テリーに転生したので、ネタキャラ扱いされないよう強くなる 作:なー
外に出ると、程よく冷えた空気が夜風となって優しく吹き抜けている。
すっかり夜になっているが、館の窓から漏れ出る淡い光が周囲の闇を照らし、なんとも穏やかで神秘的な世界を創り上げていた。
……バーバラはどこだ?
目当てのバーバラを探すべく辺りを見渡すと、……いた。
館の前にある小さな池、バーバラはその淵にちょこんと座り込んで水面を静かに見つめていた。
何をしているんだと思いつつ、ゆっくりと近づいて行く。
…………それにしても頭がぼーっとしてきた。
脳内に靄がかかったような感覚、心なしか目の前の景色も歪んできたような気がする。
これは酷い、こんなことは初めてだ……。早くバーバラと話をして寝てしまおう。
「バーバラ、何しているんだ?」
「――っ!? テ、テリー? ど、どうしてここに?」
バーバラと同じく池の淵まで来た俺がそう声を掛けると、バーバラは全身をびくっと反応させ慌てたように立ち上がってこちらを振り返ってくる。暗がりで分かりづらいが、顔を赤らめて目をまん丸に見開きこちらを見つめてくる。ここまで動揺するバーバラは初めて見る。これは重症だ。
……さて、どう切り出すか。
「……中々戻ってこないからな。様子を見に来たんだ」
「そ、そっか。もう時間も遅いもんね! 早く戻らなきゃだね!」
バーバラはそう言うといそいそと立ち上がって俺から逃げるように館に戻ろうとしてしまう。
「待ってくれ、バーバラ」
しかし俺はバーバラを逃がさない。バーバラの小さな手を握る形で引き留める。
「ひゃっ!? ど、どどどうしたの?」
バーバラは、自分の手が俺に握られていることを確認すると暗がりでも分かるほど顔を真っ赤にして動揺している。バーバラの手を通してバーバラの体温が高くなっていくのを感じる。
手を握るのは少々強引すぎたかもしれないと反省してバーバラの手を放しつつも続ける。
「単刀直入に聞く……、バーバラ、俺を避けているだろう?」
俺がバーバラの目をしっかりとらえてそう質問する。バーバラは、ドキッとした仕草を見せると、気まずそうに視線をそっと外してくる。
「そ、そんなことは……」
「あるだろう?」
俺は強引にバーバラの視線に自分のそれを合わせると顔を近づけて詰め寄る。普段の俺はこんなことをしないような気もするが、……まあいいだろう。
バーバラは、突然俺に顔を近づけられてびっくりしたようで、目をぐるぐる回して口をパクパクさせている。
「あ、あぅ……、テ、テリーがいつもより強引、ど、どうしたの……?」
「……やっぱり、洗濯を頼んだのがいけなかったのか?」
俺がそう質問を投げかけると、「……え? 洗濯っ!?」と少しの間を空けて素っ頓狂な声を上げるバーバラ。そしてなぜか少し落ち着きを取り戻したバーバラが、そんなことだろうと思ったとでも言いたげに、落胆を顔に浮かばせる。
「……別に洗濯のことはどうでもいいよ。途中からミレーユがしてくれたし」
「違うのか? じゃあなぜ俺のことを避けてたんだ?」
「そ、それは……」
急にバーバラは手をもじもじさせて口ごもってしまう。そのまましばし互いに無言の時間が続く。
…………だめだ、益々ぼーっとしてきた。
先ほどから俺を襲っている謎の疲労。それがどんどん加速してきているのを感じる。
仕方ない、バーバラから理由が聞き出せないなら俺の思いをぶつけるしかない。バーバラは優しいからきっと理解を示してくれるはずだ。
「俺は嫌だ」
唐突な俺の発言に「え?」と呟いたバーバラが不思議そうにこちらを見つめてくる。
「バーバラに避けられるのは嫌なんだ。これまで通りに接してほしい。バーバラと話している時が一番楽しいからな……。嫌なことも忘れられるんだ」
俺は思ったことをそのまま口にする。しかし、喋った途端自分が一体何を口走ったのかすぐに記憶が朧げになっていく。……本当に俺の身に何が起きているんだ?
バーバラの方を見ると、目を点のようにして呆然と立ち尽くしている。よく分からないが、現実で起きていることに思考が追い付いていない様子だ。
が、次の瞬間、我に返ったバーバラが再び顔を熟した果実のように真っ赤にさせる。
「………………え、ええええっ!? い、いきなり、そんなこと言われても……。た、確かに手紙にも似たようなこと書いてたけど……」
……手紙? あれ?
手紙と聞いて何かを思い出しそうになるが、やはり今の俺では思い出せない。
「…………そ、その。テリーは私と離れたくて離れようとしたわけじゃないってことでいいんだよね?」
俺が頑張って記憶を呼び起こそうとしていると、バーバラが上目遣いでそんなことを聞いて来る。そのバーバラの仕草は、これまで見てきた中でも一番可愛いもので、自然と俺の心臓が跳ねる。同時に激しく全身に血が巡り、俺の意識が掠れていく。心なしか体がフワフワしてきた。
「当たり前だろう? 見た目も可愛い。性格も良い。お節介なくせに少し抜けているところもぐっとくる。ずっと守ってあげたいと思ってしまうほどだ」
俺の言葉を聞いたバーバラは、相変わらず真っ赤な顔に羞恥と嬉しさが混じったような感情を浮かべて固まってしまう。「は、はわわわ……、て、手紙でもそこまでは……本当にどうしちゃったの……?」と何やらぶつぶつと呟いている。
「…………あ、で、でもミレーユは? 凄い美人だし、テリーもその、満更でもなさそうだし……」
急にバーバラは何かを思い出しように恐る恐るそんな質問を投げかけてくる。
「姉さん? まあ、弟の俺が言うのもなんだが確かに姉さんは優しいし美人だと思う。姉さんを大切にも思っている。……でも、俺が出会ってきた女性の中で一番魅力的なのはバーバラだ。勿論姉さんを含めてもだ」
「――――っ!」
俺が答えた瞬間、バーバラは胸を両手できゅっと抑えて顔を俯かせてしまう。
……どうしたんだ、バーバラは?
いや、それよりもだ。バーバラは俺の欲しい答えをまだ言っていない。そろそろ俺も限界だ。申し訳ないが、ここは少し強引にいかせてもらう。
「バーバラ、どうだ? これまで通り接してくれるか?」
俺はバーバラの両肩に手を置きそう質問する。
バーバラは顔を俯かせながら「――む、むりむり、絶対むりぃ」と顔をぶんぶんと横に振りながら恥ずかし気にそう答えてくる。
「ど、どうしてだ!? 何がいけない? 言ってくれ! バーバラの為ならなんだってしてみせる!」
俺はバーバラに顔を近づけてそう叫ぶ。俺が近づいてくる気配を感じてかバーバラは顔を上げる。当然、その結果俺と間近で見つめ合う形となる。こうして間近で見るとバーバラのきめ細かい肌や長いまつ毛や綺麗な瞳がより鮮明に見えてしまい、思わず見惚れてしまう。一方のバーバラは、もう限界だとばかりに全力で俺から顔を逸らしながら、
「わ、分かった分かった! もう避けない! これまで通り接するから!!」
と言ってくれる。
……良かった、これで。
ようやく待ち望んでいたこと言葉が聞けたことで俺の全身から一気に力が抜けていく。
「ありがとう、バーバラ。……嬉しいよ」
俺は最後の力を振り絞るようにそうお礼を述べる。自分でも驚くほどの穏やかな口調だった。
「テ、テリー……」
俺の名前を呟きながら、バーバラは潤いを持った瞳で俺を見つめてくる。
そうして互いの視線が交じり合った状態のまましばらく静寂が辺りを包む。
やがてバーバラは何かを期待するように静かに瞳を閉じていく。
…………バーバラ。
俺はそのまま意識を失い、池に落ちた。
ザパアアンンッ!! と、凄まじい水飛沫を上げて。
「――――っ!? えっ!? テリーっ!? え、何がおきてっ?? ちょ、嘘でしょうっ!? ……え、なにこれ、夢っ?? ――――ああもうっ!!」
突然の事態に混乱するバーバラだったが、ぶくぶくと無抵抗に沈んでいくテリーを見て最後には呆れと怒りを混ぜた叫びをあげて自らも水に飛び込み、テリーを救出するのだった。
…………ここは?
……っ!
重い瞼を持ち上げると見慣れない天井が目に入る。
そして次の瞬間、猛烈な頭痛に襲われる。
あ、頭が割れる……。気分も悪い、吐きそうだ……。
修行中でもこんな最悪な目覚めは経験したことが無い。
室内は既にカーテンの隙間から漏れ入ってくる陽光によって明るくなっている。既に朝になっているのだろう。
何とか上体を起こす。すると俺に掛かっていたらしい毛布が体から零れ落ちる。その毛布を掴みつつ周囲を確認する。すると毛布にくるまって寝るレックとハッサンがいた。レックは普通に寝ているが、ハッサンは苦しそうに「……うーん、も、もう飲めねえ……」なんて寝言を呟いている。
カーテンで仕切られている向こう側からは、ミレーユとバーバラと思われる寝息が聞こえてくる。
ある程度の状況把握が完了したところで俺は頭痛を我慢して思考に耽る。
…………昨日どうやって寝たんだ?
後、なんでこんなに体調が悪いんだ?
バーバラと話をしようと外に出たところまでは覚えいているが、そこから先が全く記憶に無い。結局、バーバラとは上手く話しはできたのだろうか……。
と、その前に顔を洗ってこよう……、少しはすっきりするだろう。
と言うわけで立ち上がってよろよろと洗面所まで向かう。
……て、ん? なんか俺、生臭い?
全身から川とか池から漂ってきそうな臭いがする、なぜだ?
しかもよく見ると服の所々が焦げている……。
この服の焦げ方は見覚えがある。以前、バーバラが洗濯物を乾かすのが面倒だと、メラを唱えて、その熱で洗濯物を強引に乾かした時もこうなっていた。
ちなみにその時に俺がキレたので、それ以降バーバラはその乾かし方はやめた。
状況がよく分からないまま俺はとりあえず顔を洗い、水も飲んだ。多少すっきりしたのでもう一度寝ようと寝床に向かっていると、
「おはよう……テリー。約束通り来たね」
と、グランマーズの声が聞こえる。
声のした方向を見ると、そこは仕事部屋であり、水晶玉を置いた机に向かって座っているグランマーズがいた。朝早いと言うのに、例のローブに身を包んでいる。
グランマーズは、早くこっちに来な、とでも言うように手招きしてくる。
……約束? あぁ、そう言えば昨日そんなことを言っていたか……、寝たいのだが。
と言ってもここで断る方が面倒そうだと、仕方なく重い足を動かしてグランマーズの目の前まで向かう。
「よく眠れたかい? ……ん? お前さん、また臭うんじゃが……。全く、あの後何があったんだか……。話が終わったらすぐにシャワーに入りな」
昨日とは違い、呆れたようにそう言うグランマーズ。俺も訳が分からないが、臭うのは事実なので無言で頷いておく。
……くそ、普段はちゃんと清潔を心掛けているのに。
それにしても何を話されるんだ? 頼むから転生したとばれないでくれ……。
「さて、話とは他でもない。――お前さんの『夢』についてじゃ」