テリーに転生したので、ネタキャラ扱いされないよう強くなる 作:なー
マントを身に付け、紺を基調とした短めのワンピースをベルトで着飾った姿はまさにお転婆な魔法使いといった感じ。頭上で結った赤毛の髪と、パッチリとした大きな瞳も、彼女が元気な明るい女の子であることを印象付けている。
バーバラは伝説の魔法都市『カルベローナ』の創設者である『バーバレラ』の子孫である。しかしそのカルベローナもダーマ神殿同様に遥か昔に魔王軍によって滅ぼされている。その後、夢の世界でカルベローナは再建されることになる。そしてその夢の世界のカルベローナで生まれたのが、バーバラなのだ。つまり、バーバラは現実世界には存在しない夢の世界の住民なのである。
そのバーバラがなぜこの現実世界にいるのかと言うと、夢の世界のカルベローナが封印される時に、バーバラの魔法力によって反発して弾き飛ばされた結果だという。しかもその時の衝撃で記憶を失っている状態。さらに夢の世界の住民は現実世界の人間には認知されないという余計なおまけつき。そこでバーバラと主人公達は出会うのだ。……本来は。
……まずいな。
物語には順序というものがある。主人公達と会っていないこのタイミングでバーバラと会うのは避けたい。俺と接触した影響で歯車が狂って、主人公達とバーバラが出会わない、なんてことになったら……。
バーバラに気付かない振りをすればよかったのだろうが、気付かれてはだめだという思いと、知っているキャラクターと出会えたという感動がせめぎ合った結果、固まってしまった。
「ねえねえっ! 私の事見えてるわよね? 完全に目が合ったわよね?」
バーバラは必死に俺に声を掛け続けてくる。
この現実世界で自分のことを認識してくれる人がいない中での俺の登場だ。彼女からすればようやく見つけた一筋の光。縋りつきたくなる気持ちは分かる。
……しかし。
一瞬の逡巡。
やはり今はまだ出会う時では無いと判断する。申し訳ないと心の中で詫びを入れつつ、なるべく自然に視線を逸らすと、何事も無かったようにその場を後にする。
……大丈夫、近いうちに主人公達が救ってくれるさ。
「――いやいやいや、絶対目が合ってたわ! わざと無視しているでしょう!」
しかし まわりこまれてしまった!
やはりだめか……。
流石に目を合わせすぎたな……。
バーバラは両腕を広げて俺の前に立ち塞がってくる。絶対に逃がさない、そんな強い意志を感じる。しかし、俺とて引くに引けない事情があるのだ。ここは多少不自然でも回避させて頂く。
俺は、「……おっと、そう言えばあっちに用事があるんだった」となるべく自然体で独り言を呟くと、そのまま回れ右してバーバラから逃走を図る。
「あなた、演技下手くそすぎでしょう……。というか意地悪しないでよ!! 女の子が困っているんだから助けてくれてもいいじゃない!!」
なぜか俺の渾身の演技が見破られてしまった上に、よほど余裕が無いのか、後半は半泣き状態で叫ぶように俺に訴えかけてくる。しかも縋るように俺の服まで掴まれてしまった。
最早バーバラは俺がバーバラを認識できていることを確信している。
それに俺の顔も覚えられてしまっただろう。
ここまで来て無視を貫き通しても、次にバーバラに会った時に確実に軋轢を生じてしまうだけだろう。
……それに冷静になれ。
困り果てたバーバラを改めて見つめる。
半透明な為、分かりづらいが肌色は決して良くなく目の下には隈もある。記憶喪失で訳が分からないまま苦労してきたことがよく分かる。
あまりに儚く、今にも崩れ散ってしまいそうなか弱い女の子がそこにはいた。
…………。
俺は深く息を吸い、そして吐く。
深呼吸によって冷静さを取り戻した俺は考えを改める。
――失態だな。
俺の好きなキャラクターが目の前で困っているのだ。それを見捨てるなど言語道断。不測の事態に混乱していた。
修行している身とはいえ、精神的にまだまだ未熟であることを恥じつつ、自身の過ちを認めると、バーバラに向き直る。
「俺がどうかしていt――」
俺が謝罪の言葉を述べようとしたその時だった。
「ねえっ! お願い! もうあなただけが頼りなの! 人助けだと思って!」
バーバラが俺の胸倉を掴んで前後にぶんぶん振ってくる手段に出てきた。
お、おい、こんなことしたら――。
「……なあ、さっきからあの男、挙動が不審じゃないか?」
「俺も思った。急に立ち止まったりしてたし。今も首を前後に振っているし……」
「……あの男の人、なんか怪しくない? 魔物じゃないの? 世界には人に化ける魔物がいるって聞いたことがあるし……」
「男前に化けて油断させようとしたのね……」
「誰か衛兵を呼んできた方がいいんじゃない?」
…………。
バーバラの姿が見えない人たちにとって俺は不審に映っているらしく、訝し気な視線を俺に寄こしてくる。
早く誤解を解かねば。
しかし、俺の心中など露知らないバーバラはこれを好機ととらえる。「ごめん、もう手段は選んでられないの」と言ったバーバラは俺の胸倉を掴む手に力を込めてくる。
――おい、何をするつもりだ。
俺が冷や汗を滴らせたその瞬間だった。
「早く私の存在を認めなさい! それまでずっとこうするわよ!」
と、叫びながらさきほどよりも激しく俺を揺すり始めたのだ。
……あぁ、これは詰みだな。どう見ても不審者だ。
俺の予想通り、周囲が一気にざわつく。
「お、おい。あれ明らかに異常だぞ! まともな人間の動きじゃない!」
「やっぱり魔物に違いない!」
「か、かっこいい人だと思ってたのに……」
「きゃー! 皆逃げて!」
……まあ、自業自得と割り切ろう。
いったんこの場を離れるか。
……ここまで来たら大丈夫か。
ここはレイドック城から少し離れた位置にある平原。適当に生えていた木の根元で立ち止まる。人や魔物の気配はしない、誰かが追ってくる気配も無い。まあ、俺の速さについて来れるわけもないか。
ようやく安全を確認した俺は「……ふぅ」と息を吐く。
そして片腕のみで抱えていたバーバラをそっと下ろす。
猛スピードを出した為、髪型が乱れたバーバラは目をまん丸に見開き驚いた表情のまま大人しく地面に降り立つ。
先ほどの場所から逃げる時、俺の服を掴んで離さなかったバーバラ。俺は無理やりそのバーバラを抱えるとそのまま逃走したのだ。
「……かなりの速さを出したが、大丈夫か?」
俺がバーバラにそう声をかけると、バーバラははっと我に返り、俺に詰め寄ってくる。
「ね、ねえねえ! あなた、やっぱり私のことが見えるのね!」
「ああ、しっかり見えるし聞こえる」
俺がそう答えると、「や、やっと見つけた……」と祈るように手を合わせ、目を輝かせて俺を見つめてくる。しかし、それも一瞬。すぐに怒り顔になると、
「ならもっと早くから反応してくれても良かったじゃない! どうして無視したの?」
と、ごもっともな言葉を投げかけてくる。
「……それは本当にすまなかった。混乱していたんだ」
本当に悪いと思っているのでここは素直に謝っておく。バーバラは、俺が素直に謝罪してきたのが意外だったのが面食らっている。しかし、それがバーバラに冷静さを与える結果になったようだ。しばらく黙って考え込んだバーバラは、先ほどと一転、今度は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「…………ううん、ごめんなさい。私が悪かったわ。半透明な人がいたら普通驚くわよね。……私、追い込まれていたの。誰も私のことを認識してくれなくて……。さっきは強引な手を使ってごめんね」
肩を落としてシュンとしている様子から本当に申し訳ないと思っているらしい。
「いや、別にいい。気にしないでくれ。誰にも相手にされないというのは辛いと思うしな」
俺がそう伝えると、これも意外だったのかバーバラは目をぱちくりとさせる。
そのままバーバラは俺のことをじっとみつめてくると、再び口を開く。
「……そう? ……ありがとう」
そしてバーバラは今日初めて見せる笑顔を浮かべてくる。
「あなたって、あまり表情に出さないけど、とっても優しいのね! あなたみたいな人と出会えて本当に良かったわ!」
バーバラは、明るい声でそう伝えてくる。そしてそれは、本心からの言葉であることがなぜか理解できた。この真っすぐで明るい性格こそが本来のバーバラの姿なのだろう。
…………可愛い。
俺は思わず心の中でそう呟き、バーバラに見惚れてしまった。
しかし、すぐに俺は俺が『テリー』であることを自覚する。
テリーはクールで孤高の剣士でなければならない。
それにバーバラが結ばれる相手は――。
「……そうか」
俺は短くそう答えるにとどめる。しかし、バーバラの曇り無き瞳を直視することはできず、少し視線を外して。バーバラはそんな俺の様子を不思議に思ったのか首を傾げている。
そんなこんなで一段落したと思った瞬間だった。
――っ!
僅かな殺気を感じ取る。
俺は自身の瞳に力を込めて、周囲を警戒する。
バーバラは、突然様子の変わった俺に「えっ」とびっくりしている。怯えているようで、後ずさりするバーバラ。しかし、次の瞬間、ぞろぞろと魔物の群れが現れて、ようやくバーバラも事態を把握する。
「い、いつの間に……。それにこんな数、とても二人じゃ対処しきれない……」
バーバラの言う通り、中々数が多い。十体以上はいる。
腕を組んだ羊の獣人である『ちんもくのひつじ』。鉄球の付いた足枷をはめ、骨を武器としてかざす骸骨姿の『しのどれい』。この辺りで出現する魔物の中では強い部類に属される魔物だ。
俺は静かに剣の柄に触れる。
「……私が呪文で敵の注意を逸らすわ。だからあなたは――」
バーバラが鬼気迫った様子でそう言いながら呪文を唱える為に力を込め始めたその瞬間。
全ての魔物が切り裂かれ、息絶えた。
「――えっ!?」
バーバラの目には何も見えなかったようだ。突然魔物が死んだように見えていたのだろう。驚くのも無理ない。
バーバラが信じられない様子で全滅した魔物を見ているのを横目に、俺は静かに剣を鞘に戻す。
「……え、も、もしかして今のって、あなたが?」
バーバラが信じられない様子でそう問いかけると、俺は表情一つ変えることなく、「……そうだ」と短く答える。
だが内心では、(そうそう、そういう反応を望んでるんだ)と密かに満足する俺。とはいってもこの辺の魔物は序盤に戦う敵。今の俺とは明らかに不釣り合いな敵なわけだが。
俺のあっさりした反応に、バーバラは「……あ、そう、なんだ。強いのね……」と動揺しながら答えてくるのだった。
その後、レイドックに戻る訳にもいかないので、特にあてもなく、暖かな陽光が降り注ぐ中散歩のような足取りで歩いていた。ちなみにバーバラはまだ先ほどの戦闘が衝撃だったのか、喋ることなくどこか上の空で俺について来ている。
……これからどうするかな。主人公達はまだレイドックに来ていないようだったが。
バーバラと合流してしまった今これからどう動くべきか思案している、その時だった。
…………ぐー。
と、間の抜けた音が鳴り響き、空気に溶け込んでいく。
……今のって、腹の音?
俺がその音の正体に勘付いたと同時だった。
上の空だったバーバラがはっと我に返り、「……あ、あはは」とお腹を抑えながら、恥ずかしそうに笑う姿が目に映った。それを見てまた一瞬見惚れてしまうが、すぐに自制する。この短時間に二度も……。バーバラってこんな可愛かったっけ?
そんな疑問を抱きつつ、思考を目の前で起きていることに移すことにする。
バーバラは空腹のようだが、考えればそれも当然だろう。姿が見えないのでは食料を調達するのも難しいだろうからな……。
……ここは。
「……そう言えば、そろそろ昼時か。天気もいいしここで食べるか。……実はさっきレイドックで食料を買い過ぎたんだ。一緒に食べてくれ」
先にレイドックで食料調達しておいて良かったと思いながら、俺はバーバラの腹の音のことには触れず、そう提案する。俺は背負っていたリュックを下ろすとテキパキと用意していく。
未だ恥ずかし気な様子のバーバラだったが、俺の気遣いに感謝するように「……私も手伝う」と俺の横にしゃがみこんできて、手伝いを買って出てくれた。まあまあ至近距離に来た為、バーバラから良い匂いがして動揺しそうになったのは内緒。
ちなみに俺は料理が得意だ。身体づくりの為には食事は非常に重要。修行中も自分で栄養を考えて料理していたからだ。ダーマ神殿に料理人と言う職業があればとっくにマスターしていることだろう。
……何を作るか。折角だし、女の子が好きそうなものを作るか。……女の子の好きなものってなんだ? 修行しかしてこなかったからまるで分からない。
「……何が食べたい?」
「んー、お任せするわ。あなたの好きな料理がいいな」
質問してみるも、そんな回答しか返ってこない。俺の好きな料理なんていっぱいある。だって自分で作る料理は全部美味しいし。……なら、なるべく栄養があるもののほうがいいか。バーバラの体調も心配だし。いや、でも見栄えも……。
俺が難航していると、バーバラがそんな俺のことを見つめていることに気付いた。
「なんだ? 俺の顔に何か付いているか?」
俺がそう問いかけると、バーバラは「……ふふふ」と、何がおかしいのか楽しそうに微笑むと、
「……ねえ、あなたの名前を教えてよ! 私はね、バーバラよ!」
突然、バーバラは満面の笑みを浮かべて、自己紹介をしてくる。
……そう言えば、まだ自己紹介してなかったな。俺が一方的にバーバラを知っているものだから、自己紹介するという発想が無かった。
「……俺はテリーだ」
『テリー』らしくやはり素っ気ない自己紹介。しかし、そんな俺の自己紹介にも関わらず満足げなバーバラは、
「そう、テリー……。良い名前ね! よろしく!」
にこっと花が咲いたような今日一の笑顔を浮かべて、元気よく言ってくるのだった。
「……よろしくな」
…………二度ある事は三度ある、か。