「全体を引き締める監督やキャプテンは?」
「いないわ」
「連係プレーやサインや作戦の打ち合わせは?」
「したことないわね」
「試合できます?」
「こないだ中学生とやって五〇点取られました。でも夢に近づいてればOK!」
ぜ、絶句。
こんなの野球じゃねえ!
「……円佳さん、確認なんですが、ティーバッティングしません?」
ここでいうティーバッティングとは斜め前の至近距離からボールを仲間にトスしてもらって打つ練習のことだが、トスバッティングと呼ばれることもあり、そのときは別の練習がティーバッティングと呼ばれたりしていてややこしく、いいかげん名前を全国統一するべきだと筆者は強く主張する。
「ティーですか? 打球を止めるネットがありませんけど」
「大丈夫です。俺の予想ではたぶんいらない。多摩川の流れに向けて打ってください。最近の軟式ボールは生分解性で自然にやさしいという説を、やふーにゅーすで見たような気がします。知らんけど」
「いいの? 実際に打つ練習なんて初めてだわ! 先輩、張り切っちゃうなあ!」
初めて、と来たもんだ。
門川博実のように構えて円佳が意気込む。
「さあ来いっ!」
至近距離なら薫も左手で投げられる。
最も打ちやすい円佳の腰の高さにふわっとトスした。
「来た! ふんっ!」
ブォン!!
スカッ!!!
ボールがうしろへ転がっていく。
円佳は闘志を絶やさない。
「もう一球! さあ来い!」
トス。
ブォン!! スカッ!!!
トス。
ブォン!! スカッ!!!
トス。
ブォン!! スカッ!!!
今までトスした四球が途中でやめたビリヤードのごとく地面にならんだ。
「さあ次こそは!」
「……」
薫は逆に気持ちがすっきりした。彼のセーラー服の襟には王乃家緊急連絡用・八木アンテナ式ボソントランシーバーが仕込まれている。それをうなじのボタン一つで立ち上げた。
「もしもしミルチャ? 迎えに来てくれ。衛星で場所わかるだろ」
「ああっ王乃さん!? なぜ帰ろうとっ」
「うるさいっ門川さんに謝れ! あなたに一瞬騙されたのが恥ずかしいです! 二度と誘わんでください! アデュー!」
「あ、だめっ、うわーん王乃さん! せめてお友達から!」
すがりついてくる円佳。
「アデューはもう会わないときに使うフランス語です!」
「わあああああああああああびゃああああああああみゃあああああああああああ」
「泣くな! バットで小突くな! げっ、鼻水きたねえ!」
まもなく、多摩川を超速でさかのぼった王乃家所有の百メートル級変形ホバークラフト駆逐艦(船首に巨大ドリル付き)が河川敷に上陸し、円佳らの野球冒涜団をどっかーんと蹴散らした。
二度とここに来ない。来てたまるか。
固く誓う薫だった。
東京都港区、眠らない大都会。
高度経済成長やバブル経済、長い不景気、ポップカルチャーなどの歴史をずっと見守ってきた東京タワーが優しいオレンジ色の光でライトアップされている。
そのそばに雰囲気ブチ壊しでそびえたつのは高さ二五〇〇メートル、虫の卵みたいな形をして