IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
今回、15kb前後(7000文字)と短いです。
視点をSIDE関連表記抜きで挑戦してます。
畜生、畜生、畜生ッ――
ドロドロとした黒い塊が、ヘドロと同等の粘度を伴って心と感情に張り付いていた。冷たい敵意を宿したラウラが嘲笑すら無く言い放った言葉が、胸に突き刺さっているのだ。
『織斑。貴様に忠告しておく。今のままでは、貴様は教官の負担にしかならない』
そんな事は自分が一番良く判っている。予備知識なんて一切無いままこの学園に来て早3ヶ月。模擬戦であげた白星は徐々に徐々にだが黒星と拮抗するようになってはきた。しかし、座学となると幾ら勉強をしても追い付かない。
この学園に入学してくる者達は元々中学、或いはそれ以前からISについて勉強しているエリートばかりだ。そこに自分が入ればどういう結果になるのかなんて、眼に見えていた。
それでもやるしかないのだ。自分がお荷物である事に、もううんざりしているのだから。
でも……
『そうだ。私は貴様が大嫌いだ。そして気に入らない。全世界の男達や軍に所属している者達の大半はそう思っているだろうがな。腑抜けた心構え、大して強くも無い、機体性能に助けられている貴様を見て、そう思わぬ者は皆無だろうよ。このままでは貴様は誰も守れやしない。いつか必ず、何処かでツケを支払う事になる。そして、そのツケを支払うのは、教官達だ』
歯をギリッと食い縛る。思い出さなければ良いのかもしれないが、それは出来ない。あの言葉は事実なのだ。そこから眼を背けてしまう事は、許される事ではない。
自分が織斑一夏である限り。自分が生きている限り。
それに――
『あぁ、良いんじゃないか。話し合いだろうが力だろうが、強い方が勝つのは真理だしな』
センクラッドの言葉。今の自分には、厳しすぎる言葉だった。
力が無ければ、どうにもならない。例え正しくても、力が無ければ間違いだと言われてしまうのが世の常で、それを一夏は体験した事もある。
誘拐されたあの時の自分は、正しく無知で、無力だった。
もう二度と、あんな事に、あんな結果にさせない為にも、強くならなければならない。そう、もっと早く――
不意に、一夏は肩に衝撃を感じた。反射的に振り向けば、そこには心配そうな面持ちをしている箒が居た。そうして、やっと肩を叩かれたのだという事に気付いた一夏。
「一夏、大丈夫か?」
「箒……」
「顔、真っ青だぞ。何処か具合が悪いのではないか?」
本心からそう労わってくる箒に、ささくれ立っていた心がほんの少しだけ癒され、何とか唇に弧を描かせた一夏は、出来るだけ柔らかい、おどけたような口調で言葉を発した。
「さっきの授業でが判らないところが多くてさ……このまま付いていけなくなるかもって考えてたら、ちょっと欝になっただけさ」
「む。それは、いかんな。そういう時は私かオルコットに頼ると良い。何時でも教えるからな」
「悪いな、箒」
「気にするな、幼馴染だろう?」
そう言って、ふわりと柔らかく微笑む箒に、何処か眩しさと寂しさを感じ、一夏は極自然な動作で眼を逸らした。
箒は変わった。
入学した当初は、今の自分のような状態だったと思う。だが、ファーロスさんに負け、オルコットと話し、鈴と戦い終えてから箒はどんどん変わった。成長というよりも、それは変化といって良い。
カッチリとした芯が入り始めた、ように見えるのだ。明確な目標が出来たからだとは思うけど。
……自分とは違う。
「……ありがとう」
眼を逸らしての礼。自分でもらしくないと思う行動。だが、今はコレが精一杯だった。
『卑屈になるな。前を向いて進めば良い』
千冬から貰い、ずっと自分に言い聞かせていた言葉が、揺らいでいる。人は人、自分は自分だと思って生きようとしてた。だが、周りはそうは見てくれない。
織斑千冬の弟。
ブリュンヒルデの弟。
篠ノ之博士のお気に入り。
世界で最初にISを起動させた男。
特別扱いと言えば聞こえは良いだろう。だけど、結局それは、織斑ではない、ただの一夏という人格は一切考慮されないものだ。
千冬もそれで苦しんでいた時期があり、箒は現在進行形で苦しんでいるのだが、それを一夏は知らない。本来知るべき事を知らずして、幼馴染としての箒や姉としての織斑千冬ばかりと接してきた一夏。
それが、ラウラと真逆で有る事を、本質的には同一で有る事を、この時の一夏は気付いていなかった。
「今日は早めに寝て、明日の放課後は座学をメインにするよう、オルコットに伝えておくぞ」
「ん……判った」
手を振ってスタスタと凛々しくその場を立ち去る箒を見送り、姿が完全に消えた事を確認してから、一夏は溜息を大きく吐いて、トボトボと自室まで歩き出した。
逃げ出したい気持ちを抑え付けて。
……それを、箒はコッソリと物陰からバッチリ目撃してた。
尋常ではない様子に気付いていたのだ。
昼休み後、授業開始から既に心此処にあらず、そして精神的にショックを受けている事を察した箒は、ほぼ同時期に胸に小さな痛みが発生している事を自覚していた。
悩んでいるのなら話して欲しいのに。
何故話してくれない、という想いも確かにあった。だが、人に話せない事、話したくない事なんて沢山ある。
例えば篠ノ之博士の妹という記号でしか見られなかった数年間を経験した箒にとって、篠ノ之束に関する話題は禁句だ。だから、セシリアと対決する一夏を擁護する形で、自ら触れたのだ。
そうする事で、後から質問攻めにされないように。悪い言い方をすれば、騒動を、好きな人を利用した。
だから、箒は一夏に踏み込むことが出来ないでいる、その負い目と、姉に対する感情が薄れない限りは。
これは仮定の話だが、もし箒が一夏に嫌われる事を覚悟で、踏み込んでいたのなら、己の心情を吐露していたのならば。
早い段階で激突し、結果的には結ばれていただろう。
だが、あくまでそれは仮定の話であり、同じ事を他の誰かがやろうとしても同一の結果にはならない。
踏み込む事を恐れ、踏み込まれる事を恐れている者は、その事に気付かないままいるならば、いずれそのツケは巡り巡って自らにとっての不幸の花が咲く。
「……一夏……」
吐息混じりに呟いた言葉は、本人が自覚している以上に悲痛な響きを持っていた。
首を振って、気分を一新させた箒は、セシリアが居るであろう第2アリーナに足を向けようと踵を返したのだが。
訓練を早めに切り上げたセシリアが眼を丸くして箒を眺めていた。
中腰でこっそり覗き込んでいた姿勢を見られていたと自覚した箒は、思わず硬直する。一切の妥協を許さないという点では似たもの同士である彼女が此処に居るとは思わなかったのだ。
「……ええと……その角に、何か?」
恐る恐る、聞いて良いのか、或いは聞きたくないけど聞かざるを得ないのか、そんな感じで話しかけてくるセシリアに、羞恥でカァッと頬が熱くなるのを自覚しつつ、箒は誤魔化そうと口を開いて、
「いや、その、一夏が」
「一夏さんが?」
「あ。う……」
見事な自爆をかました。隠そう、隠そうと思っていても、混乱した状態では口が滑りやすい、という事を身を以って体験した箒。
もう穴がなくてもセルフで掘って埋まりたい、そういえば一夏がISで地面に突入した事もあったな、あんな感じで突っ込んで暫く埋まっていたい。
そんな混乱した心境だ。
そういう時程、天啓が閃くことも、まぁあるわけで。ただ、それが他の人にとっても天啓なのかは別として。
コテ、と首を傾げて疑念を表現しているセシリアの肩をガシリと掴む箒。思わずビクリと身体を震わせた高校初の友人に対し、箒は、
「頼む、力を貸して欲しい」
と頼み込んだ。
羞恥やらなんやらでイマイチ要領を得なかった箒の言葉を咀嚼して飲み込んだ結果を口に乗せて確認したセシリアは、自分の言が正しい事を知る。
「――ええと、つまり、一夏さんの元気が無いから、どうやって元気付けようか、と言う事で宜しいですか?」
「あぁ。どうにか一夏を元気付けてやりたくてな」
「と言われましても……一夏さんがどんな理由で元気が無いのかが判らないと……まぁ、確かにお昼休みから一夏さんの様子はおかしいと思いましたけれども」
原因さえ判れば対処は出来るが、それが判らないならどうにもならないのだ、流石にどうにも出来ないと言わんばかりに匙を投げたセシリア。
むむむ、と口をへの字にさせて、箒は正直に、かつある意味遠まわしに伝えた。
「それとなく聞く、というのは私には無理だぞ。そこまで話術が得意じゃないからな」
「……まさか、それを私にやれ、と?」
嫌な予感が閃いた為、確認の為に口にしたセシリアは、言わなければ良かったと深く後悔した。全力で首を縦に振って肯定した箒を見ることになったからだ。
唯一の男性操縦者や篠ノ之博士の妹と親しくなる事を目的としている為、セシリアは友人のポジションに納まっている。勿論、付き合ってみたら案外悪くない性格をしている為、現在では利害抜きで友人付き合いをしているが、今回ばっかりは流石にどうなのかと言わざるを得ない。英国貴族である自分がそういう風に動くのは、友人という点を差し引いても少しばかりプライドに触る。
箒が一夏に好意を抱いているのは知っている。だから知りたいという欲求が強くなるのも、本で学んでいたセシリアには理解出来る事なのだが、だからといって最初から当然のように他人を使おうとするのはどうなんだと思うセシリア。
という旨を伝えると、確かにそうだとズゥンと落ち込む箒。指摘されるまで気付かないのは仕方ない。人生経験が他の生徒達よりも嫌な意味で豊富で、順当な意味ではまるで足りていないのだ、少し位配慮に欠けてしまうのは当然だろう。
「……すまない、浅はかだった」
「いえ、お気になさらず。こういうのは自分で聞いた方が宜しいかと。心配しているのなら、それを打ち明けてみれば、話せることなら話してくれるでしょうし、それと、織斑先生に伝えてみるのも手ですわ、ご姉弟なら話しやすいと思いますし」
「織斑先生、か」
確かに、それも1つの手だと納得した箒は、礼を言って寮監である千冬の部屋へと足を進めた。ただ、どうにも絡み酒の泣き上戸を見たので、苦手意識がより強まったのだが、流石に一夏がかかっているのだ、文句は言えない。
廊下を歩き、角を曲がり、極稀に挨拶してくる同じクラスの子達に返礼して千冬の部屋に辿り着いた箒は、1度大きく深呼吸をして、ドアをノックした。
程なくして、ドアが開き、厳しい表情をした千冬が顔を出したのだが、相手が箒だと知ると、驚いたようで表情を崩して、
「篠ノ之、か? どうした?」
「一夏の事で、相談がありまして」
恋路の相談にしては重く響いた言葉に、驚きを打ち消して何時もの教師然とした表情に切り替えた千冬は、少し待て、と短く言って扉を閉めてきっかり1分後。
箒は部屋へと招きいれられた。
清潔感……というよりは物を余り置いていない殺風景な部屋に、多少面食らいながらも箒は言われるがままソファーにちょこんと座る。
冷蔵庫から烏龍茶が入った2リットル用のポットを取り出してコップに注いだ千冬からそれを手渡されて1口だけ飲んで、
「一夏の様子がおかしいです」
「勉強が判らないとか、そういう類のモノではないのだな?」
「はい。尋常じゃない位、顔が真っ青でした」
「……何時からだ?」
「昼休み終わってから、ずっと」
その言葉は、千冬にとっては確認に過ぎなかった。生徒会から既にラウラとのいざこざ、センクラッドが仲裁した事、生徒会室で昼食を採った事を聞いていたし、そもそも様子がおかしいと直ぐに察していたのだ。
故に、渋い表情をして溜息をつくしかない。
楯無から送られてきた映像データを最初に観た時は、肝が冷えたものだ。善かれと思って一夏に忠告したのだろうが、アレでは聞く耳持たれず、反感を買うだけだ。
ちなみにセンクラッドに関してはもう今更何があっても驚くつもりはない。いや流石にセンクラッドが神様の生まれ変わりとか無茶苦茶な方向に振り切れていたり、実は日本人でした等と言う荒唐無稽なモノだったら驚くだろうが。
まぁ、僥倖なのだ、鈴音でなかったのだから。一般の生徒だったら預かって処理すると言えば良い。箒ならば連れていくのも吝かではない。だが鈴音ならば何が何でも暴こうとするだろう。結果として両方傷ついて終わり、になりかねない。
「それに気付いた生徒は?」
「オルコットは気付いていました。他は……判りません」
「そうか。判った、箒は暫く此処で待機してくれ。私が話をしてくる」
「お願いします」
そう言って立ち上がる千冬。
急ぎ足で向かう千冬に、奇異な視線を向ける生徒達がチラホラと居たが、それらを全て無視して進む千冬の雰囲気は、何処か重い。
一夏の事を考えると、心が沈むのだ。千冬は弟に姉としての情報しか殆ど与えていなかった事を後悔している。ISから遠ざけるとしても、もっと巧いやり方があった筈なのだ。
ノックをしてからマスターキーでドアの鍵を開けて、ドアを開け放ち、
「一夏、入る、ぞ……」
「へ?」
千冬の視界に映った存在。
逆三角形には少し及ばないが、鍛え抜かれた上半身はLED白色電灯によって薄っすらと光度を上げ、きょとんとした顔は幼さを交えた思春期特有の少年の危うさ手前の色気と稚気を醸し出している。
ポタリ、ポタリと水滴が前髪から落ちているのは、シャワーを浴びていたからだろう。
あぁ、シャワー浴びてたのか。だから裸なのだな。
そこまで冷静に考えた後で、千冬はようやく再起動がかかり、
「う、うわぁああ!? ちょ、ちょっとドアを――」
一夏が言いたい事を察してドアを閉める千冬。
一夏は様々な感情や考えをリセットする為にシャワーを浴びていた。箒がセシリアと話すのなら少し時間があると踏んでの事だったのだが、自分でも予想以上に落ち込んでいた為、長く浴びすぎていたのだ。
千冬は、よもやドアを開けたら裸でいるというパターンを想定していなかった上に、閉めるか平然と入るべきかを悩んだ結果、動作が遅れたのだ。色気がどーのこーの言っているあたり、微妙に混乱していたが。
奇跡的に廊下に誰も居なかったのは双方にとって幸いだった。
暫くして。
「……どうぞ」
ドアが開き、気まずい表情の一夏が、これまた気まずい表情の千冬を促した。
「すまなかった、一夏」
「いや、良いよ別に。驚いただけだから。それで、どうしたんだよ千冬姉。何か通達でもあったとか?」
不思議そうに聞いてくる一夏に、表面上は何とも無いと見せかけている一夏に、千冬が眉を下げた。
「一夏」
たった一言で、一夏は千冬が言いたい事が判った。昼間の出来事を知っているのだろう。取り繕っていた表情が崩れ、悔しいと、苦しいという表情が浮かび上がる。
「……ハハ、流石に千冬姉にはバレるか」
「それ以前の問題だ。私は、姉だぞ」
「そう、だよな……姉だもんな」
参ったな、と言いたげに俯く一夏。心配かけまいとして、迷惑かけまいとして、結局千冬がこうやって傍に来ている。
その事を嬉しく思う気持ちに偽りなど有る筈が無い。だが――
『貴様は足手まといだ。弱く惨めで、浅はかでもある。危機に陥った時、結局貴様は姉を頼る、必ずな。もしくは姉の友人を。貴様が頼らずとも、周りはそう動く、あの時のように』
ラウラの言葉が、酷く胸に突き刺さっていた。
故に。
「千冬姉。俺は、大丈夫だよ」
素直に助けて貰う事を今まで当たり前としてきた者が否定された場合に取る行動は、実にわかりやすいものだ。
傍から見ても全然大丈夫じゃない顔色の一夏がその言葉を使うには、余りにも感情を表に出しすぎているという事に、一夏自身が気付いていない。
だが、千冬がそれを詳しく指摘し、完全に否定する事は出来ない。一夏とラウラの会話に、思う所があったのは確かなのだ。強くなろう、強く在ろうとしている弟の成長を阻害しているのは千冬と束という見方が出来るのも頷けるのだから。
知った事か、と斬り捨てるには、弟を愛している千冬。更に言えば、立場上、自分から距離を離す事はあっても、相手から距離を離される事には慣れていないのだ。人の、特に心の距離というものは難しい。仲の良い姉弟であれば特に。
それでもこれ以上の言葉をかけるのは、教師である前に姉である事を思い出させてくれたセンクラッドとシロウのお陰なのだが……
「その顔で大丈夫と言うな」
パチン、と一夏の両頬を手で軽く叩く千冬。
「なぁ、一夏。姉だから何でも言って欲しいとは思っていないよ。ただ、苦しんでいるお前を放っておきたくないんだ」
「……判ってるよ。でも、コレは俺の問題だから。どうにかしないといけないのは、俺自身の方だから」
「そうか……」
一夏の眼に拒絶が少なからず有る事を見て、決裂した事を悟った千冬。この2人にもう少し素直さがあれば、状況は変わっていただろう。こうして無理にでも背負っていくのだ、織斑家の人々は。
「大丈夫だよ。本当にきつくなったら、その時は相談するからさ」
「……判った。無理はするなよ」
「勿論」
一夏が離そうとした距離。そして、千冬が詰めたかった姉弟間の距離は、結果として微妙なものへと変化していく。
少なくとも、良い方向には転がっていない事だけは確かだという事は、2人とも判っていた。
だが、止まれない。
ラウラの言葉に事実が多分に含まれている以上、2人は止まれない。教師織斑千冬、ブリュンヒルデとしての千冬、その弟である一夏である以上は、自分と、自分の肉親の言葉では止まれない。
不穏な空気は、伝染していく。