東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
「んがー、んがー、」
「蓮子。蓮子…………」
んー…………あと少しだけ寝かしてぇ…………
「蓮子、蓮子ってば!」
「あと5分…………あと5分で、いーからぁ…………」
「あの…………蓮子。すごい俺のこと踏んでる」
「んぁ…………?」
宇佐見蓮子が目を覚ますと、そこは神門青葉の身体の上だった。
メリーが必死に蓮子をどかそうとしているがびくともせずに爆睡かます蓮子に下敷きにされ、青葉は身動き一つと取れなかった。
蓮子はあわてて青葉から飛び退く。
「青葉さん、ごめんなさいっ!この子、ほんとに寝相が悪くて…………ベッドから落ちちゃったんだと思います!」
「えへへ…………ごめんごめん、だらしない所見せちゃった」
「あはは。気にしなくていいよ。次からは蓮子のベッドからは離れて寝ることにするよ」
青葉はベッドがないので、蓮子のベッドの横でクッションを枕代わりに床で寝ていたが、ベッドから落ちた蓮子に潰されたようだ。
青葉さんにベッドがないのは当然のことだった。
なぜなら、彼は昨日はじめて私と蓮子の部屋で暮らすことになったからだ。
「さて、今日1日張り切っていきましょう!」
蓮子は顔を洗い、服を着替えると帽子を被り、腰に手を当ててドヤ顔を決めた。
いくら一緒に暮らすことになったとはいえ………まだ出会って一日目の男性の目の前で着替えるなんてそんな破廉恥な………
青葉さんは常識人だから、蓮子が着替えると言ったら気を利かせて部屋を出てくれたけれど………
「そういえば、この世界の人間は洋服しか着ないんだね」
青葉さんは自分の蒼い和服を見ながらそう言った。
「貴方の世界にも洋服は存在しているのかしら?」
「あぁ。でも、こんなにたくさん見ることはないかな。一部の妖怪は洋服を着たりしているけど、一般人は基本的に着物かな」
「妖怪ですって!?その話、詳しく聞かせてもらいたいわ!」
ガタン、と蓮子は机に身を乗り出した。
「蓮子、」
私は蓮子を引っ張り戻す。
「あっ…………あははっ………ごめん。お互いの事は深くは干渉しないって約束だったよね、」
私たちから彼に、また彼から私たちに、必要以上の詮索はしないようにしている。
というのも、そもそも青葉さんは記憶を失っているので語る事が出来ないし、彼の住んでいる世界についても話をするとあまりにもややこしくなってしまうのだ。
「ま、俺の記憶が戻ったらその返礼にでも。時が来たら俺のことについては話そうと思っている。俺も、君たちのその摩訶不思議な活動についても深くは問わないから」
「そうね。お互い何がなんだかあんまり分かっていないのだから、ここは適切な距離感を保ちましょう」
「ところで…………最初の問題だけど、」
ここで3人全員の腹の虫が鳴り響いた。
「朝ごはんが…………ないわね…………」
「昨日の晩に青葉さんがぜーんぶ冷蔵庫の食材使っちゃったからね…………」
「ご、ごめん…………まさか、食材は残しておくものだったとは思っていなくて…………ここは別世界だ、自分の尺度で物事を測るべきじゃなかった。それについては猛省してるよ………」
青葉さんは昔から、食材の買い出しは毎日行い、その日の食材だけ買ってその日のうちに使い切るという生活をしていたらしく、その文化をこの家に持ち込んだおかげで、ここ1週間は持ちこたえられるだろう食糧が一晩にして消し飛んだ。
たしかに食事1週間分の満足感が得られるほどの豪勢で美味しい食事だったけれど終わった後のダメージが流石に尋常ではなかった。
「1週間分の食費をこの残り半月でどう埋め合わせようかしら…………今月の家賃………水道電気ガス………電波代…………」
「青葉さんの記憶を取り戻す手がかりを探すためにこれからあちこちに行くわけだから、お金を貯めないとね…………それに、秘封倶楽部の活動費…………」
「さらに俺がこの部屋の厄介者として加わる。生活費…………特に食費は単純計算1.5倍…………」
急速に部屋が重たい雰囲気に変わってしまった。
突然として考えたくもない現実を突きつけられて、早くも挫折しそうになる私たち3人。
蓮子は白目を剥いている。
「ところで………君たちは学生じゃないのかい。俺なんかに時間を割いていて、勉強しに行く必要はないのかい?」
「はい。学校はいま、夏の長期休みなんです」
「なるほど。夏休みか。寺子屋にもそういうのあったよ、」
「寺子屋って………江戸時代かい!」
「あれ?待てよ………寺子屋?寺子屋…………」
その時、青葉は自分の頭を掻いて思案する。
(寺子屋…………たしか幻想郷には寺子屋があって…………子どもたちが勉強をしていて…………そこで俺は…………)
青葉は瞳を閉じて、自分の事を思い出そうとする。
思い出そうとして思い出すのではなく、自分を自然体に、脳が覚えていなくても無意識に身体が覚えている感覚に記憶を問う。
(──────最近はどう?)
青葉の脳裏に、映像が浮かんだ。
(あぁ…………もともと細々とした寺子屋だから経営は決して芳しくないが、今月も来月も、変わりなくやっていけそうだ)
青葉の脳裏に映る映像には、畳の上に座る自分と、その向かいで、机の上に書類を並べている女性の姿があった。
所々が、霧かモヤがかかったように白くなっており、女の顔も、見た目も分からない。
(やれやれ…………先生っていうのは大変な職業だね。君はお金稼ぎのために寺子屋を開いているわけじゃないのに、それでも経営のことは気にしなければならない。稼ぎを求めなくても、赤字の2文字だけは背中を追い続けている。いつだって黒字にしていないと維持できないなんて)
(大丈夫だ。そこは里の人々の援助でなんとかやっていけている。温かい人たちだよ、ほんとうに)
(それは良かったよ、経営維持ができずに潰れるなんて結末は避けられそうだ)
(あぁ。最近はお前も私に手を貸してくれていて本当にいつも助かっているよ。ただでさえ少ない売り上げを寄付してくれるばかりか、子どもたちの遊び相手になってくれたり、私のかわりに勉強を教えてくれたりしている…………まったく、何で返せばよいのやら)
(いいんだよ、気にしないで。俺は依頼には必ず見返りは求めるけど、これは俺がやりたくてやっていることなんだ)
(嬉しいことを言ってくれるじゃないか…………この借りは、いつかどこかで返すさ。必ず。だが、申し訳ない。今すぐにはお前の優しさに見合ったものを持っていない。だから言葉や気持ちだけで許してほしい、)
(………………えっ?)
(……………普段は照れくさいから言わないが………お前にはいつも感謝している、いつもありがとう、青葉──────)
「────────青葉さん?」
「………………おっと………すまない。友達のことを考えていたんだ」
「ふーん、」
(だめだな…………まだ思い出せない。記憶がところどころ欠けていて…………部分的なことは思い出せるんだけど、肝心なことは何も…………)
蓮子はいつの間に沸かしていたお湯で3人分のお茶を淹れていた。
「さて、これまでのあらすじを確認するとしましょう」
「メメタァ!!!」
「メメタァ!!!」
「前回までの秘封倶楽部活動記録『逆引き』のあらすじ!」
「ここは現在の私たちの世界における日本の首都、京都。京都の大学に通う大学生の私、宇佐見蓮子と親友のマエリベリー・ハーン、通称メリーはここで同人オカルトサークル、『秘封倶楽部』を設立しているの」
「私と蓮子はこれまでにも色々な研究や発見の冒険をしてきたわ。全国各地にある『境界の隙間』を見つける力がある私と、星と月を見るだけで自分がどこにいるかわかる蓮子の二人は、これまでにも二人で力を合わせて数々の冒険を繰り返してきたの」
「そんなある日、私たちは京都の町中で警察官に職務質問されている一人の青年を見つける!」
「彼の名前は神門青葉。この世界とは別の世界から迷い込んできた、」
「ミステリアスで紳士で細マッチョなイケメン剣士!!」
「こんがらがること言わないで蓮子!?」
「しかし…………何らかの理由、この世界の外から迷い込んできた俺は、世界の境界を超えた影響で記憶を失ってしまった。自分が何をしていたのか、自分がどうしてここへ来ることになったのか、何も覚えていない…………覚えているのは、『俺は幻想郷の人間の里に住んでいた』という事と、『俺にはどんな文字でも読める力がある』ということだけ…………」
「そして、青葉さんの記憶を取り戻し、元の世界に帰してあげるために。そして、青葉さんの謎をめぐる一連の活動を、記録に残すために!」
「私と蓮子は、青葉さんの記憶を取り戻すための冒険に出るのでした!」
「見ず知らずの俺のために色々尽くしてくれるのは助かるけれど、いくらなんでも君たちは人を信じすぎじゃないかな?」
「大丈夫。あなたは信頼できるって私たちの直感が言ってるもの。ね〜、メリー」
「うふふっ、そうね。それに、蓮子も私もあなたへの興味は尽きないもの」
「そうなのかい?それならいいんだけど…………でも、もうちょっと信頼というか、肩身の幅を獲得したほうが良さそうだからどこかで俺もお金を稼いで貢献しないと。君たちとの関係が『取引』である以上、俺は君たちのお客人じゃない。居候させてもらうからには君たちに貢献しないと」
たしかに青葉さんがいると生活費はかさむけど、私たちはまだ別にそこまでしてほしいなんて求めていないのに自分からそっちの方向に行った。
この人、ほんとに義理堅くて真面目なのね…………
「やれやれ。ほんと真面目な性格ね〜。私とは正反対、」
「なんとかしなさいよ自覚してるなら………」
「でも困ったな。この世界でどうやったらお金を稼げるのか分かっていなくて…………」
それもそうだ。いきなり知らない世界に投げ出されて稼げと言われても彼には何も分かるわけがなかった。
「いっそルーレットかなんかで増やす?」
「何言ってるのよこんなオケラの時にそんなの許されるわけないじゃない…………まさか蓮子、」
「や、やってない!やってないから!」
「賭場?」
「あー…………その…………ほら、カジノとか…………」
「賭場ならわかるよ。賭けはやったことないけど、ゲームだけなら嗜んでいたよ」
「メリー!これいけるよ!勝てるよ!」
「このパチンカスが!!!」
青葉さんは蓮子の言葉を聞いて少し思案を巡らせた。
嘘でしょまさか……………
「…………いや、賭け事にお金を使うのは危ない。賭場だって商売だ。客が有利になるように作られているわけがないさ。いくら追い込まれてるとは言え、運にすべてを委ねるのはリスクが大きい。外した時は一貫の終わりだと考えると…………」
よかった…………青葉さんは常識人だった……………
ここで手持ちのお金を賭博に溶かせば、秘封倶楽部の廃部は不可避になるところだった。
「というわけでカジノにやってきましたー!」
なんでこうなるの─────!?
「ちょっと、蓮子………!本当にまずいよ………!」
「そうよ………!もしここでお金を溶かしてしまったら………」
「まぁまぁ、やるなんて言ってないよ。見るだけよ、見るだけ」
ほんとにこわい…………私たち、何気にこういうところに来るの初めてだから凄くこわい。
今までにも色々な場所に冒険してきたが、それらとは違うスリルを感じる。
なんというか、この…………ヤバそうな空気。
いけない事してるんじゃないかという怖さ。
蓮子は何を考えてここに来たんだろう………何か考えがあるのだろうけど………
「それにしても、綺麗ね〜」
たしかに、カジノの内装は華やかだ。
部屋の内観を見たりするのは楽しいから、そこはたしかに楽しいけれど…………
お願いだから何事もなく帰れますように…………
じ、10分。10分ここに滞在したらすぐに帰りましょう。
蓮子と青葉さんが残ると言っても引きずってでも帰りましょう。
「青葉さん、さっきから黙ってるけどどうしたの?」
「───────いや…………なんだか、こういう光景に覚えがあるんだ…………」
「嘘!?こんなところで記憶取り戻すの!?」
「ご、ごめん蓮子。今思い出し中なんだ…………静かにしていてほしい…………」
「あ、ごめん」
青葉さんはその場を離れ、壁に身体を預けると眠るように瞳を閉じた。
それを見つめていた私の肩をメリーがトントンと叩く。
「どうしたのメリー?」
「蓮子。なんだか、このカジノ、おかしいわ」
「え?」
「その…………今まさに、今この瞬間、このカジノの中から『境界の隙間』を感じ取ったの」
「えっ!それ、ホント!?」
メリーは『境界の隙間』を感じ取ることができる。
なんでも、メリーが生まれ持った特殊能力のようなものであって。
メリーは夢の中でこの境界の隙間に潜って夢の中で妖怪たちの住む不思議な世界に飛び込めるらしい。
今までの私たちの活動でもこの能力は大いに活躍し、夢の中から物体を持ち帰ったり、夢経由でこの大地から宇宙衛星までひとっ飛びした事もある。
この超常能力に反応するということは普通じゃない何かが起きている。
でもどうしてだろう。メリーは『ちょうど今この瞬間』と言っていた。
ついさっきまでは『境界の隙間』がなかったってこと?
青葉さんが何かを思い出そうとした瞬間に隙間が現れた。
青葉さんが記憶を取り戻すことと何か関係が………?
(メリー、隙間を探しに行こう)
(えぇ。何か、異変が起きているわ)
私とメリーはカジノの中を小走りで回り始めた。
広いカジノを探し回るのは大変だが、それにしても一体なぜこんなところに…………?
「蓮子、すぐ近くよ…………あそこ!」
「ん…………!」
私たちがたどり着いたのはクラップスのテーブル。
クラップスはサイコロを2個投げてその合計数にベットするゲームだ。
よくある、サイコロが紐で繋がれたアレだ。
「このテーブルの下に『隙間』があるわ」
覗いてみると、テーブルの下に回してくれと言わんばかりのネジがあった。
「ほんとに、これ?」
「えぇ。『隙間』はここよ」
幸いにも時間の問題なのか、不具合か、このテーブルには誰もいない。周りは誰も観ていないし、入っても大丈夫そうだ。
「まさか、今年の夏もこんな事する羽目になるとはね………」
「行くわよ蓮子…………準備はいい?」
「そりゃあもう………バッチリよ!」
私とメリーはお互いの手を取る。
「それじゃあ、行くよ…………」
メリーが件のネジを回す。
すると、ネジの中から紫色の光が溢れ出し、私たちの周り一帯を包んでいった。
「これ………!!『隙間』だ─────!!」
「まって蓮子!!何か………何か違う………!!」
私たちの身体は無理矢理その穴の中に飲み込まれていった。
「うわ、わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
滑り台のような、ジェットコースターのトンネルのような空間を、私たちの身体は空を飛行するように飛んでいく────いや、落下している!?
紫の光が私たちの横を通り過ぎていく。
「落ちてる…………!!!私たち落ちてるよ、蓮子───!!!」
紫の雲海の只中、一番下に白の空間が見える。
白は徐々に広がるように大きくなっていく。
白が────迫ってくる。
「メリー…………!!!手を…………!!!」
「…………!!う、うん!!」
私たちは互いの両手を、決して離さないように握り締めて、白に向かって突き進む。
0.5秒後に迫る未知の体験に、私たちはただ混乱したように何もできずにその時を待ち続けた。
死が二人を分かつとも、この手は離さない。
白の深淵に届いたとき──────
その一瞬、世界の時が真白に止まったように感じられた。
◆◆◆◆ 秘封倶楽部活動記録 ◆◆◆◆
【 逆 引 き 】
一章・Depth