東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

136 / 161
(かなえ)

 

 

「ふぅ…………終わった、」

 

「お疲れ様、慧音さん」

 

 

俺こと、神門青葉は友達である上白沢慧音の家で彼女の歴史編纂作業の手伝いをしていた。

先月彼女が実際にハクタク化するところを目の当たりにして、その立派な角に驚いたりもした次の月なこともあり、もう慣れた。

彼女がワーハクタクなのは知ってるし、俺もワーハクタクだ。角が生える知り合いなんてたくさんいるからね。

 

 

「さぁ、私にご褒美のナデナデをしろーっ」

 

 

正座した状態で慧音さんの近くで仕事をしていた俺の膝の上に慧音さんがうつ伏せに飛び込んできた。

満月の時の慧音さんは酔ったようにちょっとネジが外れる。

 

 

「その前に机を片付けようよ。墨が畳にこぼれたらたいへんだよ」

 

「むぅー、」

 

「あいででででっ!!」

 

 

慧音さんの尻尾が俺の顔をパシーンと叩いてきた。

「ナデナデが先だ!」と言わんばかりの暴れっぷりにやれやれとお手上げしながら俺は仕方なく慧音さんの頭を優しく撫でる。

 

 

「大変な仕事してるのにご褒美こんなのでいいなんて変わってるね。子供みたいだ」

 

 

俺はそう呟いたが、一人で考えてしまった。

 

そうはいっても、子供がナデナデを受けるというのはどういう行動なのだろうか。

そして、それに喜ぶ子供とはどういう感情で何に喜びを感じているのか。

 

 

「………………俺の母さんは俺が小さい時はどうやってあやしていたんだろう」

 

「青葉?」

 

「慧音さんにはまだ言ってないと思うんだけど、俺には母親の記憶がないんだ」

 

「母親の記憶…………?」

 

「うん。父さんのことはよく覚えているし、小さいときのことは他人よりもよく覚えている自信がある。けれど、母さんのことだけはまったく思い出せないんだ。父さんも母さんのことは覚えていなかったみたいだし…………母さんが生きているのか死んでいるのかも分からない。顔も声も、いたということすらも覚えていない…………初めからいなかったかのように」

 

「………………………………………………」

 

 

慧音さんは俺に身体を預けたまま無言だった。

 

 

「おっと、慧音さんには関係のない話だったね。 忘れてくれて良いよ」

 

「青葉…………私は…………」

 

「ん?どうしたの?」

 

「────────いや、なんでもない。呼んでみただけだ」

 

「なにそれー、へんなの」

 

 

俺は、どう生まれ、どの用に育ってきたのだろう。

俺のなかにある巨大な空白はいまだに埋まることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして慧音さんと別れて俺は帰路につく。

 

 

「うっわ寒、」

 

 

上白沢宅を出る直前から「雪がすごいから気をつけろ」と言われたけど…………

 

 

 

妖怪の山で一件あってから1ヶ月。

季節はあっという間に秋から冬に流れてしまった。

 

日が落ちるのが早くなり、気温も大きく低下し、そして里には雪が振り始めている。

幻想郷は冬になると一面が銀世界になる。

俺の歩く里の道もすべて白い道になっている。

 

手袋をしないと手の感覚がなくなりそうだ。

 

 

「はぁーっ。はぁーっ」

 

 

手でお皿を作って、暖かい息を吐きかける。

白い煙のような息が空に舞っている。

こんな季節でも月がきれいだ。月光を受け流して、青色に光る雪景色を眺めながら歩いていたところだった。

 

 

突然、俺は道で躓いた。

 

 

「うぎゃーっ!!!」

 

 

俺は前進で雪の海にスタンプをする。

身体が雪まみれになり、着物の中に雪が入り込む。

全身にかき氷をふきかけられたような感覚に襲われた。

雪が深く積もっているから用心しなければ脚を踏み外したり、雪に紛れた氷に滑ったり、雪に隠された段差に躓いてしまう。

 

 

「うぅ…………もーう!せっかく慧音さんちで暖とったのに…………」

 

 

やけになって、小石を蹴るように俺がこけた雪の山を脚で軽くどつく。

何か硬いものに脚が当たったあと、積もった雪が吹き飛ばされる。

 

 

「な……………………ッ!?!?」

 

 

その時俺は飛び上がって、雪に尻もちをついて驚いた。

 

 

 

俺が蹴った巨大な雪の山の中から、人間の脚が出てきたのだ。

 

俺は大急ぎで雪の山を手で壊してその中を見る。

 

 

「…………………!!!」

 

 

その中には、苦しそうな顔で眠っている女の子がいた。

身体は雪で真っ白になり、凍えた身体からは体温が消えており、それは命に届くほどの低体温症だった。

 

 

「ぁ……………ぅ……………」

 

「息はしている…………」

 

 

俺は雪山の中から女の子を引っ張り出すと、急いで背中に背負って雪の中を走り出した。

 

 

「もう少しだけ耐えてくれ………今すぐに助けるからね、」

 

 

こんな深夜では病院なんてやってないし永遠亭に行く時間もない。

俺の家でどうにかするしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪まみれになりながら帰宅した俺は帰ってすぐに火をおこしてお湯を沸かした。

布で雪を一通り取ってあげたあと、ちょっと申し訳ないけど着ていたものを全部脱がせて沸かしている最中のぬるま湯につけてやった。

 

その間に竿に雪だらけになった服を引っ掛けてやる。

 

見たことのない形状の衣装だ……………

霊夢さんの巫女装束にちょっと似てるかも…………

 

お風呂につけながら髪を洗って梳いているうちに白くなったていたその子の髪色が分かってきた。

草木の茂るような鮮やかな薄い緑の長い髪。

髪にひっそりとつけられたカエルの頭のような髪飾り。

 

不思議な子の熱が戻ってきたらお風呂から上げてとりあえず適当な浴衣だけ着せてやって速やかに布団に寝かせ、毛布をかけてやった。

 

 

「あーつかれた、」

 

 

可能な限りの暖を取らせてる傍ら俺はずっとヒヤヒヤしていた。

寒いし、雪で転んだし、彼女を背負ってもっと雪かぶったし、まだ俺はなんの暖も取れてないし。

 

まぁ、これだけの対応を迅速に行えたら死んでしまうことはないだろう。

永琳さんのところで修業しといてよかった…………

 

 

「………………………………………」

 

 

しかし、どうしてあんな事に……………

ただならぬ予感を感じつつある俺のもとで、彼女が目を覚ました。

 

 

「………………ぁ……………」

 

「あっ、気がついた?」

 

 

彼女は上半身を起こして辺りを見渡す。

 

 

「こ、ここは……………」

 

「ここはいぬゐ舎。人間の里のお店だよ」

 

 

ここは俺の住み家。

今はいぬゐ舎という名前で道具屋をやっている。

外の世界から流れ着いた漂着物から普通の道具まで。

似た店に、友人である森近霖之助の香霖堂というのがあるが、あっちは生活品やマジックアイテムなどを取り扱うことが多い。

うちには主になんの付加価値もないガラクタが集う。商品と呼べるようなモノはごくわずか。

もっとも、俺は道具屋としてよりも文献の翻訳業や看板のデザインなどで生計を立てているんだけど。

 

 

「俺は青葉。ここの店主」

 

 

俺は警戒されないように先に名乗っておく。

 

 

「君は?」

 

「私の……………名前……………」

 

 

彼女は俯いて黙り込む。

 

直後、彼女はとんでもないことを言い出したのだ。

 

 

 

 

「…………………………すみません。私………自分が誰なのか、わからないんです」

 

「………………………………」

 

 

そう。俺はこの日、記憶を失った少女を拾った。

 

彼女の身に何があったのか、どこから来たのか、自分の名前も種族も覚えていないそうだ。

 

残っているのは、この国の言語と、ここが幻想郷であること、それからモノなどに対する知識だけ。

 

記憶喪失は、知識だけは保存されて思い出だけが喪失すると聞いたことがあるが…………

これではまるで、知識はそのままに転生したかのようだ。

 

 

 

まぁ何はともあれ。

二つ、やることができた。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、君の名前を考えようか」

 

 

少ししかないけど、ご飯をご馳走してやったあと俺は少女にそう言った。

 

 

「私の…………名前……………?」

 

 

きょとんとした顔で少女は返してくる。

 

 

「そう。今のところ、君の事を呼ぶ方法がないからね。人と関わる時は、まずは相手の名前を知らないと。名前とは、呼ぶために名付けられるものなんだよ」

 

「名前……………」

 

「ちょっと待ってて、いいものを持ってこよう」

 

 

そう言って俺は店の棚の中から一切の本を取り出して、少女の前で開いた。

 

 

「この本は外の世界の戸籍調査の資料でね。外の世界の子どもたちによく名付けられた名前が載っているんだ。気に入ったものがあったら教えて欲しい、それを君の名前にしよう」

 

「…………は、い…………」

 

 

目覚めたばかりで大変なことも多いだろうけど、それでも彼女は俺の話を聞いてくれている。

元は優しい子なのだろう。

 

 

「女の子の名前…………お、この辺か。色々あるんだね〜。えーりん、かぐや、れいせん、てい…………は、流石にないか」

 

「………………………………………」

 

「あった。この辺はこの年代に多い名前だね。アオイ………ヒナ………サクラ………ヨーコ………アンズ………」

 

 

色々と名前を挙げていく俺だが、少女は黙ったまま。

気を遣っているのか、俺の勢いに乗れないのか、しっくりくる名前がないのか。

 

 

気まずいし、この列を読み上げたらやめて、彼女を寝かせたほうが良いかなと思った。

 

 

 

───────その時だった、

 

 

 

「リナ…………アカリ…………【カナ】…………」

 

 

「…………………あっ…………」

 

 

ふと何かを思い出したかのように、彼女が反応を示した。

 

 

「ん?どうしたの?」

 

「いま、今の名前……………」

 

 

彼女は身体を起こして立つ。

 

 

「ちょっ、ちょっと、あんまり立たないほうが良いんじゃないかな…………?」

 

 

少女はそのまま俺の読む資料を覗き込み、名前の列に手をかざしてなぞっていく。

そして、18行目にあった「佳奈」という名前に触れた時、彼女の手は止まった。

 

 

「ん?この名前がいいの?」

 

「……………はい。なんだか、響きが良いなぁって思ったんです」

 

 

その時彼女は初めて俺の前で微笑みを見せた。

佳奈なんてこの資料を見るに、ごく普通の名前だと思うけどそんなにも気に入ったのだろうか。

 

 

「佳奈の列だと、カナデとかカナエとかもあるよ」

 

「カナエ…………?」

 

「反応した。こっちのほうが響き良い?」

 

「はい!カナエがいいです!」

 

「元気取り戻すの早ッ」

 

 

 

 

 

その少女の名はカナエ。

 

 

どこからともなく現れた少女であり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に、東風谷早苗(こちやさなえ)と呼ぶ事になる風祝であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は、カナエの記憶を取り戻すための冒険は、このあと獣人の山賊の件と共に、幻想郷に大波乱を巻き起こすという事をまだこの時は知らなかった──────

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。