東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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前日譚 天翔けるワーハクタク〜いぬゐ舎の追憶
再生の神門青葉


 

 

    数年前───────

 

 

 

 

 

 

その晩はひどい雨だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の中を、一人の男が歩いていた。

 

大切な場所を失い、何をすれば良いかを忘れ、何をしていたかも忘れた男は、一人で歩いていく。

竹林を出て、何もない一本道をひとり歩く。

 

 

元あるべき─────帰るべき実家へと。

 

 

 

 

 

 

 

…………………そうだった。

俺はこの日から…………神門オオバではなくなった。

 

 

 

幻想郷一番の薬師………八意永琳の弟子という誇らしい肩書は、数時間前に失った。

俺は蓬莱山輝夜のペットではなくなった。

綿月姉妹という輝かしい姉は失った。

鈴仙・優曇華院・イナバという相棒を置いてきた。

因幡てゐという友達ももういない。

レイセンとも、もう会えない。

 

 

 

今では懐かしい家族の話。

 

俺はこの日─────永遠亭を出た。

育ての母の元を出て、俺は…………元の父のいる店へと戻るために、人間の里へ向かっていた。

もう、あそこには戻れない。

俺は目的も失ったまま、やるべきだったことを果たせなかったまま、家に帰る。

束の間の幸福は、泡沫の夢のようで。

仮初めの第二の人生はここで幕を閉じて、俺は現実へと(かえ)る。

 

 

 

 

 

ああ、なんて喜ばしい事。

 

 

 

神門青葉の…………………十数年ぶりの復活だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ガキ、そこをどきやがれ!!!」

 

 

その日俺は、帰りにゴロツキに遭った。

四人の男が酒場で暴れているのを見かけたのだ。

 

 

「そうは行かない、ここは皆の酒場だ。暴れたら、他のお客さんが怖がる」

 

 

俺はなるべくわかりやすいように説得を試みるが、彼らは酔ってるのか聞く耳を持たない。

 

 

「うるっせェ!!!俺らに出た肉、中が生焼けだったんだよ、俺らを殺そうとしやがって…………その女は一発ぶん殴らねぇと気がすまねぇ!!!」

 

 

「…………………………………………」

 

 

俺は黙って、俺の後ろで怯えている桃髪の看板娘を店の中に押し出すと店の扉を閉めた。

 

 

「チッ……………おいガキ!どきやがれ!てめぇもぶん殴られてぇか、あ゙あ゙ん?」

 

 

ゴロツキどもは棍棒を抜く。

 

 

「…………………………………」

 

 

俺は腰に提げていた木刀を抜く。

 

……………………だが、不思議と力が入らない。

 

 

 

「…………………………はぁ、っ、」

 

 

なぜだ…………ちゃんと、修行したのに。

 

 

「なんだ、来ねぇのか?なら、俺らから行くぞコラァ!!!」

 

 

暴漢たちが突っ込んでくるのを見て、俺は反撃しようとした。

 

 

だが…………………木刀を振り上げようとすると瞼の奥によぎる、女の人たちの顔。

 

それを思い浮かべると俺は…………死んだように力が抜けていく。

そうだ。剣の修行と、医療の修行に勤しんでいたのは俺じゃない…………あの時の俺のものだ。

 

もう死んでしまった『』永遠亭の門下生としての俺』の技量を、今の俺が発揮できるはずもなかった。

 

 

 

4人の暴漢から袋叩きにされて、俺は豪雨の中で地面に力無くなぎ倒される。

 

 

「がはっ…………、」

 

「雑魚が。行こうぜ、」

 

 

連中はそのまま酒場に再び入っていく。

きっと、あの子に襲いかかるつもりだろう。

 

 

「ぐっ………うぅ…………」

 

 

そんな事、させるものか。

俺はまだ動ける…………あの子には、触れさせない…………

 

俺は全身に殴傷を負いながらも立ち上がる。

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

暴漢たちは扉を蹴破って店の中に戻ってきた。

 

 

「オォいコラ女!店の偉いもん出せ!責任、取ってくれんだろうなァ!!!」

 

 

看板娘は店の奥で怯えている。

酒場にいる人間たちも、突然のことに動揺している。

酒場は暴漢の叫びと、立ち上がって逃げ惑い店の奥へ避難しようとする人々の悲鳴で大騒ぎ。

 

 

「…………………………………………」

 

 

一人で食事をしていた若い女性だけが、座ったままその様子を眺めていた。

 

 

「……………………っ、」

 

 

女性は立ち上がろうとしたが、すぐにそれをやめた。

 

 

 

 

「────────待て、」

 

 

「あぁん?お前、まだいたのかよ」

 

 

傷だらけの俺がその場に戻り、後ろから暴漢の肩を掴んだからだ。

 

 

「…………………………ふぅん、」

 

 

女性は座り直す。

もちろん俺にはそんな細かい所にいる人など見えていなかったが、当時はそんな状況だったらしい。

 

 

「……………皆に手を出すのだけはやめるんだ、」

 

「離せよ、ガキが」

 

 

俺の腕を払い除けた暴漢が俺の腹に拳を打ち込んできた。

 

 

「ぶ、ふっ…………!!!」

 

 

内臓に強烈な圧迫感を覚えて俺はうめき声を上げる。

 

 

「テメェに何ができんだよ、身なりも汚ねぇ、チビで弱いテメェに、正義の味方ごっこのつもりか?あぁん!?」

 

 

俺は勢い良く頬を殴られて仰け反る。

 

ふっ飛ばされた先で別の男に、後頭部を棍棒で殴打される。

 

 

「ぐっ…………!!!」

 

周囲を取り囲む4人から先ほどと同じように袋叩きにされる。

 

 

「がぁっ…………!」

 

 

再度膝をつく俺の顎を掴み上げて男が睨んでくる。

 

 

「おい、お子ちゃま。よく聞け?無駄なもんは無駄なんだよ。テメェみてぇな無能は………何しようが、俺らには勝てねぇって言ってんだよ。なんも知らねぇガキが。もっと勉強して賢くなってから来いよ、」

 

「へっ、恥ずかしい奴だなァ?ここの看板娘、あの子可愛いよなぁ〜?年頃のお坊ちゃまは良いところ見せてぇよなァ?」

 

「残念、テメェは可愛い女の子の前でボコボコにされただけなんだよ、そうだろ?カッコつけるつもりが、余計にカッコ悪いことになっちまったなぁ?ぎゃはははははは!!!!!」

 

 

「うっ………ぐ…………」

 

 

 

 

「………………………………あ?何睨んでんだよテメェ。何様だよ………おい。聞いてんのか。テメェ、状況わかってんのかコラァ!!!」

 

「ぐぁぁぁぁっ!!!」

 

 

顎を勢い良く殴り上げられる。

 

 

「舐めてんじゃねぇぞクソガキが!ぶっ殺されてぇのか!!!あぁん!?」

 

 

そのまま酒場に置いてあった椅子で勢い良く頭を横から殴りつけられた。

 

俺はふっとばされて顔から壁に激突する。

耳の奥で反響音が響いて目眩がした。

 

 

「おぉい!ただでさえドブ見てぇな顔が、腫れまくってクソみてぇな顔に格下げされちまったなァおい!」

 

 

衝撃で……………耳鳴りがする。

そのまま仰向けに倒れる。

 

 

「何もできねぇグズが、大人舐めてんじゃねぇぞ」

 

 

倒れる俺に4人が追い打ちをかけてくる。

 

顔や身体を踏みつけ、蹴り飛ばし、ほかの座席の椅子や机、空の酒瓶なんかを叩きつけたりしてきた。

 

これ以上は死んでしまう。

そう思っていたところ、

 

 

 

 

 

「─────それぐらいにしておきなさい、」

 

 

 

店の奥から、女性の声がした。

 

 

「…………………あ?誰に言ってんだ、」

 

 

男たちは女性の方に向き直る。

 

 

彼女は、一人で机の上の料理を食べながら話しかけていた。

女性は席から立ち、暴漢たちに恐れもせずにずかずかと近寄る。

 

そして、俺の胸ぐらをつかんでいた男の手をパシィン!と叩き落とした。

 

 

「は?何やってくれちゃってんの」

 

 

「何してんのはこちらの台詞よ。一回頭冷やして周りを見なさい。その瓶、それから椅子。貴方たちが壊したのよ。そっちこそ、どう責任取るのかしら」

 

「おいおいおいおい!またバカがひとり来ちまったな!嬢ちゃん、怖い目に会いたくなかったら黙ってろ。テメェにゃ関係ねぇだろ、引っ込んどけ」

 

「ここは皆の酒場。貴方たちがそこで騒いだせいで、店にいた人たちは怖がってるし、私は不快な思いをした。十分すぎるほど関係あるわ」

 

 

その人は強い目をしていた。

まるで、男たちのことを恐れていない。

これほどの度胸…………永遠亭にいた超人的な力を持った皆に似ている。

 

 

「関係したいんだ。じゃあ何?嬢ちゃんもこいつみたいに無様に殴られたいの?…………てか嬢ちゃん、いい女だな。なるほど、たしかにそりゃ良いかもしれねぇな。いいよ、やめてやるよ」

 

 

男たちは俺を持ち上げると反対側の店壁に向かって投げ飛ばした。

 

 

「ごぁっ………!」

 

 

ひとまず俺は男たちの包囲から逃れられた。

 

 

「でもな、俺ら我慢したんだぞ。最初はこの店の責任者出せつったんだよ。そしたらあのガキが言いがかりつけてきたから代わりにそいつ嬲ってた。そしたら今度はテメェが来てインネンつけてきたんだよ。な?俺らずっと我慢してばっかだよなぁ?何か見返りがねぇと釣り合わねぇよなぁ?」

 

「ホントは殺してやりてぇところだが…………嬢ちゃんの『態度』次第じゃあ…………許してやらねぇこともねぇかもなぁ?」

 

 

男たちは女性の身体を舐めるように見回す。

 

 

「やっ、やめろ………!彼女に手を出すな………!」

 

 

俺は必死に叫ぶが身体じゅう血まみれで、喉や腹や胸が潰されても声も上げられなかった。

 

 

「うぅぅるっせぇ!もうテメェみてぇなつまんねぇオモチャに用はねぇんだよ!オモチャはおもしれぇもん見つけたら古い方は捨てるんだよ!それに、これ以上可愛い女の子の前で恥かきたくねぇだろぉー?」

 

「ま、とりあえず話そうや嬢ちゃん。表でろ、もっと人のいねぇトコで話すぞ」

 

 

暴漢たちの笑いが響く。

男たちは俺にそうしたように、彼女を取り囲む。

 

彼女は一連の流れを黙っていた。

 

しかし、ついに口を開くことになった。

 

 

 

「………………………………鬼畜の所業ね、」

 

 

「ん……………?」

 

 

彼女は顔を上げると、背後から抱きつこうとしてきた男に強烈な裏拳を食らわせた。

 

 

「ごはぁぁぁっ!?」

 

 

男は店壁までふっ飛ばされて、一撃で倒れ伏した。

 

 

「………………テメェ、そんなにメチャクチャにされてぇのか?上等だコラァ!!!」

 

「使ったあと売りもんにでもしてやろうと思ったがそうは行かねぇみてぇだな、あのガキみてぇに手足潰して、本当に俺たちの言う事聞くことしかできねぇようにしてやるよ!!!」

 

 

残った3人の男たちは棍棒を抜いて一斉に飛びかかる。

 

 

 

「あっ……………!!!」

 

 

しかし、彼女は振り抜かれた棍棒を全て躱してしまった。

 

 

「何ぃっ!?」

 

 

「はぁッ!!!!!」

 

「うげぇぇぇぇっ!!!」

 

 

強烈な掌底が突き刺さり、もうひとりも昏倒させられる。

 

 

「せぇぁっ!!!」

 

 

「ぐぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ぐぎゃぁぁぁぁっ!!!」

 

 

さらに、流れるように繋がる回し蹴りが余った2人を一斉になぎ倒してしまった……………!

 

 

つ、強すぎる…………あの動き、相当な手練だぞ…………修行中の俺ですら、これには敵わないかもしれない。

 

 

桃色の髪。薔薇の模様が刻まれた前掛け付きの衣装。そして右腕に巻かれた純白のサラシ。

明らかにただ者ではないと思っていたがまさかこれほどだなんて……………彼女、いったい何者だ………!?

 

 

「ひっ、ひぃ……………!!!」

 

 

情けなく瞬殺され、床に尻をつく男に歩み寄る謎の女。

 

 

「弱き者を傷つけ虐げ、我欲をかいて平穏と良俗をおびやかす悪党め。この程度の痛みではまだ分からないかしら?」

 

「ひぃ…………!!!ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!」

 

「誰に謝っているの。貴方らごときが、私に迷惑をかけることができると思い上がらないで頂戴。少年に謝罪し、破壊した扉と椅子などの全てを弁償しなさい」

 

「た、助けて…………くれるんですか…………?」

 

「約束しなさい!!!今!!!ここで!!!」

 

 

女性は怒鳴り声を上げながら男に強烈な正拳突きを繰り出した。

わざと外したため、その拳は床に突き刺さる。

 

床を壊さないように直前で威力を落としたようだ。それでもこの威力と風圧………そして恐るべき重圧。

 

 

「ひぃっ………!!!ごめんなさい!ごめんなさいぃぃっ!弁償しますっ明日!明日以内に!!!」

 

「私は明日もこの店にいる。もしウソをついたらどうなるか…………分かるわよね?」

 

「めめめめめめ滅相もないですぅぅっ!!!!」

 

 

男は俺に土下座をして、尻尾を巻いて店の外へと逃げた。

 

他の三人も立ち上がり、逃走を図る。

だが、店の奥から外に出るには女の横を通らなければならない。

彼らは脚をすくませている。

 

 

「逃げるなら早くしなさい。弱い相手にしか虚勢を張らないくせに、動けない相手に追い打ちをかけて強い相手に対しては逃げの一方を取る貴方たちのような卑怯者で臆病者な下衆と私は違うの、馬鹿にしないで貰えるかしら?」

 

「ひぃぃぃぃ、ごめんなさい!!!」

 

「ご迷惑を、おかけしましたぁぁぁぁっ!!!」

 

「ま、待てお前らぁぁぁぁ!!!」

 

「あっ!あと一つ言っておくわ!さっき、彼のこと「ドブみたいな顔」と言ったわね?アンタらなんかよりも40000000億倍は美男子だから!他のものと比べるな!!!男の価値も分からないくせに!!!」

 

 

4000万億なんて数字はない。

 

 

「はぁ……………近頃はロクなやついないんだから、」

 

 

彼女はぐったりとしている俺のもとに真っ先に歩み寄り、容態を確認してくれた。

 

 

「起き上がれる?」

 

「うっ…………はい………………」

 

「そう。貴方は強い子ね」

 

 

俺の笠を脱がせ、可哀想にと頭を撫でた後に、肩を貸して起き上がらせてくれた。

 

 

「…………酷い怪我。これだけの事をしておいてあんな平たい土下座で見逃してもらおうとしたというの、あのケダモノたちは。信じられない」

 

 

お、俺の脇腹に……………柔らかいモノがむにっと…………

 

 

「あいてっ………!」

 

 

俺はゲンコツを食らった。

 

 

「煩悩が見え見え。でも、安心したわ。まだそんな事を考える余裕があるってことね」

 

「うっ…………あ、ありがとうございます…………助けてくれて、」

 

「いいえ。私の方こそ、助けるのが遅くなってしまってごめんなさい」

 

 

この人の言葉にはなんだか、不思議な力を感じる。

癒やされるというのが最も近しい表現だが…………この嬉しいような感覚はいったい…………まるで、言葉そのものに魂が宿っているかのようだった。

 

 

「お詫びと言ってはなんだけれど、このまま家に送り届けてあげる」

 

 

見た目は俺とそこまで年の離れていなさそうでありながら、中身は達観した立派な女性であるその人は俺の全身を軽々と抱えると、素早い走りで俺の家を目指してくれた。

 

 

 

俺の家───────父さんの家へ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《幻想郷・冬 人間の里・いぬゐ舎》

 

 

 

「どうした青葉、食わないのか?今日はお前が帰ってきた日だっていうから、魚まで入れてやったのに」

 

 

居間の火鉢に起こした火に、鍋をかけながら父さんは声をかけてくる。

 

 

「………………………………………………」

 

「─────というより、なんで今になって帰ってきたんだ………?お前最初はいつか父さんの後を継ぐとか言ってたのに、いつの間にか八意さん所で医者になる、とか言い出したかと思えば。心変わりはするもんだなぁ」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

   いぬゐ舎・先代店主

    

     神門 黄緋

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

父さん…………神門黄緋(こうひ)は今では俺の家となった、道具屋いぬゐ舎の先代。

道具屋として商業のイロハを俺に授けたのがこの人だ。

 

 

「いいんだよ、もう。あそこに居ても………やることがなくなってしまったんだ」

 

「なんだ、喧嘩別れでもしたのか?まぁいい、こんな大雨の中寒かったろうに、遠慮せずに食いなよ。食いもんが喉通らないのは分かるが、寒いのはこたえるだろうよ」

 

 

父さんは勝手に俺の器を取り上げては大ぶりのお魚や具材を入れてくる。

父さんは釣りが趣味だ。俺も昔はよく川への釣りに付き合わされたっけ。

 

 

「ごめん…………ほどほどに頼むよ」

 

「まぁそれもそうか…………そんなボロボロの身体でなぁ。まさか里帰りして早々に街で喧嘩なんて、父さん安心したぞ」

 

 

防寒たちにボロボロにされた俺は、全身を自分で手当てした状態だが、もう今日は体力的にほとんど動けない。

 

 

「というか、父さんはなんで永琳さんのこと知ってるんだ。会ったことあるの?」

 

「つい最近、店に来てくれたよ。「お世話になっております」ってな。懐かしいなぁ、あの改修工事…………あの日は大異変があったって大騒ぎだったよな。その3日後ぐらいに来たな」

 

「それって…………」

 

 

永夜異変…………か。

確かにそれを期に永遠亭は幻想郷によく馴染めるようになっていったけど………まさか父さんのところにまで来てたんだ。

どこまでも律儀な人なんだなぁ。

 

永夜異変については、俺は奇跡的に免れた。

というのも、俺はこのとき偶然、父さんと一緒に店の改修工事に来ていたのだ。

だが月に異常が起きたという異変は俺も察知していた。というのも、満月なのにハクタク化しないということですぐにわかった。

俺はあの日、木刀背負って永遠亭を目指したが、結局竹林で迷子になってしまい、最後は妹紅に拾われて竹林の入り口まで帰された。

 

あんな異変が起きたのに人間の里には何の被害もなかったのは軌跡としか言いようがないだろう。

あの距離からでも見える弾幕の嵐だった。

 

人里が消されてでもしない限り、瞬く間に戦火に巻き込まれていただろう。

 

 

「ま、医者を目指すも自由さ。別に俺は無理強いしてまでお前に店を継がせようとしてないし、そもそもここは継いでいけるような良い店じゃあない。お前がやりたいように生きてもらうのが、俺の一番の役目だ。お前は息子として父の店を継ぐ、なんてしがらみ、忘れていいんだぞ」

 

「……………………………………………」

 

「……………俺はその為に生まれてきたのだから」

 

「……………?いま、何か言った?」

 

「いいや。忘れてくれ」

 

 

父さんは、不思議な人だ。

父さんといると、人生に不足がないように感じる。

友達に困ったことはなかった。ご飯が出ない日はなかった。ちゃんと住む家があって、いぬゐ舎という、将来継げる店も用意されていた。

ただ生きているだけでも人生を全うできそうな環境。そこで生きるのが、俺には一番の至高だっただろう。

だけど…………俺は…………何か違うと思っていた。

 

 

なぜ医者になろうとしたのか…………なぜ、【しなくてもいいような事をしようとした】のか。

 

 

俺は普通に生きて、普通に育って、普通に父さんの店を継いで…………そうしたくて、里に降りたはずだったのに。

 

なんでこんな事になったのだろうか。

 

それがわからない。

ただ、生きることに何か違和感を感じていた。

なぜか本能的に…………俺はこんな事をしている場合ではないという強迫観念に襲われる。

 

本当は、俺は………………

 

この家の何が気に食わないのだろう。

俺は神門家の息子だ。将来は神門家を継ぐ。獣人ながらも人になりすまし、商人として街に生きて、平穏な生涯を送るべきなんだ。

なのになんで俺は……………この人生設計図に違和感を覚えるのだろう。

 

 

 

────────せ、

 

 

 

────────あるべき、カタチに、

 

 

 

────────全てを正しき場所へ…………

 

 

 

また、この声だ。

 

お前は俺を、どこへ導こうとしているんだ?

 

お前は誰なんだ。誰が俺を……………【使おう】としているんだ?

 

 

 

 

 

「どうした青葉。ボーっとして、」

 

「………………いや、なんでもない」

 

 

だが……………もうその道すらも閉ざされた。俺が医者になる道はもうない。

ならば、良かったじゃないか。

 

俺の「そうあるべき人生」に戻ることができたんだ。父さんの店を継ぐのは今からでもやり直せる。

俺は息子として、父の店を継ぐんだ。それが息子としての喜びで、最高の親孝行だ。

 

だからもう、何も気にすることはない。

永遠亭のことなど忘れてしまえばいい。

 

 

 

俺は────決められたこと以外、しなくてよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが─────俺のあるべき姿なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

東方編史帖〜天翔けるワーハクタク

 

いぬゐ舎の追憶

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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