テリーに転生したので、ネタキャラ扱いされないよう強くなる 作:なー
白い雲がまばらに浮かぶ青空から太陽が顔を覗かせている。陽光が揺れる海面に反射し輝き、美しい世界を生み出していた。
そんな景色を船の甲板の端っこの手すりに肘を置き、物憂げな表情を浮かべ見つめる一人のイケメンがいた――そう、俺だ。
「――ヴぉっ!?」
船の揺れに合わせて大量の波飛沫が俺の顔に直撃し、しょっばい海水が口に入ってしまい、慌ててぺっぺっと吐き出す。
俺達は精霊ルビスの助けもあり、無事に船を借りることができた。チャモロも仲間に加わることになり、ムドーの島に向かって航海中だ。
旅は極めて順調だった。しかし、ルビス様によって俺がもうじき自身の夢と対峙することが分かった。しかも、何やら危険な香りが漂ってくると来た。
俺は強い――その自信はある。大魔王でもない限り俺を倒せる存在などいないだろう。
……でも。
あれだけ、ルビス様が脅して来たらそりゃびびるだろ!?
ルビス様も『私が力になりますので安心しなさい』とか『あなたならきっと乗り越えられます』くらい言って欲しかった……。それにルビス様、やけに深刻な感じだったしな……。
まじで不安で仕方がない。
というわけで、暫く海を眺めて現実逃避していたというわけだ。
だがいつまでもこうしているわけにはいかない。できる範囲で対策しなければ。
「テリー、思い切り波が顔にかかっていたけど大丈夫?」
「…………見ていたのか、姉さん」
振り返るとミレーユがいた。心配そうにこちらを見つめている。波の直撃を食らった俺をからかう様子は一切無いが、なぜかそれがより一層俺の羞恥を掻き立て、顔が熱くなっていく。バーバラ達は船に大興奮であり、船内を色々詮索している為、ミレーユ以外に見られていなかったのは幸いだった。
「……ええ、考え事をしているようだったからそっとしておいたんだけどね。――はい、タオルよ」
「……ありがとう」
差し出されたフカフカの綺麗なタオルをありがたく受け取り、顔を拭っていく。……くそ、顔がべたべたする。
「ねえ、テリー? ゲントの村からずっと深刻そうにしているけどどうしたの? 困っていることがあれば力になるわよ」
姉であるミレーユには、俺の様子の異変を気付かれていたらしい。
「……いや、大丈夫だ。ムドー戦が近づいてきたから緊張していたんだ」
ミレーユに心配をかけまいと虚勢を張る。俺自身、何がどうなるのかちっとも分からないのだ。相談したところで余計な不安を与えることになるだけだ。
ちなみにルビス様の俺に対する言葉は俺以外の誰にも聞こえていなかったらしい。チャモロへの言葉は聞こえていたのに、だ。意図的にルビス様がそうしていたと考えるべきだが、目的が分からない。
顔の水を拭き取った俺は、タオルをミレーユに返す。
「ふふ、テリーも緊張するのね。大丈夫、夢の世界の時みたいに今回もきっとムドーを倒せるわ。……それにしてもゲントの村に向かうまではかなりリラックスしていたように見えたけれど急に緊張してきたの?」
……相変わらずよく俺の事見ているな。姉さんにあまり誤魔化しはきかないな。
「まあ、そんなところだ……」
「……そう。まだムドーとの戦いまでは時間があるわ。それまでに少し気を落ち着けるといいわ。困ったことがあったらいつでも相談してね」
「ああ、そうだな」
そんな会話をしていると、突然ミレーユが「うふふ~」と笑顔になった。これは何かを企んでいる時の笑顔だ。
なんだ急に……、怖いんだが。
「あのね、テリーにお話があるのよ。大事なお話よ? これからのテリーの人生に関わるね」
……俺の人生? ……一体なんだ?
「……それはなんだ?」
「うふふ、今はまだ内緒よ。ムドーを倒した後にまたお話しするわ。あぁ、でもそんな身構える必要はないわよ、テリーにとっても素敵なお話なの! 楽しみにしておいてね」
そう言ってミレーユは、楽し気な様子で歩いて行ってしまう。
……滅茶苦茶気になるんだが。
姉さんと言えば最近変わったことがある。出会ったばかりの頃はもっとべたべたしてきていたのだが、それが減ってきているのだ。別に喧嘩をしたわけでも嫌われたわけでも無い。寧ろ日を追うごとに俺と姉さんは仲良くなっている。今も回復魔法を教えてもらっているし。
どういう心境の変化があったのか不思議だったが、もしかしてその辺もその話とやらに関係するのだろうか……?
……まあ、姉さんからその大事なお話を聞く為にも絶対に生き延びろということだな。
前向きに考えた俺は改めて自分の夢について考える。と言っても俺の夢について唯一分かる情報はグランマーズの言葉だけだ。
「……魔物と楽しく触れ合っている俺か」
しかし、言葉にしてみてもやはりピンと来ない。暴走しているということは魔物と喧嘩でもしているのだろうか? ……うーむ、分からん。
「魔物と楽しく触れ合う……ですか?」
「うおっ!?」
集中して考え事をしているところに急に声を掛けられて驚いてしまう。慌てて声のした方に振り返るとそこには新たな仲間、チャモロがいた。
眼鏡をかけた小柄な少年。黄色いローブに紫色の布を袈裟のように覆い、大きな耳のようにも見える形状をした帽子を身に着けている。まさに聖職者といった佇まいである。
「ああ、すみません。驚かすつもりはありませんでした。新しく仲間になったことですしパーティーの方とお話をしようと思って来たのです」
チャモロはやはり年下とは思えないほど、柔らかく丁寧な口調で申し訳なさそうに謝罪してくる。慌てている俺が馬鹿みたいである。
「そうだったのか。ちょっと考え事をしていてな……、みっともないところを見せてすまない」
「いいえ、そのようなことは。……ところで先ほど言っていた魔物と楽しく触れ合う、とはどういう意味ですか? 盗み聞くつもりは無かったのですが、聞こえてしまい気になったので……」
チャモロは興味深げにそう聞いて来る。普通の人に魔物と触れ合いたいなんて言ったら頭がおかしいとか言われそうなものだが、チャモロは違ったらしい。
……まさか聞かれていたとは。どう答えればいいだろうか……。
そのまま言ってみるか。別に誤魔化すことでも無い気がするし。
「少し前に夢占い師に俺の夢を見てもらったんだ。夢の世界で俺は魔物と楽しく触れ合っていたらしいんだが、それがどういうことなのか考えていたんだ」
俺の答えを聞いたチャモロは、「……ほう」と眼鏡をくいっと持ち上げながらさら暫し考える様子を見せる。
「……夢占い師、ということはもしかしてグランマーズ様のことでしょうか?」
「そうだが、知っているのか?」
「ええ、有名な方ですからね。私も一度会ってみたいものです」
へー、有名なのは知っていたけどチャモロも知っているほどなのか。しかし会ったらがっかりするんじゃないだろうか。怖いし。
「……そうか、会う時は清潔な状態で会うことを勧める」
「……はぁ、それは一体どういう? ……しかし、グランマーズ様が見たということはその夢はかなり信憑性がありますね。夢はその人の強い想いを反映すると言いますからね。テリーさんは魔物と楽しく触れ合うことが夢なのですか?」
「……さあ、どうなんだろうな……、自分でもよく分からなくてな」
俺の夢になっている以上、もしかして潜在的にそう思っているということなのだろうか? ……その割にはこれまで何千、何万という魔物を経験値の糧にしてきたけどな。
「……ふむ、なるほど、自分でもよく理解できていないのですね。……でも私はその夢はとても素晴らしいものだと思いますよ」
ここでチャモロがまっすぐな芯の籠った口調でそんなことを言ってきた。後、チャモロの俺を見る目が少し変わっている気がする。何というか、同志を見つけたような目と言うか……。
「そうなのか? 魔物だぞ?」
「ええ、確かに魔物は悪しき心を持つ者がほとんどです。しかし、全てでは無い……。中には正しい心を持った者もいる……。そしてそれは人間も同じです。優しい心の持ち主がいる一方、魔物以上に残酷な心を持つ者もいます……」
真剣な眼差しでそう語るチャモロの言葉には確かな重みがあった。とても十五歳の少年には見えない。
……しかし、魔物の中にも正しい心を持った者がいる、か。そして人間も……。世界を旅してきたが、そんな考えを持つ人と会うのは初めてだ。
しかし、チャモロの言葉は俺の心の中にすっと入ってきた。自然とチャモロの続きの言葉を聞きたいと思い、じっと見つめるとチャモロもそれを察して続けてくる。
「――結局、魔物も人間も関係は無く、重要なのは心の在り方なのです。ですからお互いが理解し合えれば魔物と人間は必ず分かり合うことができます――これは我らの先祖であるゲント様が証明してくれました」
……ん? ゲント? え、待て、今滅茶苦茶重要なことを言っているのでは? というか俺が知りたかったチャモロの夢の描写が無い理由にも繋がることだよな、多分。
もっと詳しく聞きたい、そう思って質問しようとしたところで、
「ちょっと、テリー!! この船凄いわよ!! 私気に入っちゃった!! 名前も決めちゃった! この船の名前は『ミルフィーユ号』よ! どう? 可愛いでしょ?」
バーバラの横槍が入ってしまった。
バーバラ……もうちょっとタイミングを……。
恨めし気にバーバラを見つめるが、その満面の笑顔を見ていると責める気も失せてしまう。
しかし、その名前は無い。
「……み、みるふぃーゆ号? この神の船になんて名前を……」
チャモロも愕然とした様子でわなわなと震えている。そして、そのまま「ちょっと、そんな名前は私が許可しませんよ!」なんて言いながら、バーバラの元に行ってしまった。
……折角、良い話を聞けると思ったのに。また今度聞いてみよう。
ちなみにチャモロの猛烈な反対も虚しく、この船は正式に『ミルフィーユ号』になった。バーバラの我儘にチャモロが勝てるわけが無かった。チャモロが膝から崩れ落ちて涙を浮かべるその様子は見るに堪えなかった。俺も一応、名前を提案したのだが、ダサいの一言で切り捨てられた。普通にショックだった。
黒竜丸……そんなにダサかっただろうか。
でも案外バーバラがつけた名前をルビス様は気に入ってたりして……、いや、ないか。
チャモロがあまりに可哀想だったので、その晩に開催されたチャモロの歓迎会ではとびきりの料理をご馳走した。これもチャモロは涙を流しながら食べてくれた。どうやらかなり気にいってくれたようだった。修行中は質素な精進料理ばかりだったことも大きかったようだ。
俺は真面目で人の良さそうなチャモロを密かに気に入りつつあった。妙に親近感が湧き、弟ができたような感じだった。
――数日後。
ムドーの島に上陸するこの日。
ある船室の真ん中に陣取った俺は、胡坐をかき、自然体の姿勢で瞑想をしていた。極限にまで集中した俺は一切の音は聞こえず、余計な雑念も生まれない。
そして、瞑想を始めて実に四時間が経過しようとした頃。
…………よし、”なった”な。
そう確信し、瞼を開くと同時に光が瞳に飛び込んできて、一気に時間が流れ出したような感覚に襲われる。同時に全身に力が湧き上がり、一種の万能感に包まれる。
……久しぶりの感覚だな。今なら何でもできそうだ。
俺は今まで、姉さんの教えのおかげで道を開いた『僧侶』になっていた。その前は『魔法使い』だ。
しかし、『魔法使い』や『僧侶』は本来俺に合った職業では無い。当然だ、一応俺は剣士だし。だがこのムドー戦で俺はやばい事態に巻き込まれると来た。ならば、万全の態勢で挑む必要がある。
だから、なった――いや、戻ったのだ。
上級職――『バトルマスター』に。
勿論、バトルマスターは完全にマスターしている。
思えばバーバラ達と会ってからはずっと『魔法使い』と『僧侶』だったから皆も俺のバトルマスターとしての実力を知らないことだろう。
……何が俺を待っているのか知らないが、今の俺は半端なく強い。僧侶も目標の熟練度まではマスターできたしな。
なんでも来やがれってもんだ!