東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
「オラァァァァァァァァァ!!!!」
「ぜやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
里の真ん中の通りでは、二人の男が丸腰で殴り合っていた。
─────一人は
野犬人、椰子飼雲月に仕える戦士の吾妻亦紅だ。
─────もう一人は亦紅とは真逆の体格。細身で小柄、その代わり顔つきも体つきも整ったありふれた長髪の美男子。
角を生やしたワーハクタク、神門青葉であった。
「がぁっ!!────テメェ……………!!」
「づ────っ、野郎ぉ!!!!」
二人の喧嘩はかれこれ5分も続いていた。
殴られては殴り返し、蹴られたら蹴り返し、頭突きされれば逆に頭を叩きつける。
両者共に傷だらけ。ただただ当たって砕けるだけ。
腕前は互角。ならば先に折れた方の負けと言う簡単なルールだった。
意地の競り合いとなると、この二人は無類の強さを誇る。
どちらも、どれだけ疲労と傷で動きが鈍くなろうと、ゆっくりとした攻撃を叩きつける。
「──────いつまでやってるんだろう?」
「──────終わらないな」
住民たちがすでに避難したことで静まり返った道の中、この戦いを遠目に見ていた青年と紳士は顔を見合わせる。
森近霖之助と椰子飼雲月。二人は超次元の戦いを遠目に見て、終わらない戦いを呆れ半分で観戦していた。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、」
まだ折れるものか。まだ相手は立っている。なら、戦わないと。
「ふぅ………………ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
大声で突然、獣が咆哮するかのように、狼が遠吠えするかのように亦紅が大声を上げる。
再度己を奮い立たせるために気合いを注入したのだろうか。
「ぶち殺してやるぜェ……………!!!」
なんともう疲れから復帰したのか!
亦紅は凄まじい速度で走り寄って青葉の顔面を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。
「ぐっ…………………づっ!!」
そのまま引きずり回す。
今度は近くにあった店の壁に叩きつける。
「オォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
大音響を立てて店の壁が破壊される。
「ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
青葉の頭を掴んだまま、亦紅は空高く飛び上がる。
相当な体重のくせに、さらに人を一人持っている状態で、建物を越える高さまで飛び上がった。
そこから一気にダイブし、店の屋根瓦に動けない青葉を叩きつけた。
当然ながら、家が倒壊したのかと思うほどの破壊音が響き渡り、被害に遭った店の屋根瓦が一斉に吹き飛び、建物が半壊した。
「よっしゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
とにかく気合い。脳が筋肉で出来ているとはこの事だ。
大声を挙げて豪腕を振り回しているだけで目の前の敵が勝手に倒れていく。それが亦紅の日常。
この程度の強敵なんて何度も相手してきた。場数で言えば、青葉の何十倍以上。
一騎当千の彼には、たった一人の精鋭などもはや相手にもならない。
────────が。
「何がよっしゃ、だ。犬野郎ォォォ!!」
瓦礫の山を吹き飛ばしながら、上半身血まみれの青葉が突撃してきた。
まず常人ならその瓦礫の下敷きになって死ぬだろうし、仮に生きてても出られる筈がない。
それをこの男は簡単にやってのける。
「何ィィ!?」
流石にそれは無理だろうと油断していた亦紅の顔から驚愕の色が抜けない。
だろうとお構い無し。もうとっくに青葉からは理性が抜けている。もともと怒っていた中で三度笠が外れて狂暴な性格になっていた中、さらに怪我を負わされた上にさっきのだ。
彼の激昂もいよいよ頂天に達した。
勢い良く青葉は手を伸ばし、亦紅の肩を掴む。あまりの力強さか、爪が肩の皮膚と肉を貫いて、がっちりと亦紅を逃がさないように拘束する。
そして、青葉は尻に後頭部が食い込むほど身体を反らす。
「ハァァァァァァァッッ!!!」
長いワーハクタクの角と金剛のように硬い頭が亦紅の身体を直撃する。
以前、慧音の頭突きを受けた青葉にとって、もはや頭突きなんて得意中の得意。
あの一撃に含まれていた物理力、身体の反らし方、全てが経験として彼女から叩き込まれた。
ワーハクタクのその硬い角と、ただでさえハクタクの強固な骨が、中でもとりわけ生物で最も頑丈な頭蓋骨だ。
それが一斉に直撃すれば、頭蓋の損傷程度では済まされない。
逃げられない上に驚愕で防御もできない。
亦紅はモロにその必殺の一撃を受けてしまった。
ズドォォォォン、と爆薬でも爆発したかのような大きな音が辺りに響く。50メートル以上は離れていた霖之助と雲月にもその音がはっきり聞こえた。なんなら、急に大きな音が出たので驚いてしまったぐらいだ。
「う、…、…ぐ、…………、うぉぉぉ…………」
聞き取れないような弱々しい呻き声と共に、白目を剥きながら亦紅が後退していく。
「が、くぅ………………ぐぐぐぅ……………!!」
最後の力を振り絞って勢い良く上段蹴りを放つが、
「ぜいやぁ!!!」
青葉の心臓打ちの方が圧倒的に強く、そして速かった。
蹴り返されたボールのように蹴りを食らわせようとした脚が引っ込められる。
青葉はさらに亦紅の足首を足裏で蹴りつける。
足元を取られ、亦紅は跪くように地面に転ぶ。蹴られた右足は膝立ち、左足は曲げざるを得ない。
そのような体制の亦紅にトドメの一撃が叩き込まれた。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァ!!!」
顎下からの強烈なアッパー。
馬車に跳ねられたように、亦紅は地面に情けなくブッ飛ばされ、力が抜けて倒れた。
「うゥ…………ぐ、っ………………」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……………」
息を喘がせながら、青葉は落ちていた三度笠を拾い上げる。
そして、すぐに被る。命よりも大事な三度笠だったからだ。
こうして、長かった喧嘩は終わり、またこの道には静寂がもたらされた。
いや…………くっ…………厳しい。
身体じゅう痛いし、さっきのはかなり痛かった。なんてやつだ。俺を振り回して屋根瓦を砕くなんて。
さっきの俺と違ってまだ獣化もしていない。こいつが月夜になったらどうなるのかもはや想像もつかない。
なかなかやる相手だった…………というか、白状すると負けるかもしれないと思ったぐらいだ。
下手に意固地になって殴り合いに同調したのが失敗だった。こんなバカに付き合っていたらまるで損しかしない。
「ぐっ……………まだ、まだだァ……………」
クソ、まだ動けるのか。
「───────いい加減にしなよ。お前の負けだ」
「何言ってやがる……………まだ終わらねぇよ。俺ぁ、負けたくねぇんだよォ…………!!」
いや正直~っ。
めちゃくちゃ自分の感情に正直じゃん。
往生際悪いヤツが「負けたくないからまだやるぞ」とか素直に言うなんてパターン初めて見たわ。レアケースすぎるだろ。
「青葉─────!!!」
背後からたったった、と軽快な足取りが。
駆け足で息を喘がせながら駆けつけてきてくれたのは遅れてやってきたアリスとプリズムリバー三姉妹だった。
「アリス……………」
「ちょ、なんで裸なのよ貴方」
「あっ、」
俺は今さら、自分が上半身裸だったことを思い出した。
無意識のうちにこうなるってことは、ハクタクの姿の時に着物の襟を崩したのだろうか。
「ごめんごめん、見苦しいもの見せちゃって」
着物を直してアリスに向き直る。
「貴方って意外と鍛えているのね」
アリスは注意してくるかと思ったら、興味深そうに話しかけてくれた。
何、筋トレかなんかに興味あるの?
魔法使いに一番要らないのってパワーだと思うんだけど俺……………あー、そうか。幻想郷の端まで歩けばパワータイプの白黒魔法使いとかも見つかるご時世か。
「いやいや、過去形だよ。お金持ちになったらすぐさまお腹出てくるさ」
「相変わらず謙遜が過ぎるのね。私知っているわよ。確かに剣の修行はサボっているみたいだけど、毎日腕立て伏せと腹筋運動と背筋運動はやっているって事」
剣の修行なんて何年やってないだろう。
たまには素振りとかもしないといけないか。
「あっちゃぁ~、バレるもんなのかなぁ」
いざこう言われると恥ずかしいと思って頭を掻く。
「この私を欺こうったって、そうは行かないわよ。魔法使いには何でもお見通しだから」
「青葉、大丈夫?」
「傷だらけじゃない……………」
「大変、早くお医者さんを!」
プリズムリバー三姉妹もさっき会ったばかりの人の身を案じてくれるなんて優しい子達だ。
「あぁ、ありがとう。大丈夫、そんなに大したことないから」
よかった~、と三姉妹はホッとする。
安心した三姉妹がわいわい話している中でアリスが静かに肩をポンポン叩いてきた。
俺はアリスの方を見る。
「嘘は良くないわ」
アリスに嘘は通じないか。
「いやいや、そんなこと……………」
「男の子の「大丈夫」はこの世で一番信用できないの」
「わかる、自分でも自分に嘘をついているのがよくわかっちゃう言葉なんてせいぜい
これからアリスに嘘をつくのはやめにしよう。全部見透かされてしまう。
「貴方が正直者すぎるだけよ」
「そうかな?…………って、なんで心まで読めるんだ!?」
俺、言ってないよね?
「ふふっ、読心術は専攻していないけれど、私でもわかるくらい大きく顔に書いてあったわよ」
何がおかしいのか、アリスはクスクスと長いこと笑っている。
「はいはい、おもしろいおもしろ~い」
俺は拗ねたようにそっぽ向いた。
「おら、そこまでだ」
また、太い声がした。
路地のほうから、また大柄な男が出てきた。
あぁ、あれは……………あれ?その隣にいるモンペの女の子は……………
「すごい珍しい組み合わせだね、慧遠さん」
「まぁな。昨日メシ奢ってやった仲だからな。だろう、嬢ちゃん?」
慧遠さんは隣にいる少女と肩を組む。
すごい嫌そうな表情をする彼女。
「オオバ…………いい加減こいつ島流しにしてくんないかな」
すごくだるそうに妹紅がこっちを見てくる。目が死んでる、相当昨日は地獄を見せられたんだろうな。
「ったく、安心したぜ。お前さんも時には欲求不満ぶちまける事あるんだな」
「いいや、ない。話がわからないバカを黙らせただけだよ」
「ハッハッハ。言いやがるぜ。見ろよぉ、それ。体格差で言えぁ、お前さんのボロ負けだったってのに派手にやりやがって」
確かに、冷静になって辺りを見渡せばすごい有り様だ。
俺のせいじゃないが、建物が一棟半壊。
地面の亀裂は俺がやったやつだ。雲月が隠れていた木箱を破壊したのも俺だ。
その他にも、喧嘩の最中にいろいろな物体や設備が被害に遭った。
それでも当事者以外への人身への被害が一切なかったのは奇跡と言えるだろう。
「勝てない喧嘩はしないよ、ってどわぁっ!?」
突然、脚に力が入らなくなったと思えば、俺は地面に転んでしまった。
「……………の割には満身創痍だな」
妹紅が呆れ半分で指摘してくる。
「嬢ちゃんの言う通りだぜ。とりあえず嬢ちゃん、運んでやってやれ」
「あいよ」
妹紅は俺を軽々と背負うと、そのまま俺の家目指して歩き出してしまった。
「ちょ、やめて!妹紅、離せぇ!アイツをもう一度ブン殴らせろ~!!」
身体が動かないので、大声でわめくことしかできない。
「はいはい。身体が関知したら好きなだけやりなよ。ただし今度は人の住んでないところでな」
「ちがーう!今やりたいんだ!アイツをコテンパンにするまで…………まだまだ!!」
「畜生、覚えていやがれ角出し野郎…………!!」
「うるさい!お前の顔なんか二度と思い出すか、このクソ犬!!」
「お前らなぁ………………」
「お前らなぁ………………」
慧遠さんと妹紅のため息が交差する。
結局そのまま、二度と亦紅と俺は接触せずに、反対方向に撤退することになった。
「ちょ、青葉!?どこ行くの!?」
アリスたちも俺を追いかけてくる。
「ほらな!だから、下ろせって妹紅!恨むぞ!」
「恨みたきゃあどうぞ、ご勝手にな。私はお前に喧嘩吹っ掛けられようとどうでもいいよ」
「待ちなさい!まだ状況が全然掴めていないから…………!!」
「ありがとうオオバ君!ところで、外の世界の文献をまた翻訳してほしいんだけど」
こーりんまで仲間入りしてくる。
「だからー!早く下ろしてくれ妹紅!せめてこーりんに背負わせろ!君の低身長だとさっきから脚が地面に擦れて痛いんだよ!!」
「あんまりやかましいと慧音に言いつけるぞ?」
「あーーーーもう!!!どうすればいいんだよー!!」
「だから家で回復すりゃあ良いって言ってるだろ!」
「とりあえず二人とも、状況を説明しなさいよー!!」
「まぁまぁ、みんな落ちついて!」
「私たちが最高の音楽を演奏するから、まずは皆で帰ろうよ!」
ややこしい時にややこしいのやってきたぁぁぁぁぁ!!!
「いいわねそれ!それじゃあ、いち、に~!!!」
「もうなんなんだよぉぉぉぉ!!!」
結局、俺は妹紅に引きずられたまま、テキトーな理由つけてこーりんとアリスとプリズムリバー三姉妹を帰らせた。
梓に殴られた頭部、風見幽香にやられた傷、さっきの喧嘩での重傷で俺は結局一切動けずにいぬゐ宿に緊急搬送されてこの1日を終わらせることになった。