東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
夕方─────────
「僕ね、せんせーの事大好きだから、せんせーと結婚するの!」
その日は授業参観日であった。
授業参観とは、普段子供たちだけで授業を受けるところだが、特別に親が同伴して授業に参加、正確には見守る形なのだが、とにかく授業に子供たちの親御さんがやってくる、というものだ。
寺子屋で今日1日の授業を終えた私は、帰っていく子供たちの姿をいつも通り見送っていた。
授業参観日ということで、親と一緒に帰る子供が多いので、親御さんに挨拶しながら子供たちに手を振って見送るという最後の仕事があるのだが、その最中に、面白いことを言う子供と話し合いになった。
彼はうちに通っている
今日は親御さんはいないのだろうか。先に帰ったという感じかな。
「そうか、ありがとう……………まぁ、そういう話は大きくなって色々な経験を得てからだな」
「大きくなったら……………?」
「あぁ、君たちはまだ子供だからな。まだわからないことや知らないことも多い。だからまだ君には早すぎた話だ。けれど、先生は君が先生の事を大切にしてくれるのは嬉しいよ。君のお父さんも、君のお母さんにどんな想いで結婚しようと提案したのか。それがわかるようになってからだな。一人前に愛を語るのは」
まぁ、かくいう私も愛についてはまだ良くわかっていない身分なのだが。
ここで解らないと答えるのは教師として何事かと自分に喝を入れる。
「うん、わかった!僕、大きくなったらぜったいにせんせーをお嫁さんにしてあげる!」
「うん。わかったよ、それじゃあ、もう暗くなるから帰りなさい。親御さんも心配されることだろう」
「うん!せんせー、さようならー!」
帰っていく蓮斗くんに手を振る。
「階段を走りすぎるなよー!!」
さて、これで最後かな。
あと教室の片付けをしてから帰るとしよう。終わっていない書類の作成がまだだ。提出期限がちょっと気がかりなので、早いこと終わらせてしまいたい。
しくじった。今日に限って青葉か妹紅のどちらかを呼んでいればサクっと解決したのかもしれない。
────いいや、妹紅だけは絶対にダメだ。あんなものを民間人の前に放てば、はたしてどうなるものか解ったもんじゃない。
「おや、慧音先生ではありませんか?」
「──────っと、貴方は……………」
ゴージャスすぎる服装に身を包んだ肥った男性が一人。
服装も体型も、まるで紳士とは真逆の存在だ。
いやいや、授業の間ずっと気になっていたんだが、その服装で授業参観に来るのはおかしいだろう。
一般教養…………というか、恥の文化というか、あれが成っていないな……………
「椰子飼
「えぇ。先生に少しお話がありまして」
まったく…………なんだこの人は。
「……………梓ちゃんの事、でしょうか」
この話をされると、私はあまり明るい気持ちになれない。
「さすが先生、話が読めていらっしゃる」
「はい。梓ちゃんのことは私も…………たいへん残念に思います」
「先生貴女、あの日梓は一人で里を彷徨いていたそうです。それを里の八百屋さんが発見したのが最後の目撃情報ですが、先生は夜の里を歩かぬよう、彼女に警告を促しましたか?彼女には放浪癖があるとわかっていて」
「は、はい。それは……………」
梓ちゃんというのは私がつい最近まで教えていた生徒なのだが、少し前に行方不明になってしまった。
放浪癖があるというのはきょうで初耳だし、ここまで責任を追及されるのもどうかと思う。
梓ちゃんが居なくなってから、彼は頻繁にここを訪れて来ては、私に何度もしつこく言い寄ってくる。
奥さんが何て言うか知れたものじゃない。余計な勘違いをされて奥さんまで敵に回してしまうのはさすがに面倒くさい。
「そうです貴女の責任なのですよ、わかっていらっしゃいますか!あの日の梓が帰ってこれなかった原因は、貴女にあるというのに、何故貴女はここでのうのうと普段通りの授業をしていられるのですか?」
「そうは言われましても、私にはまだ他の生徒がいらっしゃいます。貴方が梓ちゃんを大切に思うように、息子娘への教育を私に託してくださっている他の親御さんたちが居るのです、どうかご理解ください」
「他の生徒がいる、と来ましたか。つまり貴女は梓が消えたことについて何の責任も持つつもりはないと、そうおっしゃる訳ですな?」
「いいえ、滅相もない。私も時間が余った日は家に帰る前に、里を周って梓ちゃんのことを探─────」
パシン、と頬をはたかれた。
うっ、と声を漏らしながら、私は赤く腫れた頬をおさえて地面に崩れるように座り込み、、椰子飼さんを見上げる。
「なるほど、ならば私にも考えがあります」
見下ろす椰子飼さんの目からは底のない悪意の色が見える。
私のような女を無力化させて、何がしたいのかと言われると、答えは多くとも3つか4つに絞られてくるだろう。少なくとも、私はこれから最悪な目に遭わされることを直感した。
「貴女が私たちから全てを奪ったように、私も貴女の尊厳を、人生を、奪えば良いのですよ」
椰子飼さんの左手が私の髪を掴んで強引に引き寄せてくる。
強引に引っ張られると、頭皮が痛い。
ついでに、余った右手は私の胸を強く掴んでくる。
「ぐっ……………やめてください、椰子飼さん……………!!こんなこと……………」
「ご安心ください。女房はもうこの世き居ませんから、ここで何があろうと関係ありません。別に、殴ったり蹴ったり斬ったり殺したりするわけではありませんよ、先生。子供の安全を守りきれなかったぶんの責任を払ってもらうだけですからねぇ」
ぐっ……………いい加減に……………
しかし、ここで頭突きでもすれば全てが台無しだ。
抵抗することもできないではないが、一般人に弾幕など使うわけにはいかない。話し合いで丸めるしかないが、とても話を聞いてくれそうな状態ではない。
くそっ、どうすればいい?このまま良いようにされて堪るか…………!!
「安心してください、そう痛くはしませんから」
「椰子飼さん…………………!!!」
「それとも、他の親御さんたちにも言いますか?里の皆さんに言いますか?寺子屋の教師のせいで子供一人が行方不明になったということを」
「くっ………………」
そんなことをされれば……………
─────私はまた、社会的に抹殺されかねない。
もう私は、人から捨てられたくない。
そんな私には、その条件をぶら下げられては、何もできなくなってしまった。
はじめからコレが狙いだったのか。だから、娘が居なくなったという事で私の弱みを握って、そしてそれを種に私を……………
娘の事など、何も考えてなどいない。彼は、ずっと私にイカれていたのか…………!!
胸に置かれた手が強くなる。力を籠められると、さすがに痛くなってくる…………!!
「何しているんだ、寺の山門で」
そんな中、都合良くも助けがやってきた。
寺子屋のほうにまだ人が残っていたのか。
上半身裸で、野武士の服装をしている。裸の上からハッピのような羽織を身につけた青年がやってきた。
「控えめに言ってクソだな。教育機関の正門で売春か?だとしたら、男を見る目ないぞ、先生」
「だ、誰だお前は……………」
「【
名刺をさらっと見せびらかしてきて、職人と見られる青年はまた冷血そうな佇まいでこちらの状況を見回す。年は青葉とあまり変わり無さそうだ。
ウエシラサワエオン……………かみしらさわけいね……………ほとんど名前合ってないじゃないか。人名に弱いのか?
「そんで、仕事が終わったんでエオンさんとやらに報告しに行こうと彷徨いていたら教員がいないもんだからな。後日出直そうと帰ろうとしたらこの始末だ。生徒の模範がそんな有り様でいいと思ってるのか、ウエシラサワエオン」
「かみしらさわけいねだ……………」
いい加減にやりづらかったのでもう訂正させる。
「お前名前覚えづらいんだよ、小野妹子か」
歯を食い芝ってこちらを睨むような表情で青年は抗議してくる。
皮肉屋に見えて、結構お茶目なところがあるのか?
「覚えやすいだろう……………」
「へぇ。てことは歴史専門の教員か?むかし大嫌いだった教科は社会全般だったな。まぁ、そんなことは良いとして」
青年はこちらに歩み寄ってくると、私の胸を掴みっぱなしの椰子飼さんの右腕を弾き落とすと、顔面に肘鉄砲を食らわせた。
「ぐぉぉぉぉぉぉッ!?」
一撃で倒れてしまった。
「なっ!?」
「状況は読めたからな。というか、だいたいこうなったら女の方の味方になるのが道理というものだろう。それに─────」
こちらを見てくる。
「同族を守るのは人間も他の種族も同じだ」
「き、き、きさま………………」
「まだのびないのか。とっととくたばれ糞野郎。巨乳の女と再婚したけりゃもっと減量しろ」
冷徹な顔してとんでもないこと言う。
「ひ、ひぃぃ!!」
「もう夜だ、帰れ。良い子はとっとと階段降りて寝てな」
脚を掴んで床に背負い投げして、仰向けになった顔面にパンチ一発。
そのまま脚を掴んで山門前の階段にぽいっと投げ捨てた。
一番下までゴロゴロゴロゴロと転がり落ちたあと、椰子飼さんは顔をパンパンに腫らして鼻血を出しながら気絶してしまった。
「怪我はないか?顔ひっぱたかれていたが」
何にもしてなかったかのように、男は私の方を向いてそう言ってくれた。
無感情に見えて意外と心配をしてくれるのか。
「あ、あぁ」
男が黙って手を出してくれたので、それを取って立ち上がる。
「下衆が。女の顔なんざよく殴れるもんだ」
立ち上がったら、汚いものでも触っているかのように握られている手を抜くと、吐き捨てるように言った。
「えぇと…………作品のお代は…………」
慌てて服の内を探すが、持ち合わせが今ない。教室に戻って鞄から探すしか…………
「いいよ。誤送品の金を誰が取るか。確かに依頼状はあったが、あんたの字があんなに汚いとは思えん。きっと誰かが利き手じゃない方の手で書いたんだろう。花でも飾るなり、焼き鳥のタレでも溜めるなり、好きにしろ。ただ粗末に扱ったらただじゃおかない。一応俺の作品なんだからな」
「いいのか?」
「あぁ。その代わり、鯛の刺身ばっかり食っている男が居たらこう言っとけ。「あんまり無茶なことして怪我してんじゃねぇぞ」ってな。里のモンなんだろ?」
「あ、あぁ。わかった……………」
鯛の刺身が好物……………もしかして青葉のことか?
「あとお前さ、教室に掛けてある巻物?あれ書き文句が「焼肉定食」なのはセンスねぇぞ。今すぐ張り直したほうが良いって」
あぁ…………妹紅が達筆で書いたやつだ…………
階段の下に小さく見える椰子飼さんを見つめる。
「心配すんな、あぁなりゃ二度とこうはしてくるまい。俺みたいなやつが来たとなれば逆恨みもしないだろ」
「そうか。すまなかった、ありがとう」
「礼は要らないって言ったろ?俺はただの職人だ。あぁ、そうそう。お宅らの探してる椰子飼梓だっけか?そいつはまだ生きているから、適当に探しておきな」
「な、なんだって!?」
「あばよ、お宅にはもう用はねぇ、俺は定時でさっさと帰らせてもらう」
青年は飛び上がると、山門の上に飛び乗って、すごい速さで消えていった。
さっきの拳法といい、今の冴えた動作といい、体術を身に付けているのか…………?
この私の知るハクタクの叡知では、あれは大陸の体術という風に記憶されているが…………
彼はいったい、何者だったのだろう。
「そんなことより…………!!」
梓ちゃんは、まだ行方不明とはいえ生きているのか?
ならば、早く探しにいかないと。
今彼女は、どこで何をしているのだろう…………?
私一人では捜索できない。青葉や妹紅に協力してもらうしかないか…………?
「すまない青葉、また貸しを作ってしまうことになる…………」
私はいぬゐ舎を目指して、寺子屋前の階段を駆け降りていった。