東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
(う、うぅっ…………うぇぇぇん…………)
誰かが泣いている声がしていた。
(かめさん…………しんじゃったの…………?この前まで………葉っぱをおいしそうにたべていたのに…………)
それは遠い昔、まだ幻想郷に海があった頃。
ある岩礁にウミガメが住んでいたのを、幼い私と百鬼丸は見つけた。
ウミガメのもとに野菜を持っていくと、ウミガメはのそのそと、こちらに警戒することもなく歩き寄り、葉を口にしていた。
幼い私と百鬼丸は彼女のもとに通い続けた。
二人で住処の手入れをしてあげたり、餌を持ってきたりした。
(かめさんは海を泳いでどこまでも行けるんだね…………わたしは、ずっと国の中にいなくちゃいけないよ。そのせなかにのせて、わたしをつれていってほしいのにね、)
(ひゃっきまる…………)
(あっ、めぐみんー!かめさん、こっちむいてくれたよ!「いつか2人のことも、遠くへ連れて行ってあげる」っていいたいのかな、)
(わたしも、まだ見たことのないものをたくさん見たいなぁ…………)
だが、そんな日々があったある日、ウミガメは急に元気をなくしてしまった。
(さいきん、かめさん遊んでくれないよね)
(うん…………かめさん、いないね…………)
どこを探しても彼女が見つからないのだ。
(あっ…………!かめさん…………!)
それから数日、私たちは岸に伏す亀を見つけた。
しかし、すでに彼女は命を落としていた。
(うぅ……………かめさんがしんじゃったぁ…………うわぁぁぁぁん!どうしよう……めぐみんー!)
(う…………ううっ…………ぃっう…………)
泣きわめく百鬼丸をどうしてやることもできず、死んでしまった亀を蘇らせることもかなわず、どうしたら良いかわからなくなった私はその場で百鬼丸と一緒に泣いていた。
(百鬼丸様!?龍ちゃん!?どうしたんだい!?)
そこに慌ててやってきたのが武蔵だった。
(ううっ………むさしー!あのね、あのね、かめさんがね、うごかなくなっちゃったの………!)
(なおしてよ、むさしー………!)
(どれどれ…………)
武蔵はウミガメを優しく抱きかかえた。
そして悲しそうにため息をついて岸に寝かせつけた。
(……………あたしもね、2人のわがままはたくさん聞いてきたけども、死んでしまったものはどうしようもない。死んでしまったものは、生き返ったりはしないのさ)
(そんなぁ……………)
(うぅ…………うぇぇぇぇぇん…………!!!)
武蔵は亀を波際に寝かせて優しく甲羅を撫でた。
(むさし、聞きたいことがあるの)
(なんだい、龍ちゃん)
(なんで死んだものはかえらないの?どうして、永遠は、この世のどこを探してもないの?)
(それはね、龍ちゃん…………神サマが、永遠なんてないように世の中を作られたからさ)
(えっ、ぐ………神様………きらい………どうして、そんなひどいことしたの………?)
(まぁ、そりゃあ悲しいことではある。でもさ、限られた命だからこそ生き物には生きる喜びがあるんだよ。亀さんは、2人と遊べて楽しかったと思うよ。きっと死ぬときも、亀は悲しい気持ちではなかったんだよ。見てご覧、こんな穏やかに眠っているよ)
(それにさ、命は終わっても、生きた事はなくなったりはしない。2人の心のなかに、亀さんはまだ行き続ける。思うたび、考えるたび、目を閉じる度に、二人の海の中に亀は泳ぎ続けているんだよ)
(ほんと…………?)
(あぁ、本当さ)
武蔵は亀から離れると、近くの岩を優しく持ち上げた。
(2人とも、見てご覧、)
(……………あっ!)
岩の中には、亀の卵があった。
(たとえ一つの生き物が死に絶えたとしても、命はこうして受け継がれるんだよ)
卵が割れて、中から亀の子供が顔を出した。
(うまれたー!)
(うまれたー!)
(だから、誰かが死ぬことは悲しいことだけじゃない。一つの命は他の命を繋ぎ、未来を繋ぐことでもあるんだよ。神サマも、意味もなく死ぬように生き物をお作りになるほど冷たくないさ。死んだ亀は小魚のエサになり、小魚が亀の子供のエサになる。すべては巡っている。この子ガメたちだって、二人があの亀をお世話してあげたから生まれたのかもしれないよ?)
(えへへ…………)
(命はめぐって次の時代を作る。その次の世代までその命のありがたさを感じて、残された時間を大切に生きること。それが、死にゆくものへの一番の贈り物さ。意味のある死は、決して悲しいことじゃないさ。まして満足して死ねるのなんて最高に幸せなことじゃないか、)
(そういうものなの?)
(そうさ。いずれあんたたち二人もわかるさ。まだ難しい話だろうけど、きっと分かる時が来るよ。人と人が合わさって物事はできるんだよってことをね、)
そんな事もあってから、百鬼丸は久しく忘れていたのだろうね。
あの亀のこと………あの日の武蔵と話したこと………
「百鬼丸………勝負はついた。もう、やめにしよう、」
「うぅ…………ぐっ…………私は……………」
私は百鬼丸の前で屈み込み、肩に手を置いた。
百鬼丸に何度も斬られたけど、いまならわかる。百鬼丸はもう、こちらに襲いかかる意思はないんだと。
「うぅ…………うぇぇぇん…………」
「百鬼丸、私は怒ってないよ。もう一回、やり直そう。鞍馬天狗と鴉天狗で力を合わせて、一緒に國を立て直すんだ。今度は私もついている。お前の苦しみも、すべて半分にしてやるから」
「半分こ……………うっ……………ナスビみたいなことを言うんだな…………お前はすごいよ、めぐみん…………ほんとうに、私にないものばかり持ってて…………眩しいよ、」
「いいや。そんなことないよ、お前はお前を呪った出来事からずっと逃げなかったんだ。お前と別れて、あれからいつしかお前のことを忘れて、お金のことばかり考えた私に比べたら………ずっとおまえのほうが、強いよ………百鬼丸………」
「うぅ……………うぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁん!!!めぐみぃぃぃん…………!!!」
「百鬼丸…………っ…………もう、大丈夫だからな、」
───────かくして、鴉天狗と鞍馬天狗をめぐるわだかまりは解消された。
鴉天狗と鞍馬天狗の全面衝突による大戦争は、鴉天狗側が勝利を治め、鞍馬天狗の頭領である百鬼丸と鴉天狗の大将である飯綱丸は親友としての友情を取り戻した。
とはいえ、色々と問題は山積みだ。
百鬼丸との戦闘で市街地に大きな損害がもたらされた。これまでの鞍馬天狗の排他的な体制も多種族に大きな恐怖のイメージを植え付けたわけでもあり、そのイメージを払拭する所からスタートすることになるだろう。
「はい!2人とも立って!並んで〜!」
「文さん…………今から撮る必要はさすがになくない…………?」
その後、青葉と文と、後から遅れて青葉の笠を持ってきたはたての3人は、戦闘後にも関わらず百鬼丸と飯綱丸を立たせた。
「何を言ってるのよ青葉!こんな歴史に残る1大スクープ、残さないわけにはいかないでしょ!」
「次回の新聞の1面はこれで決まりです!『鞍馬天狗と鴉天狗、千年にわたるわだかまりに遂に決着!和解と共存の道へ!』うぅぅぅん!我ながら最高です!」
「文さん。はたてさん、ここは君たちに頼んだよ。君たちがいい記事を書いてたくさん広めないと、鞍馬天狗が幻想郷に馴染み直すのに時間がかかってしまうからね」
「はい!おまかせください!印象操作は慣れっこですから!」
「花果子念報だって負けてらんないわ!最速で記事を仕上げてやるんだから!」
「ははっ。なるほど、競争心は商売でいいものを生み出すってのはほんとらしいね。新聞を配るのは俺たちも手伝う。みんなでこのニュースを広めなくちゃ!」
三人は盛り上がっている。
「はい!2人はぼさっと聞いてないでカメラにしっかりと映ってください!もっと、こう!視線はこちらに映るように!」
「そうじゃないったら!全然仲良そうに見えないじゃない!手繋いで!なんならほっぺスリスリ!」
「もうハグしちゃってくださいよ、ハグ!」
「こ、こうか?なんか、よ、よくわからん………!」
「すまん百鬼丸!うちのはどいつもこいつもこうなんだ!」
張り切る新聞記者2人に仲良く惑わされる2人の大天狗。
傷だらけになった2人はそのまましつこく文とはたてにポーズの注文をされ続けた。
それでもこの手と手は離さない。
これから先の困難の全ても、2人でいられればきっと乗り越えられる。
鴉天狗と鞍馬天狗、2つの種族が手を取り合い、仲良く笑う姿がカメラに収まる。
「─────────────」
写真を握って武蔵は黙っていた。
「うぅぅぐっ…………しゃっきまりゅさま…………こんなに………ごりっぱになって…………よかったぁ…………あたしゃうれしぃよぅぐ……………」
「あやや、泣いちゃいましたね」
「なんで女なのにこんな男泣きっぽく泣くのかしら…………」
「そりゃあ………誰よりも百鬼丸のこと心配していた人だもんね…………」
座り込んでそれを見守っていた3人のもとへ歩み寄る影がある。
「──────あおふぁ、」
それは百鬼丸だった。
「…………今、青葉の名前噛んだわよね?」
「お前に……謝らなければならないと思って……」
「あぁ。いいんだよ、厄介事に首突っ込んだのは俺だ。それより、おめでとう。飯綱丸様と仲直りできて、」
「ううっ…………ぃぐっ、お前は………なんでそんなにいいヤツなんだ…………」
(なんか、どいつもこいつも涙もろくなってないかしら?)
(はたて。言っていいことと言ってはいけないこと)
「さて、これで正式に、新しい飯空Projectの仲間が増えたな」
「まーた商売のこと考えてるんですか?」
「相手は鞍馬天狗の女王だぞ。種族丸ごと勧誘できたんだ。喜ばないわけないだろう?」
「それは………そうですが………もうちょっと飯綱丸様はお友達に対する普通の友情というのをですね………」
そこへ、龍の下僕、菅牧典が走って現れた。
なにやら顔面を蒼白にしている。
「典じゃあないか。どうしたんだい?」
「た、大変です…………飯綱丸様!!!」
走って現れた典は皆の前で大転倒。
「どうした典?そんなに走って、何かあったのか!?」
「御湯殿………いづなが………燃えております!」
「なんだって…………!?」
典の口から告げられた衝撃の事実に全員の驚きがこだまする。
飯綱丸、文、はたてはすぐさま空に飛び上がり、御湯殿いづなの方角を向いた。
「そんな……………」
そこには、橙色と赤色に光を放つ御湯殿いづながあった。
遠目で火の手は見えないが、木々の間から明らかに不吉な予感しかしない光が漏れている。
「待って、慧音が御湯殿いづなを消したんじゃないの?誰も見えないんじゃないの!?なんで私たちが見えているのよ!」
「もしかすると、慧音先生に何かがあったのかもしれません………!」
「なんということだ…………作戦は完璧だったというのに…………!まさか、遅かったというのか…………っ!」
飯綱丸の背後に、下から百鬼丸が浮かんできた。
「……………私は、お前と激しく争ったが、私たちの戦いと関係のない鴉天狗の集落まで襲撃するつもりはなかった。此度の戦においても、その、御湯殿いづなとやらに侵攻しろなどという命令は出していない………」
「なんだと!?お前の指示ですらなかったとちうのか!?」
「じ、じゃあいったい誰がこんな事………!」
「わ、わからない…………でも、1000年以上前より、常盤國の戦力はすべて防衛のためのものだ。幻想郷の他種族を攻めたことは鞍馬の歴史上一度たりともない。今夜も全兵を國の中に待機させていた。一つ言えることは、あの火を放ったのは、常盤國ではない…………」
その頃、御湯殿いづな。
「ど、どうなってやがる…………!なんだ、こりゃあッ!」
月虹市場から離脱した後、大急ぎで御湯殿いづなまで戻ってきた妹紅、安曇一行。
気を失ったナスビの身柄を背負うにとりが辺りを見渡す。
「ダメだ、建物が次々と燃え移っている!消火はもう間に合わない………!」
「願うなら、ここにいた観光客やスタッフが無事に逃げられたかってことぐらいか………」
「お、オイ!あれ………!!」
妹紅が一人で先に走り出す。
「も、妹紅!待つんだ!」
妹紅がたどり着いたところには、3人の人影が倒れていた。
「椛!山如!ネムノ!」
皆は大急ぎで火の手から彼女らを離す。
「も…………もこ、う…………さん、」
椛はぐったりとした目で妹紅を見つめる。
「教えてくれ、何があった…………!」
「ぐぅ…………っう、」
「────いや、いい。何も話すな」
椛は傷だらけだった。
周囲の岩盤にヒビが入っており、この周囲一帯で特に激しい戦いがあったことを物語っている。
「急に、門から兵士たちが現れたと思ったら、建物に火がついたり…私たちは斬られたり…もう散々さ…………」
山如が苦しそうに言う。
「うちらも必死に応戦したが、この通りだべ………不甲斐ねえ………どの兵士も強ぇが、とくに赤い甲冑の奴だけは別格だ、」
「気をつけろ。まだ近くにいるかもしれん………」
「赤い甲冑…………そいつが火を放ったんだな?」
「……………………ッ、いや。違う………赤い甲冑の奴と応戦している時に火の手が上がった。別部隊が火を放ったのか、他の誰かか…………ひとまず、ここはもうダメだ。私らはいいから、早く慧音を探しだしておくれ」
「わかった。慧音は今どこにいる?」
「いづな旅館の中にいるはずだが、さっきあっこから大きな爆発が起きた。今は違うところに避難してるかもしれねーべ………みんな、うちらを置いて早ぅ急ぐだ。このままじゃ、ぜんぶ燃えて探せなくなっちまうべ!」
「バッカ野郎、ンなマネできっかよ!」
安曇はネムノに駆け寄り、肩を貸してその場から歩いて離脱しようとする。
安曇も大怪我を負っているが、気合でやってのける。
「何やってんだべ………!早くしてくんろ!」
「うるっせぇ!仲間を3人も火の中に置いていくバカがいるか!せめて絶対に燃えねぇ場所まで連れて行くに決まってんだろボケが!妹紅ちゃん、たかね、千亦!お前らも手伝え!」
「あぁ!任せろ!私は椛、お前らは山如!」
「わかった!」
「任せてください!」
安曇たちは足を引きずりながら、命からが燃える御湯殿いづなから逃げ出す。
「一千子……………テメェ、こんな時に何してやがる…………!早く来やがれ…………!」
「安曇…………あんたらなら気づいてくれると信じてるさ…………私は、この女を倒すんだわさ………!」
「一介の刀鍛冶如きがこの私と渡り合うとはな。褒めてつかわす、」
「あんた、その大刀と赤い甲冑、『紅き鎧の鈴鹿山』だな?こんな山奥の温泉街なんて襲って、何がしてぇのさ!」
「我らもこのようなくだらん街、取るに足らないものだった。だが、【この山にある】こと自体がすでに我々にとっての障害だ。よって、叩きつぶすことにした。所詮は小さな街だ、壊したとて誰も気づかぬし兵の苦労にもならぬわ」
「ハァ………ハァ…………こりゃまた随分と、悪逆の限りを尽くした輩だわさ…………」
「たわけ。この世は力こそ全てだ。人を支配するのは戦火の火種をも生やさぬ絶対的な畏怖………暴力だ。我々の力がこの山を支配するまで、我らが侵攻は、尽かじ!」
「チッ………正義の炎に反する愚者よ、私自ら、聖罰を与えてくれる!」
紅い鎧が大刀を振り上げる。
「な、なんだ………その禍々しい妖力は!!!」
「死ねェェェェェェェい!!!!!」
「うぉぉぉっ!!!」
一千子の刀は圧倒的な力に弾かれてしまった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
無防備になった一千子に大刀の一撃が叩きつけられた。
あまりの衝撃に、一千子の身体は地面に叩きつけられたあと、高くバウンドして転がった。
「フフフ……………」
倒れた一千子を前にして紅い鎧は高らかに笑う。
「フハハハハハハハハ!!!やはり力こそ全て!暴力は全てを解決する!……………覚えておけ。絶対的な恐怖と、支配の力こそが、この世から戦火を絶やす、ただ一つの方法だ…………」
紅い鎧は、燃え上がる御湯殿いづなの中で、再び高らかに笑った。