東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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華は刹那に

 

「ぐ───はっ…………!!」

 

起き上がりに頬をぶん殴られて床に倒れる筆竜。

 

「ぜぇ、はぁ、あ"ぁ……………」

 

疲れた………紙一重で勝ったけど俺も満身創痍。

やっぱり………こいつはとにかく喧嘩が強い。今回はたまたま行けたが………もとから彼が深傷を負っていたのが原因だ。お互い対等の条件でやりあえば、俺に勝算は1ミリもなかった。

 

「…………こ、この………野郎…………!!!」

 

それでもまだ、筆竜は弱々しく立ち上がる。

なんて往生際の悪さ、そして根性の強さ。そして不屈の精神。

何度だって立ち上がる。

 

─────昔、これくらいの大怪我をした男を助けたことがあったのを思い出した。

 

「うぅ………っ、うああァァァァァ!!!」

 

大きく拳を振りかぶって一直線に来る相手。わかりきった単純な動作。防御するなり躱すなり、好きにできる。

でもなぜか、俺はこんなわかりきった動作を咎めるのを少しためらった。

まるで、子供が可哀想な運命に立ち向かうような感じが、昔の俺に良く似ていたからだ。

 

「──────くッ、」

 

だが、俺はこの男のやってきたことを許すわけにはいかない。

 

「────うおォッ!!!」

 

敵が目の前に来て俺に向かって腕を振るうと同時に、こちらも拳を振りかぶって、この身体を投げつけるように全力の一撃を頬に打ち込んだ。

 

「──────ぐ…………あっ…………!!!」

 

筆竜はこちらに攻撃を当てる前に吹っ飛ばされ、仰向けになって倒れた。

 

「─────く………う、うぅっ…………!!」

 

それでもまだ、諦めきれずに立ち上がろうとする。

もう嫌だ、さっさと終わらせたい。

 

「──────うぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

今度は俺が叫んだ。

なんとか上半身を起こして立ち上がろうとする筆竜の顔を草履の裏で蹴り倒した。

 

「う───ぐぁっ…………!!」

 

そのまま筆竜の身体の上に乗り、胸ぐらを掴んで上半身だけ起き上がらせる。

 

「────────」

 

「─────ッ…………」

 

許せない、もう、本当に。

こいつだけは、絶対に許さない!!!

お前の罪の数だけ…………人々の怒りをその顔に刻み付けてやる………!!

俺は傷と痣で真っ赤になった拳を引く。

 

「────────うぅッ!!!」

 

「ごふっ…………!!」

 

お前は罪のない人々を傷つけ、略奪した。

 

「─────うぁぁっ!!!」

 

「が………はっ…………!!」

 

伏黒を傷つけ、その脚と将来を奪った。

 

「──────ぜぇっ!!!」

 

「ぐぅっ……………!!」

 

慧音さんを連れ去って恐怖を植え付けた。

 

「……………うあァッ!!!」

 

「ぐぁっ…………!!!」

 

多くの獣人兵たちの命を奪った。

 

「─────うあアァ!!!」

 

「───────っぶ…………」

 

それに飽き足らず梓ちゃんたちまで殺そうとした。

 

「──────でやぁっ!!!」

 

「…………………っづ…………」

 

何より────人間たちに迷惑を掛けた。

 

「──────うあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

「──────もうやめて!!!これ以上は本当に死んじゃう!!!」

 

 

「─────っ!?」

 

 

遠くから聞こえてきた梓ちゃんの叫び声でようやく俺は正気に戻った。

 

 

「この─────」

 

俺のすぐ後ろから誰かが走ってくる音を聞いて俺は後ろを振り向く。

 

「─────馬鹿野郎が!!!!!」

 

「ぐっ………………!!!」

 

すると、怒りを顕にした御衣黄が今までの彼からは想像もつかない顔と声で怒鳴ると俺の顔を殴り付けた。

 

「…………………御衣黄────」

 

「あんたは何やってんだ…………誰も傷つけずに終わらせるんじゃなかったのか!!なに今さらになって動けない相手に追い討ちなんかかけてんだよ…………!!」

 

「────────────」

 

「ふざけんじゃねぇ…………俺が何であんたに憧れたと思ってるんだよ、こんなのが俺の憧れなんじゃねぇんだぞ!!!男だろ!?自分でやろうとしたことには、絶対に背いたりするんじゃねぇ!!!この、優柔不断が!!!」

 

そう、そうだ──────そうだった。

 

「───────ごめん、御衣黄」

 

 

 

 

 

「ご、ふっ……………う"っ…………う"ぅ…………」

 

筆竜は抵抗の意志を完全に失って、無気力な状態でただ上を見上げて仰向けに倒れたまま立ち上がらない。

腕なんて少しも動かさない。

 

 

「─────────のか、」

 

 

代わりに、彼は口を動かし始めた。

 

 

「────また……………奪うのか…………」

 

 

 

それは、低い、小さい、弱々しい声。

 

 

 

「─────そうやってお前らはいつだって俺から奪っては奪い続ける…………些細な誤解から親に捨てられ…………人々に見限られ。富、家、心、地位、未来、希望、人生………全てを失った俺がそれでも必死に生きようとして………やっと手に入れたたった一人の所有物も、お前はそうやって踏みにじる」

 

筆竜の独白は、どこにも届かない。

 

「なんで俺ばっかりこうなるんだろうな…………これ以上、俺から搾取するものはないのに、お前らはあと何を俺から奪えば気が済むんだよ………俺は、何を渡せば良かったんだ………」

 

筆竜の声が震えている。

 

「種族でよってたかって俺を除け者にしておいて、その罪の因果に絡め取ろうとしたら………暴力だ、略奪だ、始末しろと指差す」

 

「───────────」

 

「自分が悪いなんて、これっぽっちも思っていないんだ。ただ自分が都合の悪くなった時だけそれっぽい理由をつけて誤魔化しては思いどおりになるように嘘だって平気で尽くしなんでもかんでもなかったことにする───謝ろうが………どうやって挽回しようが、罪は死んでも消えやしないのに、お前ら人間はいつだって魔法を使ったように「歴史から消す」。そして俺らの時だけはありもしないでっち上げを出しては奪いに奪い尽くしてそれに対する当然の報復は犯罪扱い……………」

 

「………………………………っ、」

 

「いいよ…………俺がどうなろうが良いんだ、好きなだけ殴れば良いよ、ブッ殺してくれたって構わない…………でもなんで、でも………なんであいつが巻き込まれなくちゃならないんだよ…………俺が散々に暴れたツケを、その罪の代償を、なんで彼女が払わなくちゃならねぇんだよ…………!!!」

 

筆竜の眼から涙が溢れてくる。

 

 

 

「なんでお前らはいつも俺が一番苦しくなる事をするんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ありったけの声で絶叫する筆竜。

元々の声を忘れるほどの咆哮には尽きぬ怒りと終わらぬ悲しみが籠められていた。

 

「あいつが…………何をしたんだよ…………今回のこと、あいつは全ての被害者だってのに…………なんで犠牲者にまでならなくちゃならない…………」

 

「───────────」

 

「菖を!!!俺の家族を!!!返してくれよ!!!」

 

「────────くっ…………」

 

どうにもしてやれないこの悲しさを、俺はなんて表現したら良いのか。

なんで、こいつを俺は救ってやれなかったのか。

なんで──────

 

「あ─────あぁ……………菖……………菖………………」

 

筆竜はフラフラと立ち上がるがまた膝をついてしまう。

まともに立って歩けるような状態ではなかった。

 

「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

筆竜は両手で頭を抑えながら上に向かって叫ぶ。

 

「………………………………………………」

 

あぁ…………とうとう、壊れてしまった。

これまで…………苦しかっただろうに。

 

筆竜は俺たちには背中を反らして聞き取れないような奇妙な叫びを挙げながら、ただただ無限の地獄の中で苦しむ。

そのまま狂ったように倒れると涙で滲んだ病みきった表情のまま止まってしまった。

なんて…………報われない最期だ。

 

 

 

 

 

「──────青葉、」

 

傷だらけになった皆とアリスが遅れてこの場にやってきた。

ボロボロだが、筆竜の愛人たちも一緒だ。

なぜ和解できたのかはわからない。でもきっと、なんとなく戦いが終わった予感がしたのだろう。

 

「アリス……………」

 

 

─────俺はなるべく、アリスには笑っておけるように心がけながら立ち上がる。

 

瞬間──────

 

 

 

「ぐはぅっ…………!!!」

 

激しい炸裂音と共に俺の左脚が激痛を呼んだ。

 

 

「青葉─────!!!」

 

「ぐぅぅぁ……………っ……………ぐっ…………」

 

俺の右脚はさっきの一撃で大破していた。

妹紅の一撃の再現はやはり反動によるダメージがあまりにも強大だった。赤黒く焼け焦げた脚がもう使い物にならなくなっている。

そして左脚は────今の一撃によって小さな穴を開けられた。

 

「青葉!!!青葉!!!」

 

「ぐぅぅぅあぁぁ……………っ……………!!!」

 

痛い………とかの次元では済まされない激痛が全身を走る。

急な痛みで口から大量の血を嘔吐する。喉まで焼けそうになる。

 

 

 

「ふ─────ふふふははははははは!!!」

 

その中で、不気味な笑い声がする。

 

「お…………まえ………は…………」

 

─────【ヤツ】は、金属の筒が横を向いている不思議な形をした武器を手にした状態でずかずかと現れた。

 

 

 

「────やぁ諸君、私の存在を忘れていたか?だとしたら隠れていた甲斐があったというものだ。なんだ、こんなことなら最初から亦紅や山草のような役立たずよりも、私一人が漁夫の利を狙えば良かったんだ」

 

 

紳士的な服装と口調、そう椰子飼父、雲月………!!

 

 

 

「ひ、ひぃっ…………!!!」

 

梓ちゃんは顔を真っ青にして慧音さんの背後に隠れる。

 

「梓ちゃん!?」

 

「せんせい…………あの人です…………私の………お父様と、お母様と…………お姉様を刺し殺した人…………」

 

 

「なっ!?」

「えっ!?」

「あっ!?」

「はぁっ!?」

 

慧音さん、アリス、妹紅、ドロシーは声を揃えて驚く。

 

「………………そんな…………あいつが、」

 

「ははははは!椰子飼の莫大な資産、あんな奴らにだけ持たせておくのは勿体ないと言うもの。あの遺産を相続するのは正式なご息女を妻に持ったこの私!そして両親と長女の亡き今は夫であるこの私が引き継ぐべき!そのためだけに成した私の完璧なる計画………」

 

内情がようやく見えてきた。

この男が、椰子飼長女と結婚した夫………つまり、梓ちゃんの義理の兄。彼は確かな椰子飼の親族なのだ。

彼が眼をつけたのはご息女の人柄でも見た目でもなく、狙いはその財産。

それを自分のものにするために彼は梓ちゃんの両親とご息女を殺害、幼い梓ちゃんはトラウマを植え付けられ、自分の能力のせいだと勘違いして赤芽の怨霊に取り憑かれる。

この男は、一人にして一家を正真正銘の壊滅状態にさせた。命を奪い、たった一人の生き残りの心を破壊し、ワンダーランドすらも恐怖に陥れ………こいつが………本物の黒幕だったのか………!!

胡散臭いとは思っていたが………ここで出てくるとは、俺も予想できなかった…………

椰子飼には現在、成人がいない。生き残りである梓ちゃんはまだ未成年、確かに遺産相続の権利は彼にある。

だが…………そのために命を奪ったことは、決して許されざる事だ。

 

「お前が───梓ちゃんの家族を…………!!!」

 

慧音さんが声を震わせる。あまりの怒りで冷静な彼女ですら突っかかってしまいそうになっている。

 

「フフフ………やめておけ、この銃器は特別な場所から仕入れた特別品。怪しい動き一つでも見せればここにいる全員、亦紅と同じく顔面破裂だ」

 

こいつ…………亦紅を…………!!!!!

 

「平服するがいい、お前たちの前にいるのは椰子飼の主だ!莫大な資産を誇り、何でも殺せる呪いを持つ」

 

梓ちゃんを指差して悪魔は高らかに笑う。

 

「私の指示一つでこの場にいる全員即・死だ。そしてこの私に敵う者などいない。吾妻亦紅や吹田山草といった強力な剣士を従え、尚あの役立たず共に代わって現に君たちを追い詰めた。これが何を意味するかわかるか?」

 

「──────くっ、」

 

「お前たちは、これで終わりということだ」

 

トドメの捨て台詞を残して雲月は銃を向けてくる。

この男のことならわかる、本当に撃ちかねない。

避けれるかはわからないが、所詮は素人の射撃。避けるのは容易だが…………

 

 

「避けるなら結構。だがその場合、後ろの連中の命はお前が見捨てたことになるからな。まずは一番私の邪魔をしてくれたお前からだ、神門青葉…………」

 

彼はゆっくりと引き金を引く。

 

 

 

「────────っ、」

 

 

 

「……………やめて!!!」

 

その時、

 

 

「何だと…………?」

 

「もうやめて!これ以上、殺さないで!」

 

いつの間に慧音さんの後ろから出ていた梓ちゃんが雲月の銃を前に恐れもせずに立っている。

 

「これ以上罪のない人を殺すつもりなら、私が貴方を呪い殺すわよ」

 

「……………い…………!?」

 

梓ちゃんの重圧は、子供のとは思えないほどのとんでもないものだ。初めて会った時、俺ですら少し怯えたぐらいなんだから、こんな小者には耐えられないだろう。

脚がブルブル震えている。

 

「なんだ、梓…………父の意向に逆らう気か……?」

 

「貴方のやってることは間違ってる!お父様を殺してお母様を殺してお姉様を殺して…………次に青葉さんや慧音先生も殺すなら、今度は貴方が死ぬべきよ」

 

雲月は顔に冷や汗を浮かばせる。

 

「う、うるさい!!!私が、私こそが全にして一!!!逆らう者は、全員こうだ!!!」

 

雲月は、鬼の形相で引き金を勢い良く引いた。

 

「きゃぁぁぁ!!!」

 

うずくまる梓ちゃんの悲鳴。

幸い、弾丸は梓ちゃんの身体を外し、地面に着弾した。

 

「──────っ!!!!」

 

雲月は走り寄りながら銃を放つ。

二発目は梓ちゃんの頭の真上を通り過ぎて外れる。

しかし、距離が近づくにつれて適当な射撃が正確になっていく。

 

「梓ちゃん─────!!!!」

 

慧音さんが慌てて梓ちゃんの元へ走り寄る。

そうこうしている間に3発目。

今度は腕と脇腹の間を通り抜けた。あと数ミリで直撃。

─────次はない。

 

 

「梓ちゃん!!!!!!!」 

 

慧音さんは梓ちゃんを包むように抱きつくと、地面に倒れた。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

そこへ向けて放たれる決死の4発目。

 

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

梓ちゃんを庇う慧音さんの前に俺が立つ。

────あぁ…………またやってしまった。

 

俺はなぜだろう、生まれ持った習性なのかな………何をしようと、他人のために自分を棄ててしまう傾向にあるみたいだ。他人を守るためなら、自分の命を厭わない。

こうやって今回、何回死にかけたのだろう。

一度、本気で死んでしまったし。

あれは呪いを殺せば助かったが………今回は違う。 梓ちゃんの呪いには何を殺すことができようとも、一度死んだ生命を蘇らせる力はない。

 

今度は本当に────死ぬのかもな。

 

 

やらかしたな、と思いながら俺は瞼を閉じる。

 

 

 

そして、激痛と共に俺は弾丸を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────ぐぅぅっ…………うっ、」

 

俺の脇腹をかすった弾丸は地面に落ちて、俺は身体中に血を浴びて片膝を付く。

 

「───────くっ………」

 

死ななかった…………?

今の一撃は………明らかに心臓を狙ったものだったのに…………

 

「うっ…………ごほっ………」

 

血を吐きながらも、俺は次の攻撃に備えて前を向く。また雲月が発砲してくるから……………

 

 

「あ…………れ…………」

 

瀕死の傷でうっすらとした視界には、ぼんやりと真っ赤な人影が映っている。

俺の前に…………誰かいる…………?

 

 

 

 

 

「ぐ─────ほごぉっ…………」

 

その男は、俺の前に立ったせいで腹を撃たれて倒れた。

俺が死ななかったのは偶然じゃない、彼が守ってくれたおかげで弾の軌道が逸れたからだった。

そして、俺の顔が浴びている多量の血は、俺の脇腹の傷ではなく、彼から流れたものだった。

 

 

 

 

「筆竜──────!!!!!」

 

御衣黄の叫びで、俺は眼の前に誰が居たのかを悟った。

 

 

 

「な──なぜ…………!?なぜお前がまだ生きている…………!?」

 

雲月はあまりの衝撃で5発目を撃つことを忘れた。

 

「ぐっ…………グウゥッ……………」

 

必死に痛みに耐える彼の口から血反吐が流れる。

 

ザッ、ザッ、と筆竜は一歩ずつゆっくりと、かつて無いほどの牛のごとし歩みで、けれど正確に、雲月へと近づいていく。

筆竜の愛人たちはそれを黙って見ていた。

 

「な、何をしている………は、早く死ね!!!」

 

ズドォン、ズドォン、と五発目、六発目を叩き込む。二弾とも彼の胸の側を穿つが筆竜は苦しそうにしながらも歩みを止めない。

 

 

「お…………お前が……………」

 

止まらない血と共に溢れる消えそうな詰まった声。

どうやら、彼に助かる算段はもうないらしい。

 

「お前が…………菖を…………あの日…………あの日の菖を…………」

 

フラフラとした足取りはもはや衰弱の脆さというよりある種の恐怖。

全身真っ赤の、まるで蘇った死体が迫るような動き。

 

「くっ………あ、ああっ!?」

 

雲月の銃がついに弾切れを起こした。

 

「あ、あ……………あぁぁぁぁっ!!!」

 

慌てて弾を込め直すが、もう遅い。

 

 

「お前が菖を襲った犯人かぁぁぁぁ!!!!!」

 

倒れこむように身体を傾けると、反射反応で持っていかれる脚を利用して疑似的なダッシュをして、大振りの拳を雲月の頰に叩きつけた。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

雲月は銃を落として地面に倒れた。

 

「ぅ゙…………ごふっ…………」

 

筆竜も転んで地面に伏せて再び血を吐く。

 

「今更…………お前に何ができる…………」

 

殴られたとはいえ瀕死ではない。

雲月はさっさと立ち上がる。

 

「菖を襲った………菖の家族を奪った………絶対に許さねぇ…………!!」

 

まだ倒れたままの筆竜は雲月を睨み上げる。

 

「ふ───はははは!!!何を言い出すのかと思えば!まるで自分の女の仇を討つかのような台詞だな!!」

 

「何が……………言い、てぇ…………!!」

 

「勘違いをするな、菖はもともと私の女だ。お前はただの中古品を拾ったに過ぎない。菖の事を語って良いのはこの私だけだ。どうあれ………お前は彼女にとっては二人目なんだからな!!!」

 

この外道─────本当に、救いようのないクズだ。

 

「─────────うっ…………」

 

筆竜は顔を伏せる。

それはそうだ。こんなの、誰が耐えられる。

 

「はははは!!!何が最も美しく強い男だ!!!この世で最も美しく強いのはこの私だ!!!お前は今も私を前に地を這うことしかできない鼠!!!お前が、妻だと勘違いしていた菖が証明してくれている!!!私を怪しむこと無く、その強さと高潔さと美しさに見惚れ、お前より早くから私に惹かれてくれたのだからな!!!あぁ、そうだな!初めての夜、あれは実に綺麗で甘い思い出だったとも!!!そこに関しては、あの女にわざわざ婿入りした甲斐があったと思った!!!」

 

 

獣人の屑は甲高い笑い声と共に筆竜を見下ろし嘲笑った。

 

 

「───────ぜ…………」

 

「…………む?」

 

「あぁ………いいぜ…………」

 

筆竜がムクリとゆっくりと起き上がる。

 

「こ、この死に損ないが…………!!!」

 

雲月は手にしたステッキで筆竜を殴りつける。

しかし、それは右手で掴まれて止められる。

 

「ぬっ───!?」

 

「いいぜ………最高の挑発だ………お望み通り、乗ってやる」

 

ステッキを奪い取ると遠くへ投げ捨て、筆竜は血を吐きながら雲月を睨みつける。

 

「な…………な…………止せ………………」

 

「お前が───誰に喧嘩売ったのか………思い知らせてやる…………」

 

「ひ、ひぃぃぃ…………っ!!!!」

 

「ウォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

 

筆竜の最後の絶叫。

 

 

「だ、誰か助けてくれぇぇぇぇ!!!!」

 

慌てて引き返しながら助けを求め、逃げ回る雲月だがここまでのクズっぷりを見せられては流石に誰も助けてくれない。

あっという間に筆竜に追いつかれ、羽交い締めにされる。

 

 

「な、何をする!?」

 

「ぅ………っ…………うぉぉぉ……………!!!!」

 

そのまま筆竜は雲月を羽交い締めにしたまま、後ろに後退していく。

そして、向こうには─────

 

 

 

 

さっき戦いが始まる前に俺達が歩いていた、あの溶岩池を見下ろせる場所だった。

 

 

 

 

 

「筆竜…………!!!お前まさか…………!!!」

 

慧音さんが慌てて彼を追いかけるがもう彼は柵のところまで来てしまった。

 

「ふ…………筆、竜…………!!!!」

 

俺も追いかけようとするが脚が潰れて動けない。

ほふく前進で追いかける。

 

「おい、筆竜!!!」

 

御衣黄が背中に背負ってくれた。

 

そしてあっという間に向こうへ走る。

 

 

 

 

「ば、バカなことは止せ!!」

 

「これが………俺なりの………世界一美しいケジメのつけ方だよ、」

 

「ふ、筆竜?いいか、ちょっと待ちなさい。よく聞け、私は菖の第一の夫だ。わかるか?曲がりなりにも菖が愛した一人目の男だ。それを殺すというのは、あの世の菖に申し訳というものが──」

 

「黙れ」

 

筆竜は爪で雲月の右眼を潰す。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「どうやったら俺の妻がお前なんかに惚れるんだよ」

 

 

 

「筆竜!!!やめるんだ………筆竜!!!」

 

俺は必死に呼びかける。

俺とあいつは、真逆だけど、似ているんだ。

彼の信念も、俺は美しいと感じたし何より………

 

彼には、幸せになってから死んでもらいたいんだ。

 

「────悪かったな………青葉。俺が間違っていた」

 

「筆竜…………」

 

「どうやら人間、悪いやつばかりだけじゃないみたいだ。間違っていたのは…………俺が産まれてきた事それ自体…………ならせめて…………本来いるべき場所に、このクズもろとも還る…………それで菖の仇が討てるなら…………俺はそれを望む」

 

「ま、待て!!やめろ!!私をどうする気だぁぁぁ!!!」

 

 

 

「筆竜!!!」

 

慧音さん、

 

「筆竜!!!」

 

妹紅、

 

「筆竜!!!」

 

アリス、

 

「やめろ…………筆竜!!!!」

 

そして俺が一斉に叫ぶが、彼は少し笑っただけだった。

 

 

 

「生まれ変わったら………もっとマトモな夫婦生活が送りたいな───」

 

そう────一言つぶやいて、

 

 

「筆竜──────!!!!!!!!」

 

彼は背中を倒して雲月もろとも崖下へ真っ逆さまに落ちていった。

 

「筆竜、待て、ちょ───うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

遠ざかっていく雲月の絶叫。

そして最後にずっと下の方からドブン、と音がした。

 

「あっ─────!!!!」

 

俺は御衣黄の上から飛び降りて柵のところに飛び込む。

なんとか掴んで下を見下ろすが、もうそこには溶岩の海だけが相変わらず広がっており、落下した二人の姿はなかった……………

 

 

 

 

 

「──────終わったな、」

 

妹紅が下を向いて呟く。

そう、終わったのだ。この事件は、解決した。

 

「うん─────終わったわね」

 

アリスが悲しそうな顔をして黙る。

 

「終わりか…………これで、何もかもが」

 

慧音さんも哀愁を感じながら座り込む。

 

こうして、椰子飼襲撃者、椰子飼雲月は死亡し、同時に竜胆当主筆竜も死亡。

こうして、ワンダーランド異変は解決したのだった。

呆気ない終わり方だ。味気無い終わり方だ。

そして、なんとも後味が悪い終わり方だ。

けれど、俺は多くの命を救った。

それは間違いない。街を巻き込んだとてつもない激闘だったが、筆竜や菖、雲月に殺された者を除いて失われた命はたったの4つ。

竜胆筆竜、椰子飼雲月、吾妻亦紅、庭石菖。

彼らを助けることはできなかったが、生かした命は多い。そのぶん俺は正しいはずなのに、

 

 

 

─────何故か、何かを間違えたような感じがしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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