東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
時刻は深夜となる。
伍重艦、森林地帯の小さな居住区。
片手にランタンを持ち、腰から剣をつるした男たちが歩みを進めていた。
「ったくー…ヤマブキの姉御マジでなんつー時間まで働かせやがんだろなぁ」
「そらそうだろなぁ、侵入者に逃げられたんじゃメンツ丸潰れだ。何としてでも今日中に見つけ出して殺さなきゃって思ってんだろうよ姉御は」
御前会に所属する構成員たちは、逃げ出した青葉を捕らえるためにこんな夜まで捜索に励んでいた。
御前会の構成員は凄まじい人数を誇るがそれらを総動員させても伍重艦の総面積を探すにはあまりにも足りなさすぎる。
「帰ってメシ食いてぇな、」
「俺も………あっち行っても草木が生い茂ってて何も見えねぇ。こっち行こうぜ」
「だな、」
彼らが去った頃に、
草むらの中から、黒い影たちがゆっくりと顔を出してきた。
「……………よし、誰もいない。行こう朋恵さん」
「はい………」
それは、黒いフード付きの布を被って姿を隠した青葉と朋恵の二人組だった。
二人は草むらから草むらへと、少しずつ移動しながら御前会のザルな監視網を潜り抜け慎重に移動していた。
向こうにある巨大な茂みに潜り込み、二人は再び腰を下ろす。
青葉が茂みのカーテンのなかで付けたライターの小さな灯りが、かろうじてフードの中にある互いの顔を照らす。
「信じられないけれど、俺たちは今とてつもない天空にいるようだ………他のみんななら滑空できただろうけど、一般人の俺や朋恵さんには降りられない………どうにかして、滑空する方法を手に入れないといけないんだけど………」
「周りがこんなのでは、まるで探索が進みません………まず、どうしてこんな高いところに足場があるのでしょう………」
「本で読んだことがあるんだけど、どうにも外の世界には、空を飛ぶ船があるらしい。船はもともと水上を泳ぐものだけれど………簡単にいうと、空を飛ぶ家があるんだ。だから、どこへ行っても、地上に降りるための道はここにはない。俺たちはここを街のようなものだと思っていたけど、本当はここは超巨大な飛行船で、俺たちは雲より高い場所にずっと閉じ込められているんだ」
青葉は冷静に観測したままを整理するが、額には嫌な汗が浮かんでいる。
そう、いくら機転の利く青葉でも、飛べないものは飛べない。
青葉にしては珍しい、ズバリ「詰んでいる」のだ。
「困ったな………この高度から降りる方法がないんじゃ、地上には帰れそうにないよ」
「では、今はどこを目指してるんですか……?私、もう足が疲れてきましたよ………」
「ごめんね朋恵さん。ただ、一つだけ確実に出れるアテがあるんだ。もしこの船が飛行船だというのなら、母艦であるこの場所以外に、小型艇があるはずなんだ。それを拝借して抜け出そう」
「たしかに………それがあったら飛べない私たちでも出れそうですね………」
とはいえ、そもそも小型艇があるかもわからないし、あったとしてもどこにあるのか見当もつかない。
そこに関しては何の手がかりもないため、手探りになってしまう。
基本的にこうした臨時の小型艇は救急救命ボートや、通船などがあるが、こうした船は船体の側面や後ろについていることが多い。
青葉としては、あの天を貫くようにそびえ立つ艦橋が怪しいと踏んでいるようだ。
しかし、あの地はむしろ敵の本拠。
近づくほど、彼らの行動の一つ一つにリスクが生まれ始める。
よって、ひとまず甲板の淵………地上の端に沿って側面を歩いていくことにした。
どれほど歩いても空は変わらず広い。
「くっ…………監視の目が増えてきたね………これ以上、向こうに行けるかな………」
前を見て周囲を警戒している青葉の袖を朋恵が優しくぐいぐいと引っ張った。
「…………青葉様は、どうして優しいのですか?」
「優しい……?俺が?」
朋恵は小さく頷く。
「貴方は、誰にでもそのように接してくださるのですね………誠実で、温厚で、心優しくて強い………」
「な、なん、急にどうしたの?別に俺、そんなに………」
「そして、その優しさや献身が自然であるように振る舞っていること………貴方のような人と、ずっと一緒にいれたらどれだけ良かったか………」
「ふふ、そんな別れを惜しむようなこと言わないでよ朋恵さん。………俺たちは必ず生き残る。ここから脱出して、その続きはまたその後で聞かせてほしいかな」
「………えぇ、そうですね」
朋恵はフードの下で優しく微笑んだ。
それは、青葉の言葉に安堵し、元気づけられた顔。
ただ、その顔はどこかさみしげで─────
「よっ、と────」
青葉は意を決して、朋恵に先行して茂みの中から飛び出した。
横を見ればやはり地面は途切れており、その下は雲すらつき抜けた天空。
甲板の端を歩き続けているから必然だ。
「──────ん?」
青葉は向こうに、人影を見た。
朋恵じゃない。
それは、青葉と目が合った瞬間に一瞬で間合いを詰めて襲いかかってきた。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「ふぅん!!!」
間一髪、剣を差し込んだ青葉によって、その人物の振り下ろした薙刀が止まった。
「ぐわぁぁぁーっ!」
だが、まったく威力を殺せていない。
青葉は弾き飛ばされるように地面に転がされた。
転んだ拍子に、青葉の着ていた外套がはために、フードが脱げた。
尻餅をつく青葉に向かって、容赦なくその人物は歩みを進め、薙刀を突きつけてきた。
「───────ッ……!!」
「──────あれ?そなたは、青葉か?」
「……………え?」
離れていたせいで正体が掴めなかった。
青葉に襲いかかってきたのは、なんと百鬼丸だった。
「え!?百鬼丸様!?なんでここに────」
青葉が言い終わる前に百鬼丸は青葉に飛び込み抱きついた。
「うおおおおおおッ!青葉だー!お前、どこへ行ってたんだ!みんなで探してたんだぞ、お前のことー!」
「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁしぬしぬしぬしぬしぬ」
百鬼丸の百万馬力で抱きしめられて青葉の顔が雑巾みたいにしぼんだ。
「今、飯空Projectはお前と朋恵の救出に全力を賭していた」
「いやいや………だからって、なんで俺がここにいるって………」
「お前は空を飛べないだろう?慧音の立てた仮説では、あの青葉が一日かけても戻れないなら、青葉は空にいる話だったのだ。それで、なんか色々追いかけてたら空になんか地面があるって聞いてここまで来た。そしたらたまたまお前に会った」
「……………まったくわからないけれど、助けに来てくれてありがとう、百鬼丸様」
「ふふっ。いいんだ、私はなんかテキトーに空飛んだだけさ。お礼を言うなら、お前の救出が最優先と言ってくれたあずにゃんに言うんだ」
(あずにゃん?───安曇のことかな……?)
百鬼丸が青葉の拘束を解く。
「百鬼丸様、今これどういう状況?ここは、どこなんだ?」
「お前は今、天空にいる。雲より高い位置にな。飛行船だ、お前は地上じゃない、ずっと飛行船に囚われていた」
「やっぱりそうだったんだ………じゃあここにある木々や街や池もぜんぶ………」
「あぁ。全てはこの巨大な戦艦の甲板に【造られた】ものだ」
百鬼丸は一人でここまで飛んできた。
青葉の気配を察知したわけではないが、たまたま運良くすぐに合流できたわけだ。
しかし、青葉が助かったと思ったのも束の間。
青葉と百鬼丸の所に向かって、何条もの光が向けられた。
「なっ!?」
「これは……!」
夜の暗がりが彼らの目の色すらも見えるほどの光に照らされると同時に、艦内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「まずい、見つかったのか!?なぜだ……!」
「たぶん、喋りすぎたんだ。百鬼丸様、すぐそこから滑空して地上に降りれる?」
「むろんだ、朋恵を連れてきてくれ。私なら二人まとめて抱えて降りれる!」
「わかった!─────朋恵さん!!!早くこっち!!!」
青葉は草むらの前にいる朋恵に向かって呼びかけるが、朋恵は脚を押さえて座り込んでいるばかりだった。
「朋恵さん!?どうしたの!?」
「青葉さん……脚が……もつれて…限界です……」
「俺がたくさん歩かせたせいだ………ごめん、今行くから待ってて!」
青葉は光の中から出ていく。
藪の向こうからは、御前会たちの構成員たちの声が聞こえてくる。
警報を聞きつけ、光の発する方向に向かって巡回していた構成員たちが全員突撃してきたのだ。
「─────────」
百鬼丸は無言で薙刀を構える。
どこから青葉たちに襲いかかってきても迎撃できるように、藪の向こうへと耳を澄まし、目を凝らして木々の生い茂る世界の向こう側を見つめようとする。
「……………………………」
(なんという連携だ、これほどにまで早く現場へ急行できるとは、我が常盤國の部隊にも劣らない、入念な訓練が常日頃から行われているとしか考えられん。個体の強さは未知数だが、軍隊としての能力は一級品だ。一体どこからそのような軍力を養った………?)
百鬼丸が思案しているうちに、藪の中から一人、二人と、少しずつ構成員たちが姿を現してきた。
全員、光の中にいる百鬼丸のところへと向かっていく。
(私ならばいい。光を使って私の位置を明らかにしたのはいいが、同時に青葉の姿をくらませることになる。悪手だったな、)
「ハァぁぁっ!!!」
百鬼丸が薙刀を一閃するだけで、間合いの外にいる御前会の者たちは一斉に薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。
諦めない御前会の組員達は百鬼丸に次々と襲い掛かっては、なすすべもなく返り討ちにされる。
その隙に青葉は朋恵の前まで駆け寄り、彼女の身体を持ち上げようとする。
その一連の間に、百鬼丸は思考を巡らせていた。
(しかし………気がかりだな。なぜ、この周囲には私たち以外に誰もいなかったはずなのに誰がこの暗闇で、変装した私たちの位置を知らせることができた………?)
そう………百鬼丸には、それだけが謎だった。
王でありながら、場数を踏んできた一級の戦士でもある百鬼丸には、この状況が説明に難しいことをずっと気にかけていた。
誰も、この宵闇で変装した自分たちの正体を見破ることができるわけがないし、見つけることもできない。
なのに、自分たちの位置は一瞬にして漏れ出てしまい、こうして敵に囲まれた。
そして、それだけの手際があるくせに、相手は百鬼丸との力量の差を理解せずに無謀に突撃していく。
(──────これほどの訓練された兵士が、まさか撤退もなく無謀に特攻?あり得ん、だとしたらなんだ……………まさか────陽動か!?)
百鬼丸の目が見開かれる。
敵の狙いは百鬼丸を倒すことなどではない。
本命は──────
百鬼丸と青葉を離すことだ!!!!
「まさか────!!!青葉、だめだその場から離脱しろ!!!今すぐに────!!!」
百鬼丸の冷静な判断は非常に素早かった。
それは間違いない一流のものであり、戦士として誰もが敬意を払うべき判断力だった。
だが、それでは明らかに遅すぎた。
敵はすでに、ずっと前から──────
青葉の懐に入り込んでいた。
「ぐふっ…………!?」
青葉は身体の芯に猛烈な鋭い痛みを感じ、離脱を図ったがすでに遅かった。
青葉の懐にすでに短刀の刃が穿たれていた。
「が……………ぅっ…………ぐ!!!」
青葉は血を口に溜めながらも、根性で刺してきた相手の腕を抑え、なんとか耐えている。
「青葉────!!!!」
狼狽える百鬼丸の声。
(刺された………!!!抜かれたらヤバい………ま、まさか………こんな事って………!!!)
青葉を刺した相手───────
「愚かな………せっかく百鬼丸がいるというのに、なぜ私のほうへ一人で来たのですか、」
それは目の前にいる───────
「朋恵………さ、ん────どうして、」
「─────────────」
「貴様────!!!何者だ!!!」
百鬼丸は光の中から飛び出そうとする。
しかし、彼女の背中から深紅の光を帯びた黒鉄の鎖が地中から伸びてきた。
「ぐぁぁぁぁっ!?」
百鬼丸の全身はその鎖で一瞬にして縛られ、百鬼丸は前に進めなくなった。
「おのれ…………!!!小癪な…………!!!」
(なんだこの鎖は………!!私の筋力……妖力をもってしても切れん………!!)
普通の鎖なら百鬼丸の力で引きちぎれるし、それが妖術で編まれた鎖であったとしても百鬼丸の妖力なら突き破れる。
しかし、百鬼丸の力をもってしてもその鎖はまるでびくともしなかった。
「貴様を殺すのは骨が折れる、だが遠距離からの拘束ならば足止めくらいはできる…………」
朋恵だった女は、立ち上がりながら低い声に切り替わり、その背中は羆のように隆起し始める。
青葉はかなり強い力で朋恵の腕を抑えていたが、青葉の腕が逆に朋恵の力に振り回されていた。
「うぅぅぅぅ…………!!!」
(なんだ………!!急に力が………強くなって………!!)
朋恵の背中が隆起し、身長が急激に伸び、青葉の身長をも超え、頭からは二本の深紅の角が現れ、瞳は紅に染まり、美しい黒髪は白に染まり、髪の先端が赤に染みはじめた。
「─────────────」
その別人とも言える一瞬の変容に青葉は完全に言葉を失った。
「甘く見たな………神門青葉………貴様は人が良い。だが………それ故、誰よりも利用され易い、」
「ぐっ………ぐぅ………朋恵さん……!!!」
「おのれ………なんだ、この鎖は………!!アァァァァァァァッ!!!クソっ、青葉を離せ女狐めが!!!」
「朋恵………悪くない響き………いや、銘であったが、その銘は偽りに過ぎん………百鬼丸───偽りの楽園を掲げし邪悪なる王よ、」
朋恵はもはや青葉を見ていなかった。
その視線は完全に百鬼丸を向いていた。
それでありながら、腕では青葉の身体を抑え、押し返していた。
「今こそ教えてやろう、偉大なる我が父母から賜りし、我が
そして、朋恵の変身が完了した。
刀身のように、反り返った二本の紅い角、
血のような紅き瞳、
そしてこの世の地獄そのもののような紅蓮の炎を思わせる、全身を覆う紅き甲冑だ。
今までの姿はすべて仮にすぎない。
御湯殿いづなの若女将、朋恵………
彼女がここにいたのも、彼女が青葉といたのも、なぜか彼女だけは御前会の人間から襲われないのも、
すべて─────────
始めから彼女が青葉たちの敵だったからだ。
「我が
青葉に突き刺さった短刀が引き抜かれる。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────っ!!!!」
青葉の断末魔とともに血が噴き出す。
「そして、少年…………貴様はここで終わる。取るに足らん存在だと思っていたが、改めよう。貴様こそが、我が復讐の最大の障害だ。すぐに殺してくれる…………消え失せろ、」
「ぐ………あ───っ、く………」
青葉は血に伏しながらも、最後の希望を捨てなかった。
(こんなところで…………やられるか…………逃げ場、は………ないが………ただ一つだけ………奴の、視界から、逃れられる、方法は…………ある………!!!)
青葉は妖力からスペルカードを取り出し、叩き割った。
即座にその場に暴風が吹き荒れる。
鈴鹿山巴…………朋恵だった存在、彼女を吹き飛ばすには至らないが、青葉の身体を吹き飛ばし、巴の前から引き剥がすには十分な風圧だった。
青葉は余波で地面を転がり、そのまま、伍重艦の地平線の縁まで転がった。
(あんなところで………殺されて………死ねるか…………!!これに………賭けるしかない………!!)
青葉はそのまま地を這い、迷うこともなく伍重艦から雲海へと身を投げ出した。
「青葉──────!!!!!!!」
百鬼丸の叫びが響く。
(ムリだ………これ以上は………限界だ………これ以上、動いたら確実に死ぬ………寝ちゃダメだが………流石に………こんな天空じゃ………酸素もないし………気圧の変化で………意識が、繋ぎ止め………られない、)
青葉は、百鬼丸が拘束から抜け出し、脱出しながら自分を拾ってくれる可能性に賭けた。
単なる制限時間一分の時限爆弾。百鬼丸が間に合わなければ青葉は地面に打ち付けられて粉々になって終わりだ。
青葉にできるのはこれが限界だ。
自分が巴に届かない位置へいけば、人質になることも足手まといになることもない。
そして、百鬼丸の全力に巻き込まれることも。
あとは百鬼丸が全力をもってして脱出するだけだ。
(ごめんなさい………百鬼丸………様、あとは…………)
そのまま青葉は空中で落下しながら意識を手放した。
そして、場に残ったのは百鬼丸と巴。
御前会の構成員たちは周囲を取り囲むだけで、何もしない。
巴がそう命じている。
それに、いくら拘束されているとは言え、彼らが百鬼丸に突撃したところで紙袋みたいになって終わりだ。
巴だって不用意に百鬼丸に近寄っていない。ちゃんと距離を取っている。
たとえ全身を封じられようとも、間合い内に入った一切を妖力の嵐で消し飛ばすくらいの力は百鬼丸には有り余っている。
不用意な接近は命取りだ。
「──────久しいな、常盤百鬼丸繰義経………私を覚えているか?…………否……覚えている筈が無いか…………」
百鬼丸は拘束されながら、巴と話をさせられていた。
「…………身に覚えのない顔だ………貴様は、常盤國の民なのか?」
「─────
「何………?」
「朝日丸
「何…………まさか、貴様は……………」
百鬼丸は覚えていた、その名前を。
「やぁ義仲、体調はどうだ?庭で採れた葡萄をめいっぱい持ってきてやったぞ」
「これは百鬼丸様………どうもありがとうございます。申し訳ございません、大事な会議に情けなく欠席するなど………」
「気にするな。お前は身体が弱いのだから無茶をするでない。お前は戦える時のために常に力を蓄えておくのだ。…………いや、そもそもお前は戦わずとも他の形で國の力になってくれれば良いのだぞ?」
「お気遣い感謝いたします。ですが、そうはなりません。私には、守るべきものがあるのです、」
「ほう………?というと?」
義仲は向こうを見つめる。
「ほら、恥ずかしがっていないでおいで。百鬼丸様はとても優しいお方だ。怖がらなくていいんだよ巴、」
「………………う………ぅぅ…………」
義仲に呼ばれ、その幼い少女は百鬼丸の前にゆっくりと歩いてきた。
「紹介します、最近からこの家で共に暮らしている巴です。ほら、巴。百鬼丸様にご挨拶して」
「う………………あ…………」
「………ふふ。こんにちは」
百鬼丸は少女に笑顔を向ける。
「うっ…………ぁ………ぅ、」
巴は何も言えずに義仲の背中に隠れた。
「やれやれ………申し訳ございません百鬼丸様。彼女は人が苦手なもので、自分にもあまり話しかけてはくれませんから」
「仕方あるまい。自分より背丈の大きな相手はどうしても恐れるものだ。………しかし、意外だ。お前に娘がいたとはな」
「意外とは失礼いたしますね。………えぇ、彼女は私の娘ではありません。血の繋がりはございません」
「では、その子は……………」
「親も故郷も失い、一人で彷徨っていた所を拾ったのです。きっと、それが原因で私たちとも話したがらないのでしょうね。ですが、身体はもう回復しているのでご心配なく。きっと、今の彼女は私より強いですよ」
「ふっ………冗談を。年端も行かぬ少女に元気で劣るようでは、兵士長補佐の名が折れるぞ。武蔵もお前の甘さ………いや、優しさには呆れているくらいだ。────しかし良かったよ、無事に生きているのであれば。そうとあれば言ってくれればよかったのに。いつでも私が衣食住について手を貸してやったものを」
「あはは。さすがに私のことしか信頼してくれていないので、外に出すのはもう少し待ってからですよ」
「あぁ、それもそうだな。だが忘れるな義仲。異国より来た異種族であっても、この地に寝床を構えたその時点で、それは我が常盤國の誇り高き民だ。私も、陰ながら彼女とお前の暮らしを支援させてもらうぞ。異論は認めん」
「感謝いたします。百鬼丸様はやはりお優しい方だ………」
「だが、私はまだ彼女から信頼されているわけではないからな………いざというときは、お前が彼女を守るのだぞ。共に暮らすということは、そういうことだ」
「はい。お任せください。我が命に代えても、巴は私がお守りいたします」
巴はその頼もしい背中をみていた。
言葉はうまく話せなくても、心はすでにそこにあった。
(ヨシナカさま…………)
「ばっかもーん!!!そんなやすやすと命賭けるな!!!」
百鬼丸は飛び上がって頬を膨らませながら義仲の顎を掴む。
「お前が命を張る必要などないさ。お前が巴を守るように、お前のことは私たちが守り通す。だからお前は安心して、己の守るべきものを守り通すんだ」
「ふふ………そうですね、」
「─────奴の背中に隠れていたお前が………随分と悪い顔になったな………巴、」
「そういう貴様は変わらぬな………あの時から何も………その邪悪な妖気さえ、」
「─────お前の復讐とやらは分かるぞ………義仲の事だな…………?」
巴は頷きもせず、声も発しなかった。
「あの月面戦争で、我らは多くのものを失った。私はその全てに対して罪を贖う義務がある───義仲はあの戦で命を賭してお前を護ったと思うと………奴は天晴としか言いようがない………この私にできなかったことが、奴には出来たのだから」
「否…………あの男は私を護ったのではない………貴様に殺されたのだ…………百鬼丸、」
「……………………………………………………」
「人の命を預かっておきながら、無責任にも。それを守り通せなかっただと………?そんなもの、詭弁に他ならない。貴様に殺されたも同然。他者の命を弄び、奪ったその罪は死という罰によって報われる────貴様の首を絶ち、我らは数多の命を殺めておきながらのうのうと生きる貴様を滅ぼし全ての失われし魂への慰めとする。そもそも………あの男は月で死んでなどおらん。奴は………地上で死んだのだ、」
「なに……………?」
「─────これ以上語ることはない。吐き気がする、貴様を殺す。それで初めて私の時間は動き出し、復讐は、果たされ、我らは先へと進める。全ての命を弄ぶ邪悪に紅き制裁を…………」
巴の手に握られていたのは、彼女の背丈にも及ぶほどの巨大な大剣だった。
刀身からは、迸る無限の妖力が赤い稲妻となって溢れ出していた。
赤黒い妖力の雷は、邪気のようにさえ見えている。
(………………くっ………話の最中、ずっと拘束からの脱出を試みていたが、まるでこの鎖は動かん………どうなってる、早く抜け出さねば青葉が………)
「無駄だ、その鎖は我が怒り、我が憎悪そのものだ………我が千年の怒りを、貴様如きに、抜け出せるものか………」
巴が差し出した空の左手を握り締める。
それと同時に、百鬼丸の身体を縛り付ける鎖の根元から瘴気が漏れ出してきた。
それは百鬼丸の足元から頭にかけて、毛細血管のように赤い亀裂を描き上げていく。
「な………っ、………これは、」
「貴様も直ぐに引き込まれよう……此方へな………」
徐々に頭へと伸びていく百鬼丸の心臓に到達した時に、その怒りの瘴気が彼女に牙を剥いた。
「が………はっ………!!!」
百鬼丸の胸を中心に、全身に鮮烈な内なる痛みが奔る。
「と………もえ…………貴、様……………っ……!!」
全身が震えるような苦痛、それは痛みでも苦しみでも毒でもなく、巴が発する怒りの妖力だ。
彼女の千年を経て膨らんだ狂気的な怒りは、百鬼丸の妖力すらも凌駕する。結果として、巴は怒りを自在に操る妖力を手に入れた。
彼女の鎖や剣、そして彼女自身から放たれる瘴気もすべては怒りの波動。
なんの毒でもない。
これに触れただけでも、大した害などない。
しかし、巴から移されるこの激情だけでもあまりの力を誇るせいで、触れるだけでそのまま肉体が怒りの波動に耐えられずに憤死する。
「ぐぅ……ぅぅぅ、ア゙………ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!!」
百鬼丸も自身の絶大な妖力でなんとか自分を繋ぎ止めている。
巴の怒りを前に、生存しているどころか自分の意識を繋ぎ止めているだけでも相当な事だ。
「さぁ………貴様の怒りを思い出せ………その怒りに身を委ね、絶望と憎悪の中で死ね………」
「ぐ…………ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
紅き鎧の復讐心に駆られた騎士、鈴鹿山巴。
異変の全ては彼女の千年にわたる、想い人を失ったことへの怒りが呼び寄せた事。
彼女の狂気が呼び寄せた、何者にも負けぬ復讐の炎が、妖怪の山を狂気と絶望の地獄へと落とし入れる…………