東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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懐かしみの入り口は

 

「う…………うぅ…………む」

 

あ、目覚めた。

 

「おはよう、体調は?」

 

できるだけ怖がらせないように、俺はそこで寝ていた伏黒仙翁に声をかける。

 

「ここは…………」

 

伏黒は辺りを見渡す。

ありふれた小屋のような小さな木造建築。俺の家よりかは立派で落ち着ける、木の暖かな匂いが気持ちいいこの部屋は、人間の里のある場所だ。

ここに居るのは俺と妹紅。アリスと雛には今、寺子屋の外で待って貰っている。

 

「て、寺子屋…………?」

 

「君なら慧音さんのことを色々知っていると思ってね。それでここへつれて来たんだ」

 

椅子を少々拝借してそこに伏黒を縛り付けていた。

 

「─────処刑ですか?拷問ですか?」

 

「いや、聴取だよ。黙秘権は一応ある。けど、相手が誰かって言うことだけはわかっててほしいと思っていたんだ」

 

「─────なるほど、あなたらしいやり方ですね」

 

伏黒少年はやらかしの顔はしているが、まるで反省の色も焦りの色も見えていない。まさかこんなに戦いのために磨かれた子供がいるなんて。

 

「おいおい…………さっき斬られたばかりなのにぜんぜん懲りないなお前って」

 

「まぁ。負けたのは僕なんだし、大抵のことは話そうとは思いますが。でも、僕なんかを捕まえて何が訊きたいんですか?上の人たちの事は、梓ちゃんぐらいじゃないとわかりませんよ」

 

伏黒が首を傾げる。

 

「大丈夫。その梓ちゃんについて色々訊きたいだけだからね」

 

「友達の秘密を吐かせるんですね。なかなかどうしで、あなたも下衆な手が多い」

 

「─────大丈夫、俺は訊かない」

 

「………………ん?」

 

「君の話を訊いてくれるのはこの人だよ。俺たちは、これで終わりだ」

 

俺は伏黒に背中を向けると、隅で突っ立っている妹紅を連れて部屋の外に出た。

 

 

 

「…………青葉」

 

すれ違いに「その人」に出会った。

 

「問題ないよ。話したとおり、あとは、任せるからね」

 

「あぁ、任せておいてくれ」

 

そのまま、俺たちは寺子屋を出ることになった。

 

 

 

「なぁ、オオバ」

 

不意に、妹紅が俺に質問をしてきた。

 

「どうしたの?」

 

「お前はどうして、そんなにも平和的に解決しようとしたがるんだ?」

 

いやいや、逆に妹紅は平和的にやりたくないのか?

だが、質問を質問で返すのは俺が大嫌いな事だ。

とりあえず、俺なりの回答を考えてみる。

 

「そうだなぁ………もしかしたら俺は本来、争い事には向いていないのかもしれない」

 

「どういうことだ?逆に私はどうなのかっていうと、向こうが手を出してきたんならこっちは徹底的に叩き潰すってのが道理だろ?だいたい、伏黒(あいつ)は1ミリだって改心している様子じゃないじゃないか」

 

「だからさ、それを改心させるために、今から話し合うんだろう?」

 

「わっかんないなぁ。お前、子供の頃は人も殴れないくらいのお人好しだったのか?」

 

────────俺はどうなのかわからなくなって立ち止まってしまった。

俺は……………本当に争いが嫌いなのか。

 

「ごめん、妹紅」

 

「───ん?」

 

 

 

 

 

「俺さ…………子供の頃の記憶がないんだ」

 

「そうなのか?」

 

妹紅が驚いたような反応をする。

 

俺は不思議なことに、子供の頃の記憶がない。安曇と遊んだ少年時代ぐらいはまだ覚えているが、物心ついた時からの記憶はあまり残っていない。

なんだか、点々と孔がある。

ハクタクの王様によって、母さんの記憶を消されたから、父さんと二人、あるいは俺一人の時の記憶しか残っていない。

母さんと居た時の記憶というものは全て忘却したのだ。

 

「妹紅と違って、俺は最近他界した親父のことしか覚えていない。自分に母親がいたっていうことすら知らなかったんだ」

 

「………………子供の頃に何かあったのか?」

 

「わからない。ただ……………」

 

俺は脚を壁へと進めて窓の外を見つめる。

秋の昏い夕焼けが照らす空に浮かぶ、あの紫色を雲と金の月を見上げていた。

 

「俺は【何か】をするために、永琳さんの所へ弟子入りした気がするんだ」

 

「何か…………って?」

 

「それが思い出せないんだ。気がついたら俺は、ただ永琳さんの元で何でもない日々を過ごしていた。そしたら俺は、テーとあまり変わらない背丈の少年から、今の姿になっていた」

 

「お前って…………親父の店を継ぐために、人間の里へ来たんじゃなかったのか」

 

「あぁ。でも、俺はその夢を捨ててでも、今では思い出せない何かをしたかったんだ。それさえ思い出せれば、俺の記憶も戻るのに」

 

でも、どうだろう。

この記憶も、ハクタクの王様に消されたのか。

わからない。自覚がない、消えた記憶は消えたということすらわからない。

 

声は上がらない。

目は見えない。

耳は聞こえない。

鼻は嗅ぎ付けない。

舌は苦みを感じない。

この手も、なんの手ざわりも憶えやしない。

 

もしかしたら、あの「何か」自体、幻想郷には何の意味もなかったのかもしれない。皆にとっては、どうでもよかったことなのかもしれない。

 

けれど、俺はそれでも歴史を思い出そうとさる。

俺は引き続き歴史を漁る。

 

そうしなければ─────

 

 

 

「俺は────────」

 

 

 

「でも、私には予想がつくよ」

 

「え……………?」

 

「お前はさ、バカなんだよ」

 

バカって…………そんな簡潔な。

 

「頭が悪いとか、考えなしとか、アホだとか。それもあるけど、そういうことじゃない」

 

君よりかは賢いぞ俺は。

 

「そうじゃなくて、自分のことがなんにも考えられないんだお前は。お前はさ、いつも誰かの心配ばっかりしている。自分の怪我とか、そんなことにぜんぜん気付けていないんだ。他人のほうが気になるから」

 

妹紅は俯いている。

その表情はわからない。

 

「────────」

 

「だから私にはなんとなくわかるんだ。そんなお前にできることなんて、せいぜい、誰かを救うことぐらいなんだ」

 

「妹紅……………」

 

「なぁ、私はわからないんだ。なんでお前はさ、そんなにいつも笑っていられるんだよ?」

 

「妹紅?」

 

「お前、本当は苦しいんだろ!わかるんだよ、その表情で!」

 

突然顔を上げてきた妹紅の瞳からは、何故かあふれかえる程に滲んだ涙が溢れ落ちていた。

 

「ちょっと、妹紅!?どうしたんだ!?」

 

「お前、怖いんだよ。いつも笑っているから。でも、一番怖いのが…………お前、いつも笑っているのに、【眼だけは】いつも笑っていないんだよ!」

 

妹紅が…………頭を押さえて呻いている。

だめだ、壊れている。

いや、なんで。俺、何かしたのか?

 

「そんなことない、俺は楽しいよ。妹紅や慧音さんと一緒に過ごせている今が、幸せだよ!?」

 

「お前の口は幸せそうなんだよ。心の底から今を楽しんでいる。でも、眼だけはいつもそんな色に濁っているんだ」

 

「眼が…………濁っている?」

 

嘘だ。俺の眼はいたって健康だ。

視力も普通に2.0はある。

結膜炎もドライアイも持っていない。

 

「私が…………なんでこんなに泣いているか…………わかるか?」

 

「わからない。でももし、俺が君に何か悪いことをしたのなら、謝るよ」

 

「お前の顔はさ…………昔の私に物凄く似ているんだ」

 

それは…………まだ、姫様と再会できていなかった頃の…………自暴自棄だった頃の妹紅のことか?

 

「だ、だ、大丈夫なの、妹紅?様子がおかしいよずっと」

 

「ほら、そうやって自分の心配よりも人のことばっかりなんだ。お前はさ、自分が苦しいことに気付けていないんだ。知っているんだ、お前…………本当は後天性のアスペルガー症候群なんだろう?」

 

「な、なんでそれを……………」

 

アスペルガー症候群とは情緒障害、いわゆる自閉症スペクトラムのことだ。

 

「お前の感情は昔から薄すぎる。私とお前の縁だって短くはないんだ。お前は喜怒哀楽で言うと、喜と楽しかないんだ。なんなら、お前は本当に喜ばしい、楽しい、そう思っているのかすら、私には判断できないんだ。残りの二つはどこに置いてきたのかわからないけど」

 

「俺だって、本気になったら怒るよ?」

 

亦紅と対峙した時はもう本気でブチギレてたよ。

 

「あんなの怒っているうちに入らない。威嚇しているだけだ」

 

「そんなことない、本気で亦紅を半殺しにしてやろうと思ってた」

 

「それならもっともっと問題だ。つまりお前は、里の皆や仲間の敵にしか怒れないってことなんだ」

 

「──────────」

 

確かに……………そうかもしれない。

俺は、自分の不利益とかじゃなくて、もっと解りやすい悪党に怒る。秩序という正義を後ろに背負って、皆のために怒っているのかも、しれない…………

 

「お前は、自我っていうものを何処へ置いてきたんだ…………?」

 

「自我…………か。自我ってなんだろうね」

 

言われてみれば。俺は、いつの頃からか、自分の本心を口に出して…………自分の事を主張するような事はなくなっていた。

いつも、周りの事しか考えられなくて、自分の意見なんてすぐに押し潰していた。

俺は、献身的なだけとかでは済まされない程に、自分と言うものを喪ってしまっていたんだ。

 

「お前を見ていると、昔の私の姿がありありと脳裏に現れるよ。だから、私には今のお前の気持ちがなんとなくわかるんだ。だって、これでもお前と同じ道を歩んだことのある、人生の先輩なんだから」

 

「でも、俺は苦しくなんかないぞ。今も昔も、俺は俺。神門青葉であることに変わりはないじゃないか」

 

「気付けていないんだ、お前は。自分がどれ程壊れているのか、もはやそれすらわからない状態になっている」

 

俺は…………妹紅がそこまで心配するほどの状態なのか。

 

「妹紅」

 

「どうした………?」

 

「これ以上、泣くのをやめてくれ。何だか、俺まで悲しくなってくるんだ」

 

妹紅の姿が…………よく見えない…………

泣いている女の子は…………何故かわからないけど。

昔から、大嫌いなんだ。

 

「─────おかしいぜ。私がお前を心配して泣いてやってるのに…………お前まで涙が出てきているじゃないか」

 

泣きながらも、振り絞るような笑顔が見える気がする。

 

「当たり前だろ、だって君は…………」

 

 

 

─────俺は、もしかすると。

 

 

 

「俺の大切な友だちなんだから」

 

 

 

─────永琳さんの元へ行った理由は、

 

 

 

「ぷぷっ。泣きながら言われても響かないよ」

 

 

 

─────誰かを守ってやりたかったからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「──────なんだ!?」

 

急に、ガタンという大きな音と振動が床に響いた。

当然、俺たちの涙はひっこんだ。

 

「──────教室からだ。まさか、伏黒のやつ、また暴れだしたのか!」

 

「だとしたら一大事だ、慧音が危ない!」

 

分かってる、そんなこと。

 

「行こう!!」

 

「あぁ!!」

 

 

妹紅と二人で教室に戻る。アリスを呼ぼうとしたがそんな暇ない。こんな派手な音を立てればアリスも気付いて駆けつけてくれるはずだ。

それを信じて俺たちは走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「──────ストップ。そこから先は行かせないわよ」

 

 

 

 

 

突然、目の前に鎖の壁が張り巡らされた。

 

「うおっ!?」

 

二人揃ってそれから後退する。

 

廊下を瞬く間にケージマッチを思わせる鎖だらけの空間に早変わりする。

壁床天井を縫うように、蜘蛛の巣を彷彿とさせる空間の中で、俺たちは反対方向を振り向く。

そこに立っていたのは1人の若い女。

若紫色の紬を着た、髪の短い美女であり、その袖の中からは鎖が伸びていた。

まっすぐな瞳が語る中性的な印象は妹紅や慧音さんに良く似ている。

だが、その眼はそれ以外にこちらへの明確な敵意と、敵に対する容赦の無さを顔面にさらけ出しているようにも取れた。

 

 

 

「こんにちは。悪いけど、その「けーね」っていう人の身柄は戴いたわ」

 

「お前、慧音に何する気だ!お前は誰だ!」

 

妹紅が鬼の形相で女を睨み付ける。

 

「庭石菖。今ではお馴染み、五輪華の1人よ。まぁもっとも、私は本命じゃないけど」

 

「本命だと?」

 

「まさか……………もう1人居るのか!!」

 

「えぇ、ご丁寧に部屋を出たのが穴になったわね。親しき仲への下手な礼儀はその破滅を招く物。少しの間は時間がかかるでしょうから、せめてあなた達の足止めぐらいはさせて貰うわよ。ま、命まではとらないけど」

 

敵の袖の中から綺麗な白い手が降りてきて、そこに握られた武器の姿が(あらわ)になる。

 

─────あの形状、鎖鎌か!

 

そこらに張り巡らされた鎖の道を眼で辿ってみる。武装把握は真っ先にすべきだ。

天井に張られていた鎖がゴールか。

その先端からは、ドスのような長さの短刀がふらふらとぶら下がっていた。

鎖鎌は先端に分銅が取り付けられている筈だが、この場合は刃物がついているのか。

なるほど、五輪華は形は違えど全員剣客だからか。だが、この菖という女は鎌使いというだけあって、どうやら特殊な系統のようだ。

 

「ふふっ、仙翁くんが大暴れしているようね。あの子供、なかなかしぶといからウザったくて嫌いだったのよね。仕留めてくれて感謝するわ」

 

ウザったい…………?

 

 

 

「なんだって…………お前達は仲間じゃないのか」

 

「役立たずの仲間なんて誰が可愛がってやるものか。この世は実績が全て。産まれも育ちも家柄も流派も男女も関係ない。人間に仇なし、結果さえ残せれば誰でも私たちのようになれる。だいたい、私たちはもとから敵同士よ」

 

五輪華は、互いに敵同士なのか!?

 

「それにしても、仙翁くん必死ねぇ。勝てもしない相手に立ち向かうなんて。あのまま斬り殺されたらいいのに。でも感心ね、お世話になっている寺子屋の先生の為に頑張るなんて、いい子いい子~」

 

「───────お前は黙ってろ」

 

殺されていい奴なんて、この世に1人も居る筈がないだろう!!

 

「あら~っ、お兄さん怖い怖い~。思わずお姉さん驚いちゃったわ…………さて、無駄話と時間稼ぎはここまでだな、二人揃って自家製干し肉の仲間にしてやる」

 

急に柔和な表情が凶器的な眼光に切り替わる。

そのまま女は鞭を打つように鎖鎌を振るった。

狙いは正確に、俺のほうへ。辺りを囲っていた鎖は一瞬にしてほどけ、1本の釣り針のように、俺の胸へと炸裂した。

 

「ぐうっ…………づっ!!!」

 

「妹紅!!!」

 

寸前で、俺の胸の前に手を出してくれた妹紅が助けてくれた。

しかし、今のせいで妹紅の右手は鎖鎌の先端に取りつけられた短刀に貫かれた。

 

「いっ………てぇぇぇぇ……………!!!」

 

「あらら…………ひどい怪我ねぇ。大丈夫?」

 

「────チッ」

 

妹紅は素手についた自分の血を振り払う。

 

「いくら死ななくても、痛いもんは痛いんだからな」

 

妹紅の右手はあっという間に再生した。

 

「そして、痛い時は誰だって腹が立つもんなんだよ!」

 

妹紅が勢い良く四股を踏む。

床に響いたその恐るべき大地の移動かの如し振動で俺は思わず床に尻餅をつく。

 

 

 

「なまじ意識があるぶん、死ないときはだいぶ辛いんだよ。もし人を殺したいんなら、ちゃんと私を殺しきってみろ!!」

 

「再生能力…………?面白いわね。つまり幾らでも痛みに踠く表情が見れる訳だ、楽しみ楽しみ」

 

冷静な動作で鎖を引き返す菖。

次の瞬間、白銀の髪が夕焼けに吼えた。

 

「不死鳥の力…………ここで見せてやるよ!!」

 

 

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