東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
─────御前会。
御前会は今より数百年ほど前に、鈴鹿山ヤマブキと鈴鹿山アオイを筆頭に設立された、小さな自警団だった。
もともと彼女たちの住んでいた地を外敵から守る兵士がいた。それとは別で、内部の治安を守ろうとする集団、それが御前会の前身だった。
しかし、御前会を筆頭としたその種族はいつからか行方が分からなくなった。
幻想郷の記録に深く刻まれることもなく歴史から消え去ったその種族は、今もなおどこかにいるという可能性だけを残しながら長く幻想郷を離れていた。
だが、今この年、彼らは予想外のカタチで幻想郷へと戻ることになった。
空を泳ぐ巨大な黒い影、翼持つ巨大な船。
飛行機雲を描きながら幻想郷の人々も見上げぬはるか高い空を周遊する謎の飛行物体。
──────
伍重艦は巨大な飛行船。
飛行船であることに気が付かぬほどに広大な敷地を誇り、
そのすべて、すべてが伍重艦の甲板にあたる部分のほんのごく一部だった。
伍重艦がどのようにして、誰が操作して飛行しているのか…………その膨大な質量を前進させ、自在に空を旋回させるほどの馬力を持つエンジンがどのようにして生み出されたのか。
そんなとんでもないエンジンを動かすための途方もないエネルギーが一体どこから来ているのか。
そのすべての答えは一つに絞られている。
それら全てを操るのが、この鈴鹿山ヤマブキ。
この戦艦そのものが、ヤマブキの能力なのだ。
「オォォァァラ!!!」
「わっ………!?」
鈴鹿山ヤマブキと名乗った少女と対峙して数分。
俺は身体がぼろぼろだったとはいえ、かなり劣勢に持ち込まれていた。
ヤマブキがさっき乗ってきた二輪の自走する機械を投げつけてきた。
腕の届かないリーチからどうやって手元まで引っ張った!?
「隙ありゃぁぁっ!!!」
「うおぉぉぉわぁっ!?」
俺の着物の胸元に、チェーンのついた鉤爪のようなものが引っかかった。
そうか、彼女の左腕から伸びていた鉤爪が、あの車両を持ち上げたっていうのか!
……………いや、違う!!!
「引き寄せてぇぇえ…………」
「うっ………!!!」
あんな小さな鉤爪なんかで、あんな大きなものを捕まえて持ち上げるなんてムリだ!
じゃあ、どうやって持ち上げたんだ!?
「かっとばせ、朝日丸!!!全てを超えて突き抜けろォォォォォッ!!!」
そのままヤマブキは空中であの車両にまたがる。
その瞬間、車両は大きなエンジン音とともに唸りを上げ、まさかまさか──────
「うぐぁぁぁぁぁぁーっ!!!」
重力を無視して、空中から俺に向かって突撃してきた。
俺は壁を突き破って料亭の中に投げ出される。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「ちょっと、なに!?」
料亭の中から悲鳴の数々が聞こえてくる。
俺は目を開いて辺りを見渡す。
(そういや、ここ────ヤマブキの取り巻き以外に男がいない気がする……………)
そんなどうでもいいことを考えている間に、ヤマブキが壁に穿たれた穴の向こうからあの車両で突入してきた。
「ヴォォォラァァァ!!!」
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
俺は間一髪で飛び退いてかわした。
な、なんだ…………さっきの空中ダッシュ!?
あの車両の構造…………外の世界の資料で読んだバイクに形状が似ている。
だが、アレは燃料を燃焼させた時の熱エネルギーでモーターを回転させ、車輪を回転させることで前進する乗り物だ。
つまり、地面のない場所ではそもそも走行することが不可能だ。なのに、空中から地上と寸分違わぬ動作と前進力と速度で突っ込んできた!!!
受け身取ったはずなのに、バイクに撥ねられたせいで左肩がめちゃくちゃに外れてしまった。
「あっちゃあ………これは痛い…………」
だが、そんなことはどうでもいい…………
早く逃げなきゃ、このままじゃやられる………!!
朋恵さんを連れて逃げなきゃ。
街の向こうに見えた、森まで突っ切れば、入り組んだ木々に阻まれてあのバイクも簡単には追いかけられないはずだ。
だが────────
「さぁさぁ…………どうしたクソガキ…………逃げてばっかねーで、さっさとかかってきな!」
目の前に出てきたヤマブキを振り払わなきゃ、森まで逃げる前に捕まる。
街には手下たちの目もある。あの変なバイクもある。速度で振り切るのは不可能だ。
となると、ヤマブキを無力化するか、何かしらの方法でめちゃくちゃな足止めをする必要がある。
ヤマブキが、俺たちを捕まえる事よりも優先する何かがあればいい。
このままじゃ、ヤマブキと真っ向からやっても勝ちの目はたぶん、ない………!
見逃してもらうこともできない。
となると、ヤマブキを強引にでも俺を追うことをやめさせるしかない。
だが…………どうする?
相手はあのヤマブキだぞ………?
こんな頑固姉貴の究極系みたいな女を、何をやったら停められる?
「……………くっ………!!!」
せめて…………彼女の能力、それとあのバイクの謎さえわかれば…………!!!
打開策がこの周囲にない。
俺を助けてくれるやつなんて他にいるわけがない。
朋恵さんはただの女将だ。
戦う力なんてこれっぽっちもない。
「───────────────」
考えろ…………考えろ…………俺の文字の能力で、あのバイクを止める方法がないのか!
せめてあのバイクさえなくなれば、あとは純粋な近距離戦。
ヤマブキ本体の振り回す鉄パイプはそんなにヤバくない。ぜんぜん正面からでも勝てる。
だが……………問題は………………
「さぁさぁさぁ…………行くよ朝日丸!!!今度こそ、次で仕留めてやるからさ!!!」
「───────────」
朝日丸と呼ばれたバイクが、ヤマブキの叱咤に応えるようにエンジンの音を上げる。
こんな狭い空間で暴れ回られたら…………ぜったい轢かれる!!!
撥ねられたところで最悪骨折で済むからいい。
だが、轢かれたら内臓ごとぐちゃぐちゃになるだけだ。絶対に助からない。
待てよ……………狭い空間?
「─────────────」
────────これしかない。
いや、ほんとのほんとのほんとに最後の手段だけど。
でも、ここでやらなきゃ絶対に死ぬ。
ヤマブキを止めるためだったら…………心は痛むけど、本当にしょうがない。
他に手立てがないかかんがえたが、もうそんな時間は残されていやしない!!!
「いっけぇぇぇ、突撃ィィィィィィ!!!!」
ヤマブキがこちらに突撃してくる。
俺は全反射神経を注いでいた。
ヤマブキを迎撃する必要もない。ただ躱すだけでいい!!
「はぁぁぁぁっ!!!」
俺は高く飛び上がり、ヤマブキの突進を躱した。
たしかに地面をいくらでも縦横無尽に駆け抜けるバイクなら、平面上どこに逃げても轢かれる。
だが……………しょせん道を行く車両だ。
いくら空中ダッシュ可能とはいえ、先にこっちが飛び上がってしまえば、床を走行している所から空まで追いかけることはできないだろう!
俺は飛び上がって料亭の梁木を鉄棒のようにして掴み、ヤマブキの突撃した方と反対方向に飛び越えていった。
「ぐぐぐぅぅぅぁぁぁ!?」
ヤマブキは店の壁に激突して、2つ目の穴を開けた。
「よし……………今のうちに!!!」
俺はチャンスと見て、料亭の中を駆け抜ける。
お食事中の客たちの机をかき分けて、反対側の壁を目指す。
だが、
「オラァァァァァァッ!!!」
ヤマブキは3つ目の穴を空けて再び料亭の中へと戻ってきた。
どんだけ穴開ける気だ!!!
あとでお店の人にどう謝罪するんだよ!!!
とはいえ、たすかる。
それでいい…………それがいいんだ、
俺の背後から朝日丸に騎乗するヤマブキが追いかけてくる。
まるで騎馬兵のようだが別に怖くない。
「ごめんね、」
俺は通りがかった場所にいた客が座っていた椅子や、テーブルをすべて蹴り倒す。
料理がもったいないので極力、空のお皿や水しかないようなテーブルだけ倒すことにした。
倒れた家具がバイクの進行を邪魔する。
この料亭のテーブルは見た所かなり頑丈だ。
いくら朝日丸といえど、ここをまっすぐに突き抜けることはできないだろう。
しかし、朝日丸の異常性は俺の想像を絶していた。
「朝日丸!!!飛び越えろ!!!」
なんと朝日丸は、ヤマブキの指示に応え、車輪を一瞬凹ませた。
「───────まさか、」
その動きが、高く飛び上がるために一瞬足を畳む動作に似ているなと思った瞬間、
バイクは自分の力でジャンプし、目の前に躍り出た椅子やテーブルを飛び越えた!!!!
「どうだアタシの朝日丸の力、アタシの【能力】は!!!」
──────たしかに聞いたぞ。
今、彼女は朝日丸を自分の能力と呼んだ。
ならば、あの女の能力は、バイクを自由自在に乗りこなす能力────!!!
普通は物理的にできないような挙動も、妖力によってできてしまう、そんな能力なのだ。
だが、そんな事実は後に使う情報だ。
今必要なのは、バイクが家具を飛び越えたという事実。
だが──────そんなのも想定内だ。
「っ………うぅっ……!!!!」
俺は床に寝転がり、床を蹴って進んだ。
進んだ先は、ヤマブキが向かってくる方向。
朝日丸がテーブルを飛び越えたと同時、俺はテーブルの真下に隠れて、朝日丸の突進を再びやり過ごした。
「だーっ!!!ウザってぇぇぇぇぇっ!!!」
ヤマブキは反対側の壁に4つ目の穴を作って店の外に消えた。
だが、また2秒と経たずすぐに戻ってくるだろう。
それまでに次の行動を起こさなければならない。
「よし、」
問題ない。最初からここまでは決まっている。
俺は料亭の隅にあった、二階へ続く階段を登る。
2階には誰もいなかった。
たすかる、そっちのほうがはるかに。
最高だ、運に恵まれている。
階段を登ったと同時、すぐ後ろの壁を突き破ってヤマブキが中へやってきた。
「オイボケカス野郎!!!どこへ隠れやがった!!!」
ヤマブキにとっては、机を飛び越えたときから俺の姿が消えている認識だ。
俺が階段を登り切るまでの時間は稼げる、
俺は初めからこの階段を目指していた。
そこまでに捕まらなければ良かっただけだ。
ここまで来たら8割ぐらいは俺の勝ちだ。
使われていないテーブルを担ぎ上げる。
「上かァァァァァーッ!!!!!」
朝日丸はなんと、急な階段ですらもまったくの最高速度で昇ってきた。
ほんとに物理法則どうなってるんだあのバイク。
だが、この階段は狭いからこれが効く!!!
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!くらえ!!!!」
俺は真下からやってくるヤマブキに向かって上から机を投げつけてやった。
「甘ェッ!!!!」
ヤマブキは鉄パイプで机を叩き落とすと、朝日丸が机を轢き潰してそのまま昇ってきた。
そんな甘くはないか────!!!!!
階段を登りきったヤマブキはジャンプ台を越えたように、高く飛び上がって空中から俺に向かって急降下。
「貰ったぁぁぁぁぁっ!!!!!」
空中から俺の中心に向かって朝日丸が急降下。
───────そして朝日丸は空中を切った。
「なにっ!?躱されたってのか!?」
「ご愁傷さま!!!真上から俺の中央を測っているのなら…………笠をずらして被れば、俺の中心を勘違いさせられるんだよね!!!」
俺は咄嗟の錯視を利用してヤマブキの突進を外す。
朝日丸は二階の床に勢いよく体当りした。
(ここだ──────!!!!)
ここしかないと、俺は模造刀を突き出す体勢で、弓のように右半身を引き、低く飛び上がる。
「─────八霖儚月流『床抉り』!!!」
朝日丸が激突した箇所と同じ場所を模造刀の切っ先で一気に貫いた。
俺が飛び上がり、床に着地する時の重力加速、そして俺が剣を突き出す純粋な速度とパワー、そして切っ先で床を刺したことによる一点への圧力の集中、
そしてそこに朝日丸の突進力と純粋な質量が重なった結果、
「…………うぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
朝日丸が突撃した部分の二階の床は、轟音とともに崩落していった。
朝日丸もろとも、ヤマブキは一階の床に落下していった。
店の一階から悲鳴は聞こえてこない。
当たり前だ。俺たちが最初に見せ壁を突き破った瞬間から、もうみんな逃げ出している。
そして2階には誰もいない。
なら、ここにいるのはヤマブキ一人!!!
俺は今から【この店をぶっ壊す】!!!!!
「八霖儚月流『獣哭き〜雷』…………!!!」
俺は純粋なパワーで残った二階の床を叩き壊す。
もともと穴が空いていたので、二階の床はあっさり崩壊した。
崩壊する直前に俺は高く飛び上がり、屋根の梁を掴む。
「なんだぁぁぁぁぁっ!!!!」
ヤマブキは落下してきた二階の床の残骸とテーブルに押しつぶされた。
「よし……………」
俺はそこの窓から出ようとした。
だが、真下から瓦礫を粉砕する音が聞こえてきた。
ヤマブキが瓦礫を突き破って出てきた!!!!
「クソがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!よくもやりやがっ──────」
「──────『屋根穿ち〜雷』!!!!」
「ぐぉぉォォォォちょっテメ待」
ズガシャァァァァァァァン、と轟音を立てて、続けざまにヤマブキは料亭の屋根に押しつぶされ、断末魔のような叫びが途中で聞こえなくなった。
ヤマブキが出てきた瞬間に屋根を破壊したのだ。
屋根がなくなって青空が見えた。
俺はそこから外へと飛び出す。
「青葉様!!!ご無事ですか!!!」
料亭の裏には朋恵さんが駆けつけてきていた。
彼女も無事なようでなによりだ。
「あぁ。すぐにここを離れよう朋恵さん、この料亭今めちゃくちゃになってるから、ここにいるといつ倒壊し─────」
ズガシャァァァァァァァン、と轟音を立てて、残っていた壁などもすべて倒れて瓦礫の山になった。
「───────ちゃった、」
瓦礫の向こうでは取り巻きたちが「姉御ォォォォォッ!!!!」と取り乱しながら瓦礫をかき分けている様子が見えた。
今なら彼らも俺のことを見ていない。
「逃げるよ朋恵さん。あの森までいけばヤマブキも追ってはこれない。俺担ぐから、落ちないようにしてて!」
「は、はい!!!」
俺は右手で朋恵さんの肩を掴み、足を左腕で担ぎ上げると、そのまま森に向かって一直線に走っていった。
「お、お姫様抱っこ────!?」
「なに、お姫様抱っこって?病棟で働いてた時にこの運び方してたからこれがやりやすいんだ」
俺はその後、御前会の構成員に出くわすこともなく森のほうまで逃げ込むことに成功した。
「────お姉様ー!!大丈夫ですか!!はわわ、すぐに探してあげてください!!」
アオイも必死に部下に声をかけてヤマブキを助け出すように指示していた。
「─────あっちに逃げちゃった…………」
彼女は逃げ去る青葉を見ていた、ただ一人の者だった。
御前会の追っ手をここで出していれば青葉を捕まえることもできたかもしれない。
だが、アオイが無能すぎて、しかも慌てていたのでそんな指示をする頭の状態ではなかった。
(─────ヤマブキを足止めるとは大した相手ね…………これ、普通の構成員を送ってもロクな収穫ないどころかこっちが不利になるわ。ここは黙って見ておくか…………)
「…………アオイ様?何をお考えで?アオイ様も手伝ってくだせぇよ………」
「はうぁっ!?は、はいぃぃっ!!!今やりますから!!!」
アオイはそのまま部下に続いて瓦礫の山に向かっていった。