東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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戸惑いの中で

 

「───────」

 

私は一目、いつもの教室を見渡して思う。

この日々は………………

 

 

 

─────貴女はいま………………幸せですか。

 

 

 

そう、女が問うている。

 

「誰だ?」

 

君は、誰だ、誰だ。

 

「誰だ?」

 

君は、誰だ、誰だ…………?

 

 

 

─────貴女はそれで、良いのですか。

 

 

 

「誰だ」

 

お前は、誰だ、誰だ。

 

「誰だ」

 

お前は、誰だ、誰だ……………?

 

 

 

─────私の名前は、上白沢慧音。

 

 

 

教室の隅に、一人の少女が立っている。

長い黒髪、花柄の着物、小さな背丈。

それが私自身(じぶん)の姿であることは、私自身(わたし)にはすぐ解った。

私が、私自身に何を語るか。

 

 

 

─────貴女は、満たされているのですか。

 

 

「さぁ、どうだろう」

 

私は幸せなはずなのに。確かに、歴史編纂は大変な作業だ。寺子屋を開いてからも、負担は増える一方だとも。

だけど、子供たちが成長している姿を見るのは、喜ばしいことだ。

何故かわからないけど、私を頼ってくれる子供を見ると、嬉しい気持ちになるのだ。

私がこのつまらない授業。それでも、私がこの長話で教えたことが少しでも彼らの為になってくれたのなら、とても嬉しいのだ。

その時に、私は喜びを感じる。心が満たされる。

それが、私が今寺子屋を開いている理由なのだ。

 

 

 

─────貴女は、苦しくないのですか。

 

 

 

「さぁ、どうだろう」

 

 

苦しいこともある。けれど、楽しいこともあるんだ。

妹紅が時々ここへ冷やかしに来る時も、私は間違いなくその時間を嬉しいと思っている。

嘘のない、純粋な嬉しい、楽しいという感情。

 

 

─────貴女は、苦しくないのですか。

 

 

だから、苦しくないと言っているだろう。

 

 

─────貴女は、苦しくないのですか。自身に、嘘を付き続けて。

 

 

「────────あぁ、苦しくないよ」

 

 

私は、嘘を付くのが、得意だから。

本心では思っていることが顔には出ないから。

 

──────私は、自分自身すらも華麗に欺くことができる自信があるよ。

 

 

─────妹紅さんの事は、嫌いなのですか。

 

 

「いいや、大好きだ」

 

妹紅が居れば、私はたぶん………………

この暮らしも、少しでも楽しいと思えるだろうから。

彼女を無くして、私のこの暮らしはなかったにちがいない。

 

 

─────では、青葉さんの事はどう思うのですか?

 

 

「さぁ、どうだろう」

 

彼は好人物だ。ならば、必然、私が彼に向ける感情は好感になる。

 

 

「─────ほんとうに?」

 

黙る人影は口を開く。

 

「ほんとうだ」

 

「嘘はついていませんか?」

 

「嘘などついていない」

 

「ほんとうに?」

 

「ほんとうに」

 

「【本物の】ワーハクタクなら、気付くはずなのに?」

 

「──────────」

 

 

待て、お前はどこまで【知っている】?

そこに立つ、上白沢慧音を騙る少女よ。お前はなぜ、全てを知っている?

 

「当たり前ですよ」

 

「なにがだ…………?」

 

「だって私は、もう【死んでいる】のですから」

 

「─────────」

 

「そうでしょう────【 】」

 

「やめろ、その■■で私を呼ぶな…………!」

 

どこまで知っているのだ、お前は……………

 

「歴史を消すと、誰も彼もが記憶を忘れます。貴女が神門青葉の歴史を消し去れば、誰も彼のことを覚えてはいないでしょう」

 

「おい、待て」

 

なぜそこで彼の名前を────

 

「けれど、それを忘れるのは、神門青葉本人もでしょうか?それとも、本人は、歴史が消えていることを知っているのでしょうか?」

 

「─────だから、なぜここで彼の名前を」

 

「いいえ、特に。いちばん近い例だったからですよ?」

 

なにを…………馬鹿な事を。私は、人の歴史を消すことはしない。この力を、乱用したりなど…………

 

「ほんとうに?彼が貴女の歴史を知っていても?」

 

「─────────」

 

「貴女はなんて鈍感なのでしょう。彼はとっくに─────ているんですよ」

 

今、なんと言ったのだ、お前は…………?

 

「だから────気付いているんですよ、と言ったのです。私は」

 

「嘘だ、そんなはずはない!それを知っていれば、彼は私を侮蔑するはずだ、二度と顔を見せるなと憤る筈だ!」

 

「だから、彼は気付かないフリをしているんですよ。貴女には、そのような人であってほしくないからと祈りながら。そうでないと貴女を信じているから。彼はまだ、上白沢慧音(わたしたち)の歴史を知らない…………いえ、口にしないのですよ」

 

「───────────」

 

「どうですか?それは、貴女にとって、都合が良いので─────」

 

「良くないに決まっているだろう!!」

 

私が急に怒鳴ったから、人影は一瞬黙ってしまった。

 

「─────では、どうするのですか?神門青葉は貴女の歴史に気付いている。貴女にとっては、彼の存在は【都合が悪い】のですよね?」

 

であれば、私はどうしろと言うのだ?

 

「知れたことを。お前は歴史を消せば良いのだ」

 

人影の口調が変わる。

 

「───────お前は誰だ」

 

「───────【今では】、上白沢慧音と呼ばれる者だ」

 

「───────私は……………」

 

「忠告しておこう。いずれお前は、神門青葉の歴史を消さなければならない。次の満月にお前が何をすべきかは、解るな?」

 

「───────青葉の歴史を…………」

 

「…………消すことだ。それが、お前を守る、ただ一つの方法と言えるだろう」

 

 

 

 

 

教室の隅に佇む人影が去っていく。

あたりはコップが落ちて割れた後のような静寂が残る。

 

「───────私は」

 

私は、上白沢慧音…………だ。

そうだ、私は上白沢慧音。寺子屋の教師にして、幻想郷の歴史編纂者。

他の何者でもない。私には、疚しい歴史など…………ないのだから……………

 

 

 

 

 

「先生……………?」

 

私の異常を察したのか、生徒が一人座席から声を掛けてきた。

 

「──────あぁ、大丈夫だよ…………先生、少し具合が悪いだけだから」

 

ぐらっ、と意識がぐらついたかと思ったら、私の脚には力が入らなくなっていた。

膝から崩れ、その場に倒れる。

 

「先生!!」

 

「大丈夫、先生!?」

 

あぁ、生徒たちが心配してくれている。

私は幸せ者だ。こんなに、多くの人に…………必要とされて、心配されて…………気にかけて貰って……………

 

 

 

せめてこれが──────

 

 

 

本心からの悦びだったのなら、どれほど良かっただろう。

 

私には、わからない。

この日々が、どうしてこんなにも怪しいと思えるのか。なんで、私はこの日々を楽しいと本心からでは思えないのか。

幸せな事なのに。

 

 

 

なんだか、私は─────世界中の人々に嘘を付いているみたいで、凄くモヤモヤとした気持ちがする。

 

 

上白沢慧音の歴史は、間違いなく、偽りなく進んでいるというのに。

 

 

 

「──────────う……………」

 

前が、見えなくなっていく。

眠りにつく瞬間のように。

 

 

──────あぁ、もしかしたら。

 

 

 

 

 

もう私は、上白沢慧音(いまのじぶん)すら、もう信用できないのかもしれない。

 

 

 

 

 

この上白沢慧音という女の人生が、そもそも。

この幻想郷の歴史の規格には相応しくなかったのかもしれないと。

 

 

 

 

 

そう、思うようになってきたような。

 

 

 

すまない、と誰かもわからない誰かに謝る。誰でも良い。とにかく、誰かに申し訳なかったような気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

──────確かに私は、嘘を付いているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

この生きている時間から全部、誤魔化しているのかもしれない。

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