陸上の世界で圧倒的な強さを誇った少年はそれでもまだ速さを求める 作:アレン
中編 ハリボテエレジー
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少年が手に入れたのはただの参加券、それ以上でもそれ以下でもない。
つまり、出るのは新馬戦だ。
ウマ娘のデビューとしては18歳というのは少々遅めの年齢ではあるが、それはそこまで珍しいという事もないだろう。
本格化という概念がある以上、ウマ娘のデビュー年度はかなりバラバラだ。
問題にはならない。
権利を手に入れてすぐ、彼は新馬戦に参戦した。
ただの新馬戦とは思えない注目度、テレビの中継まで入っている。
いくらウマ娘のレースが国民的な人気を博しているとはいえ、これは異常だ。
それほどまでに人々の関心が彼に向けられていた。
係員に誘導され、ゲートに入る。
周りのウマ娘達からの視線が突き刺さるが、そんなのはすでに予想できていた事だ。
気にする事はない。
このゲートと言う物、ウマ娘は種族特性として苦手らしいが当然僕にとってはそんな事はない。
短距離のレースでクラウチングスタートの体制が取れないのかと初めは少々気になったのだが、短距離といってもウマ娘のレースであるこれは1200m。
もともとクラウチングスタートを使う距離でもなかった。
いくらもともとウマ娘のレースに参戦するつもりであったとはいえ、ゲートからのスタートに慣れているとは言い難い。
が、それは新馬の向こうも同じ。
総合すれば、このスタートは彼に有利な要素と言っていい。
これまでずっとウマ娘と戦うことを念頭に調整して来たのだ。
死角はない。
必ず勝てる、そう自分に言い聞かせる。
スタートと同時に先頭に出て、そこからスローペースに持ち込む。
そうすれば……
集中力を高める。
相手はレース経験の無い新馬だが、それでもウマ娘とのレースで出遅れは即負けを意味するから。
周りの雑音が聞こえなくなり、視界が狭くなり、ただ目指すべきゴールに焦点が合う。
その瞬間、何かが降って来た。
天啓とでも言うべきそれが。
聞き覚えのない声が聞こえた。
『ハリボテエレジー』
ウマ娘はいつかのタイミングでウマ娘としての名前を得るのだという。
それは人によって様々で、生まれた瞬間からその名がある者もいれば結構遅いものもいる。
本格化同様、そのタイミングはさまざまだ。
だが、彼はウマ娘ではない。
それどころか、女ですらない。
レースの権利こそ持ってはいても、それは人が勝手に決めたルールの中で与えられた権利であり神の領分であるウマ娘と“人間”の間の種族差にまで適応されるような事はあり得ない。
でも、それがどうした?
3女神様は僕にチャンスを与えてくれるらしい。
いや、別の神様かもしれない。
とにかく、力が湧いてくる。
人の身に、人の身以上のそれが。
もともと“人間”の枠を超える物だともてはやされていた少年は、完全に“人間”を外れた。
力と同時に想いが流れ込んでくる。
はっきりとは分からない。
それでも、僕と同じように“人間”の身では不可能だと思われていたそれに挑んだ人の想いだと確信があった。
正直厳しい戦いになる事は分かっていた。
いや、ほぼ勝てるわけがないと。
必死に追い込んで、だからこそタイムが程遠いと理解していた。
新馬戦といえども、ウマ娘のレースだ。
スローペースになって、その上で最下位を回避できるかどうか。
自惚れではなく人類最速の僕でも、それが限界だった。
それが、今なら……
ゲートを飛び出した。
横に並ぶものはいない。
これなら、行ける。
場内を不思議などよめきが包む。
G1級の万を超える観客が、ウマ娘のレースではまず見られない歓声とも悲鳴とも言えない声を上げる。
解説すら言葉を失っていた。
当然だ。
レースのトップを“人間”が走っているのだから。
彼は不思議な状態にいた。
いわゆるトランス。
今までこんな速度出した事ないのに、不思議と体は問題なく動いていた。
ウマ娘達は必死に彼の背中を追う。
それでも距離は縮まらない。
“人間”に負ける、そのあり得るかもしれない結果が彼女達の足をさらに狂わせる。
そしてコーナーに差し掛かる。
徐々に場内から歓声が上がり始める。
“人間”がウマ娘にレースで勝つかもしれない。
そんな目の前で起こっている出来事に、ショートしていた脳が再起動でもしたのだろう。
ウマ娘のレースは大人気だ。
誰もがそれに憧れる。
でも、“人間”は憧れこそすれそこに届く事はない。
それが今ひっくり返ろうとしていた。
ここまでの歓声を受けたのは初めてだ。
やっぱりウマ娘のレースと他は違う。
これが、レースへの歓声か。
俄然力が入る。
地面を勢いよく蹴り、
……僕の体は想像以上の遠心力に外側へと投げ出された。
視界がスローになる。
周りの音が聞こえない。
音のない映像で、ゆっくりと地面が迫る。
こんなスピードで転んだら、間違いなく死ぬ。
恐怖はあった。
でも、それ以上に結局勝てないのかという落胆の方が大きかった。
視界の隅に彼女を見つけた。
疎遠になった幼馴染の少女。
こんなレース見にきてるなんて……
僕がなんでレースに出ているのか。
ウマ娘に勝つため?
違う、ウマ娘なんてどうでもいいんだ。
本当は彼女に勝ちたかった。
幼馴染にいいとこ見せたかった。
かっこいいお兄ちゃんでいたかった。
体が勝手に動いた。
受け身の練習なんてした事なかったけど、うまく行ったんだろう。
体は痛くない。
とは言えとんでもないタイムロスだ。
ほとんどのウマ娘に抜かれてしまった。
いまさら走ったところで。
それでも、僕に走るのをやめるなんて選択肢はなかった。
あの日、幼馴染に負けてからも僕は走るのを辞めなかった。
だから……
彼は結局このレースで勝利する事はできなかった。
しかし、途中転びながらも走り切りなんとか入賞を果たした。
アクシデントさえなければもしかしたら、そんな末脚だった。
それ以前に、複数人のウマ娘に先着したのだ。
これは世界的なニュースになった。
“人間”はウマ娘に勝てないという前提を覆したと。
レース後すぐに運び込まれた病院でそんな話をやっているのを見た。
大丈夫だとは言ったんだが、念のためだと。
ウマ娘ですら危ないのに、“人間”があのスピードで転んだらどうなるか。
一応異常は見つからなかったが、医者にはもう止めるよう言われた。
もう十分じゃないかと。
何人かのウマ娘に先着した、“人間”の可能性は示せたと。
実際それが目的なのだとしたら、もう十分なのだろう。
でも、そうじゃないんだ。
ウマ娘なんてどうでもよくて、僕にとっては……
しばらくして、JAPAN WORLD CUP招待の話が来た。
G1だ。
ウマ娘のレースではなんの実績すらない、僕に。
それだけの衝撃と話題だったと言うことだろう。
僕がこの大舞台に立てる機会はきっとこれを逃せば他にない。
“人間”の体がこの力にいつまで持つかも分からないのだから。
迷わなかった。
招待枠として出場することを決めた。
JAPAN WORLD CUP、きっとあの子も走る。
昨年、無敗で三冠を制した。
幼馴染みと、ギンシャリボーイとレースの世界で。
やっと……
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