有馬かなに転生したので、俺の意識が消えるまで彼女を守護ろうと思う 作:雑穀ライス
異世界からの輸入品
――ピンポーン。
「かーなーちゃん、あーそーぼっ!」
その日は珍しく、
「はいはい、なんの用……って、またすごい荷物持って来たわね」
「ダウンロード販売専用のゲームって、こういうとき不便だよなー」
某ソニー製のゲーム機の写真がプリントされている大きな箱を重そうに抱えてやって来たツクヨミを部屋の中に招き入れる。
コイツの身長が低いせいもあって、ツクヨミが抱えているゲーム機の箱が一層大きく見えた。某任天堂製のゲーム機ならまだしも、腰の高さまであるゲーム機を友人のマンションにまで持ち込む奴は初めて見たぞ。
「万年金欠の一般高校生じゃあるまいし、別にゲーム機本体ごと持ってこなくても普通にゲームを買うだけのお金はあるわよ?」
「残念ながら非売品なんだよなー」
ダウンロード販売なのに非売品というわけのわからないことを言いながら、ツクヨミは私の部屋のテレビに勝手にゲーム機のケーブルを繋いでいく。かつて知ったる家とはいえども、遠慮の欠片もないなコイツ。
「…一体なんのゲームを持ってきたのよ」
「聞いて驚け。『【推しの子】』のゲームだ」
「いともたやすく第4の壁を越えるのは止めなさい」
想像の斜め上を越える返答に私は思わずツッコんでしまった。この世界になんちゅうゲームを持ちこんで来るんだこのロリは。
「かなちゃんも気になるだろ?【推しの子】の物語がどんな結末を迎えたのか」
「まあそれはそうだけど」
メタな話になるが、私の原作【推しの子】の知識は原作14巻ぐらいのところで止まっている。
一度だけ眠っている間に夢の中で原作知識がアップデートされたことがあるが、身体が成長してからの原作知識の更新は後にも先にもそれっきりだ。ツクヨミの持ってきたゲームの出所について小一時間ほど問い詰めたい気持ちはあったが、私はそれを聞かずに黙ってツクヨミのセッティング作業を見守っていた。
今ここに【推しの子】をモチーフにしたゲームが存在するのはツクヨミ経由でこの世界の神様の
ツクヨミとくっちゃべってるうちに、ロードが終わってゲームが起動する。
今生では初めて見る、ある意味では懐かしいとも言える「の」の形が特徴的な【推しの子】のタイトルが画面にデデンと現れて、その下に遅れて「ニューゲーム」「コンティニュー」「ロード」「オプション」の文字が表示された。星の瞳を象った「の」の文字が時々瞬きしているのがなかなか芸が細かくていい感じである。
「じゃあ、かなちゃん。レッツ、プレイ…♪」
ツクヨミは無駄にねっとりした声を出しながら私にコントローラーを渡してくる。私はツクヨミにジト目を向けながらそれを受け取り、「ニューゲーム」のコマンドをポチッと選択した。
タイトル画面が切り替わって、「主人公を選択してください」というメッセージと共に、2Dキャラとしてデフォルメされたアクアと
「…へぇー、プレイアブルキャラはアクアとミキさんから選べるのね」
「あっ、【推しの子】の結末を知りたいならカミキヒカルを選んだほうがいいよ?」
私は取り敢えずアクアを選んでゲームをスタートしようとすると、決定ボタンを押す前に横からツクヨミが口出ししてきた。
「えっ、そうなの?」
「アクア主人公だとヒロインの数だけエンディングがあるから。それだとどのヒロインと結ばれたルートが原作の結末かわからないだろ?」
「…確かに」
いくら私が「有馬かなルートこそ公式ルートだ!」と言い張ったところで、原作の結末を知っている人たちからすれば「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」の一言で話が終わってしまう。これでアクアがルビーと結ばれる結末が公式ルートだったら私の心はケンシロウに秘孔を突かれたモヒカンザコのように爆散するが、ツクヨミの様子を見る限りでは項垂れる私の姿を見て愉悦に浸ろうとしている雰囲気は特に感じられなかった。多分。
し、信じていいんだよね?
とりあえずカミキヒカルを選択してゲームスタート。カミキヒカルの母親が癌で死ぬシーンからオープニングが始まり、その後カミキヒカルのところに「父親が迎えに来る」のか「誰も引き取り手がこなかった」のかをプレイヤーに選択させる展開となる。
…ゲームが始まったばかりなのに、いきなりエグい選択肢が来た。そうだよね、たまに忘れそうになるけど【推しの子】ってこんなエグい雰囲気の物語だよね。
「ここは『誰も引き取り手がこなかった』を選んだほうが原作寄りの展開になるよ」
「人の心とかないんか?」
「そこに無ければ無いですねー」
私にこの手を汚させようとするツクヨミの口出しに抗議をするが、ツクヨミはやる気のない100均ショップの店員のような態度で私の言葉を聞き流した。すまぬミキさん、恨むならツクヨミを恨んでくれ。
私の選択により天涯孤独になってしまったゲームの中のカミキヒカルは施設に入ることになり、陰鬱な雰囲気のままゲームが進んでいく。
劇団ララライへの参加。
姫川愛梨との出会い。
そして、姫川愛梨による性的搾取。
私が思っていた以上に、少年期のミキさんの境遇は悲惨だった。
モニターの向こうには「そうするのが正しいから」と自分に言い聞かせて必死に耐えて生き続けているミキさんがいる。RPGで例えるとずっとHP1の食いしばり状態で生きているようなものだ。私も幼少期の不幸自慢をするなら大概なものだが、それでもこのミキさんには勝てないと心の中で思った。
そしてカミキヒカルが中学2年生になったある日、ついに彼は星野アイと運命的な出会いを果たす。
「そろそろ夕飯の時間だし、帰るわ」
ようやくアイが登場してゲームが盛り上がってきたところでツクヨミが帰宅の準備を始める。
時計を見ると時刻はすでに夕方の5時。あー、もうこんなに時間が経ってたのか。
「自宅で夕飯なんて、思ったより規則正しい生活をしているのね」
「頭脳は大人でも身体はまだ小学生なんでね。夜になってから行動してたら下手すりゃ補導されるっての」
えっ、身体だけじゃなくて頭脳も子供でしょ?
「人のことをなんだと思ってやがるんだ…じゃあ、クリアするまでゲーム機ごと貸してあげるから暇なときにプレイしてね。アディダス!」
「それを言うならアディオスでしょーが」
ツクヨミは軽口を叩きながら、そこそこお高いゲーム機を気前よく私に預けて笑顔で去っていった。
そんなこんなで、月日は流れ。
「や…やっとクリアした……長かった………」
ついに私はゲーム版【推しの子】のカミキヒカル主人公モードをクリアした。
ゲームを完走した感想だが、カミキヒカルの目を通して見る【推しの子】の舞台裏は、まあ酷いものだった。
アイとカミキヒカルが別れたのはアイを孕ませたカミキヒカルの方に原因があったと思っていたのだが、本当は真逆。自分の全てを捧げて愛そうとしてくるカミキヒカルにアイが怖気づいて、彼に背を向けたからだ。
カミキヒカルから性的搾取を行う姫川愛梨の姿に嫌悪感を覚えたアイは、自分が姫川愛梨と同類になることを恐れた。そして自分がカミキヒカルを正しく愛することが出来ず、自分の中に芽生えた愛が消滅してしまうことにアイは恐怖した。
だから彼女は「私は貴方を愛せない」と言って、カミキヒカルから逃げた。
「子供が15歳になって自立した後なら、自分たちはやり直せる」という自分勝手な理屈をカミキヒカルに伝えず、胸の中に秘めたまま。
二人が別れた後も、心の中に愛を秘めたままアイがカミキヒカルに中途半端に干渉し続けたせいで、ついに彼の心が耐えきれなくなった。
すべてが壊れるきっかけは、アイが「縒りを戻すとかそういう話じゃなくってさ」という「嘘」をカミキヒカルに言ったこと。
愛はそこにあったのに。
「嘘は愛」とずっと言い続けてきたアイだったが、彼女は「愛を嘘」にしてしまった。
それこそが、
その後、カミキヒカル自身にはアイを殺してやりたいという気持ちはなかったのに菅野良介を通した悪意の伝言ゲームでカミキヒカルの想いが捻じ曲がって伝わった結果、悪意は憎悪に変わり、憎悪が殺意に変わって菅野良介はアイを殺害してしまう。
そのシーンを見た私は思わず床の上をぐねぐねとのたうち回りながら、「そうはならんやろ」「なっとるやろがい!」とゲームに向かってツッコミを入れた。
そしてアイを喪ったカミキヒカルは役者の道を諦めてホストに転向し、自らの中に溜まった鬱憤を晴らすかのように女性から金銭をむしり取り、時には弄んで破滅させていく。
そして自分が担当する女性客がパパ活相手と金銭トラブルを起こして殺人事件の被害者になったことをきっかけにホストを辞めて芸能雑誌の編集プロダクションに転職し、その後独立して自分の会社を設立。会社の名前を「
いやいや、濃いって。ミキさんの人生。そりゃゲーム化もされますがな。
その後カミキヒカルはニノと結託して片寄ゆらを殺害するが、流石の私でも片寄ゆらの殺害動機だけはちょっと擁護出来なかった。
なんだよ、「星野アイの
なんだか納得いかなかったのでツクヨミに電凸して「片寄ゆらルートないの?」って聞いたら「そんなものはない」と言い切りやがった。やっぱり【推しの子】の世界ってクソだわ。
それからアイが主役、ルビーを主演とした「15年の嘘」の撮影が始まり、様々な苦労を経て映画は完成。関係者向けの初号の試写会の後、俳優や制作陣へのインタビューと称してカミキヒカルがアクアたちの前に姿を現す。
とうとうアクアがカミキヒカルに復讐を果たす瞬間がやってきたのだ。
まるで他人事のように「復讐達成おめでとう。これで僕は社会的に抹殺されるだろう」とアクアに賛辞を贈るカミキヒカルに対して、アクアは「アイのついた15年の嘘がなんなのか本当に分からないのか?」と言い放ち、アイの遺したビデオレターを彼に見せる。
ビデオレターの中でアイが語ったのは、本当はアイはカミキヒカルのことを愛していたこと。そしてアクアとルビーが15歳になったら、もう一度カミキヒカルとやり直そうと思っていたこと。
「私は貴方を愛せない」と言ったのは「嘘」だった。ビデオレターの中のアイは、そう語った。
…アクアの目的はカミキヒカルを社会的に抹殺することでなく、「アイはカミキヒカルのことを愛していた」という事実を彼に伝えることこそが本当の復讐であった。
自分が愛し、愛してくれた相手を自らの手で殺してしまったという絶望と後悔。
その苦しみは、カミキヒカルが抱くアイへの愛が深ければ深いほど大きくなっていく。
憎しみではなく愛でカミキヒカルの心を殺すというあまりにも残酷で美しい復讐劇の結末を見た私は、モニターの向こう側で泣き崩れるミキさんと一緒に滂沱の涙を流した。
――しかしそこで【推しの子】の物語が完結していればまだ救いはあったのだが、そうは問屋が卸さない。
「15年の嘘」の映画の本質は、死んでしまったアイからカミキヒカルに宛てたラブレターだ。
つまりそれは
…生きている人間と死者との悪縁を結ぶと、生者は死の世界に引き寄せられる。
愛する者を自分の手で殺してしまったことを自覚したカミキヒカルはこの世界に絶望し、そして自分に絶望して自らの死を望む「無敵の人」になってしまったのだった。
自暴自棄になったカミキヒカルは、ニノがルビーに殺意を抱くよう言葉巧みに誘導して彼女にルビーを襲撃させる。しかし、実は彼はニノに襲われたルビーが死のうが生きようがどうでもいいと心の中で思っていた。
カミキヒカルの本当の目的とは、ルビーに危害を加えられて激昂したアクアに殺されること。
アイと同じ死に方をすることこそが、彼の本当の望みだった。
そして彼の目論見通り、ナイフを持ったアクアがカミキヒカルの前に現れる。
カミキヒカルはアクアの憎悪を煽るために邪悪な殺人鬼の
…いや、痛々しさというよりは共感性羞恥か。同じ役者を目指した者として、あの無様な演技を見るのは少し辛かった。
それなのにアクアはカミキヒカルの下手糞な「嘘」に全く気付かない。気づけない。
「カミキヒカルを殺すべき理由」という「正義」を与えられたアクアは、普段の聡明さを失い完全に視野狭窄に陥っていた。
あまりにも無様で興醒めな、しかし本人たちだけが必死の観客のいない三文芝居がしばらく続き、結局アクアはカミキヒカルが思い描いた通りに彼の殺害を決行する。
一つだけカミキヒカルにとって誤算だったのは、アクアが「心中自殺」という手段を取って彼を殺しにきたことだった。
もつれ合いながら諸共に冬の海に落ちるアクアとカミキヒカル。
思い通りに事が進まなかった苛立ちを籠めて最後の足掻きと言わんばかりにアクアの首を絞めて暴れるカミキヒカルだったが、やがて肺の中の酸素を使い切り、まるで何者かに引きずり込まれるかのように海の底に沈んでいく。
海流に捕らわれて沖に流され身動き一つ出来なくなったカミキヒカルは、光すら届かない冷たい水の底でアイのことを想いながら意識を薄れさせていく――
そして意識を取り戻したカミキヒカルが目を開けると、彼はアイが住んでいたマンションの中にいた。
部屋の中に居るのはアイと3歳ぐらいのルビー。アクアの姿はどこにも見当たらない。
今の自分の状況が理解出来ずに戸惑っているカミキヒカルに向かって、ルビーの姿をしたツクヨミが「この光景はキミが死の間際に見た人生の走馬灯だ」と言い放つ。
この穏やかな生活は、カミキヒカルが生と死の狭間で見た最期の
しかしこの優しい幻想は死に逝く
彼が犯した罪を思い出させるかのように部屋にインターホンが鳴り響いて、玄関にアイを刺殺しようとするストーカーが現れる。
結局カミキヒカルは、この幻想の中でもアイを救うことは出来なかった。
彼が犯した過去の罪を消し去り、忘れ去ることを神は許さなかった。
ストーカーに刺されて満身創痍となったアイは、現実世界ではアクアに伝えた「嘘偽りのない真実の愛」をカミキヒカルに伝えて、優し気な笑顔を浮かべたまま息を引き取る。
そしてアイの死とともに消滅していく幻想の世界。
カミキヒカルは血まみれのアイの死体を抱きしめながら、絶望と後悔の中でその生涯を終えたのだった。
最後にツクヨミがカミキヒカル達が沈んだ海を見つめながら、カミキヒカルが遺した遺書を破いて海に捨てるシーンが流れて、終わり。
それがこのゲームが語るカミキヒカルの物語の全容だった。
…ハァ。なんだかなぁ。
いや分かるよ?アイを殺してしまった以上、「【推しの子】の物語で一番不幸だったのはカミキヒカルだった」ぐらいの展開にしないと読者は納得しないよねってことぐらいはさ。
しかしこの結末を「ざまぁ」というには少々オーバーキル過ぎて、なんだかもにょる。まあ判官びいきが発生することを狙ってわざとやりすぎている可能性もあるかもしれないけど。
悔しいけど仕方ない。納得感のあるバッドエンド。正直に言えばアイのビデオレターのところで終わっていたほうがバランスがよかったような気がするけど、最後まで見終わった感想としては「とても残酷で美しい物語だった」というのが私の素直な気持ちであり、この結末を否定する気にはなれなかった。
…ミキさんには薄情だと思われるかもしれないけど、彼の生き様を見てやっぱり私は【推しの子】の物語が好きだと思った。
「おっすおっすー。どうだった、かなちゃん?」
「納得いかないところもあったけど、素敵な物語だったわ」
ツクヨミに「【推しの子】のゲームをクリアした」と連絡した翌日、彼女はゲーム機を回収するために私のマンションに現れた。
「アクアが主人公のモードもやらせてよ」と言ったら「各ヒロインのルートを一通りクリアするだけでも150時間以上かかるからムリ」と言われてすげなく拒絶された。いやいや、そんなこと言わずに。
「ダメダメ、これからこのゲームをネタに動画配信するから何言っても無駄無駄無駄」
「え、アンタ配信なんかしてるの?」
「うんにゃ、これからデビュー戦」
『初めての動画配信でトゥルーエンドがバッドエンドになるゲームを選んで視聴者を怖がらせましょう!』というネタなのだろうか。まあ私が口出しするようなことでもないか。
ゲーム機を箱に詰めて回収したツクヨミは、鼻歌で「アイドル」を歌いながらご機嫌な様子で帰っていった。
「……あっ」
そしてツクヨミが帰るのを見送った後、私はアイツに聞こうとしていたことがあったことを今更思い出す。
「最後にアクアがどうなったのか、アイツに聞くの忘れてた……」
事故や災害による行方不明者は現実ならほぼ確実に死んでいるのが普通だが、漫画やゲームなら死体が確認できないMIA判定は逆に生存フラグ扱いである。いくらこの世界の神様がドSで鬼畜の外道だったとしても、仮にもこの世界を創った脚本家を気取るならその辺のお約束ぐらいは理解しているだろう。
カミキヒカルの悲惨な死がアイを殺した因果の果てのフラグ回収なら、アクアの生存もまたアイが願った「
…まあいいや。所詮はゲーム、私達の世界とは関係のない「あったかもしれない可能性」の一つでしかないし、そもそも答えを準備する側の立場である私たちが遠慮する必要なんてどこにもない。「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」って冨岡義勇さんも言ってたことだし、むしろ聞かなくて正解だったな、これは。
ミキさんは死んだ。でもアクアは生き残った。私がそう決めた。文句あっか。
気に入らない
異世界から送られてきた創作物を楽しむという稀有な体験をした私は、改めて自分たちが乗り越えて勝ち取ってきたものの価値と素晴らしさを再認識するのであった。
「…かなちゃーん。動画の再生数、全然伸びないんだけど」
数か月後、しょげた様子で私に相談しにきたツクヨミの姿があった。
いやいや、初めての動画投稿なんて誰でも大体そんなものでしょうが。
「せっかく淫夢語録を一生懸命勉強したのに・・・」
知らんがな。そんなこと。
やりたかったことリスト(没案)
序盤のあとがきにちょくちょく出ていたRTA走者、実はメフィスト本人。
当初の予定ではゲーム画面のモニターに映るかなちゃんとメフィストが一緒にバイバイするシーンで完結する予定でした。
ちなみにメフィストがRTAやってるスピンオフ作品はこちらになります。
https://syosetu.org/novel/370480/