東方 編史帖~上白沢慧音の過去へと迫る旅   作:マジカル赤褐色

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ロリス・マーガトロイド

 

─────麦菓(ばっか)喫茶柳桐(りんどう)

 

人間の里に突如として現れたパン屋だ。

なんの前触れもなく………なんの工事もせずに、いきなり。

人々は最初こそ怪しんでいたが、その店から立ち籠める焼き立てパンの良い香りに誘われて中に連れ込まれる。

米が主食である人間の里においては、洋食なんてものは珍しかったからだ。

そして、その出来栄えとあまりの美味によってそのパン屋の噂は瞬く間に里中へと広がっていった。

一時、人間の里にある有名な夜の帝王、多くの女性から慕われた若い色男がいたのだがその男の噂はもう絶えてしまい、それと入れ替わるようにこちらの話題が挙がり始めた。

いや、まぁ………今のはその話になぞらえただけであり、まさに当時の噂の生まれ変わりとも言える………頭の片隅の中で覚えている僅かな人間にはその件を彷彿とさせるかのような評判だった。

すでに数十名以上の常連客を抱えており、売上もパン屋なのにウナギのぼり。

店の若旦那と若女将が美人なのも相まって、そして自家製干し肉もまた注目を浴びて、まさに里ではトレンドの店となっていた。

 

 

 

「─────ごほっ、ごほっ、」

 

 

一つ問題を挙げるとするならば………………

 

そこの若旦那と若女将………夫婦と思われるこの二人は生まれついてひどく病弱だった。

倦怠感や立ち眩み、喘息などの体調不良に毎日悩まされ、しばらく動けないほどになる事もしばしば。

いまにも倒れてしまいそうな………まるで晩年の老夫婦のような印象を抱かせる活力のない夫婦に客はいつも心配をしていた。

日頃の動きから、彼らの寿命は持って15年近く、それ以下かもしれない。

ほんとうは、こんな風に仕事をするべき身体ではとっくになくなっているのかもしれない。

けれど、調子が良い時は若さを取り戻したように仲睦まじい2人を見てまた笑顔を取り戻す客。

 

「あなた、お客さんが来たわ。出てくれる?」

 

誰かが入口ののれんを潜った時に、一緒にぶら下げていた風鈴の音に反応した若女将が干し肉をスライスしながら若旦那に声をかける。

 

「………あぁ、」

 

「無理しないで?顔色が悪いわ」

 

「こんなのぜんぜん………むしろ、お前の方こそ疲れたならいつでも代わるからな」

 

若旦那は壁に手を当ててもたれるようにしてゆっくりと進んでいく。

体調が悪いのは間違いない。けれど、こんなことは日常茶飯事だ。

この日常を選んだのは自分なのだから。

 

 

 

「…………へいらっし───」

 

「あ、こんにちは」

 

入ってきたその客の顔を見て若旦那は心底不快そうな表情をした。

 

「─────またお前か、」

 

「うん、また来ちゃいました」

 

着物に三度笠の飄々とした出で立ちの青年。

笠と前髪で影になった下の涼しそうな顔で、青年は笑って挨拶をしてきた。

 

「これで2回目か?気に入ったのか、」

 

「うん、ここのパン美味しいですからね。その割に安いし」

 

「そうかい………お一人様だな」

 

まぁ、眼の前にいるのは彼だけなので一人に決まっているんだが、商売をやっているうちにルーチン化した動きになる。

わかりきっていることを敢えて訊くのは店員のあるあるだ。

前を見ること無く、カウンターの上に置いた来客履歴の紙に書く鉛筆を見下ろしながら若旦那はそう言った。

 

 

 

「─────いいえ、お二人様よ」

 

「…………は?」

 

急に女の声を聞いた若旦那はピタリと鉛筆を握る手を止めて前に向き直る。

しかし、青年の横には誰もいない。

 

「下、下ちゃんと見てるの?」

 

下から小さな子供の声がした。

 

「はぁ?」

 

若旦那はカウンターから身を乗り出してその言われたとおりの方向を見下ろした。

 

──────そこには、

 

 

 

「青葉!私、あのクリームパンがたべたいわ!」

 

青のサスペンダースカートと、白のケープを着た金髪の女の子が、三度笠の青年と手を繋いでいる状態で棚のクリームパンを指さしている姿があったのだ。

金髪、その服装、そして手にした不思議な本。

その格好は誰かに酷似していた。

 

 

「………………………え゙ッ!?」

 

流石の若旦那も、これには驚きで裏返った声しか出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────クリームパン………一丁、」

 

「わぁい、ありがとう!嬉しいわ!いただきま〜す!」

 

まふまふ、と大ぶりのクリームパンにかじりつく幸せそうな幼女の姿を横目に見て。

青年は御座敷の上でその近くに軽く座った。

 

「──────どういう事だ、」

 

「いや………その………なんか、」

 

「その小娘はお前のなんなんだ。子供か?」

 

「いやいや………その………信じてくれないと思うけど、俺の友達がちっちゃくなっちゃって………」

 

「でしょうね」

 

「あなたこの子のこと知らないでしょう」

 

「はぁ?…………あ、いや………そうか。あぁ、すまん。知らん」

 

慌てて訂正する若旦那とヘラヘラしてる青年、そしてクリームパンに夢中の少女。

 

「とはいえ、百歩譲ってそんな現象あったとしても、どうやったらいきなり小さくなるんだよ」

 

「俺も良くわかんないんですよね………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────話は数時間前に遡る。

 

 

「ごめんねアリス、オオバ君。店の整理を手伝わせることになっちゃって」

 

三度笠の青年の青葉、通称オオバとアリス・マーガトロイドは、里の道具屋、香霖堂の店主である森近霖之助の片付けを手伝っていた。

 

「良いんだよ、俺たちもちょうど暇していたところだし。ところで、これはどこに置いたらいいの?」

 

「あっ、それはそこに置いてほしい」

 

「わかった」

 

青葉がせっせと片付けをする一方で、アリスはここから出てくる骨董品の一つ一つに興味津々だった。

外の世界の物品を取り扱う店はここしかない。

なので、ここに置いてある品物の多くはこの地にないものばかり。

貴重な物が次々と転がり出てくるところに、アリスはとにかくワクワクを隠しきれていなかった。

 

(うわぁ………これ、もしかしなくても………外の世界のマジックアイテム………!魔理沙には勿体ないわ、いらないものを見つけちゃったら貰っちゃいたいなぁ)

 

アリスは手伝いを人形に任せきりにして自分は片付けするフリをしながら品物を次々と漁っていく。

 

(────あら?「天下一品の魔法の鍋」?)

 

アリスが店の物を物色していた時、紙の箱とその中に入れられた鍋を見つけた。

 

「ふぅ………重い重い、」

 

「そうだね、少し休憩にしよう。だいぶ綺麗になったから良しとしよう」

 

「おぉらよ………っと!ひぃ、軽いもんだぜ」

 

どかっ、と大きな箱を背負って持ってきたのは里の力持ち、沢城慧遠。

 

「慧遠さんもありがとう。こーりんの店にあるものはとにかく重たいんだよ………」

 

「へへっ、任しときな!力仕事で俺に頼ったお前らは偉いぞ!さて、メシの時間だな、どっか食いに行こーぜ!」

 

「こーりん、頼んだよ」

 

「ぼ、僕が………?」

 

「当たり前だろぅ?お前さんのお手伝いだ」

 

「報酬はねだらないからご飯ぐらい賄ってよ〜」

 

手を合わせておねだりする狡猾な二人に霖之助は仕方なさそうに笑う。

 

「もぅ………君たちには敵わないね………アリス、君もどうだい?」

 

「あ、私はいいわ。もう食べちゃったから」

 

「ちぇっ、嬢ちゃんとメシいけると思ったのにな」

 

「じゃあアリス、留守番は頼んだよ」

 

3人が店を出ていく。

 

「えぇ、任せて。ところで霖之助さん、」

 

アリスは今こそチャンスだと思って声をかけた。

 

「どうしたんだい?」

 

「このお鍋、貰ってもいいかしら」

 

「あれっ………こんなのあったっけ………?いやでも、普通の鍋だと思うし、そんな貴重な品でもないだろうからいいよ。どうせ片付けるものだ、貰ってくれたほうが道具も喜ぶ」

 

「ありがとう、遠慮なくいただくわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、アリスは貰った鍋で早速実験を始めていた。

 

 

「えーとシビレタケと、この粉とこの辺の鉄の棒や鉄釘など、これでよし………」

 

鍋に次々と魔法に使うための材料を入れていく。

店の奥から見つけてきたガスコンロに点火しながら中身を混ぜて、箱の中に一緒に入っていた鍋蓋を閉じた。

 

「あら、ご丁寧にロックまでついているのね」

 

カチっ、と蓋の横についていたロックをかけてアリスは鍋の前に腰掛ける。

 

「人形を増殖させる魔法───母体は何でも良いけれど、外の世界の鍋にしたら特別感があふれるものね」

 

人形を一緒に煮込んでしまって失敗は可哀想だったので、針金で編んだダミーで研究をしていたアリスだった。

 

 

──────しかし点火して5分後、事件は起きた。

 

 

「すんすん………なんか………焦げ臭くないかしら?」

 

焦げるようなものを入れた覚えは………

 

「キノコ?いや、でも………5分煮込んだ程度でキノコは焦げたりしない………」

 

鍋の中からガタガタと何かが暴れる音がする。

アリスは不思議に思ってそこに近づくと、店の扉が開いた。

 

 

 

「ごめんアリス!こーりんが財布忘れてきちゃったらしくって!どこかそのへんにない?」

 

一人で走ってきた青葉だった。

 

「わっ、青葉!?」

 

「────アリス、何してんの?」

 

「魔法の研究を…………」

 

「くっさ!ちょっ、何を入れてるの!?」

 

鼻をつまんで前を手で払いながら青葉は店の外まで後退する。

 

「針金で作った人形を母体に、鍋から人形を増殖させる魔法の研究よ」

 

「ちょっと、気を付けてよ?」

 

「でも、もう嫌な匂いがするからやめにするわ」

 

アリスが蓋に手を伸ばした次の瞬間、

 

 

「ちょっと、それ圧力鍋でしょ?ピンは上がってるの────」

 

「圧力鍋ってなに?」

 

アリスは青葉の話を聞き流しながらロックを外してしまった。

 

「待って!?圧力が下がりきってない状態で開けたら爆────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドオォォォォォォォォォォォォォォォォォン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………それでそうなったのか」

 

「うん、」

 

「圧力鍋の圧力が下がりきる前に蓋を開けて」

 

「うん、」

 

「それで中に入っていた魔法物質が破裂してそれを正面から受けた魔法使いが縮んだ」

 

「うん、」

 

「馬鹿じゃねぇの…………」

 

若旦那が冷めた目で青葉たちを見る。

 

「アリス、どうやら圧力鍋を知らなかったみたいで………ほら、圧力鍋って幻想郷ではまだあまり普及してないものでして、」

 

「店主に用途ぐらい訊いておけよ………てか、箱か蓋にでも何かしら注意点が書いてあっただろ」

 

「見たことない文字で書いてあったから読めなかったのよ」

 

身体が縮むと共に身体つきも顔立ちも年頃の若い娘から幼い子供の見た目になってしまったアリスが悲しそうな顔で言う。

 

「鍋は粉々に破裂してしまったからわからないけど、たぶん書いてあった文字が「いんぐりっしゅ」だったんだろうな………」

 

幻想郷に英語はほとんど伝わっていない。

英語が読めるのはほんの一部の賢者と、あらゆる文字を書き換えることで翻訳可能な青葉だけだ。

アリスには英語で書かれた注意書きの解読など無理だった。

 

「ごちそうさま〜、美味しかったわ!また来たい!」

 

アリスは椅子からぴょん、と飛び降りると青葉の裾をぐいぐい引っ張って店を出ようとする。

 

「今はソレどころじゃないよ………」

 

「お粗末さん。これからどこ行くんだ?」

 

「私を元に戻すためにバラバラになってしまった力を探しに行くの!」

 

「え!?俺もなの!?」

 

「青葉!はやくはやくー!」

 

アリスはいちはやく店を出ようとする。

記憶は残っているようだが、見た目だけじゃなくて精神まで幼くなってしまっているようだ。

 

「ちょっ、ちょっと!まだお会計が………」

 

アリスに引っ張られながら服の中から小銭を探す青葉。

 

「いらん、」

 

「え?」

 

若旦那の衝撃の静止で青葉は固まってしまった。

 

「うち、子連れは一個タダってルールだ、ちゃんと読め」

 

若旦那は壁に貼ってあった張り紙をバンバンと叩く。

 

「で、でも………アリスは俺の子供じゃなくて、」

 

「あんな嘘みたいな話信じるやつそうそう居ないだろ………子連れってことにしてやるからさっさと帰れ」

 

「な、そんな申し訳ないですよ………!」

 

「やかましい、こっちが要らないって言ったら要らないルールだ。客は神様じゃねぇんだ、店員の言う事だけ聞け」

 

店の奥に向かう若旦那に青葉が困ったような顔をしてるとアリスがなんの話なのかを察してカウンターに身を乗り出した。

 

「ありがとう!優しいのね!」

 

「───────おい、チビ」

 

後ろを振り返って若旦那が呼びかけてくる。

 

「むっ………ちっちゃくないもん!」

 

「チビだろ。ぶら下がらないとカウンターに頭出せないんだから」

 

ふくれっ面をしているアリスに若旦那が何かを投げつける。

 

「あたっ!いったーい………もぅ………!」

 

アリスの頭にコン、と当たったそれがバウンドしてからアリスは両手で捕まえる。

それは、銀色の懐中時計だった。

 

「────短い針が「5」を指す前に帰れ。魔法使いの身体が戻らないより、ガキが迷子になる方が心配事だ」

 

「──────────」

 

それだけ言い残して後ろを向き、また店の奥へゆっくりと歩いていく若旦那。

 

「ありがとう、助かります」

 

青葉がお礼を言うが、彼は振り向こうとしない。

 

「…………言うまでもないが、無料なのは初回だけだからな」

 

若旦那はぶっきらぼうに手を振ってそのまま奥の暗がりへ消えていった。

 

「…………またのご来店をな、」

 

「ありがとうございます!よし、アリス、行こうか」

 

「うん!行くわよ!」

 

 

 

パン屋を出てアリスと青葉は、彼女をもとに戻すための短い冒険に出るのであった!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、物語のあとの、小さな冒険。

小さくなってしまったアリスを元に戻すために、青葉とアリスが再び大冒険を始めるわ。

消えてしまった5つのグリモワール、そして5つの人形の力を取り戻すために、二人の冒険が幕を開ける!

次回…………東方編史帖・アリス編Extra第2話、

『探せ!失われたオルレアン人形』。

 

 

 

さて、いきなりオルレアンから行っちゃうとは面白い、どんだけアレに苦しめられるのか見ものだね〜。

見せてもらおうかな、過去の運命に抗わんする世界の卵の勇気を!

ゆーちゃん!ポップコーンとコーラ持ってきて!

 

 

 

映画鑑賞じゃないのよ…………!!!

 

 

 

 

 




若旦那

麦菓喫茶柳桐の若旦那。
他人に対して名前を名乗ろうとせず、若旦那と呼ばせる。
生まれつきと思われる重度の体調不良に悩まされており、見た目はまだまだ若いが余生はそこまで長くなさそうな印象が見受けられる。
ぶっきらぼうな物言いと冷血な物腰が特徴だが内に何気ない優しさが含まれており、知る人からは好感を持たれている。
店の名前は彼がつけた。
昔は身体が強く、運動神経も良かったと本人は語る。


若女将
若旦那とは夫婦。
可愛げのある絶世の美少女だが若旦那と同じく病弱。
二人で店を経営しているが、パン屋を始めようと言い出したのは若女将のほうらしい。
パン屋だが自家製の干し肉も売っているそうで、若女将自身、昔から自家製の干し肉を作るのが趣味だったそうでそれをそのまま仕事に転用した。
若旦那との出会いの品、初のプレゼントである鎌は店の中で大切に飾っている。
実は生き別れの妹がいるらしいがまだ再会は叶っていない。
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