東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
「ほほう─────もう嗅ぎつけられた、って事ですか。ははっ」
伍重艦の艦橋、その頂上に二人の女がいた。
「おのれ………小賢しい山の民共が。確なる上は、この天空からの砲撃で山を焼き尽くすしかあるまいか」
一人は昨夜、御湯殿いづなを襲ったあのモーガンという女。
「早まりすぎですよモーガン君。幻想郷最大の山を焼き払うなど、そんな派手なことを今ここでしてしまえば、面倒な大妖怪や神格たちに我々の存在を気取られます。私たちならば逃げられはするでしょうが、この舟に住まう人々ごと、この
「解っている」
「とはいえ、ほったらかしにしていては敵がこの舟に攻めてくるのも時間の問題ですね。捕縛中の神門青葉も逃がしてしまったことですし………」
もう一人は………おそらく女だが、体格や顔つき、そして声から男にも取れる不思議な女だった。
中華風の道士服の上から洋風のジャケットを着た不思議な人物の耳には、無線機が当てられていた。
この伍重艦の全体を繋ぐ無線。どこからでも一瞬にして艦内の状態、甲板………すなわち街の状況のすべてを共有し、監視することのできる、戦略にとっての要となる最大にして唯一の情報網だ。
「バカみたいに猪突猛進することしかできないバイク女と、獲物は逃すし姉の後ろをついていくことしかできない哀れな娘、それに………街一つ潰しきれずに帰ってくる愚かな『紅き鎧』。鈴鹿山三姉妹はどいつもこいつも揃って無能ばっかりなんですかねぇ………ははっ、」
『黙れ………貴様ならばこの状況が操れるとでも宣うか
声の主は震えている。
彼女こそが、御湯殿いづなを襲った軍勢の総大将、『紅き鎧の鈴鹿山』。
「えぇ。大妖怪ひとりいない烏合の衆を欺き出し抜くなど、わけないですよ。疑問するほどのことでも無いでしょう?この私を誰だとお思いで」
「こんな大口を叩かれながら癪だが、私にもいまいちこの戦いの先が読めん。私が読めるのは過去だけだ、お前にご教授願いたいな、政子牙。お前はどのようにして奴らを食い止める」
「これはこれはぶっ飛んだご冗談を。私は参謀……いわば軍師ですよ?地の利をもってして敵を咎めるのが軍師の真骨頂………この伍重艦は連中にとっては未踏の地。事前情報もなく踏み込むこの地で彼女らに有利などありません。いかほどの天才軍師であっても、他所の敷地で戦うのは骨が折れる。自国の領土ならば、最大限に気象や地形、時には風向きすらもたやすく操れますから………焦るまでもありません。むしろここからが本番というやつですよ。よければ私が知慧を貸しましょうか?陣形くらいだったら今すぐにでも組んで差し上げますよ」
『女狐どもの助けなど要らぬ。早々に舟を降りよ。…………特にお前の事だ政子牙』
「やれやれ。お館様の参謀役であるにも関わらず、お仲間からすらも信頼されてないとは私も随分と愛されてませんね。ははっ」
「その鼻につく笑いを今すぐ止めろ道化。昨夜の襲撃、貴様は一度も顔を見せなかったな。何をしていた?」
そう。
モーガンこそ慧音と戦いを繰り広げ、青葉を連れ去った本人だが、政子牙という名の女は昨日の襲撃に一度たりとも登場しなかった。
「いやいや何をって、ははっ。私は軍師ですよ?軍師が前線に立つわけないじゃないですか」
「その割には本陣にすら居なかったと灼から聞いてるぞ」
「えぇ。私はアウトローなので………高みの見物をしていましたよ。…………でも、襲撃の際の手筈を整えたのは全て私ですよ?脳の皺を犠牲にしてでも筋繊維の一本を増やしたがっていた伍重艦の脳筋兵士たちのかわりに、夜な夜な一人でね。ははっ」
はぁ………とモーガンはため息をつく。
無線の先にいる紅き鎧の鈴鹿山はもはや呆れて声も出さない。
二人とも、こんな胡散臭い奴がどうして味方なのかと呆れているようだ。
「それより、灼は何処へ行った?」
「灼君なら、今頃兵舎でまったり過ごしてますよ。戦線には不可欠な人材ですが、こと戦争以外となるとこの世の誰よりも使えないですからね、彼女。…………なんですか?彼女も呼ぶべきでした?」
「要るか。ややこしいのはお前一人で十分だ」
「
『不要だ。斯様な惰弱の衆、我ら三姉妹だけで事足りる』
「ふむ、そうですか。では、」
政子牙は特にコメントもなく無線をモーガンに渡してその場をそそくさと去った。
「ふん。なんなんだろうか奴は」
『モーガン………貴様は何故ここに残る…………』
「私には事の顛末を見届ける義務がある。時間潰しに来ているわけではない、奴と違ってな」
『………好きにせよ────』
────無線ブツ切り。
(…………………機械類に疎いのは知っているが、それに付けても無線ブツ切りはマナーがなってなさすぎるだろう………)
モーガンは艦橋から船の甲板…………伍重艦に作られた街の数々を見下ろす。
巨大な石壁に囲まれ、森や川、湖などの広がるその圧巻の光景を彼女はその双眸に焼き付けていた。
「……………所詮この国がどうなろうが知った事では無い。アレで政子牙は組織の中枢にして唯一と言っていいほどの行動指針だ。奴の組んだ攻略チャートは常に完璧なものであるし、逆に政子牙の策略と真逆の動きをすれば必ず計画は破綻する。もはや呪いと言っていいほどの奇妙な正確性だ。いま奴が事態をどう把握しているかは知らんが………まったくあの頑固者め………窮地であるのなら、狐の手ですらも借りるべきだというのに………」
モーガンが艦橋の外に出ると、艦橋前の門の所に政子牙が突っ立っていた。
政子牙はモーガンの方を向くことなく立っていた。
モーガンも彼女の存在に気がついていたが、特に声もかけることもせず素通りしようとした。
「…………常磐國は幻想郷の全ての種族の中において屈指の無敵の集団です。それが連中の味方についた。鈴鹿山は性格的にもう前しか見えない状態のようで、その意味を理解していない。彼女は今、自分が想像しているその数億倍、どうしようもないほどの窮地に立たされている事に気付いてないようですね」
政子牙はモーガンのほうを向かず、しかし彼女に聞こえるように呟いた。
「…………私は鈴鹿山に言われた通りに動いただけだ。今さら後出しで「御湯殿いづなを攻めるより、常磐國に向かった飯綱丸一行を仕留めた方が
「ははっ何をいまさら。答えは彼女の言ったとおりでしょう?私の手など要らないと。自分で解決するらしいですよ。まったく無茶な話です………私なら殺せますが、あのような軟弱者が一人で常磐國の女王を止められる筈がありません。私の手を借りれば、もう少し上手く立ち回れるよう助言できたんですが要らないと言われたんじゃあ、ねぇ?」
政子牙はやれやれ、と首を振る。
「ですが、理屈はわかりますよ。なんせこれは組織のためではなく、【彼女】のための戦いですからね」
「───────そうだな、」
『復讐』は、自分の手で行われるべきですよ、
己が手で成し遂げる事に意義があるのだから。
それが仮に、自身の破滅に繋がろうと、
それは本人にとっては『本望』ですから────
一方、御湯殿いづなでは神門青葉及び若女将朋恵の救出作戦の最終確認会議が開かれていた。
龍「では、これより作戦の最終確認を行うぞ」
ニュー飯空Projectの発足にあたり、新たに龍が作らせた作戦室の円卓にメンバーたちは一斉に囲うようにして並んだ。
龍「敵は空にある。それも、大気圏ギリギリを泳ぐほどの超上空にな。必然的に、出撃メンバーは飛行可能なメンバーに絞られる。全力で上昇してもなお、30分近くの飛行は見積もっていいだろう。浮遊する程度の飛行能力では無理だろう。最高峰の空中機動力を持つメンバーで盤面を固め、残りは御湯殿いづなの警備を行いつつ、引き続き青葉や朋恵の手がかりを求めて調査を継続する」
典「こちらが飛行可能なメンバーのリストですよ〜」
龍「ありがとう典」
私たちは一面に広がる地図や紙や資料の束に視界を覆われながらも覚悟を決めていた。
慧音「出撃できるのは────」
【出撃班】
・上白沢慧音
・藤原妹紅
・射命丸文
・姫海棠はたて
・飯綱丸龍
・河城にとり
・山城たかね
【待機班】
・菅巻典
・犬走椛
・坂田ネムノ
・駒草山如
・高倉院武蔵
・御劔一千子
・化野安曇
このメンバーか………
あの図体を持ちながら天狗の中でもずば抜けた機動力を持つ武蔵は、百鬼丸が単独行動で不在の間、常磐國の総指揮を代理で受け持つ事になっている。
一千子は風の妖怪だが、安曇の提案によって待機することになった。
妹紅「へっ、連続で戦いか。燃えてきたな、」
にとり「やれやれ………とんだ大仕事だ、何度死にかければいいのやら………」
たかね「だね。次は命かけなくて済むような話だったら助かるんだけど、」
はたて「ねー、」
そうだな…………実際彼女たちの言うとおり、死線に次ぐ死線でこちらの消耗も激しい。
こと戦力数でも劣るというのに、この調子では継戦能力は皆無と言っていい。
本来は青葉を助けるためとはいえ、敵の本拠に踏み込む余力なんてどこにもない。
だが、自体は一刻を争う。そういうことで、みんなこの1日だけは身体を張って頑張ってみせると決意した。
今夜は長い夜になりそうだ─────
龍「百鬼丸は今頃、すでに敵陣にたどり着いただろう」
にとり「そうだね。レーダーでも百鬼丸様に持たせた探知機の位置は、平面の座標が急速に動いているが高さの座標はさっきと比べて動きが小さくなった。百鬼丸様のいる位置はこちらで追える。端末を扱えるのは私か、ギリギリたかねだけだ。必然的に私たちは行かなきゃだね」
たかね「へー、やる気じゃんにとり。珍しく河童の悪知恵が働いたみたいだな」
にとり「うるさいよたかね。────それで。青葉を助け出すときにはどうするんだい?青葉拾ったらすぐに地上に逃げ降りる?たぶん、向こうはタダじゃ逃がしてくれないよ?」
龍「すまないが………そこは考えていない。なにしろ青葉がいるかも怪しいし、あそこは全てが未知だ。何がいるかも分からない………そこはアドリブでどうにかするしかないさ」
文「あやや…………もう心配なんですけど…………」
はたて「いやでも、もうやるっきゃないでしょ」
武蔵「地上はあたしらに任せておいて。常磐國の何かけて誰も通さないよ」
安曇「そういや、ナスビのヤロウはどうしたんだ?まだ寝ぼけてやがんのか?」
武蔵「そうだね………ナスビはまだ目を覚ましていない。まぁ、もし起きてきたら事情を説明してこっちの警護に当てるように言っとく。狂戦士のナスビも、あたしの言うことなら聞いてくれるからね」
龍「頼んだぞ武蔵」
たかね「あっ!そういえば、千亦はどうしたんだ?千亦。アイツ、昨日の戦いのあと姿がないけど、」
天弓千亦…………月虹市場を管理する市場の神。
昨日、妹紅たちは彼女と共闘してナスビを撃破したと聞いていたが、彼女はどこにいるのか。
龍「千亦は御湯殿いづなの復興にあたっていた記憶があるが、そういえばあの後どこに行ったかわからないな」
まぁ、行方不明なんてことはないだろうが………
慧音「…………なぁ、それで言うとあの二人はどこだ?」
妹紅「あの二人?」
慧音「えぇっと………あの二人は………」
昨日、私とモーガンの戦いの前に割って入った謎の二人組。
残無という女と、その従者の日狭美という女。
何者だったのかもわからない。
慧音「残無………彼女は一体……………」
武蔵「え?残無?あの日白残無?」
慧音「知っているのか?」
武蔵「─────マジかぁ………いいや、今はいいよ。事態がややこしくなるから。でも………いちおう断っておくと鞍馬天狗にとっては味方だから大丈夫、あたしらとは敵対しないさ」
慧音「そうか…………ならいいか…………」
典「残無様は百鬼丸様の元部下だったらしいですよ〜」
慧音「そうかそうか………ってエ゙エ゙エ゙っ!?」
龍「そのへんも含めて………またあとで彼女には色々聞いておかないとな………」
わちゃわちゃと話が脱線してるうちに、安曇が机をコンコンと叩いた。
安曇「で?行くなら早くしようぜ、もうじき夜も深い。深夜になっちまったら捜索どころの話じゃなくなるぜ、下手したら向こうついて帰れないなんてことになる前にやっちまおうや」
文「そうですね。目的はあくまで青葉さんと朋恵さんを救出すること、ですね」
はたて「あと百鬼丸様を回収してって感じね。ひとまず、それだけやってさっさと帰って寝ましょ。敵の正体を探るのはその後でもいいから」
椛「では、地上の警護はお任せください。みなさんも夜間の飛行にはお気をつけください。視界が悪いのは相手側もそうですが………こちらにとっても危険です」
文「えぇ、わかってますよー。あやや〜、椛さんもしかして私たちの心配をしてくださってるんです〜?」
文が椛の頬をぷにぷにと突っつく。
椛「ななななな、何をするんです!?そんな事してる暇があるなら早く行ってください!」
慧音「よし、では出立しようか!」
龍「よし!全員、持ち場につけ、作戦開始だ!」
妹紅「よっしゃキタァーッ!」
作戦会議は終了し、全員が椅子から跳ねるように立ち上がる。
文「あやっ!ちょっとお待ちください皆さん!」
文の一声で全員が止まる。
文「大事な作戦前なんですから、せめて今いるメンバーだけでも気合を入れていきましょうよ」
山如「なんだってんだい。円陣でも組むってかい?」
文「えぇもちろん!ニュー飯空Projectの最初のミッションですよ!」
ネムノ「ははっ、確かにそうだべな。悪くねー。ほんじゃ、絶対に全員連れて帰ってくんろ。でねーと明日の飯は出さねーべ」
円卓を取り囲むようにして全員がその場で肩を組む。
はたて「かけ声はどうすんの?」
文「それはもう決まっております」
妹紅「あぁそうか!アレだな!」
にとり「ちょったかね重いって!」
たかね「にとりが重いんだろ………って!」
椛「ハイハイ、喧嘩しないでください。文さん、掛け声はお願いします」
安曇「おう!いっちょ景気いいの頼んだぜ!」
文「いえいえ、私は知恵をいれるだけなので。やっぱり掛け声は飯綱丸様に」
龍「わ、私がか?」
典「いいじゃないですか〜あなたがリーダーでしょ?」
武蔵「アンタがやってこその飯空Projectさね、龍ちゃん」
龍は恥ずかしそうにおほん、と咳払いして顔を整える。
その表情に迷いはなく、すでに巨大な組織を統率するリーダーとしての顔が宿っていた。
それはそれこそ女王として全ての民を統べる百鬼丸のように。
龍「ではゆくぞ、飯空Projectの友たちよ。山と温泉街の平和のために。この作戦、必ず成し遂げよう!」
全員「おー!」
龍「────────せーのっ!!!」
全員「─────あやや〜ッ!!!!!!」
一方その頃、
「お姉様、あのあと脱走犯は見つかったんですか?」
鈴鹿山アオイは、高台にいるヤマブキの所に寄っていた。
ヤマブキは高台の上からずっと下に広がる街並みを見おろしていた。
「まだ。
「どうしましょう………このまま逃がしちゃったら………」
「ンなわけあるかバーカ。何が何でもブッ捕まえてタマ引きずり出してぶち殺してやんよ。アンタもこんなとこで油売ってないでさっさと降りて探して来な。アンタただでさえ何もできないんだから、せめてアタシの目の一つや二つにはなりなって」
「………………………………………」
アオイはヤマブキを睨むように見つめた。
ヤマブキが知ったらブチギレだっただろうが、夜の闇でそれは見えていなかった。
アオイは無言でヤマブキを睨んでいたが、すぐに睨むのをやめた。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!!ごめんなさーい!すぐに探してきますーぅ!!!」
そしてそそくさと逃げるように高台を降りていった。
「─────ふん………使えない
ヤマブキはそう呟きながら、ランプの微かな灯りの中で地図やらなんやらを読んでいた。
「あっ、チッ……………ツイてねぇなぁ、クソ」
風にあおられて、紙束の中から1枚飛んでいった。
それは、船の設計図だった。
──────しかし、船の形からして明らかに伍重艦とはカタチが違っていた。
別の船の設計図。いったいこれはなんなのか。
「──────問題は、アレをいつ使うかってトコね」
ヤマブキは組織で言えば絶対的な権力を持つがそれでもやはり真の首領である『紅き鎧』には権威でも、恐ろしさでも、武力でも遥かに劣る。
しかし、この超巨大な伍重艦を操る全ての動力源である彼女は、こと出来る事のスケールの大きさで言えば『紅き鎧』すらも凌駕する。
自分のものより大きな船であろうと、どんな船であっても自在に操ることができる彼女の圧倒的な広大さを誇るその能力の真価はまもなく発揮される。
山を巡る事件の数々に終止符を打つ決戦の時は近い。
彼女はただ姉の役に立ちたいがために、その底無しの出力を操る。
まさしく底無しの忠誠心。
だが……………この船を動かし、飛ばしてきた取り巻き渦巻く狂気は、決してこんなものではなかった。