東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
─────1ヶ月前、8月15日。
もうすっかりこんな時間だ。
まさか、夜帰りになるとは思ってもいなかった。紅魔館で死ぬほどボコスカされた後に魔法の森で迷子になったからか。
途中で弾幕勝負を吹っ掛けてきた人形劇役者みたいな女の子が出口まで案内してくれたけど。
いやー、あの辺は強力なスペカが多かったなぁ。あんなの、命が幾つあっても足りないや。
それはそれとして、ようやく着いた。
俺の故郷…………ワーハクタクの里に。
今日も綺麗な満月だ。
こんな日に帰ってこれるなんて恵まれている。
森を抜けた奥で、平坦な地形に集落を見つかった。
間違いない、ここだ。
家のつくりも大きさもあまり変わっていない。
だが、前に比べると少し賑やかになったかもしれない。
三度笠を脱いで、ハクタクの姿に変身する。特に意味はないが、みんな今夜はハクタクになっているので。
みんな寝静まった頃かと思えば、広場にキャンプファイアのように大きい焚き火をして、みんなで集まっていた。
そういえば、昔からの習慣で、満月の夜はこうして焚き火を焚いてみんなで集まっていたな。
なんでも、満月の夜に歴史を食べる、ハクタクの王様に向かって火を焚くらしい。
「王様、貴方のお陰で自分達の里は歴史を続けられています」と伝えるためらしい。
そして、善性が生き延び、悪性は滅されるこの夜にみんなで仲良く集まることで、里にいる全員で自分達が善であることを示すという習慣だ。
今晩はみんなで仲良くご飯を食べているみたいだ。
美味しいお肉の匂いがする。
「ただいま~」
焚き火のある大広場に近寄る。
「あ!オオバが帰ってきたぞ!」
里の見慣れた顔のワーハクタクが俺を指差してみんなの前で叫んだ。
「ほんとうだ!!」
「おかえりなさーい!!」
全員が温かく手を振ってくれた。
「みんな、ただいまー!!」
こうして、俺、神門青葉は故郷に帰ってきたのだった。
「ふぅ……………」
やっぱりこの里が一番落ち着くな。
ハクタクの姿に変身して周りに迷惑かける心配なく気軽に過ごせるから。
人間の里では、ハクタクの姿になると迷惑だし、周りが混乱してしまうから、俺は普段から日光や月光を浴びないように三度笠を被っている。
全員ワーハクタクであるこの里では、それが要らないというだけで気分が楽だ。
普段はお酒飲まないんだけど、こういう日は特別だ。
いやー、美味しいね。普段はこんな豪勢なご飯は食べられないし、ましてお酒なんて何年ぶりだろうか。
「よう、久しぶりだな。オオバ」
俺が座っていた丸太のベンチに誰かが座ってきた。
「安曇…………なのか?」
「おう、よく覚えていたな」
「久しぶり!!」
升を持って俺の隣に座ったのは俺の幼馴染み、
久しぶりに会えた。十数年ぶりだろうか。幼い頃からずっと一緒に遊んでいた親友にして旧友。
俺と一番仲の良いワーハクタクだ。彼はこの里に住まう有名な陶工の息子で、いつか家を継ごうと思っていたそうだ。
「どうなんだ?人間の里での暮らしは?」
「まぁ、ほら、ねぇ……………」
「わかるぜ、金はいつでも足りねぇよなぁ」
さすが以心伝心だ。言わずとも俺の唯一にして最大の悩みがお金のことだと一発で看破してきた。
「順風満帆、ってほどでもないみたいだが、お前なら問題はないだろうな。むしろ羨ましいぐらいだ。俺たちも人間の里には行きたいが、さすがに店を移すのは難しそうだしな。獣人である以上は、お前みたいに人間の里に上手く溶け込むのも難しいだろうなぁ」
「そんなことないよ。里の人々はみんないい人ばかりだから。俺がワーハクタクだって知っている人はいないけどね」
いい人たちなのはわかるんだが、やっぱり俺は自身の正体を隠しながら生きているのは事実だ。
「─────お前はどうしてそんなにも人間の里にこだわるんだ?お前の能力なら、別にここでも活躍できるだろ?」
まぁ、その通りだ。
俺の能力は人間以外の文字、言語にも対応している。もちろん、外の世界の言語にもだ。
「文字」と定義づけられたあらゆるものに対して俺の能力は作用できる。
だから、人間の里に留まる理由なんて、とくにない。
「でも、俺は人間が好きなんだ。ワーハクタクの里も好きだけど、俺は人間のことが大好きなんだ。父さんだって、わざわざここから遠い人間の里に店を構えたのも、きっと、そこで働くことに大きな意味を感じたからだと思うんだ」
「なるほどねぇ、人間が好き…………か。たとえ、人間が俺たちを嫌っていたとしても…………お前は人間を愛し続けるんだろう?」
「─────────」
「俺はお前を応援するぜ。だが、一つだけ忘れちゃいけないのは、俺たちは人間から山へ追いやられているってことだ」
それは……………
「俺たちだって本当は人間と同じような、まっ平らな土地で過ごしていた。だけど、少し角が生えているから、生活習慣が本能的に違うからという理由で、「異形」、「異端」、「
「───────あぁ」
「お前もいつか、石に躓いて転んでしまったとき、町中でその笠がずれたらどうなると思う?」
そりゃあ、俺は街中で角を生やすことになるだろう。その時そこに居る人々は、ハクタクの姿をした神門青葉をどのような目で見るのだろうか。
「…………………その時はその時、かな」
俺には、その時のことなんて考えられないし、考えたくもない。
「その時はその時で、か。ま、それが一番だろうな」
うん、きっと。
時代が変われば、俺たちは人間と共存できるはずだろう。
そう、信じているから、俺は─────
父さんの店を継いだんだから。
「おーい、子供らはさっさと寝ろ~。ハクタクの王様が来るぞ~」
思い付いたかのように、安曇は大きな声で呼び掛けた。
「はーい!!」
遊んでいた子供たちが家に帰っていく。
「驚いたな。それ、まだ伝わっていたんだ」
「あぁ、俺らの伝統みたいなもんだからなぁ。でもまさか、俺たちが子供に呼び掛けることになるとはな」
「あぁ、少し前までは俺たちが呼ばれていたのにね」
時の流れは面白いものだ。
「あぁ、そうそう。聞いたか?ハクタクの王様の怪談、俺たちの時代とはどうやら変わっているらしいぞ」
「そうなの?」
「えっと、お前いつ里を出たんだっけ」
「たしか、7歳ぐらいの頃に、父さんに連れられて…………」
「そうか。なら教えてないな。実は、お前が里を出た一年くらい後だったかな、二人の人間が猛獣に食われて死んだんだ」
「二人…………?死んだ…………?」
そんなニュースがどう関係するって…………
「まず、オチから言うと、そいつらを食い殺したのはハクタクの王様なんだ」
「嘘だぁ、ハクタクの王様は歴史を食べるんだろ?」
「別に、歴史を食べて生きているわけじゃないからな。バクみたいなもんだよ、歴史を食べる能力があるだけで、歴史以外のものも食べないと
なるほど………………
「ハクタクの王様は人間を食べて栄養を摂取している…………ってことか」
「さぁ?俺に訊かれても困る。ハクタクとはいえ、半分は人間の俺らは雑食だし、昔からハクタクが何を食べるかなんて教わったこともない。草食うかもしれないし、肉食うかもしれないし」
たしかに、それが人間だろうと別に肉が食えるなら別段おかしい話ではない。まぁ、ハクタクがそこまで知性のない獣とは思えないけど。さすがに、古来から伝わる偉大な聖獣、ハクタクが、目に映る
「数年前、それこそお前が里を離れて人間の里を目指して向かっていたいた時、人間の里に
安曇は昔話を始める。
「冬なんで、久しぶりの超大物だったわけだから、岳人は仲間から離れて単独行動して、牛を仕留めようと弓を撃ち込んだらしい」
「それで……………」
「そうしたら、その牛が相当しぶとかったらしく、岳人は牛の反撃を受けて重傷を負ったんだ。上半身をガブッ、と食われてな」
…………………………。
その牛が……………まさか……………
「それでなんとか息も絶え絶えながら生きてる状態で仲間に発見されたが、仲間に支えられながら帰ってきた3日後に岳人は死亡。だが、死に際迷っている最中に、仲間は岳人の遺言の中に、彼が見つけた牛は普通の牛とは異なるものだったらしいんだ」
「はぁ、そうなんだ?」
「背中に
「ハクタクだな、それ」
もちろん、この里の者たちは、ハクタクの姿を知らないわけがない。
長い角、背中に生えた棘、登頂の三つ目の目、腹にある目。
間違いない、ハクタクだ。
「……………?もう一人犠牲者がいるんだっけ?」
「あぁ、そうだったな、もう一人は岳人とはなんの関係もない子供だ」
「子供…………………」
当時の子供ってことは、俺らとおよそ同年代。7、8歳の小さい子供まで襲われてしまったのか。
「他に目撃者や死傷者が居ないってことは一人で来ていたんだろうが…………なんだろうなぁ、自業自得っつーか、運がねぇっつーか。野山で山菜か茸でも取りに来てたのかわからんが、その日を境に行方不明になったらしい。まぁ、死んだってことでいいだろう」
「うん……………」
「しかし、おかしいよなぁ。行方不明だってよ」
「そりゃそうだよ、死んでるかどうか証拠もないんだったら」
死んでいてほしくない、まだその人は生きている、そう思うように俺は大きめの声で言った。
「違う違う、ハクタクの王様が食ったのに、なんで俺たちは被害者が行方不明、ないしは死亡しているのがわかるのかって話だよ」
「─────────」
そうか、ハクタクの王様に歴史を消されたら、誰も何も覚えていないし、記録は一切残らない。なのに俺たちは、被害者たちが行方不明になったり、死亡しているのがわかっている。それどころか、それはうちでの出来事じゃなくて、里での出来事。それが伝わっているということは、その出来事は歴史として消去されていないのだ。
「ハクタクの王様はなんで歴史を食べているのに、人を食ったときはその歴史を消さねぇんだ」
「そりゃあ、そういうポリシーがあるんじゃない?」
「だったら、昔からハクタクの王様は人間を食うっていう言い伝えがあるはずだろう、俺たちですら、ハクタクが具体的に何を食べるのかもわかっていないのに、ハクタクの王様が食べるものをわかっていないんだ。少なくとも、ハクタクの王様が人を食ったという事実は、これまでの時点では存在しなかったってことだ。歴史が消えたのか、そうでないかはともかく、ハクタクの王様が人間を食らったという歴史が判明したのはこれが初めてなのが意味不明なんだよ」
「……………それは……………その……………もしかしたら王様じゃないハクタクかもしれないし」
「そこでだ。ここが一番この怪談の面白いところでな……………」
待ってましたぞその答え、と安曇はニヤリと笑う。
「岳人と、もう一人食われた子供。その違いはなんだと思う?」
「……………大人か、子供か、みたいな?」
飛びすぎだなぁそれは、と安曇は言う。
「それはな、情報が残っているかいないか、の違いだよ。考えてみろ、岳人は名前も職業も住んでた地域も、いつ死んだかも、消息も、最期もすべて記録に残っている。だが、子供の方はなんの記録も残っていないんだ」
「そうか…………行方不明、名前不詳、地域不明、ついでに性別も不詳か」
「あぁ、目撃者がいないとはいえ、なんだったら同伴していなかった保護者、及び地域の人は帰ってこない子供がいることに悲鳴を上げるに違いないのにそれがない。つまり、子供だけ、一部歴史が消されているんだよ。「子供が消えた」という事実を残してな」
「………………………なんか、無理やりこじつけた感じするね」
「んなことはどうでもいいんだ、怪談だし。てゆーか、いつまでたっても家に帰らねぇ子供を帰すには子供を食べるお化けの怪談がもってこいだろ、生物学的根拠とかどーでもいいんだわ」
……………たしかに、一理ある。
「でもな、大人になってからそういうのに首つっこみたくなる気持ちはよぉくわかるぜ、親友。俺も色々考えてるんだ。俺たちをはじめとした里のワーハクタクたちの間ではいろんな考察があってだな、例えば…………「消えた子供はワーハクタクの嫁に取られて今でも幸せに暮らしている」、とか「ワーハクタクはその子供に憑依して今でも幻想郷のどこかで暮らしている」、とか。あとはそうだな…………「食われた子供はワーハクタクになってしまい、その子供が食った別の人間がワーハクタクになっていく…………」とかな、考えてみたら色々あるもんだぜ」
全部SF臭がきついな。
最後のに関してはただのゾンビだよ。
「だが、ハクタクに食われた人間がワーハクタクになるっていう言い伝えはあるんだぜ?」
「ほんと?」
「ほんとさ。まぁ、そのなんだ。親友のお前だから言えるんだけどさ、ちょっと耳」
安曇は俺の耳に近づくと、小声で言った。
「────実はさ、俺のひいじいちゃん、後天性のワーハクタクらしくってさ。昔、変な牛に腕を噛まれたらしいんだ、それで、ひいじいちゃんは生まれつきワーハクタクのひいばあちゃんと結婚して、じいちゃんが生まれたらしいんだがな」
「そうなんだ……………」
「どうも、ワーハクタクには後天性のものと先天性のものがあるらしい。人間とハクタクが交わってできた子供、ないしはその子孫である先天性のワーハクタクと、もともとただの人間だったものがある日何かしらの理由でワーハクタクになってしまった後天性のワーハクタクがあるらしいんだ。どうなったら人間がワーハクタクになるのかはわからないが、もしかしたら、食われたら本当にワーハクタクになるのかもしれないぜ、人間って」
「ワーハクタクがハクタクに食われたらどうなるの?」
「知らん。まぁでも、生きて帰れることはないだろ。仮に、人間がハクタク食われたらワーハクタクになるんだとしても、ワーハクタクになって生き残れるのはほんの一握りだろうよ」
それもそうだな。
「なるほど、だからこの里には兵士が増えているわけか」
見れば、槍や弓を持って里の周囲を警戒している兵士がいる。
子供の頃はまだいろんな意味で視界が狭かったから気がつかなかったのかもしれないが、いくらなんでも、こんな大勢、こんなのはいなかったはずだ。
「それとはまた別だ」
「え?」
「最近、山賊が増えているらしくってな。そこらじゅうの里で悪さをするやつが急にいっぱい出始めたんだ。いちおうこの里は襲われたことないんだが、念のためにな」
「山賊………………」
「お前も気を付けろよ。もしかしたら、そのうち
後になって思えば、安曇の忠告と推測、そして直感は、本当に的確で鋭かったんだと思った。