…………!」

 

 

ナスビは弓を放ちながら妹紅に突進していく。

 

 

「いいよ…………来いよナスビ………力比べと行こうか!!!」

 

 

だが妹紅は自らナスビに突進していった。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

ナスビの剣が妹紅の身体を貫く。

だが死なない妹紅にとってはこんなもの、何の意味もない。

 

 

「さぁ…………いくぜ!!!」

 

 

妹紅はナスビの腕をつかみ、自分とナスビの周囲を炎の渦で満たす。

 

 

「なぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃっ!!!!」

 

「やっと捕まえた…………!!!逃さねぇぞ、どうせならお前も一発貰っとけ!!!」

 

「どぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

腹を刺されながら、妹紅の頭突きがナスビの顔にめり込む。

 

 

「……………ありがとな。慧音、お前の頭突きのおかげで、最高の捨て身ができるようになったよ」

 

 

だが、ナスビは止まらない。

 

 

「うぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

ナスビは激しく咆哮する。

 

なんとナスビは逆に妹紅の腕を握り返し、その怪力で妹紅の腕を粉砕したのだ。

 

 

「んぐぅっ!?」

 

「やられるものか…………!!!」

 

 

ナスビは炎の中から脱出しようとする。

灼熱に身体を焼かれても、彼女の精神だけは絶対に折れない。

 

 

「いいや!妹紅が身を犠牲に捕まえたんだ…………タダでは逃さないとも!!!」

 

 

妹紅の背後から巨大な手が伸びてきて、ナスビの足を掴んだ。

それは、にとりのリュックから伸びてきた金属製のアーム。

 

 

「ぐっ…………鉄屑が…………!!!」

 

 

ナスビは迷うことなく瞬時に双剣を振り上げる。

だが、それでは遅い!!!

 

 

「今だおらぁぁぁぁ!!!食らいやがれ!!!」

 

 

安曇が巨大な土の剣をナスビにめがけて投擲した。

 

 

「無駄だ!!!そんなものでは届かん!!!」

 

 

ナスビは軽々と大剣を破壊した。

 

 

「無駄なのはお前の方だ、ボケナスが!!!」

 

 

安曇の叫びとともに、砕かれた大剣の破片が泥のように溶け出る。

 

 

「泥………………」

 

 

ナスビは全身に泥を浴びる。

貧しい日々を生きた彼女にとって、泥2対する拒絶感や抵抗感はなかった。

だからこそ避けなかった。泥なんて自分にとっては飲み物に等しかったのだから。

 

だが………………あえて泥を無視したことが仇となった。

 

 

「………………あれ………おかしい…………」

 

 

突然、ナスビの視界が消えてしまった。

 

 

「泥が目に…………いや…………違う、これは…………」

 

 

ナスビは右目に被った泥を拭おうとするが、手に泥はつかなかった。

 

 

「───────陶工、舐めんなよ」

 

 

ナスビの右目に被った泥は一瞬にして陶器となって固まった。

土と泥を自在に操れる安曇だからこそできる芸当だった。

 

 

「妹紅ちゃんの灼熱のおかげで、焼き上がりが少し早くなったみてぇだな。泥が変な形で固まるより早く、泥が液体としてお前の顔の輪郭に沿っている間に瞬時に固まったんだよ」

 

「う………嘘だ…………!!!」

 

 

ナスビは完全にうろたえている。

 

 

「オラァァァァァァァァッ!!!」

 

 

妹紅の強烈な蹴りがナスビの頭部を撃ち抜いた。

 

 

「ぐぅぅぅぅ!!!!」

 

 

ナスビは勢いよく炎の中に突っ込む。

妹紅の灼熱で身体を焼かれればタダでは済まない。

 

 

「ぐぅ…………手が………痺れ…………」

 

 

ナスビの両手が炎で激しく焼かれた。

右目の視界を奪われ、両手の機能を削られた。

 

 

「俺ちゃんと見てたんだよ。お前が弓を左で持つという事をさ。お前の利き目は右目なんだろ?なら、左目だけにすれば距離感覚が掴めなくなるはずだ。弓兵としちゃ致命的だよなァ!!!」

 

「うっ…………うぅぅぅぅぅ…………!!!!!」

 

 

始まりはわずかなきっかけ。しかし、そのせいでナスビの戦況は一気に不利になってしまった。

泥を躱す。たったそれだけで助かったことだというのに。あるいは、たとえ隻眼でも、武蔵や百鬼丸のような弓を使わない戦闘者ならば戦闘続行に支障はなかったというのに。

だがこの一瞬、たしかに今回ばかりは安曇の機転がナスビの異常性を上回った。

 

 

「目を覆う陶器を砕こたって無駄だ。陶器の破片が眼球に突き刺さってガチ失明するぜ」

 

「クソ………………クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソッ!!!!!」

 

 

ナスビは激しく歯ぎしりをする。

 

 

「おのれぇぇぇぇぇぇぇッ!!!まだだ、まだだ!!!…………神矢雷!!!」

 

 

ナスビの周囲の魔力が再び矢となって襲いかかる。

 

 

「しぶとい野郎…………!」

 

 

妹紅と安曇がそろそろ限界を迎えてきた頃、ついにあの二人が動き出す。

 

 

 

「よし!!!できたぞ!!!」

 

 

にとりが高速で両腕を振り回し、何かをしていた。

 

 

「妹紅───!!!安曇───!!!ナスビを捕まえてくれ────!!!」

 

 

たかねが太い蔦を伸ばす。

 

 

「安曇、もう人仕事行くか!」

 

「おうさ!」

 

 

妹紅と安曇はナスビの矢を恐れることなくまっすぐ突入していく。

 

 

「ちくしょう……………ちくしょう……………」

 

 

ナスビの目に涙のようなものが浮かんでくる。

 

 

「畜生、畜生………畜生畜生畜生畜生畜生!!!」

 

 

ナスビの双剣が双頭剣に姿を変える。

 

 

「せっかく、せっかく………せっかくここまで成り上がったのに………!また、私は………!!」

 

 

ナスビの双頭剣が振り上げられる。

 

 

「安曇!ここは、私に任せろ!」

 

「喰らえぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

妹紅は安曇を守るように、背中をナスビに押し付ける。

ナスビの剣が妹紅の背中を真っ二つに切り裂く。

 

 

「ありがとな、妹紅ちゃん!」

 

 

そしてその横を安曇が通り抜ける。

安曇がナスビの背後を取った!

 

 

「小癪な…………だがこれで!!」

 

 

ナスビの双頭剣が再び双剣に戻る。

片方は妹紅を切り裂き、もう片方は逆手に握られ、背後から襲いかかる安曇の脇腹を突いた。

 

 

「がぁうっ……………!!」

 

「もう惨めな自分に戻りたくない………!!私は誰に何と言われようとも、絶対に戻らんぞ………あんな、地獄のような世界には!!」

 

「ぐっ……………!!!ウゥゥォォォォォォォォォォォァァァァ!!!!」

 

 

安曇はなんと、雄叫びをあげると刺されながらさらに深く刺されに行った。

 

 

「なにいっ…………!!!」

 

「俺らだってここまで来たんだ…………いまさら、負けてられっかよォォォォ!!!」

 

「あぁ、そうだな………!!私らはオオバに勝たせるためにも、ここでお前を止めなくちゃならないんだよ!!」

 

「あとテメェ………忘れてはいねぇよな………この前、テメェが好き勝手やりやがったことをな………!!」

 

 

安曇は至近距離で拳を振り上げる。

 

妹紅も拳を強く握りしめる。

 

 

「まずは──────!!!」

「私たちからのお返し!!!」

 

 

安曇と妹紅の拳が、挟み込むようにナスビを殴りつけた。

 

 

「ぐ………ぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

衝撃で妹紅と安曇に刺さった剣が抜かれる。

 

 

「ごはっ…………ごほっ!さすがに…………もう………俺は、無、理だ、ぜ……………」

 

 

安曇はその場を離れながら激しく吐血する。

度重なる以前の傷は全て開き、さらに致命傷を数度負ったのだ。生きている方がおかしい。

 

 

「ありがとう、二人とも!これで捕まえたぞ!」

 

 

そして、たかねの伸ばした蔓がナスビの足を縛り付けた。

 

 

「くっ……………こんな植物なんぞで何が…………!」

 

「いいや、少しでも時間が稼げたらよかったんだ──────今だ、にとり!!!」

 

 

 

ナスビの目の前ににとりが突然、霞から溶け出るように現れた。

 

 

「ば、バカな………!!!いつの間に………!!!」

 

「山童の光学迷彩…………流石にあっぱれとしか言いようがないね」

 

 

にとりはもうナスビの懐にいた。

 

たかねが時間を稼ごうとしたのはこの時間。にとりがナスビの前までやってくる時間を稼ぎたかったからだった。

 

 

 

「ついさっき、千亦に頼んで材料をそろえてもらったんだ。素材さえあれば切り札を産める。それが技術者ってもんだろう、にとり?」

 

「あぁ。山童の技術は見せてもらった。次は…………河童の叡智の番だよ!!!」

 

「やれやれ。河童と山童は本当になんでも思いつくのね!」

 

 

一時的に遠くに下がっていた千亦、にとり、たかねが駆けつけてきた。

ナスビの眼前にいるにとりの手に握られていたのは、黒い巨大な筒状の何かだった。

まるで羊の角のような形をしたそれは、小さな穴と大きな穴があった。

 

 

「うっ………………!!!!」

 

 

ナスビの追尾矢がすべてにとりの背中を追う。

千本にも見えるほどの無数の矢がにとりの背中に襲いかかる。

 

 

「みんな!!!耳を守れ!!!」

 

 

たかねの声に、全員が両手で耳を覆う。

 

 

「さぁ………行くぞ!我ら河童族の機械工学と発明品は幻想郷イチだ…………!くらえ!これが私の新発明、『超音波弾幕破壊角笛』!!!」

 

 

にとりは小さな穴を口にくわえると、全力で息を吸い込み、筒の中に息を吹き込んだ。

 

直後、周囲一帯に猛烈な爆音と超音波が響き渡る。

 

 

「ぐぅぅぅぁぁぁぁ!うるさぁい!」

 

「なんだこの音圧は!」

 

「河童マジヤバッ…………!!!」

 

 

離れて耳を覆っていても耳鳴りがするほどの爆音であった。

その超音波がにとりの背後から襲いかかる矢をすべて弾き落とした。

 

 

しかもにとりは、ナスビの目の前で、何の予告もせずにいきなりこんな爆音を鳴らしたのだ。

 

 

「ぐぅ…………うぅぅぅぅぅぅッ…………!?」

 

 

その爆音は、ナスビの両耳に深刻なダメージを与えた!!

 

 

「が………がぁぁぁぁぁぁぁっ………!?」

 

 

ナスビは突然ショックで激しく血と胃液を嘔吐する。

あまりの音圧により、両鼓膜に深刻なダメージを受けたのだ。

 

 

「あがぁぁぁぁぁぁ………!!うぐ………ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!」

 

 

ナスビの目が充血して赤く染まる。

音がようやく鳴り止んだあと、ナスビは武器を離し、頭を抱え、苦しそうに痙攣しながら不安定に震えていた。

 

 

(な…………何が起きた…………!?大きな音がして…………突然、耳が聞こえなく…………)

 

「鼓膜を破られたら、音圧が衝撃波となって内耳に届き、損傷を与える。そうすると、平衡感覚はなくなる。ごめんね。私の発明品で人を傷つけるつもりはないんだが…………技術とは、人を守るためにあるんだ。もうお前は、飛ぶことすらもままならないだろう」

 

 

にとりの言葉通り、ナスビはなんとか宙に浮いているがまったく戦おうとせずに苦しんでいる。

今にも墜落しそうな不安定な浮遊だった。

 

勝負は明らかについた。

もはやナスビの身体は、戦闘行為ができる状態ではなかった。いつの間にか、安曇よりも受けたダメージは大きかったのだ。

それを抑えていたのはひとえにその根性と精神力。

 

 

「よし、みんなよくやった!これでコイツは、オオバとの戦いに割り込むことはできないだろう」

 

「やった…………!」

 

「ひぃぃ………これはマジでやばかった…………」

 

「なんだなんだもう終わりか。もうちょっと骨がある相手だと思ってたのによ…………」

 

「よくわからないですが、あなたたちが無事で良かったです」

 

 

千亦を含めた5人は一時の歓喜に酔いしれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────」

 

 

 

だが、

 

 

 

「まだだ……………」

 

 

なんと、

 

 

「まだ終わってなど………おらぬ………」

 

 

それでも、

 

 

「う…………、う、ウォォォォォォォ!!!!!」

 

 

ナスビは体勢を………立て直した………!!!!!

 

ナスビの周囲にこれまでの彼女の起こしたどの嵐よりも強烈な大旋風が巻き起こる。

 

 

 

「な…………なんだなんだなんだ!?」

 

 

いち早く異変に気づいたのはたかねだった。

 

 

「あ、嵐だ………!!」

 

「いや違う………!!あれは竜巻だ………!!」

 

「どっちも同じだろう!?」

 

「バカ言え!全然違うぞ!嵐は言ってしまえば暴風雨のことだ。巻き込まれたら吹き飛ばされるが、竜巻は発達した上昇気流だ。つまり……………」

 

 

その時、5人の身体がナスビの方向に向かって引き寄せられる。

 

 

「近づくと吸い込まれるんだ………!!!」

 

「オイオイオイオイまじかよぉぉぉぉ!?」

 

「逃げろ………みんな!!」

 

「やってるよ……!でも無理なんだよ………!風速と風圧が………!」

 

 

ナスビの起こした竜巻は木々をなぎ直し、山の地表に点在する岩すらも飲み込んでいく。

竜巻の世界へと放り出された5人は木々や岩の弾幕に襲われることになる。

 

 

「み、みなさん、気をつけてください!!」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

「───────私の命は、百鬼丸様のために………たとえ目が、手が、耳が壊れても………私のこの心だけは………」

 

 

ナスビは双剣を再び手にする。

そしてその双剣を繋げて、双頭剣にした。

 

 

「アイツ…………まだやんのかよ!!!」

 

「だが問題ない…………!あんだけボロボロなら、この竜巻の中にいられる時間も長くないだろう!」

 

 

 

 

「─────これが文字通り、最後の一矢だ」

 

 

ナスビの双頭剣がひとりでに宙に浮く。

ナスビの手に握られたのは、薄緑色に光る、妖力で編まれた光の弓。

 

鮮やかに発光する弓に5人は息を呑んでいた。

 

 

「─────百鬼丸様、私の命は、あなたに救われた。だから…………私は、お前に…………お前からもらった命を返すよ…………」

 

 

双頭剣が弓につがえられる。

その瞬間、双頭剣はナスビの操作もなしに変形し、薙刀の形になった。

 

薙刀を矢として弓に構える。

この非現実的な動きだが、不思議な魅力と魔力、妖力、そして哀愁が籠められていた。

 

 

「私は、お前から返せないほど多くのものをもらってきた。だから…………私は、返すよ。私は…………あなたのお役に少しでも立てただろうか…………?」

 

 

薙刀が薄緑に輝く。

誰がどう見ても限界の状況で用意された、正真正銘…………最後の一撃であることがわかる。

 

 

妹紅たちも、青葉と文の情報からアレが何かはもうわかっていた。

武蔵も使用した、鞍馬天狗の切り札─────

 

 

 

 

「──────父上、母上…………イヨは…………誰よりも、恵まれていました」

 

 

ナスビが最期に微笑みを見せる。

 

 

 

「──────『宝剣膝切之色識(ほうけんひざきりのいろをしる)』」

 

 

弓から薙刀が放たれる。

 

 

空へ昇るときは花火。

空から落ちるときは流星。

 

 

竜巻の中に集められた妹紅たち5人は避けることができない。

ナスビのすべてをかけた一矢は竜巻の中心をめがけて星となって降る。

 

もちろん、竜巻の中央にいるのはナスビだ。

ナスビは自分もろとも、5人を倒そうとした。

 

 

「────────あぁ…………勝った、」

 

 

ナスビの目からこぼれるのは涙。

 

 

「─────あぁ………この喜びを………分かち合いたいな………百鬼丸様………」

 

 

ナスビは弓を下ろしてそのまま倒れ込むように瞳を閉じた。

 

 

那須備壱与は動きを止めた。

飛行もできなくなった身体でそのまま落ちていく。

 

その瞬間、なかったことになるかのように竜巻が止んだ。

 

 

「あっ………………!!!竜巻が止んだぞ!!!」

 

 

たかねは諦めかけていた全員に声を掛ける。

 

 

「なら、さっさと逃げるぞ!!!」

 

 

安曇はたかねの肩を借りて一刻も早く離脱する。

 

 

「で、でも…………!!!」

 

 

だが、にとりは戸惑った。

自分たちは逃げれるだろう。だが、ナスビはどうするのか。

 

 

 

「オイ!バカ、何止まってんだ!もう無理だよ諦めろ!」

 

「そ、そんなの…………!!!」

 

「にとり…………仕方ないわ。貴方が死んでしまっては元も子もないわ。今は一人でも多く…………」

 

 

「うっ…………ううっ…………なんで…………こんな、」

 

 

にとりは涙をこらえながら、仕方なく千亦、たかね、安曇、妹紅に連れられてその場を離脱する。

 

 

「………………………………………………………………」

 

 

その時に、妹紅は後ろを振り返る。

 

 

空に浮かぶのは、力を失ったナスビ。

その上から迫る薙刀の光。

あの鮮やかな薄緑の光は蛍の光のようだ。触りたいほどに暖かな色だが、あの中に残酷な破壊の力を秘めている。

 

 

「──────────あ…………」

 

 

妹紅はボロボロになって眠るナスビを見て、あることを思い出した。

 

 

 

────────竹林の中に倒れ伏す、青い服の女……………

 

 

それと……………憎たらしいあの男の顔……………

 

 

「くっ………………………」

 

 

妹紅は4人から離れるようにして反対の方向へと全力で翔ぶ。

 

 

「お、おい妹紅!!!!」

 

 

たかねが追いかけようとする。

 

 

「こっちに来んな!!!お前も死ぬぞ!!!」

 

「も、妹紅!!!」

 

 

にとりも妹紅を追いかけようとした。

 

 

「やめろ二人とも!妹紅ちゃんはどうせ死なねぇ。好きにさせろ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────くそっ、なんで私がこんな事を…………!」

 

 

私は何を考えてんだよ…………!

 

敵を助けるなんて、ふざけた真似を…………!

 

なんで私はこんな事……………

 

なんで私は……………!!!

 

 

「オオバ………………」

 

 

なんで私はあいつの顔を思い浮かべて……………

 

 

「────────────」

 

 

そうだろう。あいつなら、きっとこうしていた。

間に合うかはわからないけれど、頑張るしかない。

ナスビはまだ死んでない、たぶん。

なら……………死なない私が助けに行くしかない。

 

間に合わないかもしれない。

助けたところでそのまま力尽きるかもしれない。

けれども、私が行かないならゼロだ。私が行かないなら誰も行けない。

 

なら私が行くしかないだろ……………!!!

 

 

だがもう天に放たれた膝切は、空の彼方から雲を突き抜け、雲の下まで降りてきてしまった。

 

 

「ダメだ…………もう無理だ…………!間に合うわけが…………!」

 

 

私の飛行速度では絶対に間に合わない……………!

 

クソッ、こんな時に何もできない自分が許せない…………!!

クソッ!クソッ!クソッ…………!!!

 

 

 

まぁ…………行けるとは思ってなかった。

そうだよ…………こんなの、間に合うわけがなかった。

初めから助からなかったかもしれない。そう思えば……………

 

 

 

 

 

 

─────────その時だった。

 

 

 

 

「ナスビぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

 

私の背後から声がしてきた。

 

 

「ナスビさんの身柄は私が確保します!武蔵さんはあの膝切をどうにか!」

 

「わかった!止められるようなシロモンじゃないけどね、膝切(アレ)!」

 

 

なんと、常盤国に向かって離脱したはずの文と武蔵がこっちに戻ってきたのだ!!!

 

 

 

「なーーーーい、すーーーー…………!!!」

 

 

文の飛行は私よりずっと速かった。

安曇たちが向かってる方向から来たはずなのに、もう私の進んだ距離を突っ切り、

 

 

 

 

「キャッチー!!!!!!」

 

 

なんと落ちてくるナスビの身体を確保したのだ。

 

 

「あたしの膝切、どうにかしてナスビの膝切を止めておくれ!!!『宝剣膝切之色識』!!!」

 

 

文より少し遅れて推定着弾地点にたどり着いた武蔵が真下から真上に向かって膝切を投擲する。

 

 

 

その結果は憂う必要もなく単純なものだった。

 

ナスビが今際の際で放った膝切よりも、鞍馬天狗で最強のパワーを持つ武蔵が万全の状態で投げた膝切のほうが強いに決まっている。

 

 

膝切と膝切は雲の下でちょうど衝突し、空中で大爆発が起きた。

早い段階で撃ち落とせたおかげで、山の表面が焼かれることもなかった。

 

 

今頃、里の人間たちや他の妖怪たちは世界が終わったかのような錯覚に小便でもちびらせているだろうが、それとは別でこの膝切が直接的に被害を与えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、ナスビは無事………かはわからないが、膝切に巻き込まれて死ぬようなことはなく文に保護された。

山を消しかねない膝切は武蔵の手によって片付けられた。

 

結果的には、私たちが単にぼろぼろになったという胸糞悪い終わり方になってしまったが、作戦そのものは大成功だった。

 

 

これでナスビが青葉や大天狗の戦いに乱入することもなく、また偶然にも武蔵を足止めできたようだ。

 

ホントはそれを喜ぶべきなんだろうが……………

 

 

 

 

「へへっ。なんかいいな、」

 

 

 

 

なんでだろうな。

敵を助けたのに…………なんか勝ったことよりもそれがとても気持ちよかったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

那須備壱与、再起不能。

 

 

 

 

 

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