「服だ。洋服だ。洋服は着てるか?」
このとき薫はアロハシャツ、短パン、ビーチサンダルという格好。
誠司はダチョウ革の靴を履き紫紺のスリーピーススーツを着てネクタイのかわりに金色のスカーフを巻いている。髪型は白いメッシュを入れたオールバックだ。
「……俺が全裸に見えるんかよ親父」
「そうじゃない。わしの力でエロマンガ島でも世界中のブランドが即日届くようにしただろう。専属デザイナーも五〇〇人ほど呼び寄せた。要するに――」
「『いろんな服を着て楽しんでるか』ってことか」
「そうだ」
薫は舌打ちして、
「ブランドもデザイナーも俺はわかんねえよ」
「そうか」
海を見たままの誠司がぶっきらぼうに言う。
昔から父は息子のことを思わない人間だったと薫は記憶している。授業参観には仕事だ会議だと言っていつも出席せず、かわりにツンデレ電撃メイドロボ「美琴ちゃん」やヤマアラシ型自走監視カメラ「ジレンマくん」を行かせるだけだった。
「薫、飯は食ってるか」
「チッ……食ってるよ。メイドロボが毎朝漁船を出して海鮮丼を作ってる」
「南の魚はうまいか」
「さっぱりしてて俺好みだ」
「なら、別荘は快適か。古いなら建て替えさせるが」
薫は立ち上がって叫ぶ。
「おい親父、衣食住全部聞いてどうする!? その程度のことしゃべりに来たのか!? 俺はな、ゆっくりしてえんだ。そのためのエロマンガ島だ。ここで休めと言ったのは親父じゃねえか。だからほっといてくれ!」
父は仏頂面のままだ。
「一人でいたいんだ! わかるだろ!?」
「……」
「俺の右手は――ボールを握れないんだ!!」
「…………」
薫は天才中学生ピッチャーだった。身長一六五センチの体を大きく使い、最速一六五キロのボールを投げた。そのピッチングはプロ野球チーム・反共ブレーブスで一九七五年から七八年にかけて流星のごとく輝いた豪速球投手・
プロに入れば即活躍するといわれた。並の選手は高校を出るときプロに誘われるが、薫の中学校にはすでに各球団のスカウトが殺到し、「今すぐプロ志望を表明してくれ!」と校門前で土下座していた。
近い将来、プロの様々な記録をぬりかえる――
――はずだった。
なんとなくフグを、自分でさばいて食べて、大当たり。
昏睡から覚めたら右手の指が麻痺していた。
どんな手術や鍼治療、カメルーンの呪術師の祈祷を受けても治らない。
ボールをつかめない。手のひらに乗せて腕を振っても五メートルも投げられない。
あんなに来ていたスカウトがいなくなった。野球をやめた。日本にいたら嫌でも野球のニュースを目にするからバヌアツ共和国のエロマンガ島に逃げるしかなかった。
歯噛みしながら薫が聞く。
「親父、何しに来たんだ」
「……」
「わざわざエロマンガ島に、もっと大事な話をしに来たんだろ」
「そうだ。わしは予定を断って来た」
「聞かせてくれ」
「――お前は、四月から、女子高生だ」
「………………へ?」
目が点になる薫。
ズバざざあッッッ!
ものすごい速さで潜水艦がやってきたかと思うと砂浜にドリフトで乗り上げ、ハッチが開く。
王乃家の筆頭執事・ミルチャ(ルーマニア人男性、年齢不詳)が現れて、親子のあいだにザシュッ!と着地し、
「会長、持ッテマイリマシタ」
アタッシュケースから何かの書類を出して誠司に渡した。