東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
飯空Project再建!!!
─────伍重艦庭は天空を泳ぐ、国ほどの大きさを誇る飛行戦艦、伍重艦の甲板に作られた森林や河川や街などの一帯を指す地名。
その伍重艦庭の森の中を、一つの黒い影が物凄い素早さで駆け抜けている。
「ど、どどどどこまで行くんですか青葉様ーっ!?それに、ぜんぜん息切れしてないのはなんで!?」
「今は、追っ手が絶対に来ないほどの森の奥地まで逃げているよ!それと、息切れしないようにペース配分組んでるから、もうあと40分はこの速度のまま走り続けられると思う!」
「配分って…………抑えてる割には時速40キロ超えてますよ!?」
だいたい100メートルを8秒で駆け抜けるのと同じくらいのスピードだ。
青葉は朋恵を抱えた状態で森の木々をかき分け、草むらを飛び越え、複雑怪奇な森の中をすり抜けるようにして走っていく。
朋恵や自分が木の枝一本にも触れないように素早く飛び継ぎ、方向転換したり横跳びするなどして、とにかくまっすぐに進み続けた。
「だいたい、こんな所────出口なんてどこにあるかわかりませんよ!さっきの所に引き返したほうがいいですよたぶん!」
「いや、それはダメだ。アイツらに捕まったら終わりだ。それに………森の終わりが近い。木々がまばらになって、風通りが良くなってる。光も強く差し込むようになってきている。木が減ってるということは、今俺たちは森の外側にいるってことだよ」
青葉は確信とともに、さらに走る速度を上げる。
「そして…………森を抜けたということは、次に広がるのは平野!平野で逃げるのは確かにまずいかもしれないけれど、視野を広く見渡せば、きっと街の一つや二つは見つかると思うんだ!」
青葉は森を駆け抜ける中、先にひときわつよい光の穴を見つけた。
「みえた!アレが森の外!!やっと出れた!!」
青葉はついに光を飛び越え、森の外に出た。
───────そこに広がるのは一面の青空。
澄み渡る青の天空と、雲一つなき大気の色。
下を見下ろせばそこから先に地などなく、
下には覆うばかりの雲海と、うっすらと見える、上から見た妖怪の山があった。
「──────────────」
青葉は朋恵を降ろして一歩後退する。
「え───ゑ? え゙え゙え゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙ーッ!?」
青葉の声がなーんにもない天空にこだました。
「──────────────」
その頃、飯綱丸龍はいづな旅館の屋上の縁に座り込み、御湯殿いづなを見下ろしていた。
「……………………………………………………」
彼女の瞳に映るのは、焼け焦げた家屋の立ち並ぶ通り、人の気配も消えて、荒涼として清閑とした、昨日の昼まで観光名所だったとはとても信じられない様相に変わり果てた街だった。
ほかでもなく、この御湯殿いづなを建設したのは飯綱丸龍だ。
自分にとってこの街は自分の所有物であり、同時に、自分にとって大切な場所だった。
温泉街を作って商売を回す………だなんてものは、当面のビジネス………金儲けのつもりでしかなかった。
だが……………この街はいつからか、特別なものになっていた。
酷い目に遭ってきた。多くの人間が負傷してきた。
それでも────────
(大丈夫。俺はやりたいからやるんですよ。それに、このまま天狗のリーダーである貴女を泣かせたまま帰るのは、里一番の商人として顔が立ちませんから)
(─────お前というやつは………ほんとうに助かるわ………)
あの時に差し出された鼻紙1枚が記憶に残って離れない。
(よし!その意気よ!飯空Projectの一員となった貴方たちは、今日から異変解決までの間、宿泊費は全面無料とさせてもらうわ)
(やったー!!)
(温泉!温泉!温泉ー!!)
あの時のはしゃぐ彼らの姿が忘れれない。
(大天狗様、そんなズビズビ泣いてないで教えてください。鞍馬天狗の大将とは、どんな存在なんですか)
(青葉お前も結構鋭いぞ)
(グスッ…………ふっ。はははは!なら、教えてやろう、彼女のことをな!この大天狗、鴉天狗の大将飯綱丸龍に任せるがいい!)
皆で夕食中に何度も談笑してきた時間が恋しくて仕方ない。
「───────悔しいな。しょせん木造の建物だけだというのに…………思い出ごと焼き払われてしまったよ、」
寂しそうな顔で街を見下ろす龍の後ろから、一つの影が歩み寄ってきた。
「めぐみん……………」
それは彼女の旧知、百鬼丸。
「──────百鬼丸か………なんでここがわかったんだ?」
「……………………なぜだろう。私はなんだか、めぐみんのことが心配になって、どこを探そうかと思ったら…………気がついたらここに来ていた。お前は悩み事があったときは昔から、高いところで座って物思いにふける癖があったから」
「そうか………やっぱりお前にはお見通しなんだな………百鬼丸、」
「あぁ、此方いったい何年お前と一緒だと思っている」
百鬼丸は龍に不用意に近づくことはせず、その場で屋上の貯水タンクに背中を預けた。
「お前を失った悲しみがあるから、お前の気持ちを理解できるなんて大口を叩いたが、いざ自分が本当に何かを失った時というのはこたえるね、」
「めぐみん…………」
「自分の守るべきものを守れなかった自分自身への無力感………この気持ち、今ならわかる気がする。お前もまさにこんな気持ちだったのかな。いや………お前はもっと苦しかったか。誰にも相談できなかったぶん尚更な………」
龍の見ている街を百鬼丸は見下ろす。
アレこそまさにそう、自分が見てきた光景に酷似しているなと感じた。
「安曇が言ってたんだ。『アンタは無能だが、それでも頑張るってガッツだけは信じてた。だってのに………今のテメェは人望も尽かした』って。…………あのときはついカッとなって喧嘩してしまったが、彼の言ってることは正しいんだよ…………私は街の一つも守れないし、大事なプロジェクトのメンバーが行方不明だと言うのに捜索指令も下さなかった。あくまで他人の上に立つものとして恥ずべき天狗だ、私は」
「……………………めぐみん、」
「私は…………大天狗には向いていなかったのかもしれない。人を引っ張るには、人を正しく使い、なにより自分自身が模範的でないといけないからな…………」
「めぐみん、」
「お前にはそれがあったから、民にアレだけ信頼されていたんだよね………百鬼丸。私は………いったいこの飯空Projectで何をしてきたのか………今になって考えてみれば、私は何も成し遂げていなかった。すべて、みんなの力があってからだった………ほんとうに一番いらなかったのは………私だったのかな…………」
「め、めぐみん………!」
百鬼丸が何度目かの呼びかけをしても飯綱丸が反応しないので、百鬼丸は飯綱丸の肩を掴んでゆすった。
「はは………どうしたんだ百鬼丸、悪いが今はひとりに───────」
飯綱丸は後ろを振り返る。
そして、彼女の口から言葉が失われた。
「──────────────」
龍に呼びかけた百鬼丸の後ろには、誰もいなかったはずの屋上に、大勢の人々が集まっていたのが見えた。
─────誰も彼も、屈強な男たちばかり。
龍たちの胴の太さくらいの剛腕を誇る人間たちが並んでいた。
その中には、最初に飯空Projectの大失敗スピーチ会の中にいて、呆れて帰ってしまった顔ぶれもあった。
それに加えて、温泉街の出店や飲食店の店員たち、さらにはただの観光客まで混じっていた。
「お前たち………………」
龍の前に集まったその人数は、飯空Projectが始まる直前の説明会にいた、ロビーを埋め尽くすほどの人数をも上回っていた。
「飯綱丸様、アンタには悪いことをしちまった、許してくれ………聞いたぜ。オレたちが帰っちまったせいで、アンタはすげぇ苦労してるって…………」
「すくねぇ仲間で頑張って、裏では自分が色々と手を回したりしてたって聞いたぜ」
「それから………街を何者かに焼かれちまった時だって、いち早く街に戻って鎮火してくれたらしいじゃねぇか」
「そんなとき、オレたちゃお土産屋の下にある地下室に潜って火の手から隠れていただけだ…………情けねぇったらありゃしねーよな…………」
「そ、そんな…………ことは…………私は…………」
「だから飯綱丸様………オレたちにもこの温泉街を復興する手伝いをさせてくれ!」
「あぁ!オレたちにできることがありゃ、なんでも言ってくれ!ここのみんな、おんなじ気持ちで集まったんだ。まだ人数はすくねぇかもしれねぇけど、オレたちがいればちった楽できるはずだ!」
「オレたちだけじゃねぇ、女さんも観光客も、みんな一緒だ」
「───────お前たち、」
飯綱丸は気がついたら立ち上がっていた。
「百鬼丸、お前が────」
百鬼丸に問いかけると百鬼丸は微笑んで首を振った。
「──────ホントはこんな事してやる義理もねーが………困ったときはお互い様ってやつだろ、」
集まった人々をかき分けて二人の人物が集まりの先頭にやってきた。
戻っていたのは、化野安曇と上白沢慧音。
「安曇…………慧音、お前たちが、彼らを………」
「まァ………な。ほとんど慧音先生が誘ったようなもんだけどな」
「そんな事はない。この街に集まってた商人衆を探せたのは、もともと私たちより早くからいづな旅館に来ていた安曇のおかげだし、そもそもこんな事を言いだしたのも彼だ」
「ちょっ………オイ先生、何でもかんでもほんとのこと言えばいいってもんじゃあ………」
「ふふっ………お前の根は意外と青葉に似ているな。誇るべきことだぞ、」
「あのなぁ………こういうのをさりげなくするのが男前ってもんだろ。むろん、飯綱丸に見栄を切ったところでって話だが」
なんと、この人数を集めたのは安曇と慧音の二人。
彼らは旅館に残っていたわずかな商人たち、男たち、観光客、そして温泉街に残っていた人間たちを片っ端から歩いて探し回り、復興作業に誘ったのだ。
「─────何度も言うぜ、飯綱丸。現状、オオバを助けにいかねぇなんて選択肢は論外だ。とはいえ、御湯殿いづなを復興させなきゃならねぇのも一理ある。だから折衷案として、ここは同時進行ということにしようじゃねぇか。テメェの理屈じゃ、人がねぇからオオバを探せねぇってんだろ。こんだけの人出がありゃ、文句ねぇだろ?」
安曇はキッ、と嗤ってみせた。
別に善行をしたことに気持ちよくなって嗤ったわけではない。飯綱丸の理屈を根性と気合でねじ伏せたことが良かったと思っただけだ。
「………………嬉しいが、私には無理だ………飯空Projectの人数もさばききれない………街の一つも守れない私に、これほど多くの人間の身柄を預かるなんてそんな無責任なこと─────」
「弱音を吐くな飯綱丸────!!!!」
横から百鬼丸の強烈なビンタが飯綱丸の頬を殴りつけた。
「ぐあぁぁぁぁーっ!!!」
百鬼丸の力が強すぎて飯綱丸はぶっ飛ばされ、すぐそこにあった屋上階段の壁にめり込んだ。
「あっ………しまったやりすぎ────あ、ぅ………ごほん─────飯綱丸!!自信をしっかり持て!!お前は私の親友だ!!」
咳払いをしたあと、百鬼丸は飯綱丸を励ますために、笑顔で語りかける。
「私にできなかったことを、お前はやってきたじゃないか!それに、今度は私がついている!お前が私とずっと一緒にいてくれるように、私もお前の力になる!─────お前の名のもとに、こんだけの人数が集まったんだ!お前は、彼らの期待を裏切る大天狗じゃないだろ!」
「ぅ………ぐ…………」
飯綱丸は壁から剥がれ落ちる。
「だが……………私なんかに何ができる…………私がいたところで、飯空Projectそのものに意味なんて、」
「意味はあるぜ、飯綱丸」
飯綱丸の独白に応えたのは安曇だった。
「なんだって…………、」
「お前の次のセリフは、「自分には才能がないから」って言いたいんだろ。ネムノみてぇに料理できるわけでもなけりゃ、俺や一千子みたいな物作りでもないし、にとりやたかねみてぇな技術者でもない。だがな─────お前がいなきゃ意味ねんだよ、飯空Projectは」
「───────そんな、そんなはず…………やめろ………そんな慰めなんていらない………」
「まだ分からねぇのかよクソ天狗が…………!お前がいるから、コイツら集まったんだろーが!誰も俺や慧音先生にはついてきてねぇ!こいつらの顔見ろよ!ずっとお前のこと心配してんだぜ………!ずっと、ずっと飯綱丸様って言ってんだろ!客を呼ぶ、人を呼ぶっていう一番簡単で、一番難しい事ができるの、お前だけなんだよ!お前…………いい加減わかれよ…………お前がしっかりしねぇせいで飯空Projectはいまグダグダだってことによ………!」
「────────安曇…………」
「ここの連中お前なんかより圧倒的にデキるやつばっかなんだから、お前が要じゃねぇならこんなに空回りしてねーよ」
安曇は吐き捨てるように辛辣な言葉を投げるが、そこにはたしかな真理があった。
「─────安曇の言葉を噛み砕いて説明するなら………貴女がいてこその飯空Projectということだ、飯綱丸様。声をかけたのは私たちだが、彼らはみんな、貴女のもとで働きたいと言っている」
慧音もやれやれ、といった笑顔で頷く。
「そーいうこったな」
「よかったなめぐみん。お前はこの人たちにとっては人望があるんだ。ここで頷くことが、彼らを導くことが、飯空Projectの最も進展する道だ!」
「あぁ!アンタがなんと言おうがオレたちは帰らねぇぜ!」
「何をすりゃあいい?まずは倒れた建物を直すところか!?任せとけ!力仕事は誰にも負けねぇ!」
「あらあら。でしたら、私たちは働いてくださる皆さんのために美味しい炊き出しをご用意いたしましょうかしら」
「資材の搬入とかはコネがあるからまかしときな!」
「俺たちは………そうだな………いったん里に行って、もっと人を呼んでくるよ。ついでに持ってきてほしいもんがありゃ、もってくるぜ」
「────飯綱丸様!」
「────飯綱丸様!」
「────飯綱丸様!」
「────飯綱丸様!」
飯空Projectに新たに集まった100人以上の新メンバーたちの盛り上がりが轟く。
安曇や慧音、百鬼丸も黙ったまま彼らと楽しそうに盛り上がっている。
それを遠目に見ていた飯綱丸は三脚を投げ捨て、勢いよく大気中の酸素を吸い込む。
─────そして、内に秘めていた悩みや葛藤、自己嫌悪も諸共に、旅館の屋上からあの空に浮かぶ雲のさらに向こうへと、天高く咆哮した。
「すぅ………………うぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────っ!!!!!」
声を出し切った飯綱丸は屋上で大の字に倒れる。
「─────スッキリしたか?めぐみん、」
「あぁ…………そうね。自分の悩んでいた事がバカバカしく感じた。彼らに頼られている以上、一人でも私を頼ってくれている誰かがいるのなら、彼らのために自分のすべてを出し尽くす。それが、鴉天狗の大将、飯綱丸ね」
飯綱丸は垢抜けて、清々しい顔で起き上がる。
「見苦しい所を見せて申し訳ない。もう私は大丈夫だ、私は大天狗・飯綱丸龍。この御湯殿いづなを預かる、鴉天狗の大将だ。この温泉街はいま壊滅の危機にある。何者かによって放たれた火の手によってな。我々はその脅威からお前たちを守るために、調査を行う。だがそれによって、街の復興に時間がかかってしまう恐れがある…………私はいま、一人でもこの街を再建するために力を貸してくれる者を求める」
龍は三脚を手に取り、三脚の脚で床を叩く。
「この飯綱丸龍の名のもとに集った心優しき有志の皆よ!!同じ幻想郷の一員として、共にこの街を守ろう!!私達が手を取り合えば、この困難にも打ち勝てよう!!そして、妖怪と人間が共に作る、新たなる御湯殿いづなが生まれるだろう!!その礎になりたいという、勇気ある戦士はいるか───!!!」
「「「「「 オォォォォォッーっ!!!!! 」」」」」
ここに────本当の飯空Projectが始まった。
「めぐみん!私も手伝うぞ!鴉天狗と鞍馬天狗で、もっともっと大きな御湯殿いづなを作ろう!」
「そうね!千年の時を超えて、あの約束を果たすときが来たわ、百鬼丸!」
「俺たちも手伝うぜ。オオバ優先であれ、街一つ消えるの目の前で指咥えて見とくほど俺は薄情じゃねぇからな」
「もちろん、私も最後まで助力する。青葉や妹紅は噛み付いてでも引き留めるさ」
「ありがとう…………みんな。それじゃあ───始めようか!!!新しい飯空Projectを──!!!」
─────────おーっ!!!!!
なんでもない真っ昼間から、飯空Projectの旧メンバーが揃ってもいないのに、こんな酷いタイミングから、飯空Projectはついに本格始動した。
けれども、その道は以前よりもはるかに力強く、高らかなものになっていた。
人間と天狗が織りなす、妖怪の山の大規模プロジェクト、それが──────
ニュー・飯空Project!!!
───────これを命名したのは、飯綱丸龍。