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なし

 

二章

戦う自動販売機

 時間稼ぎをするにはこうやって相手に弾かれ〈結界〉で耐えるだけで何とかなるかもしれないが、あのままあれが集落に向かったら、ハンター協会の強固な砦でも耐えられるかどうか。

 

 少なくとも、前回の様に集落の人々が全員助かるということはないだろう。

 

 何かとお世話になっている宿屋の女将さんとムナミ。一番のお得意さんである門番のカリオスとゴルス。朝の常連三人組、いや最近は孫が増えて四人組になったのか。避妊具をまとめ買いするシャーリィ。金髪お嬢様と黒服、両替商の二人、他にもお客は何人も集落にいる。

 

 

 

 自動販売機があるということは平和であり治安が良いことの証のようなものだ。

 

 なら、自動販売機である俺が集落の人々を守っても何の問題もないよな!

 

 何度吹き飛ばしても、壊れずにいる俺に苛立ちを覚えているのか、八本足鰐が今までにない速度で突っ込んでくる。

 

 これを防いだとしても、とんでもない距離を吹き飛ばされ見失ってしまい、相手が興味を失う可能性もある。そんなことになったら、逃げているラッミスたちが危険に晒されてしまう。だったら、これでどうだ!

 

 

 

 俺は地方で見つけた、お手製お弁当販売機に変化した。そして、から揚げ弁当を大量に取り出し口に落とす。乱暴に扱ったので商品が弁当箱から零れ落ち、保温状態で温められていた、から揚げの匂いが辺りに漂う。

 

 ワニは嗅覚が鋭いかどうかは知らないが、あの巨体なら常に飢えているだろう。おまけに何度攻撃しても壊れない俺に苛立たしさを覚えている筈。

 

 そんな状況で目の前で旨そうな匂いを発する物があったら、どうするか。

 

 その答えは鋭い歯がずらりと並んだ、ワニの口内が物語っていた。

 

 

 

 何度か体が左右にぶれたかと思うと、今度は真っ逆さまに落ちて行く。周囲は赤黒く長い管を通っているようだ。ここって食道なのか。

 

 こんな状況でも〈結界〉は俺を守ってくれている。そのまま、転がり続け何か液体の中に落ちた音がした。粘着質な液体の中にぷかぷかと浮かび辺りを見回すと、岩や枝葉が溶けた木が幾つも沈んでいる。

 

 ああ、ここは胃の中だな。

 

 

 

《ポイントが10減少 ポイントが10減少》

 

 

 

 胃液でポイントが凄まじい勢いで減っていく。あんまり、余裕を見せていられる状況でもないようだ。ここが相手の胃袋なら――嫌がらせを開始させてもらおう!

 

 俺は箱型商品対応機能を生かし、商品を入れ替える。コインランドリーに置いている洗濯用洗剤に変更して、取り出し口に次々と落とし〈結界〉の能力を利用して洗剤を結界内に入ることを拒否する。

 

 取り出し口にあった洗剤が結界の外に飛び出し、胃液の中にどぼどぼと沈んでいく。

 

 さあ、激痛でのたうち回りやがれ。俺のおごりだ幾らでも胃洗浄してやるぞ!

 

 

 

 次々と洗剤を胃の中に落としていくと、胃液が波打ち出した。八本足鰐がもがき苦しんでいるのが手に取るようにわかる。結構効いているようだ。

 

 だけど、これだけで相手を殺すことは不可能だろう。どう考えても下痢や腹痛が限界だ。ならば、今度は新たに得た、古びた身体に変形する。

 

 見るからにレトロな銀色の四角い箱には、レバーが取りつけられていてそれは手動で回すことが可能になっている。下部からはオレンジ色の管が伸び旧型のコンロに繋がっている。

 

 

 

 これは古い旅館や病院や寮などで稀に見かけることがある、ガスの自動販売機。百円を入れたら数分間使用できる。屋外で料理をする時に便利な能力だとは思ったが、自動販売機の商品が売れなくなりそうなので自重した機能の一つだ。

 

 ガスの自動販売機に変形した目的は一つ。ガスを結界外へ放出する。胃の中をガスでぱんぱんにしてやる。

 

 食べ過ぎで胃にガスが溜まるとよく言うが、こっちは本物のガスが溜まっていく。ガスを放出し続けていると、胃液が渦を巻き始めた。俺の体が流れに乗り、渦の中心へと徐々に吸い込まれていく。

 

 これは体外に俺を排出するつもりなのか。このまま腸に運ばれる前に決行するしかない。このガスで充分なのか〈結界〉が耐えきれるのか、やってみなければわからないが、やるだけの価値はあると信じている。

 

 

 

 ……問題は火か。コンロを点火すればいいと考えていたのだが、コックを捻る方法が無い。自動販売機の体ならある程度は操作できるのだが、コンロは外部オプションのような扱いなので、どれだけ力を入れても操れない。

 

 予定と違うぞ。やばい、もう少しで吸い込まれそうだ。火、火花でもなんでもいい! って、あれは可能か?

 

 冷凍食品を温める自動販売機モードに変更して、体内の電子レンジ機能の中に缶の商品を補充してみる。いつものように補充する時のイメージで、一個だけそこに任意に出現させられないか。

 

 自動販売機は俺の体だ。もう何か月も付き合ってきたんだ。これぐらいは、頼むできてくれ!

 

 

 

 体内に響くカコンという音と共に、体の中に一つ小さな缶が現れた感覚があった。

 

 よーし、同じ要領でタオルと新聞をそこに落とす。

 

 ここで禁断の秘儀――電子レンジで缶を温める! 良い子は真似したら駄目だぞ!

 

 体内から聞こえてくる異音に怯えながら、俺は火花を飛ばしている缶の存在を感じている。感覚は無い筈なのに体内で何が起こっているのか理解できるようだ。

 

 あ、火が付いたか。

 

 

 

《10のダメージ、耐久力が10減りました》

 

 

 

 体内での損害なのでダメージがきついな。だけど、これで準備は整った。

 

 取り出し口に缶飲料と燃え始めているタオル、新聞紙を落とす。そして、〈結界〉内部にこの三つが入ることを許可しない!

 

 取り出し口からはじき出されたのは、火のついたタオルと新聞紙に包まれた缶飲料。それはまるで火の玉を射出したかのような光景だった。

 

 〈結界〉からはじき出された火の玉は、外に出た途端胃内部に充満していたガスに触れ――大爆発を引き起こした。

 

 

 

「またのごりようをおまちしています」

 

 

 

《ポイントが1000減少》

 

 

 

 目の前は赤黒い何かが飛び散っているのはわかるが、視界がぐるぐると回転し続けているので、何が起こっているのかさっぱりわからない。

 

 おおおっ、酔いそうだっ! 胃が爆発したのであれば、その痛みは想像を絶するだろう。階層の主である八本足鰐でも、いずれは息絶える……よな!?

 

 周囲は肉の壁なのか、赤黒いヌメヌメ光る肉質感ばっちりの肉壁に取り囲まれている。相変わらず暴れているようで、身体が激しく揺さぶられ、生身の体なら吐いているかもしれない。

 

 どれぐらい時が流れたのかはわからないが、ようやく体の揺れが治まった。八本足鰐が息絶えたのか? だとしたら、問題は俺どうやって体内から出たらいいの?

 

 

 

《ポイントが1減少 ポイントが1減少》

 

 

 

 あ、はいはい、わかっています。〈結界〉を維持しているのでポイントが減り続けている。頑丈さを上げているので、肉の圧力に耐えられそうな気もするが試すのには勇気がいるな。ポイントが残り僅かになったら解除するしか手は無いけど。

 

 これで倒せたのなら御の字だ。貯め込んでいたポイントを結構消費したけど、生きていればこそだ。いや、自動販売機だから稼働していればこそか。

 

 

 

 今回は我ながら頑張ったと思う。自画自賛をしても許される活躍だったよな。自動販売機でもやれるじゃないか。少しだけ自信がもてそうだ。

 

 後は逃げ切ったラッミスたちが戻ってきてくれるか、一度集落まで戻って討伐隊が組まれるまでの辛抱だな。あれだ、嗅覚なくてよかった。

 

 早くても半日、長くて数週間は我慢か。自動販売機だから同じ場所で待つのは仕事の一環だしな。新商品を何にするかでも考えておこう――ふあっ?

 

 

 

 あれ、視界を埋め尽くしていた肉塊が消えて、空と地面が見える。

 

 え、外だよなここ。肉が綺麗さっぱり消えているぞ。え、なんだ、何かよくわからないから〈結界〉は維持しておこう。

 

 ここってさっきまでいた沼の近くだよな。地面に亀裂があってそこから金色の光が溢れ出しているのは、階層割れとかヒュールミが呼んでいた現象。

 

 あれ、やっぱり外か。周辺を眺めると、白くて長い物が組み合わさり、俺に覆いかぶさるように配置されている。これは八本足鰐の骨……っぽいな。

 

 肉が消えて骨だけ残ったのか。これが階層の主を倒した時の仕様なのだろうか。亀裂から溢れ出す光に照らされて、ワニの骨格標本だというのに少し神秘的に見える。

 

 

 

 何と言うかほっとしたけど、誰か俺を引き起こしてくれないかな。今、横向きで寝そべっている状態だから、ちょっと居心地が悪い。自力で元に戻れない、この体の不便さをこういう時に実感させられる。自動販売機は立ってこそだ。

 

 ってあれ、亀裂の光が眩し過ぎて気づいてなかったんだが、目の前に金のコインが転がっている。これ普通の金貨じゃないよな。見える範囲の装飾が全然違う。表面に描かれている緻密な彫り物が八本足の鰐だ。

 

 これはゲームで言うところのボスドロップなのかな。ボスしか落とさないアイテムってことなら価値がありそうだが、手も足もないので取れません!

 

 結界内部にあるので、誰にも奪われないようにしないとな。ヒュールミなら詳しいことを知っているだろう。それまでは誰にも渡さんぞ。

 

 

 

 さて、体内から解放された事だし、このまま、だらだらと誰かがやってくるのを待つしかないか。

 

 うーん、何か地面が未だに微振動が続いていて、ミシミシって音が地中から響いているのが少し気になるが、きっと気のせいだ。

 

 うーーーん、地面のひび割れがそこら中に走って、まるで網目の様になっているのも、光量が増して視界が金色に染まっているのも、たぶん、目の錯覚だ。

 

 うーーーーーん、横たわっている地面が徐々に沈んでいくような気がするのも――これ、陥没してるよな!

 

 

 

 えっ、今回の騒動で地盤が緩んだのか。それとも、階層割れの名の通り階層が割れるのか!? ちょ、ちょっと待て。だとしたら、地面が割れたらその後どうなるんだ。えっ、落ちるのか。

 

 これって結構じゃなくて冗談抜きでやばいな。って前も同じ感想を抱いた覚えがあるぞ。

 

 ちょっと、誰か、誰か怪力の人はいませんかー!

 

 自動販売機を楽々と背負える怪力のお客様はいませんかー!

 

 

 

「いらっしゃいませ いらっしゃいませ いらっしゃいませ」

 

 

 

 連呼してみたが、誰もいない湿地帯に虚しく響いただけだ。

 

 こういう時にラッミスのありがたみがわかるな。強敵を倒して調子に乗っていたけど、やっぱり自動販売機は自動販売機だ。一人じゃ何にもできない。

 

 あっ。

 

 体を支えている地面が無くなり、自動販売機の体が真っ逆さまに落ちて行く。

 

 切羽詰った状況の中、俺の脳裏に浮かんだのは泣き顔のラッミスだった。


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