IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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演説

 ヴァイツゼッカーに案内されたセンクラッド達は、ツーマンセル・トーナメントの市営アリーナのVIPルームに到着した。

 楯無からの情報を見聞きした限りでは、てっきり吹き抜けか、椅子の形やら色やらだけが違うのだろう、と検討を付けていたのだが、実際は全く違ったものだった。

 部屋だ。それも20人の大人がゆったり座れる程度の。ただ、図面で見たのと違うと感じたのは、今居る位置という意味での高さだ。

 未だ、センクラッド達は地下駐車場から上がって来ていない。何らかの装置を用いて無音のまま上部へ上がっていたとしても人外レベルの知覚能力を持つセンクラッド達は必ず気付く。それが無いという事は地下にいるという事。

 内心では戸惑いつつも、それを表には出さず、センクラッドはゆっくりと部屋を見渡した。

 僅かながらの脅え混じりの敵意を感じるに、どうやら左手、西側の壁面には監視カメラが埋め込まれているようだ。

 中央よりもやや奥寄りの場所に円状に線引きされた場所があった。何に使うのだろうかは判らないが、説明が必要ならばしてくれるだろうと視線を外し、次いで視界の端に映ったモノを視る。

 右壁面一面に投影型ディスプレイがバトルエリアを映し出しており、成る程、安全面から此処で観てくれと言う事かと納得をしたセンクラッドが、今度はと周囲に立つ人物達を見渡せば、見知った金髪碧眼の美女が居る事に気付いた。

 IS国際委員会日本支部でヴァイツゼッカー達が居る部屋まで案内していた女性だ。

 同時にロビンフッドとシロウは気づいた。敵性かわからなかった為、敵意を向けて牽制していた女であると。

 目が合った瞬間、柔和な笑みを浮かべて一礼する女性に、センクラッドは確認の為に口を開く。

 

「確か、日本支部で?」

「えぇ、今回から外部の護衛として派遣されました、フランスのデュノア社第三世代ISテストパイロットのスコール・ミューゼルです。宜しくお願いします」

「こちらこそ」

 

 握手をしたセンクラッドは、自身が想定していた数よりも妙に人が少ない事に気付いていた。少なくとも、階級や立場的な意味合いで見ればヴァイツゼッカー達が一番上なのではないだろうか。

 ヴァイツゼッカーや倉持達IS国際委員会はともかくとして、各国の首脳陣と挨拶をしなければならないのか、とげんなりしていたので、流石に考え込んでしまう。

 政治的な配慮でそうなったのか、それとも別の要因か。

 そう考えていると、どうやらその思考はその場に居る全員に伝わったようだ。

 

「此方はあくまで『ゲスト』としての参加を要請しましたので――」

「――あぁ、成る程、理解しました」

 

 倉持は言葉を濁してはいたが、センクラッドは極めて精確に読み取った。

 つまり『窓口』は少ない方が良い。そう判断したのだと。

 考えてみれば、これが国同士ならば多数の国が名乗りを上げているだろう。未知の技術を開発した国、とするならば。

 ISの場合、篠ノ之束博士が開発した。その後、行方不明にはなったが、その国籍は日本のままだ。多数の国が圧力なり何なりをかけて今の状況を作り出したのは事実として教本に書かれていたし、その過程についても想像に難くは無い。

 しかし、センクラッド達の単位は地球人が考えうる中でも最大級を既に超えている。国境で地を分けているものではなく、星そのもの。それも3つの星とかなりの数のコロニーを宙に浮かべている星群国家。

 外交の窓口が多ければ多いほど、リスクの方が加速度的に増えていく、そう判断したのだろう。尤も、アプローチをかけてくる速度という点では意外にも遅いので助かってはいるのだが。

 そこまで考えが及ぶ程には揉まれているのだ。

 平和を願い、謳うにも裏を読む必要があり、外敵が居ながらも種族間の不和は致命的なものであったグラール太陽系。

 英霊とマスターの殺し合いにおいて、左眼の助力はあるにはあったが、戦略的にも戦術的にも相手の裏や出自を読み切り、そこから弱点を見出さなければならなかったムーンセル。

 アラガミという人類の天敵種が現れても尚、利権と勢力や権力闘争をし続けていたフェンリル本部と支部、そしてヒトガタのアラガミ。

 行く先々で権謀渦巻き、幾つもの裏を読まなけば、或いは不運が重なれば即死亡なんて世界にばかり居続けたのだ、こうもなる。

 とはいったものの、だからといって交渉云々の話になるのは正直避けたいというのも本音である。そもそもこの楽天的な性格と愉快犯的な性質はまるで変わっていないのだから、問題は多発する傾向にあった。

 

「質問をしても?」

「どうぞ」

「このまま地下で見る、と言うことで……?」

 

 センクラッドの言葉に、時計を見た後、否定を返す倉持。

 

「此処からエレベーターで上層に上がります。その後、軽い自己紹介をして頂きたいのですが」

「それは、握手付きという事で?」

「えぇ、出来れば」

 

 まぁ、友好的な振る舞いをしていれば基本的に間違いは無いだろう、現時点では。

 シロウと視線を一瞬だけ交差させて答えを擦り合わせたセンクラッドは、判りましたと頷いて何時でも、と呟いたセンクラッドに対し、ヴァイツゼッカーが円状に線引きされた場所に北向きで立つ。

 何と無くそこに行けば良いのかと感じたセンクラッドが、ヴァイツゼッカーの横に立つと、目礼をしてきたのでそれが正解だったのだと、内心で溜息を吐いた。やはりこういう場は苦手だと感じ、また不正解ではなくて良かったという意味合いも込めて。

 直後、この場にいる全員が微弱な振動と部屋が上昇していく事を明確に察知した。

 部屋の一角、北側の壁の色が変化したのだ。

 否、色ではない、透明化だ。それも、恐ろしく透明度が高く、少なくとも少し感が鈍い人間ならばそこに壁があると思わずにぶつかるのではないかという程のもの。

 グラール太陽系では馴染み深く、並行世界の地球では殆ど馴染みが無いそれを視て、センクラッドは奇妙な懐かしさを覚え、シロウとロビンフッドは興味深げにそれを見た。

 そして、同時に2名は危機感を覚える事になる。

 完全な密室に閉じ込められているといっても過言ではない。扉はロックされているし、せりあがった部屋の扉の外にはSPが配置されている状態になると今朝方見た図面には書き込まれていた。

 この部屋から出る事が出来ないという事でも有る。シロウとロビンフッド、双方のミスではあるが、何も全てを説明していない地球側にも責はあるにはある。

 尤も、ロビンフッドの存在が千冬経由では知っているとはいえ、公的かつ世界的な意味で明るみに出ていない以上、そこまで説明する事は無い、というある種の馬鹿げた騙しも含まれてはいた。

 IS以上に完全完璧のステルスを持つ者を自由に出したくは無いという思惑もあるし、今まででセンクラッドが発した言葉にブラフが入っていない点、それに彼が常々強調してきた『能力』という発言でロビンフッドの固有能力は他者には無いのではないかという見方が強まっていたのもあった。

 

 透明化された壁に映っているもの。

 1つは人の海だ。それも、凪いでいるように見えるが若干の興奮状態となっている群衆が、礼儀正しく2万人分の席に座っている様子であった。

 ウィンドウは2種類出ており、もう一つはどうやら開会の言葉を兼ねた演説を行っているアメリカの大統領が映っていた。アメリカとイスラエルという明らかな宗教観や人種の違いを乗り越えて作成された『銀の福音』は、彼等宇宙人との友好の架け橋になるであろう、という言葉までありがたい事に聞こえてきている。

 

「……成る程、これはまた久しぶりだ」

 

 この規模での挨拶は、グラール太陽系ではある程度の経験があるし、極東支部でもカメラ越しならば全世界の住人が見ていたのもあり、ある程度は慣れている。

 しかし、実際に近距離での演説っぽい事をしなければならないとなるとやはり気が滅入る。どこまでボロが出ないか、という考えよりもひたすらに面倒という意味で。

 

「ヴァイツゼッカーさん」

「なんですかな?」

「俺は適当に合わせての演説という流れでしょうか?」

「必要ならば以前送付した原稿を読み上げる形式にも変更することが出来ますが」

「ああ……いや、心配には及びません。ただ、話してほしい時は肩を叩いたりしてもらえると助かります。もしくは足踏みを。恐らくバストアップで放映されるでしょうから下半身は見えないでしょうし」

「なるほど……やはり感覚が鋭いのですな」

「えぇ、流石にここでヘタを打つことは出来ませんしね」

 

 溜息混じりの苦笑。それはどちらかという事もなく示し合わせたようなタイミングで。ある種の予見を含んだものだった。

 多少の流れは前日までに更識や千冬らからテキストとして配られていた。あとは流れでどうにかする。無論ザルのような状態ではなく、遊びを持たせなければ柔軟な対応が出来ない故の、方法だ。

 センクラッドは一つ頷いて合図を送る。それを受けたヴァイツゼッカーがスーツ越しに手首を触ると、どうやらそれが外部への信号として送られていたようだ。演説をしていた大統領が体をこちらの方を向かせながら『では、人類諸君!! 彼等と、彼等の友好の構築に尽力をつくしてくれた功労者の挨拶を持って、IS競技大会の開始を行いたい――』

 ブン、という電子音が耳朶に入り込む。ヴァイツゼッカーは頷くように深々と一礼をした。ほぼ同時にセンクラッドと背後にいたシロウもだ。ミューゼル含むスタッフ達は範囲外で待機している為、見えていなかった。

 圧倒的な歓声をあげる聴衆。

 しかしその音量は完全にカットされている。自動選別しているからだ。そのかわりにウィンドウの傍に外部からの音量度合いを示すメーターが出現している。ISの技術開発により様々なブレイクスルーが起きたことが容易にわかるというもの。

 二人が頭を上げて、ヴァイツゼッカーが手を一つ挙げる。

 徐々に声が小さくなる事がメーターを通して把握する。つまり規定値超過が消えたという意味で赤色だったメーターが橙、そして緑へと変化したタイミングでヴァイツゼッカーは声を上げた。

 

「諸君!! 我々は今、人類史上類を見ない分岐点に差し掛かっている。技術的進歩というならば多岐に渡るだろう。紀元前には石器を持ち、火を利用し、服を着る事を覚えた。農耕に革命を起こし、水車を発案し、船に帆を張り、イギリスから発祥した石炭からなる蒸気機関を扱い、電気を用いての機械製品が生まれ、そして今ではインフィニット・ストラトスという技術的ブレイクスルーの塊がある」

 

 重厚な声だ。人を扱う音域に自然と設定している。少なくともセンクラッドはそう思った。同時にこれは聴衆ではなく自身に向けた言葉だろう。人類の技術的な進歩を歴史として説明しているのだ。

 端折っている部分は、センクラッド自身が興味を持てばインターネットに接続して調べたり本を請求してくるという確信と、詳しく長く演説すればセンクラッドを含めた聴衆に飽きが来るというのもあるのだろう。

 

「しかし、技術的進歩や我々自身の進化とは遥かに違う、別次元と言っても差し替えのない事が起きた。すなわち、異星人の来訪である!! そして彼らは幸運にも我々に対して友好的であり、我々も良き友人関係を築く事ができている――」

 

 その言葉には素直に頷くセンクラッド。メーターが黄色になる程度には聴衆も驚いたのだろう。何せ情報がほぼ出てこないIS学園に在住しているのだ。不信感や不安感はあるのは間違いない。雰囲気として厭世的ではある彼だが、そういう場においては綺麗に実直さを真正面へと押し出しているのもあり、聴衆のウケは悪くはない。

 

「さて我々人類は常に、自分自身の意思と努力によって勝ち取ってきた。友人を作り、グループを作成し、競い合って今、ようやく世界は紛争が無くなりつつある。ここ数年が特に顕著でインフィニット・ストラトスがあるからだと思われている。それは事実だ――少なくともデータでは。しかし、私はそれだけではないと思っている」

 

 ざわりとした空気だ。良くはない。前者は女尊男卑を是とするような発言にも聞かれかねないものだ。

 しかし敢えてヴァイツゼッカーはその言葉を選ぶ。選ばなければならない。後者へと繋げる為に。

 

「今人類は、ある課題を抱え込んでしまっている事は既知の事実だ。女性しか操れないインフィニット・ストラトスは今まで根底にあった男尊女卑やフェミエスト精神を見事に破壊した。女尊男卑の到来――実に、下らない」

 

 オレンジゾーン。女性からは不快な反応が寄せられ、男性はそれを見てマイナスの反応を示す。

 何よりも、恐れがセンクラッドへと突き刺さっていく。そこは耐える。耐えねばならない。きっと、ヴァイツゼッカーが競技場での案内の時に発していた苦悩はこれでもあるのだろう、とセンクラッドが推察していたが故に、それは容易に耐えることが出来る。これよりも酷い感情なぞ幾多も飲み干してきたのだ、今更だ。

 

「世界でもっとも難しいとされてきた宗教観の相違は銀の福音によって一先ずの安定を見せた。それにはアメリカ合衆国とイスラエルによる不断の努力もあったことを我々IS国際委員会は知っている。ならば次は何であろうか――」

 

 ぐるりと見渡す様子を見せつけながら、右手をセンクラッドに向けて差し出す。センクラッドは体ごとヴァイツゼッカーに向き合い、両手で包み込むようにして握手をする。

 オレンジどころかメーターそのものが消えた。衝撃だったのだろう。

 片手同士の握手ではなく、ヴァイツゼッカーに対して両の手を使ったセンクラッド。その意味する事は一つ。

 センクラッドはヴァイツゼッカーが軽く足で地を叩いた事を見抜いていた。故に、ここから先は自分の役目であると。

 

「グラール太陽系人類の代表……とはいきませんが、少なくとも私センクラッド・シン・ファーロスはある程度の平等さと平和的解決を人類に求めたいと願っております。その為の助力は惑星法に基づいた範囲でならば、そして我々が帰還するまでの短い期間までならば惜しむつもりはありません」

 

 ヴァイツゼッカーとは種類が違う低く芯の通った、意思の強い声。

 歴戦の勇士であり、世界を幾度と無く救った、地球人類では決して出せない、敢えて陳腐な言葉を使うとすればカリスマだろう。生まれ持ったものではなく、生きる過程で身に付けたそれは、激しく人の心を揺さぶる。鳥肌が立つ者も居ただろう。顔を呆けさせているものもいるだろう。

 それらには敢えて触れずに、彼はフッと小さな笑みを浮かべた。誰もが最低一瞬だけでも見惚れるような綺麗な、小さな小さな祈りを体現したような笑顔。見るものが見れば、その笑顔はグラール太陽系の象徴である幻視の巫女(ミレイ・ミクナ)が浮かべていたモノとほぼ同一であると気づいただろう。違いは彼女はそれを素で出していて、彼は演技である事だけ……寂しい事にそれを知るものは此処には居ないのだ。その寂しさはきっと表情に映しだされてしまっていた……

 

「それに、技術的な交流以外にも出来ることはあります。少なくともそこを怠ることだけは我々グラール太陽系星人は致しません。それは、我々の国でも長い……余りも長い戦争と幾度ものテロが起きていたからです」

 

 ――踏み込んだ!?

 シロウやロビンフッドが表情を崩し、ヴァイツゼッカーですら繋いでいた右手の圧が僅かなりとも変化していた事から、予定外の出来事ではあったのだろう。

 考えてみれば当然なのだ、最初から仲良しで世界は回っているわけではない。しかし、その言葉が地球外生命体が言うという事はあまりに重い。

 小さくて綺麗な笑顔を曇らせ、センクラッドはヴァイツゼッカーの手をやんわりと解いた。

 はっとしたヴァイツゼッカーは思わず一歩だけ後ろに下がる。その瞬間を多数の聴衆は見ていた。無論、合衆国大統領を始めとしたイスラエルを含めた他国の首脳陣、ISコアを配布をされなかった国々の重鎮もだ。

 想定外という様子をはっきりと見て、認識が共有される秒数を与えた後、センクラッドは口を開く。苦味と、哀しみを伴った音をだ。

 

「機械人種であるキャスト、超能力を容易に扱うニューマン、類まれなる肉体変異能力を持つビースト、最古の歴史を持つヒューマンとの価値観の相違は人権問題を引き起こし、その結果解決には1000年もの長い年月を必要とし、500年にも及ぶ17度の大戦争を引き起こし、その2桁以上のテロが起きました。そういう意味ではあの時代の我々の精神の成熟度は、今現在の地球人類よりも遥かに劣っていたでしょう……少なくともこの星では全てを巻き込んでの100年単位の戦争は起きていないのだから」

 

 最初の記者会見の際には言わなかった、しかしヴァイツゼッカー達との会食では話していたカードを今此処で何気なく切る。衝撃を与える時は確実性とリスクを以って叩きつける。それが彼の処世術であるが故に。

 そして人類は、想定以上の情報を受け取ることにいつも慣れていない。限度を超えたそれは2万人の聴衆と首脳部達、そしてテレビ中継を見ていた人々を確実に混乱に叩き落としていた。

 自分に与えられた時間はもう少し。この後ヴァイツゼッカーにバトンを渡すが、彼は大丈夫だろうか。そんな想いを浮かべながらも、全身が感覚器の彼はヴァイツゼッカーが鋭い眼差しでこちらを見つめている事に気付き、安心を心の水面に浮かべる。

 彼にとっては最早あの衝撃は過去のものだ。ならば、問題ないだろう。

 

「なればこそ、我々の経験と平和への経緯は伝えられると信じております。例えばキャストと人類は男女ではなく、無機物と有機物同士の理解。そこに至った道はきっと、インフィニット・ストラトスと人類の相互理解や原理解明にも繋がると、私は信じたいのです。無論、今こちら側が行動を起こさずとも、時が経てば、そしてISの研究が順調に進めば追々明らかになるでしょう。幾ばくかの時と深い思慮と不断の努力と果断な行動によって、あらゆる知的生命体は進歩を続け、母なる惑星から宇宙へと旅立ち、一人前として為ることが出来るのですから」

 

 殆どの者達は呆然としていた。

 前者においては様々な憶測……疑念が飛び交うだろう。しかし、彼の言葉からそれは赦さない事も理解した者は多い。歴史を語るという事はそういう事なのだ。事実の積み重ねによって歴史は創られる。その歴史を覆すことなぞ地球ならばともかくとして異星人のそれに異を唱えることが出来ても、真っ向から否定することは出来ない。政治的にも外交上でも問題が多発するからだ。

 彼等は謎が多い。どんな思考かはある程度は解きほぐす事は出来たと情報部もヴァイツゼッカーも見ている。問題は今までの科学的法則が全くもって当てはまりそうもない技術や肉体の強度だ。ISの台頭した事によって数々のブレイクスルーが出てきた。しかしそれでも彼等グラール太陽系惑星人の謎は多い。

 それはまだ未知の法則を宿している事でもある。

 そして後者においては、彼が以前記者会見で指し示していた技術的・精神的なレベルというものが何処を指していたのか、遅まきながら気付くことが出来た首脳陣もいた。

 あの言葉は、母なる惑星を離れ、居住可能な惑星に移住する事を指していたのだと。

 

 遠い。

 

 余りにも遠い目標に、人類は呆然としていた。中には手を叩いて興奮していた者もいるにはいたのだが。

 

「――残念ながら私は、その全てを見届ける事は出来ません。周知の通り、此処にいる事が出来る期間は今のところ夏までと限られています。故に、今の私が出来ることは貴方達の行動と結果を詳細に報告する事。そして、技術ではなく別の面から交流を図るかどうかを検討する事です。幸い我々はIS学園で不自由なく生活が出来ており、ツーマンセル・トーナメントという『競技大会』に招かれました」

 

 センクラッドは皮肉さを完璧に抑えこむ。嘘はついていない。他者から見れば軽い軟禁状態かもしれないが、進んで自分からIS学園の外には出ていないし、元英霊達を外へと放り出す事もしていない。

 火種は拾いにいけるが、爆弾まで抱える必要はないという信念の下で行動しているセンクラッドらしい詭弁さに満ちた考えだ。

 目線を介さずに視線をシロウへと向ける。眉間の山脈は予想以上だ。ついでに苦虫は1ダース程噛み潰しているに違いない。ついでに言えば「君はまたバカな事をしているのだぞ……」とでも言うに違いない。それがお前さんの親友だ、諦めろ類友。お前さんの過去を聞いた時からずっと言っていたが同族だからマジで。という意味を込めて人指し指をクルっと一回転させる。

 返答は殺気だった。いやそんなマジギレせんでも。

 そんな風に思いながらも表情は常に真摯だ。オラクル細胞が無かったら口許は歪みきっていただろう。この男なら確実にやらかす。政治力や交渉能力はオラクル細胞の擬態能力によって幾重にも嵩増しされているのである。

 そうして、咀嚼した演説用の台本をオラクル細胞に読み込ませながら、センクラッドは騙り続けている。この男こそがオラクル細胞を有効かつ無駄に使うことに特化している。

 それを知るものはこの世界にはいないけれども。

 そして、センクラッドは言葉を一度切る。シロウやロビンフッドもどことなく緊張感を持ったようだ。

 気付いたのだ。

 センクラッドに向けた殺気に。


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