IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
眩いほどの光と殺意の奔流がBピット内に殺到し、だがその中心で何かに阻まれた。
大音量の異音とギシリギシリと何か不吉さを感じさせる音が周囲に撒き散らされたが、やがて光は勢いを無くし、殺意と同時に消え去ると、Bピットは既に機能しない程のダメージを刻まれていた。
支柱の幾つかは消失し、床は光の奔流によって融解し、直撃を受けていないディスプレイ等の液晶関連は、余波だけで全て熔けていた。扉とて例外ではなく、熱で赤熱しているのが見て取れる。ジジジと時折電流が流れるのは、壁面やドアに埋め込まれた電子回路が焼き切れているからだろう。
そして、何処からも金属が焼ける不快な匂いが煙を立てて濛々と吹き上がり、地獄絵図のような惨状を呈していた。もう一度攻撃を喰らえば、何時崩落してもおかしくはない。
その惨状の中、ザリッというそこかしこにある破片を踏みしめた音が響き渡り、次いで瞬間的な暴風がBピット中心から放たれると、熱気はアリーナ側へと抜けていった。
「――オラクル細胞が無ければ即死だったな……」
気怠げにそう呟いたのは、センクラッドだ。
服装は眼帯以外の全てが光の奔流によって焼け消え、一糸纏わぬ状態になっていた。
また、服装の上から纏っていたBグレードのシールドライン『ギイガライン』は、最初の激突の瞬間にエネルギーが一瞬にして0となり、オーバーロードを引き起こしてダウンしている。この状態になったシールドラインは、フォトンエネルギーに指向性を持たせて加工したエネルギーセル『ムーンアトマイザー』を使用するか、自室に戻ってナノトランサーを経由して宇宙船とリンクしなければ復帰できない。
そして、一糸纏わぬセンクラッドの状態は、また異質なものであった。
左腕の肘から手の甲にかけて、自身よりも遥かに大きな、黒と紫色で構成された歯車のような形をしたタワーシールドの『パンツァーギア 硬』に変化していた。それであの膨大な熱量を持つ光線を防いだのだろう。
ただ、構えるよりも早く自身の体に到達した為、全体的に炭化したように見えており、幾つかの部分からはジュクジュクとした泥のような粘度を持つ気色の悪い体液が滴っている上に、そこかしこから吐き気を催す悪臭が漂っていた。オラクル細胞が臨戦状態ではなく、待機状態になっていたせいで、強度が低下していた為に、此処までダメージを受けているのだ。
それなのに、眼帯部分とその周囲の皮膚とぬらぬらとした光を放つ黒髪だけは、以前と変わらぬ状態を保っているのは、何かの冗談としか思えない。
しかも、徐々に徐々に、炭化したように見える皮膚や肉が、ギチギチと音を立てながら、まるで逆再生をしているかのように健康な状態へと戻りつつあった。
耐性の無い者が見たら確実に胃の中の全てを引っ繰り返すだろう。
また、右手は刃渡り5メートル程もある大きなチェーンソーの形を模した巨大な大剣『チェインソード』を持っており、それを両手を使って振り切った姿勢をとっている事から、先の暴風を引き起こした正体がそれと見て取れた。
「人が居なかったのが僥倖と言うべきか、作為的と思うべきか……兎にも角にも手間取っている暇はなさそうだな……仕方ない」
この状態で攻撃を喰らえば死にかねんな、とぼやいて、本当に嫌そうな表情を作りながら、徐々に徐々に皮膚や肉、骨格が正常化していく自身の左手と右手を一度、素の状態へと戻し、融解している床へと体を仰向けに寝かせた。不思議な事に、普通ならば肉が焼ける程の熱量を持っている筈なのに、そんな様子は無く、ペタリと体を置いた瞬間。
金属が擦れ合うような、或いは潰れる際に出す嫌な音とゴジュリ、ゴジュリと湿った音が断続的に立て始めた。
喰っているのだ。
センクラッドの掌や後頭部、接地している肢体が、床を、否、床だけではない、自身の怪我をしている部分すらも、内部へと喰われていった。
「全く……相も変わらず、良くわからん味だ」
旨くも無く、不味くも無く、濃くも無ければ薄くも無い、ただ苛立ちを覚える味に舌打ちしながらも、肢体全体を使って租借していく。
すると、見る見る内に炭化していた筈の体はピンク色の皮膚に覆われていくが、まだ足りないとばかりに、両の掌を上に掲げると――
轟ッ!!という大音声と共に、空気や割れたガラス片や破壊された機械、熱ですら両の掌へと吸い込まれていった。大きな破片は瞬き一つするよりも早く磨り潰され、タブレット端末や大型モニター、元は監視カメラだったものや壁に埋め込まれていた隠しカメラやマイクまでもが、センクラッドの肢体に取り込まれていった。この現象は、アラガミと呼ばれる人類の天敵種の中でも特に風を操る事に長けていたコンゴウ種が起こすそれに近い。尤も、アレは風を取り込んで指定した場所にカマイタチを巻き起こすのに対して、センクラッドが今しがたやっている事はその最初の過程を拡大強化したものだ。
「久しぶりに喰ったが、やはり忘れているな」
定期的にやらないとこうも速度が落ちるものか、と呟いて、立ち上がる頃には、皮膚の色が抜け去って元の白雪の様な肢体へと戻っていた。
周囲を見渡せば、破片などの屑と熱は綺麗に消失しており、部屋全体が何かに均されたように綺麗な形を象っている。
「食事は終わった。後は――」
一歩目を踏み出す直前、全身は先程まで着ていた黒のブレイブスシリーズの予備をナノトランサーから呼び出して一瞬にして纏い、コツコツと融解していた筈の床を歩き始める。
さらりとした黒髪が左眼を覆い隠す瞬間、風も無いのに一度、靡いた。
だらりと下げていた両手の親指のみをズボンの両サイドにあるポケットに入れると、オーバーロードしたブランドラインに代わって対炎熱に特化したAグレードのシールドライン――ハルドラインが服と皮膚を薄い赤光色でコーティングしていく。
それが終わるのを確認して、一言、
「――服代の請求をしに行くか」
何の感情も抱いていない言葉がカタパルトがあった場所へと静かに添えられた瞬間。
トン、と言う軽やかな音とその言葉を残して、センクラッドの姿がブレて消えた直後、ヒュゴッという風を鋭く斬る甲高い音が周囲に響き渡った。
視認不可能な速度で、カタパルトから射出する形でピットからアリーナへと続く道を文字通り跳び抜け、最後には床から鋭角に斜めに跳び上がった先、下方に見えたのは、獲物を構えている箒と鈴音が、一機のISと対峙しており、セシリアと一夏とシロウがもう一機のISと睨みあっている図であった。
合計二機のISが今回の襲撃者か、とアタリをつけ、その姿に引っかかりを覚えていたのだが。
「皆は無事か……おっと、いかん、格好付けて色々蹴って跳んでみたが、存外高い場所から落ちるな。コレは怖い」
そう呟き終える頃には、重力に速度が負け、自由落下が始まった。それでも今現在においてもまだ、ポケットに親指だけ突っ込んだままの姿勢を全く崩していないのは余裕の表れというか、阿呆の極みと言うか。
「ファーロスさん!?」
「あんた、無事だったの!?……って、え!? ちょ――」
箒や鈴音もほっとしたような、有り得ないものを見たような表情を作っていたのだが、その登場の仕方を理解するや否や、表情が凍りついた。一夏とセシリアは絶句しており、シロウは既に達観したような生暖かい眼差しを送っていた。
カタパルトからアリーナ上空へと射出された様な形で飛んで来ているのだ。ISを纏っていない者がそんな飛び方をしたら、後は落下するしかない。
そして、カタパルトから地上までは少なくとも骨折では済まない程度には、高さがあった。
慌てて鈴音が飛びだし、箒がフォローに入る形でガルムをぶっ放した。セシリアはレーザーライフルで狙撃をし、一夏は牽制するような動きを見せてISを近寄らせない。
全員、当てるというよりは注意を引き付ける為の行動だったが、相手のISは引っかかり、回避行動を取ってそれぞれ様子を伺っている。伺っていたというよりも、センクラッドの登場の仕方が余りに鮮烈過ぎたので、何も出来なかったと言った方がシックリ来るかもしれない。
絶賛落下中のセンクラッドに、全速力を持って突っ込み、小さな両腕をいっぱいに広げて何とか掬い上げた形で助けた鈴音は、
「――これがお姫様抱っこか。いや、どうだろう。鳳さんに聞きたいのだが、この状態なら王子様抱っこと言うのかね?」
阿呆な事をのたまうセンクラッドにビキリと青筋を立てて怒鳴った。
「あ、あんたって奴は!! 死んだらどうするつもりだったの!?」
「ああ、いや、そのなんだ、あの程度の高さなら落下しても大した事にはならんのだが」
少しだけ申し訳なさそうに言うセンクラッドに対し、ああ、そうだ。こいつは宇宙人だったと、空いている手があれば頭を抱えたい気分になる鈴音。常識では考えては駄目だった、コイツは腕が伸びるんだからそもそも全身があたし達とは違う可能性が高かったんだった、と思っている鈴音に、
「まぁ、正直お前さんが助けてくれるとは思わなかったがな。すまんな」
と、聞く人間によってはケンカを売ってるとしか思えない謝辞を述べるセンクラッドに、呆気に取られ、次いで、その情報が脳で咀嚼しきると、顔を真っ赤にして
「あんたは宇宙人だけど、人でしょうがッ!! 助けるに決まってるでしょ、この馬鹿ッ!!」
そう怒鳴った。それを聞いて今度はセンクラッドがぽかんとする番だった。あぁ、そうか、この子はそういうタイプだったのか、と理解し、次いで、人間扱いされた事に少しだけ心が温かくなり、
「――ありがとう」
と、力の抜けた、柔らかな笑顔を小さく小さく咲かせた。それは、何処か儚さと哀しみを覚えさせる笑顔だった。
それに数瞬だけ見惚れ、そして見惚れてしまった自分を見つけた瞬間に頭を大きく振った。飛び先を箒が居る場所へと変更して、
「言っとくけど、あたしとの決闘は覆らないわよ」
「俺は一向に構わんよ。二人に勝ったら何時でも挑戦は受け付けよう」
飄々とした風に返す頃には、何時ものセンクラッドだった。
コイツ、やっぱりムカツク、と胸中で思うか思わないかの時には、箒との距離が近まった為、ふわりと着地をしてセンクラッドを放り投げた。
体を捻って綺麗な着地を決めたセンクラッドに、箒は詰め寄り、
「何を考えているんですか!! あんな高さから着地しようとするなんて、的になるだけですよ!!」
「そっちかい」
と疲れた表情で突っ込むのは鈴音だ。篠ノ之博士の家系は変人揃いか、と失礼な事を考えている鈴音を横目に、センクラッドは、
「いや、まぁ、あの程度なら問題なく捌けるんだが」
と苦笑いを浮かべていた。シールドラインも変更したので、例えシールドエネルギーにダメージが入ったとしても、一定値を割り切った瞬間にシールドエネルギー回復用のモノメイト、ディメイト、トリメイトが自動的に供給されるので、オーバーロードを起こさなくなっているのだ。起きるとしたら、一瞬にして膨大なダメージを与える――例えばだが、一夏の持つ零式白夜を後先考えずにフルパワーで叩き込む必要がある。
そして、万が一オーバーロードが起きた場合、或いは起こし得る攻撃力を持った兵器で攻撃された場合は、今度はSグレードのシールドラインに変更すれば良いだけの話だ。
ただ、Sランクは個人的な理由があって使いたくないのだが。
それに、そもそも左腕をタワーシールドに変化させれば、シールドラインを通さずとも遮断可能だ。幾らでも防ぎようはあった。
が、そんな事を知る由も無い箒は、その言い分から大熱量のビーム砲の直撃を受けたにも関わらず、無傷のままこちらに来ているという事実に思い至り、背筋に冷たいものが走っていた。
「ファーロスさん!!」
「マスター、無事のようだな」
と、牽制していた二名と、戦友が合流したのを受け、センクラッドは、
「何とかな。しかし、一体何だアレは。いきなり現れていきなり俺を攻撃したようにしか思えんのだが」
「確かに、現れたかと思ったら速攻でBピットに向けて攻撃してたし、あの時は心臓が止まるかと思ったわ」
試合中に奇襲を受けた形になっていた為、鈴音と箒はその場で合流し、相手の動きを伺おうとしていたら、センクラッドが居るBピットへ向けてビーム砲を最大出力でぶっ放したのだ。アレは、心胆が寒くなった瞬間だった。
そして、それを聞いたシロウや一夏は顔を青くしていた。アリーナのシールドエネルギーはISで使用されているそれと同等で、しかもジェネレーターによって増幅されているのだ。それを貫通する威力を持ったビーム砲を撃ち込まれたのなら、無事では済まない筈なのだ。
実際、シロウ達はAピットが既にどういう状態かを把握していた為、確実に攻撃を喰らっている事を知っていた。
更に言えば、シロウはグラール太陽系で作成されているシールドラインの強度はある程度までは理解していたが、その全てを把握しているわけではないし、オラクル細胞の事は殆ど知らないのだ。センクラッドが言わなかったというのもある。
故に、
「……マスター、本当に無事だったのか?」
「何だその言い方は。俺は残機有りなシューティングゲームの主人公じゃないんだぞ」
「いや、そうではなくて、ビーム砲の直撃を受けたのだろう?」
「無事じゃないのなら俺が此処に居るわけがないだろう」
苦笑しているセンクラッドの視線が、後で話すという意味を込めている事を知り、ならば良いのだがと引き下がるシロウ。
鈴音の言葉で、この地球も住んでたトコと同じで一枚岩じゃないわけか、と納得するセンクラッドだが、ふと正体不明のISを見て疑問が浮かび上がった。
全長2m程の高さで、右腕が身長と同じ長さのビーム砲を持ち、左手は常人のそれと同じ長さを持つ一体化した鉤爪と、全身を隈なく覆う鎧みたいなISなぞ、教本にも記載されていなかったのだ。もう一機のISは右腕と左腕が逆になっている、つまり鏡合わせのような機体だ。
人が操るにはビーム砲と一体化している腕の部分は切り落とさなければならないのだが、そんな特定され易いISなぞあるのか。と思ったセンクラッドは、疑問を皆にぶつけてみる事にした。
「あのIS……人にしてはアンバランスな形をしているし、全身に装甲を纏っているのだが、ああいうISもあるのか?」
「いえ、私が知る限りではあのタイプのISは見聞きした事がないです」
「俺も。あんなフルスキンタイプのISはカタログにも載ってなかった、と思う」
「そうね、ISには本来あんなにゴテゴテしたものは要らないから、多分アレは顔や体型を誤魔化す為のものじゃない? だとしてもビーム砲の腕は一体どうなっているのかが、わからないけど」
「となると、アレはテロリストや覆面部隊という可能性を考えた方が良いのかもしれんな。だが、鳳さんの言う通り、完全に搭乗者を限定するようなISなぞ、有り得るのか?」
そう疑問を投げかけるも、否定的な空気が辺りに漂った為、謎は謎のままか、と息を吐いた。
確かに、たった467個しかないISを覆面部隊として運用するには無理がある。ステルス機能を仕込んでいる事がばれたら、侵略の意思有りとして全世界から総攻撃を食らいかねない。しかもあの腕だ。搭乗者の割り出しにはさして時間もかかるまい。
裏社会で取引されているのならば別かもしれんが、それにしたってメリットがあるかどうかが現状不明なのだ、どう考えても悪手にしかならない筈なんだが、と思っていた。
だが、今はそれを解き明かす事は後だと気を取り直して、
「で、あいつらを倒すか時間を稼ぐなりして外部から援軍を待つか追い払うかどうかだが、何か手はあるのか?」
その言葉に、渋面を作る箒と鈴音。
鈴音は先の飛び降りでの一件で防御力の評価は上げたが、それでもセンクラッドの実力が未知数なのは変わらない為、戦力として数えず、センクラッドを護りながら戦うという図式しか浮かばなかった。故に、外部の援軍頼みになると冷静に推測していた。
箒は、センクラッドのいう事が本当でもそうでなくとも、対外的にセンクラッドを護りながら戦わなければ外部から叩かれる事が必至である為、防戦しか考えていない。
過程は異なれど、結論は同一という図式である。
また、装備面でも万全とは言い難いというのもあった。
鈴音の青竜刀はビーム砲がアリーナのシールドバリアーを貫通してきた際に破壊されている。今は箒から借りたブレッド・スライサーを装備しているが、慣れない武器で有る事は間違いないし、龍咆を撃つのには心もとないエネルギー残量がネックでもある。
箒も残弾数が少なくなっているレイン・オブ・サタディは地面に放り出しており、右手にガルム、左手にブレッド・スライサーを持っていた。格納武器がこれ以上は無い理由は単純な話で、鈴音と決着を付ける為には呼び出しと格納が早い方が良いと判断した為、余計な装備を入れていなかったというものだ。
しかも、二機も居るときている。一夏達が援軍としてきてくれたので、数的には有利だが、それでも厳しいものは厳しい。
何よりも連携が取れる筈が無い。そんな状態で攻撃しても効率が悪いし、相手に付け入られるだけだ。
その表情を見て、センクラッドは、
「取り合えず、どんな状況なのかを俺にもわかるように説明してくれ」
素直にそう頼み込んだセンクラッドに、指折りしながら鈴音は言った。
「まず、相手の攻撃力。最大出力限定のようだけど、アリーナのシールドバリアーを貫通するレベルの攻撃力は正直デタラメって言っても良い位よ。機動力もそこそこあるようだし、防御力に関しては見た目だけでは判断出来ないけど、あの攻撃力から考えれば何らかの防護機能がある筈。それに、さっきからプライベート通信や学園側に通信を繋げようとしているんだけど繋がらないの。センサーの稼働率がガクンと落ちている事から、強力な通信妨害がかかっていると思う」
成る程、攻撃力過多な上に有る程度の機動力と防御力を確保し、電子戦も行えるISか。コンセプトとしては中遠距離支援タイプといったところか、と推測する異星人組とセシリア。
それと、と続ける鈴音。
「捕虜にしないと誰の差し金か判らないから、相手のシールドエネルギーを削りきって逃走不可能な状態にしないとダメ。で、そうする為の手段がこっちは限られてる」
「というと?」
「こっちは龍咆……空気を極限まで圧縮して撃ち出す砲撃の事を言うんだけど、それが一機破壊されているし、青竜刀も最初の攻撃でオシャカになってる。篠ノ之はガルムとブレッド・スライサーのみだから、結局のところどうにか近づかなければならない。近接専用の一夏と、ええっと……」
言い淀み、少しだけ申し訳ないという表情でセシリアをチラ見する鈴音に、かなりイラっとした表情でセシリアは名を告げた。
「セシリア。セシリア・オルコットですわ」
「そう、セシリアだった。オッケー、覚えたわ。遠距離専用のセシリアが援軍としてきたけど、二機相手には相当厳しいと言わざるを得ないわ。何よりもセシリアの場合、機体性能を活かしきるには距離が近すぎるというのがあるし、こちらの連携は未熟で、あちらはキッチリやってきている」
「成る程な。あの鏡合わせの機体は伊達じゃないわけか」
「そうね。それにあんたとシロウさんを守りながらじゃ、ちょっと厳しいわね。だから、採るべき手段というのは、IS学園の部隊が制圧しに来るまでの時間を稼ぐってところで落ち着くと思う」
と、説明してくれた鈴音に、確かにそうだな、と頷くが、ふと、引っかかるものを感じ、センクラッドは相対している二機のISに視線を向けた。
今まで攻撃してくる様子も無いのは余裕の表れなのかと思っていたのだが、己の勘と左眼がそれを否定し始めていた。
「少し時間をくれ」
「は?」
「頼む、少し静かにしてくれると助かる」
言葉に込められた重さに、皆は沈黙した。
フィルタリングを自ら解除する為、右手で自らの顔を覆い、左手で右腕を掴み、掴む力を強めながらフィルタリングを徐々に徐々に解除していく。
すると、思念や負の感情を負の感情を視通す事が可能な左眼が、更に詳しい情報をセンクラッドに提示した。
アリーナ上空から敵意の線が二機のISに繋がっており、その様はカラクリ人形を想起させる。そして、その敵意の線はISからセンクラッドへと微弱だが伸びていた。
暫くそれを視つめて変動が無い事を確認すると、アリーナ上空へと視界を向けて、一言、呟いた。
「目的は、俺か」
「え?」
「挨拶してくる。シロウ、ついて来い。鳳さん達はもう一機の方を頼む」
その問いには答えず、センクラッドはサイドポケットに両手の親指を入れて、ゆっくりと相手に向けて歩き出した。
ぽかん、としてしまう地球人組だったが、シロウが無言でセンクラッドに追従したのを見て、硬直が解けたのか鈴音が、
「ちょ、あんた、待ちなさいよ!!」
「鈴、俺たちはあっちを担当しようぜ」
「何でよ、あいつが攻撃されても良いっての?」
「いや、一夏の言う通りだ。恐らくは何かしら考えがあっての事だろう」
「あんた達ねぇ……あの宇宙人が殺されたら、あたし達の首だけじゃ済まなくなるわよ? わかってんの?」
「判ってる。ただ、攻撃されても恐らくは無事だろう。あのビーム砲を受けてもビクともしていないのだからな」
そう指摘した箒の表情は厳しい。仮想敵として捉えた場合、一体どのような火力を用いれば、センクラッドの防御を突破できるのかを考えているのだ。
鈴音もそれに思い当たり、渋面を作りながら、
「全く、カメラと人影が無くて幸いだったわね。これを撮られていたら問題になってたわよ」
一度大きく深呼吸をし、大きく息を吐いた鈴音は、不服そうな顔をしながらも、一夏達の判断に従う事にした。
「行くぞ、箒」
「フォローは任せろ、一夏」
そう言って突っ込む二人の援護をすべく、セシリアと鈴音は援護射撃を開始する。
「足引っ張らないでよセシリア」
「御心配なく。それよりも貴女はエネルギー切れにならないように気をつけてくださいまし。幾ら燃費が良いとは言え、既にエネルギーが底を尽き掛けているのですから」
「笑える冗談ね。まぁ、大丈夫よ、その時は一機落としているから」
そう言って、龍咆をISに狙いを付け、セシリアはレーザーライフルで照準を合わせ、同時に射撃した。
一方、その頃。
コツ、コツ、とゆっくりと歩み寄るセンクラッドとシロウだったが、彼我の距離が101mまで進んだその時、異形のISが敵意を強め、砲塔をセンクラッドに向けたのを視て、ピタリ、と足を止めた。
右眼を細めて、相手の頭部分、ではなく、胸部にじっと視線を送り、そして青く澄み渡る空の彼方へと視線を向け、胸部に視線を戻して、そこに向けて言葉を発した。その音は低く、闇色を想起させる声色だ。
「やぁ。お前さんは誰だ?」
当然それには答えず、徐々に徐々にエネルギーを溜め始める敵ISに、やれやれと肩を揺らしながら足を踏み出し、ゆっくりと確実な足取りで向かって行く。
それを見たシロウは眉根を寄せた。
「本当にやるつもりか? こちらの技術を見せればどうなるか、わからぬ君ではあるまい」
「売られた喧嘩は最安値で買い叩くだけだ。後で高値で売りつけてやるがな。それに服代の請求もせんと。あぁ、シロウは手を出さないで良い、この程度、俺一人で十分だ」
「……余り派手にやりすぎないように、祈っておくよ」
「俺に祈るのか?」
「たわけ」
何時ものやり取りを終えて、両手の親指をそれぞれのポケットに入れた状態から、右手をポケットから出して、だらり、と下げ、もう一度空を見上げて、言葉を放り上げた。
「誰だと聞いて黙っているのは、まぁ、無人機だからという理由にしておくが。取り合えず、視ているお前さんに伝えておこう――」
センサー越しに聞き取った者達から疑問符が転がり出た。有り得ない事をセンクラッドが言った為だ。
そして、それと同時に、風を斬る音と、大量の土砂が空へと舞い、何かと衝突した轟音がアリーナ中に高らかに鳴り響いた。
センクラッドの左手の親指はポケットに入れたままで、右腕は敵ISが見事なくの字を描く程にめり込ませていた。
それだけではない。両者とも先程それぞれが居た位置から大きく離れた場所に転移したとしか言えない速度で移動していたのだ。
起こった事を正確に言うと、センクラッドは彼我の距離を一瞬にして0に縮めた後、右の拳で腹部を殴りつけ、そのままの姿勢を維持しながら地面を蹴り抜く勢いで跳び、アリーナの外壁にISを叩き付けたのだ。
「――服代替わりだ、精々、良く視ておけ」
低く良く通る声を空に向けて放り上げた直後。
ボッという音と共に、蒼白い炎が両手の拳から吹き上がった。
「流動在・心乃臓」
聞き慣れぬ言葉を虚空へ告げた直後、一度軽く後ろへ跳びずさり、無言のまま右腕が何十にも分裂したとしか思えない程の超高速で繰り出し始めた。
殴られる度にシールドバリアーが減少していくだけではなく、明らかに金属がひしゃげ、割れ飛び、燃え上がっていた。所々霧のように吹き上がるのは血か何かか。その何かすら蒼白い炎で蒸発していく。
少なくとも絶対防御を貫通しての攻撃力で有る事は間違いない。このままいけばあと瞬き二つ程で殴殺と焼殺が確定するだろう。
しかも、アリーナの外壁にはシールドバリアーが張ってある為、一定以上の衝撃が出た瞬間にシールドバリアー同士が干渉しあって対消滅を引き起こしていた。
無数の打撃音と焼成音が響いている中、やはりか、と呟いた声がIS勢のセンサー越しに届いた。それは、何かを確信した響きを持っていた。
「ちょっと、やりすぎでしょ!!」
ISと外壁のバリアーがある一定以上の強さでぶつかると、互いを攻撃したものと誤認させてしまうという事を指して言っていると思った鈴音は、龍咆の援護射撃をやめて慌ててセンクラッドがISを殴り続けている場所へと飛んでいくが、その頃には既に胴体部分は無数に陥没しており、首に至っては見るも無惨に千切れかかっていた。
右の拳から左へスイッチして顎を打ち抜き、右の拳で打ち下ろしてアリーナの外壁に叩き付けた時に、鈴音がこれ以上は、と手を伸ばした。すると、センクラッドと鈴音、二人の動きがピタリと止まった。
人を殺したにしては、余りにも綺麗なその黒瞳に、じっと視下ろされ、思わずたじろぐ鈴音。
数秒の間をおいて、ようやっとセンクラッドの口から疑問が鈴音に向けて投下された。
「何故止める?」
「ホントに無人機かどうかわからないのに、何やってんのよあんたは!!」
「アレが機械じゃないのなら、そこら中に見えているチューブは何なのかと問いたい」
何を言ってるんだ、とばかりに返された言葉に、弾かれたようにISをセンサー込みで調べる鈴音。すぐにセンクラッドの言葉が正しいという結果が出て、鈴音は、
「どうしてわかったの?」
と聞かずにはいられなかった。少なくともこの状態になるまで、ISは有人機が前提として動けるものだと信じていたのだ。中身の無いISが動く筈も無い、それは常識と呼んでも差支えが無い程、当然のものだった。
だが、それが今正に、眼の前から文字通り崩れ落ちている。
「だから言っただろう、やはりか、と」
「そうじゃなくて――」
「純粋な能力の差だ。お前さんが納得できなくともそれで片付けてくれ」
その言葉には、文字通り突き放す威力があった。思わず後に退いてしまうが、
『鳳、そいつから高出力反応を検知!! ファーロスさんを連れてそこから離れろ!!』
「ちっ――」
無人ISの一機が半壊した事によってジャミングの強度が弱くなったせいか、ノイズ混じりだが箒の絶叫がプライベート通信で入ると同時に、鈴音は腹部に衝撃を感じ、吹っ飛ばされた。センクラッドが背面に居た鈴音を、舌打ちをして邪魔だと言わんばかりに無造作に蹴り飛ばしたのだ。
ブースターを使って体勢を立て直す鈴音だったが、自壊する事と引き換えに、急速というには余りにも早く出力が最大へと上昇していった無人ISの砲塔から、今まさにセンクラッドへとビームが撃ちこまれそうになっているのを見て、後悔の感情が沸き立った。
最初から自壊前提でISが組まれている事は常識の範囲外だった為、直前まで気付けなかったのだ。ISのセンサーは万能ではない。情報を処理する人間の脳の使用量と、何を優先すべきかで情報通達の優先度は変わる。鈴音がロックされていない状態で、鈴音自身の方に攻撃がいかないのならば情報は現在形ではなく、過去形でISコアから通達されるのだ。
だが、それは結局設定していなかった自分の失態だ。異星人にロックないし危害が加えられる可能性がある事を想定してISコアに優先順位を変更するように指示出来なかったのは、自分のミスだ。
何という失態、と臍を噛みながら、無理だとは判っていても、鈴音は声を上げた。
「避け――」
「残念だったな」
低く淡々とした事実と足が出るのは同時だった。
最大出力でビームが発射される数瞬前。
センクラッドは言葉と共に、今しがた鈴音を蹴り飛ばした右足を使って、あるでサッカーボールを蹴るようなモーションで無造作にビーム砲を蹴り上げると、強い力で固定されていた筈の砲身は歪な音を立てて斜め上へと傾いた。
直後、至近距離で最大射撃状態のビームがアリーナ天空へと撃ち上がると、センクラッドのシールドラインが反応し、防護機能を展開した。熱に対して最大50%もの遮断能力に特化したハルドラインの前では、この出力のビームがもし直撃したとしても相当時間耐えうる事が可能だ。余波だけならば言うまでも無い。
鈴音のシールドエネルギーも、箒と無人ISとの戦闘で相当量減っていたが、センクラッドよりもずっと遠い位置に居た為、被害は殆ど無かった。むしろ蹴りのダメージの方が大きい位だ。
そこから鈴音は戦慄する光景を目にする。
自壊と引き換えに発射された高出力のビームは天へと伸びて行き、アリーナ上空に再度張られていたシールドバリアーを突き破って空へと消えた事をセンサーは伝えた。
その結果を確認したセンクラッドは、そのまま右足を落として踏み込み、無理な射撃をした事と、センクラッドの蹴りによって自壊速度を上げている無人ISを右腕の力だけでカチ上げ、自身も跳躍した。
其処まではまだ良かった。
だが、如何なる技術を用いたのか、ピタリとセンクラッドの体が空中で固定されたのだ。そのままセンクラッドは左右の拳で乱打し、トドメと言わんばかりに捻りの利いた左足を叩き込んだ。結果、破片が宙を舞い、足が千切れ飛び、頭は潰され、全身は蒼白い炎で焼かれていった。
アリーナのシールドバリアーが完全にダウンしたという情報がセンサーから伝わる頃には、全てが終わっていた。
装甲が完全に破砕しつくされ、焼き尽くされて残っているのはほぼ無人ISのコアのみという暴力的な解体式を終えたセンクラッドは、空中に固定していた体を着地させ、足にコアを引っ掛けて空中に挙げた。同時に、蒼白い炎が両手から消え去り、右手でコアを掴み、左手の親指をポケットに突っ込んだ事で戦闘状態を解除した事を周囲に知らしめた。
暫く、誰も動けなかった。
動ける筈が無い。理解の外にある出来事がこの数瞬の間に一体幾つ起きたと思っているのだ。
戦闘すらも止めさせる、圧倒的な暴力の渦に、ただただ飲み込まれていた。
一機を除いて。
「あ、待て!!」
一夏達と交戦していた無人IS機は、いち早く復帰し、回転しながらビームを放つ事で一夏達との距離を稼ぐと、そのまま急上昇してアリーナの空へと消えていく。
それを追いかけていく一夏達だったが、唐突にセンサーがクリアな状態になり、
『皆さん御無事ですか!?』
という真耶の声に、一夏は何処かほっとしながらも、
「先生、俺達は無事です!! ただ、今から逃走した無人機の追撃を行います」
『え、む、無人機? どういう事――』
「詳しい話は後で、先生は第3アリーナに向かってください、ファーロスさん達がいますから保護を!!」
『は、はい――』
『待て。既に件の正体不明IS機は上級生と生徒会が連携して追撃を行っている。全員第3アリーナのAピットで待機、良いな?』
千冬が通信に割り込み、そう命令が下ると、一夏達は渋々とAピットへと入っていった。
それを見送るシロウとセンクラッド。
ふぅ、と息をついて、フィルタリングをかけ直す為に、右手で顔を覆い、左手で右腕を掴んで固定した。不服そうに痛みを放出する左眼を宥めるようにポンポンと軽く叩いて完全に沈黙させた後、両手の親指をポケットに入れた。
そして、
「シロウ、帰ったら話がある」
「判った」
そう返した後、二人は一言も話さずに真耶達教師陣が来るのを待っていた。
二人の視線は、厳しいものを秘めていた。
次回更新は今週の土曜日か来週の土曜日になります。