東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅 作:マジカル赤褐色
事件解決から1日後。
─────迷いの竹林。
その奥にある永遠亭にて。
「─────ひぃぃ、ただいまー鈴仙」
因幡てゐは手下の妖怪兎たちを連れて自分たちの住まう永遠亭へと戻ってきた。
「おかえり、てゐ。ずいぶん大変だったようね」
それを出迎えたのが同居人にして相棒の鈴仙・優曇華院・イナバ。
「現地で怪我人二人拾ってきてさぁ………死にかけだから助けてあげて〜。じゃ、あとはヨロシクぅ!」
「ちょ、待ちなさ…………」
ぴゃーっ、とてゐと妖怪兎たちは担架だけ下ろして竹林の中へと消えていった。
「ちょ、まっ、嘘でしょ!?」
本気でこの場は鈴仙一人にされてしまった。
「い、いっ…………てェ…………!!!伏黒ォ、ここァどこだァ!」
「し、知らないです………僕も初めての場所なので」
2つの担架には、一人の大きな赤毛と穏やかな声の子供がいた。
一人は顔の左目から側頭部にかけて血まみれの包帯を巻かれており、また一人は脚が動かずに止まっていた。
「ちょっ、こんなの私一人じゃ………もぅ………てゐのやつ…………」
担架は最低でも二人は必要。
鈴仙一人ではどうしようもできない。
困っていた鈴仙のところに、一人また別の人影が現れる。
「─────ウドンゲさん、大丈夫?」
笠を被った青年が鈴仙の隣に現れる。
「あぁ………オオバさん。担架運ぶの手伝ってくれませんか?」
「うん、任せて!!」
「オィ………テメェ………なんでこんなところに居やがるんだ?」
「そういう君も。雲月の言い方から、完全に死んだと思っていたよ。ともあれ良かった。伏黒君もね」
「はは………ありがとうございます、青葉さん」
「君の仇は、ちゃんと討ってきたからね」
「あはっ、それは………嬉しいです」
「オオバさん、知り合いなんです?」
「うん。ちょっとね、」
青葉と鈴仙の二人で担架を持ち上げ、中まで運び込む。
あっという間に2人分の担架を上げると、二人してわけもなく地面に座り込む。
「いやしかし、ウドンゲさんも大変そうだね」
「はい。オオバさんも苦労されてるそうで」
「─────────────」
「─────────────」
沈黙が流れる。
鈴仙は違和感を覚えて首を傾げる。
もう一度青葉の顔を見た。
何事もなかったかのようにまた視線を下ろした瞬間に鈴仙の顔は一気に高速でまた青葉の方へ向いた。
「───────え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!?」
「ただいま、ウドンゲさん」
「ちょ、ちょちょちょちょちょ!!!!し、師匠────!!!オオバさんが帰って来ましたぁぁぁぁぁぁ!!!!」
鈴仙はドタドタと慌てて走り回りながら屋敷の奥へ消えていった。
「────お前なぁ、怪我人がなに怪我人の搬送やってるんだよ」
あの後連れられてきた妹紅たちが追いついてきた。
「あはは、動けるなら怪我じゃないよ」
青葉はいつも通り、気にしてない様子で笑う。
「…………もうっ、ばかっ」
アリスが怒ったように青葉にずかずかと近づくと顔面にデコピンを食らわせる。
「貴方、自分が死んで何人泣かせたと思ってるのよ。トラウマになって、怪我しただけでも心配なのよ私達は」
「そうだそうだ」
「みんな…………」
「私…………青葉の事がずっと心配だから。………自分よりも大切な人が怪我していたら………だれだって不安になっちゃうわよ」
アリスは青葉の手を優しく握る。
最初はあっ、と前に出そうになった慧音だったが、ニヤニヤしている妹紅にずいっと止められて呆れ笑いと共に食い下がる。
「ちょ、ちょっと!私の青葉よ!!気安く近づかないで!!」
「なによ!私の青葉よ!!!」
「ちょ、ちょっとふたりとも。喧嘩しないの」
また青葉をめぐって喧嘩する二人をなだめる鈍感な青葉。
その様子が見るに堪えないので全員ため息をつく。
「青葉────私、青葉の事が好き」
アリスが唐突に言い出した。
「いや、私のほうがアリスなんかより2倍愛しているわ」
「はぁ!?なら私は貴方の3倍!」
「その2倍だから6倍よこっちは!」
「何を…………!!」
「なんか文句ある!?」
はじめは「あの………」と流石に空気を察してきた青葉もだんだん疲れてきてもうこのノリを傍観することにしてしまった。
「そうだ!青葉はどっちが良いのよ!」
「そうよ、それで決着つけましょう」
「は、はぁ!?」
急な振りに青葉は凍結する。
「特別にこの私を選ばせてあげる。この金髪バカがいいか、それとも私と恋人になるか」
「いいや、貴女みたいな白髪女に誰が惹かれるって言うのよ、青葉は私のもの!」
「──────────あぁ………」
「さぁ!どっちなの!」
「どっちと付き合いたいの!?」
左右から詰め寄られて困惑する青葉。
─────すると、
「青葉さん!!お帰りになられたのですね!!」
だだだだだだー、と廊下を駆け抜ける音。
「あっ、トヨさん!!!!!」
「きゃぁ!」
「ひゃぁっ!」
青葉はアリスとドロシーの腕を突っぱねると、奥からやってきた姉弟子、綿月豊姫の方に突っ込んでいった。
「ただいま〜、トヨさん〜」
「はい。お待ちしておりましたよ………八意様も妹もお待ちよ。早くお部屋へ」
「えー、ちょっと待って。その前に疲れた身体にトヨさんの温もりを感じていたい…………」
「えぇ、構いませんよ。お疲れのようですし、このままゆっくりされますか?」
「うーん、しばらくね…………」
二人して密着状態で抱き締め合う男女の姿はさながら夫婦のよう。
頬をくっつけながら笑い合う二人は間違いない、本物の恋人同士だった。
青葉の本命はアリスでもドロシーでもないし、そもしも彼は二人に女の子としての興味はなかった。彼にははじめから、彼女しかいなかった。
「────は、はは……………」
アリスがげっそりした顔でフラフラと酔っ払ったように歩き回る。
「えぇ…………あんなの勝てっこないわよぉ〜」
ドロシーもつられてフラフラとする。
そのまま二人は滑ってお互いの頭をぶつけて転倒した。
「─────いただきま~す!!!」
成り行きでこうなった一行は、永遠亭の大和室にて大きな机を出して豪勢な夕食をしていた。
「妹紅、押し入れから楽器が出てきたわ。一緒に演奏する?」
「マジで!?プリズムリバーウィズHとセッション………お、お琴か尺八はないか!?やりたい!」
「あるよあるよ!おいでよ!」
「いぃぃぃやったぁぁぁぁぁ!!!」
「さて、どんちゃん騒ぎには音楽は不可欠よね!」
「もっともーっと!楽しい音楽にしよう!」
「おぅ!いっくぜー!!!」
「うぉぉっはぁ!!!ゆうかりん!これこれ!これめちゃくちゃ美味いぞ!!」
「………あら、ほんとだ。良い食材使ってるのね」
「女苑〜、私、生まれて以来こんな豪勢なご飯食べたの初めてだよ…………感動で涙がとまんない…………!」
「ん〜♡美味し…………鈴仙のやつ、こんなに料理が上手いなんて聞いてないわよ」
「2人はもうここに住んだらいいんじゃない?」
「あぁぁぁん?だいたいねぇ、どろしぃーがアタシのじゃましたからいけないんでしょぉがぁ!」
「そんなこといったらねぇ、あたしのほうがさきにあおはにあってたんですけどー!」
「ど、どうしよう………完全にこの2人酔っ払ってるよぉ………」
「ど、どうしましょう………落ち着いてくださいふたりとも………」
「なぁに、ヤケ酒よ。メディスンも飲みなさい。梓も」
「い、いや………いいや………」
「い、いや………私はいいです………ジュースで」
「あぁん!?あたしのさけがのめないってぇ!?」
「だいたぃ、だれがよっぱらぃよぉん」
「酔っ払いはみんなそう言うんだぞ………」
「けぇねせんせー………どうやったら青葉にモテるのかおしえてよ〜………」
「ごめん、多分あれは無理だ。男にしては出来すぎているせいでたぶん相当な女性じゃないと近づけない…………」
「そんなぁ…………」
「酒がたりない、もっと飲むわよ」
「ほどほどにな…………」
「永琳さん…………そろそろ泣き止んでくださいよ…………もう時効だって…………てかトヨさんはそろそろ頭離して」
姉弟子の豊姫に頭を抱かれながら師匠である永琳に脚にすがりつかれる青葉は同じく姉弟子である依姫のほうをチラチラ見ながら「なんとかしてよ」と視線を送る。
「だって貴方に………何も返してやれなかった………私が諦めたりしなければ、救えたかもしれない生命を………」
青葉の身体に顔を埋める永琳はただひたすらに涙を流す。
家出した弟子と再会できた喜びと、それに伴うかつての悲しい記憶を思い出して。
「八意様…………」
「もうそんな大昔のこと、俺は覚えてないですよ。それに、貴女がいたから俺は生きて帰ってこれたんです。…………向こうで凄く強い敵たちと戦ってきたんだ。それでも死なずに戻ってこれたのは、俺に色んなことを教えてくれた永琳さんと、見限らずに真剣に俺に剣を教えてくれた依ねぇのおかげだから」
「青葉…………剣術にて人を救ったと言うのですか」
「うん。元々人間の里で一番強かった武家とか、壁を普通に破壊するヤツとか、依ねぇみたいに剣から炎を出すやつとか、いろんなのと戦ってきたよ」
「今のところどこが強敵なのかは理解に苦しみますが………それでも、今の貴方は成長している。今の話を聞いてそう感じましたよ」
厳しい顔で話を聞いていた依姫は弟の自信に満ちた話に少し安心したのか、むしろ滑稽に思えたのか静かに微笑みながら言った。
「ありがとう、依ねぇ。…………そうだ、依ねぇもおいでよ」
「は?」
「だって、依ねぇだけだよ。俺にくっつかないでずっとそこに立ってるの」
「そうよそうよ、依姫もいらっしゃい。彼が小さい頃はよく抱いてあげていたでしょう?」
「なっ………!いつの話をしているのですか!」
「ほら、そう言わないで………っと!」
「────っ!?」
「ど、おぉわぁぁぁぁぁぁっ!?」
無理やり依姫を抱きしめに行った青葉は永琳のロックに引っかかって豊姫もろとも転倒してしまった。
「は、離しなさい!?何をしているのです!!」
「家族再会のハグ!帰ったら一番最初にすることでしょ?」
「あら、四人とも楽しそうね〜。わたしたちも混ぜてー!」
「か、輝夜さん!?」
「姫様だ!た、ただいま!!」
「おかえりオオバー!ご主人様のハグよ!!」
「どぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ハグ………というよりボディプレスだが、永遠亭の主、青葉の主人である蓬莱山輝夜も飛び込んできた。
「もう………姫様ぁ…………」
「うふふふ…………あははははは!!!」
「ふふ…………!」
「ふっ………」
輝夜につられて二人の姫も笑い出す。
「はは………っ、あはははは!!!」
おかしくなって青葉も一緒に大笑いする。
「ふふ………いい子たち…………ね…………」
永琳も涙を拭いて笑う。
「──────あ」
料理の配膳中に騒ぎを聞いて、その様子を襖の隙間から見つけた鈴仙。
なにやら楽しそうに5人が押しくら饅頭している。
不思議に思って近寄ろうとするとそのスカートを誰かが引っ張った。
「てゐ?」
「こらこら鈴仙。それは野暮っていうものよ」
「そう────そうかもね」
鈴仙は素直に頷くと、てゐと2人で料理を乗せたお盆を持ってその場を去った。
「─────オオバさん、お帰りなさい」
「─────オオバ、お帰り」
「オオバ、ほんとうに、おかえり」
「おかえりなさいませ、青葉さん」
「お帰りなさい、青葉」
「おかえりオオバ〜」
「うん、ただいま。皆」
「青葉ー!!!みんながそろそろあんたの得意料理食べたいって!!!」
───────どこにでも野暮天はいるものだ。
「永琳〜、オオバって得意料理なんだったの?」
「え?姫様、それ俺に訊くもんじゃない?」
青葉たちはそれぞれに散ると立ち上がる。
「依姫は覚えてるかしら?」
「いえ………姉様こそ覚えてらっしゃるのですか?」
「まぁまぁ、覚えてないならお楽しみってことだよ」
青葉はいそいそと台所へ向かおうとする。
「────台所ってどこ?」
久しぶりの永遠亭はやはり色々忘れていた青葉だった。
「うぉぉぉぉぉっ!?これは………!」
「俺の得意料理。けど、超楽だから誰でも作れる」
俺の得意料理はこちら。
茶碗に盛ったご飯に、一口サイズに切ったアボガドとトマトとベーコン、その上から熱々のお茶を流し込んだ単純過ぎるもの。
─────ずばり。洋風お茶漬け、だ。
「お茶漬けにトマト?アボカド?なに考えてるんだ?」
妹紅が見たことのない料理に釘付け。
「慧音、知ってる?」
「いや………こんなの初めて見た」
「青葉の得意料理が………これ?」
「どう見てもアヒージョとかの食材だけど、日本茶に合うの?」
全員この料理に警戒している。
「────美味しいんだけどねぇ〜」
なんか………幽香さんめっちゃガツガツ行ってるんですけど………!?
「これ、味が良い意味で平凡だから、アレンジが利きやすいわね」
「お!そうそう。だから鮭とか梅とか海苔とかネギとか色々持ってきたんだよ。使う人はじゃんじゃん持っていって!」
お茶漬けはその自由度が最大の魅力。
気分次第でお茶の濃さを変えればいいし、好きな食材を入れれるし、よっぽどの物じゃない限り何を入れても大丈夫、とりあえず美味しくなる。
「おぉっ!美味い!っていうか、オオバはお茶淹れるのが上手いな!」
「そうそう。お茶淹れるのは昔から大得意だったからね」
「女苑〜っ、明日からこれやろう!」
「そうね、これなら何日でもやっていけそう!」
「おいしーい!」
どうやら大評判のようで。
「トマトもアボカドもお茶で柔らかくなって食べやすいわ」
「お米もお茶も美味しいわ〜」
「これ、コツを掴んだら誰でも作れるの?」
「うん。というか、ほんとに誰でも作れるよ。コツとかも特に無いかな。食材を斬る程度の初歩的な技術と、正しいお茶の淹れ方をすれば料理がどれだけ下手でも大丈夫さ」
「すごい、これは画期的な料理ね!」
「あぁ…………これが私の失恋の味…………」
「でも…………凄く渋くて美味しいの…………」
「山葵も良く合いますよ〜!」
お、ウドンゲさん〜。それはナイス。
「食後に和菓子食べたい人いるかい?」
「お!御衣黄!それだ!」
俺は御衣黄が持ってきたお菓子の箱に目をやる。
「え?どうかした?」
「それ貰う!」
箱からお饅頭を全部出すと、包丁で十文字に切ってお饅頭を四等分する。
「ちょっ!?何をして…………」
高速で切ったお饅頭を慧音さんの分に入れる。
「饅頭を………お茶漬けに?」
「からの………!」
からの────追い茶!!!
「わ、和菓子をお茶漬けに────!?」
梓ちゃんがびっくりする。
これこそが…………あの伝説の小説作家、森鴎外の愛した「饅頭茶漬け」だ!!
「──────はむっ………」
慧音さんはその怪しすぎる編成を訝しげに食べてみる。
「なっ…………これは…………!」
「美味しい?」
「美味しすぎる………お茶を吸った餅部分がお粥みたいにふわふわになって、中の餡がお茶漬け全体を善哉のような甘い味にする………お汁粉みたいだ」
やれやれ、慧音さんには敵わないなぁ。
言おうとしてたこと全部言われた。
「でしょー?だからお茶漬けは最強なんだって」
「ちょっと!慧音先生ばっかりずるい!私達にもお饅頭入れてよー!」
「おうさ!在庫ならいくらでもあるぜ!」
「私も食べたいです!」
「おう!お嬢もたくさん食べて大きくなれ!」
「御衣黄、たまには良いことするじゃない」
「さぁさぁ、このままどんどん食らっていこうぜ!ほらほら、そっちの姉さんたちも!」
「わ、私達もですか!?」
依姫たちが顔を見合わせる。
「うん、依ねぇたちもどうぞ。みんなで食べたほうが美味しいって!」
「そうしましょう。こんな大人数で食べれる機会なんて滅多に無いんだから」
「八意様がそう仰るなら………」
「あら、気をつけてね?依姫ったら、私と同じぐらい食べるんだから」
「トヨさんだって大食いでしょうが〜」
この夜、永遠亭には総勢21名もの有志たちが深い深い夜になるまで騒ぎ立てながら、いつまでも楽しい時を過ごしていた。
母の記憶を失くして育った男、神門青葉。
だから家族愛なんてものは………とうの昔に忘れてきてしまったはずなのに。
彼はいま、心の底からそれを実感していた。
それを思える、感じれる────
─────やっと、思い出した。
平凡で、ありふれた、当たり前の愛を。
「────それじゃあ。またいつか」
次の朝、青葉たち一行は永遠亭を離れた。
「約束よ。また来てね」
永琳が青葉をふわっと抱きしめる。
「うん、永琳さんもお元気で。………あ、最後に少しお願い聞いてもらってもいいですか」
「いいわよ。なんでも」
青葉は頷いて少し引き下がると、梓を抱っこして連れてきた。
「この娘を────永遠亭で育ててほしいんだ」
「「「─────えぇっ!?」」」
場にいる全員が驚きの声を挙げた。
「梓ちゃんには帰る場所がない。そして、小さな彼女には、まだ1人で生きるほどの強さはない。…………俺は、なんとなくだけど………梓ちゃんは昔の俺と似ていると思ったんだ。無力で、弱くて小さくて。けれど、人を思う力と、世界を掴むだけの夢がある。まだ彼女の人生は始まったばかりだ。その無限大の可能性を、俺は無駄にしてほしくない」
「オオバ─────」
「それに、彼女の能力は、永琳さんと凄く相性がいいと思うんだ」
「青葉さん………?」
梓には彼の言っている意味がわからない。
ありとあらゆる物を殺すその能力が、どうして人の命を救済する病院と相性が良いのか。
「この子、なんだって殺せるんです。だから、【どんな病原菌】だって死滅させれる。この子は、きっと、将来人の命を救うために産まれてきたと思うんです」
「青葉さん…………」
そのあまりにもとんちの利いていて、かつ聡明な解釈に、梓の目から涙が溢れてくる。
「梓ちゃん、君の能力は殺すためにあるんじゃない。人の命を救うためにあるんだ。ここで過ごせば、君は………きっと正しい道にたどり着けると思う。君の持つせっかくの自由な道を決定する権利は俺にはないけれど………でも、この道は………君と良く似た俺が歩んだ人生だったんだ。それに俺は後悔なんてしていない────過去の俺がここで育ったから、今の俺がここにいるんだ。君だって、きっと幸せになれると思っている。だから、参考程度だけど………どうかな?」
「人を…………救える…………?私を助けてくれた青葉さんや慧音先生や、皆さんみたいに………?」
「うん。誰にだって自由な道が選べるわけではない。けれど、君はその「才能」っていう幸せになるためのチケットがあるんだ。君はきっと他の人よりも有利に生きていける。今までは
「うん…………なる…………!私、たくさんの人の命を救いたい!」
梓は満面の笑顔で頷いた。
「─────永琳さん。彼女もこう言っているんですから、いいでしょう?」
「─────もう。貴方にはかなわないわね………」
永琳は笑ってそれを受け止めた。
「梓ちゃん、貴女をここの家族として認めるわ。もうこれ以上………救える生命を見捨ててしまわないためにも、貴女が私にも救えない生命を救って欲しい。お願いできる?」
「はい!頑張ります、永琳さん!」
「─────あははっ、」
なんだか懐かしい気持ちを感じた青葉はその様子を見て微笑んでいた。
自分もかつて、そんな感じで張り切っていたのを見て、彼からも涙のようなものが流れてくる。
「─────あいつ、どこまでお人好しなんだよ」
「─────これなら、誰からも好かれるのは納得だ」
遠くから黙って見ていた慧音や妹紅たちも笑う。
「それじゃあ………俺達はこれで………」
「待ちなさい、」
その声を遮ったのは、なんと……………
「ちょっと、ゆうかりん?」
風見幽香だった。
「─────梓………と言ったわね、名前」
「幽香さん?」
「梓なんて、そんなアバウトな意味の花、今の貴方には似合わないわ。貴女の新たなる人生の門出を祝って、私が新しい名前を付けてあげるわ」
幽香はふぅ、と息を吹くと手の中に植物が咲いた。
濃い桃色の実をつけた美しい植物。
「今日から貴女は「
「なんか、「八意」みたいだね」
「えぇ。ピッタリな名前だと思わない?貴女がこれから人を救うためにこれまでとは違った人生を生きていくのなら、梓よりも、こちらのほうが向いていると思うのだけど。貴女の第二の母が、
「ふふ………良かったね、真弓ちゃん」
「はい………ありがとうございます、大切にします」
そう言って真弓はまた嬉し涙を流す。
「困ります………みなさんには、色々貰ってばかりで………私は何も………」
「いいんだよ。君がそれを返す相手は、俺達じゃない他の誰かだ。君はいい子だ、きっと素敵な大人になれるよ」
「ほんとうに、ありがとうございます、皆さん」
「────じゃあ、そろそろ行かないと」
「青葉さん、またいつでも来てくださいね」
「トヨさん、またね」
「また稽古を付けて欲しければ、地上にいる間だけは指南して差し上げます」
「依ねぇもありがとう」
「オオバ〜、また会いに来てね〜」
「姫様もお元気で」
「はい、お土産にタケノコ」
「テーもね」
「オオバさん、里に戻ってからもまたよろしくお願いしますね」
「うん。ウドンゲさんの方こそ、これからもよろしくね」
「…………貴女は、ほんとうにいい大人になったのね」
「ぜんぶ、永琳さんのおかげですよ。ありがとう」
青葉は背中を向けて仲間たちと一緒に門を抜ける。
「ありがとう!真弓ちゃんも元気でね!」
「輝夜ァ!あとでそっち行くから待ってろよな!!!」
「真弓ちゃん、どうか、元気で!」
竹林の中に消えていく影。
それを最後まで永遠亭の者たちは見送っていった。
最後に一つだけ、小さな声がした。
「───────大好きです、青葉さん」
それは椰子飼真弓の、心の底からの想いだった。
八意 永琳(やごころ えいりん)
青葉の師匠。
幼い彼に生き方を示し、その優しき心を授けた正真正銘、第二の母。
永遠亭の主である蓬莱山輝夜に仕える従者であり、元々は彼女の家庭教師を務めていた。
同時に依姫、豊姫の師でもあり、最近では鈴仙やてゐも門下に招き入れている。
最新の門下に椰子飼梓、現の真弓を認め、彼女にも青葉と同じ様に人生の指針を授けるために今後も苦労することになるだろう。
寛大にして包容力のあるおっとりとした性格だが、その正体は幻想郷においては大きな役割を果たすトップクラスの重鎮の1人に数えられる元月人。現在は月の所在を捨て、幻想郷という地上で穏やかな暮らしを送っている。
幻想郷で最も有能な医師としても名を馳せているだけでなく、弾幕勝負においても絶対的な強さを誇っている、東方有数のチートキャラ。
蓬莱山 輝夜(ほうらいさん かぐや)
青葉の主人。
永琳に弟子入りした彼は必然的に彼女のお世話係を任されることになり、一時期はペット的な感じで飼われていた。
お茶目で明るく快活な少女であり、人と話をするのが大好き。
一方で自由奔放すぎて勝手な行動を取りまくりその度に永琳を困らせている永遠亭トップの問題児にしてトラブルメーカー。
とはいえ、永琳を首謀としてかつて異変を起こしたのは内緒の話だ。
妹紅とは何やら大きな因縁があるようで、仲良く喧嘩している。
おおらかな人柄のため、種族問わず人を受け入れる、こちらもこちらで、なんやかんや言っても結構なママキャラ適性を持つ人物。