東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
「貴方、泥だらけじゃない…………!どうしたの、こんな大雨の日に…………!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……………」
俺はとにかく疲れて、脚も動かないまま、地面に倒れる。半日も連続で走り続けて、もう体力の限界だった。
それを、すかさず腕で受け止めてくれた女性がいた。
「こんなにびしょびしょになって…………顔色も悪いわよ。いったいどうしたの?」
「はぁ、はぁ、はぁ、あなたが、竹林の、万能の女医さんですか!!」
俺はかつて大怪我を負って、この病棟で入院したからウドンゲさんと知り合えたということになっている。
──────けれど、それは嘘だ。
確かに俺はこの後、疲労と身体の冷えで重い病気に罹り、ここで入院することになる。
けれど、本当は。もっともっと大事な、別の目的があって、ここを訪れた。
「どうやってここが分かったの?どうしてここへ来れたの?」
「調べるしかありませんでした。いや、俺の身体なんてどうでもいい。そんなことより………………」
俺は疲れきった身体で水溜まりに土下座してまで願った。
「どうかお願いします────俺に、医療を教えてください!!」
女医はただ止まって、この意味の分からない籠を被った俺を見つめていた。
「私は人間の弟子を取る気はないわ。何故かしら…………?何故、貴方には医療が必要なのかしら?」
「友達を─────助けたいんです!!」
「貴方のお友達は、何か病気を患っているの?」
「はい、その子は、昔は元気な子だったのに、ある日を境に急に─────」
「そう…………わかったわ。貴方のお友達を助けられるかは、わからないけれど……………いいえ、必ず助ける方法を見つけてみせるわ。ひとまず貴方は、私の助手として、ここに居てくれるかしら?」
俺は、一秒たりとも迷うことなく、首を縦に振った。
「────────んぁ、」
柔らかい…………いい匂いのする、枕のような物で、俺は眠って……………
「あ、」
それが人間の膝だったことに、俺は一瞬で気付いた。
「あ、うわぁっ!!」
反射的に、俺は飛び起きる。
起きたら、そこはアリスの自宅の前で、目の前には地面に正座しているアリスの姿があった。
「──────起きたのね」
「あ、うん。ごめん、なんか、」
すぐに起きてしまった自分に少し後悔している。起きても寝たふりしてもう5分ほど横になっててもよかったかもしれない。
「顔色が悪いわね。具合でも悪くなったかしら?」
「いや、ちょっと悪い夢を……………って、痛ッ!!」
頭が痛すぎる。割れそうだ。というか、割れたな。
後頭部を押さえてしばらくすると、痛みが引いたと思ったら、
「うわ……………血……………」
手に血が滲んでいた。
というか、後頭部を押さえたとき、布の感触を感じた。
「──────アリスが、治療してくれたのか?」
「えぇ、魔法使いと言っても、ある程度その辺にも精通しているからね」
アリスのスカートに血が滲んでいる。
俺を膝枕していたから、頭からの流血が滲んでしまったんだ。
……………申し訳ないこと、してしまったな。
「あ、ありがとう、アリス。それで、俺、何していたんだっけ」
「あぁ、それなら─────」
「う─────そ」
人形が、串刺しにされた。
あまりの出来事にショックを隠せなかったアリス。
戦意を喪って膝から崩れる。
「アリス!?」
膝から崩れるアリスをすかさず支える青葉。
そして、それを見つめる一人の少女。
「──────もう終わり…………?つまらない決着ね」
「──────どうなっている、何をしたんだ…………!」
「
「藁人形、金槌、五寸釘を用いた呪殺技巧。言うなれば【相手を呪い殺す程度の能力】か…………!」
「ご明察ご苦労様。三度笠…………例の邪魔者ね…………その女と一緒に、あそこの人形みたいにしてあげる……………」
藁人形と金槌を持ったまま、少女は青葉とアリスにゆっくりと歩み寄る。
「アリス、何とかしてよ…………!!」
「ごめんなさい、無理かも」
アリスの腕はだらんとなっていて、完全に青葉の声を半分に聞いている。
「どこまで行っても、私以外の人形師は三流以下。必ず、私には敵わない…………わざわざ来てもらって手間が省けたわ…………」
「───────────」
青葉は腕に抱えたアリスの身体をゆっくりと下ろすと、立ち上がって手にした模造刀を抜刀する。
「………………なんのつもり」
「これ以上、こっちに近寄るな。【お前】たちの目的がなにかはわからないけれど。もし、アリスに手を出すのなら、今度は俺が相手だ」
「無謀な真似を…………貴方のような弾幕も撃てない、仲間が戦っているのを見ることしかできないような四流、抵抗したって苦しい時間が長引くだけよ…………私にだって寿命はある。私は時間を無駄にしたくないの…………」
「なら、さっさと殺しに来い────相手に釘を投げつけ、それが命中して死ななかったところで、一発釘に触れた時点で身体に呪力を纏った釘が浸透し、お前が相手に見立てた藁人形の胸に釘を打てば相手の心臓を貫き、一撃で殺せる……………すごい能力だ。だけど忠告しておく、お前が俺を一発で殺せるように。こちらにも、お前を一発で同じ目に遭わせる手段がある」
もちろん、青葉にそんな手段は存在しないし、青葉は誰も殺すつもりはない。
ただ、相手が下手に深読みして警戒してくれるように、上手いこと嘘をついたのだ。
「─────────────」
少しだけ、少女が戸惑いのようなものを見せる。
「その、刃もないオモチャで?」
「刀っていうのは、概念的なモノを宿す媒体になる物だ。神社の御神体になることもあれば、血濡れた妖刀にもなり得る。この刀は、お前の呪いを吸収する。これで一発殴られれば、お前の即死の呪いがお前自身に宿る、というカラクリだよ。これが、俺の「呪具を造る程度の能力」だ」
もちろん、青葉はそんな能力など持っていないし、この模造刀に呪いを吸収する力があるのかないのかもわかっていない。
ただ、青葉は数日前に泥棒を捕まえたときの、あの鬼の形相で少女を睨みながら堂々と嘘を吐く。
「────────っ…………………」
少女の額に冷や汗が滲む。
それは、いったいなんの感情なのだろうか。
「私の呪いが、そんなオモチャに吸われて堪るか!!」
一瞬の迷いを絶ち切る少女の叫び。
少女は荒い息のまま、金槌を投げ捨て、藁人形を握りしめる。
「──────
青葉が前傾姿勢で身構える。そう、青葉が狙っていたのはこれ。
相手にスペルカードを使わせること。
弾幕が撃てない青葉が闘うには、模造刀で殴るか、相手のスペルカードを跳ね返すしかない。
青葉自身が携帯するスペルカードは各種一度しか使えないし、体力的に1日で5回まで。決して無駄にできない。
そして、グレイズができない青葉は、スペルカードを防御手段として使うことになる。それを無駄遣いしてしまえば、闘えなくなる。
なので、こうして相手に圧をかけたり挑発することでスペルカードの使用を誘発し、それを書き換えて倍返しにする、それが青葉にできる唯一の弾幕勝負だ。
「─────嘲笑う
少女が藁人形の頭を引きちぎると同時に、炎で作り出されたドクロが口を開いて青葉の元へと直行していく。
速度は五寸釘やアリスの人形よりも、倍以上速い。けれども、この男には、あらゆるスペルが通用しない。
青葉自身が携帯するスペルカードの使用は5回まで。ただし、例外として、相手のスペルカードの
「
青葉が刀を鞘に差して縦に掲げる。
刀が光を纏って、弓のような輪郭を造り上げる。
弓に走る光の弦、そこにつがえる光の矢。青葉はそれを勢いよく振り絞ると、正面からやってくる、呪いの炎で編まれた頭蓋骨は消滅する。
「───────そん…………!?」
スペルカードを打ち消されたことに対する少女の驚愕。
必殺技をあっさり無効化されたときの焦りがどれほどのものかは想像に難くない。
「──────スカイ・ラブ・
だが、青葉に容赦はない。引き絞った矢を一気に放つ。
真っ白な光を放ちながらまっすぐ飛んでいく矢が少女の真正面で爆発する。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
腕で顔を押さえながら眩しすぎる光から逃れようとする少女だが、前が見えなさすぎて、正面から走ってくる青葉のことにはまったく気付いていない。
頭も視界も完全に真っ白。その先の攻撃に対する思考なんて、遥か彼方へと置いてきた。
「しぇぇぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
鞘を着けたままの模造刀が振るわれる。
長い脚を狙った神速の突き。
突きが太ももに直撃すると、少女は激痛に苦悶を上げながら、地面に倒れた。
二の腕と太ももの外側は人体の急所。鳩尾や頭、首も代表的な急所ではあるが、それらは当たりどころでは命に関わるほどの大ダメージを与えてしまうのも道理であるため、とにかく過剰防衛にとらわれない、最低限のダメージを意識した、「痛みを与えること」に特化した箇所を狙った攻撃だった。護身術における基本である。
「うぅっ……………ぐっ……………」
少女は脚を押さえたまま。ばたり、と地面に倒れ伏した。
「【君】は誰だ、名前を教えてくれ」
青葉は使う必要のなくなった刀を離れた場所に置くと、立ち上がれなくなった少女に近寄る。
「───────何を…………まだ…………」
少女は立ち上がろうとして左脚を動かすが、右脚が激痛によって使えないのでまた転んでしまう。
「誰がどう見ても俺の勝ちで君の負けだ。俺にだって寿命はあるんだ、君の無駄な抵抗に時間を使いたくないんだよ。頼むから大人しく言うことを聞いてくれ、命までは取らないから」
「──────なんで、攻撃をやめたの…………!私をばかにしているの…………!」
「質問を質問で返さないでくれ、今は俺の番だよ。質問に答えないのに質問してくる人は大嫌いだ」
「─────
振り袖の茶髪少女、梓はそう名乗った。
「俺が君に追い討ちをかけなかったのは、必要がないからだよ。君みたいに殺そうとしたり、失神させたりしてしまったら、話が聞けないからね。君みたいなヤツをそんな目に遭わせたら、目覚めても絶対に口を開いてくれないと思ったから、少しでも話してもらいやすいように出来る限りの範疇で思いやりをしてあげただけだよ。君を侮っているとか、そういう理由はない」
「────────くっ…………」
「だいたい。男が女の子を、刃がないとはいえ、刀でこう……………ズバッと行くのは誰が見ても俺が悪者になっちゃうよ」
青葉は冗談半分でこの場をなんとか和まそうとしていた。
「────────すごい」
青葉の背後から、ゆっくりと少女が歩み寄ってくる。
「アリス、大丈夫?」
青葉はそれがアリスのものとわかって立ち上がり、アリスの元へと歩こうとする。
「えぇ。私は大丈夫だか─────」
その背後から。
鬼の形相で、金槌を手に持った梓が────
「アリス、危ない!!」
「──────え?」
アリスがあわてて振り向くがもう遅い。
アリスは横から殴りとばされた。
─────青葉によって。
「きゃっ!!」
アリスの頭の少し上を通りすぎる金槌一振り。
「ちょっと─────」
地面に転がったアリスが目を開けた瞬間、辺りに勢いよく血が飛び散った。
ネイルハンマーの釘抜き部分で殴打された後頭部から出血しながら、青葉が吹っ飛ぶように地面に倒れる。
「青葉─────!!」
「────────ッ!」
何を思ったのか、梓はその場から大急ぎで走り去った。アリスにトドメを刺すこともせず、ただひとり、その場から全速力で去っていった。
気絶してしまった青葉のことに夢中のアリスは、どさくさ紛れに逃げた梓に気を配る余裕などなかった。
「なるほど、そんなことがあったんだっけ」
「頭を思いっきり殴られていたわ。本当に大丈夫?」
「うん。麻痺とかも無いみたいだし、アリスがすぐに手当てしてくれたのも功を奏したみたいだ」
「ごめんなさい、私が下手なことをしたせいで…………そもそも、私があんな不覚をとったりしなければ」
アリスは申し訳なさそうに俯いてしょんぼりとしている。
「まぁ、気にしないで、顔を上げてよ。アリスのせいじゃない。俺こそ、余計な事してアリスに心配と手間かけさせたんだし。それに…………服汚して、ごめんね」
「………………うん」
アリスはいちおう気を直してくれたようだ。
しかし、あの梓という女の子…………絶対に捕まえてみせる。
せっかく慈悲を与えてあげたのに、それを仇で返すなんて。あんな卑怯者、許せる筈がない。
殴られたのはまだ俺のせいもあるから許せるが、助けようとしてあげたのにそれを裏切ってくるところが癪に障る。
必ず捕まえて、改心させてみせる。
その一心で、俺は立ち上がる。
「行こうアリス。今からなら追い付けるかもしれない」
「えぇ、そうね」
俺たちは二人ならんで、逃げた梓を追うために再び歩き始めた。
《八霖儚月流》
はちりんぼうげつりゅう。
神門青葉が勝手にそう呼称している、彼自身の扱う剣術。
元は月人の流派であるため実質、地上世界には存在しない独自の流派。
同じ流派を使用する者として綿月依姫などが挙げられる。
基本的な構えは、「正眼」と呼ばれる、地上において一般的な一刀流に酷似しているが、この流派は正眼の特色とはまったく異なる。
重力と遠心力を最大限まで味方につけることを重視される流派であり、相手の脳天から股下まで真っ二つに両断する神速の縦斬りと、縦斬りを回避、ないしは防御した相手を仕留める回避不能の回転逆袈裟斬り。
この2手をワンセットとする特殊な挙動であり、マトモなように見えてその実は相手を一撃で仕留める必殺剣。重力が弱い月ではとにかく重力と遠心力をいかに上手く利用できるかが大切であるから、縦斬りが重視されているのだといわれている。
必殺に相応しい破壊力と素早さを誇るが、凌がれた直後の後隙の多い、まさに諸刃の剣。そういう面では、必殺剣という点で地上における「抜刀術」と類似している部分もある。
依姫は八百万の神霊の力を宿すことによって、文字通り800万通りの攻撃を繰り出すという、複雑にして多彩な攻撃をする。それによってまさに無敵といえる力を発揮するが、神霊の宿した後の800万通りの行動パターン、そのすべての根幹となるこの流派は師である八意永琳のもの。
訳あって永琳に弟子入りしていた青葉もまた同じく、依姫から指導を受けていたことでなんとなく剣術をかじっていた鈴仙たちとの修行等々、なんやかんやでこの剣術に触れることになる。永遠亭って武道嗜みがちなのか?
もちろん、月人向けの流派であるため、地上の存在とは基本的に規格が合わない代物である筈が、なぜか偶然の才能だけで会得してしまう青葉であった。
師である万能医師、八意永琳。その文武両道に敬意を込めて、青葉はこの流派の呼称に「八意永琳」をイメージした「八霖」という単語を入れている。
青葉もこの剣術を自分の動きに合うように、袈裟斬りの角度を僅かに変えて連撃を可能にするなど、ある程度のアレンジを施しているが、基本的にはオリジナルのものを正統に活用している。
あまりにも強力な剣であることはわかっているが、結局あの青葉が模造刀で使うのだから、その刃の前に人命被害が出ることはないことは保証されるだろう。
しかし、その火力は模造刀であろうと、平気で岩砕く勢いであることに変わりはない。
あらゆる生命を一撃で葬り去りかねない必殺の一撃を、人を誰ひとり死なせないために使う、と彼は誓った。
そう、己も仲間も敵も第三者も、誰一人と死なせない不殺の剣を実現させるために。
医療の女神と呼ばれたあの師による、彼への武の教えは決して無駄ではなかったのかもしれない。