東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
ふたつの月面戦争
───────彼の話をするには、もう一度「ハクタクの王様」の話をし直さなくてはならないわね。
まずハクタクの王様とは、神門青葉の故郷に伝わる神隠しのような伝承、と彼は言っていたわね。
悪い者は歴史から消し去られて全員の記憶からもその存在を抹消されると。
しかし、それはハクタクの王様の伝承の一部分にすぎないの。
ハクタクの王様の逸話について、彼の知る話は私は訊いたことがなかった。
しかし、私は1つ、彼の知らないハクタクの王様の「一般的な伝承」について知っているわ。
藍、橙。貴女たちも困惑しないよう、この文章を前もって残しておくから、しっかり目を通しておくようにね。
私は今から大事な【仕事】があるので直接顔を出すことはできないけれど、私が留守の間は幻想郷をお願いね。
さて、ハクタクの王様の話だけれど私はてっきり「ハクタクの王様」の伝承は「ハクタオウ」の事だと思っていたの。
ハクタオウというのは文字に起こして「白沢王」。【刀を振るって】北東の鬼門より訪れる魔を退治したとされている英雄よ。
ところで、そのハクタオウの事なのだけどかつて外の世界の貴族の御所があって内裏に「清涼殿」という建物があったらしいわ。妹紅から聞いたことがあるの。
どうやら、美しい貴族の男女たちが集まり、それはそれは華やかな暮らしをされていたようね。
そこでは「ミカド」が住んでいたとされる。
ミカドとは神門ではなく帝。王にして神の末裔。
その清涼殿の壁にはハクタオウが描かれていたとされるわ。
つまりこの土地には、確かにハクタオウの伝承が存在していた。
そして、その白沢が人となった姿とされているハクタオウは魔除けの象徴とされていたそう。
だからこそ1つ困ったことがある。
もちろんハクタオウの姿とその伝承が以前私の前に現れた【見知らぬ青年】である神門青葉という男と重ねれなくもない。
剣を振るい魔を祓う、ハクタクであり人でもある存在。
しかし、そうなるとこの幻想郷にはハクタオウとハクタクの王様とで、2つのハクタクの王様の伝承が伝わっていることになる。
歴史の編纂能力を持たない彼がハクタクの王様と同一人物とは考えられない。
そうなると今幻想郷には「ハクタクの王様」に該当する存在と「ハクタオウ」に該当する存在の2種類別の存在がいることになる。
つまり、この幻想郷には「ハクタクの王様は二人いた」ということになるわね。
ハクタオウは…………おそらく神門青葉のことで間違いないでしょう。
となると…………ハクタクの王様は一体誰だというの?
藍、橙。私が月に向かっている間、貴女たちにはその調査を命じます。
神門青葉に関する情報を、誰でもいいからなるべく多く聞き出すのよ。
私は【最も有力な情報】を得るために月へ向かうわ。
帰ってきた時はしーっかりと成果を聞くから、くれぐれもサボタージュして疲れてお帰りの私を怒らせる、なんてことはやめてね〜?
それじゃあ、期待しているわ。
私の可愛い、式神たち。
八雲紫
───────紫様。
ご期待に応えられず、申し訳ありません。
私と橙の二人は、幻想郷を探し回って彼の情報を探し回りました。
しかし…………どれも彼の人となりに関するものばかりで、その過去の真相にたどり着くことはかないませんでした。
聞き出せた限りの情報は全て記しておきます。
まず、魔法の森で魔法使いに遭遇しました。
なんでもはつ………こい?あいて?がなんだとか。
私にはよくわかりませんが重大な秘密なのではないでしょうか。わかりませんが。
天狗の新聞記者から聞き出せた情報も彼の好きな食べ物や趣味などの話のみ。
守矢の巫女は彼の話になると言動が支離滅裂すぎて何を言っているのかわかりませんでした。
紅魔館のメイドが言うには一時紅魔館で過ごしていた時期があったらしいです。
あの吸血鬼に仕えていたとのことです。これは非常に大事な情報かと。
白玉楼の庭師は彼の剣術の話しかしてませんでした。
彼は剣術が扱えるらしいですね。
まぁ、先に紫様より頂いた手紙には剣を扱うと記されていたので当然ですが。
白黒の魔法使いからは「けちんぼ」の1点しか聞き出せませんでした。
博麗の巫女も彼のことをベタ褒めしてはいましたがやはり大した情報はなく……………
───────しかし、ただ一人だけ………
彼について、不思議な反応をする者がいたのです。
寺子屋教師にして編纂者、上白沢慧音。
彼がここ数年の間行動を共にしているという人物………
彼女からは彼との思い出話をされましたが…………
これは私の憶測に過ぎませんが、彼女は何か、彼についての重大な秘密を隠し持っています。
しかし、彼の正体に直接迫るような情報につながるとは思いませんでした。
紫様がご所望の情報とは異なるものになりそうなので此度は彼女の心の面も尊重して詮索はいたしませんでしたが……………
一つ私が気になるのは、神門青葉に関する話が彼の関わった人物からしか聞き出せない事が非常に不可解です。
もちろん彼が住まう人間の里、その記録係である稗田を訪れましたが……………
驚くべきことに、彼に関する資料は1つも残っていなかったんです。
彼の種族は半獣のため妖怪に該当します。
その情報が記されていない…………彼は少なくとも能力者であるため記録はされているはずです。
名前と彼の経歴ついては事細かに書いてありましたが生い立ちに関する記録が消失しています。
───────こんな事を言うのは失礼かもしれませんが、
もしかすると、【彼は一度歴史から消されている可能性があります】。
彼の歴史を都合よく削除することが可能な人物…………
それは、編纂者か御阿礼の子の二択…………とくに前者。
そしてそれを可能とする者こそが…………紫様の仰った【ハクタクの王様】なのではないのでしょうか。
なぜ人間の因子を持たない生粋のハクタクであるハクタクの王様と半獣半人である上白沢慧音が同一存在なのかはまだ…………わかっていません。
なぜなら、彼女が編纂者になった経緯、いつワーハクタクになったかの記録は神門青葉の記録にも増してすっからかんだったのです。
そして何より、知り合ったのがここ一年間だけだったというのなら、彼女には神門青葉の過去を消す理由もなければそれ自体不可能な行為です。
彼の記録が上白沢慧音の手によって消失………いや、【焼失】したと仮定するのなら、彼が上白沢慧音と初めて知り合ったのは幼少期ということになってしまう。
それでは矛盾している。
彼女が消す事が可能なのは食べた歴史、つまり彼女自身の識る歴史だけなのですから。
彼女の知らぬところに住まうまだ知らぬ者に関する歴史を消し去ることはできない………
では彼の記録を消した真犯人と、その理由…………
それは一体誰だったのか。
神門青葉の謎も上白沢慧音の謎も深まるばかり…………
ですが後者に関しては深い因果関係にあるものの我々の管轄外です。
肝心の神門青葉の正体に関しては、やはり月に答えがあるものと思われます。
今回永遠亭で起きた【大異変】とそれに何か関係があるのかはわかりませんが……………
ですが、あまりにも危険な臭いがします。
貴女様が最もお分かりなのでしょうが、私から再三忠告を。
──────ほんとうに、お気をつけください。
八雲藍
神羅!!!
なぁに、ゆーちゃん。
俺はいま生き物が死んだ後は暗闇に何を見るのかについて考えるのに忙しいんだ。
幻想郷の様子がおかしいわ───【大異変】よ。
なぁ〜、にぃ〜?獣人の山賊の話は異変といっても小規模の話なんじゃないの?
それが大異変に繋がるって話おかしくない?
どうやら、それとはまた別件のようよ、今回の異変場所は…………永遠亭が【あった場所】。
あった場所?今はないの?
なぜか永遠亭が見えなくなっているわ。
そして明るい月が出る、ということはおそらく………
不穏だね。永遠亭に何かが起きてる時に月が綺麗っていうのは何やら重大な一件が起こる可能性大だ。
でもなぜ永遠亭に…………これは俺にも予想外だ。
マジか。好きな小説の劇場版見に来たと思ったら、映画オリジナルの展開が起きてるってことか?
だから、それはどういう意味で言っているのって………!
神門青葉の件か?
じゃないとおかしいんだよな………彼が原因じゃないと、こんな事はないはずなんだけど………
神羅、幻想郷の危機に関わる一件よ。映画鑑賞をしている気分では済まされないわ。
早くなんとかしなさい。知っていることを洗いざらい話しなさい。
どうして今まで黙っていたの!
俺は破壊神だからね。
本来、深い干渉は許されない。
俺が物語に干渉するのは、ご法度だから。
──────貴方、まさかとは思うけど………
あーあー。俺の妹は鈍感なようで。
─────さて、母さん。そろそろ良いだろう?
─────いいでしょう。
神羅、一時的に貴方の拘束を解除します。
行き先は幻想郷迷いの竹林。目的は永遠亭付近で発生した大異変の解決への貢献。
ただし、直接の干渉は禁止します。もちろん世界に対する破壊行為も全面的に禁止します。
敵は最強勢力、月。
【女神】との戦闘になり次第、こちら側の指示で戦闘を許可します。
貴方の最大の目的は、神門青葉を生き残らせること。
異変解決は彼らに託します。貴方はそのサポートに。
──────魔界神、神羅。神命を承った。
よし出るぞ、【夢子】。
──────承知。神綺様、我らにどうか自由なる勝利を。
気をつけて行ってきてね。
怪我なく帰ってくるのよ?
──────わかりました。
──────さらっと母さん、月の事まで話してたな。
永遠亭は逃亡犯の集まりだと言うのに、それでも月が動くとは…………
──────神羅、歴代の月面戦争の資料よ。
別に戦争するわけじゃないよ?
久しぶりの仮釈放(俺は無罪なんだけど)とはいえ、結局破壊行為は禁止なんだから。
いいえ、向こうの連中の能力の確認だけでもしなさい。
どうせ最悪の展開を考慮しても【ヤツ】だ。
誰が敵で誰が味方かはわからないが………例え敵がヤツでもギリギリなんとか。
──────は?
だから心配要らないよ。
【強いやつほど俺の前では無力】だ。
──────貴方、あの女神を舐め過ぎよ。
舐めてるのはお前の方だ。ヤツが【この程度】の異変で負けるとでも?
──────。
少なくとも、【この世界線のヤツ】は脱落しないだろう。
そのコピー品が敵として出てきたら怒るけど。
怒る?
アレをコピーするなんて、魔界の冒涜に他ならない。
神は一柱で十分だ。………といっても、神門青葉なら文字を書き換えるだけあって原作改変はお手の物だ。
勢力図さえ明らかになればなんの敵でもない。
そもそも……………………
青葉が弱いのは今の彼のままだからだしな。
な、何を言って…………………
さて、俺の見た物語とはどうやらルートがわずかに違うようだ。さしずめリメイク版限定のオリジナルシナリオといったところか。
よぉし、面白いことになってきたぞ〜っ!
だから、旅行に行くわけじゃn
レッツゴー!!!!!
…………………ここが、月の裏海。
…………………俺が思ってたのと違うな。
異変が起きてるような感じじゃないぞ?
兎たちがのんきに過ごしてるよ。
どうやら、ハズレのようね。
裏海ではなく、都か表…………
ちょっとちょっと、不吉なこと言うなよ。
表で異変起きてるってどういう意味か分かってる?
え?
異変が地上から見れるってことだよ?
つまり幻想郷の方向に向かって戦火が飛ぶって意味だよ?
わかってる?月のヤバい奴が地上に降りてきて地上で月面戦争が起きるってことだからね!?
やりようによっては幻想郷普通に滅ぶよ!?
な……………まさか、そんなことは…………
─────さて、それはどうかしら。
おっと!!いきなり大御所様があらわれた!!
どうするゆーちゃん!戦う?逃げる?防御?スキル?アイテム?
ちなみに戦っても勝てる可能性はゼロに等しいぜ!
な、なんなのアレは……………!!!
躱せ【夢子】!!!!
きゃぁぁぁぁっ!?
あっぶねー、大丈夫か?俺がおぶってなかったら液体になってたよ君。
あ、ありがとう。
なんということでしょう、森林すらも分かつ今の一撃を躱すなんて。
あっはっは…………確かにこれは、大異変だなぁ。
なにが月の女神の偽物だ………こっちのほうがタチが悪い。
神羅…………?
まずは軽くご挨拶でもするとしよう。
アレ相手はさすがに、母さんに禁止されてる本気とやらを出せない以上はかなわないさ。
じゃ、初めまして────こんな所で油を売っているということは…………あんたは神門青葉の敵ってことで良いのかな?
─────────綿月豊姫さん。
「──────どーも!元気にしてます?」
「…………………あら、どちら様でしょう?」
「いえいえ滅相もないー、名乗るほどの者じゃないですよははは!─────神門青葉。出せよ、御阿礼のお子様?」
「─────神門、青葉………?」
「えぇ。この近く、住んでないです?いぬゐ舎っていうお店を訪ねたんですが人の気配なくって。もしここに逃げてたらお迎えに上がらないとってね」
「その方を見つけたら、どうされるのですか?」
「えー?まず君は死にます。目撃者だし。知ってます?逃亡犯を匿うのって普通に犯罪なんですよー?」
「………………………………」
「あっ。そうそう…………上白沢慧音って人も知らない?」
「慧音…………先生…………?」
「─────その反応は知ってる時の反応だな?」
「────────きゃっ!」
「どう?教える気になりました?こうやって壁に押し付けられて、逃げれる腕力がその小柄な体にあるとは思えませんが…………あ!わたくし女ですが力は男よりあるのでそこんところ気をつけてくださいね、ははは!振りほどこうと抵抗したりしたら、手が滑って懐からこぼれてきた武器があなたの首すじにー、なんてことも万に一つあるかもしれないですし?ははは、」
「上白沢慧音…………彼女は、この幻想郷の歴史を編纂する、寺子屋の先生にすぎませんが」
「──────うーん。お館様の欲しい情報はない、か。で?他には?」
「──────ほか、ですか?」
「えぇ。あなたは御阿礼ですよね?なら、この幻想郷の歴史は誰よりも知っているはず。たとえ上白沢慧音が食べた歴史すらも………あなたなら知っているはずですよね?教えてくださいな、彼女がなぜワーハクタクになったのか。なぜ、神門青葉が事件に絡むのか、あそうそう。神門青葉の歴史についてもいくつか教えて欲しいのですがそれについてなにk」
「どなたでしょう?その神門青葉という方は」
「─────────はい?」
「慧音先生の記録はありますが、その神門というお方の歴史は、残念ながら覚えがありません。架空の言い伝えでしょうか?」
「………………まじで?」
「私が記憶していない歴史は仰る通りありません。全てを書き留めるのが稗田の使命ですから。ですが、私には、【起きていない事】と【存在しないこと】を記憶することはできません」
「──────────え、えぇ…………(困惑)」
「なのでその方は…………幻想郷の住民として登録されていないのではないでしょうか」
「あーなるほど、それはありえますね。いやいや、なんで?」
「私が記憶できるのは幻想郷で起きた出来事だけだからです」
「よしわかったつまり神門青葉は死んでるか幻想郷の外から流れてきたってことですね?え?でも緑髪巫女子さんも外から来たって聞いてるんですが」
「さて、ですが私が何も知らないのは目を見ればわかるのではないでしょうか」
「やだなぁ、一番欲しい狙いの情報持ってるのに、それを阻むおじゃまむしの情報がないのキツいなぁ。お館様怒っちゃうかなー。どうしましょ、いったんここは帰りますか」
「──────離してくださいますか。私に用事はもうないはずです」
「あー!そうですね!……………なんて言うとでも?」
「──────どういうことでしょう」
「いやいや、だって今夜あったこと記録するでしょ?言いふらすでしょ?そしたら我々としてはすごーく困るんですよね!なので、口封じをさせてもらおうかなと!」
「─────残念ですが、それは叶いません」
「はい?」
「───────そもそも私は稗田ではないので、」
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「いてて…………誰です?稗田さんの護衛なんてされてるのは、むむむむむ!?椰子飼一門、こんなところで油なんて売ってどうするんです!」
「黙ってください。なんか怪しいと思ったら、一番胡散臭かったあなたが一番最初に現れるとは」
「あははははウチから出た
「関係ない。呪い殺しますよ」
「オッケィ、いつも通りでしたねはい。にげろー!!!」
それは、全ての歴史の起点に繋がる物語。
神門青葉の知られざる歴史、その始まりを想ふ物語。
そして上白沢慧音の、真実が明かされる旅。
方や、地上を更地にせんと月におわす姫君たち。
方や、地上を更地にせんと地にほえる獣人たち。
神門青葉の、己が忘れ去りし過去を求める旅。
上白沢慧音の、己が歴史を紡ぐ理由を探す旅。
2つの物語が、いま幕を開ける。
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東方編史帖〜新代月面戦争
あと一人の不老不死
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