陸上の世界で圧倒的な強さを誇った少年はそれでもまだ速さを求める   作:アレン

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前編 人類史上最速の少年

前編 人類史上最速の少年

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「すごい、お兄ちゃん速い!!」

 

 僕に少し遅れるようにゴールテープを切った少女がそう言って、僕を尊敬の眼差しで見つめる。

 少し歳の離れた幼馴染、妹のように可愛がっていた女の子との記憶を何気なく思い出した。

 僕にとってそれは輝かしい思い出であると同時に、何度も忘れてしまいたいと思ったものだった。

 

 少年には走る才能があった。

 幼い頃から天才だ神童だともてはやされたその才能は、もはや“人間”の枠を超えたものだったと断言できる物だった。

 それほどまでに、彼は陸上の世界で圧倒的な強さを誇ったのだ。

 

 世界大会を5連覇し、あらゆる距離の世界記録を更新した。

 そんな、分かりやすく最強だという結果を残したのだ。

 そこに異論を挟む者など皆無だろう。

 過去を振り返っても、彼以上に速い“人間”なんて存在しない。

 

 そんな順風満帆なものに見える少年の人生だが、実際はそうでは無かった。

 彼は、その日大きな挫折を経験したのだ。

 二度と立ち直れないほどに大きな挫折を……

 

 世界大会で初めて金メダルを手に入れたすぐ後の事だ。

 当時すでに天才だともてはやされていた少年が13歳と言う若さで手に入れた栄誉に世界中が湧いていた。

 彼もその分かりやすい成果に満足感を得ていた。

 

 その頃だ。

 彼は、初めて幼馴染の少女に負けた。

 走ることで。

 

 ゴール目前、今まで誰にも抜かせることが無かった、スタートしてからゴールするまで誰も写したことの無かった景色に彼女の背中が割り込んだ。

 

 ……

 

「勝った、お兄ちゃんに勝った!」

 

 そう飛び跳ねて喜ぶ少女。

 僕はその姿を呆然と眺めることしか出来なかった。

 

 当然の結果だった。

 彼女はウマ娘だ。

 2歳という年齢差のアドバンテージが大きかった幼い頃はともかく、今となってはたった2歳程度の年齢差で得られるアドバンテージはウマ娘と“人間”という種族の差を覆せるほどのものではない。

 

 ウマ娘と“人間”は根本から異なるのだ。

 だから仕方がない、それで終わる話。

 こんな経験をした事があるのは別に彼だけの話ではないだろう。

 

 実際、両親は落ち込む少年をそう言って慰めた。

 むしろ、よく頑張った方だと。

 常識的に考えてそれは正しい事だ、そうやって人は現実と自分に折り合いを付けながら成長していくのだから。

 

 だが、幸か不幸か彼の才能は“人間”のそれを遥かに超えていたのだ。

 ウマ娘に負けて、それでも可能性が見えてしまうほどには規格外だった。

 素直に諦められてしまえる、いわゆる普通の人とは違ったのだ。

 

 だからこその挫折。

 種族の差で仕方がないと諦められないからこそ、妹のように思っていた幼馴染に負けたという事実が彼に重くのしかかる。

 両親に仕方がないと、負けて当然だという言葉をかけられた事が彼を傷つける。

 

 それ以降、彼女とは少々疎遠になってしまった。

 諦められないからこそ、どう接していいかわからなくて。

 避けようと思えばいくらでも理由をつけられる。

 

 たまにバッタリ出くわして何か言いたげな視線を向けられるが、そのたびに気まずげに視線を逸らすことしか出来なかった。

 

 そんな状態でも彼の輝かしいキャリアに陰りが出ることはなかった。

 競争が彼の家で行われたこともあり彼が幼馴染に負けたことが外に漏れる事は無かったし、そもそもそれが公になったところで大きく取り沙汰されることも無かっただろう。

 猫がチータに負けたからといって、それがどうしたという話だ。

 

 五つ目の金メダルを手に入れた時、国民栄誉賞を授与された。

 ウマ娘のレースに比べれば“人間”のそれは人気が高いとは言えないが、それでも少年の業績はそれを授与されるに相応しいと判断されたのだ。

 

 ……“人間”の受賞は何年ぶりだろうか。

 

 国民栄誉賞の記念品の多くは銀製品や時計だと言う。

 しかし、本人が希望すれば常識の範囲内で希望するモノが貰える。

 国家規模での常識の範囲内で。

 

 彼は今だに諦めきれない思いがあった。

 あの日受けた屈辱を、視界に割り込んできた背中を、両親に向けられた目を、全てを覆したいと。

 その想いは時が経つほど大きくなった。

 

 お前らは“人間”は、ウマ娘にかないっこないなんて既に諦めいてるのかもしれない。

 諦める諦めない以前に、有史以前からウマ娘と共にあった“人間”にはそもそもそんな思考回路すら存在していないのかもしれない。

 でも、僕は……

 

 それを叶えるために、彼はここで一つのお願いをした。

 もしかしたら、あの敗北からどこか逃げ腰になっていた自分に逃げ道などないと言い聞かせる意味もあったのかもしれない。

 レースへの、ウマ娘のレースへの参加券が欲しいと。

 

 少年の願いは大きな物議を醸した。

 いくら彼がすごかったとしてもそもそも勝負になるはずがないという指摘であったり、神聖なレースに“人間”ごときが出るのはいかがなものかという主張であったり。

 しかし、白熱した議論とは裏腹に彼の願いは実にスムーズに聞き入れられた。

 

“人間”はウマ娘と共に走りたいと自動車を発明し、より遠くのレースが見たいと飛行機を発明した。

 人口は“人間”が圧倒しており、ウマ娘の影響力がいくら強かろうと、強いからこそ……

“人間”が己が足でウマ娘に並べるかもしれない、その可能性が僅かにあるだけで彼女たちの主張は簡単に無視、いや正しく民主主義に乗っ取って処理された。

 

 少年は、ウマ娘への強い憧れという多くの“人間”が持つ強力な想いの後押しにより、その権利を手にした。

 

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