IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
そっと剣道場の扉を開けたセンクラッドは、生徒の数が多いことに驚いた。もっともほぼ全員が制服だったので一夏を見に来たのだろう、とアタリをつけていたが、それでもこの数は多い。
「何か、多いな……」
「珍しいんでしょ、男子生徒が此処に来るのが」
「成る程」
そんな事はわかっているんだが、それにしても数が多いだろうに、と思いつつも一夏はあそこか、と視線を向ける。
そこには剣道の防具を着けた一夏と箒が対峙していた。それを見てセンクラッドは、ふむ、と顎に指を這わせ、
「ええと確か篠ノ之コウキ? だったか。結構な使い手だな。実戦は経験していないようだが」
「ええっと、コウキって誰の事?」
「確か、篠ノ之博士の妹らしいのだが、違った名前だったか?」
「……篠ノ之束博士の妹は、篠ノ之箒と言うんだけど、コウキじゃなくてホウキ、ね」
「何、それは本当か?」
遠慮がちに言われたその言葉に呆気に取られたと言わんばかりの表情で楯無を見るが、嘘をついてない事を見て取ったセンクラッドは沈痛な面持ちで顔を俯かせ、振り絞るように声を出した。
「そうか……それは、気の毒に……」
「いやいや、そこまで悲痛になるのもおかしくない?」
「いや、だって、箒ってお前さん……自分の名前が掃除用具と同じだと知ったら間違いなくグレるぞ。いじめの原因にもなるだろうし。俺なら絶対改名する」
その指摘にぐぅの音も出ない楯無。自分の名前も先刻センクラッドに似たような指摘をされた事を思い出して気になり始めたのか、後で虚ちゃんに聞いてみよう、と決心するのだが、それは後々まで響く欝連立フラグだと気付いていないのは仕方ないと言えば仕方ないだろう。
取り合えず、名前はさて置いて、改めて話を元に戻すべく、楯無はセンクラッドが先程口にした言葉を反芻し「わかるの?」と聞くと、勿論だと頷いて指摘を始めた。
箒は綺麗な正眼の構えを取っていた。センクラッドの指摘は、アレはどちらかといえば段を取る為の姿勢に偏っており、その姿勢は綺麗過ぎるというただ一点に尽きる。まぁ、年頃の娘っ子がドンパチやらかしていたら世も末だから、別に問題無いと言えば無いし、あると言えばある。
実戦を経験していない新兵が、最先端の技術がこれでもかと言う位にギッチギチに詰まった兵器を扱えるか、と言ったら答えはNOだ。センクラッドは実戦を経験しているからこそフォトン武器やオラクル細胞を巧く扱えるようになったのだ。そこに才能と言う近道は在れど、辿る道筋は全て同じであり、故に、現在の箒は脅威足り得ないというのがセンクラッドの持論だった。
「……それに引き換え、一夏の構えは酷いな」
竹刀の切っ先は微かに揺れ、その揺れは意図しないものだと言う事がわかる位、鍛えていないと言う事が丸判りな状態だった。
だが、その割には奇妙な落ち着きがあった。そう、どこかで実戦を経験した者特有のそれを、一夏から感じ取った。
故に何処かちぐはぐな印象を受けたセンクラッドが、はて?と胸中で疑問を抱くと同時、裂帛の気合が道場内に響き渡り、次いで、箒の竹刀が一夏の胴に入る音が響いた。
「ほう」
と、感嘆の吐息を漏らしたのはセンクラッドだ。篠ノ之箒は剣士としての潜在能力は相当な部類に入ると判断していたが、まさかここまで、という想いもあった。
摺り足からの地を這うような足捌きと言い、稲妻の様な剣筋の鋭さと敢えて胴を狙う思い切りの良さと言い、これは上方修正が必要だな、と呟く。胸中では、今後の成長次第ではナギサ、或いはセイバークラス足りえるか、と付け加えていた。
だが、それよりもセンクラッドは、胴が入った前後の一夏の体運びに注目していた。
無意識かどうかはさて置き、胴が入る直前、体に入る衝撃を減らす為に動き、竹刀を持った腕は捻りを加えながら箒の左腕の内側を擦るように動こうとしたが、そこで一夏は自ら倒れこむ事で、その『技』は不発となった。
アレが真剣ならば一夏は胴を、箒は剣を持つ腱と重要な血管を斬り裂かれていただろう。相打ちと言えば相打ちだが、一夏の動きが最も気になる動きに見えたセンクラッドは、
「近い言葉だと、肉を切らせて骨を絶つ、だったか?」
「え? あ、気付いたの?」
「気付かないでか。だが疑問なのはあの動きを何処で身につけたか、だな。例え剣術を修めようとも、無意識下で技を仕掛けられる者はそう居ない。居るとすれば戦場に身を置いたものか、それとも天賦の才を持つものか。いずれにせよ、一夏も箒もまだまだ伸びる素地が十分にあると見た」
楯無は何処で、という事まで把握していたが口には出さなかった。異星人に内情を教える程、馬鹿ではないのだ。そんな事よりも、その動きに気付いたセンクラッドに対して興味を抱いた。一体この男はどれ程の修練を積んできたのか、そこが気になった。
気になったので、センクラッドに対し、
「ファーロスさん」
「さんを着けるなデコスケ女」
「……何か扱い酷くない? デコ出てないし」
「いや、今のは冗談だ。さんは要らないので、続きをどうぞ」
何か釈然としないものを感じる楯無だが、気を取り直して聞いた。
「一夏君は強いと思う?」
「弱いな」
「じゃあ、強くなれると思う?」
「想いだけでは無理だが、アレなら鍛えれば鍛えるだけ強くなる筈だ」
「ふーん……篠ノ之さんは?」
「強いが、そこまで強いというわけじゃない」
「貴方なら楽勝?」
「誰に向かって言ってい――」
しまった、と言う顔をするセンクラッド。楯無はニヤっと人の悪い笑みを浮かべていた。両者が箒に視線を向けると、そこには鬼武者が居た。
ちなみに観客達は、先程の見事な胴打ちを見て静かになっていた。そりゃ静かな場所である程度の音量で話せばこうもなる。
そして、一夏は顔を青褪めさせていた。どうかうちの幼馴染が人類初の異星人殺しになりませんように、とか物騒な事を祈った瞬間にギンッと睨まれたのは御愛嬌と言った所か。
「なら、試合しましょっか、篠ノ之さんも試合をすれば納得するでしょうし、貴方も其処まで虚仮にしたんだから――」
――断らないわよね?とばかりにイイ笑顔で迫る楯無に溜息をついて立ち上がるセンクラッド。
何気にこれが人類史上初の異星人と生身で対決のカードであった為、後々まで大きく取り上げられる事になる。
「ルールは判る?」
「知らん。実戦で培った動きしか出来んよ」
「なら私が判定してあげるわ。剣道の一本と、実戦を含めた技の判定でどう?」
「それで良い」
「――あら、防具は着けないの?」
「当たらなければどうということはない」
そんな挑発めいた言葉を聴き、眦を釣り上げてセンクラッドを睨む箒の姿は、正に修羅だ。周囲の女子生徒も若干引いているが、セシリアに対して言った事が『噂』として広まったのか、誰も同情するような視線を送らない。むしろ生意気な異星人を叩きのめせと言わんばかりの空気だった。
これはまた良い空気だ、と呟いたセンクラッドは箒の横を通り過ぎ、一夏が座り込んでいる場所まで歩み、傍に落ちている竹刀を拾って握りを確認した。
今の内に謝っておけよ、という表情の一夏に対し、センクラッドは首を振って応えた。この場を鎮めるには、言葉は不要だと。
背中を向けたまま、首を箒に向け、
「さて、背後から斬りかかって来なかったのは流石と言うべきか、意外と言うべきか」
「そんな事をして勝っても意味がありませんから」
「そうか」
見た目に会った律儀さだ、と呟きながら竹刀を右手に持ち替え、振り向いてだらりと腕を下げた状態のままセンクラッドは、一言、発した。
「来い」
「いざ!!」
ドンッ、と爆発的な速度で突き進む箒を待っていたのは、完全に喉を狙った刺突であった。しかも見た目より異様にリーチがあるのか、あっという間に喉元にまで迫ってくるその『刀身』に対して、これは外すしかないと判断した箒は、攻撃の足捌きから急制動をかけ、相手の竹刀に自らのそれを軽く当て、引き込みながら跳ね上げようとした。
その力に逆らわずに、スルリとすり抜けるような動きで身体ごと間合いから外し、センクラッド自身も軽く後ろに跳躍してみせる。その跳躍の直前、箒の内腿をを狙った斬撃を仕掛けるも、咄嗟に退く事で箒は事無きを得る。
相対している箒と、それを視ていた楯無と一夏の体の芯に強い冷気が疾った。初手から完全に喉を突き破る勢いで突き出した事と言い、重傷化しやすい内腿を狙う事と言い、アレは人を殺す為だけの剣だ。人を活かさず、一切の情けも持たずに、一切の容赦無く、一切の弁解すらも無く、ただ殺す為の非情な剣技だ。
その昏い剣気に呼吸を乱された箒は、息を整える為に無意識に一度、足を引く――引こうとして、体重移動によって姿勢が刹那の間乱れたその瞬間、センクラッドは攻めに出た。
一筋の黒い閃光と化した様な速さで斬り込んで来るセンクラッドの動きに思わず眼を見張る箒。視界から左に消えかけたセンクラッドの動きに対応する為に重心を向けようとするが、剣士としての勘が警鐘を鳴らし、倒れ掛かった体を支えていた足に力を込めて、後転するように倒れこむ。
防具越しに視た光景を、箒は生涯忘れることは無いだろう。機械の様な精密さで予測されていたとしか思えない程、箒が退がろうとした場所の上方、つまり箒の首を刎ねる様な軌跡を描いた『刀』を極めて無駄の無いコンパクトな動きで振り切ったセンクラッドの表情は、何処までも綺麗で、澄み切っていた。
ハッハッ、と狗の様な呼気を断続的に漏らす箒を誰も笑わない。むしろ何が起こったか把握出来ていなかった。把握していたのは、一夏と楯無に、相対している箒の三人だけだ。
恐怖に引き攣った表情を見せながらも、竹刀を下げる事はしない箒。静かに、ただ静かに刀をだらりと垂らした自然体のまま、まるで幽鬼の如き不規則かつ不明瞭な足捌きでユラリ、ユラリと近寄るセンクラッド。それは見る者全てに言い知れぬ恐怖を与えるに十分な異様さを誇っていた。
余りにも存在感が無いのだ。眼の前に居るのに、人の感覚では居ないと訴えてくるその異様さ。それはそのまま恐怖に直結していく。
その恐怖が全身を浸し尽くす前に、箒は前に出る。それは愚直で、だが清々しい程の真っ直ぐな気性を現していた。
「はぁ!!」
「甘い……そら」
センクラッドの額を叩き割る勢いで繰り出された打撃だが、センクラッドは何と柄打ちで軌道を僅かに逸らし、勢い余ってたたらを踏んでいる箒の右膝裏に見事な弧を描いた蹴りが打ち込まれた。その蹴りは柄打ちとほぼ同タイミングで繰り出されており、それはつまり、箒の行動を読み切っての行動という事だ。
がくり、と右膝をたわませた箒に、追い討ちとばかりに箒の腹部に痛烈な前蹴りが入り、ドンッという音をその場に残す勢いで吹き飛ばした。
吹き飛ばされた箒は受身を取って何とか立ち上がるが、咳き込みながらも足を引き摺って移動しているのを見、センクラッドは言葉を出す。
「骨は貰っていない。少し休めば元に戻る」
休めれば、だが。と付け加えたセンクラッドは言葉を置き去りにした。ハッと気がつけば、箒の間合いの外から掬い上げるかのような一撃が迫る。
その一撃を竹刀でいなした時に、箒は違和感に気付いた。センクラッドの攻撃の全ては、腕が伸びているとしか思えない距離から打ち込んできている事に。彼我の距離は間違えてないと長年の経験は伝えてくるが、どう考えても一手伸びている。その事に一夏達も気付いたらしく、眉根を寄せてセンクラッドの動きを見つめていた。
「どうした、先程の動きが見えないが。逃げているだけでは俺には勝てないぞ」
そう言葉を紡ぐセンクラッド。箒はその紡ぐ際に隙を見出してはいた。日本語を巧く使おうとする為か、息を言葉として吐き出す際に、右足に不必要な力がかかっているのだ。ただ、本当にそれが隙なのかは打ち込まなければ判らないほど、微妙なものだったが、あの攻勢を視た人間なら、まず打ち込みたくなる程の、微かな隙。
しかし箒はそれが誘いである事も看破していた。先の攻撃の際に行動を読み切った一撃が偶然ではない事は、剣を合わせて判っている。
故に、箒は攻め込めない。ただ、センクラッドの攻撃から身を逃がすだけだ。
「篠ノ之箒。お前の価値がどれ程あるのか、織斑一夏には示せた。だが――」
箒の間合いの外から放たれる予測しにくい一撃は、全てが箒を殺し得る急所を狙っていた。それを必死の動きで捌き、或いは間合いの外の外へと足を逃がす箒。
しかし、箒の眼に諦めは無い。例え勝率が皆無に等しくとも、無様になっていようとも、諦念だけは見せたくないのだ、幼馴染にだけは。
「お前の価値が俺に届くかは、また別の話だ――」
低くよく通る音が流れていく。
ぬらりとした柔軟な動きから一気に硬く貫くような一筋の矢となって突き進んでくるセンクラッドに合わせて返し胴を狙って体を後ろに下がらせ、身体を撓らせようとしたその瞬間には額に強い衝撃を受けていた。
センクラッドは箒の狙いを完璧に把握していた。返し胴を狙ってくる箒の予測を遥かに越えた加速を伴った一撃を与え、無論その時に手加減は忘れずに『竹刀』は精確に面を打ち据えるに留めていた。
たたらを踏み、だが姿勢を整える事が出来ずにバタンッと倒れる箒。幼馴染の名前を何度か呼びながら助け起こす一夏。頭を揺する事はせずにいるのは危険という事を知っているからだろう。知らなかったのなら即座にセンクラッドが阻止していたが。
それを何の感情も映さずに見つめるセンクラッドは、フゥゥ、と細く長く呼気を出し、楯無に言葉だけを向けた。
「更識、判定は?」
「――え、あ、い、一本!!」
静まり返った剣道場に、半分裏返った感がある楯無の声が響き渡った。