ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
視界の端で加速し続けるHUDの速度表示は一瞬で秒速100メートルの大台を突破し、自力での加速が限界に達したことを告げた。
私はさらなる加速を得るために躊躇なく身体強化に回していたフォトンを最低限のリソースを除いてすべて弾殻へと供給し始め、さらに空気抵抗を削っていく。。
もし戦闘システムが完璧の状態であれば、フォトンを用いたイメージアルゴリズム制御によって物理的な反動を必要とせず自由自在な推進や静止が可能になる。だけど、あいにく今はシステムが待機状態だから、そんな高度な演算をセルフでこなそうとすれば知恵熱で脳がやられそうなってしまうわけだ。
だから、今できることのせいぜいが空気抵抗を限界まで削ぎ落とす程度のことに留まってしまうわけだね。
本来ならマザーシップのような惑星規模の巨大構造物を恒星間航行させるために開発されたこの姿勢制御システムも、今や私たちアークス個人が扱えるほどにまで小規模化・最適化されているのだから、大したものだ。
「疲れるなぁ……。これが終わったら、絶対に長風呂してやろう」
アークスの生命維持装置があればどれだけ長湯をしても身体がのぼせることはないし、うっかり居眠りして湯船に沈んでしまったとしても溺れる心配なんてないからね。
まあ、周りは大騒動になるだろうけど。
【高度10,000メートルを通過】
その瞬間、今までなりを潜めていた大気の壁が牙を剥くように分厚く私の行く手を阻み始めた。外気温は氷点下50度という極寒に叩き落とされながらも、急激に上昇する気圧と断熱圧縮の熱が弾殻の表面をジリジリと焼き始める。
【生命維持装置 極限環境耐性モードを解除】
私の感覚そのものに大きな変化はないけれど、わずかな体感温度の低下を感じ取れた。
そのかわり、余剰フォトンのゲージが徐々に上がっていき、私はその全てを空気抵抗を削ぎ落とすための弾殻へと供給し続ける。
高度3万メートルから1万メートルの間。重力による加速と、私の精一杯の跳躍とフォトンの抵抗軽減とほんのわずかな推進力補助を上乗せした結果、現在の速度は秒速1,000メートル――音速の3倍をも超える、文字通りの『質量兵器』へと至った。
この先、指数関数的に密度を増していく大気の隔壁を、果たしてどこまで切り裂き続けられるか。本当の勝負は、まさに今この瞬間から始まったと言えるだろうね。
【地表到達まで残り15秒】
HUDが無機質にカウントダウンを開始した。
秒速1キロメートルで10,000メートルを落下するなら本来は10秒で済むはずだけど、分厚い大気という名の『5秒の枷』をはめられた結果、地表到達時の終端速度は概ね秒速750メートルといったところか。だいたい予定通りだ。
地表のエルティナにもこれは共有されているだろうから、適切に行動してくれていると私は信じる。
ついには薄雲を貫き、眼下に懐かしい砦の姿を捉えた私は、【対地高度1,000m 秒速753m】の表示を確認すると同時に、自律制御を開始した弾殻の振動をその手のひらで感じ取っていた。
弾殻の先端にあるシーカーが、エルティナが事前に本拠点の天井部へ設置していた
これで、私の役割は完璧に果たされた。
私は巨剣のグリップを固く握りしめていた手からそっと力を抜くと、身体強化へフォトンを全出力で振り直し、天に向けていた足を地表へと向けて、そのまま思い切り柄頭を押し出すように蹴りつけた。
その衝撃によって最終加速を果たした巨剣を納める弾殻を見送りつつ、私は地表に向かって思い切り大の字になり、分厚い大気の毛布を全身に受け止めることで、自分自身を小さな落下傘へと変えて急速に制動をかけ始めた。
私の身体が風の抵抗に軋む一方で、未だフォトンの残滓を纏って加速した弾殻は、自律制御翼によって正確に本拠点へと導かれていく。
HUDのミニマップには、砦の本拠点から全速力で離脱するリオンと、それをサポートするエルティナのマーカーがはっきりと映し出されていた。
かなりギリギリまでフリュネさんを足止めしてくれていたようで、間に合うか一瞬不安がよぎったけれど、本拠点を抜け出したリオンが緑色の球体を全身に纏い、まるで暴走機関車のような猛烈な加速で砦から距離を取り始めるのを見て、私はようやく安堵の吐息を漏らす。
なるほど、あれはリオンの主力魔法の【ルミノス・ウィンド】だね。あれだけの速度が出せるのなら、もう心配はいらないだろう。
離脱するリオンの背中に下卑た嘲笑を浴びせ、勝利を確信して勝ち誇る
その中の一人が、不意に肌を撫でた異様な風のうねりに怪訝そうに顔を上げると、そこには今まさに正午の高みへと登らんとする太陽を背負い、真昼の一等星のごとき輝く「星」の姿があった。彼女が怪訝そうに小首をかしげる暇さえ、もはや一瞬たりとも残されてはいない。
――衝突――
本拠地の堅牢な石造りの天井が、紙細工のようにあっけなく粉砕されると同時に、岩石の融点を瞬時に超越するほどの物理衝撃が吹き荒れ、爆ぜる大気を纏った爆発的な衝撃波が一瞬にして周囲の酸素を奪い去ると、急激に低圧化した中心部へと吹き荒れる「引き戻しの風」が、
運動エネルギーから変換された超高熱によって、変質した石や砂は、鋭利なガラスの結晶となり、それが暴力的な
悲鳴すらも暴風にかき消され、音を成さない。
わずか一瞬。勝利の歓喜に酔いしれていた彼女たちは、何が起こったのかさえ理解できぬまま、抗いようのない絶望の嵐へと叩き込まれたのだ。
上空へと猛烈に吹き上がった爆発の衝撃波をクッション代わりにして、私はなんとか終端速度を秒速50mまで減じて、屋根ごと内部から消し飛ばされた本拠点の中心に突き刺さる巨剣のすぐ側へと、軽やかなる着陸を果たした。
スィデロさんに打ってもらった弾殻は、凄まじい衝突エネルギーと熱によって完全に崩壊し、辺りにわずかな欠片を残すのみとなっていたけ。
しかし、流石はオリハルコン製の
これがもし一般人の家屋への誤爆だったら、背筋が凍るような惨状が広がっていたはずだけど、日頃から鍛え上げられた
「えーっと、フリュネさんは……あ、いたいた。完璧に伸びちゃってるね」
瓦礫の中から突き出た、私の腰ほどにもあろうかという足を視界に捉え、微かながらも確かに耳に入る呼吸音を確認してホッと胸をなで下ろすと、私は腰の通信機を取り出して通話ボタンを押し、少しだけ声を張り上げた。
「こちら01より各局。イシュタルファミリア大将の戦闘不能を確認。我が方の勝利を宣言します。ヘルメス様、聞こえてますか? 判定はどうです?」
マップ上では、エルティナは衝撃波を避けてかなり遠くまで離脱していたけれど、その方角はちょうどヘルメス様が待機していた場所だったから、きっと側にいるんじゃないかと当たりをつけてみたわけだ。
『はいはい、こちらヘルメスだよ。いやぁ、便利だねぇこれ……あ、うん。勝者、ワカヒルメファミリア! これにて
スピーカーから響いたヘルメス様の興奮気味な宣言を聞き届け、私は思いっきり肩から力を抜き、ほとんど虫の息になっていたフリュネさんの元へ歩み寄ると、アミッドさんから貰ったエリクサーの一本を全部を振りかけてあげた。
爆心地に一番近かった彼女にとっては、想像を絶する痛みだっただろうけれど、これを機に心を入れ替えて、もう少し善良に商売をしたらいいと思うよ。
「こちらベルディナから、エルティナへ。負傷者の救護をお願いできる? どうぞ」
『こちらエルティナ。了解。直ちに現地に参ります。以上』
『こちらリオンです。私も救護を手伝いましょうか? どうぞ』
通信機から響くリオンの申し出に、彼女が持つ回復魔法【ノア・ヒール】の存在が頭をよぎったけれど、激闘を終えたばかりの彼女はエルティナみたいに無尽蔵に魔法を使えるわけじゃないからね。
「こちらベルディナ。リオンはそのまま休んでて。エルティナに任せれば大丈夫だから、ゆっくり身体を休めてね。どうぞ」
『……承知しました。では、お言葉に甘えて休憩させていただきます。以上』
ゲームが終わればノーサイド。
あちらが仕掛けてきた不当な封鎖や遺恨については思うところも山ほどあるけれど、まずは命があることを喜び、今回の結果を将来への反省材料にしてほしいと、私は静まり返った砦の空を仰ぎ見た。
新たに5件の高評価をいただきました。
おかげをもちまして、目標の一つであった総合評価4000を突破することができました。
本当にありがとうございます。
また、1件の低評価もいただいております。
高評価に天狗にならないよう、誡めとさせていただきます。ありがとうございました。