それは、私の青春の始まりだった。
この話ですが、タグにもあるように私の実話です。
結構漫画みたいな展開で、4割くらい脚色を加えていますが、本当です。そんなエピソードを短編で書いてみました。
因みに自分の名前や友達、彼女の名前は仮名にしてます。
電車の発車ベルが鳴り響き、私は急いで電車に乗る。
寒い風が顔を襲うが、そんなことを気にしている場合ではなかった。この電車に乗れなければ、遅刻待ったなしだ。ドアが閉まる直前でどうにか電車に乗り込めたが、今度は凄まじい熱波が私を襲った。
「…あちい」
ふと、この言葉を呟いてしまう。
外は朝の冷気で4度くらいしかないのに、電車の中はまるで夏だと思うくらい暑く感じる。私は寒がりだから、マフラーに重いコート、更にはセーターも着ているから、そう感じるのだろうが…それにしても暑い。
私はドア近くに寄りかかり、マフラーを脱ぎ、鞄から英単語の本を取り出す。もうすぐ高校1年生最後の試験が始まるので、それをサボることは出来なかった。英語だけでなく、他にも合計13教科という他の高校では考えられない膨大な数の試験が3週間後には待っている。
え?3週間後だから、そんな焦る必要がない?
よく言われるが、私はかなりの心配性だ。
全てにおいて、早め早めにやっておかないと気が済まない性分なのだ。
なので、他の生徒とは違って、やるべきことの早さは異常と言っても良い。
電車が最寄りに止まったことを確認した私は、本をしまって降りる。
私の高校は生徒数が多くて、かなりの人数が降りる。
そんな人混みに揉みくちゃにされながらも、今度はバスへと乗る。
私の場合だが、電車で30分、バスで20分と往復で2時間はかかる。
正直…最初は朝の集合時間が早かったので、かなりキツかった。今は朝早く起きることに慣れたが、それでも電車とバスの混み具合は一生慣れることはないだろう。
今日はどうにかバスの順番待ちで運が良くて、座ることが出来た。
その隣に、「失礼します」と律儀に言って座る女子が来た。英語の本を読みながら、チラリと横を向くと、同じクラスメイトの山崎楓さんだった。
ショートヘアで、身長は私より断然小さい。顔は至って平々凡々だが、小柄な体格であったため、『可愛い』と言うクラスメイトは一部いた。
しかし、私は彼女にも、それ以外にもあまり興味がなかった。
この頃の私は、部活で入った『生物部』と勉強が忙しくて、この2つ以外に時間をかけている余裕がなかった。
ただし、父親に言われた『友達を作れ』はきちんと遂行している。クラスの男子の大半とは気軽に話せる間柄だし、女子からもそこまで嫌われているようには見えなかった。
ただし、彼女は私とは違った。
言っては悪いが、私は人と気軽に話せる。
すぐに共通の趣味や話を展開して、私との間柄を深めていった。しかし、彼女は非常に恥ずかしがり屋かつ律儀すぎるので、話しかけても声が小さく、なんでも許可を取ってしまいがちだ。別に悪いことではないと思っているが、コミュ障と言われてしまいかねないと思う。
そんなことを考えていると、ふと…首に巻いたマフラーが少し引っ張られる。再び左を向くと、彼女が何かを聞いて来た。
「あの…」
本当に小さな声だった。
バスの走行音と周りの生徒の話し声で掻き消されてしまいかねないくらいだった。私は「どうした?」と聞く。
だが、すぐに彼女は俯いてしまい何も話さなくなってしまう。
「………」
私は返答のない彼女を置いて、再び本と向き合う。
そのまま、その日は何事もなく時間が過ぎていくのだった。
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あれから1週間が経った頃、試験の話と同時にもう一つ…別の話題が持ち上がっていた。
それはバレンタインデーだ。
女子が好きな男子にチョコをあげる…かなりロマンチックな話だが、私はあまり関心がなかった。朝会前にその話で盛り上がる男女が多数の中、私はやっと自分のクラスの教室に到着した。
「お、やっと来た」
すぐに声を掛けて来たのは相馬。入学してすぐに話すようになった仲の奴だ。
「ほい、これ」
突然渡されたのは赤い包装で包まれた箱。
中身は考えるまでもなかった。ただ…男子から貰うとなると、喜びよりも卑しさの方が高まる。
「お前…惚れてるの?俺に」
「んなわけあるか!友情の証ってやつだよ!」
「そいつはどうも」
俺が構わずに包装を解くと、もちろんチョコレートがあった。当たり前だが、市販のもの。
「…友情の証と言うなら、もう少し高い奴を寄越せよな。お前の家、金持ちだろ?」
「来年からはやらねえからな」
まあ別に欲しいわけでもないため、私は「へいへい」とだけ言って、貰ったチョコをカバンに押し込む。更にクラスの女子が男子全員にチョコを渡したり、担任がチョコを配ったりと…中々に破天荒な1日だった。因みにこの高校でチョコの譲渡は禁止されているが…守られちゃいない。
そうやって今日も時間はあっという間に過ぎていき、私は試験2週間前ということもあり、図書館へと籠る。そこでバスの最終便ギリギリ(7時)まで勉強して、やっと帰路に着く。
だが、下駄箱の中に、思いもよらぬものが入っていた。
「ん?」
青色の包装が施された箱、表には『城田(私の名前)くんへ』と書かれていた。思わず、その箱を取り、よく見るが…差出人の名前が書かれていない。誰のか分からず、真っ暗な校舎を右と左と見てしまう。
ここで開けるのも良くないと思った私は、それを家に持ち帰ってから中身を見ることにした。自宅に帰るまで、かなり心臓がドクンドクンしていたことを私はずっと気付けなかった。
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結局、誰が送ってくれたチョコなのか分からないまま、1週間が経過した。実は自宅に帰ってから、有り難くそれを頬張ったのだが…不味かった。多分、カカオと牛乳の分量配分を間違ってたのだろう。それでも貰えたことは嬉しくはあったし、名乗ってくれればお礼を言いたいのだが…今も名乗りは出ない。
相馬に相談しようかとも思ったが、変な噂が流れる可能性があると思い、心の中にしまい込むことにした。
そして、試験まで1週間前と迫り、流石に全員その緊張感を出すようになっていた。一応、世間一般では進学校なので、真面目にやる生徒の方が断然多い。
そうやって試験の話が盛り上がる中、帰宅しようと思った時、か細い声が私の耳に入った。
「あの…!」
その声には聞き覚えがあった。山崎楓さんのものだ。
顔を上げると、顔を少し赤くして、腕には数学の教科書とノートを抱える彼女がいた。
「どうした?」
「あの…その……数学を、教えて欲しい…」
声をかけてきたのは、数学のアドバイスが欲しいとのことだった。
「別にいいけど…女子同士でやらないのか?」
「それは…その………」
彼女は急に黙ってしまう。
あの時と同じだ。
「…いいよ。どこだ?」
「ここじゃ、恥ずかしいから…こっち!」
初めてまともな声を出して、私の腕を掴むと教室から一緒に出て行く。
教室内では、妙な騒めきが起きていたように聞こえたが…気のせい、だろう。
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連れて来られたのは、図書室だった。
試験期間なのだが、私の高校は大学が併設されており、その大学内の図書室の方が大きく、尚且つ電源があるため、高校の図書室にはあまり人がいない。豪勢な図書室で、1階と2階に分かれていてもほぼ空っぽなので、逆に私はこっちを利用していることが多い。
山崎さんも私と同じ考えなのだろうと思いながら、私が鞄を置き、机に腰掛ける。同じように山崎さんも座り、ノートと教科書を開く。どちらも真っ黒なくらいに数式やポイントが書き込まれており、よく勉強していることが分かった。
「分からないところは……ここ、なんだけど…」
相変わらず声は小さい。
静かな図書館と言えども、本当に小さい。
私も教えてあげると言ったからには、彼女の声が小さいことに文句など言わず、きちんと教えることにしている。
そのまま軽く2時間は過ぎ、部活の喧騒な声も小さくなって来た。
「今日はここらにするか、大丈夫だったか?」
彼女は私の目を見ることなく、頷いた。
私が鞄を持ち、「帰ろうか」と言った時、彼女が私の制服を摘んだ。
流石のこの行為に、私は少し心臓が早く動いた。
「今日は……ありがとう」
最後の『ありがとう』は、耳に真っ直ぐ入るような澄んだ声だった。
私は「あ、ああ」と中途半端な受け答えしか出来なかった。
それから私と彼女は、顔を合わせることが出来ず、そのまま帰宅することになった。
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それからも彼女との勉強を教え合う仲は続いた。
その中に他の友達や女子を入れて、一緒に勉強し合うことも増えて、小さくて今にも壊れそうな彼女の声も徐々に大きくなっていった。
そんな関係が約1年と経ち、2年生最後の試験が迫って来ていた。
今回の試験日はなんとバレンタイン当日で、流石にチョコを貰うことはほぼほぼ不可能な日程だった。
今日も例の図書館で2人で勉強を教え合う日だった。
だが、いつもと違って今回は私が教えてもらう日だった。
2年生に入って英語が急激に苦手になり、そのアドバイスを彼女から貰っていたのだ。山崎さんも教えてもらってばかりは悪いと言い、快く教えてくれている。
当たり前の日々を送る私だったが、去年のバレンタインのチョコのことを不意に思い出して、固まりきっている雰囲気と自分自身と彼女をリラックスさせるために、少しだけ雑談することにした。
「なあ、山崎さん」
「ん?どうしたの?」
「俺さ、去年のバレンタインでチョコを貰ったんだよ。差出人が書かれていないやつを」
「………」
彼女のシャーペンの動きが止まる。
「その、誰のか分からないかな〜って。俺を意識している女子とか、知り合いでいないか?」
その質問をしてから数秒後…。
「……………し」
「え?」
今までで最も小さな声。静かな図書館なのに、全く聞こえなかった。
「もう一回言って?」
「「……たし」
「………え?」
今、聞き違いでなければ【わたし】と言っている?
私が動揺している間に、彼女は大きく息を吸ってはっきりと言った。
「わたし、だよ」
一瞬、世界が止まったかと思えるような衝撃だった。
急激に心臓の鼓動が速くなり、顔は熱くなっていく。それは彼女も同じようで、私を見ることは一切出来ていない。
「ほ、本当?」
コクリと頷く彼女。
私は勉強していた中身などすぐに忘れて、その場で固まってしまう。
今日はそのままお開きになり、すぐに試験日になったが…彼女との話が頭の中をぐるぐると回ってしまい、結果はいつもより悪いものとなってしまった。
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試験の後、すぐに私は彼女話を聞いた。
何故私にチョコをくれたのか、何故名前が無かったのか、そして…どこを好きになったのか。少なくとも私は彼女と以前までほとんど接点がなかった。
話を聞くと、その謎はすぐに解けた。
まず、彼女は中学3年生の受験日にこの高校に試験を受けに来たのだが、広い校舎に迷ってしまい、途方に暮れていたそうだ。誰かに聞けばいいと思ったが、彼女は人見知りで、中学生の頃はそれが更に酷かったようで、先生にも同じ受験生にも聞けずにいたそうだ。
そんな時、私が声を掛けて教室を教えた…と言うのだ。
私は全くそんなことを覚えていないのだが…彼女には内緒にしておいた。
チョコに名前が無かったことも、その恥ずかしさが起因したようだ。
そんなこんなで、彼女とはもう7年の付き合いとなる。
まさか、急にこんな青春が待っているとは、夢にも思わなかった。