東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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闘犬乱舞

 

「あ、おーい。オオバ君」

 

里に着いたら、見慣れた顔が汗だくになって向こうから走ってきた。

 

「こーりん!」

 

俺は大急ぎで彼と合流する。

森近 霖之助(もりちか りんのすけ)

人間の里にある古道具屋、香霖堂の店主を務める男の妖怪。

俺たちは道具屋同士で、昔から仲が良い。父さんも彼とは顔見知りだから、実質彼と俺は幼馴染みと言える関係性だ。

 

「こーりん、どうしたんだ。急に煙を上げてくるから駆けつけてきたよ」

 

「いやぁ、少し困ったことがあってね…………っと、追い付かれたみたいだ」

 

こーりんの奥を見る。向こうから、あの慧遠さんよりもさらに大きな、ガラの悪そうな大男が1人と、立派な洋服を着た紳士。

 

「え?どういうこと?」

 

「君に用があるっていう事らしいんだけど…………僕が君と知り合いだって事を知ったら、急に捕らえようとしてきたんで逃げていたんだ」

 

息を喘がせながらこーりんは事情を語る。

 

「なるほど、用は迷惑人だな。下がっててくれ。今、後ろから仲間が合流してくるからさ」

 

「あぁ、わかったよ。けれど、大丈夫かい?君一人で。体格で見たらとてもじゃないが…………」

 

こーりんが不安そうな表情で大男を見た後、俺を見つめてくる。

 

「素人が気にする事じゃないよ。見た目と技術は別だからね」

 

「そう、それなら信じるけど。無理はしない方がいいよ?適当なところで白旗あげてくれ」

 

こーりんはそのまま俺の背中に隠れて留まる。逃げろって言ったよな、俺……………

 

 

 

「着物に三度笠…………なるほど、君がか」

 

着物はこの里に住んでるやつ全員だよ。

 

「旦那ァ、どうする?」

 

男は自分の背丈よりも大きい両刃の大剣を担いでいる。相当な重量の筈だが、それを軽々と持ち上げている。

 

「君が道具屋の子だな。彼の親友とのことだが」

 

「神門青葉。俺に用があるなら、俺だけを当たれ。俺への用事に他人を巻き込むんじゃない。あと、お前たちは誰なんだ」

 

「君をおびき寄せるには人質(エサ)が必要だろう?そう思っていたんだが、そちらから出てきてくれたならこちらも助かったよ」

 

「質問に答えろ、なんでお前らはどいつもこいつも質問に答えないのに話をするんだ」

 

「おおっと、これは失礼失礼。初めまして神門青葉君。私は椰子飼 雲月(やしがい うづき)。そこいらのしがない獣人だよ」

 

椰子飼…………?

その苗字は……………まさか、

 

「梓の仲間か…………!」

 

「梓か?あぁ、仲間も何も、彼女は私の愛娘だよ」

 

「なんだと……………!?」

 

こんなところに梓の父親だと!?

じゃあやっぱりコイツも、獣人の山賊の連中か!

となると、俺の前に現れた理由はなんだ?

 

「どうやら昨日、娘が脚に怪我をして帰ってきたとのことだからね。君にはその報いを受けて貰おうと思う」

 

……………なるほど、娘の仇討ちに来たわけか。

 

「へぇ。だからその男に代わりに戦って貰おうって事かい?仇討ちにしては弱気だね」

 

「これも力というやつだよ。君を始末するに相応しい精鋭を集めるには時間がかかったんだ」

 

他人に頼らず自分で来いよって話をしているんだけどな、俺は。

まぁ、いいや。

 

「それで、俺を始末するためにこーりんを巻き込んだ訳か」

 

「あぁ。その必要は、もうなくなったがね」

 

「へぇ、そうかい。なら、ここでハッキリ言わせて貰うよ」

 

なんだね?と余裕の表情でこちらを見つめてくる腹立たしい雲月のニヤケ顔。紳士といった第一印象の面影はもうない。

そこにいるのはただの下衆。

 

 

 

「お前らは、親子揃ってこじらせ果てたクソッタレだよ」

 

「──────なんと言った?」

 

「だから。お前も梓も、どっちも最悪のクソ獣人だって言ってるんだよ!」

 

精一杯の怒りを込めて俺は怒鳴る。

 

「貴様、挑発のつもりか…………!父親の前で娘の侮辱とはな…………!」

 

雲月がわかりやすい憤怒の表情を浮かべる。

 

「お前らはただ俺が一方体に梓を叩きのめしたと思ってるみたいだな。だが、俺だって梓に殴られたんだよ。せっかく脚を殴るにとどめておいてやったのに、起き上がったかと思ったら俺の仲間に殴りかかってきた。恩を仇で返すなんて、クソッタレの所業だよ。関係のない人を巻き込むお前と同じぐらいの」

 

「黙れ……………私はともかく、娘の侮辱だけは、絶対に許さ」

 

知るか、お前の声なんて聞きたくない。

その口を開いているだけで怒りで我を忘れそうだ。

 

「だいたい。あんな小さな子が人を殺すべく動くなんて、どんな教育をしているんだお前らは!そんなものが愛だと思っているのか…………?まがい物、偽物の家族愛なんていうテキトーな理由つけて、里の人を巻き込んでまで何する気かと思ったら、俺に逆ギレしに来ただけかよ!オマケに他人の助けがないと挑めない。もはや勘違いも甚だしいよ。こっちがどれだけ、優しさを尽くしてやったと思っているんだ。お前らは娘のやったことのツケも払えない。何が自分の愛娘の仇討ちだ。娘の面倒も見れない親なんて、あまつさえ娘を悪に育てるなんて、この世一番の虫野郎だよ、お前らは…………!!」

 

「おい、坊主。それ以上はやめときなァ。あんまり旦那に言い過ぎると、俺も動かなくちゃならなくなるんだよ」

 

「もういい亦紅(もこう)、構わん。その餓鬼を殺せ」

 

「ったく、馬鹿野郎が。テメェが言い過ぎるから旦那がこうなるんだろうがよォ」

 

気だるそうに亦紅と呼ばれた男が大剣を担いでやってきた。

雲月は後退して、遠くからこの戦いを見つめてくる。

周囲にいた人々は、嫌な気配を察して全員避難している。

それで助かる。とにかく近くの人々を巻きこまないで済むのはありがたい。

 

「旦那は俺の事紹介してくれたかァ?あ、まだ?ならここで名乗らせて貰うぜ、俺ァ「吾妻 亦紅(あづま もこう)」。吾亦紅(ワレモコウ)とはよく呼ばれたから、覚えやすい名前たぁ思うぜ、青葉サンよォ」

 

 

 

もこう…………彼女と同じ名前だから少しやりづらいが、関係ない。

吾亦紅、バラ科の多年草の名前か。渋い紅色をした花が咲く植物で、永琳さんの元で「生薬になる植物」と教えられた。

梓…………花の名前に由来している奴が仲間に付くのは道理か。コードネームみたいなものと認識しろ。

背丈は俺よりも遥かに高い。力もかなり強いだろう。だが、関係ない。今の俺には、体格差で相手を選ぶような冷静さなんて微塵も残っていない…………!!

 

 

 

「オラ、構えな。やろうぜ……………」

 

手招きしながら亦紅は威嚇のつもりか地面にその大剣を軽く叩きつける。

激しい震動とともに地面が少しだけ砂埃を撒き散らす。

 

「─────────」

 

俺は黙って模造刀を抜く。

 

「刃がねぇなァ。ハン、侍かと思いぁ、ただの意気がりだったのかい。ま、純粋に考えてテメェみてぇな優男が剣なんざ握る訳がねぇか。テメェが握るとしたら鉛筆だろ」

 

「見た目と技術は別だよ。お前みたな見かけ倒し野郎っていうのは、いっつもそういう油断が命取りになってやられるんだ」

 

「へぇ、言うじゃねぇか。怒ってなんかねぇぜ?感心しているんだ、度胸ある相手は、全力尽くしてやれるからなァ」

 

「知るか。俺は今すぐお前を倒して、お前の後ろに隠れている雑魚をぶっ飛ばすだけだ!」

 

「この期に及んでまだ私と梓を侮辱する気か…………!もういい、やってしまえ亦紅!」

 

だから、木箱の裏に隠れながら命令されても風格がないんだっつってるんだろ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいよ、旦那ァ。じゃあ行くぜェ、覚悟しやがれ神門青葉ァ!」

 

大剣を持ち上げたまま、亦紅は空中から青葉に向かって飛び掛かってきた。

 

「──────────」

 

「オォラァァァァァァァァ!!!!!!」

 

地面で大爆発が起こる。

大剣が地面に触れた衝撃で地響きが起こる。

木箱の裏で立っていた雲月も、その衝撃で地面に尻餅を付いてしまうほどだった。

 

「……………ウォォォォォォォォォォ!!!」

 

獣が吼えるように、亦紅は叫ぶ。

見た目も風格も実力もまさに百獣の王。

地面を殴り付けただけで周囲に地響きを起こしたとなればまさにこの男は災害そのものと言えるだろう。

 

「あ?どこいった?粉々になっちまったか?」

 

昼の日差しが照りつける中、亦紅が余裕の表情をする真上を暗い影が覆った。

 

「なっ、」

 

上に居たのは、飛び上がって亦紅の攻撃を躱した青葉だった。

自身の頭の上から模造刀を振りかぶって、全体重のままに落下してくる。

 

「──────八霖儚月流奥義、」

 

「ふん、なんだ、テメェみてぇな細身の優男の一撃なんざ、俺にぁ効かねぇよォ!」

 

亦紅もそれを睨み付け、向かい打つべく、バッターボックスに立った選手の如く、総重量500kgを優に上回るその大剣を構える。

あの一撃が出せる彼ならば、青葉を宇宙まで打ち返すのもできるかもしれない。

 

「───────稲妻落とし!」

 

青葉が急降下してきた。青葉が空中から縦に剣を振り下ろしただけで、その落下速度は3倍以上になる。

それがどうした。亦紅の動体視力はそれなりに高い。カーブも回転もしないのだから、当てるのは簡単だ。

 

「じぇりやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

急降下してくる青葉の刀と亦紅の大剣がぶつかり合う。

次の瞬間────────

 

 

 

「どぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

一人の男が大爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。

しかし、なんと吹っ飛ばされたのは亦紅の方だった。

亦紅はさっきの一撃よりもずっとずっと広い爆発に巻き込まれ、50メートルほどぶっとばされ、地面に転がった。

 

亦紅の攻撃も凄まじい爆風を伴ったが、こっちはさらにさらに強烈な一撃だった。

今ので地面が陥没して周囲に亀裂が入るばかりか、風圧で雲月が隠れていた木箱を吹き飛ばしてしまった。

 

「は、な、え──────!?」

 

雲月がこの世とは思えぬ光景に絶句する。

最強と思っていた亦紅よりもさらに強烈な力を出してきたのかこの男は!?

 

「ふぅ、」

 

青葉は一息つくと、鬼の形相で雲月を睨み付ける。

普段の青葉の、子供のような柔和な丸々とした光差す(まなこ)は、笠の下色を喪った影に隠れた妖しげな眼光で雲月の顔面を刺し穿つ。

 

「ひ、ひぃ……………!!!な、なんだコイツは…………!!は、早く!何をしている亦紅!早く立ち上がれ!」

 

「うるせェ!言われなくともわかってんだよォ!」

 

雲月が命令するまでもなく、亦紅は吹っ飛ばされた50メートルの間隔を一瞬で詰めて青葉に当て身を食らわせた。

 

(ぐっ……………速い……………!!!)

 

体格の割には行動速度が速すぎる。

獣人のもって生まれた脚力だから成し得る技であろう。

流石に小さくすばしっこい青葉ほどの速度はないだろうが、今みたいに余所見していればあっという間に詰めてくる。

その速度で、身長約2メートル体重100kg越えの屈強な男の体当たり、食らえば軽い怪我では済まされない。

青葉はさっきの亦紅にも負けぬほど吹き飛び、ぶつかった拍子に持っていた刀を手離してしまった。

 

「馬鹿がよォ…………!!!」

 

亦紅が必死になって大剣を構えて青葉にトドメを刺しに行く。

青葉の手に武器はない。広いに行く余裕もない。八霖儚月流は使用不可。

武器のない青葉に、迎撃の余地はない。

これは絶対のチャンス。亦紅の勝利はほぼ確定したと言っていいだろう。

 

「──────うっ……………」

 

振り下ろされる大剣。青葉はすんでの膝脚立ちで、亦紅の腕を抑えて大剣の直撃を防ぐ。

 

「邪魔だァ!」

 

亦紅がすかさず右脚で蹴倒す。

 

「ぐふっ…………!!」

 

また遠くへ吹き飛ばされていく青葉。

雲月からの距離では目を凝らさないと見えない。

 

「こいつで仕舞いだァ、死に晒せェァ!」

 

日差しが眩しいくらいの高さまで高く飛び上がって、亦紅は大剣を持って青葉に飛び掛かる。

 

「──────────ハン、」

 

…………………だが。

亦紅のミスではないし、青葉が狙っていたわけでもない。誰のせいでもなく、神の思し召しでもない。

なんで運が揺らいだか、運命の悪戯か。

それとも、あまりの蹴りの勢いによる物理的変化か。

亦紅は決定的な間違いを犯してしまった。

 

「─────ウアァァァァァァァ!!!」

 

青葉が素手で亦紅の鳩尾を一撃。

強烈な拳が、亦紅の身体の芯を穿つ。

 

「ぐぉぉぉぉぉっ!?」

 

雲月からは見づらい距離にいた筈の亦紅は、再び雲月の目の前に戻ってきた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?」

 

雲月からすればもう何が起きているのかわからない。

あっちに吹っ飛んだと思ったら、今度はこっちに吹っ飛んでくる。

そもそも、両者の筋力が人並み外れすぎだ。

 

「亦紅、何をしている!早くやれ!」

 

「ぐっ……………野郎……………」

 

青葉は亦紅の体当たりを食らった上で蹴りまで受けた。

一方で、今の亦紅は青葉の打ち込み一発でそのぶんだけの距離を吹き飛ばされた。

一体、何が起きたのか……………

 

 

 

 

 

「────────馬鹿野郎、」

 

鋭い口調の声が響く。

 

「………………………テメェ」

 

「ただの【犬コロ】が、妖獣様に勝てる訳がねぇだろう」

 

「ハン、どういうこったこりゃァ。その笠が脱げりゃあ、人が変わったみてぇに威勢良くなりやがる」

 

青葉の三度笠が脱げていた。

綺麗な碧色の瞳は赤に染まっており、髪も碧みのかった白銀から翠を帯びた色に変わる。

青葉が日の光を浴びて、人間の姿からハクタクの姿に変わったのだ。

 

 

 

「──────────」

 

厳しい表情のまま、青葉は近くに落ちていた亦紅の落とした大剣を軽々と拾い上げ、真後ろへ投げ捨てた。

 

「へへへ……………いいねェ。やっぱり男ってのは、そう来なくっちゃあなァ」

 

亦紅は素直に笑って立ち上がり、着物の襟を掴んで上半分を剥いだ。

鍛え上げられた筋肉が露出し、力強さをより一層際立たせる。

 

「オラ、テメェも脱ぎなよォ。男と男の戦いだろ?」

 

「──────柄じゃないんだがな」

 

青葉も同じように上半身脱ぐ。

流石に慧遠や亦紅ほどではないが、身長と年齢にしてはかなり恵まれた体格をしている。

両腕から腹筋にかけて、鍛え上げられた身体なのがよくわかる肉付きをしていた。

贅肉など一切ない、それでいて細さという脆さとは相反する力強さを思わせる筋肉が青葉とは違う印象を想像させる。

ついでに、ハクタクの姿に変わったことで、頭から立派な角が生えてくる。

 

「お、お、お────おぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

初めて見るハクタクに、興奮と驚きの混じった表情で亦紅は青葉の変身を見つめている。

 

「お前ら椰子飼一門の種族は【野犬人】だな。お前の身体と汗の匂いでわかった。ただの野良犬が、幻の妖獣に勝てると本気で思ってるのか?だとしたら、認識が甘いな」

 

「うるっせェ!俺ぁ野良犬じゃなくて【闘犬】だ!角出しヤロウは黙っていやがれ!」

 

地団駄踏みながら亦紅が憤慨する。

 

「仔犬は骨でもかじっていれば良いんだ。さぁ来い、相手になってやるよ、ワンちゃん」

 

ハクタク青葉はにやけ面で手招きする。

 

「テメェ……………!!!」

 

「さぁ、どっちの血統が格上か、ここで確かめてみるかい?」

 

青葉と亦紅。

上半身裸になった漢たちが自身の血筋の誇りにかけて、己の欲のままに決闘を始める。

戦いは凶器禁止の殴り合い。

どっちが強いかを競い合うだけの、知性体にしては簡単すぎる喧嘩。

方や、見た目だけでも巨大な歴戦の闘犬。方や、まだ小さくもその内に無限の力を秘めた幻獣。

 

 

 

意地をかけた、威信をかけた、負けられない激闘が、今始まる。

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