東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
百鬼丸との和解を経て、御湯殿いづなに大急ぎで戻ってきた俺たち。
俺こと神門青葉、射命丸文、姫海棠はたて、飯綱丸龍、そして常盤百鬼丸繰経と高倉院武蔵。
しかし、戻ってきた俺たちを待っていたのは火の手に包まれる御湯殿いづなであった。
「そんな………!」
「う、嘘だ…………私が築き、管理してきた………御湯殿いづなが…………」
龍は自分の築いたものが燃え尽きていく様子を震えながら見つめていた。
「だ、大丈夫だ…………めぐみん…………お前にはまだ、私がついてる…………」
百鬼丸様は後ろから優しく飯綱丸様を抱きしめた。
「あぁ…………そうだな。ありがとう、百鬼丸」
この人も同じように一度全てを失った人だ。
飯綱丸様の痛みを誰よりも知っているだろう。
「打ちのめされている場合じゃあない。すぐに火を消さなくては………!」
「俺たちも手伝います!」
「待った。消火は私に任せろ。お前たちは観光客たちを救出してくれ」
「そうだったな百鬼丸。お前は潮を操れるんだった」
「なら、すぐに行くわよ!」
「だ、大丈夫かい?百鬼丸様一人で……」
「あぁ、無論だ。やろうと思えば御湯殿いづな全部波に飲み込むこともできるが、観光客が荒波に飲まれたら一大事だ。すぐに頼む、」
やっぱりこの人だけスケールが違う…………
「それじゃあ、私たちはすぐに行きましょう!私たちは空から。青葉さんと武蔵さんは近くを捜索してください」
「分かった!」
「あいよ任せな!」
「──────大波よ、災いを祓え!!!」
百鬼丸の起こした波は百鬼丸の薙刀に切り裂かれて水泡のような無数の水の塊として建物に燃え広がる火災を一瞬にして消し去った。
「この私の起こす波とはいえこうもあっさり消えるからば、妖術のたぐいではないな?誰かが爆弾でもしかけたか放火したかの二択か………さて、次へ行こう、」
俺と武蔵は走りながら救助者を探していた。
「なぁ青葉。さっきは言い忘れてたけど百鬼丸様のこと、ありがとね」
「なんだい藪から棒に。そんなのいいって別に俺がなんかしたわけでもないんだし」
「はーマジかい。ほんとに自分何もしてないと思ってるよこの子」
「そりゃあね。俺のやったことなんて百鬼丸と戦ったぐらいだよ」
「そうかな。あんたが百鬼丸様の目を覚まさせたのはあると思うよ。このあたしが何度言っても聞かなかったんだからさ。他人から何か諭してもらったとかじゃないとあぁはならなかったさ」
俺なんか言った覚えあったかな。
たしかになんかお説教したような覚えはなくはないけど………今思うとあれは余計なお世話だったんじゃないか………
「さすがだよあんたは。あんたみたいな優しい人、あたしの旦那様に迎えるのにぴったりさ。ねぇ?」
「か、からかわないでくれ…………」
「あっはっは!可愛い坊やだねぇ。百鬼丸様の事、頼りにしてるよ、青葉」
(しっかし…………まさか百鬼丸様と真っ向からやって生き残るとはねぇ…………それに…………拮抗できるんなら百鬼丸に一発くらいは当てれただろうに百鬼丸様には当たらなかった…………いや、当てないようにしてたってコトかい…………)
「武蔵、どうやらこのあたりに要救助者はいないみたいだ。地面の砂土が踏まれた痕跡が、あっちに向かって続いている。避難は間に合っているみたいだ、」
(やれやれ…………底の見えない男だねぇ……………)
「武蔵?」
「はいはい、聞いてるよ聞いてるよ………っと!」
「うわっ!?」
俺は武蔵に襟を掴まれて引き寄せられた。
直後、俺のいた場所に槍の雨が振り注ぐ。
「やいやい。歓迎にしてはちと荒っぽいんじゃあないかい?」
武蔵がまだ形を残している家屋の陰に目をやる。
その陰の中から、赤い鎧の兵士たちが姿を現した。
「──────────な、」
(真紅の鎧…………?鞍馬天狗の甲冑はあんな形じゃなかった…………もっと華やかで、装飾が派手で…………)
「おたくら、ドコのもんだい?烏天狗じゃあなさそうだが…………」
武蔵が呼びかけようとするが、兵士たちは槍を構え、一斉に飛び降りてきた。
「敵─────!!!」
俺が腰の刀に手を伸ばす。
「なぁに考えてるんだい!!!」
それより先に武蔵が俺の刀の2倍ぐらいの大きさを誇る太刀を担ぎ上げ、目の前から襲いかかる兵士を先にぶっ飛ばした。
武蔵の巨体とその長い武器からは想像もつかない一瞬の出来事。
「武蔵…………まだいる、」
「なに、囲まれたってかい?」
俺たちの周囲をあっという間に兵士たちが取り囲んだ。
全員同じ鎧だ。だ、誰なんだこいつらは…………!
「やぁれやれ…………」
「うわぁぁぁぁっ!?」
武蔵は俺を掴んで遠くに投げ飛ばした。
「武蔵!」
「ここはあたしに任しときな!あんたは避難した住民の後を追ってくれ!」
「ま、待って!2人で戦ったほうが早────」
しかし、俺の呼びかけも虚しく、俺と武蔵の間に高い火の壁が昇った。
「な、なにぃ……………!!!」
どうしてだ………!
今、どうして火がついた!?燃えるような要因はなかったし、何より火の手が上がるのが一瞬すぎる…………!
「───────避難した住民を追いかけなくていいのか?」
「───────ッ!!!」
俺は背後からした声に振り向く。
──────直後、正面から一発の弾幕が襲いかかる。
「ぐぅあ………っ!!!」
俺の肩口を貫いたのは鉛玉。
今の感触…………この前俺が受けた、銃器と同じだ…………!普通の武器じゃない…………!
「お前は……………だ、れ……………なにっ……!?」
その人物を視界に入れて俺は驚きの声を上げた。
ミニスカートの軍服と外套、そして帽子に身を包み、腰に曲剣を吊るしたその女、見覚えがある…………!
「灼……彗袁…………!」
「よく覚えているな。我はお前が誰か覚えておらんが」
「青葉だよ…………」
「お前そんな名前だっけ?…………まぁいい、戦士として対する相手には最高位の敬意として、貴様の名前を覚えてよう!改めて我が名は灼彗袁!幻想郷獣国同盟の軍曹であり、青葉、貴様の命脈を絶つ戦場の死神!」
「……………火を放ったのはお前か?」
「いいや、我は火を放ってはおらん。倉庫に仕掛けた爆弾を起爆させたらそのまま爆炎が街に飛んだ」
「それはお前が火をつけたって意味だ…………!」
バカなのかこいつは…………!
「灼…………お前、なぜ御湯殿いづなに火をつけた。なぜ罪のない烏天狗と、旅行に来た観光客を襲った!」
「我はただの兵にすぎん。我は命に従うまでだ。正直、ここを燃やしたところで我が愛国の民たちに何の利益がもたらされるかなど、考えることもない!我らは兵士!国を守り、国を導き、民を護り!そして、言われたことを成すのみの、戦闘しか能のない集団である!」
「お前たちにその指示をしたのは誰だ。そいつは何者だ、どこにいる!」
「我らは兵士なれど、主を選ばぬ傭兵ではない。誇り高き騎士を従える主は天上天下に唯一人、我らがお館様のみだ!…………もっとも、今回はその代行による指示だがな。それはそれとて、青葉よお前は物の道理というものを知っておるか?」
「道理…………だと?」
「いかにも。お前はさっきから5個以上質問を重ねているが貴様は何も我に教えない。情報とは戦において最強の武器となる。誰が貴様なぞにお館様の正体と居場所を教えるか。たとえ拷問されても吐かぬわ。それとも、お前の側はそれなりの対価となりうる情報を教えてくれるというのか?」
「…………………………………」
この女…………発言がいちいち難解でわかりにくいが、要は単純だ。
俺に何かを求めている。
「何が訊きたいんだ、ものによっては教える」
「ほう。殊勝な心がけよな。では問おう、貴様はこの地にいるとされている伝説の王を知らぬか?」
しかし、灼が俺に投げかけてきた問いは俺の予想の斜め上を行っていた。
伝説の王?
「伝説の王……………?」
「この地にいると聞いたことがある。すべての王の中の王…………この世界のすべてを見据え、絶対的な力を持ち…………神すらもひざまずかせるという絶対の最高神…………」
「最高神……………げ、幻想郷の最高神は龍神様だ。お前の言う王なんてものは…………知らない…………」
伝説の王だと…………?
いきなり何を言い出すんだ?
それに、幻想郷の最高神は龍神様であって、どこかの王様ではない。
灼は………誰の何のことを言ってるんだ?
「ふむ…………つまりこういうことか。貴様は今、私のほしい情報を何も持っていないというわけか」
灼は腰から吊るしたサーベルを抜き放つ。
「なら貴様に用はない。貴様の武功は耳にしているぞ青葉。三度笠の男が我らの組織の一角たる椰子飼を撃破したとな。だが、我らはそう簡単にはいかん。所詮、椰子飼程度の戦力、我らの中には吐いて捨てるほどいる」
右手にサーベル、左手に長筒の銃器。
まさかここでやる気か…………?
俺はすでに百鬼丸との打ち合いで消耗しきっている…………
ここから連戦なんて無理だ……………
「ほんとうに貴様が椰子飼を打ち倒したか………その実力、測らせてもらうぞ神門青葉!」
そう言い終わる前に灼はすでに俺の目の前!
見たこともない高速の踏み込みだった。
「うおぉぉぉっ!?」
「斬り刻んでやろうと思ったが今一撃を受けるは見事なり!やはり貴様の噂、偽りではなかったな!」
いや、この一発だけで決めるんじゃない!
「今一度問おう!真の統率者とは何か!」
灼は俺の背後に回ってきている………!
「統率とは、力を以て他を支配することである!」
「ぐわぁっ………!!!」
俺はぎりぎりで回転斬りを受け止める。
だが、恐るべき剣圧だ。俺の身体では弾き飛ばされるか………!
「人の心を支配し、統率するのは圧倒的な畏怖の力。力とはすなわち強さ。弱さこそが、罪である!」
灼は空中に黒い礫を投げる。
サーベルが礫を切り裂くと同時に、切断面から火の粉が噴き上がる!!
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!」
爆弾かッ…………この!!
「闘争とはッ………!他者を犠牲に、進むべき道の先へと進むことである!!!」
「ぐふっ…………」
爆撃は避けたけど………鉄の破片が身体に刺さった…………
「我らは闘争を以て我らの進むべき正義を征く!この山を落とし、幻想郷をもいずれ我らが手中に入れよう。そして我々が、真に正義と秩序ある幻想郷を興してやる!」
さっきから………何言ってんだ…………こいつは…………!
「なぁにバカなこと言ってんのさ!」
炎の向こうから武蔵がこちらへと飛び込んできた。
「ほう、火の中へ迷えず飛び込めるのか」
「闘争ってのはなんにも生みやしないさ!このあたしが、目の前で見てきたんだ!間違いなんてないね!」
そう。この人は戦いが一番無益であるってことを誰よりも分かってる。
この人は、自分の娘のように可愛がってきた百鬼丸様が1000年間狂い続けている様子を間近で見てきたんだ。
それを知る彼女には、戦いなんて悲劇しか生まないことがわかってるんだ。
「そうかそうか。だが、それを1000年前の貴様に問うたらなんと言っただろう?」
「なんだって………?」
灼は嘲るでも罵るでもなく、ただ怒ったような評定をする。
「貴様は幻想郷の賢者どもについて行ったと言い訳したのだろうが、幻想郷は千年前に月面戦争という過ちを踏んだ。今でこそ力の差を見せつけられ反省こそしたものの、やはり答えは一つなのだよ……………しょせん、知性というのは闘争が本能。それだけの事だ、そして幻想郷の知性体である以上、貴様らの本質も、ただ他者を踏みつけにして築き上げた栄華だ。いずれ分かるときが来る、権力とはなんなのか、平穏とはなんなのか、貴様らが命を張って守った山の平和とはもともと何が土台で作られたものなのかをな………!」
俺の目に映る灼の姿が一瞬歪んだ。
俺の目には、今一瞬、この世のものとは思えない何かが映った。
「ぶっ………!?」
俺は膝から崩れ、口から嘔吐するような感覚を味わった。
「青葉!?どうしたんだい!?」
「……………………………………………………」
今、見えたのはなんだ………!?
明らかに、見てはいけない。見えてはいけないものが。
今のはなんだ………!?
今…………灼の姿が、人の形じゃないものに歪んで見えた。
だがわからなくても本能でわかる。
この嫌悪感、この拒絶感だけが真実だ。
視界にいれるだけで吐き気を催す光景だけが事実だ。
こいつを絶対にほったらかしにしてはいけないことだけはわかる。
今のを放っておくと………幻想郷の未来が危ない………!
その時、俺の心の中に煮えたぎるような思考が巻き起こった。
思考というより感覚なのだろうか。
俺を胸焼けさせ、喉を吐瀉物で焼く、この熱い痛み。
この痛みを発生させる原因を取り除きたいという当たり前の感情。
だが、その当たり前という感覚とはほど遠い、『初めからそうである』と決定づけられたような感覚。
端的に言うと……………
「───────うっ、う…………」
【こいつを消したい】という
「青葉!?顔色が悪いよ!?どうしたんだ!」
「か…………か─────あ……、っ、ぅ…………」
「む………なにっ………」
コイツは…………幻想郷に居ちゃいけない………
本来、こいつは居てはならない──────
在ってはならないのなら…………取り除かなければならないという…………
「う……………うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
瞬間、俺は自分の中から知らない行動が起こるのを実感した。
個が破裂しそうな感覚。自分が自分を失いつつあるような感覚。
例えるのならば──────
俺の中に知らない者が居るような感覚!!!
「ぐぅ……………グ、ェェェェェェェェェッ!!!」
俺は口から吐き出そうとしていたものを耐えきれず勢いよく嘔吐する。
胃の中から逆流したと思っていたソレは、俺の体の器官から出てきたとは思えないものだった。
水分も血液も消化した物体も含まれていない、純粋なる妖力そのもの。
俺の喉を、内側を焼いていた要因。
気持ち的にでも、暑さでもない。
ただ燃えているから焼いていたもの。
簡単に言うと、
「バカなぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺の喉から嘔吐された炎が、灼へと一直線に肉薄していったんだ。
「───────うっ…………」
俺が顔を上げると、目の前の地面から青い炎が駆け巡らされていた。
「えっ…………?」
「青葉!?気がついたのかい!?」
俺は燃え盛る地面の中で座り込んでいた。
武蔵の声で俺はなんとか気を取り戻した。
さっきまで凄く苦しかったのに急に頭がすっきりした。
これほどにまで頭がクリアなのは久しぶりだった。
「ビックリしたよ、あんたの口から急に炎みたいな妖力が出てきたんだよ!建物に当たったときはどうなるかと思ったよ………!どうやらその炎じゃ建物は燃えないみたいだけど………」
「炎……………………?」
俺の口から炎?
な、なんで?
「───────青葉!!!かわせ!!!」
だが、一難去ってまた一難。
突然、遠くから叫び声がしたと思ったら俺の身体は触手のようなものに巻き付かれた。
「な…………なんだこれ…………ぐあぁぁぁっ!?」
俺の身体に、一瞬で火傷のような痛みが奔る。
「おぉ!貴様か!流石は我が友!持つべきものは友である!友!武器!富!権力!名声!これらを従えることこそが人の高み!」
「もうお前は黙っていろ。どうにも状況が悪い。厄介事が起こる前に撤退するぞ灼」
俺の前に現れたのは…………紫色の髪の女。
立派な洋服を着ている…………なんだ、この女…………
「ぁ………ぐ………ぁぁぁぁぁっ!!!」
「青葉!!!」
俺を縛っているのは触手じゃない…………あの女から伸びてる髪の毛だ。
そしてこの痛みは…………火傷じゃない…………酸に触れて体の組織が崩壊する時の感覚だ…………!!!
「何っ!?どう考えても我々が有利であろうが!?」
「【我々の】目的は御湯殿いづなを攻め落とすことではない。それに、それ以上の収穫があった。
何を……………言っている……………!!
「青葉ーッ!…………くそっ、遅かった………!」
アレは……………
「慧……………音、さん……………」
「青葉!そいつの髪から離れろ!!!その髪には、生物を腐食させる力がある…………!!!」
そんなこと………言われても…………どうしようも………ない………だろ………う………
「青葉を離しな!!!うちの男を持ってこうもんならただじゃ置かないよ!!!」
武蔵が急いで俺を助けに来てくれた。
だが──────もう遅かった。
「我が名はモーガン。お前たちに正しき歴史を授ける者。虚史に生きる愚者共よ………お前たちに未来はない、あるとしても………こうやって私たちが轢き潰すまでだ!!!」
地面に開いたドブのような穴の中に俺は投げ込まれた。
そしてそのまま灼とモーガンと名乗った女も、一緒に飛び込む。
「う…………ぐおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「青葉ーッ!!!!!!!!」
泥の泉に放り込まれ、音も視覚もすべて遮断される直前に、俺は慧音さんの叫び声だけを聞いた。