東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
───────。
────────────。
─────────────────。
──────俺は、負けたのか。
「────────────────」
………………まぁ、負けてるか。
死んだのか……………いや、まだ?
勝てるとは思っていなかった。
負ける覚悟で挑んだ。時間稼ぎができればいいと思っていた。
だが…………俺が想像していたよりもずっと、成果は悪かった。
ものの一瞬でやられた。
「やっちまったなぁ……………」
奥の手は出しきった。やれることは全部やった。
それでも届かなかったのは、俺がまだ未熟だったからか。
そりゃそうか、剣握ってまだ半年だもん。
むしろ良くやった方だ。
「………………でも、」
ここで終わってチャンチャンだなんて、そういうのでは許されない事のような気がしている。
「────────負ける試合はしない主義なんだけど、」
(───────誰だい、あんたは)
「─────────?」
なんか、遠くで声がする。
あの、あのかすかな光の向こうに、誰かがいる。
(─────俺?俺は、そこらへんの商人)
(た、助けてくれてありがとな)
─────あぁ、この光景は…………
俺は、夢を見ているのか。
(─────うん、ありがとう)
────────ありがとう。
あの言葉は、あぁ。そうだ……………
俺が人生で一度も理解できなかった一言だった。
ありがとう、って…………嬉しかった時や、助けてもらった時に、感謝している時に言うものだ。
助けてもらったのは俺なのに、自分は助けた方なのに、感謝されるべき者がありがとうという言葉を述べた。
それがどうしてなのか、俺にはさっぱりわからなかった。
なんで、当たり前の顔をして、助けてやった人にありがとうの気持ちを示すのか。
「────────────」
それが、知りたかった。
俺はそれが知りたくて、剣を取った。
彼はどうして───────
俺は、それを戦う機会をくれた事への感謝だと思い込んでいた。
今になってみればなんと愚かな考えだ。
自分の刃を振るうことが快感であると、勝手に解釈してしまったんだ。
(それが、お前と彼の決定的な違いだ。お前が彼の背中に届こうと思うなら、まずはその考え方から改めなくてはならないはずだ)
─────あの一言が、俺を変えた。
はじめはバカジャネーノって思っていた。
だが………………
(ちょ────う、おぉっ!?)
(危ない!!!)
彼は、戦いに負けて城から落下した俺を助けてくれた。
敵ですら守るその余裕に最初は腹が立った。
(おい、あんた…………なんで俺を助けたんだ)
(当た…………り前じゃないか……………」)
(──────────)
(だって君…………人間だもん、)
(─────────ッ…………!)
(それに、慧音さんを…………助けてく、れたのも、君じゃな…………いか……………)
だが、そこでようやく俺は解った。
ほんとうに……………彼は俺の想像の4倍ぐらい頭が悪かった。
ただそうしたいから、という理由で人を助けようとしている。
困っている誰かを助けることは彼にとっては当然のことなのだ。
礼を言われる筋合いすらない。
なのに、そんな当たり前のことに感謝してくれる誰かに、彼は感謝していたのだ。
あの時だってそう。
彼が盗賊に荷物を盗まれそうになっていた俺を助けたときだって、それが当たり前の事だったから。
自分がやろうと誰がやろうと同じだと思っている。
助けてあげるつもりすらなかった。
助けなければならないと、彼が義務だと思っていた。
そんなしがらみに囚われているというのに────
ありがとう、と言った彼の顔は、幸せそうに嗤っていた。
その顔が幸せそうだったから、俺もそうなりたいと願った。
剣を振るえばそうなれるかもしれないと思ったから、俺はこの道を踏んだ。
でも結局、俺にはわからなかった。
俺はちっとも幸せなんかじゃなかった。
いや、嘘。
お菓子食べてるときは最高に幸せだった。
けれど、剣を取っても楽しくなんかない。
何人の敵を倒したって嬉しくなんかない。
相手が悪いのか?
そう思った俺は意地でもあの剣士と戦うためにわざわざ獣人のフリをしてまで山賊になった。
でも、彼と斬りあっても楽しかったがコレジャナイ感が強かった。
彼はほんとうに、これが幸せだったから?
と疑うようになって─────
─────俺は、何を間違えている?
ここまで悟ったのに、あと何が足りていない?
あと何が解れば、俺はあの剣に追い付ける?
「─────────あ」
そうか。もっと、単純なことに俺は気付けていなかった。
俺のドスには…………刃がある。
対して、彼の剣にはそれがない。
俺は……………「斬った数より多くの人を救う」ことが彼の理念だと思っていた。
─────でも違う。
誰も斬らずに……………全員を救うために、彼は剣を振るうのだ。
なんて呆れた正義だ。
そんなの無理難題に決まってる。
「……………」
でも、無理だからこそ、美しい。
できないからこそ、気になる。
不可能だからこそ、憧れる。
────────あぁ、そうだ!
俺はこんなもののために剣を取ったんじゃない!
俺は、そういうものが欲しかったんだ!!!
「あぁ、そうだ!!!」
俺は戦う!!俺は戦わなくてはならない!!
他でもない、みんなを救うために!!
【巴照を助けるために】!!
もう彼は手遅れなような予感もするけど、それでも助けてやりたい!
獣の血に囚われて今も人間性が崩壊して心と共にほんとうに大事なものすら失おうとしている彼を助け出すために!!
それが、当たり前のことなんだ!!!
俺は必ず勝つ!!
そして、筆竜を救い出す!!!
俺はいまから─────敵も味方も全員を助けるための剣を取る!!!
「──────────っ……………」
「────────!?」
突如、むくりと起き上がった御衣黄を見て巴照は振り向き驚く。
「ウウゥゥゥゥゥゥ…………………」
敵意を向ける巴照は鼻息を荒くして御衣黄を見据える。
口からは涎がどろどろと出てきて、もう彼の顔にも、人間性は見られなくなった。
「──────【筆竜】、あんたのことは絶対に殺さない」
「アァァ…………………ウァ………………」
「すぐに助けてやるからな、待ってろ」
御衣黄は目の前に落ちているドスを見下ろす。
その刃はもう真っ二つになってしまって、とても使い物にならない。
「長ドスの御衣黄…………ハッ、馬鹿馬鹿しい」
御衣黄は自分の愛刀を惜しげもなく蹴りとばす。
巴照の方向と真逆の方へ。
段差の下、ずっと下の池へと落下していったドスはもう二度と拾いにいけないだろう。
それでもいい。もう、彼にそのような武器を使う必要はない。
「──────さぁ、行くぜ」
代わりに、腰から吊るした鞘を抜いて順手に持つ。
戦う前に抜刀してからは邪魔だと何度も投げ捨てておいた鞘。だが、今度は刃のほうを捨てる時。そして、もう二度と拾うことはない。
(──────衣沙門剣でこの相手には勝てない、衣沙門剣では人を救えない…………)
──────だが、彼にはある。
「覚悟はできるんだろうな、バケモノめ」
御衣黄は着物の内から三色団子を贅沢に3本取り出す。
「はぁむっ、」
そして豪快にその9個の団子を口に放り込む。
「オオオォォォォォォォォ!!!!」
獣は獲物の決定的な隙を逃さない。
まだ食べている御衣黄に食らいつく。
「食えば食うほどぉ……………」
御衣黄はそんなのお構いなしに、いや、気付いていないのか。さらに大好物の八橋を、箱開けそして中身全部を口に放り込んだ。
そして、
「……………強くなるうッ!!!」
御衣黄の身体が破裂音と共に空気の波を巻き起こした。
「ヴっ…………!!!!!」
衝撃波で弾き返された巴照は改めて獲物に肉薄しようとして───
「グウッゥ………………!?」
一度、止まった。
「あぁぁぁ~、食える食えるぅ、食えば都ぉ…………腹八分目……………食事制限なんてないぜぇ……………食わぬは毒、食べすぎは薬…………ってねぇ」
酔っぱらったようにフラフラとする御衣黄の姿があった。
結っていた髪はいつの間にか下ろされており、千鳥足で独り言を呟きながら意識を朦朧とさせている。
「───────ウゥッ!!!」
やる気を注入するつもりで自滅ルートを辿った御衣黄に突入する獣一匹。
獣化の度合いがさっきと違うため、今までよりもさらに速い。ただでさえ見えなかったのに、この姿ではどうしようもない。
「ギエェェェェェ!!!!」
「─────うぃぃいよぃしよっと、」
しかし、御衣黄はふらふらとおぼつかない足取りのまま、その鞘の先端を巴照のみぞおちに叩きつけたのだ。
「ゴゥッ…………!!!」
強烈な突きを食らって後退する巴照。
痛みはない。しかし、
「ううぅっ……………!!!」
意味のわからない現象を目の当たりにした彼には、新たな変化が起きた。
(ウウゥゥゥゥ…………ない、がァァァア)
「んどぅおしたぁ、くぉれでぇ、おわりじゃあ、ねぇだろっ」
(わから…………ない…………ウウゥゥ!!!)
「へへへっ、んじゃあ、俺からぁ、いくぜっ!!!」
(────────コワイ!!!)
「いち、に、さん!!!」
平手打ち、裏拳、八頚の三連撃。
酔っぱらったような動きだが、威力はこれまでの比にならない。
そもそも、あれだけ当たらなかった攻撃が当たるようになっている。
巴照が躱そうとしていないのもあるが。
「だーっ!!!」
身体を横に剃らしながら両拳で胴体を殴り付け、
「ンガァァァァァ!!!!」
巴照は地面を派手に転がりながらやられる。
(────ナンダ…………今のは!!!)
「んううあぁぁぁ!!!甘味がたりねぇっ」
御衣黄は着物の下をはだけさせると、そこから出てきた瓢箪の蓋を開けて口に咥えると、背中を反らして一気に飲み干す。
「ぷはッ!!やっぱラムネは最高だなッ………げふぅぅぅっ」
御衣黄の顔が真っ赤になっている。
まるで酒を飲み過ぎて酔ったような動きと口調。
これが、巴照には怖かった。
─────今までに見たことのない動き。
未知、知らない。
知らないからわからない。
わからないからどうしたらいいかかわらない。
だから、怖い、そして恐ろしい。
「ヒック………そろそろ………終わりにしようぜ」
御衣黄がまた鞘を構える。
しかし、その構えはいつもと全く異なっていた。
「──────ナンダ………アレハ!!!」
酔ったせいか、普段の型を忘れてしまったようだ。
御衣黄は普段、脚を肩幅より少し広めに開いて身体の左側を前にした前傾姿勢で右手に持ったドスを袈裟向きに持つ。
しかし、いまの彼は直立した状態で脚を肩幅に開き、身体の右を前にして真っ直ぐ縦一直線に刀を構えている。
「───────ウァァァァァァ!!!ヤメロォォォ!!!」
巴照が、初めて人間らしい感情を出した。
やめろ、という人間の言語を発し、頭を抑えたまま立ってもがく。
「───────いくぜぇっ、これが俺の必殺技!!我流衣沙門剣の零式ぃ!!」
「イィァァァァァァァァ!!!来るなぁぁぁぁぁ!!!」
巴照が過去最速の踏み込みから二枚の鴛鴦鉞を振りかぶり、一直線に御衣黄へ迫る。
最後にここ一番の恐怖を抱いた。
彼の心の底からの恐怖は一度消え失せた人間性を蘇らせ、最後に一度だけ、単なる捨て身の突進とは異なる、僅かにも彼自身の心の宿った一撃を放った。
─────恐怖の対象を、消し去りたい、
という…………怯えという名の大振りの一撃。
「───────ふぅ。眼が醒めたぜ、」
彼は衣沙門剣では勝てない。衣沙門では救えない。彼はそう予想した。
──────だが、彼にはある。
それは、人を救う剣というものが。
まだその領域には至れていないけれど、
その真理に目覚めたのはついさっきだけど。
何が
まだ、彼には振るえないけれど。
いまだに、それを振るったことはないけれど。
──────彼は、
「勝負だ、竜胆筆竜─────!!!」
────過去に一度だけ、人を救う剣を見たことがある!!
(うわぁぁぁぁあっ!!!誰か助けてくれぇぇ!!!)
「うおぉぉぉぉおっ!!!力を貸してくれぇぇ!!!」
───────その剣の名は…………!!!
(─────八霖儚月流!!!)
「─────八霖儚月流!!!」
「グァァァァァァァァァァァァ!!!!」
巴照の渾身の一撃は、御衣黄のまぶたの上をかすめ、
「えやぁぁぁァァァァァァァァァ!!!」
地面が砕けるほどの踏み込みから放たれた彼の鞘は、その胴を寸分違わずとらえた。
自身の前進力と踏み込みの破壊力と攻撃の突進力、そして弾いた敵の反発力。
四つの力を前方向へと押しやることで、敵を遥か彼方へと吹き飛ばす八霖儚月流の一撃必殺────
それこそが、彼を剣に目覚めさせてくれた技。
彼の命を救った一撃、あの人が見せてくれた幻想、
そして──────
彼が初めて魅せられた、あまねく全てを救う剣!
(───────
「───────
「が────────」
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
巴照の銅に叩きつけられた鞘はその圧力に負けることなく、勢いよく振り抜かれた。
「ぐうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
打ち返された打球のように吹っ飛んだ巴照は背後の外壁を砕き、そのまま向かい側の外壁も破り、その奥の巨大な建物に激突した。
壁3枚を同時に破るほどの勢いの一撃では、いかに獣といえど耐えられなかった。
「がっ……………あや、め……………」
壁から剥がれ、地面に倒れるとそのまま動きを止めてしまった。
「はぁ、はぁ、あっ………やべやべ!!!」
御衣黄は勝利の歓喜に酔いしれる間もなく向こうの建物へ走り出す。
いまの一撃を受けて、壁が破れた一番奥の建物が倒壊したのだ。
「おいおいおいおいおい、マジかよ!?」
ボロボロになってもう動かないだろう身体をなんとか走らせて、いまにも崩落に巻き込まれそうな巴照の元へ走る。
「ぜってぇ、死なせねぇぇぇ!!!」
なんとかたどり着き、巴照を抱き抱える。
「なっ……………!!!」
真上から屋根が落下してきた。
「間に合え────!!!!!」
巴照を投げ捨てると、自分もお得意の踏み込みで脱出しようと試みた。
がっしゃぁぁぁぁん、と大きな音がした後。
「──────ぜぇ、はぁ、ぜぇ、」
砂埃の中で御衣黄は呻いていた。
「ううぅぅぅぁ……………ギリギリ……………」
気絶した筆竜は無事だった。
投げられた時に擦りむいただけで、まぁ先程の戦いに比べたら圧倒的に軽傷だ。
燃え尽きた筆竜は眠ったまま。
御衣黄のほうはギリギリだった。
「ギリギリ………………ほんとギリギリ、」
御衣黄は背後を見る。
「アウトだな……………」
御衣黄の両脚は瓦礫の下敷きになってしまった。
残る気力と体力を振り絞っても、抜け出せなくなった。
「──────あー、脚切らなくてよかっただけまだマシかー」
幸運だったのは、屋根に潰されたのではなく、最後に崩れた真上の塀に押し潰されただけなので、単に動けないだけに留まったことだ。
脚に負ったダメージは大きいが、生きていてなおかつ脚も生きていたのにこれ以上を望んだらバチが当たるというヤツだ。
「──────これが、人を助ける剣ってやつか」
確かに全員生き残ったが御衣黄は大ダメージ。
勝った感じもしない。まったく気持ちよくない。
だが、御衣黄はヘッ、と嗤った。
「────すっげぇ普通だなーっ!!!」
いつか、当たり前のことのように自分を救ってくれた誰かのように。
だが、彼の顔は幸せそうだった。
夢に届いたから?彼の背中に追い付けたから?筆竜を助けたから?自分が生き残ったからか?
─────いや、どれも違う。
その答えはとっくに彼自身が見つけている。
「ようやく咲けたな…………
他でもない、それが当たり前のことだったからだ。
翠の桜は、ようやくその鮮やかな花を八重に咲かせた。
藤の華・鴛鴦鉞の八重黒竜藤
衣黄御によって救済
結構な感動エピソード後ですごく空気が読めないっていうのは百も承知でいわせてくれ。
18禁作品できた!!!((((
まぁ、本編気に入っていただけたら是非見に来てください。本編の進捗度合いでエピソード追加するので投稿はかなりゆっくりペースですが。