病院へ付き添うため一緒に救急車に乗り込むアンディも爽やかな笑顔だった。
「物理でKOされるとは我々の完敗だ。しかしきみの快速球に挑んでいた頃と同じくらい今日は充実していたよ」
「なんなんだお前ら」
「本気と本気のぶつかり合い! 前と一緒じゃないか。それに心堂君が打ってきみも嬉しいのでは?」
「……チッ。早く行けよ」
「次はきみがピッチャーで勝負だ!」
「いやです」
ピーポーピーポー……サイレンが遠ざかっていく。
ずっと円佳は打席にいて、バットを振り終えたポーズのまま「……」と無言で静止していた。
「気にすることないです。変質者は今後もドシドシ破壊しましょう」
「……多河さんのことは心配してないの」
「少しは心配しましょう」
「今わたし……すごくゾクゾクしてる……!」
「へ?」
ふりむいたその顔色はまるで恋が実ったみたいだった。
「ボールを打ったときの重い痛みが、でもすごく爽快で……スイングでつまさきにかかった力も上半身のよじれる感覚も、まだ覚えてる。自分があんな打球を打ったなんて夢みたい。気持ちよくって震えてきて……また打ちたくなったわ!」
「!!」
「わたしはほ~むらんに近づいた。まぐれでも当たるようになって、次は百メートル飛ばして、最後はライトポールにぶつけてサヨナラ弾! ねえ王乃さん、わたし打てるわよね!?」
「……まぐれにまぐれが重なれば」
「ありがとう! その奇跡のために、やっぱり努力よね。明日も頑張る! 頑張れわたしー! オーッ!」
夕日に拳を突き出して奮闘を誓っていた。
薫は考えていた。
わけのわからない対決で三人が笑顔になった。
何がそうさせた? 野球だ。
今でも薫にとって野球は右手の現実を突きつける。マウンドに立てない悔しさで死にそうになる。
けれどそれを楽しんでいる三人がいる。誰がこれを邪魔していいだろうか? いや、よくない。
そして薫も円佳の弾丸ライナーには興奮した。プロみたいな打球速度だった。
あの打球を今度はライト方向の空に飛ばしてくれたら……もっと面白い。
上空にはやたら静かに飛ぶ最新型軍用ヘリコプターが浮かんでいて、まさか親父やミルチャが見に来てるのか、と薫は一瞬考える。しかし二人は今ごろグリーンランドのリチウム鉱山を視察しているはずだと思い直し、空を眺めるのをやめた。
「……円佳さん」
「なあに?」
「あたし昔は野球してたんです。米武劉須のやつらと普通に喋ってたのでお気づきと思いますが」
「え? あれって米武劉須のユニフォーム? 気づかなかった……」
「そういう抜けてる円佳さん、あたし好きですよ」
照れくさいがあえて好きと言い、
「今は引退しましたが……練習の助言は出来るかもです」
「ほ~むらん☆倶楽部入ってくれるの!?」
「野球の冒涜はしません! ですがまあ、臨時シニアテクニカルアドバイザー……の春限定の助役の代行くらいは月イチでやるかも」
「つまり入部ですね!?」
「そうは言ってない!」
「わあ嬉しい! 入部ばんざい! 王乃さんばんざーい!」
「ほんと話聞かねえなこの人!!」
「胴上げしていいですか!?」
「は?」
「やりますよ胴上げ!!」
「どうやって――ウワッ!?」
ナイル川空手のふしぎな力により薫を空にブン投げてキャッチしまた投げてという荒業をやりはじめた。
「ギャーッ!? マジで一人胴上げだ怖え!!」
「それーっ! ばんざーい! ばんざーい!」
「やばいウィッグとパッドがズレる!!! うわばばばばばばわあばばばばばばば」
だが喜び満点の円佳のまっすぐさに触れていると薫は許してしまうのだった。
空を舞いながら笑顔になった。
(そうですね……あなたならいつか
おしまい!
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