地下生活者、てめぇはどの世界線でも絶対に生かさねぇから覚悟しておけ。
カインハースト城を中心として、街は凄まじい活気に満ちていた。祭りだ。年に一度の祭りの夜なのだ。
「凄まじい活気だな」
「というか、何を祝う祭りなんだろう?」
「うん? なんだいお嬢さん達は知らねぇのか?」
私がイオリと共に祭りが始まった城下町を歩いていると、犬の姿をした男性が声をかけてきた。法被と鉢巻にはカレル文字『連盟』が刻まれており、帽子と言わんばかりにバケツのようなヘルメットを首に下げている。
「ああ、さっき来たばかりですから。それで……この祭りは何を祝うものなのか教えていただいても?」
「もちろん! この祭りはな、『月香祭』ってんだ! ほら、空を見てみな!」
「え? ……わっ……月がこんなに近くに見える……?」
空を見上げれば、大きく丸い、青白い光を放つ月が私達を照らしており、城下町のオレンジ色や赤い街灯と混ざり合って幻想的にすら感じさせる。ヤーナムだったら青ざめた血の空が広がっていそうな時間帯だな、と思いつつ、バケツヘルメットの彼の話に耳を傾ける。
「昔、この辺りで酷い病気が蔓延しててな、それを治したお医者様がいるんだ!」
「それがこの祭りの始まりってこと?」
「いや、どっちかって言えば、お医者様が来る前に死んでしまった人たちへの弔いってとこが大きいかもな」
死ぬまで苦しんだ人々に対して、祭りを開くことで苦しみは終わって、もう休んでいいんだと伝えてあげるための祭りなのだと話すバケツヘルメットの彼。……そうか、だから月香祭か。
「そのお医者様は月の香りを纏っていたから、死者への弔いと、お医者様への感謝にちなんで月香祭って名前になったって話だ」
「月の香り……ってことは、アラヤのご先祖様?」
「ふむ……かもしれんな」
「アラヤ……? その紫色の髪に、独特な香りと服……もしや、クレアさんの娘さんかい!?」
クレア……ああ、私の母の名前か。もう久しく名前を思い出す機会もなかったから、忘れかけていたが、母の名前は確かにそういう名前だったような気がする。……ああ、名前を思い出したからなのか、母の記憶が大分戻ってきたぞ。優しい人だった。病弱ではあったが、優しい人であったと記憶している。
「ええ、月見アラヤと申します」
「うん、うん、見たことあるな! まだお嬢さんが赤ん坊の頃だけど、見たことあるな!」
「……私はこの街で生まれたのですね」
「まぁ、小さい頃だし、クレアさんはお嬢さんが生まれてから結構早く、この街を去ってしまったからなぁ……」
赤ん坊の私を連れて、何を思ったのかゲヘナとトリニティの境界線にある家で暮らすようになったと。アリウスの生徒会長だったであろう彼女が何を思っていたのかは分からないが……きっと、意味があったのだろう。
「出身、ここじゃんアラヤ」
「そのようだ。トリニティ生まれだと思っていたんだがな」
母はここの存在を幼かった私に秘匿したが、それは何のためだったのだろうか? ………………ふむ、恐らくカインハーストの騎士達が原因だな? 彼らは正直ヤーナムに染まりすぎてキヴォトスに適した存在とは言えない。言葉よりも先に千景が飛ぶ可能性は無きにしも────いや、言葉と共にエヴェリンの引き金が引かれるのが先かもしれん。そして彼らはこう言うのだろう……「ロックオンできるのが悪い」と。……ロックオンとはなんだ。私とは別の次元を生きていないか、彼らは。
「よし、お嬢さん達にはこれをプレゼントだ!」
そう言ってバケツヘルメットの彼は、露店の商品であろう飲み物をカップに注いで渡してきた。漂ってくるのは、優しくて甘い、透き通るようなハーブの香り。この香りを嗅ぎ、私は思わず感傷に浸りそうになった。この香りを忘れるはずが無い。
ああ、ゲールマン……人形……私が初めて狩人の夢に訪れて、初めて口にした紅茶の香りを、私が忘れることなどなかった。ああ、本当に、懐かしい。
「ありがとう、店主」
「お、結構美味しい。ありがとうございます」
「おう! 祭り、楽しんでくれ!」
バケツヘルメットの彼と別れ、城下町を歩いていると、やはり多くの場所で狩人組織のカレルが刻まれている旗が見える。狩り、澱み、苗床、獣の抱擁、穢れ、輝き……見覚えのあるカレル文字ばかりだ。
「ねぇアラヤ。あの文字って、どういうものなの?」
「ああ、あれか? あれはカレル文字と言ってな。自己暗示や自身の所属を示す文字だった」
「カレル……古代語みたいなもの?」
「ふむ……神の音をカレルという筆記者が書き記したものだから、似たようなものかもしれんな」
「アラヤは全部覚えてるの?」
「ああ。頭に叩き込んでいるよ」
文字通り脳裏に焼き付けている。現在は右回りの変態と左回りの変態を付けているし、狩りのカレルを刻んでいるのだ。もう道具を使わずともカレル文字を変更することができるが、最初の頃はまだまだ初心だった。カレル文字を刻み込む時、一々深呼吸をしないといけなかったのだから。
「じゃあ、あの動物の腕みたいなのは?」
「『獣の抱擁』だな」
かつてヤーナムで蔓延した獣の病を制御する、そのために繰り返された実験の末……優しげな「抱擁」は見出されたのだという。遺志を見たが吐き気がするものばかりだった。どうなっているのだ医療教会。まともなのはエミーリアとローレンス以外に殆んどいないではないか。
試み自体は失敗し、「抱擁」は厳重な禁字の1つであるらしいが、その知見は確かに、医療教会の礎となっているそうだ。……そうか? 本当にそうなのか? 獣の愚かに打ち勝てていない時点で礎とは言えないのではなかろうか?
この契約にある者は、おぞましい獣の姿となり、一次的獣化の効果も高まる。だがその真価は獣の爪という狩人の武器を使った時に発揮される。あれも中々素晴らしい武器だからな。苗床とゴースの寄生虫を手に入れてからは久しく使っていないが、今度聖杯ダンジョンで使ってみるのもいいかもしれん。
…………ああ、獣でありながら人でありたいと願い続けていたやつした男よ、君は私へお礼を言っていたが、いっそ恨んでくれたのなら、憎悪してくれたのならと何度思ったことか。最初出会った時と同じように、私を憎み、死んでくれたのなら、私は……
「アラヤ?」
「────ああ、すまん。獣の抱擁はそうだな……まぁ、末期患者へのせめてもの救いとして見出されたものだったそうだ」
「病気……」
「ああ。当時は助ける術が無かった。ゆえに、ああして心の寄る辺を作ってやることしかできなかったのだよ」
正直、寄る辺にはならなかったような気がしないでもないが。まぁ、使えるものは何でも使うのが狩人だ。獣の抱擁もまた、狩りの役に立ってくれた。アイリーンやアルフレートには酷く驚かれたが……意思疎通ができる獣など悍ましいものであるのは────うん、まぁ、納得できる。再誕者を獣と定義して考えると、特に。
「アラヤのご先祖様も不治の病を治そうとしてたんだっけ」
「ああ。どの医者からも匙を投げられ、藁にも縋る思いで訪れたのが、その都だったのだろうな」
結果的に、私はヤーナムに来たことを後悔していない。生まれた時から感じていた違和感が消えたような……人形の言葉を借りるなら────私の中にあった重い枷が消えたかのような感覚を味わったのだ。元より私に、枷など無いはずなのにな。
「ククッ……」
「どうかしたの?」
「ああ、少し、母の昔話を思い出してな。寝物語に聞いたものだ」
「へぇ……どんなお話?」
「寝物語、というよりも、歌だな。歌詞は確か────」
海に揺蕩う月明かり
老いたる赤子とその記憶
赤子の赤子、ずっと先の赤子まで
どうか母なる愛が
届きますように
あの子に愛が、届きますように
夢の月のフローラ
小さな彼ら、そして古い意志の漂い
どうか狩人様を守り、癒してください
あの人を囚えるこの夢が
優しい目覚めの先ぶれとなり
また、懐かしい思いとなりますように
「だったか」
私が歌を口ずさむと、イオリは微妙な顔をして口を開く。
「……何か、子守歌にしては……」
「不気味か?」
「うん」
「……まぁ、気持ちは分からんでもない」
後半の歌は人形が呟いていたものだったが、前半は全く笑えないフレーズなのだ。色々とフレーズが違っているが、本来は……まぁ、うん。
だから奴らに呪いの声を……赤子の赤子、ずっと先の、赤子まで……永遠に血に呪われるがいい……不吉に生まれ、望まれず暗澹と生きるがいい……憐れなる、老いた赤子に救いを……ついにゴースの腐臭、母の愛が届きますように……呪う者、呪う者。幾らいても足りはしない。呪いと海に底は無く、故にすべてがやってくる────さあ、呪詛を。彼らと共に哭いておくれ、我らと共に哭いておくれ……だったか? 漁村の連中に話を聞いた時、そんなことを言っていた気がする。
彼らとの約束も果たせずにヤーナムを去ってしまった……彼らともう一度、話をしたかったのだがな……彼らのことも偲びつつ、この祭りを楽しむことにしよう。
「ところでアラヤ、お城でやる大会? って何?」
「騎士達の決闘だ。彼らの戦いは目を見張るものがあるぞ」
正直あれを決闘というべきかはともかくとして。