IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
ドアのスライドする音で、千冬が戻ってきた事を受けて話を中断した二人は、入ってきた千冬を見てセンクラッドが、
「おかえり。少し遅かったがどうした?」
「スケジュールを調整してもらうのに時間がかかってな。擦り合わせに関しては明日以降になった。護衛に関しては、シロウと私の教え子でやってもらう事になりそうだ」
「判った。そうすると、顔合わせが必要だな。時間があるのなら今日でも構わんぞ」
というセンクラッドの言葉に、腕時計を見ながら千冬は、
「お昼を挟んでから此処に集合で良いか?」
「ああ、それなんだが、千冬。一つ確認したい。俺達は食堂を利用してはいかんのか? 一緒に飯を食う方向でいきたいものだが」
うーん、と唸る千冬。こうやって接している千冬なら、センクラッドがどういう人となりかはある程度理解できているのだが、周囲はそうはいかないのも、また事実だ。
それに、襲撃された事もある。内部からの攻撃は有り得ないと断じたいが、外部からの攻撃も既に有り得ないという前提で起きてしまった事だ。勿論、再発防止の為、警備システムの再構築や見直しを図ってはいるが、センクラッドの協力も必要だろう。
その事を指摘すると、センクラッドは至って軽く、
「何処ぞの生徒会長よろしく、襲撃してきたらその都度張り倒せば問題ないと思うんだがな、俺としては」
「こっちとしてはそういう事にならないようにしたいのだが……」
「まぁ、楽観視は出来ないのは判るが、食堂位なら問題は無いだろう。仮に一服盛られてもどうとでもなる――」
「マスター、余り無理を言わない方が良い。一定の確率がある以上、再発防止を兼ねて此処に留まるというのも頷ける話だろう。それに、君や私は大丈夫かもしれんが、織斑教諭や周囲に対する配慮はどうした? 万が一彼女達に危害が及べば、此方にも責任を問う声は確実に出てくるぞ」
というシロウの色々な意味においての諫言に、ふむ、と顎に手を当てて、確かにそれもそうだな、と呟くセンクラッドだが、内心ではこの状況からどうにかして外に出ようと思考を巡らせていた。あの襲撃で今後、滅多な事では外に出歩けなくなる可能性がある。観光が一度切りなんて冗談じゃない、折角来たのだからもうちょっと観光したい、そう思っていた。
ただ、無理を通してボロが出るのも厳しい話だとも思い至り、代案を出す事にした。
「なら、此処で昼食を採るか。その方が手っ取り早いだろう」
「え、良いのか?」
「イギリス代表候補生や史上初の男性操縦者も来たし、もう代表候補生以上や特殊な環境下に置かれている生徒なら良いんじゃないかな。ただ許可を出し過ぎると、今度は黛みたいなのばっか来るだろうし、線引きとしては候補生、或いは教職員からで良いと思うが。勿論、緊急時以外は山田さんか千冬を通してもらう、と言う事でどうだ?」
そう二人に水を向けると、成る程、それが妥当か、と三者の思惑は一致した為、急遽、護衛2名と人類最強とグラール系最強の食事会が開催される運びとなった。
千冬は教え子を呼びに行く為、再度外へ出て行き、シロウは昼食という事と、以前センクラッドが千冬に食わせるとセンクラッドが勝手に約束したコルドバステーキを作る為に厨房に入った。
「あー、シロウ。コルドバステーキは、ぶっちゃけサーロインステーキと同じやり方で良いぞ。俺はそうしていた」
「となると、焼き加減とソースが決め手になるのか」
「そういう事だ。塩と胡椒で整えて、後はそれぞれご自由に、で良いと思う」
「判った。それで、肝心の肉は? 冷蔵庫にはそれらしきものは見当たらなかったが……」
ああ、すまんすまんとセンクラッドは椅子から立ち上がってカウンターテーブルの上に布を敷いてから、ナノトランサーからコルドバステーキ用の肉を具現化させた。
布一杯に、ドンという重量感を伴って現れたそれを見て、シロウは軽く硬直した。大樽サイズの肉がドゴンと爆誕したのだ、流石のシロウもこれには驚き、思わず中華包丁を投影しながら、
「……これ、全部やれと?」
「まさか。俺がそんな勿体無い事をさせる筈が無いだろう。皮膚は取った状態だから、後は適当にぶった切って、使わない奴は布の上に置いてくれ」
「わかった。怜治、君はどの位食べるのかね?」
「まぁ、とりあえず4キロ位かな」
どこのフードファイターだ、という突っ込みはこの場においては発生しない。
ゴッドイーター≠アラガミ化した肉体は、常にハイカロリーを要求する。質量保存の法則が全く以って当てはまらないオラクル細胞だが、それ故に膨大なカロリーを消費してしまうのだ。
文字通りゴッドイーターもアラガミも、喰らう事が生きる事に繋がっている故の、純然たる結果だ。
勿論、シロウもその事を知っているのだが、やはりあの薄くて細っこい体躯の何処に入るのかというツッコミをしてしまうのも、仕方の無い事だろう。
「……毎度毎度思うのだが、太らないのかね」
「オラクル細胞様々だな。むしろもっと俺にカロリーをくれ、オラクル細胞が頑張り始めると腹が減るからな。質よりも量を重視にしても良い位だ」
「それを聞くと、料理人としては些か複雑なのだが……」
「あぁ、いや、別にシロウの料理の腕をディスったわけじゃぁ無い。お前さんの料理は宮廷料理を凌ぐと思っているしな。ただ、今の身体を維持するには、それなり以上のカロリーが必要なだけだ」
……そもそもシロウは料理人ではない筈だし、センクラッドの宮廷料理云々は心当たりはあれど、適当丸出しなのだが、この場に置いてその手の突っ込みは、やはり発生しない。
シロウが料理に集中し始めたのを見て、暇潰しを兼ねてISの教本をナノトランサーから具現化して読み出すセンクラッド。実はまだ半分も読んでいない。何百ページもあるのだ。別に急ぐ事も無い為、時間をかけてゆっくり覚えれば良いと思っているのだから、のんびりするのも致し方ない。
十ニ分程度の時間を置いて、ドアがスライドした音が耳朶に届き、千冬達が来たという事に気付いたセンクラッドは、教本をパタンと閉じて、首をそちらに傾けた。
「おかえり。意外と早かったな。それで、護衛の者は?」
「こいつだ」
千冬が半身ずれ、護衛が視界に入ると、センクラッドは眼を瞬かせ、シロウは表情を変えずに、だが内心で、ほう、と声をあげた。
白、ではない。煌々と部屋を照らす灯火の照り返しを受けて、綺麗な銀色に輝く髪を長く無造作に腰まで流しており、何処となく月を連想させるな、とセンクラッドは感想を持った。
そのまま顔を見ると、冷厳の雰囲気によってただ幼いだけではなく、歴戦の戦士である事を想起させる赤光を放つ右目に引っかかりを覚えた。肌が透き通るように白く、髪の色や赤い眼は、確かアルビノといったものではないだろうか。
実際はアルビノではない。アルビノの瞳はもっと不気味で、髪の色もそのまま色素が抜け落ちたようなパサついた色になる。血管が至るところで浮き出る様は、枯れた樹木を思い起こさせる気味悪さを持つものだ。
ただ、センクラッドはそれを知らない。グラール太陽系でも、電子世界でも、極東支部でも、そして元居た地球ですらも、アルビノという存在は、聞き齧った、もっと言えば勝手に美化しているイメージ程度にしか知らないのだ。ただ、アルビノという存在が虚弱なものだというのは知っている分、IS有りなら強いのかと勝手に判断していた。
また、センクラッドの先入観を手助けするように、その体躯は小柄で、頼りなく映った。
そして極め付けは、左眼を覆う黒い眼帯である。
片方の眼を失うという事は、その分視野が狭くなるだけではない。距離感が狂うのだ。戦闘はもとより、平時でも通常通りの生活を送れるかどうかというのは正直に言えば厳しい。
センクラッド自身、左眼の制御に四苦八苦していた時代があり、その時点では左眼を無理矢理『閉じた』状態であった為、左側からの攻撃に対処しきれずに、左腕に装備していたシールドとシールドラインの防御でどうにか誤魔化していた時期があったが故の、印象だ。
ISが持つセンサーの補助によって人の五感を代用出来るというのは既に知っているところではあるが、それとこれとはまた別の話だ。起動していない状態なら、よりそのハンデは大きくなるだろう。それは、ISに頼り勝ちになる者達の弊害だ。
本当に大丈夫なのか、という思いがセンクラッドの胸中から表情へと映し出されると、それを敏感に感じ取ったのか、冷厳な表情を何処と無くむっとさせる少女。侮られたと感じたのだろう。
だが、それを言葉にする事は無い、と言う風に黙っている少女から、微弱だが敵意がセンクラッドに向けて放射された。
それを受けたセンクラッドは、あーしまった、表情に出ていたかと後悔した。オラクル細胞に命じて表情を無くさせてから、それを維持させ、千冬に視線を送ると、
「センクラッド、紹介する。私の教え子で、ラウラ・ボーデヴィッヒという。ボーデヴィッヒ、彼がセンクラッド・シン・ファーロスだ」
その言葉を聞いたセンクラッドは椅子から立ち上がり、ラウラと呼ばれた白銀髪の少女へ歩み寄った。
カツン、と靴音を鳴らして立ち止まったセンクラッドが、一礼して、
「グラール太陽系デューマンのセンクラッド・シン・ファーロスだ。お前さんには手間をかけさせると思うが、一つ宜しく頼む」
と手を差し出した。
僅かに驚いた表情を浮かべながらラウラは、差し出された手を握り返して、
「ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長のラウラ・ボーデヴィッヒだ。こちらこそ宜しく」
「隊長が来たのか」
センクラッドは驚いた。護衛というのだから、相当強い手合いが来るとは思っていたが、まさか一国の特殊部隊の頂点を務める者が来るとは思っていなかったのだ。
千冬がにやり、と何かしらを含んだ笑みをラウラとセンクラッドに向け、
「何だ、2人とも。センクラッド、お前からしてみれば小娘かもしれんが、腕は保障するぞ。ラウラは、地球の礼儀を知っているとは思わなかった、といったところか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「大丈夫だ、意外そうな顔をされるのは慣れてる。というか千冬が1番最初に意外そうな顔してたじゃないか。さてはお前さん、同類が出来たと内心喜んでいるな」
え?と表情を崩したラウラは、年相応の幼さが見えた。同時に、千冬の眼に動揺が走ったのを受けて、センクラッドは小さく笑った――つもりなのだが、オラクル細胞が無表情維持の命令を受けている為、それは出ずに、静かに突っ込む形となった。
「その顔、アタリだな」
その言葉に、プイっと顔を背ける千冬。益々ぽかんとした表情になるラウラ。図星をつかれてこの表情をするという事を、ラウラは知らなかった。彼女が知っているのは、厳格な織斑教官だ。織斑先生でも、織斑千冬でもない。
「まぁ、それはそれとしておこう。ボーデヴィッヒさん。ISの強さは身体能力の強さに結びつかないという事を忘れていた。すまなかったな」
「……」
他意が無いその言葉に今度は苦笑いを浮かべる千冬と、少し憤然とするラウラ。誰だって侮られるのは好きではないのだ。
「センクラッド。ラウラの戦闘力は何もISだけではないんだぞ」
「何?」
「ISを抜きにしても総合的な強さは群を抜いている。言っただろう、腕は保障すると。なんなら、一度軽く試合をしてみれば良い。すぐに判る筈だ」
その言葉に、そうなのか、と呟いたセンクラッドだったのだが、それが拙かった。
基本的に人というものは、そうなのかと言われれば、気の無い返事に聞こえ易いのだ。口癖とは言え、センクラッドの人となりを知らない者から見れば、至極どうでも良い様に聞こえてしまう。
特に、今現在無表情を維持している事を早速忘却の彼方へ置き去りにしているセンクラッドは、悪意ある見方をするならば「細けぇことはいいんだよ。精々頑張って護衛でも何でもしてろチビスケ」という風に見えるものだ。
故に。
「教官のご命令ならば」
と、あくまで教官の顔を立てつつも、いっちょシメてやろうかこのアガリスク茸と思うラウラ。完全に私怨である。
何だか既視感というか、ここの生徒達は皆気が短いのかねぇ、仕方ないがいっちょやってみるか、と思いながら溜息をつくセンクラッド。
この場で無言のまま溜息をつくという事は「めんどくさい」の意思表示と取られてもおかしくはないのだが、やっぱり判っていない。
割とドギツイ敵意というか、怒気をセンクラッドに向けているラウラだが、自ら飛び掛りはしない。千冬が試合と言ったのだから、それに相応しい場所でやるのが筋だと思っているからだ。
しかし、そもそもの話になるのだが、この場に限っては殆ど戦いが成立する事はない。
何故なら――
「織斑教諭とマスターのご飯は無しか。あーあ、折角上手に焼けたこのコルドバステーキ、勿体無いが廃棄にするしかないな……」
「やはり仲良くせねばならんな、人類皆兄弟と言うし、平和が1番だ」
「良い事を言うなセンクラッド。奇遇だが私もそう思っていたところだ」
「そうか、それは良かった……さて、そんなわけでボーデヴィッヒさんも飯にしようじゃないか。さあ行こうすぐに行こう」
「え? え? え??」
何故なら、この部屋には一旦キレたら悪魔のような所業を引き起こす執事っぽい元英霊が居るからだ。イイ笑顔だが青筋を立てて睥睨しているシロウとは一切視線を合わせずに、ラウラの腕を引っ張り上げてリトルグレイ宜しく移動する千冬とセンクラッド。完全にダメな大人である。
センクラッドが椅子を下げ、千冬がラウラを椅子に座らせ、センクラッドが椅子を押してテーブルに押し込んで、二人はそそくさと席に着いた。完全にラウラ、置いてけぼりである。
それを見て、フンと鼻を鳴らしてそれぞれのテーブルにコルドバステーキが乗った皿やサラダをのせていくシロウの手際は、色々な意味で実に鮮やかだ。料理の腕も、マスターを御する腕も秀逸、この一言に尽きる。
食欲をそそる良い匂いが皆の鼻腔に入り込むと、全員、思わず生唾を飲み込んだ。ラウラでさえ例外ではない。
ただ、一際目立つのは、やはりセンクラッドの皿だけ、ドンと鎮座している文字通り肉の塊だ。
眼を瞬かせて、その肉の塊とセンクラッドの身体を交互に見つめる地球人二名。その視線に気付いたセンクラッドは、
「燃費が凄まじく悪くてな。1回でこの位喰わないとやってられんのだ。あぁ、シロウはそんな事ないぞ。俺だけだ」
「そ、そうか……それにしても、よく喰うのだな」
「喰う時に喰っておくのがゴッ……じゃない、まぁ、アレだ、食べるのも仕事の内だからな」
どんな職業だ、フードファイターなのかセンクラッドは、と思うのだが、流石に突っ込んでもかわされるのは判っていたので、曖昧に頷く千冬。ラウラは少し引いていた。
「――では、いただきます」
シロウが、いい加減埒が明かぬので、と言う表情と共に添えた言葉に、全員が続いた。
全員、それぞれナイフとフォークを巧く扱って肉を各々の一口サイズに切り分けて口の中に放り込むと、センクラッド以外は眼を見開いた。歯応えのある、だが噛み締めれば途端に肉の繊維が千切れ、そこから大量の肉汁とソースが滴ってくる、その絶妙さ。
シロウの腕もあるが、コルドバの上質な肉を使ったのもあり、相当な旨みが口の中一杯に広がり、肉本来の旨みと香りが鼻へと抜けていった。
無言のまま、千冬とラウラは腕が動くままに喰い始めた。
「旨いだろう。上質のコルドバ肉というのもあるが、調理師の腕も良い。コレで不味くなる訳が無い。そうだろう、シロウ?」
と、自分でもビックリしているという表情を浮かべているシロウに、センクラッドは問いかけた。
「あ、あぁ……だが、予想以上だ、この味は一体――」
「コルドバはグラール太陽系ではポピュラーとされるが、その中でも上質な肉を俺は選んでいたからな。牛の等級で当て嵌めると、確かA3程度の筈だ」
この言葉の意味を最初に理解したのはやはりシロウで、ううむ、と唸り声をあげて納得した。次が千冬で、成る程、と。残念ながらラウラは理解出来なかったが、それでも高価な食材だという事はわかったようで、パックパクと食べていた速度がやや落ちた。
それを見たセンクラッドは、
「ああ、ボーデヴィッヒさん、おかわりはまだあるから気にしないで食べてくれ」
そう言われると、些かバツの悪い表情を浮かべながらも、食べる速度が元に戻る辺り、根は正直なのだろう。微笑ましく感じるセンクラッド。
肉とご飯とシーザーサラダをモッキュモッキュと食べるラウラに心を癒されているセンクラッドを尻目に、千冬はシロウに、
「コルドバの肉を調理した事が無かったのか?」
「基本的に食材を触らせてはくれなかったのだよ。ただ、それでも一通りはこなせるがね」
少し失言だったな、とセンクラッドとシロウが思ったのは同時だったが、何食わぬ顔でセンクラッドが、
「そうだな。少なくともシロウの腕前は、王族にも通用する」
「ほう……」
「買い被らないでくれ、そんな経験は無いぞ」
そうなのか?と言いたげな千冬の視線を受けて、苦笑しながらシロウは否定しようとした。
が。
「何を言っているんだ、お前さん。毎日飯作っているじゃないか。俺に」
呆れながらセンクラッドが呟いた一言で、空気が氷結した。限界まで眼を見開いてセンクラッドを凝視する三人。カチャカチャン、という硬質な音が二度響いたのは、千冬が手にしていたナイフやらフォークやらが皿に零れ落ちたからだ。
あんまりな事実に言葉を失うしかない一同。特に千冬なんぞはセンクラッドの鳩尾にヒールをブッ刺していたりする分、もう何と言うか言い訳不可能である。
黙々と飯を喰うセンクラッドだったが、三人が表情を凍り付かせたままずっと凝視してきているので、肩を竦めながら、
「冗談だ。食事を続けよう。王族というか、その類の者には面識があるだけだ」
「おい怜……マスター、君の言葉は時として心臓を突き刺す。この流れでその冗談は勘弁してくれ」
「すまんな。ただ、シロウの腕が通用するのは事実だぞ? 少なくとも、俺に出されていた料理とは比べ物にならん位お前さんの方が巧く作れる」
「……マスター……」
それは言外に、王室と繋がりがあると言っているようなものなんだぞ、と内心で呻くシロウ。
現に、恐る恐る、と言った風に、千冬がセンクラッドに、
「……センクラッド、一応聞いておくが、それも冗談か?」
「いや、これは本当だ。日本で言うところの天皇に政務能力を追加したような感じか。グラール太陽系に住まう者達にとっての象徴である幻視の巫女という者が居てな。ニューデイズを治めているグラール教の上役だ」
さらっと言ったのだが、日本人である千冬からしてみれば、今のセンクラッドの発言でより重みが増したと言える。それは大日本帝國時代の天皇に通ずるものがあった。
御陰で、千冬の食べる速度が極端に遅くなるのも致し方ない。
「どういう経緯で知り合ったのか、聞いても良いか?」
思い切って千冬がそう切り出すと、センクラッドは少し苦い表情になって、
「昔、幻視の巫女を攻撃対象とするテロが計画されていてな。偶然それを知り得ていたので、防いだ事がある。それからの縁だな」
その言葉に驚く千冬。重要人物に対するテロ計画が行われるというのが意外だったからだ。それに加えて、センクラッドがそれを知り得る立場に居たという事も驚いた点だ。
「テロ計画を、センクラッドが潰したのか?」
「そうだな。あの時の俺は、組織に属していなかったから、結構厄介だった」
「それはつまり、誰の助けも無しにやったと言う事か?」
「……ああ、そういう事になるか。もっと巧くやれたら良かったのだが、現実は厳しいものだと思い知ったよ」
言葉少なに語るセンクラッドは、外部のテロと実の娘を利用して教団どころかニューデイズまでもを手に入れようとして、逆にテロリスト達に利用されて自滅した愚か者を思い出していた。
実の父親に利用され続け、挙句の果てにはうっかり力が入りすぎて殺されるという、誰がどう見ても悲惨通り越して滑稽な末路を辿りかけていた幻視の巫女――ミレイ・ミクナを救えたのは、偏に元居た地球でそのゲームを遊んでいた知識、つまり『原作知識』の御陰だった。細部は違えど、あんな戯けたフィクション世界が実在するとは夢想だにしなかったな、と胸中で呟くに留めたセンクラッドに、千冬が、
「そんな重要人物を救ったという事は、もしかしてセンクラッドは英雄だったのか?」
「英雄は俺じゃない。俺がやった事は赦される事じゃなかったからな」
苦い表情でそう告げたセンクラッドは、ミレイを救う為に左眼の力とデューマンの力を文字通り全力全開で起ち回った結果、グラール教の本拠地を半壊させ、0の桁3つ位間違えているんじゃないかと思いたい程の修繕費の幾らかを1年かけて支払った事を思い出した。あの時の星霊長――ルツは本当にうざかった。
「……ちなみに、それは聞いても良い類の事か?」
「端的に言うと、短期的に見るなら、教団を半壊させた」
カチャン、と肉を切るナイフが滑ったのは、シロウだ。君は何て事をやらかしたんだ、という眼を向けられるが、仕方ないだろう、とぼやくセンクラッド。
「潜入して親玉と直接対峙するまでは巧く行ったんだが、そこで下手を打ってしまってな。結果として救えたから良いものの、種族的なバランスを崩しかけてしまったし、とんでもない金額を請求されるしで散々だった。だから、要人護衛ならともかく、救出までいくのなら余りやりたくはないな。特殊部隊に属する者達には本当に頭が下がるよ」
と、ラウラに視線と言葉を投げかけるセンクラッド。だが、投げられた方はたまった物ではない。ラウラとてそんな任務についた事は無い。IS部隊に就任する前は確かに要人護衛や諜報任務をこなしてはいたが、そんな大立ち回りを演じるような任務はこの地球上の殆どの時期や地域においては無いのだ。IS部隊に属してからは専ら今年再開されるモンド・グロッソの競技用の戦術構築や機体のテストばかりだった。
ので、困ったラウラは視線を千冬に向けると、首を微かに振っていた為、ラウラは日本人のような曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。
「短期的と言う事は、長期的もあるんだな?」
「まぁ、な。端的に言うと、後始末だよ」
「後始末?」
「テロ組織を潰した。余り昔語りをするのは好きじゃないんだ、これ位で勘弁してくれ。飯が冷めてしまう」
と打ち切るセンクラッド。長期的に見ればどんどこ胡散臭くなるのだ、実績が。
ミレイの父親に過ぎた野望を持たせた原因であるヒューマン原理主義者の集まり――イルミナスをグラールの英雄達と共にぶっ潰したり、イルミナスのせいで発生した外宇宙から飛来してきた生物を掃討したり、イルミナスの残党を殲滅したり、挙句の果てには今居るグラール太陽系人類と旧人類双方を救う為に、旧人類の王と一騎討ちしたり、破壊神を封ずる為に八方手を尽くしたりと色々信じられない要素がバンバカ出てくるのだ。流石に全てを語れば、騙りに聞こえるのは仕方ない事だ。
二十分程経過し、食事を終えた一同は、カウンターテーブルに使った皿を置き、シロウはそれを食器洗浄器にかけていく。
「センクラッド」
「何だ? デザートは作り置きのシフォンケーキ位しかなかった筈だが」
「何でそれを知っているのかね」
「いや、そうではなく、後でそれも頂くが」
「……いや、まぁ、良いんだがね……」
徐々に遠慮が無くなって来たな、とシロウは小声でぼやいたが、千冬はスルーして、センクラッドに、
「護衛の腕を確かめなくて良いのか?」
と、先の試合をやらないのか?という質問に、苦笑するセンクラッド。
「お前さんが信用して寄越した者を疑うわけがないだろう。ボーデヴィッヒさんの実力と、お前さんを信じるよ」
と、限りなく真摯な態度でそう返した。ラウラは眼をパチパチさせていた。てっきりこの後試合だと思っていたので、腹8分……どころか実際は満腹ギリギリだったのだが、とりあえず8分目という事にして、さぁ頑張ろう私、と気合を入れていたのだ。
まさかの信用する発言をしたセンクラッドを見るに、嘘や誤魔化しは無いと直感的に判ってしまったラウラは、戸惑いを隠せなかった。
教官……と呟いたラウラに、千冬が視線をやると、何処となく困った表情のラウラが居た。
「まぁ、センクラッドに悪気は無かった、という事だけ覚えておけ」
「何の話だ?」
「……成る程、了解しました」
はて、何か言ったっけな、と首を傾げたセンクラッドを見て、大体の人物像を把握したラウラは、敬礼をして了解した旨を告げたが、千冬は首を振って、
「もう私は教官ではない。IS学園教師、織斑千冬だ」
「しかし、私にとっては教官ですが……」
「一旦それは忘れろ。私は教師だ、敬礼は要らない」
「わかりました」
何か、忠犬に見えるなぁ、ボーデヴィッヒさんに犬耳つけたらビーストになるのかねぇ、と阿呆な事を考えているセンクラッドに、何やらまた変な事考えているな、と察知して呆れているシロウ。
「ああ、そうだ。すっかり忘れていた」
そう言ってセンクラッドは、ラウラに向かってシロウを紹介し始めた。
「うちの護衛はそこに居るシロウだ。色んな意味で俺より強いから、連携して敵を叩く事になった時は遠慮なくこいつを使ってやってくれ」
「……その紹介はどうかと思うぞマスター」
「じゃあ、盾代わりにでもしてやってくれ」
案の定、その紹介でどう使えと言うんだと表情で物語っている千冬とラウラに、シロウは嘆息して、
「マスター、やはり護衛を務めるもの同士、互いにどの位出来るかを見せ合いするのが1番だろう。マスター、部屋の状態を変えて欲しい」
「ああ、わかった」
シロウの言いたいことを汲み取ったセンクラッドは、ドレッシングルームの扉の前まで歩み、唱えようとして振り返った。
「あー、千冬、ボーデヴィッヒさん、ISは所持しているかな?」
「勿論だ」
「はい」
「そいつは重畳――」
と呟いて、脳内でイメージした場所を亜空間技術によって具現化させる為、瞳を閉じて、
「――ROOM-CHANGE:VRT MODE:PRACTICE Name:ARENA」
と唱えると、扉が一瞬にして鋼鉄で出来た両開きの扉に変貌した。
驚きの声を上げる千冬とラウラを尻目に、扉を両手で開け放つと、自室を模していた部屋の調度品が全てナノトランサーへと格納され、広さが一瞬にして500×500×500mの巨大なアリーナへと変貌した。