東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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剣鑽

 

「やれやれ…………どこまでも解し難い男よ。どうしてわざわざ勝てない戦いに出るのか」

 

何十回にもわたる神門青葉の突撃をいとも簡単に弾き返しながら、竜胆筆竜はそろそろ退屈そうな表情を浮かべる。

 

「この時間で一体何人の女を抱けるのかと思えば惜しくて仕方ない。俺も別に遊びに来てるわけじゃない、そろそろ諦めて貰いたいんだがねぇ」

 

「慧音さんを……………離せ……………!!!」

 

息も絶え絶え、いよいよ底を尽きた肉体で青葉は自分の何倍以上と格上の筆竜に対して敵意の眼差しを向ける。

 

「離せって言われて離す阿呆がどこにいる。離して欲しかったら…………まず、俺に両手を使わせなくちゃあならないな」

 

筆竜は左腕の中に布で口を縛った慧音を抱えながら、右手に持った刀で青葉とやり合っている。

人一人腕の中に抱えた状態では片手が塞がっているし、動く事も難しいので当然条件的には圧倒的に筆竜のほうが不利。青葉のほうこそ大怪我しているが、決して怪我の程度で帳消しになるようなハンデ差ではない。

筆竜はこれでも達人。片手塞がろうと、脚を動かす余裕なかろうと、青葉程度の未熟者が相手なら、人を抱えながら返り討ちにする程度の事は雑作もないのだ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

渾身の攻撃は、

 

「浅い!!!」

 

鮮やかに、軽やかに弾き返された。

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

再び床に転がってまた立てなくなる青葉。

身体はもうボロボロで、ただいま筆竜へと走っていったこと自体が奇跡かと思うような状態だ。

むしろ、今までよくこの状態で戦えていたものだ。

 

「いったいどんな厳しい修行のせいか、忍耐力だけは一流だな…………まぁ、そういうのを一般的には「往生際が悪い」って言うんだが」

 

「うっ…………くっ…………」

 

刀を握り、また立ち上がるが、青葉は今度こそ立てなくなって、畳の上に倒れた。

 

「やめておけ、その状態でもう一度俺にかかれば、二度と刀が握れなくなる。俺に返り討ちに遭うと言うか、普通に怪我が祟って腕が機能不全になっても知らんぞ」

 

「────────────」

 

「とはいえ、ここまでかな。なら、トドメを刺すか」

 

「──────!!─────!!」

 

腕のなかで慧音が激しく暴れだす。

 

「おっ、おっ!?危ない危ない。そう暴れるなって。俺は下手に苦しませたりする趣味はないんだ。そうやって邪魔されると、彼の苦痛が長くなるだろう」

 

(─────────────)

 

だが、青葉は待っていた。

決死のチャンスを。

 

確かに、これ以上は動けない。だが、まだあと一回は動ける。

最後をどこで使うかはもう決めている。

 

(──────筆竜がトドメを刺しに来た瞬間…………)

 

死中こそが一番の好機。相手を追い込んだ後の油断が命取りになるということを、この強者はわかっていない。

 

青葉は絶好の機会をうかがう。

歩み寄ってくる筆竜を細目に見ながら、自分に襲ってくる死の恐怖に打ち勝とうとする。

できる限りリアルな、やられた演技を。

 

 

 

 

「さて、最後に一つ………………」

 

 

 

 

 

剣が、振り上げられる。

 

──────────今だ。

 

 

 

 

 

(いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)

 

青葉は手の平の上に転がっていた刀の柄を強く握って、爆発したように起き上がり、筆竜に向かってその刀を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ…………【演技ヘタ】だなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

(なっ………………………!?)

 

見てからは絶対に避けれないはずの胴払いを、彼は背中を反らして躱してしまったのだ。

彼の顔の前を通りすぎる刃。

 

 

 

「あぶねぇなぁ!!女もろとも俺まで斬ろうとしたのか?」

 

(しまった………………)

 

幸い、筆竜は左腕に抱いていた慧音を無理やり両腕で抱き締め、押さえつけながら背中を反らしたので、今の攻撃は慧音にも命中しなかった。

 

「お嬢さん、大丈夫かい?なぁんて、冗談。ここに来て死んだふり作戦か?そんなやり口、何回も見てきた。この世で最も美しく、そして強いこの俺に、そんな幼稚な手口が通用すると思うなよ!!」

 

「くそっ…………………!!!」

 

青葉は力尽きて尻餅をついてしまった。

 

 

 

「いいか?作戦っていうのはな、こうやるものだ」

 

 

 

筆竜は刀を逆手に持ち変える。

構えが変わったことで、空気が一気に変容する。

 

 

 

 

 

(まずい、怒らせてしまった。なんか、とんでもない一撃が来る気がする…………!!)

 

 

 

「ふぅぅぅぅぅ………………!!!!」

 

(くそっ、怖い!何が来るかわからない!何をするつもりなんだこいつは…………!!)

 

構えが見たことのないものなので、何にもわからない。

何が来るのか必死に予想を立てる。体力的に避けれないのはわかっているし、防げないのも百も承知だ。

だから、できるだけ死ぬ確率を下げるために、可能な限りの動きを取れるように。

 

 

 

「───────────っ」

 

「終わりだ」

 

 

 

一瞬、筆竜の眼が上に動いたような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「えぇぇぇい!!!って、どぉぉぉ!?」

 

ズドォォン、という破壊力のある刺突音。

畳を刃が貫いた。

 

畳に綺麗な赤い血が飛び散る。

 

 

 

 

「うっ……………ぐぁぁぁ、っ…………!!」

 

脚を抑えて踠く青葉。

だが…………その座標は先ほど尻餅をついていた位置から大きくずれていた。

間一髪で転がって、身体の芯を貫かれるのを防いだのだ。

 

 

 

 

「─────────────」

 

とはいえ、やられた青葉。

普通はやはり避けれなかったかと嘲笑うところだが、筆竜は違った。

 

「───────まさか、今のを避けるのか」

 

 

 

筆竜は青葉を一瞥してから、畳の方を見る。

畳に突き刺さっていたのは、鎌の刃。

そして、その鎌の柄尻から延びている鎖と、その先に取り付けられた刃が、青葉の右足に刺さっていたが、貫通はしていない。

 

 

 

「痛い…………畳の上って…………痛い…………」

 

そして、畳の上に転んで苦悶の顔を浮かべている庭石菖がそこにいる。

 

 

 

 

─────そう、筆竜は気を練っただけ練ったが、本命はこっち。

気合いを溜めていた筆竜に意識を集中させていた青葉の背後から、忘れていたあの菖が強襲してくるというもの。

奇想天外な作戦は、ギリギリで避けられたのだ。

青葉が気付けた理由はただひとつ、最後に筆竜の眼が青葉の背後から飛びかかってくる菖に向けられた瞬間だったのだ。

 

 

 

 

「大丈夫か、菖!?」

 

「問題…………ないわ…………」

 

まさか外すと思っていなかったのか、なんの受け身も取らなかったので痛そうな表情をしている。

 

「うぅ…………くっ…………ははは……………」

 

その様子を、痛がりながら青葉は弱々しく笑う。

 

 

 

 

「───────貴様」

 

「───────お前ら…………強襲【ヘッタクソ】だな…………特に青いの、お前が眼を動かさなかったら俺、気付かなかったのに…………」

 

もちろん、今のは、死にかけの限界級の生命力を振り絞り極限まで突き詰めた今の神門青葉にできる最強の罵倒であった。

 

 

 

 

「───────いいだろう、お前を俺たちの障害として認識する」

 

目付きをまた変えた筆竜が容赦なく倒れる青葉に飛びかかる。

脚に鎖鎌刀の先端についていた短刀が刺さっているので、青葉はもう脚も動かせない。

そんな状態の相手にも、容赦などしない。筆竜は今ようやく、青葉を倒すべき敵として認めたのだ。

 

「死ね……………!!!」

 

 

 

────────その時。

 

 

 

「───────仏蘭(フランス)!!」

 

「なんだ!?」

 

筆竜の横から攻撃が飛んできた。

 

 

なんという一撃。突然とはいえ、筆竜を吹っ飛ばしたのだ。

軽く剣で弾いたが、筆竜は吹っ飛ばされる。しかし、空中で華麗に受け身を取って着地する。

 

 

 

「今のは……………」

 

筆竜の口から怒りとも驚きとも取れない不思議な声が溢れた。

 

「お…………遅いよ……………アリス……………気付くの」

 

その正体にいち早く気が付いた青葉は、それだけ言い残してバタン、と力尽きてしまった。

 

 

 

「もう心配いらないわよ。あとは私に任せて、青葉」

 

「急に走り出すからビックリしたが、そういうことだったのか。剣客のくせに卑怯な手口ばっかり使うじゃないか、菖」

 

そう、颯爽と駆けつけてきたのはアリス・マーガトロイドと藤原妹紅であった。

 

 

 

 

 

 

「筆竜さま、下がって!ここは私が」

 

短刀を強引に青葉の脚から引き抜くと、鎖鎌を構え直して筆竜の前に立ち、アリスと妹紅の行く手を阻まんと立ちふさがる菖。

 

「いや、いい」

 

「………………え?」

 

「もう、欲しいものは揃った。これ以上の戦いは不必要と判断した。ここからは撤退行動。これ以上の戦いにおける体力消費は撤退の際に差し支えるから残しておけ」

 

次から次へと邪魔がきては、さすがの筆竜も連戦を拒む。

人形という、弾幕をしない筆竜にとってはわけのわからない攻撃を受けたことで動揺した様子がみられる。

ならば、欲しいものは手に入れたのだし、余計な戦いは避けてさっさと撤退する。

やはり場数は相当踏んでいるのか、冷静な対応が得意な筆竜のようだ。

 

「わかったわ」

 

大人しく菖もそれに従って鎖鎌を片付ける。

 

「野犬のくせに尻尾を巻いて逃げる気か?」

 

「そこのボロ布、次までに戦略的撤退って言葉を覚えておくように」

 

床に座り込んでいた慧音を再び抱きかかえ、筆竜は障子を蹴破って撤退を図る。

 

「ボ………………!?」

 

もんぺをボロ布呼ばわりされてあんぐりする妹紅。

 

「待ちなさい、その人を返して貰うわよ」

 

アリスは引き下がらない。

 

「そうだ!慧音を返せ!」

 

妹紅も便乗する。

 

「はぁ…………仕方ない、そこの馬鹿の頑張りもあるから返してやろう」

 

ため息まじりに、筆竜はそう言うと、頭を右向きにお姫様抱っこしていた慧音の向きを左右反転させてまたお姫様抱っこする。

 

「ほら、【返し】てやったぞ。じゃあな」

 

「ちょ、お前はガキか…………」

 

妹紅が言い終わる前に、筆竜は背中を向ける。

 

「さて、行くとしよ─────」

 

次の瞬間。

 

「逃げるな甲斐性なしがぁ!!!!!」

 

青葉が床に落ちていた伏黒の小太刀の片方を拾い上げて、筆竜に向かって投げつけたのだ。

 

「ぐふっ!?」

 

筆竜の左頬を掠めた刃が、一文字の切り傷を残していった。

 

「筆竜さまぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「─────────!!!」

 

鬼の形相で青葉を睨み付ける筆竜だが、

 

 

 

(無駄な戦いを避けろと言ったのは俺だ。だから、これ以上ここで戦うことはできない……………!!!)

 

男に二言はない。もちろん、矛盾したことを言うことも許されない。

 

「……………構わない、行くぞ」

 

冷静な姿を取り戻した筆竜はそのまま進む。

蹴破った障子枠から縁側へと飛び出て菖はと共に同じぐらいの脚の速さで、とんでもない速度で走り出し、外塀を跳んで上の瓦に着地し、そのまま外へと消えていってしまった。

 

 

 

 

「待ちやがれぇぇぇぇぇ!!!!」

 

妹紅が叫ぶがもう遅い。

 

「くっそぉぉぉぉぉぉ……………!!!!」

 

妹紅の背中から不死鳥の羽が現れる。

 

「やめ…………るんだ、」

 

青葉が妹紅のもんぺの襟を引っ張る。

 

「おい!?ふざけんな、離せオオバ!!!」

 

「ダメだ…………今の俺らでは無理だ、」

 

「そんなの──────」

 

「悔しいだろうけど落ち着くんだ妹紅。冷静になってくれ、今の俺らには慧音さんを守るほどの余裕はない。だから、下手に刺激するよりも、向こうで確実に保護して貰う方がいい」

 

「保護だって!?あいつらは、慧音を拐ったんだぞ!!!」

 

「落ち着きなさい妹紅。青葉の言う通りよ。あの男は、慧音先生の命を狙っているわけではなさそうよ。なら、身の安全は保証されているはず」

 

下手に慧音を取り返したところで、刺激した筆竜と菖を前に全滅は不可避だ。

筆竜はあくまで慧音を妻として取っておきたいだけだ。捕虜にも人質にも、その他のいかなる危害を加えることはない。

ならば、満身創痍の青葉たちよりも、筆竜のもとにいるほうが安全かもしれない。

そう青葉は判断したのだ。なかなかどうして、彼も冷静な思考回路を持っている。

 

「───────チッ、」

 

妹紅は舌打ちして座り込んでしまった。

 

「ありがとう妹紅。踏みとどまってくれて」

 

「いいよ。みんなが今じゃないって言うなら」

 

「とはいえ、困ったことになったわね。あんな強敵が現れるなんて」

 

あの伏黒がちょっと目を離した隙にやられた。

筆竜は青葉には手も足も出ない相手。

そして菖との連携も取れている。

今の青葉たちに勝てるビジョンは微塵もなかったのだ。

 

「そんなことより…………伏黒だ。いま、重症を負っている。早く、医者を…………!!」

 

「オオバ、言ったよな。お前は自分のことをまず考えろって」

 

「───────ごめん…………少し、休む」

 

素直に謝ると、青葉は畳の上に倒れてぐったりと目を瞑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「─────────このお人好しが」

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