東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
「──────ふぅ、こんなところかぁ」
橙の華・小太刀の伏黒仙翁は慧音を先に行かせたあと、一人で筆竜の侍女たちを全滅させた。
「うっ…………もう、歩けないぁ…………」
筆竜に負わされた怪我でもともと動きが鈍っていたため、何発か被弾してしまい、肩と脚を負傷してしまった。
例の大怪我で機能不全になった脚はドロシーの修復手術によって一時的に回復していたが、今回の無茶がきっかけで完全に壊死してしまった。
また医者の宣告通り、彼は歩くことはできても、走ったり剣を振るったりすることはできなくなっただろう。
「まぁ…………子供は剣じゃなくてペンを握るべきですよね…………」
仰向けに寝転がっていた伏黒は身体が歩い程度休まった後、背中を起こす。
「大丈夫っすか?伏黒さん」
「──────貴方は…………」
そんな伏黒の横にゴージャスな服に身を包んだ男性がやってきた。
「あ、どうも。ワンダーランド支配人やってる県っす」
「どうも。たしか、筆竜さんと菖さんの側についている梓ちゃん父でしたっけ」
「そういうことっす。まぁ、まずは身体の治療が優先っすよね?」
そう言って県は伏黒を背負うと、来た方向へ引き返す。
「おーい、因幡さーん。新しい患者っすよ!」
「えー、めんどくさーい。ついさっき和菓子好きを助けたところだったのにぃ」
そこには兎の少女たちが並んでいた。
「そう言いなさんな。今回の大会のスポンサーの一人なんすから、アクシデントに対する責任の一端は担ってもらうっす」
「どう考えてもあんた一人で背負うべきだと思うんだけどねぇ」
文句をぐちぐち言いながらも、兎たちは甲斐甲斐しく伏黒を手当てする。
「いい方だったんですね、貴方は」
「まぁ、正直お嬢さんちの財産なんて興味ないっすからね。俺にはワンダーランドがあるんだから、いまの時点でも大概な富築きあげてるっすから」
「では、なぜ貴方は…………」
「俺、ほぼほぼ筆竜に利用されてる立場っすからね。筆竜が竜胆公爵を名乗るためには俺みたいな大富豪の力が必要だったんすよ。しかしそれが椰子飼の遺産争いに参加していることになってたのは遺憾極まりないっすけどね」
いまとなっては笑い話、県はヘラヘラしながら語る。
「まぁ…………たしかにある意味、菖は椰子飼の後継者に最も相応しかったとは思えますがね」
「…………………へぇ?」
「まぁ、良いかそんなことは」
「そうですね、じゃあ僕は休んでますので」
「はいはい、そうしてくれるとありがたいっす」
伏黒はやっと休めると思って身体を横に向けて寝る。
「────────ん?あれは……………」
「どうかしたっすか?誰か居たっすか?」
「………………いや、まさか気のせいですよね」
伏黒には何かが見えたらしいが結局、県には何も語らなかった。
一方、裏椰子飼城の裏庭では椰子飼赤芽と青葉たちによる激闘が繰り広げられていた。
「さぁ、みんな。これがワンダーランド最後のコンサートだから!」
「はりきって行くわよー!」
「いつもの百倍の力で!!」
「最高にアツい灼熱の音楽を!!!」
「
ついに舞台は千秋楽。
彼女らの演奏も華やかさと気合いの入りかたが全く違う。
彼女らの渾身の演奏と応援のエールでまさに戦場のテンションは最高潮。
「錦!!やるわよ!!」
ドロシーが複雑な動きで両腕を振るう。
「よしきた!八霖番傘、限定解除!!!」
錦が傘を勢いよく開くと、辺りに暴風の渦が巻き起こる。
「最強の人形師と最強の人形の力を思い知りなさい、」
「戦いで相手をイラつかせるのは楽しいもんだ!」
「
「色葉『伊呂波青葉』!!!」
巻き起こる大旋風は赤芽の攻撃に伴って飛んでくる瓦礫をまとめて吹き飛ばし、赤芽の攻撃数を大幅に減らす。
「
風見幽香が傘を開くと同時に地面から太い太い巨大な植物の蔓が舞台へ突き抜けてきた。
同時に、岩肌の地面には色とりどりの花が咲き乱れ、涼しい風が華やかな香りを流す。
そして辺りは太陽の光に照らされたように明るくなる。
「わー!幽香すごーい!」
「このくらい、朝飯前よ」
風見幽香は花を操る妖怪だが、それはあらゆる自然環境の権化といえる。
自然の守り神である幽香は枯れた花を復活させたり、折れた茎を治したり。
たとえその場が不毛の荒野であっても、彼女の膨大な妖力をもってすればこの通り、一気に大自然へと変化する。
「蔓を出しとくから、足場にして頭を狙いなさい。ゾンビの弱点って頭なんでしょう?」
─────そんなことはない。
「かたじけないな、幽香さん」
ハクタク化した青葉が刀を抜き、蔓の起点の前に立つ。
「フラワーマスターが特別に許可するわ、今回だけは花を傷つけないように踏んでもいいから遠慮なく決着つけてきなさい」
「アオハさん、はい。元気になる毒よ」
「なんだ、元気になる毒って」
メディスンが金色の鱗粉を撒き散らすと、青葉の顔色が戻ってくる。
「怪我の連続で眩んでいた視界が戻って、頭痛が消えたな。しかも、身体の凝りも和らいだかもな」
「頑張ってねー!!」
「おう!誰か、文字をすぐに出せるヤツはいないか?」
青葉は蔓を走りながらテキトーに下に呼び掛ける。
「しょーがないわね、特別に助けてあげる!」
「私も頑張る!あんまり………活躍できてないから!」
下から依神姉妹が蔓に飛び乗ってきた。
「文字出せんのか?」
「えぇ、もちろん」
「うん!だって私たちの弾幕は…………」
女苑が札束を投げるようにを振るうと、「金」と書かれた金色の文字が何十個と現れる。
紫苑が手にした茶碗を振ると暗い紫色で「貧」と書かれた文字が溢れてくる。
「文字だからね!!」
「文字だからね!!」
「上出来、これなら全然行けそうだな!!」
『死ネェェェェェェ!!!!』
赤芽がその巨大な手を振るって青い呪いの炎を撒き散らす。
もちろん触れれば死。そして呪いは概念であり、弾幕、妖術、物理による防御・相殺は不能。
「誰が死ぬかよ…………っての!!!」
しかし、青葉のみはこれに対抗する手段を持つ。
青葉が空の左手を振るうと文字が女苑と紫苑が撒き散らした文字の弾幕が光の矢となって炸裂した。
青葉は二人のばらまく弾幕が象る文字を書き換えることで攻撃に切り替えた。
文字は非科学の妖術でも、いかなる重さで表す物理でもない。それは「価値」という概念という個別の単位だ。
同じ概念単位の存在ならあの呪いに対抗できる。
『何……………馬鹿ナ……………』
「ざまぁ見やがれ!さぁ、どうする、アホンダラ。お前の呪い、もう通じねぇぜ?」
『殺ス、殺ス!!!ソノ羽虫ノ様ナ目障リサト鬱陶シサモロトモ、呪イヲ刻ミソシテ殺ス!!!』
機械のような音声で絶叫しながら呪いの塊を撒き散らす。
「知ってるか?最も多くの人を殺している生き物って羽虫なんだぜ?」
しかし、すべては片っ端から相殺されていく。
青葉の姿がだんだんと近くなってきた。
『────ッ!!フハハハ、愚カ!!』
すると赤芽は思い付いたように青葉が走る植物の茎のほうを攻撃した。
植物は生物であり概念ではない。当然ながらこの呪いで殺害可能だ。植物はすぐに死に絶え、茎が灰のように崩れてしまった。
「どっ…………くっ…………!そこまでアホではなかったか…………」
青葉は当然この展開を真っ先に警戒していたが。
──────だが、青葉は待ってましたとばかりにニヤケ面を浮かべる。
「──────ドロシー!!!」
「任せときなさい!!!」
ドロシーが腕を振るうと、魔法の糸で繋がれた青葉が空を飛び始める。
糸で吊るして振り回すことで空中ブランコをしているように青葉が空を舞う。
「───────ふざけやがって…………花を枯らすとはいい度胸ね」
下から一部始終を見ていた風見幽香が顔を真っ黒に曇らせ、心の底からの不快感を顕にする。
「よもや生かす価値ナシ。この中で一番強いのを敵に回してしまったようね」
幽香がついに本気になってしまった。
「呪いは概念…………花は生物…………相容れぬために相性最悪…………なのだろうけど、」
幽香が一歩一歩と歩き出す。
『邪魔ダ、クソ女!!!』
赤芽が両腕を地面に叩きつけると床が瓦礫となって舞い上がる。
それらが一気に幽香のもとへと落ちていく。
「──────────」
「危ないよっとぉ!!!!」
瞬時に前に出た御衣黄が瓦礫を砕く。
「あら、気が利くのね」
「どうだいゆうかりん、惚れてくれた?」
後ろを爽やかに振り向きながら御衣黄がドスの鞘をちらつかせる
「…………そういうところ以外は、好きよ」
幽香はさらっとそう言うと御衣黄の真横をささっと横切っていった。
「──────────え"ッ!?」
御衣黄がなんと珍しいことか、驚きながら赤面した。
まさか本気で言ってくれるとは思っていなかったよう。
「─────春が来たぜぇぇぇ!!!」
「うるさい蚊トンボ」
調子に乗り過ぎて日傘で殴られた。
「慧音、私たちも行こう!オオバを守るんだ!」
「あぁ、アリスも来てくれるか?」
慧音と妹紅がずっと立っているだけのアリスを見つめる。
「………………最後にカッコいいところ見せたかったのに」
惜しそうな顔をして小さく呟くとゆっくりと進み始める。
「
慧音の手に妖力で編まれた剣が現れる。
「はあっ!!!」
慧音がそれを青葉に投げつける。
「─────慧音!ありがとうな!!」
青葉は自分の剣を仕舞うとそれを掴む。
「────さて、準備は整った。
赤芽の真下から巨大な花が開く。
咲き乱れる花と、巻き起こる花吹雪は、亡霊の身体を包み、その炎の勢力を弱めてしまった。
『馬鹿ナ…………生物ナゾニ、私ノ呪イガ…………!』
「文字とはその言語が通じる社会でのみ通用する。犬にも猫にも、人間の言語は通じない。それを文字の「価値」と呼ぶのなら、命の「価値」はそれこそ物理では表せない概念の単位でしょう?貴女が脆いと侮る生物こそが、貴女に対抗し得る最強の手段なのよ。皮肉なものね」
幽香が日傘を向ける。
「華符『幻想郷の
瞬間、亡霊の足元がピンク色の火柱と共に花びらを散らして爆発する。
『アアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
赤芽が聞き取るのも困難な大きな悲鳴をあげる。
「効いているみたいだな!」
「錦、集中!!」
「わかってますよ。ほら、足しにどうぞ」
錦が傘をくるんと回して逆手に持ち、植物の根をつつくと、植物が意思を持ったかのように暴れだす。
自分の意志で腕のような蔓を生やし、亡霊の両腕を拘束してしまった。
「ちょっ、え!?は!?」
ドロシーが初めて見る能力に驚く。
「淫魔の王様なんでね!」
「なんでもアリじゃないの!」
『ウァァァァァァァ!!!邪魔ヲ…………スルナァァァァ!!!』
植物に縛られた亡霊が大暴れする。
「……………しつこいヤツだ、」
「錦、なんとかならない?」
「
「え、なにそれ」
錦が指をパチン、と鳴らすと錦の顔の横に円盤のようなものが出現し、その円の中心に赤黒い闇が満ちる。
錦はその中に手をいれると、中から波打つ刃を取り出した。
「さて、借り物ですがやっちゃいましょうや!魔界箪笥『メイド・イン・アニムス』!!」
剣で空気を一振。
刃はまったく命中していないが…………
『ギャァァァァァァァァァァァァ!!!!』
スバァァン、と大きな音がして亡霊に大ダメージが入った。
「─────え。なに、今の剣」
「妹が使ってる剣だけど」
「なんで当たってないのに斬れたの………」
「見えなかったの?動体視力低っく」
「え"!?片足失くしてるのに!?」
「さ、どーするかねぇ亡霊さんは。これで中の子との魔力供給を完全に絶った。炎が有限になるぞー」
「慧音先生、さっきの剣はなに?」
雛が尋ねてくる。
「いや…………わからない」
「そうじゃなくて、慧音先生がさっき青葉に投げ渡したやつ」
「青葉は他人の集まりスペルカードを書き換えて使える。つまり、こうやって弾幕を青葉に持たせれば、文字として利用できるはずだ」
「ほら見なよ、模造刀だったら呪いに振れた瞬間に真っ二つだろうけど、」
『ウアァァァァァァァァァ!!!!』
赤芽が撒き散らす無数の火の玉。
「ヤバいかもっ………!」
「ひっ…………!」
依神姉妹は呪いに対してはなにもできない。
「そぉぉぉらぁぁぁぁっ!!!」
青葉は火の玉を剣で切り落としてしまった。
慧音に託されたスペルカードを書き替えて文字の概念に切り替え、呪いに対抗できるように仕立て上げたのだ。
「どうした!他にも何かやってみせろ!」
『人間風情ガ………………!!!!!』
我武者羅に放たれる呪いの炎だが、
「この…………亡霊風情がよ!!!」
そんなわかりきった攻撃、剣の天才である青葉には一切通用しない。斬れるだけの武装があるのなら、この程度はどうってことない。
(…………………とはいえ、この数は面倒だな。近づきたくても近づけないな)
「ど、どどどどどうしよう、横から!来てるよぉ!」
「姉さん、後ろからも来てるわ!!」
炎で周囲を完全包囲される。
青葉はともかく、依神姉妹にはどうしようもない。
「チッ…………………!!!」
「青葉、女苑、紫苑!!!」
「ちょっ、そんなとこまで面倒見れないよ!?」
「急ぐぞ慧音、間に合うかはわかんないけど!」
「あぁ、なんとかして………!!」
慧音と妹紅があわてて青葉のもとへと向かう。
(みんな頑張っているのに、私だけ………)
その様子も、雛は黙って見ているしかなかった。
(私はずっと、悪運に頼ってばかり。変な厄を呼んでは弊害を出して、自分でもわからない事ばかりが起こる…………)
雛はここまでに、大きな活躍はしてなかった。
なぜなら、この中で一番臆病で、穏やかで、戦いが嫌いで…………
(でも、私だって…………仲間のために…………!)
依神姉妹という味方ができた。なら、こんなところで止まっている場合ではない。
二人はあんなにも活躍している。二人にできるなら、自分にだって…………
(私だって、役に立ちたい!!!厄だけに!!!)
雛はその場で自分の厄を溜め込む力をフル回転させる。
「
雛は決死の覚悟を決めた。
「姉さん!呪いが…………」
「雛のほうに向かってくよ!?」
「まさか、全部の呪いを自分に寄せ付けたのか!?」
「お、お願いだから私に当たんないでー!!!」
雛は自分にすべての厄、つまり呪いの炎を寄せ付けた。
普通に考えたらあり得ないスペルカードだ。
弾幕をあえて自分の方向に寄せ付ける、なんて。
「──────うううう!!!」
もちろん当たれば即死。雛からすればとても怖いだろう。
でも、仲間のために…………!!
「うううぅぅぅ……………!!!」
雛のもとへ飛んでくる火の玉。
「雛!!!」
妹紅が叫ぶ。
「──────やっぱり無理ー!!!!」
さすがに限界を迎えて雛は寄せ付けた厄を全部遠ざけた。
「ちょっ!?うわぉぉぉぉっ!?」
妹紅が頭を抑えてうずくまる。
その真上を呪いの炎が通りすぎていく。
雛が寄せ付けた火の玉はすべて離れていき、そして、
『ガァァァァァァァァァァァァ!!!!』
なんて幸運か、赤芽に全弾命中してしまった。
寄せ付けた弾幕を全部相手のほうへ弾き返してしまった。
自分の呪いがクリーンヒットすれば、さすがに赤芽側も大ダメージだろう。
「や、やった…………やったよ私!!!」
雛はくるくる回って喜ぶ。
「な、なんとかなった……………」
『オ、オオォ………!!オオオォォォォォ!!』
亡霊のほうももう限界を迎えてきたようだ。
「さぁ、一気に終わらせに行くとしようか!」
ここが好機と見て青葉が一気に距離を詰める。
ドロシーの糸を切り落として、幽香が咲かせた植物の蔓に飛び乗る。
「オオバ!私のほうが速いぞ!!」
「ありがとう、妹紅さん!!!」
「妹紅、さん……………?」
妹紅が一瞬顔を赤くする。
「どうしたんだ、早くしてくれ!」
「す、すまん。さん付けで呼ばれないから違和感を感じた」
妹紅は背中から青葉を抱き抱えると、炎の翼を生やして空を飛ぶ。
このまま赤芽の頭まで飛んでいく作戦だ。
『来ルナ!!!私ノ娘二、近ヅクナァァァ!!!』
赤芽が激昂しながら呪いの炎を撒き散らす。
加えて、身体から紫色の光線が出始めた。
これも呪いに違いない。
「馬鹿言ってんじゃねぇ、お前から娘を助けに来たって言ってんだろうが!!」
「
妹紅が自分の炎で急加速。
突進する勢いで最後の猛攻を駆け抜ける。
「梓ちゃん!もう怖くない!私はここにいる、だからもう泣かないで!笑ってくれ!」
そしてその下では、梓の先生である慧音が亡霊に自ら駆け寄る。
錦によって赤芽との魔力パスを絶たれた梓は梓のまま赤芽の中で眠っている状態だ。上手くやれば、梓を取り出すことができるだろう。
(────誰かが………私を呼んでいる………?)
眠っている梓にも、その声はようやく届いた。
(慧音先生…………怖いよ…………助けて…………)
(大丈夫だ、梓ちゃん。すぐに助けるから!)
(いいや、助からない。お前は、私を殺した。その罪を背負い続けるしかない)
(お、お母様…………)
(そうだ、お前が私をコロシタ!)
(コロシタ!)
(コロシタ!)
(コロシタ!)
(コロシタ!)
(オマエノセイダ!!!)
(やめて…………)
(オマエノセイヨ…………!!!梓!!!)
母が恨む。
(オマエノセイダ…………!!!梓!!!)
父が怨む。
(お願いだから…………やめて!!!)
梓はいま、罪の意識と恐怖、そして不安とトラウマに苛まれてその中を永遠に彷徨い続けている。
もともと心が強くない彼女には、あまりにも辛すぎた。
(もう、やめるから!私が死ねば、みんなが幸せになるんだから!!)
(ソウダ、オマエモシネ、)
(ソウスレバミンナガシアワセニナル)
(ダカラ、ソノテヲタタキオトスノダ)
(ケイネセンセイノタスケナンテイラナイ)
(はい……………お母様、お父様…………)
(────────生きてね………梓)
(─────────────)
しかし、梓のすべてを否定する世界の中に、ひとつだけ彼女を讃える声があった。
(ありが、とう…………ね…………生きていてくれて…………)
(お姉…………ちゃん……………)
(お姉…………ちゃん、もう…………駄目みたい…………)
(─────────────)
(ごめんね…………梓。こんな、情けない姉を許してね…………私のせいで、皆がアイツに殺された…………貴女が無事で…………良かった…………)
(お姉ちゃん、お姉ちゃん……………!!!)
(お願いだから…………私を殺して。死が来そうでなかなか来ない、この苦しみから解放して…………そして…………貴女は生きて。幸せに、なるのよ…………)
(やだよぉ…………死なないでよ…………!!)
(大丈夫よ。私も、お母様も、お父様も。いつも貴女のなかで生きている。貴女が生きているだけで…………皆が幸せになれるのよ…………)
(お姉ちゃん、お姉ちゃん…………!!!)
(貴女が……………生きて、いる……………それが……………私たちのしあわ………………せ────)
(お姉ちゃん────お姉ちゃん─────!!!)
声は─────そのまま消えてしまった。
だが、残ったものがある。
最後のほんの残りかす。
ランプに灯る油の最後の一滴が、まだ残っていた。
(私が生きていたら…………お姉ちゃんは幸せなんだ…………そうしたら、お母様もお父様も幸せになってくれると思う…………)
そして、彼女はなにより、生きていなくてはならない理由がある。
(そう…………死んで終わりなんて許されない。私がやってきたことは、死んで償えるようなことじゃない。私は、やってきたことと向き合いながら生きていく。また、やり直すんだ。あの人が教えてくれたように、ごめんなさいと謝れる私のままで…………今の自分にできることをしなくちゃいけないの!)
(アズサ、シネ……………)
(シネ、シネ、シネ、アズサ!!!)
(だから、こんなところで立ち止まっては居られない。私は、こんなところで…………死ぬのが解決策だなんてそんな逃げた、甘えた、そんな愚かな口を叩きたくない!!)
梓は眠った身体に鞭を打つ。
(うっ…………うあぁぁぁぁぁ…………!!!)
動け、動け!!!
目覚めろ、自分!!!
ここで眠って終わりなんて、そんなことしたくない!!!
だってここで生きて帰らないと、
お姉ちゃんが幸せになれないんだもん!!
(うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
「行け、オオバ─────!!!」
妹紅が青葉を投げ飛ばす。
「覚悟しろ──────赤芽!!!」
「梓ちゃん!!勝つんだ!!!」
慧音が亡霊の目の前で叫ぶ。
「君が生きていたら、それだけで、私が…………とても幸せになれるんだ────!!!」
『愚カナ女……………私ノ娘ヲ迷子二サセタト言ウノニ取リ戻シニ来ルトハ…………」
「───────っ」
それは、彼女には否定できないことだった。
「あ──────────」
赤芽の放った光線が命中して天井の崩落が始まる。
瓦礫は慧音めがけて落下していく。
「そんな雑音に惑わされないで、慧音先生」
瓦礫は一体の人形によって粉砕された。
「─────誰ダ、私ノ邪魔ヲスルノハ………!」
「そのセリフ、そっくりそのまま返させてもらうわ。私は、アリス・マーガトロイド。七色の人形使いにして、神門青葉を愛した、ただ一人の女!」
「───────────」
慧音が固まっている。
「おいおい、話が盛られているな…………」
やれやれと言った顔で青葉は落下しながら笑う。
「なんでいつの間にか私は自分の命を狙っていたヤツなんかを助けなくちゃいけないのかって不思議に思ってたけど、理由はそんな難しいことなんかじゃない」
アリスは人形たちと共に飛び上がり、青葉の横に並ぶ。
「─────ただ仲間がそうしたいと言ったから、それだけ」
アリスが両手を広げる。
すると、背後に無数の人形たちが並び始めた。
──────本を手にする濃い青の南蛮人形。
それは「知識」を示すスターチスのよう。
──────紅く燃える蓬莱人形。
それは赤く萌える藤の花に似ていた。
──────可愛らしい雛人形。
ひな祭りで定番の花といえば桃の花。
──────赤い小さな露西亜人形。
白い小ぶりの鈴蘭を手にしている。
──────日傘片手に持つ和蘭人形。
黄色い小さな太陽すなわち向日葵。
──────白いオルレアン人形二体。
ハルジオンとヒメジョオンのように瓜二つ。
──────楽器を持つ四体の希臘人形。
コスモス色をしたそれらは花言葉通り調和に満ちる。
──────黄緑色の日本人形。
御衣黄桜の綺麗な花びらを彷彿とさせる。
──────番傘右手に持つマネキン人形。
その昔、錦の衣と呼ばれた楓、つまり青葉の色。
──────黒と銀の西班牙人形。
左手にはアイリスによく似た杜若の花が。
──────いつもの上海人形。
杜若によく似たアイリスの花が髪飾り。
──────桜色の琉球人形。
初夏にも咲き残る桜、それが青葉の花。
──────そして、小さな紫色の藁人形。
もう一人じゃない。梓のように名がなくとも。
輝きはここに残る。
まだ、残っているんだから。
まだ、やり直せるんだから。
いつだって、仲間はここにいる。
「──────青葉!!!」
「──────アリス!!!」
だから─────彼女のためにも。
この一撃で、救う─────!!!!!
「『グランギニョル・オーダー』!!!」
「『グランギニョル・オーダー』!!!」
ラストワードが振り下ろされる。
アリスが放った人形たちの一斉突進と青葉の強烈な縦斬りが亡霊を天から地まで一刀両断。
『ギ────アアァァァァァァァァァァァァァァァ』
雷が落ちた勢いで、亡霊の肉体は燃え尽きた花火のように霧散していった。
「─────────────」
「─────────────」
総勢17名の勇敢なる騎士たちによって、決死の死闘は幕を下ろす事となった。