東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
幻想郷・テキトーな時期。
里外れにある衣黄御という和菓子屋生まれの剣士がいた。
彼は通称で御衣黄という桜の名前でも呼ばれる。
アリス編で一悶着あってからしばらくして、彼は剣の修業の旅に出るのだったが、その前に少しだけ実家に帰省しており、店番をしていた。
そこへ、二人の少女が現れた。
「おっ、いらっしゃーい」
「お久しぶりね、御衣黄」
「早速だけど頼みたいことがあって」
そこへ現れたのは金髪に青と白の洋服が特徴の少女が一人。
そしてもう一人は銀髪に橙と黒との洋服、一人とは真逆の衣装。
アリス・マーガトロイドとドロシー・アンドロメダの2人だった。
「久しぶりー。メンツは珍しくないが、ここへ来る顔ぶれにしてはなかなか見ないもんだな」
「えぇそうね。今日は欲しいお菓子があって来たの」
「私らが知っているお菓子屋さんってここしかないからね」
「俺実家の場所教えてないはずだけどどうやって調べたんだ?まぁいいか、まさかお前らとお客さんとして再会できるとは思えなかったよ。青葉と盛大に失恋したのを期に、恋敵どうし、意気投合したか?」
「上海ー?できるだけ巨大な武器持ってきてくれるー?」
アリスが目元を漆黒に染めて笑みを浮かべる。
「ははっ、悪りぃ悪りぃ。ちょっとからかっただけじゃないか。それで?藪から棒な話だな、急にうちの和菓子が欲しいなんて。お菓子パーティでもするのか?」
「それなんだけど、御衣黄はバレンタインデーって知っているかしら?」
「バレンタインデー?」
御衣黄は初めて耳にする単語に首をかしげる。
「えぇ。外の世界にはそういう年中行事があるそうよ。女性が大切な人に贈り物をするっていう文化なの」
「特に多いのはチョコレートっていうお菓子を渡すパターンらしいわ」
ドロシーは御衣黄にそれらしい情報が書かれたチラシのようなものを見せてやった。
軽くそれに目を通した御衣黄は何かを察したのか、冷や汗を浮かべる。
「想い人に日頃の感謝と好意を伝えるこの日、私たちにはもうこれ以上とないチャンスデーだと思わないかしら?」
「外の世界の事をよく知ってる青葉はバレンタインデーの存在を間違いなく知っているわ。だから、きっとバレンタインデーの贈り物を貰うことを楽しみにしているはずなの」
「しかし幻想郷にはまだバレンタインデーの文化は浸透していない。つまりこれは青葉にアタックするチャンスなのよ!せっかくのバレンタインデーなのに誰からもチョコを貰えない。そんな寂しい思いをしている青葉に、ここぞというタイミングで私が彼にチョコを渡す…………」
「そうすればもう青葉はあっという間に私にキュンてして、私にこれ以上とないドキドキを感じて、まんまと捕まっちゃうって算段よ!」
「青葉は単純で素直な男の子だから、きっと喜んでくれるし、簡単に人を好きになってくれるわ。チョコさえ渡せば間違いなく、「ありがとうアリス、君はこの日に俺のことを思ってくれた唯一の人だ………だから俺も、君に世界一のお返しをさせてもらうよ。ほら、おいで。俺の腕の中へ………」とか言い出すに決まってるもの。今度という今度こそ、青葉と私は結ばれるんだから」
「なぁに、青葉は私のものよ。あんたなんかには渡さないんだから」
熱心そうな二人を見て御衣黄はやはり汗を流す。
「なぁ、やる気十分なのは結構だが、手作りチョコを贈って………みたいな事がここに書いてあるんだが…………?」
「えぇ。だから市販のチョコレートを買ってそれを加熱して溶かして、好きな形に再編するんじゃない」
「それで、原材料を貴方から取り寄せようと思ったの。幻想郷にはカカオなんてほとんど無いわ」
「あー…………なるほどなぁ…………」
「青葉のために2週間前から実に8093通りのチョコレートレシピを考案………これで負ける気はしない」
「へっ、たかだか8093通りで青葉を落とそうだなんて甘いわね。私は9662万0813通りのタネがあるもの」
「こ、こっちはBプランがあるんだから!あっちには1億超えよ!」
(いやいやBプランがAプラン超えちゃだめでしょ数)
「こっちはQプランまであるし!」
(Qプラン!?)
「Q!?何よ少なすぎるわよ!こっちはプランOWPC1258まであるから!」
(もはやなんのこっちゃかわからん………!Excelの一番下のセルか何かか!?)
「うぅぅんぅ…………………!」
「ぐぬぬぬぅ…………………!」
「こっちは合計で甲乙丙丁戊己庚辛壬Gおっくせんまん不可説不可説転19BβZH℃№§№約8倍三乗以上………(ryryry」
「こっちは合計で春夏秋冬朝昼無限無限無限二乗無限無限無量大数Я99Γ♤Ⅷ⑨↹↸のウン百万倍以上………(ryryry」
「はぁ…………」
御衣黄は危惧していたことが全て発注したみたいでもはや呆れとなったため息が出た。
「うちは和菓子屋だからチョコないよ」
「ほぇ?」
「ほぇ?」
「だから、うちで何をしようがチョコは作れんよ」
御衣黄はきっぱりと手を挙げた。
「しまったどうしよう!?私のせっかく考えた甲乙丙丁戊己庚辛壬Gおっくせんまん不可説不可説転近く19BβZH℃№§№約8倍三乗以上がうーのこーのがゼロ通りにまで減っちゃった!!!!!」
「しまったどうしよう!?私のせっかく考えた春夏秋冬朝昼無限無限無限二乗無限無限無量大数だいたいЯ99Γ♤Ⅷ⑨↹↸の百万倍以上のあーだこーだがゼロ通りにまで減っちゃった!!!!!」
「そんだけ考えてよく一つもチョコレート以外を贈るって発想を入れなかったな」
「だって………チョコレートがベストだって………」
「どの資料を見てもチョコレートの話ばっかりだから…………」
「やれやれ…………こうなりゃうちの和菓子でも送っていくかい?」
「チョコレートもない店に用はないわ!」
「えぇほんとそう、来なけりゃよかったわ!さようなら!」
「おいおいひでぇなぁほんと………ったく、」
「…………なんだ、朝っぱらから騒がしい店だな、」
店ののれんをくぐって新しい人影があられた。
「あ、貴女は」
「慧音先生!?」
「おや慧音先生。なんだよ、これじゃあホントにオールスターじゃないか」
「あぁなんだ、アリスとドロシーいたのか。やはりこの店を選ぶとは見る目があるな」
入ってきたのは上白沢慧音。
手元に鞄を持って現れるのをみるに、店に用事があるようだった。
「慧音先生、貴女も青葉への贈り物を?」
「え?あぁ、そうだが」
「あ、貴女も青葉を狙って!?」
「そうね………よく考えてみれば貴女も青葉のヒロイン候補だったわ!!!」
「御衣黄こいつらは何の話をしている」
「昨日の朝ごはんの話」
「そ、そうか」
絶対にそうではないだろ、と思った慧音だったが理解するほうが難しいから御衣黄なりに気を使ってくれたんだろうと勝手に納得した。
「でも慧音先生、ここにはチョコレートは売ってないわよ。他を当たりましょう」
「あぁ……?和菓子屋だからな。そりゃあチョコレートは売ってないだろう」
(バカが2人炙り出された)
「私は別にチョコレートを買いに来たわけではない。普通に和菓子を買いに来ただけさ。御衣黄、八ツ橋はないか?」
「八ツ橋か?おう、あるぞ」
慧音はありがとう、と言ってお代を差し出し、御衣黄から和菓子を箱買いした。
「それじゃあ、私はもう用は済んだからアリスもドロシーも気をつけて帰るんだぞ」
「えぇ。またね慧音先生、」
「あんたも気をつけて〜」
「じゃあな、また来いよ〜」
慧音が店を出て、沈黙が流れる。
「………………………………」
御衣黄は沈黙に欠伸が出る。
「あーッ!!!!!慧音先生、青葉の所に向かったんじゃ…………!?」
「ウソ!?先を越された!?」
「そりゃそうだろ………あの人青葉のプレゼント探しに来たんだから………」
「なんでそれを先に言わなかったの!!!」
「なんでそれを先に言わなかったの!!!」
アリスとドロシーは店の扉を突き破って外に飛び出していった。
バッファローの疾駆に見えた。
「だーっ!!!あいつらッ……この扉元から立て付け悪かったのにぶち壊しやがった!!!」
置いていかれた御衣黄は店の修繕作業に当たらされることになった。
店を飛び出した2人は慧音を追いかけて幻想郷を疾走!!!
慧音より先に青葉に会わなければ、NTRルートが確定してしまう!!!
…………いや、別にデキてもないからNTRもクソもないと思うがね!?
「てゆーか!!!なんでアンタがついてきてんのよ!!!」
「なんでって、先に青葉に会いに行くために決まってるじゃない!!!」
「ちーがーいーまーすー!!私の青葉に会いに行くのは私だけでいいのよ!!アンタに先こされてたまるもんですか!!」
「そういえばそうじゃない!ライバルは慧音先生だけじゃないってことね、いいじゃない。アンタより一分だけ先に着いて、遅れて到着したアンタの目の前で青葉をいただいていくわ!」
「無駄にカンジ悪いこと企んでんじゃないわよ!!」
アリスは必死に走るスピードを上げるが、ドロシーとの距離は離れていく。
「残念だったわね!私はあんたと同じ人形術を究めた魔法使いだけど、あんたと違って特に骨格を扱うスペシャリストよ!同じ身体能力でも、運動能力が全然違うんだから!あんたとは身体の使い方が違うのよ!」
ドロシーは複数の人形を操ることよりも、1体の人形やほかの人物を糸でつないで操る事を得意としている。人体の構造に関する理解度はアリスとでは天地の差がある。
こと人体については最も深い理解を持つ。
いつでもその骨格、筋肉、身長、体重、その他様々な要因から算出されるその人体の発揮できる運動能力を、常に最大出力かつ最大効率で発揮することができるドロシーが相手では、ちょっと運動できる程度のアリスでは追いつけるわけがない。
「くっそーぉっ!!!覚えてなさいよーっ!!!」
「自分の身体のことも理解してない魔法使いに、人形使いなんて名乗れっこないわよ!よし、この運動効率なら時速20キロを4時間継続できるわ。確実に青葉のもとへとたどり着ける!」
余裕が出てきたことでアリスの事が眼中になくなったドロシー。
彼女は優雅に幻想郷を疾走し、背後を振り向いてもアリスの姿を見ることなく、青葉の住むいぬゐ舎へとたどり着いた!!!
青葉の貞操を巡る乙女のバレンタインレースは、ドロシー・アンドロメダの圧勝────!!!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ただいま 外出中
お店のなかで お待ちください
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
(あんのヤロォォォォォォォォッ!!!!!)
────────ではなかった。
青葉は外出中。
いぬゐ舎に青葉は不在だった!!!
「私としたことが………なんてミスをしてしまったの………!だいたい、青葉は今何やってんのよ!」
こんな大事な日に不在の青葉。
まさかそんなオチが待ってるとは思わなかったドロシーは突然の大ピンチに打ちひしがれていた。
当たり前だ。バレンタインのチョコもらうために家で待つなんて、そんな女々しい所が青葉にあるわけがない。
この男はバレンタインだろうがクリスマスだろうがなんだろうが、何も考えずに普通にいつも通りの日々を送るような朴念仁だ。
そのことをドロシーは完全に忘れてしまっていた。
「青葉………どこで油売って…………ハッ!!!」
和菓子屋での出来事をドロシーはよく思い出す。
(慧音先生、貴女も青葉へ贈り物を?)
(え?あぁ、そうだが)
慧音先生に、青葉がどこにいるか聞いておけばこんな事にはならなかっただろうに………
(まさか………!!!青葉、慧音先生と待ち合わせをして………!!!)
ドロシーは青葉に最も近づいたように思えて、実際は自分で青葉から最も離れた所に遠ざかったのだ。
青葉と待ち合わせしているのならば、最短ルートを進むのは慧音だ。
道中でアリスどころか、慧音すら見つからなかったのであれば、慧音の行かない方向に青葉がいるわけがない!!!
(や…………やらかしちゃった───っ!!!)
恋は盲目である。
普段のドロシーの冷静さであればこんなケアレスミスはありえなかっただろう。
バレンタインデーという特別な日に気持ちが舞い上がっており、慧音やアリスの登場で切羽詰まった状況になってしまったからである。
「──────────────」
とすれば、今から取るべき行動はひとつ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
───────来た道を引き返す。
「運動効率なんて知るカーッ!!!時速40キロメートル!私の最大効率ペースの運動の2倍速!!!スタミナの消耗なんて気にしてらんないわよ!!!」
ドロシーが自転車と同じくらいのスピードで来た道を引き返していた頃、アリスは一人で優雅に歩いていた。
(あのバーカ!!!(笑) 今から里に向かっても青葉がいるわけないじゃない。慧音先生が向かっていく方向が青葉のいる方向なのよ!自ら慧音先生から離れるなんて、いったい何を考えているのかしらね!よし、うまいことドロシーを引き剥がせたわ!今頃いぬゐ舎の前で帰らない青葉を無様に待ちぼうけてるに違いないわ!)
策士アリスはドロシーを追いかけるよりも、ゆっくり慧音の後をつけることに目的を変更した。
気づかれないくらいの遠距離からゆっくりと慧音の後ろを進むアリス。
今回ばかりは冷静に対処したアリスに軍配が上がるようだ。
(さて、慧音先生はどこへ向かうのかしらね。ゆっくり後をつけて、目的地に到着する寸前で私が先に躍り出る。慧音先生、貴女はエサよ!青葉をおびき寄せるために、貴女の気持ち、利用させて貰うわ!)
「────────────」
(背後からメチャクチャ邪気を感じるんだよな────!!!)
だが残念ながら、バレバレだった!!!
(アリスはいったい何をしているんだ…………ニヤニヤしながら私の背後をつけて…………しかもドロシーどっか行ってるし…………)
慧音はもしかしたら背後から刺されるんじゃないかと警戒しながら歩いていた。
(──────ま、まさか………!!!)
その時、慧音はアリスの恐ろしい計画に気づいてしまった!!!
自分が青葉のいる場所へと向かっていることが、アリスに利用されてしまっているということに………!!!
(私が青葉用に買った和菓子をチョコレートと交換する気なんじゃ………彼女はチョコレートを渡すことに異常なまでの執着がある………!もしこちらがチョコレートを渡されたとしたら、交換できるものが今私の手元にはこれしかない………!)
なんと、バカはもう一人いた!!!
(ダメだ、この八ツ橋は、青葉に頼まれたものだ。青葉のためには、チョコレートよりも和菓子じゃなきゃダメなんだ!まずい、アリスに贈り物を贈るのは後にする予定だったが、まだ準備できていない………!こうなれば、アリスとの接触を避けるしかない………!)
とすれば、今から取るべき行動はひとつ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
───────アリスから逃げる。
「な─────っ!?」
アリスは突然何もないところで走り出した慧音の姿を確認した。
(しまった………!!!尾行がバレた!!!どうして!?完璧に気配を消していたし、足音が絶対に聞こえない距離まで離れていたのに!)
当然、アリスは尾行を悟られたと勘違いしてしまうだろう。
ちなみに気配遮断は全く完璧ではなく、普通に慧音に気配を悟られている。
「ヤバい、元から距離が離れていたせいで、見失うかもしれない!」
アリスも慌てて慧音を追う。
しかし、距離が離れていたせいで慧音はすでに、疾走によって揺れる視界のなかで確認するのが難しいくらいには小さい後ろ姿になってしまっていた。
(このままじゃ慧音先生を先に行かせてしまう………!先にゴールされるのもまずいけれど、何よりも、慧音先生を見失ったらその時点で何もかも終わりよ!絶対に追いついてやるんだから………!)
アリスは全力で慧音を追う。
(あれっ?そういえば青葉と慧音先生が待ち合わせる場所ってどんなところなのかしら?)
ふとした疑問だ。
だが、アリスは恐ろしい事実に気づいてしまう。
(慧音先生、人間の里に向かって逃げてるわね…………人間の里は…………いぬゐ舎…………青葉の家がある……………え?)
アリスの顔面が蒼白になる。
(ドロシー!!!!!あの女、もう人間の里についているんじゃ────!?)
「まずいまずいまずい………アリスにも慧音先生にも会えない………!」
その頃、全力で和菓子屋まで戻ってきたドロシーだったが、アリスと慧音の姿はなかった。
別の道を歩いていたからだ。
慧音がアリスを撒くために複雑な道を選んだせいで、戻ってくるドロシーと慧音は出会えなかったのだ。
「ど、どうしよう…………完全に見失った…………アリス、今頃どこで何やってるのかしら…………まさか慧音先生に追いついたとかじゃないでしょうね…………」
ドロシーは和菓子屋の中に戻ってきた。
「おかえりドア破壊野郎。弁償でもしにきてくれたのか?」
半ギレ状態の御衣黄がまだ扉の立て付けを直そうとしていた。
「御衣黄、青葉どこにいるか知らない?」
「いやそれより先に謝れよ…………すげぇぞ今のお前…………」
「あとでいくらでも弁償するし、なんなら新しい扉に買い換えてあげるから早く教えて!」
「いや、扉は直せゃまた使えるからいい」
「ちっとは私の事情考えてよ!!!」
「えっ俺今、許してあげようとしたのに!?」
もうダメだこの女は。
「そーだなー。そういや、ゆうかりんから手作りチョコを貰ったんだが、そのお返しを考えなくちゃいけなくてな」
「お返し?」
「あぁ。さっきお前らがもってきて置いていったこの紙。目を通してたらよ、ホワイトデーなんつーものがあるんだとさ。なんでも、男が女にバレンタインのお返しに品物を贈るとか」
「────────────」
ドロシーの頭に浮かんだのはお返しという言葉。
お返し?バレンタインのお返し?青葉から?
青葉に想いを伝えたら、そのお返しが貰える?
「時速500キローッ!!!!」
新幹線と同じ速さで和菓子屋の扉を破壊して出ていった。
「─────やっぱ買い替えさせるわ、後で、」
バラバラの木片に砕けた扉を見て御衣黄はそう呟いた。
そして、長かったバレンタインマラソンにも決着がつくときが来た。
「青葉ーッ!!!」
慧音がやってきたのは寺子屋。
「…………?あ。やぁ、慧音さん」
子供たちと遊んでいる青葉の姿があった。
「せんせー!おかえりー!」
「はぁ……はぁ……みんな、おはよう………」
「どうしたんだい慧音さん。凄い走ったみたいだけど」
「はぁ………はぁ………久しぶりに走ったよ…………」
慧音は膝をついて呼吸を整えると、笑顔で子供たちにお菓子を配り始めた。
「さぁ、おまたせ。今日は先生と青葉お兄さんからのバレンタインギフトとして、この八ツ橋をみんなにあげようと思ってな!」
「このお店、俺のオススメなんだ。みんなにもぜひ食べてほしいと思って慧音さんにこっそりおつかいを頼んでいたんだよ」
「わーい!」
「オオバ兄ちゃん神だ!!」
「せんせい大好きー!」
子供たちはキャッキャとはしゃぎながら慧音が買ってきたお菓子の箱に手を伸ばしていく。
「…………しかし慧音さん、なんでそんな走っていたんだい?」
「いや………それがな…………」
ふと青葉が疑問を投げたと同時に、寺子屋の入り口から凄まじい音が聞こえてきた。
「なんだなんだ!?地響きか!?」
「ヴォぉぉぉぉぉリャァァァァァァッ!!!!」
「ヴォぉぉぉぉぉリャァァァァァァッ!!!!」
それは全力でこちらへ走ってくるアリスと、それを上回るスピードでアリスの背後から追いかけてくるドロシーだった!!!
「ゴォォォォォッルッ!!!」
「ゴォォォォォッルッ!!!」
ドロシーがアリスに追いついたと同時に2人は寺子屋の敷地に突入し、青葉の目の前で同時にすっ転んだ。
「うわぁっ!?アリス!?ドロシー!?」
「鬼の形相の彼女に、子供たちのお菓子を盗られそうになってな…………」
「ほら見たことか私が先に着いたわよ……!はぁ、はぁ、」
「はぁ………何言ってんのよ、私の勝ちよ……っ!!ぜぇ、」
「慧音さん………この二人いったい何の話をしてるんだ?」
「さ、さぁな…………」
「青葉にチョコを渡すのはこの私………!!!」
「私が青葉にチョコを渡すんだから………!!!」
お互いの顔を掴んで引っ張り合う二人を見て慧音は状況を察し、「やれやれ、」と呟いた。。
「なるほどなそういう事か…………この二人ならありそうなことだ…………」
「もしかして、アリスたちも子供たちにプレゼントを?」
相変わらず何も理解していない青葉が間の抜けた質問で首を突っ込む。
「はぁ!?何言ってるのよ、私は貴女のため………に…………」
「だから、コレを貴方…………に…………」
アリスとドロシーは自分の服をまさぐるが、そういえばまだ自分たちは何も渡すものを用意していないことに気づいた。
(そうだ私まだチョコも何も買ってないんだった………!)
(御衣黄のお店にチョコ置いてないから買えなかったんだった………!)
慧音の勝ちかは知らないが、少なくとも勝者はこの2人ではなかった。
「やれやれ………バレンタインの贈り物はチョコが多数派ではあるが、無理にチョコを贈る必要はないぞ………チョコが苦手な相手にチョコを送っても仕方ないだろう………それに、青葉はお前たちからだったら何をもらっても喜ぶと思うぞ………」
慧音の指摘はもっともだった。
流石にアリスもドロシーもこれには言い返す余地がなかった。
「うぅ…………私、またダメだったんだ…………」
「なんて……嘘…………まさか、こんな事…………」
2人して地面に突っ伏した。
カンカンカンカーン。
二人揃って、子供たちに疑問の眼差しを向けられ、慧音に呆れの眼差しを向けられた。
「あはははっ。はい、そんな2人にこれ、」
青葉は落ち込む2人に何かを手渡した。
……………それは、白塗りの箱に赤いリボンを結んだものだった。
「…………この匂い…………」
「まさか、チョコレート………?」
二人は半ベソのなかで状況を把握できていない。。
「そう。昔働いていた館のお嬢様に頼んでホワイトチョコを分けてもらってさ。それを溶かして自分で作ってみたんだ。興が乗ってつい夢中になっちゃったよ。チョコレート作りっていうのは案外、面白いもんなんだね」
青葉は笑いながら言うが、その包装のクオリティといい、おそらくはその中身も非常に優れた内容なのであろう。
なんやかんや、何かにつけても人並み以上にこなせる完璧な男だ。
これぐらいは朝飯前なのだろう。
「な、なんで貴方が私たちに…………?」
「なんでって?あはっ、そりゃあもちろん、2人にはお世話になっているからでしょう」
青葉は何事でもないように笑う。
「そ、そうじゃなくて…………今日はバレンタインデーなのに、」
「うん。そうだね、バレンタインデーだね」
「どうして貴方は男の子なのに、私たちに……」
アリスとドロシーの戸惑いの意味をようやく理解した青葉はそうかそうか、と手をポンと叩いて頷いた。
そして何がおかしいのかまた静かに笑い出す。
「ふふふ、バレンタインデーは女の子が男の子にプレゼントを贈るなんて決まりはないさ。いや、あるのかもしれないけど俺は別に逆でもいいと思っている。────誰が誰に何を渡すか、が重要なんじゃなくて、誰かが誰かに感謝の気持ちを伝えることが重要なんだ。………それが男へのものであれ、女へのものであれ、どんな贈り物であれ、その意味も価値もぜんぶ同じになるのがバレンタインデーだ。大切なのはどういう想いでその人に渡したか、だろ?」
「青葉…………」
「青葉…………」
その様子を見て慧音は気まずさというか、不思議な感情になって2人クスッ、と聞こえない大きさで笑う。
「2人には何度も助けられし、長い事旅をしてきた。その時点から俺にとっては2人はこの日に贈り物をするに値する、大切な人なんだよ。照れくさいから「興が乗っちゃった」なんて言い訳をしたけど………ホントは、はじめから二人の分も作ろうと思ってたんだ。君たちのことだ、こういうのに一番意欲的に参加するだろうから、一番喜んでくれると思ったんだ」
「──────────」
「──────────」
「ふたりとも、いつもありがとうね。毎回わざわざ口にしていないだけで、心の内ではいつも感謝しているよ。これからも、末永くよろしくね」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!青葉ー!!!好きぃぃぃ!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!青葉ー!!!好きぃぃぃ!!!!」
「ちょっ!?えっ!?なん…………うあぁぁぁぁぅぅっ!?」
二人にまとめて突っかかられ、青葉は地面に押し倒される。
「──────────────」
その一部始終を慧音は丸い目で傍観していた。
(──────魔性の男というのは、こういうのを言うんだろうか……………)
「いっててぇ…………あ、ハイ。これ慧音さんのぶんね、」
「あぁ。ありがとう、青葉」
「────────は?」
「────────は?」
空間が凍りつく。
「よし、これで全員ぶんかな。妹紅でしょ、永琳さんでしょ、姫様でしょ、テーでしょ、ウドンゲさんにも渡したね。紅魔館のみんなにも配ったし、霊夢にも魔理沙にも無事に渡せた。こーりんと慧遠さんにも渡せたし…………最後に、アリスとドロシーと慧音さん。よし、とりあえず渡す予定の人には全員無事に渡せたかな。あとは幽香さんとか御衣黄とかプリズムリバー姉妹とかメディスンとか、ほかのみんなにも渡しておきたいからなー、」
青葉はいま絶対に言ってはいけないことを口にしてしまった。
「あ・お・はー……………?」
「あ・お・はー……………?」
「……………え?な、なんか………殺気が…………」
「その話、詳しく聞かせなさーい!!!」
「その話、詳しく聞かせなさーい!!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?なんでなんでなんで!?もしかして、お口に合わなかった!?」
「それ以前の問題でしょーがー!!!」
「覚悟しなさい青葉ーッ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?ちょっ!?誰か助けて───!!!!!」
「やれやれ…………たしかに………バレンタインデーだろうが、変わらない日常だな…………」
────────つづく。
(青葉が捕まるまで)