ゲーム出身の一般アークスが、オラリオでダンジョンアタックするのは無理がある 作:柳沢紀雪
壮絶な
何よりも問題視されたのは、エルティナがオラリオを無断で離れて砦跡に潜入し、秘密裏に工作活動を行っていたという事実だった。
幸いなことに、私の関与については決定的な証拠が見つからなかったのか、私はお咎めなしで済んだけどね。
ガネーシャファミリアのシャクティさんからは、エルティナが使用した火炎石の遠隔発火装置について詳細な説明を求められた。ガネーシャファミリアとしては、オラリオの治安を揺るがしかねないということで、当面の間は追加の製造を行わないことと、拠点に残った予備の装置をすべて提出することを求められた。当然と言えば当然だね。
正直、
「ともかく、お前達が勝利できて安心した。今後もよろしく頼む」
そう言ってシャクティさんは少しだけ柔らかな表情を見せると、お互いに差し出した手を力強く握り合わせた。。
会合がお開きになって「
今回、私たちの情報戦に加担して盛大に泥を被ってくれたフィンさんには、誠心誠意の謝罪を尽くさないと、報復を受けても文句は言えないだろうからね。
ちなみに、敗戦側のイシュタルファミリアへの賠償請求については、ワカヒルメ様が引き受けてくださったので、上手いことまとめてくれると思う。
まあ、ともかく、今日は馬車に揺られてすっかりとお尻が痛くなってしまったので、帰ってゆっくり休もう。勝利の宴は、諸々落ち着いてからにした方がいいだろうね。
買ってきた出来合いの惣菜を適当に胃に流し込み、夕食を簡単に済ませた私は、心地よい疲労感に身を委ねながらリビングの柔らかなソファへと寝そべった。
「しばらくはダンジョンもお預けになっちゃったね」
私は隣で待機しているエルティナに話しかける。
「ある程度の予測はついていましたが、冒険者ライセンスの剥奪にまで至らなかったのは、不幸中の幸いと言えます」
エルティナは無機質な声で答えたけれど、一定以上の実力を持つ冒険者がギルドの許可なく街の外へ出られないという不自由さは、大切な資産として檻に閉じ込められているような妙な窮屈さを感じてしまうんだよね。
「アストレア様は、すんなり旅立てるかなぁ」
「ギルドから、残留の条件として『人質』を要求される可能性は否定できません」
「人質? それって、どういうこと?」
「例えば、派閥内でも特に戦力の高いリオン様をオラリオに残すよう強要される、といった事態ですね」
エルティナの想定はあまりに現実的で無慈悲だったから、私は思わず顔をしかめて「なんか嫌だなぁ、そういう考え方は」と、つぶやいた。
「今はアストレア様の政治力に期待するしかありませんね」
ちなみに、我らが主神であらせられるワカヒルメ様は
なにせ、イシュタルファミリアはオラリオの上位のファミリアであり、歓楽街という巨大な市場を支配する派閥なのだから、そこが敗戦したとなるとオラリオの経済への影響はなかなかのものになるからね。慎重になるのもうなずけるってもんだ。
「ワカヒルメ様、大丈夫かな? ギルドから無理な要求とかされてないといいけど」
こっそり通信を入れてみたけれど、ワカヒルメ様は『大丈夫、こっちのことは私に任せてほしい』の一点張りだった。
「むしろ、マスターが同席されますと、相手に余計な温情を与えてしまいかねないと判断されたのかもしれませんね」
エルティナがそう言うと、彼女はアイテムパックから未完成の時計を取り出し、その表面を小さなタガネでコンコンと軽快な音を立てて叩き始めた。
「私だって、やるときにはやるさ」
だからこそ、今回の
「ところで、その時計は誰のもの? なにか注文とか入ってたっけ?」
「こちらはワカヒルメ様の新しい時計です」
「そうなの? 別にイシュタル様から取り返せるでしょ、私達が勝ったんだから」
「イシュタル様の手の付いた物を、ワカヒルメ様が再び気兼ねなく使うことができるかは別問題ですので、念のために新調しております」
エルティナの深い配慮に納得しつつも、
「さてと、私は……ちょっと横になってから、フィンさんへの釈明原稿でも作ってるよ」
「承知いたしました。文章の校正が必要でしたら、いつでもお呼びください」
「うん、よろしくねエルティナ。それじゃ、お休み」
私はそう言うとリビングから出て寝室へ向かった。
◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇
夢の欠片すら残らないほど深い眠りの淵から這い上がると、寝室の窓から差し込む淡い朝焼けの光が、埃の舞う室内を静かに照らし出していた。数日間の不在により、かなり埃がたまってしまっているようだね。自分の部屋ぐらいは自分で掃除しようかな。
「あー、そういえば、お風呂入ってなかった」
「エルティナは……まだメンテ中か」
ベッドから降りつつ、HUDにエルティナのバイタル画面を呼び出し、彼女が未だ深いスリープモードにあることを確認した。
砦での長期潜入と工作の間は当然メンテナンスなんてできなかっただろうから、今日一日は何の邪魔も入らないようにしてあげたいね。
「ワカヒルメ様は……まだギルドか。なにか差し入れでも持って行こうかな?」
マップ上のワカヒルメ様の反応はまだギルドに固定されている様子だ。戦後処理の協議が夜通し続いているのかな。圧倒的に不機嫌なイシュタル様のと対峙する心労は察するまでもないだろう。関係神以外は立ち入り禁止って言われるかもしれないけどね。
「フィンさんへの釈明は……いつがいいかなぁ。諸々落ち着いてからの方がいいかな。あとでエルティナと相談するか……」
こればかりはエルティナの証言も必要だから、少なくともエルティナのメンテナンスが完了するまで待たないといけないね。
私は独り言を呟きながら寝間着を脱ぎ捨てると、タンスから今日はダンジョンに潜る予定がないことを口実に、頑丈さよりデザインを優先した絹のショーツを選び取り、滑らかな布地の感触を肌に楽しみながら丁寧に身につけていったんだ。
「うん、いいね。さすがワカヒルメ様」
私は姿見の前で前屈みになったり後ろ向きのシルエットを確認したり、しゃがんだり足を上げてみて、完璧にフィットしている様子に満足した。ワカヒルメ様は余ったシルクの端布を手慰み程度に縫っただけと言っておられたが、完璧に私の体格に合わされていて、VIOの各ラインも違和感一つ無い心地よさだ。さすが神業と言うべきだろう。
私は思わず絹の布地を撫でつつ、デザインが似ているブラも取り出して後ろ手でホックを留めて両房の形を整え、シャツを羽織り、お気に入りのスカートに足を通して身支度を整えおえた。
「しまった、お風呂に入ってからにしたら良かった……」
ところが、袖を通した瞬間に生命維持装置の恩恵だけでは拭いきれない、何日も身を清めていない身体に新しい布地を重ねるという、致命的なミスに気づいて私は顔をしかめる。
「仕方ないか……」
私は溜息を吐き出すと、枕元のミニテーブルから腕時計を取り上げ、HUDに表示された正確な時刻との誤差がないことを確認してから、慣れた手付きでそのベルトを手首に巻き付けた。
激闘の余韻が冷めやらぬ『
その静寂を破るように腰の通信機がなり、ワカヒルメ様からようやく全ての戦後処理が終了したという報せが届けられた。
「お疲れ様でした、ワカヒルメ様」
ワカヒルメ様が秘匿性の高いアークスの思念通信を使わず、あえてこちらの通信機をつかっているのは、周りにも聞かせる目的があるのだろうね。
『なかなか骨が折れたけど、概ねこちらの希望通りの条件でまとまったと思うよ。……エルティナも、私の相談に乗ってくれて本当にご苦労様だったね』
「いえ。当然の務めを果たしたに過ぎません」
どうやら、エルティナが私の知らないところでワカヒルメ様から相談を受けていたらしい。エルティナの正確な判断があれば、戦後処理も数日という短期間で終了したと言うことだろう。
「では、ギルドまでお迎えに上がりましょうか?」
私は掃除用具を倉庫にしまうと、システム画面を呼び出して、メイド服の設定を解除すると、慣れ親しんだ普段着へとファッションを更新しようとするが、ワカヒルメ様の次の一言で指先を止めることになった。
『いや、この後すぐにギルドで調印式を行う予定だから、君たちにも立ち会ってほしいんだ。イシュタルファミリアの代表者も、もうじき到着するはずだからね』
「なるほど、分かりました。すぐに準備して向かいます!」
「やっぱり、こういう場はフォーマルな格好の方がいいよね」
「最低限の礼節は必要かと判断します」
エルティナはすでに、落ち着いた色合いのコスチュームへと変更して待機していたので、私は以前の通信機説明会でも着用した「アークスブレザー」を選択した。毎回違うのを設定するよりは、定番を作ってしまった方がいろいろとやりやすいだろう。
「よし、行こうか。これでようやく、終戦を迎えるわけだ。長かったね」
イシュタルファミリアが相手では、わだかまりの無い講和なんて望むべくもないだろうけれど、ワカヒルメ様が勝ち取った「条件」が、私たちの未来を照らす確かな一歩になることを信じて、私は玄関を開いて外壁の門に突撃した。
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